ローカルフード一覧

日本各地の郷土料理を、ジャンル・地域から検索できます。

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325 件

おきりこみ
麺類群馬

おきりこみ

Okkirikomi

おきりこみ(おっきりこみ)は、小麦粉で作った幅広の生麺を里芋・大根・きのこなどの季節野菜とともに味噌や醤油仕立ての汁でじっくり煮込む、群馬県を代表する郷土料理です。生地を麺棒に巻いて包丁で「切り込み」を入れて鍋に投じることが名前の由来とされ、麺は下ゆでせずに打ち粉ごと汁に入れて煮込むため、とろみのあるまろやかな汁に仕上がるのが特徴です。小麦の名産地である群馬県では、かつて養蚕農家の女性たちが農作業の合間に手早く大量に作れる料理として広めたと伝わり、江戸時代中期以降、石臼の普及とともに日常の主食として定着しました。2014年には「群馬の粉食文化・オキリコミ」として群馬県の無形民俗文化財に採択されるなど、地域の食文化を象徴する一品として今も家庭や食堂で親しまれています。

かぶら寿司
発酵食品石川

かぶら寿司

Kaburazushi

かぶら寿司は、輪切りにして塩漬けした加賀野菜「かぶら(かぶ)」で、塩漬けにしたブリを挟み、米糀と一緒に漬け込んで発酵させる石川県を代表する発酵食品です。酢飯を用いる江戸前寿司とは異なり、乳酸発酵によって酸味とうまみを引き出す「なれずし」の一種で、金沢・加賀地方では冬から正月にかけての行事食・贈答品として親しまれてきました。ブリの脂と麹の甘み、かぶらのしゃきしゃきとした食感が層になって重なり合い、噛むほどに深い味わいが広がります。発祥については、金石町の漁師が豊漁と航海安全を祈願して正月に食べ始めたとする説や、前田藩主に振る舞われたことが始まりとする説など諸説あり、定かではありません。現在も冬季限定の商品として金沢の漬物店や料亭で扱われ、石川の冬を代表する味覚のひとつに数えられています。

きりたんぽ鍋
鍋料理秋田

きりたんぽ鍋

Kiritanpo Nabe

きりたんぽ鍋は、半搗きにしたご飯を秋田杉の丸棒に巻き付けて焼き上げた「きりたんぽ」を、比内地鶏の出汁で煮込む秋田県を代表する郷土料理です。発祥の地とされるのは大館市・鹿角市を中心とする県北地方で、炭焼きや杉の伐採のため山にこもった労働者が、残ったご飯を棒に付けて焼いて食べたのが始まりと伝えられます。比内地鶏の旨味が溶け出した醤油味の出汁に、ごぼう・舞茸・せり・長ねぎといった秋田の山の幸を合わせ、最後にきりたんぽを加えて短時間煮ることでほどよく出汁を含ませます。新米の季節から冬にかけて各家庭でつくられ、冠婚葬祭や来客をもてなす席にも欠かせない一品として親しまれています。

こづゆ
鍋料理福島

こづゆ

Kozuyu

こづゆは、会津地方に伝わる祝い膳の汁物で、干した貝柱でとった上品なだしに、里芋、にんじん、しいたけ、きくらげ、糸こんにゃく、豆麩など奇数種類の具材を加えて仕上げる薄味のお吸い物です。会津塗の浅い椀「手塩皿」に盛り付けて供されることが多く、漆器の艶やかな朱色と汁物の彩りが調和する点も見どころです。正月や結婚式、法事など人が集まるハレの日に欠かせないもてなし料理として、会津の各家庭で世代を超えて受け継がれてきました。海に面していない会津で、貴重な海産物である貝柱のだしを使うこと自体が贅沢とされ、来客をもてなす最上級の一品と位置づけられてきた歴史があります。何杯おかわりしてもよいとされる独特の作法も残り、単なる料理を超えて地域の交流や祝いの文化そのものを体現する一品といえます。家庭ごとに具材の配合や大きさの切り方が微妙に異なり、その家の味として受け継がれている点も魅力です。

こんにゃく味噌おでん
鍋料理群馬

こんにゃく味噌おでん

Konnyaku Miso Oden

こんにゃく味噌おでんは、下茹でした板こんにゃくやしみこんにゃくを串に刺し、甘辛く濃厚な味噌だれをたっぷり塗って味わう群馬県ならではの郷土料理です。群馬県はこんにゃく芋の生産量が日本一で、全国シェアの約9割を占めるこんにゃくの一大産地であり、地元で親しまれてきたこんにゃくを存分に味わう料理として発展しました。群馬の冬は「からっ風」と呼ばれる乾燥した冷たい季節風が吹くことから、体を芯から温めてくれるおでんが各家庭でよく作られてきたと伝わります。味噌だれの配合は家庭や店によってさまざまで、みりんを加えた甘辛い味付けのほか、ゆずやごまを加えて香り豊かに仕上げたものもあり、地域によっては「ひっぱたきおでん」とも呼ばれています。

すき焼き
肉料理群馬

すき焼き

Joshu Sukiyaki

群馬県のすき焼きは、主要食材である牛肉・ねぎ・こんにゃく・しいたけのすべてを県内産でまかなえる、全国でも珍しい「すき焼き自給率100%」の土地で育まれてきた郷土料理です。ブランド牛「上州牛」、甘くとろける下仁田ねぎ、生産量日本一を誇るこんにゃく、白菜や春菊、生しいたけまで、群馬の畑と牧場の恵みがひとつの鍋に集まります。2014年に群馬県は「すき焼き応援県」を宣言し、「ぐんま・すき焼きアクション」を通じて県産農畜産物の魅力を発信してきました。11月29日の「ぐんま・すき焼きの日」には県内の学校給食にもすき焼きが登場し、地域ぐるみで食文化を受け継いでいます。関東風の割り下仕立てはもちろん、関西風に肉を先に焼くスタイルや、上州軍鶏を使ったアレンジなど、店ごとに個性豊かな味わいが楽しめる懐の深さも魅力です。

たこ焼き
粉もの大阪

たこ焼き

Takoyaki

たこ焼きは、だしや卵で溶いた小麦粉の生地に、ぶつ切りのタコや天かすを入れて丸く焼き上げる大阪の粉もの(小麦粉を使った料理)です。丸いくぼみが並ぶ専用の鉄板で焼き、外は香ばしく、中はとろりとした食感に仕上げます。ソースや青のり、削り節をかけて食べるのが定番です。ルーツは、明治末期から大正時代に駄菓子屋や縁日で子どもに人気だった「ちょぼ焼き」や、その後の「ラジオ焼き」にあるとされます。昭和初期、ラジオ焼きの具にタコを使ったものが大阪市内で売られ始めました。大阪市西成区の「会津屋」は、昭和10年(1935年)にタコ入りのたこ焼きを生んだ元祖として知られます。当初は何もつけずに食べていましたが、戦後に濃厚ソースが登場し、今のスタイルが定着したといわれます。府内ではたこ焼き器を持つ家庭も多く、大阪府民のソウルフードとして親しまれています。

なまずの天ぷら
海鮮群馬

なまずの天ぷら

Namazu Tempura

群馬県館林市や板倉町など、利根川と渡良瀬川が流れる県東部の水郷地帯で受け継がれてきたのが、なまずの天ぷらです。かつてはさらに多くの河川や池、沼が広がり、うなぎやコイと並んでなまずが暮らしに身近な川魚として親しまれてきました。骨まで細かくたたいた身をサクサクの衣で揚げることで、白身のふっくらとした食感とクセのない味わいを楽しめるのが特徴です。板倉町にはかつて川魚問屋が多く立ち並び、雷電神社や高鳥天満宮の参拝客に振る舞う名物料理としても親しまれてきました。現在も地元の川魚料理店が天然のなまずを使った天ぷらやたたき揚げを提供しており、館林市は「なまずの里」として観光PRにも力を入れるなど、館林市周辺を象徴する川魚食文化として今なお受け継がれています。

なめろう
海鮮千葉

なめろう

Namerou

なめろうは、千葉県房総半島の沿岸部に伝わる漁師料理で、アジやイワシなどの青魚に味噌やねぎ、しょうがなどの薬味を加え、粘りが出るまで包丁でたたいた一品です。もともとは漁師が揺れる船の上で手早く作れるよう工夫した料理で、醤油だとこぼれてしまうため保存の利く味噌を使ったのが始まりとされます。名前の由来は「皿までなめたくなるほど美味しい」ことからとも、たたいた身の粘り気が皿にこびりつき「なめないと食べきれない」ことからともいわれます。現在は家庭料理としてはもちろん、房総各地の食堂や居酒屋でも定番の一皿として親しまれ、青魚特有の脂の旨みと薬味の香りが引き立つ、シンプルながら奥深い味わいが魅力です。

ひつまぶし
海鮮愛知

ひつまぶし

Hitsumabushi

ひつまぶしは、細かく刻んだ鰻の蒲焼きを白飯に混ぜ込み、おひつ(木製の飯櫃)に盛って提供する愛知県名古屋市発祥の郷土料理です。取り分けた一膳目はそのまま鰻の風味を楽しみ、二膳目は薬味を加え、三膳目はだしやお茶をかけて茶漬け風に、四膳目は自分の好みの食べ方でと、一度で複数の味わいが楽しめる点が最大の特徴です。名古屋市熱田区の「あつた蓬莱軒」が明治期に考案したとされ、出前先で陶器の器が割れるのを防ぐため木製のおひつを使ったことが由来といわれます。錦三丁目の「いば昇」も発祥を名乗っており、両店で成立時期の見解が分かれています。「ひつまぶし」の名称自体はあつた蓬莱軒の登録商標で、現在は名古屋を代表するご当地グルメとして観光客にも広く親しまれています。

へぎそば
麺類新潟

へぎそば

Hegi Soba

へぎそばは、海藻の布海苔(ふのり)をつなぎに使ったそばを、「へぎ」と呼ばれる四角い木の器に一口大ずつ並べて盛る新潟県の郷土料理です。魚沼地方が発祥とされ、なかでも小千谷市や十日町市はそば処として知られています。布海苔はもともと、小千谷縮などの織物で糸の糊付けに使われていた素材です。織物の産地で身近にあった海藻をそば打ちに転用したことが、この独特のそばを生みました。布海苔つなぎのそばは、つるりとしたのど越しと弾力のある強いコシが持ち味です。ゆでたそばを一口分ずつ丸めて並べる盛り方は「手振り」と呼ばれ、見た目の美しさも魅力の一つです。薬味にわさびではなくからしを添える風習も、この地方ならではの特徴です。専門店では1人前から数人前まで人数単位で注文でき、大きなへぎに盛られたそばを分け合って味わえます。現在は魚沼地方にとどまらず、新潟県内全域で食べられています。

ほうとう
麺類 / 鍋料理山梨

ほうとう

Hoto

ほうとうは、小麦粉を練って幅広に切った生麺を、かぼちゃなどの野菜と一緒に味噌仕立ての汁で煮込む山梨県の郷土料理です。麺に塩を入れずに打つため、下ゆでをせずにそのまま鍋に入れられます。打ち粉がついたまま煮込むので汁にとろみがつき、冷めにくく体が温まります。「うまいもんだよかぼちゃのほうとう」という言葉があるほど親しまれ、2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれました。山梨県は県域の約8割を山林が占め、米がとれる水田は限られていました。そのため麦などを粉にして食べる「粉食(ふんしょく)」の文化が育ち、ほうとうは米に代わる主食となりました。峡南(きょうなん)地域では「のし入れ」「のし込み」とも呼ばれます。現在は県内に専門店が多く、一人前ずつ鉄鍋で出す店が一般的です。

伊勢うどん
麺類三重

伊勢うどん

Ise Udon

伊勢うどんは、伊勢市を中心とする伊勢地方で食べられてきた郷土料理です。直径1cm近い極太の麺を、1時間ほどかけて柔らかくゆで上げます。これに黒く濃いたれを少しだけからめて食べます。たれは、たまり醤油(大豆を主な原料とする濃厚な醤油)に、かつお節や昆布などのだしを合わせたものです。色は真っ黒ですが、口にすると味わいは意外にあっさりしています。麺にはコシがほとんどなく、ふわふわ、もちもちとした食感が最大の特徴です。江戸時代にお伊勢参りが盛んになると、長旅で疲れた参拝客に、胃腸にやさしい食べ物として出されました。早く出せて手軽に食べられることから、門前の名物として知られるようになったといわれます。「伊勢うどん」という呼び名が定着したのは、昭和40年代以降と比較的新しいことです。2024年度(令和6年度)には、文化庁の「100年フード」に認定されました。

芋煮
鍋料理山形

芋煮

Imoni

芋煮は、山形県の里芋を主役にした鍋料理で、秋になると河原に鍋や薪を持ち寄って仲間や家族で楽しむ「芋煮会」が県内各地の風物詩として親しまれています。発祥は江戸時代の最上川舟運にさかのぼり、里芋の産地だった中山町周辺で船頭たちが積み荷の棒ダラと地元の里芋を一緒に煮て食べたことがルーツとされます。県内でも味付けや具材には大きな地域差があり、内陸の村山地方では牛肉と醤油による甘辛い味付けが定番である一方、庄内地方では豚肉と味噌を使い、きのこや厚揚げも加えた具だくさんの汁に仕上げます。最上地方は山菜やきのこを、置賜地方は木綿豆腐と隠し味の味噌を加えるなど、同じ「芋煮」でも地域ごとに個性豊かな味わいが楽しめるのが特徴です。毎年9月には山形市の馬見ヶ崎川河川敷で「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、直径6mの大鍋で約3万食がふるまわれます。

越前がに
海鮮福井

越前がに

Echizen Crab

越前がには、福井県の港に水揚げされる雄のズワイガニに付けられたブランド名です。越前町の越前漁港をはじめ、坂井市の三国港、敦賀港、小浜港などで水揚げされたものが対象です。脚に付けられた黄色いタグがブランドの証しで、GI(地理的表示)のマークや漁船名などが記されています。三国港で水揚げされた越前がには1922年(大正11年)から皇室に献上されており、「唯一の皇室献上がに」として知られています。2018年には、カニとして全国で初めて国の地理的表示保護制度に登録されました。漁は毎年11月6日に解禁され、雄は翌年3月20日まで水揚げされます。雌のズワイガニは「せいこがに」と呼ばれ、甲羅の中の内子(卵巣)とお腹に抱えた外子(卵)が珍重されます。越前町には越前がにを学べる越前がにミュージアムもあり、冬の越前海岸を代表する味覚です。

沖縄そば
麺類沖縄

沖縄そば

Okinawa Soba

沖縄そばは、そば粉を一切使わず小麦粉とかん水だけで打った太めの麺に、豚骨とかつお節を合わせた濃厚なだしを張り、豚の三枚肉の煮付けやかまぼこ、ネギ、紅生姜をのせた沖縄県民食です。明治中期に那覇でそば屋が開かれたのが始まりとされ、当初は「すば」や「支那そば」と呼ばれていました。日本そばと区別するため1972年の本土復帰後に「沖縄そば」の名称が定着し、1978年には「本場沖縄そば」として特殊名称の使用が公正取引委員会に認められています。県内には宮古そばや八重山そばなど地域ごとに麺の太さやだしの取り方が異なる変種もあり、農山漁村の郷土料理百選にも選ばれています。専門店だけでなく町の食堂でも提供され、朝食から夜食まで一日を通して食べられる、沖縄の暮らしに深く根付いた麺料理です。

花いんげんの煮豆
甘味群馬

花いんげんの煮豆

Hana Ingen no Nimame

花いんげんの煮豆は、群馬県北部の吾妻地域で栽培される「花豆(紅花いんげん)」をやわらかく煮た郷土の常備菜です。花豆は標高900〜1,300メートルという冷涼な高原地帯でのみ育つ大粒の豆で、嬬恋村をはじめ中之条町や草津町、長野原町など吾妻地域一帯の特産品として知られています。乾燥保存した豆をおいしく食べやすくするため、時間をかけてやわらかく煮て仕上げる調理法が根づき、栗にも似た風味豊かな味わいを引き出します。祭りや冠婚葬祭、正月のおせちなど、地域のハレの日に供される料理としても親しまれ、収穫した豆を神棚に供える家庭もあるほど、暮らしに根ざした食材です。甘納豆や赤飯、ようかんなど、煮豆以外の加工品としても親しまれています。

牛たん焼き
肉料理宮城

牛たん焼き

Gyutan Yaki (Grilled Beef Tongue)

牛たん焼きは、仙台市を中心に食べられる牛のタンを厚切りにして塩味で炭火焼きにした宮城県を代表するご当地グルメです。昭和23年(1948年)、東京で修業した山形県出身の料理人・佐野啓四郎が、洋食の素材として扱われていた牛タンに着目し、日本人の味覚に合うよう塩焼きとして仕立て直したのが始まりとされています。1950年に仙台市内で専門店「太助」を開業したことで牛たん焼きが誕生し、戦後の食糧難のなか米の代わりに麦飯を添え、当時は活用されにくかった牛の尾を使ったテールスープを組み合わせる定食スタイルが確立されました。現在では仙台駅周辺や国分町を中心に数十軒の専門店がひしめき、麦飯・テールスープ・南蛮味噌・浅漬けを添えた「牛たん定食」が定番として全国に知られる仙台名物となっています。

呼子イカ
海鮮佐賀

呼子イカ

Yobuko Ika

呼子イカは、佐賀県唐津市呼子町周辺の玄界灘で水揚げされるケンサキイカなどを、活きたまま透き通った姿で提供する活き造りを指す呼び名です。呼子港は玄界灘の好漁場に近く、新鮮なイカが水揚げされる漁師町として知られ、朝市文化とともにイカ料理が発展してきました。皿の上でわずかに動き、皿の模様が透けて見えるほど透明な身は、鮮度の高さの証として観光客の人気を集めています。主に使われるケンサキイカは、全国の漁業関係者が地域を代表する魚として推薦する「プライドフィッシュ」にも選ばれています。刺身として楽しんだ後、残った耳や足は天ぷらや塩焼きにして食べ尽くす楽しみ方も定着しており、「イカの町」として呼子の観光を支える看板料理となっています。

焼きまんじゅう
郷土菓子群馬

焼きまんじゅう

Yaki Manju

焼きまんじゅうは、小麦粉と米麹で発酵させた生地を蒸してこぶし大の丸いまんじゅうにし、串に刺して甘辛い味噌だれをたっぷり塗りながら炭火で香ばしく焼き上げる、群馬県を代表するソウルフードです。あんこの入らない蒸しまんじゅうを串焼きにするという独特のスタイルは全国的にも珍しく、前橋・高崎・伊勢崎・沼田など県内各地に専門店や老舗が点在しています。江戸時代末期、前橋の原嶋類蔵が考案した「味噌づけまんじゅう」が始まりとされる説が有力で、当時は珍しかったどぶろくを発酵剤に使う製法や、まんじゅうを串に刺すという発想が評判を呼びました。祭りの屋台や縁日で提供されてきた歴史があり、現在も花見や夏祭りなど地域の行事に欠かせない存在として親しまれています。

信州そば
麺類長野

信州そば

Shinshu Soba

信州そばは、長野県各地で育てられたそばを使って打つ、長野県を代表する麺料理です。冷涼で夜の気温が下がる高地の気候はそばの栽培に向いており、長野県のそば生産量は全国有数で、2020年(令和2年)には3,960トンと全国2位でした。米や小麦が育ちにくい山あいの土地でも実るそばは、昔から暮らしを支える作物でした。麺状の「そば切り」は信州が発祥ともいわれ、木曽郡大桑村の定勝寺には1574年(天正2年)の最古の記録が残ります。中山道の本山宿(現在の塩尻市)を発祥とする説もありますが、甲州(山梨県)説などもあり、諸説があります。県内には、戸隠そばや開田高原のそばなど、土地ごとに特色あるそばが受け継がれています。秋の収穫期には県内各地でそばまつりが開かれ、新そばを味わえます。

静岡おでん
鍋料理静岡

静岡おでん

Shizuoka Oden

静岡おでんは、牛すじなどでとった色の濃いだし汁で、串に刺した具材を煮込む静岡市の郷土料理です。具には黒はんぺんや牛すじ、大根、こんにゃく、卵などが使われます。食べる直前に、魚の削り節を粉にした「だし粉」と青のりをたっぷりかけるのが特徴です。だし汁には濃口しょうゆを使い、継ぎ足しながら煮込むため、黒っぽい色になります。始まりは大正時代とされ、戦後には廃棄されていた牛すじや豚もつを具に使うようになって人気が高まりました。専門店や居酒屋だけでなく、惣菜屋や駄菓子屋でも1本単位で買えるのが静岡らしいところです。子どもたちは駄菓子屋で、おやつ代わりにおでんを食べて育ってきました。戦後、静岡市役所近くの通りには数多くのおでん屋台が並びました。その流れをくむ「青葉おでん街」と「青葉横丁」には、今もおでん店が軒を連ねています。

草加せんべい
郷土菓子埼玉

草加せんべい

Soka Senbei

草加せんべいは、埼玉県草加市を発祥とする、うるち米を蒸して搗いた生地を天日干しし、炭火などでじっくり焼き上げてから醤油を塗って仕上げる堅焼きの醤油せんべいです。草加は古くから米どころとして知られ、日光街道の宿場町として旅人相手の茶店が軒を連ねたことから、保存食であった団子状の干し飯を焼き餅にして売る商いが発展したと伝えられます。幕末に醤油づくりが盛んになると、焼いた生地に醤油を塗る現在のスタイルが定着し、明治以降は専門の煎餅屋が増えて草加の名物として広まりました。ぱりっとした歯ごたえと香ばしい醤油の香りが特徴で、現在も市内には製造・販売を手がける店が数多く残り、埼玉県を代表する土産菓子として親しまれています。

湯豆腐
鍋料理京都

湯豆腐

Yudofu

湯豆腐は、昆布だしを張った土鍋で豆腐を静かに温め、ポン酢や薬味を添えていただくシンプルな京都の郷土料理です。京都市左京区の南禅寺門前が発祥地として知られ、豆腐そのものの味わいを楽しむ精進料理として発展してきました。良質な地下水に恵まれた京都では古くから豆腐づくりが盛んで、水と大豆の質が味を大きく左右するといわれます。冬の風物詩として知られますが、実際には南禅寺周辺の専門店では通年提供されており、観光客にも人気の高い京料理の一つです。派手さはないものの、出汁と豆腐の温度・食感にこだわる奥深さが魅力です。

博多ラーメン
麺類福岡

博多ラーメン

Hakata Ramen

博多ラーメンは、福岡市博多エリアを中心に食べられている豚骨ラーメンの一種です。豚骨を強火で長時間炊き出すことで生まれる白濁したとんこつスープと、島原素麺の技術を応用したといわれる極細ストレート麺の組み合わせが最大の特徴で、ゆで時間が短くて済むことから屋台の回転を上げる工夫として定着しました。麺がすぐに伸びてしまうため、少量ずつ何度でも麺だけを追加できる「替え玉」の文化が生まれたことでも知られます。紅しょうがや辛子高菜、白ごま、きくらげなど卓上の薬味を自分好みに加えて味を変化させながら食べるのも楽しみ方の一つです。戦後の屋台文化の中から生まれ、今では福岡を代表するご当地ラーメンとして全国、さらには海外にも店舗を展開する有名店を数多く輩出しています。

鮒寿司
発酵食品滋賀

鮒寿司

Funazushi

鮒寿司は、琵琶湖の固有種であるニゴロブナを塩漬けにしたのち、飯(いい)と一緒に漬け込んで乳酸発酵させる、滋賀県を代表する熟れ鮓(なれずし)です。現在のにぎり寿司のように酢で酸味をつけるのではなく、米と魚を長期間発酵させることで自然に酸味が生まれるのが特徴で、寿司の原型を今に伝える食べ物ともいわれています。奈良時代の木簡や平安時代の『延喜式』にも近江国から「鮨鮒」が貢納された記録が残るほど古い歴史を持ちます。強い酸味と、チーズにも例えられる独特の発酵香が特徴で、好みが分かれる一方、上質なものは生臭さがなく芳醇な旨みを持つとされます。輪切りにしてそのまま食べるほか、お茶漬けや酒の肴としても親しまれ、正月や来客時などハレの日に供される滋賀を代表する伝統食です。

朴葉味噌
発酵食品岐阜

朴葉味噌

Hoba Miso

朴葉味噌は、朴(ほお)の木の葉の上にこうじ味噌をのせて炭火や七輪で焼き上げる飛騨高山地方の郷土料理です。焼くうちに朴葉特有の芳香が味噌に移り、香ばしく甘みのある風味が引き立ちます。もとは林業に従事する杣人(そまびと)たちが山中で食事をとる際、朴の葉を器代わりに使い、残った味噌を焼いて食べたのが始まりとされます。やがて一般家庭に伝わり、囲炉裏を囲んで味噌を焼く食べ方が飛騨地方の冬の食卓に定着しました。現在では、刻んだねぎやきのこ、飛騨牛などを味噌と一緒に焼き込む形も広まり、旅館の朝食や高山の飲食店の名物料理として親しまれています。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選定され、飛騨を代表する味として全国に知られるようになりました。

イタリアン
麺類新潟

イタリアン

Niigata Italian

イタリアンは、新潟市発祥のファストフードで、ソース焼きそばの上にトマトソースやミートソースをかけた料理です。名前はイタリア料理を思わせますが、中身は日本の焼きそばを洋風に仕立てた新潟独自のご当地グルメです。1959年、新潟市の甘味喫茶「三日月」の経営者・三日月晴三が、東京で食べたソース焼きそばをヒントに考案したとされます。スパゲティのイメージを取り入れ、フォークで食べるスタイルにしたことが名前の由来です。現在は新潟市を中心とする「みかづき」と、長岡市を中心とする「フレンド」の2つのチェーンが代表格として知られます。みかづきはトマトソースに白生姜、フレンドはミートソースに紅生姜を添えるなど、ソースや付け合わせ、食べ方にそれぞれの個性があります。数百円で気軽に食べられることもあり、新潟県民のソウルフードとして長く親しまれています。

お好み焼き(大阪風)
粉もの大阪

お好み焼き(大阪風)

Osaka-style Okonomiyaki

大阪風のお好み焼きは、だしで溶いた小麦粉の生地に、刻んだキャベツや天かす、豚肉やイカなどの具を混ぜ込み、鉄板で平たく両面を焼いた料理です。焼き上がりにソースを塗り、削り節や青のり、好みでマヨネーズをかけて食べます。たこ焼きと並んで、大阪の粉もの(小麦粉を使った料理)文化を代表する存在です。明治時代後期には、小麦粉とキャベツ、ソースを使った「洋食焼」が登場しました。駄菓子屋などで「一銭洋食」として売られた軽食が、戦後に豚肉や野菜をたっぷり使う食事へと発展したとされます。当初は生地の上に具をのせる「重ね焼き」でしたが、大阪では具を生地に混ぜて焼く「混ぜ焼き」が広まりました。昭和30年代の終わりから40年代にかけて、チェーン店が大阪名物として売り出し、全国に知られるようになりました。生地に麺を加えた「モダン焼き」も大阪で生まれた食べ方です。

ゴーヤーチャンプルー
肉料理沖縄

ゴーヤーチャンプルー

Goya Chanpuru

ゴーヤーチャンプルーは、夏野菜のゴーヤー(にがうり)を島豆腐や卵、豚肉やポークランチョンミートと一緒に炒め合わせた沖縄の代表的な家庭料理です。「チャンプルー」は沖縄の言葉で「混ぜこぜにしたもの」という意味で、マレー語やインドネシア語の「チャンプール(campur、混ぜるの意)」に由来するといわれています。豆腐や炒め合わせる主な食材の名前を頭に付けて「〇〇チャンプルー」と呼ぶのが沖縄流で、ゴーヤーを使ったものが特に広く知られています。ゴーヤー特有の苦味は加熱しても壊れにくいビタミンCを豊富に含み、食欲を増進させる働きもあることから夏バテ防止の一皿として親しまれ、テレビや雑誌で紹介されたことをきっかけに全国の家庭料理としても定着しました。

こしね汁
鍋料理群馬

こしね汁

Koshine-jiru

こしね汁は、群馬県富岡市・甘楽町周辺の特産品であるこんにゃく・しいたけ・ねぎをたっぷり使った味噌仕立ての汁物で、3つの食材の頭文字を組み合わせて名付けられた郷土料理です。富岡市婦人会連合会が、地元でよく育つこんにゃく・原木しいたけ・下仁田ねぎという農畜産物を生かした汁物として考案したのが始まりとされ、誕生から20年以上が経った今では家庭料理として定着し、学校給食の献立や地域の祭り・イベントでも振る舞われています。こんにゃく・しいたけ・ねぎの3つを必ず入れることが決まりで、それ以外の野菜や味噌の種類は家庭ごとに異なり、大根やにんじん、ごぼう、里芋、豚肉などを加えて具だくさんに仕上げるのが特徴です。

さんが焼き
海鮮千葉

さんが焼き

Sangayaki

さんが焼きは、房総半島の郷土料理「なめろう」をアワビやホタテの貝殻に詰めて焼き上げた料理です。漁師が沖で作ったなめろうを、山へ仕事に出かける際に持参し、山小屋で火を通して食べたことから「山家(さんが)焼き」と呼ばれるようになったと伝えられています。生のなめろうと違い、火を通すことで香ばしさが加わり保存性も高まるため、忙しい漁師や山仕事の合間の食事として重宝されました。現在では家庭でもフライパンや網で手軽に作られるほか、房総地域の飲食店では貝殻を器に見立てた郷土料理として提供され、なめろうとはひと味違う香ばしさが楽しめる一品として親しまれています。

ずんだ餅
甘味宮城

ずんだ餅

Zunda Mochi

ずんだ餅は、茹でた枝豆をすり潰して作る鮮やかな緑色の「ずんだ餡」を餅にからめた、宮城県仙台地方を代表する郷土菓子です。江戸時代末期には和え衣としての「ずんだ」がすでに定着していたとされ、農作業や祝い事の際に家族総出で枝豆をさやから取り出し、すり鉢で潰して作られてきました。名前の由来には諸説があり、豆を打ち潰す作業を表す「豆打(ずだ)」が訛ったとする説のほか、仙台藩祖・伊達政宗が陣中で刀の柄(陣太刀)を使って枝豆を砕かせたという逸話に由来するという俗説も広く知られています。ただし政宗との直接的な結びつきを示す確かな史料はなく、後世に広まった俗説とみる見方が一般的です。現在では餅のほか、シェイクや洋菓子など幅広い商品に展開され、仙台土産の定番として親しまれています。

ソースカツ丼
肉料理群馬

ソースカツ丼

Sauce Katsudon

群馬県桐生市を中心に親しまれるソースカツ丼は、揚げたてのとんかつをウスターソースベースの特製だれにくぐらせ、卵でとじずにご飯へのせる、いわゆる「ソースカツ丼」文化圏を代表する郷土の味です。1926年創業の桐生市の食堂「志多美屋」が、うなぎのたれにウスターソースを合わせた独自のたれを考案したのが始まりとされ、織物業で栄えた桐生では冷めてもおいしいソースカツ丼が出前の定番として広まりました。現在も桐生市内で「カツ丼」といえば卵とじではなくソースカツ丼を指すほど生活に根づいており、「桐生ソースかつ丼会」が結成されるなど、地域を挙げてご当地グルメとして発信されています。使用するソースの配合や肉の部位に明確な決まりはなく、店や家庭ごとの違いを食べ比べる楽しみもあります。

とうじそば
麺類 / 鍋料理長野

とうじそば

Toji Soba

とうじそばは、長野県松本市奈川(旧奈川村)に伝わるそばの郷土料理で、「投汁そば」とも書きます。鍋で煮立てたつゆに、竹で編んだ小さな「とうじかご」に入れた一口分のそばをくぐらせ、温めて食べます。つゆには旬の野菜や山菜、きのこ、鶏肉などを入れ、そばと一緒にお椀に取り分けます。奈川は、松本から飛騨へ向かう野麦街道沿いの、標高約1,200mの山あいの地域です。昼夜の寒暖差が大きくそばの栽培に向いており、昔は米よりもそばが主食だったと伝わります。囲炉裏に吊るした鉄鍋を家族で囲んで食べた料理で、冠婚葬祭などハレの日のもてなしにも欠かせませんでした。奈川を中心に、木曽地方の一部でも食べられています。

どんがら汁(寒鱈汁)
鍋料理山形

どんがら汁(寒鱈汁)

Dongara-jiru (Kandara-jiru)

どんがら汁は、山形県庄内地方の冬を代表する郷土料理で、産卵のため沿岸に集まる真鱈「寒鱈」を、身だけでなく内臓・白子・皮・アラまでほぼ丸ごと使って味噌仕立てにする豪快な鍋料理です。「どんがら」とは魚の骨やあらを指す言葉で、身とあら(胴殻)を余さず使うことに由来するとされます。もともとは庄内の漁師たちが船上や浜で寒さをしのぐために食べていた漁師料理が始まりとされ、脂ののった肝を溶き入れることでコクのある濃厚な味わいに仕上がるのが最大の特徴です。1月上旬から2月上旬の「寒」の時期にとれる4kg以上の脂の乗った寒鱈が最も美味とされ、この時期には鶴岡市や酒田市で「寒鱈まつり」が開催され、大鍋のどんがら汁がふるまわれます。伝統的には長ねぎは入れず、仕上げに岩のりを添える食べ方が本来の形とされています。

にしんそば
麺類京都

にしんそば

Nishin Soba

にしんそばは、甘辛く煮た身欠きにしんを温かいそばにのせた京都発祥の麺料理です。海のない京都では、北前船によって北海道から運ばれた乾物の身欠きにしんが貴重なたんぱく源として重宝され、そば文化と結びついてこの料理が生まれました。文久元年(1861年)創業の蕎麦店「松葉」の2代目・松野与三吉が、明治15年(1882年)ごろに考案したと伝えられ、以来京都の名物料理として定着しています。骨まで柔らかく炊き上げた甘露煮風のにしんと、かつおと昆布のだしをきかせたつゆの組み合わせが特徴で、京都の観光名物としても広く知られています。

稲庭うどん
麺類秋田

稲庭うどん

Inaniwa Udon

稲庭うどんは、秋田県湯沢市稲庭町を発祥とする手延べ製法の干しうどんです。生地を練り、綯って熟成させながら手で細く延ばしていく独特の工程を経てつくられ、平打ちで断面が扁平な麺は、つるりとした喉越しと強いコシを兼ね備えています。江戸時代前期の寛文5年(1665年)に製法が確立されたと伝わり、約100年後には秋田藩主・佐竹家の御用達にも指定されました。讃岐うどん・水沢うどんと並んで「日本三大うどん」の一つに数えられることもあります。手間のかかる手延べ製法のため生産量が限られ、贈答品としても高い人気を誇る秋田県を代表する麺料理です。

越前おろしそば
麺類福井

越前おろしそば

Echizen Oroshi Soba

越前おろしそばは、冷たいそばに大根おろしとだしを合わせて食べる福井県の郷土料理です。かつお節や刻みねぎを添えるのが一般的で、季節によっては辛味大根も使われます。福井のそばは、石臼で甘皮ごと挽いた黒っぽいそば粉を使い、やや太めに打った田舎そばが主流です。県内には在来種のそばが数多く残り、小粒ながら味が濃く香りに優れているといわれます。そばの栽培は戦国時代に朝倉氏が始めたとされ、江戸時代の初めには麺状の「そば切り」が伝わりました。その後、大根おろしを添える食べ方が広まり、現代まで受け継がれています。「越前そば」の呼び名は、1947年(昭和22年)に福井を訪れた昭和天皇の逸話に由来するとされます。大根おろしとだしの合わせ方は店ごとに異なり、食べ比べも楽しめます。

喜多方ラーメン
麺類福島

喜多方ラーメン

Kitakata Ramen

喜多方ラーメンは、福島県喜多方市で発展したご当地ラーメンで、札幌・博多と並び「日本三大ラーメン」の一つに数えられることもあります。太めの平打ち熟成多加水麺が特徴で、コシが強くちぢれた麺がすっきりとした豚骨・煮干しベースの醤油スープによく絡みます。漆器や酒蔵が立ち並ぶ「蔵の町」として知られる喜多方には、市内に人口比で見て全国有数の密度でラーメン店がひしめき、住民が朝食代わりにラーメンを食べる「朝ラー」文化が根づいています。工場勤務者の夜勤明けや冬の出稼ぎ帰りに体を温める食事として定着したとも言われ、観光客も朝ラー目当てに早朝から市内を訪れる姿が見られます。昭和50年代のテレビ番組をきっかけに全国区の知名度を得て以降、街を代表する観光資源として今も発展を続けています。

亀山みそ焼きうどん
麺類三重

亀山みそ焼きうどん

Kameyama Miso Yaki Udon

亀山みそ焼きうどんは、三重県亀山市のご当地グルメです。肉や野菜とうどんを鉄板で焼き、味噌をベースにしたたれで味付けします。昭和中期、亀山には国道1号を行き交うトラック運転手向けの食堂が多くあり、赤味噌を使ったホルモン焼きが出されていました。肉を焼いた後の鉄板に残る味噌だれで、うどんを焼いて食べたのが始まりとされます。2008年には、まちおこしを目指す市民グループ「亀山みそ焼きうどん本舗」が結成され、ご当地グルメとして広まりました。2011年の「中日本・東海B-1グランプリin豊川」では、1位のゴールドグランプリに選ばれています。市内の食堂やパーキングエリアなど、約20店で味わえるとされます(2020年時点)。香ばしい味噌の香りと、ピリッと甘辛い味がくせになると、リピーターの多い料理です。2024年度(令和6年度)には、文化庁の「100年フード」に認定されました。

吉田のうどん
麺類山梨

吉田のうどん

Yoshida Udon

吉田のうどんは、富士吉田市を中心とする郡内(ぐんない)地方で食べられている、硬くてコシの強いうどんです。太い手打ち麺を、煮干しなどのだしに味噌と醤油を合わせた汁で食べます。具はゆでたキャベツと甘辛く煮た馬肉が定番です。薬味には、赤唐辛子にごまや山椒などを合わせた「すりだね」を使います。富士山北麓は標高が高く冷涼で、火山灰の土壌のため稲作に向きませんでした。そのため小麦などを使う粉食が根づきました。昭和初期には織物業が盛んで、機織りをする女性に代わって男性が昼食のうどんを作ったといわれます。力強くこねたことが、独特の歯ごたえにつながったとされます。2007年には「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれました。市内には約50軒の専門店があり、民家のような店構えや昼だけの営業も特徴です。

近江牛
肉料理滋賀

近江牛

Omi-gyu

近江牛は、滋賀県内で肥育されたブランド和牛で、松阪牛・神戸牛とともに「日本三大和牛」の一つに数えられます。その歴史は江戸時代前期にまでさかのぼり、記録に残るブランド和牛としては日本最古とも言われます。江戸時代は仏教の影響で表向き肉食が禁じられていましたが、彦根藩では牛肉を味噌漬けにした「反本丸(へんぽんがん)」を養生薬と称して将軍家や御三家へ献上しており、これが近江牛の名を全国に広める端緒となりました。きめ細やかな霜降りと、赤身の旨みと脂の上品な甘さのバランスに定評があり、すき焼き・しゃぶしゃぶ・ステーキなど幅広い料理で親しまれています。現在も滋賀県内で一貫した肥育管理のもと生産され、県を代表する食のブランドとして国内外に知られています。

鶏ちゃん
肉料理岐阜

鶏ちゃん

Keichan

鶏ちゃん(けいちゃん)は、鶏肉と季節の野菜を味噌や醤油ベースの特製だれに漬け込み、鉄板やジンギスカン鍋で焼きながら食べる岐阜県奥美濃・飛騨南部の郷土料理です。郡上市や下呂市、中津川市北部を中心に古くから親しまれ、それぞれの店や家庭ごとに味付けや漬け込み方が異なるのが特徴です。かつて多くの家庭で鶏を飼育し、卵を産まなくなった親鶏を盆や正月などのハレの日に振る舞ったのが始まりとされます。昭和30年代以降、下呂や郡上の精肉店・飲食店が味付けを工夫して提供するようになり、安価な鶏肉の普及とともに家庭料理から外食メニューへと広がりました。現在は下呂市だけで30軒以上の飲食店が独自の鶏ちゃんを提供しており、下呂温泉や郡上八幡の観光名物としても人気を集めています。

佐賀牛
肉料理佐賀

佐賀牛

Saga Gyu

佐賀牛は、JAグループ佐賀管内で飼育された黒毛和種の中から、日本食肉格付協会による肉質等級が4等級以上、かつ脂肪交雑の指標であるBMSナンバーが7以上の牛肉のみが名乗ることを許されるブランド牛肉です。厳格な基準を満たしたものだけが「佐賀牛」を名乗れる仕組みにより、きめ細かな霜降りと柔らかな肉質を安定して届けることを実現しています。1984年に関西の食肉市場で佐賀牛のシールを添付して販売したのがブランドとしての始まりとされ、2000年には商標登録も取得しました。全国的にも格付け基準の厳しさで知られ、仙台牛に次ぐ厳格さとも評されるブランド牛として、佐賀県を代表する食のブランドに育っています。2007年にはJAグループ佐賀の統合に伴い、JAさが管内で肥育された黒毛和種全体が対象となり、産地・生産者を問わず統一した品質基準のもとでブランドが管理される体制が整えられました。

治部煮
肉料理石川

治部煮

Jibuni

治部煮は、そぎ切りにした鴨肉や鶏肉に小麦粉をまぶして煮込み、金沢特産の「すだれ麩」や百合根、椎茸などの季節野菜を合わせた、加賀料理を代表する煮物です。小麦粉のとろみが具材に絡みつき、まろやかな口当たりに仕上がるのが最大の特徴で、仕上げに添えられるおろしわさびの香りが味を引き締めます。少なくとも江戸時代から武家の間で食べられていたとされる歴史ある料理で、加賀藩ゆかりの料亭や割烹では今も冬の定番として供されています。発祥については、キリシタン大名・高山右近が宣教師から製法を学び加賀藩に伝えたという説、豊臣秀吉配下の岡部治部右衛門が朝鮮から伝えたという説、名前が「じぶじぶ」と煮える音に由来するという説など諸説があり、定説はありません。金沢を訪れた際にはぜひ味わいたい代表的な郷土料理です。

十万石饅頭
郷土菓子埼玉

十万石饅頭

Jumangoku Manju

十万石饅頭(十万石まんじゅう)は、埼玉県行田市の菓子舗「十万石ふくさや」が製造する薯蕷(じょうよ)まんじゅうで、白あんを求肥入りのしっとりとした生地で包んだ上品な甘さが特徴の埼玉県を代表する銘菓です。名称は、行田市がかつて忍藩十万石の城下町として栄えた歴史にちなんで名付けられました。1952年(昭和27年)、砂糖の統制が解除されたのを機に和菓子店「福茶屋」が創業して売り出し、1960年に社名を「十万石ふくさや」に改めてブランド化を進めました。版画家・棟方志功が手掛けたとされる「うまい、うますぎる!」のキャッチコピーによるテレビ埼玉のローカルCMで広く知られるようになり、今では県内外の土産物店で見かける埼玉土産の定番として定着しています。

水沢うどん
麺類群馬

水沢うどん

Mizusawa Udon

水沢うどんは、群馬県渋川市伊香保町水沢の水澤寺(水澤観音)門前に軒を連ねる「うどん街道」を中心に作られる、コシの強い手打ちうどんです。讃岐うどん・稲庭うどんと並ぶ日本三大うどんの一つに数えられ、400年以上の歴史を誇ります。飛鳥時代、水澤寺の創建に携わったと伝わる渡来僧・恵灌僧正がうどんの製法を伝えたという伝承があり、天正4年(1576年)頃には参拝客や湯治客に地元産の小麦と榛名山系の伏流水で打ったうどんが振る舞われるようになったのが、地名を冠したうどんとして定着する始まりとされています。生地を踏んでは寝かせる工程を何度も繰り返す独特の製法によって強いコシと透明感のある白い麺に仕上がり、冷たいざるうどんとして、しょうゆだれやごまだれで味わうのが定番のスタイルです。

博多うどん
麺類福岡

博多うどん

Hakata Udon

博多うどんは、福岡市博多区を中心に食べられている、コシの強さよりもやわらかさとだしの旨みを重視したうどんです。鎌倉時代に宋から帰国した聖一国師(円爾)が製粉技術とともにうどんを日本に伝えたとされ、博多はうどん発祥の地の一つとして知られています。博多うどんの麺はゆで置きされたやわらかい麺が主流で、あご(トビウオ)や昆布、厚削りなどでとった甘みのあるだしとよく絡みます。具材として代表的なのがカリッと揚がったごぼう天やふわふわの丸天で、これらを乗せた「ごぼう天うどん」は博多うどんの定番メニューとして親しまれています。駅の立ち食いうどん店から老舗の専門店まで、幅広い形態で市民の日常食として根付いています。

浜松餃子
肉料理静岡

浜松餃子

Hamamatsu Gyoza

浜松餃子は、静岡県浜松市で親しまれているご当地餃子です。キャベツをたっぷり使ったあっさりした餡に、豚肉のコクを合わせた味わいが特徴です。焼いた餃子をフライパンの形のまま円形に並べ、中央にゆでたもやしを添える盛り付けがよく知られています。戦後に浜松駅の周辺で営業した屋台がルーツの一つとされ、1953年(昭和28年)創業の「石松餃子」は浜松餃子の元祖ともいわれます。2000年代半ばには市民有志が「浜松餃子学会」を立ち上げ、餃子の街としてのPRに取り組んできました。総務省の家計調査では、餃子の1世帯当たり年間支出金額で宇都宮市などと首位を争っています。浜松市は2011年に初めて全国1位となり、2025年の調査では3年連続の1位でした。市内には専門店や持ち帰りの店が多く、外食でも家庭の食卓でも身近な料理です。

味噌カツ
肉料理愛知

味噌カツ

Misokatsu

味噌カツは、豚肉のとんかつに八丁味噌をベースにした甘辛い味噌だれをかけて食べる、名古屋を代表する郷土料理です。愛知県は江戸時代から豆味噌(八丁味噌)を使う食文化が根付いており、戦後の名古屋でとんかつに味噌だれを合わせる食べ方が広まりました。発祥については諸説あり、屋台でとんかつを味噌田楽のたれにつけて食べたのが始まりとする説や、天丼のたれをヒントに味噌だれのカツ丼を考案したとする説などが伝わります。矢場とんや味処叶といった老舗が名古屋名物として全国に知られるまでに育て上げ、現在では単品の味噌カツのほか、味噌カツ丼、味噌カツサンドなど多彩な形で提供されています。濃厚でコクのある赤味噌の風味とサクサクの衣の対比が魅力です。

いぶりがっこ
発酵食品秋田

いぶりがっこ

Iburigakko

いぶりがっこは、大根を囲炉裏の煙で燻して乾燥させたのち、米糠と塩で漬け込む秋田県内陸南部発祥の漬物です。「いぶり」は燻すこと、「がっこ」は秋田弁で漬物を指す言葉に由来します。積雪が多く天日干しが難しい秋田の気候の中で、農家が大根を家の梁につるし、囲炉裏の熱と煙を利用して乾燥させる知恵から生まれたとされ、起源は室町時代にまでさかのぼるといわれています。燻された香ばしい香りとポリポリとした食感が特徴で、横手市を中心とする地域で発達しました。2019年には国の地理的表示(GI)保護制度にも登録され、秋田を代表する発酵食品として全国に知られています。

じゅんじゅん
鍋料理滋賀

じゅんじゅん

Junjun

じゅんじゅんは、琵琶湖沿岸から湖北地方にかけて伝わる、醤油・砂糖・みりんで甘辛く味付けするすき焼き風の鍋料理です。全国的なすき焼きが牛肉を主役とするのに対し、じゅんじゅんはウナギ・イサザ・コイ・ホンモロコ・ナマズなどの湖魚や、鶏肉、近江牛を使うなど地域や家庭によって具材が異なるのが特徴です。名前の由来は、鍋の中で具材を煮るときに立てる「じゅんじゅん」という音からきているとされます。かつては琵琶湖周辺の漁村を中心に伝わる限定的な家庭料理でしたが、近年は滋賀県全域で名前が知られるようになり、郷土料理として観光客にも紹介される機会が増えています。正月やお盆など来客をもてなすハレの日に、奮発した食材を使って作られてきた、湖国の暮らしを映す鍋料理です。

すいとん
鍋料理群馬

すいとん

Suiton

すいとんは、小麦粉を水で溶いて練った生地をちぎって団子状にし、野菜とともに味噌や醤油ベースのだし汁で煮込む群馬県全域の郷土料理です。群馬県は全国有数の日照時間の長さを誇り、米の裏作として小麦を育てる二毛作が盛んだったことから、小麦粉を使った料理文化が古くから発達しました。生地を伸ばして切る手間を省き、そのまま丸めて煮込む手軽さから、農作業の合間にも作りやすい家庭料理として親しまれてきました。地域によって呼び名もさまざまで、藤岡市の「とっちゃなげ汁」をはじめ「つめりっこ」「ねじっこ」などの呼称も残ります。同じ小麦粉料理の「おっきりこみ」より古くから食べられていたとされ、現在も県内の学校給食に取り入れられるなど「ぐんまの郷土料理」として親しまれています。

はらこ飯
海鮮宮城

はらこ飯

Harako Meshi

はらこ飯は、鮭の身を煮た煮汁で米を炊き、ほぐした鮭の身と煮汁にくぐらせたつややかないくら(はらこ)を盛り付けた、宮城県亘理町荒浜地区発祥の秋の郷土料理です。阿武隈川河口付近で鮭の地引網漁が盛んだった時代に、大漁の際に漁師たちが自分たちの食事として振る舞ったのが始まりと伝えられています。江戸時代、亘理を治めた伊達政宗が阿武隈川の治水工事の視察に訪れた際、地元の漁師からはらこ飯を献上されて大変喜んだという逸話が残されています。帰城後も周囲にその美味しさを語り広めたことが、亘理の名物として知られるきっかけになったともいわれています。「はらこ」とは鮭の腹にある子、すなわち「腹子」を指す言葉です。鮭が遡上する9月から11月ごろにかけての季節限定の味覚として、亘理町を中心に県内各地の飲食店で提供されています。

みみ
麺類山梨

みみ

Mimi

みみは、山梨県富士川町の十谷(じっこく)地区に伝わる郷土料理です。小麦粉を練って薄くのばし、5cmほどの正方形に切ります。その片側の二つの角を合わせて三角にし、農具の「箕(み)」の形に整えます。これを大根や里芋、ごぼうなどの野菜と一緒に、煮干しのだしで煮て味噌で味をととのえます。生地はほうとうと似ていますが、形がまったく違い、下ゆでも必要ありません。名前は箕の形に似ていることに由来するとされ、耳に似ているからという説もあります。箕には「福をすくう」意味が込められ、「福箕(ふくみ)」が転じて「みみ」になったとも伝わります。縁起のよい料理として、十谷では今も元旦の朝に歳神様(としがみさま)に供えてから家族で食べます。地元の施設では、みみ作りの体験もできます。

もつ鍋
鍋料理福岡

もつ鍋

Motsunabe

もつ鍋は、牛や豚のもつ(内臓肉)をキャベツやニラ、にんにく、唐辛子とともに醤油や味噌ベースのスープで煮込む、福岡・博多発祥の鍋料理です。終戦直後の食糧難の時代、安価に手に入る牛もつを野菜と一緒にアルミ鍋で煮て食べたのが始まりと伝えられています。その後、食材事情の改善とともにキャベツが加わり、もつ・にら・キャベツ・醤油ベースのスープ・〆のちゃんぽん麺という現在の形に確立されました。1980年代後半から博多市内で専門店が急増し、1990年代前半に全国的な「もつ鍋ブーム」が起こったことで、福岡を代表するご当地グルメとして定着しました。プリプリとした食感のもつと、たっぷりの野菜を一度に摂れる栄養バランスの良さも人気の理由です。

ラフテー
肉料理沖縄

ラフテー

Rafute

ラフテーは、皮付きの豚三枚肉を泡盛や醤油、砂糖でじっくりと甘辛く煮込んだ、沖縄を代表する豚肉料理です。琉球王朝時代、中国との冊封関係を通じて豚肉を食べる文化が発達したことを背景に生まれた宮廷料理で、中国料理の東坡肉(トンポーロウ)と起源を同じくすると考えられています。かつては冷蔵技術のない時代の保存食として濃い味付けで仕込まれていましたが、時代を経るにつれて味付けは穏やかになり、現在は法事や祝いの席で振る舞われる客膳料理として位置付けられています。長時間じっくり煮込むことで皮までとろけるように柔らかく仕上がるのが特徴で、「琉球料理は豚に始まり豚に終わる」といわれるほど、沖縄の食文化を象徴する一品です。

ローメン
麺類長野

ローメン

Romen (Ina Romen)

ローメンは、長野県伊那市で生まれた、蒸した中華麺とマトン(羊肉)、キャベツを使う麺料理です。1955年(昭和30年)、伊那市の中華料理店「萬里(ばんり)」の店主・伊藤和弌(いとう わいち)が考案しました。冷蔵庫が普及していなかった当時、麺を日持ちさせるために蒸したのが始まりとされます。「ラーメンでも焼きそばでもない」といわれ、スープに浸かった汁ありのものと、焼きそば風の汁なしのものがあります。食卓のソースや酢、ごま油などをかけ、自分好みの味に仕上げて食べるのも特徴です。伊那市とその周辺では約90軒の飲食店が出しており、学校給食にも登場します。地域の人々に長く親しまれてきたソウルフードです。

円盤餃子
肉料理福島

円盤餃子

Enban Gyoza

円盤餃子は、小ぶりの餃子20〜30個をフライパンいっぱいに隙間なく並べて焼き上げ、そのまま円盤のような形でお皿に盛り付けて提供する福島県のご当地グルメです。戦後、満州からの引き揚げ者が現地で覚えた餃子の作り方を屋台や食堂で提供したことが始まりとされ、発祥地の福島市を中心に、郡山市をはじめとする県内各地の食堂や専門店に受け継がれてきました。白菜をたっぷり使った餡と手のべした皮を大切にする店が多く、一皿を家族や仲間で取り分けながら食べるスタイルが定着しています。2024年には文化庁の「100年フード」にも認定されるなど、地域に根づいたソウルフードとして幅広い世代に親しまれています。ラーメンや馬刺しと並んで、福島県を代表するB級グルメの一つに数えられています。

金沢おでん
鍋料理石川

金沢おでん

Kanazawa oden

金沢おでんは、金沢市民が一年を通して食べる地元のソウルフードで、昆布と魚節でとった上品な出汁に地元大野産の醤油を効かせた、関西風の透き通っただしが特徴です。地元で水揚げされる「バイ貝」や、だしをたっぷり吸い込む「車麩」、冬にはカニの甲羅にみそと身を詰めて煮た「カニ面」など、他県のおでんにはないご当地食材が並ぶのも大きな魅力です。金沢でおでんが親しまれるようになったのは明治時代末頃とされ、当初は祝賀行事などの場で提供されたと伝えられています。市内には昭和初期創業の老舗おでん屋が今も暖簾を守り、地元客と観光客の双方でにぎわいます。夏でも提供する店が多く、季節を問わず楽しめる点も金沢おでんならではの特色です。

串カツ
肉料理大阪

串カツ

Kushikatsu (Deep-fried Skewers)

串カツは、牛肉や野菜、魚介類などを一口大に切って串に刺し、衣とパン粉をつけて油で揚げた大阪の名物料理です。揚げたてを、テーブルに置かれた容器のソースにくぐらせて食べます。ソースは客同士で共有するため、「ソースの二度づけ禁止」が鉄則として広く知られています。起源には諸説ありますが、通天閣のある新世界で、大正末期から昭和初期に生まれたとする説が有力です。昭和4年(1929年)創業の「だるま」は、初代の女将が近くで働く労働者のために出したのが始まりとしており、大阪式串カツの元祖とされます。安くて腹持ちがよく、すぐに食べられるよう、薄い牛肉に厚めの衣をつけて揚げたのが原型です。2000年代には串カツを主力とするチェーン店が全国に広がり、大阪名物として知られるようになりました。今も新世界の通りやジャンジャン横丁には、多くの串カツ店が軒を連ねています。

五家宝
郷土菓子埼玉

五家宝

Gokabo

五家宝は、蒸したもち米を炒って作った麦芽(おこし種)を水飴で棒状に固め、外側にきな粉をまぶした埼玉県熊谷市発祥の郷土菓子です。中山道の宿場町として栄えた熊谷では、良質な「石原米」や大豆、水飴の原料となる大麦が豊富に取れたことから、文政年間(1818〜1829年)頃に「五嘉棒」の名で売り出されたのが始まりと伝えられます。その後「五穀は家の宝である」という願いを込めて「五家宝」の字が当てられるようになりました。発祥については群馬の菓子商に由来する説や下総国五霞村を起源とする説など複数の説があり、諸説入り混じりながら北関東一帯に広まった歴史を持ちます。きな粉の香ばしさと水飴のやさしい甘さ、もちもちとした食感が特徴で、現在も熊谷市内の老舗菓子店を中心に製造が続けられています。

手こね寿司
海鮮三重

手こね寿司

Tekone Zushi

手こね寿司は、三重県の志摩地方を代表する漁師料理です。カツオなどの赤身の魚を醤油ベースのたれに漬け、酢飯と混ぜ合わせて作ります。仕上げにしょうがや大葉の千切りを散らすことが多く、さっぱりと食べられます。始まりは、志摩市志摩町和具の漁師が、カツオ船の上で手早く食事をとるために作った料理だと伝えられます。手でこねるように混ぜて作ったことから、「てこね寿司」と呼ばれるようになったといわれます。明治時代には漁師の家庭や地域に広まり、祭りや来客時のごちそうとして受け継がれてきました。昭和時代には志摩地方の代表的な郷土料理となり、伊勢志摩を訪れる観光客にもふるまわれるようになりました。現在は伊勢・鳥羽・志摩の飲食店で名物として提供されています。2025年度(令和7年度)には、文化庁の「100年フード」に認定されました。

小城羊羹
郷土菓子佐賀

小城羊羹

Ogi Yokan

小城羊羹は、佐賀県小城市で明治期以降に発展した羊羹の名産品です。江戸時代、長崎と小倉を結ぶ長崎街道は南蛮貿易で運ばれた砂糖が行き交ったことから「シュガーロード」とも呼ばれ、砂糖の集積地であった小城でも菓子づくりが盛んになりました。1899年に創業した村岡総本舗の初代が、長崎の羊羹職人から製法を学んで羊羹を作り始め、二代目の村岡安吉が「小城羊羹」の名称を初めて用いたと伝えられています。人口5万人ほどの小さな町に二十数軒もの羊羹店が集まる全国的にも珍しい産地で、2020年には「砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~」として日本遺産の構成資産にも認定されました。小城が城下町として栄えた鍋島藩の土地であったことも、菓子文化が花開く土壌になったと伝えられています。

新潟タレカツ丼
肉料理新潟

新潟タレカツ丼

Niigata Tarekatsu-don

新潟タレカツ丼は、薄く揚げたカツを甘辛い醤油ダレにくぐらせ、ご飯の上にのせた新潟市発祥の丼です。全国的に一般的な卵とじのカツ丼とは異なり、卵でとじずにタレの味だけで仕上げるシンプルな作りが特徴です。昭和初期、新潟市中心部の堀沿いに並んだ屋台の一つ「とんかつ太郎」で、初代店主の小松道太郎が考案したとされます。当時モダンな洋食だったカツレツを醤油ダレにくぐらせ、ご飯にのせて出したところ大評判になりました。薄めのカツを複数枚のせるのが一般的で、甘辛いタレがご飯にもほどよく染みます。発祥店のとんかつ太郎では、今も品名を単に「かつ丼」としています。「タレカツ丼」の呼び名は、1990年頃にとんかつ政ちゃんの2代目が考案して広めたものです。現在は新潟市を中心に、県内のとんかつ店や食堂で定番メニューとして親しまれています。

千枚漬け
発酵食品京都

千枚漬け

Senmaizuke

千枚漬けは、薄くスライスした聖護院かぶらを昆布とともに塩漬けし、酢やみりんで甘酸っぱく仕上げる京都を代表する漬物です。すぐき漬け・しば漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つに数えられ、特に冬の京都の味覚として親しまれています。慶応元年(1865年)に宮中の料理方であった初代・大黒屋藤三郎が考案したのが始まりと伝えられ、玉砂利に見立てたかぶらと松の緑に見立てた壬生菜で御所の風景を表現した意匠にも歴史的な背景が感じられます。上品な甘みと昆布の旨み、パリッとした歯ざわりが特徴で、京都土産としても定番の一品です。

太巻き祭り寿司
海鮮千葉

太巻き祭り寿司

Futomaki Matsurizushi

太巻き祭り寿司は、房総半島(安房・上総地方)に伝わる千葉県を代表する郷土料理で、巻いた寿司を輪切りにすると断面に花や動物、文字などの絵柄が浮かび上がるのが最大の特徴です。図柄の種類は100種類以上ともいわれ、地域や家庭ごとに独自の柄が受け継がれてきました。歴史は江戸時代後期の寛政年間(1789〜1801年)頃まで遡るとされ、紀州から房総へ移り住んだ漁師が持ち込んだ「めはりずし」がルーツとの説もあります。かつては村祭りや結婚式、子どもの誕生祝いなど、大勢が集う祝いの席でもてなし料理として作られ、2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」と「ふるさとおにぎり百選」に千葉県代表として選定されました。現在も冠婚葬祭や年中行事に欠かせない、目でも楽しめる祝い寿司として親しまれています。

納豆汁
発酵食品山形

納豆汁

Nattojiru

納豆汁は、山形県内陸部を中心に受け継がれてきた冬の郷土料理で、すり鉢で粒が見えなくなるまですりつぶした納豆を、具だくさんの味噌汁に溶き込んでとろみをつけた汁物です。雪深い山形では冬場に自家製の納豆を保存食として作る習慣があり、糸引きの弱い納豆を汁物に活用したのが始まりとされます。動物性たんぱく質を摂る機会が少なかった内陸部の人々にとって、大豆由来の納豆や豆腐でたんぱく質を補う料理でした。里芋の茎を干した保存食「いもがら」やきのこ、山菜、こんにゃくなどを加えてビタミンや食物繊維も一緒に摂れることから、栄養面でも優れた料理として親しまれてきました。食べる時期には地域差があり、村山地域では1月7日の七草の頃、最上地域では正月、庄内地域では大黒様のお歳夜(12月)に食べる風習があるとされます。手間がかかるため家庭で作る機会は減っていますが、旅館や飲食店、学校給食などで受け継がれています。

飛騨牛料理
肉料理岐阜

飛騨牛料理

Hida Gyu Ryori

飛騨牛(ひだぎゅう)は、岐阜県が誇る全国屈指のブランド和牛です。岐阜県内で生まれ育てられた黒毛和種のうち、社団法人日本食肉格付協会の格付けで「歩留等級A・B」かつ「肉質等級3等級以上」を満たしたものだけが「飛騨牛」の名称を名乗ることができます。きめ細やかな霜降りとやわらかな肉質、上品な甘みが特徴で、焼肉・すき焼き・しゃぶしゃぶ・ステーキなど幅広い食べ方で楽しまれています。飛騨高山や下呂温泉などの観光地では、飛騨牛を使ったステーキ丼や握り寿司、朴葉味噌焼きなど、地元ならではのメニューを提供する飲食店が数多くあり、旅行者に人気のご当地グルメとなっています。全国和牛能力共進会で最高位に輝いた実績もあり、海外でも評価が高まっています。

富士宮やきそば
麺類静岡

富士宮やきそば

Fujinomiya Yakisoba

富士宮やきそばは、静岡県富士宮市で親しまれているご当地やきそばです。市内の指定製麺所が作るコシの強い蒸し麺を使い、ラードを搾った後に残る「肉かす」を具に加えます。仕上げにいわしやさばの削り粉(だし粉)をふりかけるのが特徴です。独特の蒸し麺は、戦後の食料難の時代に、戦地で食べたビーフンを再現しようとする中で生まれたといわれます。2000年(平成12年)には市民有志が「富士宮やきそば学会」を立ち上げ、やきそばによる町おこしを始めました。だじゃれを交えたユニークなPR活動で全国に知られるようになり、2006年と2007年にはB-1グランプリで2年連続のグランプリに輝きました。富士山本宮浅間大社の門前町である富士宮の市内には、やきそばを出す店が150店ほどあるといわれます。地元の人の日常の味であると同時に、観光客のお目当てにもなっています。

福井のソースカツ丼
肉料理福井

福井のソースカツ丼

Fukui Sauce Katsudon

福井のソースカツ丼は、薄く切った豚肉にきめ細かいパン粉をつけて揚げ、ウスターソースベースのたれをくぐらせてご飯にのせた丼です。福井では「カツ丼」と注文すると、卵とじではなくソースカツ丼が運ばれてくるのが当たり前とされています。元祖とされるのは、福井市の洋食店「ヨーロッパ軒」です。創業者の高畠増太郎はドイツで料理を学び、1913年(大正2年)に東京でこの料理を披露しました。関東大震災で被災したのち郷里の福井へ戻って店を再開し、ソースカツ丼は福井の味として根づきました。現在はのれん分けの店が県内に広がり、県民のソウルフードとして親しまれています。カツは箸で切れるほど柔らかく、甘みと酸味のバランスが取れたソースが食欲をそそります。キャベツを敷かず、ご飯とカツだけで構成するシンプルさも特徴です。

名古屋手羽先
肉料理愛知

名古屋手羽先

Nagoya Tebasaki

名古屋手羽先(手羽先唐揚げ)は、鶏の手羽先をカラッと二度揚げし、甘辛いたれと胡椒やごまなどの薬味で仕上げた名古屋の居酒屋料理です。昭和38年(1963年)に名古屋市熱田区で創業した「風来坊」が、若鶏の丸焼き「ターザン焼き」のたれを手羽先の唐揚げにつけて提供したところ評判を呼び、看板メニューへと成長しました。その後「世界の山ちゃん」が独自のスパイスを効かせた手羽先で人気を博し、両店を筆頭に名古屋を代表する居酒屋グルメとして全国に知られるようになりました。骨付きのまま手で持って食べるスタイルと、甘辛だれ・スパイシー系など店ごとの個性が魅力で、ビールのつまみとしても定番の一品です。

おみ漬
発酵食品山形

おみ漬

Omizuke

おみ漬は、山形県米沢市を中心に作られてきた漬物で、山形県を代表する青菜「山形青菜」を主役に、大根や人参などの野菜を細かく刻んで塩漬けにした常備菜です。山形青菜は1904年に中国の重慶からもたらされた品種で、1908年に山形県での本格的な栽培が始まり、大正から昭和にかけて県内全域に栽培が広がりました。名前の由来には諸説ありますが、有力なのは近江出身の商人にまつわる説です。山形青菜漬では肉厚な茎の部分が珍重される一方で葉先が余りがちだったところ、その商人が葉先を刻んで漬物にした「近江漬」が転じて「おみ漬」になったとされています。ほかにも、刻んだ野菜を揉んで漬けることから「もみ漬」が転じたという説もあります。青菜漬が出回る前の時期にも食べられ、冬場の貴重な野菜を無駄なく使い切る生活の知恵から生まれた郷土の味として、現在も家庭や漬物店で作られ続けています。

おやき
郷土菓子長野

おやき

Oyaki

おやきは、小麦粉やそば粉で作った皮で、野菜や山菜、きのこ、あんこなどを包んで焼いたり蒸したりした長野県の郷土料理です。長野市の西側に広がる西山地域(小川村や旧中条村、旧信州新町など)が発祥といわれます。米作りに向かない冷涼な山間部では、小麦やそばが米の代わりとなり、おやきは人々の食を支えてきました。具には野沢菜漬けやなす、切り干し大根、かぼちゃなどが使われ、味噌やしょうゆで味をつけます。昔は囲炉裏の灰に埋めて蒸し焼きにする「灰焼きおやき」が主流でした。今では焼く、蒸す、焼いてから蒸す、揚げてから焼くなど、地域や店によって作り方がさまざまです。主食にもおやつにもなる、信州を代表する粉もの料理です。

きつねうどん
麺類大阪

きつねうどん

Kitsune Udon

きつねうどんは、昆布と節類でとったつゆをうどんにかけ、甘辛く煮た油揚げをのせた料理です。大阪で生まれたとされ、府民にもっとも愛されるうどんともいわれます。大阪のうどんは、だしによくなじむ、太すぎないもっちりとした麺が特徴とされます。「天下の台所」と呼ばれた大阪には、北前船で北海道の昆布が運ばれ、だしを大切にする食文化が育ちました。きつねうどんの始まりは、明治26年(1893年)に船場で開業したうどん店「松葉家」(現・うさみ亭マツバヤ)とされます。初代・宇佐美要太郎さんがいなり寿司用の油揚げを素うどんに添えて出したところ、客がうどんにのせて食べたのがきっかけと伝わります。名前は、狐の好物が油揚げとされることに由来します。関西では、油揚げをのせたそばを「たぬき」と呼ぶなど、呼び名にも独自の文化があります。

シシリアンライス
肉料理佐賀

シシリアンライス

Sicilian Rice

シシリアンライスは、佐賀市発祥とされるご当地グルメです。温かいご飯の上に、玉ねぎとともに甘辛いタレで炒めた薄切り肉と、レタス・トマト・きゅうりなどの生野菜を彩りよく盛り付け、仕上げにマヨネーズをかけて食べます。1975年(昭和50年)頃、佐賀市中心街の喫茶店でまかない料理として生まれたのが始まりとされ、名前の由来にはトマトの赤・卵の白・野菜の緑がイタリア国旗を思わせることと映画「ゴッドファーザー」の舞台シチリア島にちなんだ説など複数の説があります。使う食材や味付けは提供する店によって幅があり、佐賀牛のステーキを使った高級店のアレンジも見られる、自由度の高いご当地グルメとして親しまれています。決まったレシピや商標がないため、佐賀市観光協会のサイトなどでも「由来がはっきりしないのも魅力」として紹介されています。

しょっつる鍋
鍋料理 / 発酵食品秋田

しょっつる鍋

Shottsuru Nabe

しょっつる鍋は、ハタハタなどの魚を塩とともに長期間発酵させてつくる魚醤「しょっつる」を出汁に使う、男鹿半島を中心とした秋田県沿岸部の鍋料理です。しょっつるは能登の「いしる」、香川の「いかなご醤油」と並ぶ日本三大魚醤の一つに数えられます。江戸時代初期頃から、男鹿をはじめとする秋田の漁村で大量に水揚げされるハタハタを樽に塩漬けし、じっくり発酵させて魚醤をつくる技術が受け継がれてきました。ハタハタや豆腐、白菜、きのこなどを土鍋でしょっつる仕立ての出汁で煮込む鍋は、魚醤ならではの濃厚な旨味と独特の風味が持ち味で、冬の男鹿を代表する味覚として親しまれています。

すぐき漬け
発酵食品京都

すぐき漬け

Sugukizuke

すぐき漬けは、京都・上賀茂特産の京野菜「すぐき菜」を塩だけで漬け込み、乳酸発酵させた独特の酸味を持つ漬物です。千枚漬け・しば漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つで、上賀茂神社の社家が江戸時代初期から作り始めたと伝えられます。かつては社家だけに製法が伝わる貴重な品で、江戸期には「すぐきは一本たりとも村の外へ持ち出すことまかりならぬ」という触れが出されるほど厳重に守られていました。「天秤漬け」と呼ばれる独自の重石の方法や、室(むろ)に入れて発酵を促す工程など、手間のかかる伝統製法が今も受け継がれています。

のっぺ
鍋料理新潟

のっぺ

Noppe

のっぺは、里芋を主役に、にんじんやこんにゃく、干し椎茸、たけのこなどを薄味で煮た新潟県を代表する郷土料理です。里芋のぬめりや片栗粉によるとろみがあり、汁物というより煮物に近いのが新潟ののっぺの特徴です。だしには干し貝柱や干し椎茸などの乾物が使われ、ほたて貝柱や銀杏、鮭、いくらなどを加えて彩りよく仕上げます。大晦日や正月の定番料理であるとともに、祭りや法事、婚礼など人が集まる席には欠かせない料理とされてきました。温かいままでも冷やしてもおいしく、冷たいのっぺを好む家庭も少なくありません。具材や切り方、とろみの付け方は地域や家庭によって異なり、呼び名も「こにも」「こくしょう」など土地ごとに変わります。各家庭の作り方が母から子へと受け継がれ、学校給食や飲食店、駅弁でも親しまれています。

ふぐの子糠漬け
発酵食品石川

ふぐの子糠漬け

Fugunoko nukazuke

ふぐの子糠漬けは、猛毒テトロドトキシンを含むふぐの卵巣を、塩漬けと糠漬けを合わせて2〜3年ほどかけてじっくり発酵させ、無毒化して食べる石川県白山市美川地区などに伝わる珍味です。江戸時代から加賀藩への献上品として珍重されてきた歴史ある発酵食品で、猛毒の内臓は本来食品衛生法により廃棄が義務づけられていますが、石川県では江戸期から続く伝統産業であること、長年にわたり事故の報告がないことから、県の許可を受けた業者に限って製造が認められています。毒がどのように抜けていくのか、そのメカニズムは今なお科学的に完全には解明されておらず、代々受け継がれてきた製法と経験によって安全な珍味に生まれ変わる、極めて特異な発酵食品です。薄くそぎ切りにして酒の肴やお茶漬けの具として親しまれています。

へしこ
発酵食品福井

へしこ

Heshiko

へしこは、鯖などの魚を塩漬けにした後、米ぬかに漬け込んで熟成させた福井県の伝統的な保存食です。若狭地域と越前海岸で古くから作られてきました。内臓を除いた魚を1か月ほど塩漬けにし、その後半年以上ぬかに漬けて発酵と熟成を重ねます。塩辛い一方で、魚のうま味と香りがぎゅっと凝縮されているのが特徴です。江戸時代中頃には若狭で作られていたと考えられ、厳しい冬を越すための貴重なたんぱく源でした。ぬかを落として軽くあぶり、酒の肴やお茶漬けにするのが定番の食べ方です。近年はパスタやピザなど、アンチョビのような使い方も広がっています。小浜市では、へしこを塩抜きして米麹とご飯で漬け直した「鯖のなれずし」も作られています。

桑名のはまぐり
海鮮三重

桑名のはまぐり

Kuwana Hamaguri Clams

桑名のはまぐりは、三重県桑名市の沖でとれるハマグリと、それを使った料理です。桑名は木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川が伊勢湾に注ぐ河口に位置します。川の淡水と海水が交わる栄養豊かな漁場で育つため、身が大きくふっくらとし、濃厚な味わいがあります。日本在来種のヤマトハマグリで、地元では「地はまぐり」とも呼ばれます。江戸時代、桑名は東海道の宿場町として栄え、焼き蛤は旅人に人気の名物でした。「その手は桑名の焼き蛤」という言葉遊びが生まれるほど、広く知られていました。たまり醤油などで煮しめた時雨蛤(しぐれはまぐり)も、桑名を代表する名産です。一時は漁獲量が激減しましたが、漁業者による資源回復の取り組みが続けられています。2024年度(令和6年度)には「桑名焼き蛤」が文化庁の「100年フード」に認定されました。

高山ラーメン
麺類岐阜

高山ラーメン

Takayama Ramen

高山ラーメンは、岐阜県高山市で地元の人々に「中華そば」として親しまれてきたご当地ラーメンです。醤油ベースのあっさりとしたスープに中細の縮れ麺を合わせ、具材はチャーシュー、メンマ、刻みねぎというシンプルな構成が基本です。昭和13年(1938年)、屋台の「まさごそば」が支那そばとして売り出したのが始まりとされ、戦後には何軒もの屋台が登場して活況を呈しました。昭和30年代には屋台から店舗へと移り変わり、現在では高山市内に100軒以上ともいわれる中華そば店がひしめいています。地元では「そば」と呼べば中華そばを指すほど生活に根付いており、年越しに中華そばを食べる家庭もあるといいます。「高山ラーメン」という呼び名は主に観光客の間で使われるもので、地元の店ののれんには「中華そば」の文字が掲げられています。

桜えびのかき揚げ
海鮮静岡

桜えびのかき揚げ

Sakura Ebi Kakiage (Sakura Shrimp Tempura Fritters)

桜えびのかき揚げは、駿河湾で獲れる桜えびをたっぷり使い、衣を少なめにしてカラッと揚げた静岡県の名物料理です。桜えびは透き通った桜色の小さなえびで、国内で漁業として水揚げされているのは駿河湾だけです。水揚げ港は、静岡市清水区の由比港と焼津市の大井川港に限られます。漁は春と秋の年2回で、漁が行われるのは年間で通算40日ほどとされます。漁の始まりは明治時代で、由比の漁師が偶然に大量の桜えびを網にかけたことがきっかけといわれます。産地の由比や蒲原(かんばら)では、かき揚げのほか、生の桜えびを豆腐やねぎと煮付ける「沖あがり」も食べられてきました。サクサクの衣の中に桜えびがぎっしり詰まり、香ばしさと甘みが楽しめます。かき揚げ丼や、そば・うどんにのせて味わうのも定番です。

笹かまぼこ
海鮮宮城

笹かまぼこ

Sasa Kamaboko

笹かまぼこは、白身魚のすり身を笹の葉の形に成形して焼き上げた、仙台を代表する練り物の郷土料理です。明治30年代半ば、閖上から金華山にかけての沿岸でヒラメの大漁が続いた際、当時は輸送力や保存設備が不十分で、余ったヒラメを保存食として活用するために焼きかまぼこが作られるようになったのが始まりとされています。当初は形の見た目から「手のひらかまぼこ」や「べろかまぼこ」などと呼ばれていましたが、仙台藩祖・伊達政宗の家紋「竹に雀」に描かれた笹の葉の形に似ていることから「笹かまぼこ」と呼ばれるようになりました。昭和に入ってこの呼び名に統一されたと伝えられています。かつては高級魚のヒラメを主原料としていましたが、漁獲量の減少に伴い、現在はすけとうだらなどの白身魚が中心に使われています。低脂肪・低カロリーで良質なたんぱく質を含み、宮城県内には40軒以上の製造元があるといわれる仙台土産の定番です。

勝浦タンタンメン
麺類千葉

勝浦タンタンメン

Katsuura Tantanmen

勝浦タンタンメンは、千葉県勝浦市発祥のご当地ラーメンで、醤油ベースのスープにラー油をたっぷりと効かせた、辛さと旨みが際立つ一杯です。一般的な担々麺が胡麻だれや白湯スープを使うのに対し、勝浦タンタンメンは醤油味をベースにしている点が大きく異なります。みじん切りにした玉ねぎとひき肉を炒めたものがスープに溶け込み、コクと辛さが調和した味わいを生み出します。もとは沖合の漁や海女の仕事で冷えた体を温めるために、地元の食堂で提供されるようになったとされ、1954年創業の大衆食堂「江ざわ」が元祖として知られています。2011年には市民団体による普及活動が始まり、2015年のB-1グランプリで優勝するなど知名度が全国に広がりました。2023年11月時点では県内外の40店舗が「正規取扱店」として認定されています。

小豆ほうとう
甘味山梨

小豆ほうとう

Azuki Hoto

小豆ほうとう(あずきほうとう)は、ほうとうの麺を、砂糖で甘く味つけした小豆の汁に入れて煮る山梨県の郷土料理です。見た目も味もお汁粉に近く、「しるこほうとう」とも呼ばれます。「小豆ぼうとう」と濁って書かれることもあります。本来、小豆の汁には餅を入れるのがふさわしいとされます。しかし水田の少ない山梨では餅が大変貴重だったため、太めに切ったほうとうの麺を餅の代わりにしたと伝わります。味噌で煮る日常のほうとうとは違い、正月や盆、村の祭り、田植えの時期など、行事や祝い事の日に食べられてきました。北杜市須玉町若神子(わかみこ)の三輪神社の夏祭りは、小豆ほうとうがふるまわれることから「ほうとう祭り」とも呼ばれます。現在は北杜市や甲府市、甲斐市などで受け継がれ、ほうとう専門店で味わうこともできます。

水炊き
鍋料理福岡

水炊き

Mizutaki

水炊きは、鶏ガラや骨付き鶏肉をじっくり煮込んで白濁したスープをとり、鶏肉や白菜、豆腐などの具材を煮ながらポン酢でいただく博多を代表する鍋料理です。名前に反してスープは透明ではなく、長時間の加熱でコラーゲンが溶け出した白く濃厚な仕上がりになるのが博多水炊きの特徴です。明治38年(1905年)、長崎出身の林田平三郎が香港で学んだ西洋料理のコンソメと中国料理の白湯(パイタン)の技法を組み合わせて考案し、博多の店「水月」で提供を始めたのが発祥とされています。海外との交流が盛んだった港町・博多らしく、外来の食文化を独自にアレンジして根付かせた料理であり、農林水産省の「うちの郷土料理」にも福岡を代表する一皿として選定されています。

川越いも料理(大学いも等)
甘味埼玉

川越いも料理(大学いも等)

Kawagoe Imo Ryori (Daigaku-imo etc.)

川越いも料理は、埼玉県川越市周辺で古くから栽培されてきたさつまいも「川越いも」を使った大学いもや干し芋、いも菓子などの総称です。川越藩が位置する武蔵野台地は関東ローム層に覆われ、水はけのよい土壌と落葉堆肥を活かした栽培により、甘みが強く風味豊かなさつまいもが育つことで知られてきました。江戸時代には川越から江戸日本橋までの距離が十三里(約52km)であったことと「栗(九里)より(四里)うまい」という語呂合わせが結びつき、「栗より美味い十三里」という言葉が広まって川越いもの名声を高めたと伝えられます。現在も川越の代表的な観光地「菓子屋横丁」では大学いもを中心としたいも菓子を扱う店が軒を連ね、川越いもは埼玉を代表する食文化の一つとして親しまれています。

丁稚羊羹
郷土菓子滋賀

丁稚羊羹

Decchi Yokan

丁稚羊羹は、こしあんに小麦粉などを混ぜて練り、竹の皮に包んで蒸し上げた素朴な羊羹で、滋賀県近江八幡市発祥の郷土菓子です。一般的な練り羊羹に比べて甘さが控えめで、竹の皮のほのかな香りが移った、もちりとした食感が特徴です。名前の由来には、大坂や関東の商家へ奉公に出ていた丁稚(見習い小僧)が薮入りで里帰りする際、少ない給金でも買える手頃な値段だったためという説や、「こね合わせる」を意味する方言「でっちる」からきたという説があります。文久3年(1863年)創業の老舗「和た与」が発祥の店として知られ、竹の産地であった近江八幡ならではの工夫から生まれた菓子として、今も地元の土産物として親しまれています。近江八幡だけでなく、近江商人の交流を通じて三重県伊賀市など他地域にも同様の菓子が伝わりました。

豆腐よう
発酵食品沖縄

豆腐よう

Tofuyo

豆腐ようは、沖縄独特の島豆腐を紅麹・米麹・泡盛で数か月かけて発酵・熟成させた発酵食品で、濃厚な風味とねっとりとした食感からチーズにたとえられることもある琉球王朝伝来の珍味です。18世紀頃、中国から伝わった発酵豆腐「腐乳(フールー)」を琉球王府の料理座が改良して生み出したとされ、当時は上流階級だけが口にできる高貴な味覚として大切に扱われていました。中国や台湾の腐乳が塩漬けで保存性を高めるのに対し、豆腐ようは沖縄で身近だった泡盛に漬け込む点に製法上の大きな違いがあります。発酵にはモナスカス属のカビや麹菌が関わっているとされ、独特の風味を生み出します。現在はごく少量を箸先でつまみ、泡盛のつまみとして味わうのが一般的で、土産物としても人気の高い沖縄を代表する発酵食品です。

白河ラーメン
麺類福島

白河ラーメン

Shirakawa Ramen

白河ラーメンは、福島県白河市を中心に発展したご当地ラーメンで、手打ちならではの不規則なちぢれ麺と、鶏ガラ・豚骨を主体にしたすっきり醤油味のスープが特徴です。職人が青竹を使って生地を打つ「青竹打ち」の技法を受け継ぐ店が多く、強いコシと独特の食感を持つ麺が、丁寧に炊き出された澄んだスープによく絡みます。奥州街道の宿場町として栄えた白河には、大正時代から続く手打ち麺の系譜を守る個人経営の食堂が今も点在し、それぞれの店が独自の製法や配合を守っていることから、複数の店を巡る「食べ比べ」を楽しみに訪れる観光客も少なくありません。近年は地元の若手職人が伝統の技を受け継ぎ、首都圏に弟子店を出す動きも見られます。

味噌煮込みうどん
麺類愛知

味噌煮込みうどん

Miso Nikomi Udon

味噌煮込みうどんは、かつおだしと八丁味噌をあわせた濃厚な味噌だしで、コシの強い太めのうどんを一人用の土鍋でぐつぐつと煮込む名古屋の郷土料理です。塩を使わず小麦粉と水だけで打つ生麺をそのまま土鍋に入れて煮込むためコシが強く残るのが特徴で、鶏肉・油揚げ・かまぼこ・卵・ねぎなどが具材として加わります。江戸時代から各地にあった味噌仕立てのうどんを原型に、大正14年(1925年)創業の名古屋・大須の「山本屋」が、土鍋で一人前ずつ煮込むスタイルを確立したとされます。現在は「山本屋総本家」と「山本屋本店」という二つの系譜に分かれて営業しており、ともに名古屋を代表する味噌煮込みうどんの名店として親しまれています。

きしめん
麺類愛知

きしめん

Kishimen

きしめんは、幅7〜8mm・厚さ約1mmほどに打った平打ちのうどんで、鰹節と醤油ベースのだしに、油揚げ・かまぼこ・青菜・かつお節などをのせて食べる名古屋の郷土料理です。江戸時代の1728年刊行の句集『二重袋』にすでに「きしめん」を詠んだ句が見られ、遅くとも18世紀初頭には庶民の間で親しまれていたことがわかります。名前の由来には、碁石形の麺にきな粉をつけて食べた「棊子麺(きじめん)」が転じたとする説や、尾張藩主が好んだ雉肉入りのうどん「雉麺」がなまったとする説など諸説あります。麺を平たくすることでゆで時間を短縮でき燃料の節約になったとも言われ、名古屋駅や熱田神宮周辺の専門店で今も広く提供されています。

くじらのたれ
海鮮千葉

くじらのたれ

Kujira no Tare

くじらのたれは、千葉県南房総市和田町に江戸時代から伝わる保存食で、ツチクジラの肉を手のひら大の薄切りにし、醤油や砂糖などを合わせた特製のたれに漬け込んで天日干しにしたものです。和田浦がある和田漁港は、関東で唯一の沿岸小型捕鯨基地として知られ、毎年6月末から8月末の漁期にツチクジラが水揚げされます。干すことで肉の旨みが凝縮され、軽くあぶって食べると醤油だれの香ばしさと鯨肉特有の赤身の風味が引き立ちます。おやつやお酒のつまみとして地元で親しまれてきたほか、鯨肉を無駄なく活用する知恵として発展した料理でもあります。近年は道の駅や専門店の通販でも購入でき、和田浦を代表する土産物として親しまれています。

サーターアンダギー
甘味沖縄

サーターアンダギー

Sata Andagi

サーターアンダギーは、小麦粉に卵と砂糖を合わせた生地を油で揚げた沖縄の伝統的な揚げ菓子です。名前は沖縄の言葉で「サーター(砂糖)」「アンダ(油)」「アギー(揚げる)」を組み合わせたもので、直訳すると「砂糖の天ぷら」を意味します。琉球王朝時代に料理人が中国へ渡った際、中国菓子の「開口笑(開口球)」の製法を持ち帰ったことが起源と伝えられています。砂糖が貴重だった時代には特別な日に作られる高級な菓子であり、揚げると生地の表面が丸く割れてチューリップの花のような形になることから縁起の良い菓子とされ、結納の品としても用いられてきました。日持ちが良いことから祝い事や贈答用の菓子として重宝され、現在では沖縄を代表するお土産・おやつとして県内外で広く親しまれています。

さんま寿司
海鮮三重

さんま寿司

Sanma Zushi (Pacific Saury Sushi)

さんま寿司は、三重県南部の熊野灘沿岸、熊野市や尾鷲市などの東紀州地域に伝わる郷土料理です。熊野灘でとれる脂の少ないサンマを開いて塩漬けにし、みかん酢などの柑橘酢でしめます。これを酢飯にのせ、押し寿司に仕上げます。正月や祝い事、祭りなど、人が集まる日に欠かせないごちそうとして作られてきました。熊野市の産田(うぶた)神社では、骨付きのさんま寿司を子どもに食べさせ、健やかな成長を願う「奉飯(ほうはん)」という行事が知られています。地元では、わさびやしょうがではなく、ねり辛子を添えるのが定番とされます。さんま寿司は志摩半島から和歌山県にかけての熊野灘沿岸一帯に伝わり、和歌山県南部でも親しまれています。

しば漬け
発酵食品京都

しば漬け

Shibazuke

しば漬けは、なすやきゅうりなどの夏野菜を赤しその葉とともに塩漬けにし、乳酸発酵させた鮮やかな紫色の京都の漬物です。すぐき漬け・千枚漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つで、京都市左京区大原地区で作られる高品質な赤しそが欠かせない材料となっています。名前の由来は、高倉天皇の中宮であった建礼門院徳子が大原の寂光院で余生を過ごした際、地元の人々が献上したしそ漬けの美しい紫色を喜び「紫葉漬け」と名付けたという逸話に伝わります。市販品には調味酢で漬けた製品も多い一方、大原では塩と赤しそだけで乳酸発酵させる伝統的な「生しば漬け」の製法も守られています。

せり鍋
鍋料理宮城

せり鍋

Seri Nabe

せり鍋は、宮城県産のせり(芹)を根・茎・葉すべて丸ごと使う鍋料理です。せりの根には強い旨みが凝縮されており、シャキシャキとした香り高い根の食感が持ち味となっています。宮城県は全国有数のせりの生産地で、なかでも県内生産量の約8割を占める名取市が主産地として知られています。名取市では名取川の伏流水が湧く上余田・下余田の地区で古くからせり栽培が行われており、元和年間(1620年代)には野生のせりの栽培に関する記録が残り、安永年間(1770年代)にはせり栽培が広く普及したと伝えられています。伊達政宗が天正18年(1590年)の連歌の席でせりの根を「根芹(ねぜり)」と詠んだとも伝わり、古くから根まで味わう文化があったことがうかがえます。近年は牛たん焼きやずんだ餅と並ぶ仙台・宮城の名物グルメとして知名度が高まり、冬場を中心に多くの飲食店で提供されるようになっています。

だまこ鍋
鍋料理秋田

だまこ鍋

Damako Nabe

だまこ鍋は、半搗きにしたご飯を一口大に丸めた「だまこもち」を、比内地鶏の出汁でごぼう・せり・きのこなどとともに煮込む秋田県の郷土料理です。八郎潟周辺の南秋地方が発祥の地とされ、もとは焼いたワカサギやフナを味噌で仕立てた「つけご」という食べ方が原型でした。八郎潟の干拓によって漁獲量が減ったことから、魚に代わって鶏のガラと肉を使うようになったと伝えられています。杉の串に巻き付けて焼き上げるきりたんぽとは異なり、串を使わず焼く工程もないため手軽につくれるのが特徴で、もちもちとした食感の家庭料理として、きりたんぽと並んで秋田の冬を代表する鍋料理です。

むつごろうの蒲焼
海鮮佐賀

むつごろうの蒲焼

Mutsugoro no Kabayaki

むつごろうの蒲焼は、有明海沿岸の佐賀県で食べられてきた郷土料理です。ムツゴロウは日本では有明海と八代海の一部にしか生息しない珍しい魚で、鰓と皮膚の両方で呼吸できるため干潟の上を這い回ることができます。生きたまま串に刺して炭火で素焼きにしたのち、砂糖・醤油・酒で作った甘辛いタレに何度もくぐらせながらじっくりと焼き上げるのが特徴で、頭から尾まで丸ごと食べられます。漁期は4〜8月、旬は5〜8月の夏場に限られ、この時期にしか味わえない季節限定の味覚として、有明海沿岸の家庭や飲食店で受け継がれています。産卵期の5〜7月にはオスが求愛のためにジャンプを繰り返す姿も見られ、料理としてだけでなく干潟の生き物としても地域の観光資源になっています。

わっぱ飯
海鮮福島

わっぱ飯

Wappa-meshi (Rice steamed in a bentwood container)

わっぱ飯は、杉やヒノキを曲げて作った円形の器「わっぱ」にだし炊きのご飯を詰め、魚介や山菜などの具材をのせてせいろで蒸し上げる郷土料理です。福島県では会津若松が発祥地として広く知られる一方、太平洋に面したいわき市では、常磐ものと呼ばれる地元の新鮮な魚介をふんだんに使ったわっぱ飯が観光客向けに提供され、海の幸を楽しむご当地料理として親しまれています。木製の器が余分な蒸気を吸い、ご飯がべたつかずふっくら仕上がるのが特徴で、彩り豊かな見た目も相まって特別な日の食事や土産物としても人気があります。同じ「わっぱ飯」でも会津では山菜やきのこを中心とした山の幸が、いわきではウニやホッキ貝、地魚といった海の幸が主役になるなど、地域ごとに異なる持ち味を楽しめる点も福島県のわっぱ飯文化の奥深さといえます。

塩引き鮭
海鮮新潟

塩引き鮭

Murakami Shiobiki-zake

塩引き鮭は、新潟県村上市に伝わる鮭の加工品で、秋に獲れた鮭に塩をすり込み、寒風にさらして干し上げたものです。村上では鮭を方言で「イヨボヤ」と呼び、平安時代には三面川(みおもてがわ)の鮭を都の朝廷へ納めていたとされるほど、古くから鮭と深く結びついてきました。江戸時代には村上藩士の青砥武平治が鮭の回帰性に着目し、世界初とされる鮭の自然ふ化増殖に成功しました。城下町の村上では切腹を嫌い、腹を一部つなげたまま割く「止め腹」という独特のさばき方が今も受け継がれています。晩秋から初冬にかけて日本海から吹く湿った風がゆっくりと身を乾かし、柔らかく円熟したうま味が生まれます。村上では大晦日の年取り魚として欠かせない存在です。市内には天井から多数の鮭を吊るす老舗もあり、鮭のまちの文化を今に伝えています。

加須うどん
麺類埼玉

加須うどん

Kazo Udon

加須うどんは、埼玉県加須市とその周辺で作られる手打ちうどんで、「加須の手打ちうどん」とも呼ばれます。その歴史は江戸時代中期にさかのぼり、関東三大不動の一つとされる不動ヶ岡不動尊・總願寺の門前で参拝客をもてなすために振る舞われたのが始まりと伝えられます。加須に専門のうどん店ができたのはおよそ200年前とされ、不動尊の門前で岡村屋が手打ちうどん店を営んでいた記録も残っています。麺は強いコシと喉ごしのよさが特徴で、つゆにはごまだれを使うことも多く、冠婚葬祭の締めくくりに振る舞う風習が現在も残っています。加須市は自らを「うどんの里」として発信しており、市内には多くの手打ちうどん店が軒を連ねています。

五平餅
郷土菓子岐阜・長野

五平餅

Gohei Mochi

五平餅は、うるち米のご飯をつぶして串に刺し、くるみや白ごま、落花生などを使った甘辛いたれを塗って炭火で香ばしく焼き上げる郷土料理です。岐阜県東濃地方(中津川市・恵那市など)から長野県木曽・伊那地方、愛知県三河地方にかけて広く食べられており、地域や家庭によって団子型、わらじ型、丸形など形状もさまざまです。起源は江戸時代中期の木曽地域にあるとされ、木こりたちが山仕事の合間に木の切れ端に飯を握りつけてたき火で焼き、味噌をつけて食べたのが始まりと伝えられます。やがて山の神への供え物や、新米の収穫祝い・祭事の際に作られる特別な食べ物としても定着しました。名前の由来には、神に捧げる「御幣(ごへい)」の形に似ているからという説や、五平という人物が作ったからという説があり、地域によって語り継がれ方が異なります。

甲府鳥もつ煮
肉料理山梨

甲府鳥もつ煮

Kofu Torimotsu-ni

甲府鳥もつ煮は、鶏の砂肝やハツ(心臓)、レバー、きんかん(産まれる前の卵)などを、砂糖と醤油の甘辛いたれで照り煮にした甲府市の料理です。「もつ煮」といっても、汁気の多い煮込みではありません。少量のたれを強火で短時間煮詰め、あめ状になったたれでもつを包むように仕上げます。戦後まもない1950年(昭和25年)ごろ、甲府市の蕎麦店「奥藤(おくとう)」で考案されたといわれます。捨てられていた鶏のもつを生かそうとしたのが始まりです。その後、蕎麦店から他の飲食店へ広がり、ほうとうや煮貝と並ぶ甲府の食文化になりました。2008年には甲府市職員の有志が「みなさまの縁をとりもつ隊」を結成し、全国にPRを始めました。2010年の「第5回B-1グランプリin厚木」では、初出場で最高賞のゴールドグランプリを獲得しています。

香箱ガニ
海鮮石川

香箱ガニ

Kobako-gani

香箱ガニは、石川県でズワイガニのメスを指す呼び名で、オスの加能ガニに比べて甲羅は半分ほどと小ぶりながら、甲羅の中には未成熟卵の「内子(うちこ)」とカニみそ、腹には卵の「外子(そとこ)」をたっぷりと抱えているのが魅力です。名前の由来には諸説あり、丸みを帯びた甲羅の形が香を納める茶道具「香箱」に似ていることに由来するという説、方言で「かわいらしい」を意味する「こうばく」に由来するという説、文豪・室生犀星が命名に関わったという説などが伝えられています。資源保護のため漁期は11月6日の解禁から12月29日頃までと短く、この期間だけ味わえる金沢の冬の風物詩として、近江町市場や市内の飲食店に多くの人が訪れます。濃厚な内子・外子と繊細な身の甘みが凝縮した、加能ガニとはまた違った魅力を持つ味覚です。

黒はんぺん
海鮮静岡

黒はんぺん

Kuro Hanpen (Black Fish Cake)

黒はんぺんは、さばやあじ、いわしなどの青魚を骨や皮ごとすり身にし、ゆでて作る静岡県の練り物です。魚を丸ごと練り込むため、灰色がかった黒っぽい色をしています。半月のような形をしており、型を使って1枚ずつ形を整えて作られてきました。焼津が発祥とされ、今では静岡県内の全域で食べられています。県内で「はんぺん」といえば黒はんぺんのことで、白くふわふわしたはんぺんとは別のものです。そのまま食べたり、焼いたり、煮物にしたりと、食べ方はさまざまです。パン粉をつけて揚げる「黒はんぺんフライ」は、家庭やスーパーの定番の総菜です。静岡おでんにも欠かせない具で、だし粉と青のりをかけて味わいます。学校給食にも登場し、子どもから大人まで世代を超えて親しまれています。

辛子明太子
海鮮福岡

辛子明太子

Karashi Mentaiko

辛子明太子は、スケトウダラの卵巣(たらこ)を唐辛子入りの調味液に漬け込んで作る、福岡・博多を代表する海産加工品です。スケトウダラの卵を辛味とともに食べる文化は朝鮮半島にルーツがあり、幼少期を釜山で過ごした川原俊夫が、現地で食べた「メンタイ(明太の唐辛子漬け)」の味が忘れられず、日本人の味覚に合うよう独自に研究を重ねて完成させました。1948年に博多・中洲で創業した「ふくや」が1949年に日本で初めて辛子明太子を商品化し、以降、福岡を象徴する食品として全国に知られるようになりました。ご飯のお供としてはもちろん、パスタやおにぎりの具、調味料としても幅広く使われ、福岡土産の定番として国内外の観光客からも根強い人気を誇ります。

大阪寿司(箱寿司・バッテラ)
海鮮大阪

大阪寿司(箱寿司・バッテラ)

Osaka-zushi (Hako-zushi and Battera)

大阪寿司は、大阪で作られてきた寿司の総称で、押し寿司や巻き寿司、蒸し寿司などを含みます。江戸の握り寿司に対し、大阪では寿司飯と具を木枠や箱に詰めて押し固める押し寿司が主流でした。代表格が、木箱で押して一口大に切り分ける「箱寿司」です。天保12年(1841年)創業の船場の「吉野寿司」が、明治時代に鯛やエビ、アナゴなどを使った華やかな箱寿司を考案したとされます。「二寸六分の懐石」とも呼ばれるこの箱寿司は、船場の商家の旦那衆に好まれました。もう一つの名物が、締めた鯖と白板昆布を重ねて押した「バッテラ」です。明治24年(1891年)に南船場の「寿司常」が考案したとされ、名前はポルトガル語で小舟を意味する言葉に由来します。空気を抜いて押し固めるため日持ちがよく、芝居見物の弁当や手土産として重宝されてきました。

日野菜漬け
発酵食品滋賀

日野菜漬け

Hinona-zuke

日野菜漬けは、滋賀県蒲生郡日野町原産の伝統野菜「日野菜」を漬物にしたもので、根が白から紫にグラデーションする細長いカブの一種を用います。独特の辛みとほのかな苦みが持ち味で、葉を刻んで根と合わせ酢に漬け込む「桜漬け」、甘酢で仕上げる「えび漬け」、ぬか漬けの「ひね漬け」など複数の漬け方があります。約500年前、日野の領主であった蒲生氏が観音堂参詣の折に発見したと伝えられ、その後、蒲生氏の転封や近江商人の全国的な商いのネットワークを通じて、伊勢・会津をはじめ各地に日野菜の栽培と漬物文化が伝わりました。平成10年(1998年)には滋賀県選択無形民俗文化財「滋賀の食文化財」にも選ばれた、湖国を代表する漬物です。

浜焼き鯖
海鮮福井

浜焼き鯖

Hamayaki Saba

浜焼き鯖は、鯖を1尾丸ごと串に刺して焼き上げる、福井県若狭地方の名物です。傷みやすい鯖も焼けば日持ちがよくなるため、鯖が多く獲れた若狭湾に面する小浜市で古くから親しまれてきました。かつては鮮度を保つため、水揚げした直後の鯖を浜辺で焼いていたといわれます。焼いた鯖は、生姜醤油で味わうのが一般的です。若狭は古代から都へ海産物を届けた「御食国(みけつくに)」で、小浜は京都へ鯖を運んだ鯖街道の起点として知られます。小浜市の商店街には、店頭で焼き上げた浜焼き鯖を並べる老舗もあります。冷めてもおいしい浜焼き鯖からは、押し寿司の「焼き鯖すし」も生まれ、福井を代表するお土産になっています。

米沢牛
肉料理山形

米沢牛

Yonezawa Beef

米沢牛は、山形県の置賜地方で肥育される黒毛和種のブランド牛で、松阪牛・神戸牛と並ぶ「日本三大和牛」の一つに数えられ、東日本では唯一の存在として知られています。その歴史は1871年(明治4年)、藩校・興譲館の教師として米沢に招かれたイギリス人チャールズ・ヘンリー・ダラスが、故郷を懐かしんで現地の牛肉を食べたことに始まるとされます。1875年に任期を終えたダラスは、米沢の牛を1頭連れて横浜の外国人居留地に戻り、仲間に振る舞ったところその味わいが評判となりました。牛肉の大消費地であった横浜で高い評価を得たことをきっかけに、ダラスが米沢の家畜商と横浜の問屋を仲介し、「米沢牛」として売り出されました。これが、松阪牛・神戸牛とは異なるルートで全国に知られるようになった始まりです。現在は米沢牛銘柄推進協議会により、黒毛和種の未経産雌牛で置賜地域で肥育され、出荷月齢33か月以上、肉質等級3等級以上などの基準を満たしたものだけが「米沢牛」を名乗ることができます。

野沢菜漬け
発酵食品長野

野沢菜漬け

Nozawana-zuke (Pickled Nozawana Greens)

野沢菜漬けは、アブラナ科の葉野菜「野沢菜」を塩などで漬けた、長野県を代表する漬物です。野沢菜の名は、北信地方の野沢温泉村で作られてきたことに由来します。1756年(宝暦6年)、村の健命寺の住職が京都から天王寺蕪(てんのうじかぶ)の種を持ち帰ってまいたのが始まりと伝わります。雪深い高冷地の気候の中で、かぶは実が育たず、葉と茎だけが大きく育つ独自の野菜になったとされます。長野県では菜の漬物をまとめて「お葉漬け」と呼び、野沢菜漬けはその代表です。冬の間の保存食として各家庭で漬けられ、ご飯のお供やお茶うけとして親しまれてきました。シャキシャキとした歯ざわりと、ほどよい塩気が魅力です。

あわびの煮貝
海鮮山梨

あわびの煮貝

Awabi no Nigai (Simmered Abalone)

あわびの煮貝(にがい)は、あわびを醤油で煮込み、煮汁に漬けて味を含ませた山梨県の名産品です。海のない甲州(甲斐国)で生まれた海産物の加工品として知られています。江戸時代、駿河湾の沼津に揚がったあわびを醤油とともに樽に詰め、馬の背に載せて峠を越えて運んだのが始まりと伝えられます。長い道中で醤油がほどよく染み込み、甲斐に着くころにはちょうどよい味に仕上がっていたといいます。甲府城に勤めた武士たちに称賛され、やがて江戸でも知られるようになりました。武田信玄が陣中食に用いたという話もありますが、これは諸説の一つです。現在は国産の黒あわびを使い、肝ごと仕上げる老舗もあります。薄く切って刺身のように味わうのが定番で、正月や結婚式などの祝いの席や贈答品として重宝されています。

ういろう
甘味愛知

ういろう

Uiro

ういろうは、米粉に砂糖と湯水を加えて練り上げた生地を蒸し上げる、もちっとした食感が特徴の和菓子です。名古屋を代表する銘菓として知られていますが、発祥地は名古屋ではなく、菓子としてのういろうは博多や小田原、山口など各地に伝わっています。名古屋では江戸時代初期の万治2年(1659年)創業と伝わる老舗「餅文総本店」がういろう文化の始まりとされ、その後明治期創業の「青柳総本家」が事業を大きく発展させました。特に昭和39年(1964年)の東海道新幹線開通に合わせて車内販売が始まったことで全国に知られるようになり、名古屋みやげの定番として不動の地位を築いています。小豆・抹茶・栗など味のバリエーションも豊富で、切り分けやすい棒状の姿も親しまれています。

おきゅうと
海鮮福岡

おきゅうと

Okyuto

おきゅうとは、エゴノリという海藻を煮溶かして寒天状に固めた、福岡市を中心に食べられてきた郷土料理です。江戸時代から博多の朝食に欠かせない一品として親しまれ、戦前までは天秤棒を担いだ「おきゅうと売り」が毎朝町を売り歩いていました。ぷるんとした独特の食感と磯の香りが特徴で、生姜やかつお節、刻みねぎなどの薬味をのせ、醤油や酢醤油をかけていただきます。低カロリーで食物繊維が豊富なことから、近年はダイエット食としても注目され、コンビニやスーパーでも手軽に購入できます。学校給食にも取り入れられ、若い世代にも受け継がれる福岡の食文化を象徴する一品です。

しじみ汁
鍋料理滋賀

しじみ汁

Shijimi-jiru

しじみ汁は、琵琶湖にのみ生息する固有種セタシジミを使った味噌汁で、滋賀県内で広く親しまれてきた郷土料理です。セタシジミはヤマトシジミなどに比べて殻がふっくらと大きく肉厚で、身にコクがあるのが特徴です。昭和40年代ごろまでは県内のどの家庭でも味噌汁やしぐれ煮、しじみ飯として日常的に食べられており、琵琶湖の恵みを象徴する食材でした。近年は湖岸の砂地の減少など環境の変化により漁獲量が大きく減少し、資源保護の取り組みが進められています。旬は12月から4月ごろで、身が締まって美味しくなることから「寒シジミ」とも呼ばれ、この時期には県内のスーパーや小売店にも並びます。

すんき漬け
発酵食品長野

すんき漬け

Sunki-zuke (Salt-Free Fermented Turnip Greens)

すんき漬けは、長野県の木曽地域に伝わる、赤かぶの茎や葉を塩を一切使わずに乳酸発酵させた漬物です。地元では単に「すんき」とも呼ばれます。発祥は御嶽山のふもとの王滝村や木曽町開田高原とされ、少なくとも300年以上前から作られてきました。海から遠い山あいで塩が貴重だったため、発酵で生まれる酸の力で冬の野菜を保存する知恵として育まれたと考えられています。前年のすんきを「種」にして漬けるのが特徴で、複数の植物性乳酸菌が働きます。仕上がりはべっこう色で、さわやかな酸味があります。無塩の乳酸発酵食品は国内外でも珍しく、2017年(平成29年)には国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。温かいそばにのせる「すんきそば」は、冬の木曽の味として親しまれています。

ちんすこう
郷土菓子沖縄

ちんすこう

Chinsuko

ちんすこうは、小麦粉・砂糖・ラードを主原料に焼き上げる沖縄を代表する伝統菓子です。ザクッとした独特の歯ごたえと、ラードならではの香ばしいコクが特徴で、沖縄土産の定番として全国的に知られています。ルーツは琉球王朝時代の宮廷菓子にあり、王侯貴族や中国からの冊封使をもてなす特別な菓子として、限られた人々だけが口にできたと伝えられます。名称は「珍しい菓子」を意味する「珍楚糕」、あるいは「高価な菓子」を意味する「金楚糕」に由来するなど諸説あり、はっきりとは分かっていません。当初は菊の花をかたどった丸い形でしたが、後に一口サイズの棒状へと改良され、現在のなじみ深い姿になりました。プレーンな味わいのほか、紅芋や黒糖、雪塩などを加えた多彩な派生商品も生まれ、沖縄を訪れる観光客に長く愛され続けています。

てっちり
鍋料理大阪

てっちり

Tecchiri (Fugu Hot Pot)

てっちりは、ふぐ(主にトラフグ)の身やアラを、野菜や豆腐とともに昆布だしで煮て、ポン酢で食べる鍋料理です。関西、とりわけ大阪でのふぐ鍋の呼び名として知られます。毒を持つふぐを「当たると死ぬ」鉄砲にたとえて「てっぽう」と呼び、そのちり鍋を略して「てっちり」になったとされます。同じように、ふぐの刺身は「てっさ(鉄砲の刺身)」と呼ばれます。大阪は全国のふぐ消費量の約6割を占めるともいわれ、日本一のふぐの消費地として知られます。昭和初期に大阪でふぐの人気が高まり、戦後は専門店が増えて、冬の味覚として定着しました。締めには、ふぐのうまみが溶け出しただしで作る雑炊を楽しむのが定番です。ふぐの調理には専門の知識と技術が必要です。大阪府では条例により、登録を受けた「ふぐ処理登録者」だけが業としてふぐを処理できます。

のどぐろ料理
海鮮石川

のどぐろ料理

Nodoguro ryori

のどぐろ料理は、石川県金沢近海で水揚げされる高級魚「のどぐろ」を、塩焼きや刺身、しゃぶしゃぶ、釜飯など多彩な調理法で味わう郷土の魚料理です。正式な標準和名はアカムツで、口を開けたときに喉の奥が黒く見えることから「のどぐろ」の俗称で親しまれています。白身でありながら脂がのった上品な味わいから「白身のトロ」とも称され、金沢では正月や法事などのハレの日に振る舞われる縁起の良い魚としても知られてきました。かつては日本海沿岸で庶民の食卓にも上る身近な魚でしたが、テレビ番組で紹介されたことをきっかけに全国的な人気が高まり、近年は価格が高騰する高級魚となっています。近江町市場周辺の飲食店では、のどぐろを一尾丸ごと使った釜飯や会席料理など、専門店ならではの多彩な食べ方が楽しめます。

ハタハタ寿司
海鮮 / 発酵食品秋田

ハタハタ寿司

Hatahata-zushi

ハタハタ寿司は、秋田県の県魚として知られるハタハタを、米・米麹・野菜とともに樽に漬け込み、乳酸発酵させて作る秋田を代表する馴れずしです。塩漬けにしたハタハタの塩を抜き、麹を混ぜ込んだ飯と人参などの野菜、昆布を交互に樽へ重ねて重石をのせ、3〜4週間ほどかけてじっくり発酵させて仕上げます。ハタハタは産卵期に雷鳴の轟く時期の海に大群で現れることから「霹靂神(はたはたがみ)」の名を得たとされる魚で、秋田では古くから「ハタハタなしでは正月を迎えられない」と言われるほど暮らしに根付いてきました。麹の甘みと発酵による酸味、ハタハタの旨みが渾然一体となった味わいは、大晦日や正月の祝い膳に欠かせないものとして今も受け継がれています。

ふなんこぐい
発酵食品佐賀

ふなんこぐい

Funankogui

ふなんこぐいは、生きたままのフナ(鮒)を昆布で巻き、大根やレンコンなどの野菜と一緒に、赤味噌や水飴などで長時間じっくり煮込んだ佐賀県鹿島市の郷土料理です。骨まで柔らかく煮込まれ、姿のまま丸ごと食べられるのが特徴で、生臭さがなく独特の風味があります。かつて有明海では鯛が稀少で高価だったため、祝いの席で振る舞う鯛料理の代わりに、身近な鮒を用いたのが始まりと伝えられます。鹿島市浜町では、材料の鮒や野菜を商う「ふな市」が毎年1月19日に300年以上続けられており、翌1月20日の「二十日正月」には、この料理を恵比寿様に供えて豊漁や商売繁盛、家内安全を祈願する行事食として今も受け継がれています。

ホッキめし
海鮮福島

ホッキめし

Hokki-meshi (Surf clam rice)

ホッキめしは、福島県相馬市の松川浦で水揚げされる大ぶりで甘みの強いホッキ貝を使った炊き込みご飯です。相馬・双葉沖はミネラル分の豊富な海域で、明治時代からホッキ貝漁が盛んに行われてきました。米どころとしても知られる相馬の良質な米と、地元でとれるホッキ貝を組み合わせた料理で、もともとは忙しい漁師たちが漁の合間に船内でとる「漁師飯」として親しまれてきたといわれます。ホッキ貝の旨みを吸い込んだご飯は香り高く、貝の甘みとコリコリとした食感が楽しめる一品で、松川浦周辺の食事処や直売所の食堂で提供されています。福島県唯一の潟湖である松川浦の恵みを生かした料理として、地元では観光客をもてなす定番メニューの一つにもなっており、季節限定で提供する飲食店も少なくありません。

栗きんとん
甘味岐阜

栗きんとん

Kuri Kinton

栗きんとんは、蒸した栗を裏ごしし、砂糖と合わせて茶巾で絞り上げた岐阜県中津川市発祥の和菓子です。おせち料理に入る「栗きんとん」(栗と芋を甘露に絡めたもの)とは別物で、東濃地方のものは栗と砂糖だけで作られ、栗本来の風味と素朴な味わいを楽しむ点が特徴です。江戸時代、中山道の宿場町として栄えた中津川では、恵那山麓に自生する山栗を蒸して裏ごしした素朴な菓子が旅人に振る舞われており、これが原型とされます。明治期に菓子屋によって商品化され、大正期に栗の栽培が始まると生産量が拡大しました。現在は9月から12月頃の秋の味覚として、中津川市内に十数軒の和菓子店が軒を連ね、県内外から多くの人が味わいに訪れます。

鯉のうま煮
海鮮山形

鯉のうま煮

Koi no Umani

鯉のうま煮は、山形県内陸部の置賜地方・米沢市を中心に伝わる、鯉を輪切りにして醤油・砂糖・酒で甘辛く煮た郷土料理です。内陸で海の幸に恵まれない置賜地方では古くから淡水魚の鯉が貴重なたんぱく源とされてきました。江戸時代後期に米沢藩9代藩主・上杉鷹山が鯉の養殖を奨励したことが、今に続く食文化の礎になったと伝えられています。日露戦争後に砂糖が入手しやすくなったことで、現在のような甘辛い味付けが定着したとされ、骨まで柔らかく煮込み、胆のうを除けば頭から尾まで余すところなく食べられます。正月・お盆・結婚式など祝いの席に欠かせない一品で、「鯉」は「来い」に通じる縁起物として尊ばれてきました。現在も米沢市周辺で育てられた「米沢鯉」は、米沢牛・館山りんごと並ぶ地域ブランドとして守られています。

笹寿司
海鮮新潟

笹寿司

Sasa-zushi

笹寿司は、クマザサの葉にひと口大の酢飯をのせ、山菜や錦糸卵、鮭のそぼろなどを彩りよく盛り付けた、新潟県上越地方の郷土料理です。妙高市・上越市・糸魚川市などを中心に作られ、長野県北部の北信地方にも同じ系統の笹ずしが伝わっています。上越地方では笹の葉を農具の「箕(み)」の形に折って盛ることから、「箕寿司(みずし)」と呼ぶ地域もあります。誕生については、戦国時代に上杉謙信の軍勢が山中で笹の葉を器代わりに飯を盛ったという話や、川中島の合戦に向かう謙信に献上されたという話が伝わります。ただし、いずれも伝承として語り継がれているものです。笹の葉には防腐効果があるとされ、手でつまんで食べられる手軽さもあって、お盆や祭りなどハレの日のごちそうとして受け継がれてきました。現在は寿司店や農産物直売所、観光施設などでも販売されています。

小鯛のささ漬け
海鮮福井

小鯛のささ漬け

Kodai no Sasazuke

小鯛のささ漬けは、若狭湾でとれた小さな鯛を三枚におろし、塩と酢で軽く締めて杉の小樽に詰めた福井県小浜市の名産品です。原料には主に「レンコダイ(連子鯛)」と呼ばれる、キダイの小型のものが使われます。体長10cmほどの小鯛から鱗と小骨を丁寧に取り除き、薄塩をしてから酢や調味酢に漬けます。樽に詰めたあと、最後に笹の葉をあしらって仕上げます。皮は鮮やかなピンク色に輝き、身は透明感のある白色や淡い飴色をしていて、見た目の美しさも魅力です。製法は明治期に小浜で確立したとされ、大消費地である京都との結びつきの中で育まれてきました。2017年(平成29年)には「若狭小浜小鯛ささ漬」として、国の地理的表示(GI)保護制度に登録されています。現在は小浜市内の製造業者でつくる協同組合小浜ささ漬協会が、伝統の味を守り伝えています。

松阪牛
肉料理三重

松阪牛

Matsusaka Beef

松阪牛は、三重県松阪市を中心とする地域で肥育される黒毛和種のブランド牛です。読み方は「まつさかうし」または「まつさかぎゅう」です。出産経験のない雌牛(未経産牛)に限られ、一頭ずつ「松阪牛個体識別管理システム」に登録されています。松阪地方では古くから、但馬(現在の兵庫県北部)生まれの若い雌牛を農耕用の役牛として迎えてきました。明治以降、その牛を長い期間かけて肥育し、肉牛として東京などへ出荷するようになりました。1935年(昭和10年)の全国肉用畜産博覧会で最高の名誉賞を受け、名声が全国に広がったとされます。きめ細かな霜降りと、低い温度で溶ける脂が持ち味です。加熱すると「和牛香」と呼ばれる甘い香りが立つとされます。地元では、鉄鍋で肉を焼き、砂糖とたまり醤油で味付けするすき焼きが定番です。網焼きやステーキで味わう店もあります。

仙台雑煮
鍋料理宮城

仙台雑煮

Sendai Zoni

仙台雑煮は、椀からはみ出すほどの大きな焼きハゼをまるごと乗せ、その香ばしいだしで仕立てる宮城県仙台市の正月料理です。江戸時代末期、松島湾でハゼが豊漁だった頃、炭火で焼いて天日干しにした「焼きハゼ」を藁で連ねて正月用に売る習慣が広まり、これを出汁に使う雑煮が仙台の家庭に定着したと伝えられています。具には焼きハゼのほか、阿武隈川を遡上する鮭から採れるハラコ(いくら)、仙台せり、大根・人参・ごぼうを細切りにして茹でてから外気で凍らせた「おひきな」、ずいき、凍み豆腐などが用いられます。彩り豊かで、ハレの日にふさわしい豪華な一杯に仕上がります。仙台市街地周辺では正月三が日にこの雑煮を食べるのが今も一般的な慣習です。なお伊達政宗自身が食べていた雑煮は干しアワビや干しナマコ、ニシンのだしを使う別の様式だったと記録されており、焼きハゼ雑煮はむしろ庶民の間で育まれ広まった郷土料理といえます。近年はハゼやハラコの不漁により入手が難しく、価格も上昇しているため「高級雑煮」と呼ばれることもあります。

八ツ橋
郷土菓子京都

八ツ橋

Yatsuhashi

八ツ橋は米粉に砂糖と肉桂(ニッキ)を加えて蒸し、薄く伸ばして焼き上げた京都を代表する銘菓。三日月のように反り返った独特の形が特徴で、江戸時代の箏曲家・八橋検校にちなむという説と、『伊勢物語』に登場する三河国八橋の板橋の形に由来するという説がある。かつては堅焼きの煎餅のみだったが、昭和以降に生地を焼かずやわらかく仕上げた「生八ツ橋」が考案され、餡を包んだ三角形の生八ツ橋がお土産の主流となった。現在は抹茶やチョコレート、季節限定のいちごなど味のバリエーションも豊富で、京都八ツ橋商工業協同組合に加盟する十数社がそれぞれの製法で製造・販売している。

浜名湖のうなぎ
海鮮静岡

浜名湖のうなぎ

Hamanako Unagi (Lake Hamana Eel)

浜名湖のうなぎは、静岡県西部の浜名湖周辺で養殖され、浜松市一帯で蒲焼きなどにして味わわれている名物です。浜名湖は日本のうなぎ養殖発祥の地とされます。1900年(明治33年)、東京でうなぎの養殖を研究していた川魚商の服部倉治郎が、浜名湖を適地と見込んで養鰻池を造ったのが始まりと伝わります。周辺では稚魚のシラスウナギがとれ、温暖な気候や豊富な地下水にも恵まれていたことから、一大産地へと発展しました。浜名湖産のうなぎは、脂ののりがよく、柔らかくふっくらとした身が評価されています。2026年(令和8年)7月には「浜名湖うなぎ」が地理的表示(GI)保護制度に登録されました。浜松の市街地や舘山寺(かんざんじ)温泉の周辺には、明治創業の老舗をはじめ、うなぎ料理の店が数多くあります。うな重やうな丼のほか、たれをつけずに焼く白焼きも味わえます。

落花生味噌
発酵食品千葉

落花生味噌

Rakkasei Miso

落花生味噌は、日本一の落花生(ピーナッツ)産地として知られる千葉県八街市周辺で親しまれている郷土料理です。渋皮付きの生落花生をじっくりと弱火で煎り、味噌・砂糖・酒などと練り合わせて作る甘辛い味噌で、ご飯のお供やお茶請け、酒の肴として日常的に食べられています。八街市では明治期に落花生の栽培が始まり、大正から昭和にかけて主産地として発展しましたが、その過程で規格に合わず市場に出回らない落花生も多く出ました。これを無駄にせず活用する知恵として農家が考え出したのが落花生味噌だといわれています。現在は家庭で作られるだけでなく、学校給食で提供されたり、地元の落花生専門店や道の駅などで商品化されて販売されたりと、千葉県を代表する保存食・特産品として定着しています。

冷汁うどん(すったて)
麺類埼玉

冷汁うどん(すったて)

Hiyajiru Udon (Suttate)

冷汁うどんは、すりごまと味噌をすり鉢ですり合わせ、きゅうりや大葉、みょうがなどの夏野菜を加えて冷水でのばしたつけ汁に、うどんをつけて食べる埼玉県の郷土料理です。「すりたて」を食べることに由来して「すったて」とも呼ばれ、比企郡川島町を中心に大宮・川越・加須など県内の稲作地帯で古くから親しまれてきました。埼玉県は稲作の裏作として小麦栽培が盛んだった土地柄から独自の「うどん文化」を育んでおり、すったてはその中でも農繁期の暑い時期に手早く栄養を補給できる知恵の料理として発展しました。ごまの香ばしさと味噌のコク、薬味野菜のさわやかさが合わさった冷たいつけ汁は食欲のない夏場でも箸が進みやすく、家庭ごとに配合や薬味が異なるのも特徴です。近年はB級グルメとしても注目され、川島町では「かわじますったて」として提供する飲食店が増えています。

いか人参
発酵食品福島

いか人参

Ika Ninjin

いか人参は、細切りにしたするめいかと人参を、醤油・酒・みりん(またはざらめ)を合わせた甘辛いたれに漬け込んだ福島県の郷土料理です。雪が多く冬場に野菜が収穫しにくい福島で、日持ちする保存食として古くから作られてきました。するめは「寿留女」の字が当てられる縁起物であることから、正月料理としても欠かせない一品となり、福島市周辺の県北地方はもちろん、会津地方を含む県内の家庭でも年末に大量に仕込んで正月の食卓に並べる習慣が今も残っています。低糖質で低脂質な保存食としても見直されており、現在は通年、惣菜や酒の肴として親しまれ、土産物としても人気があります。北海道の松前漬けと比較されることも多いですが、昆布を使わずいかと人参だけで仕上げるシンプルさが福島らしさとされています。

おくずかけ
麺類宮城

おくずかけ

Okuzukake

おくずかけは、仙台市から宮城県南部(仙南地域)を中心に、春秋の彼岸やお盆、法事の際に作られてきた精進料理です。ごぼう、人参、里芋、乾しいたけ、油揚げ、豆腐、豆麩などの野菜と乾物をだしで煮込み、白石地方特産の温麺(うーめん)を加えて、とろみをつけて仕上げます。名前の由来は、かつて山野に自生する葛の根から採った「くず粉」でとろみをつけていたことにあり、現在は片栗粉で代用されることが一般的です。禅宗の普茶料理「雲片」に似せて作られたとも伝えられ、肉や魚を使わないのが本来の形ですが、家庭によってはかつおだしや鶏肉を加えるアレンジも広く行われています。彼岸やお盆に親戚が集まる際、ずんだ餅やおはぎとともに仏前に供え、来客をもてなす料理として発展してきました。世代を超えて受け継がれる「おふくろの味」として、今も宮城県南の食卓に息づいています。

せぐろいわしのごま漬け
発酵食品千葉

せぐろいわしのごま漬け

Seguro Iwashi no Gomazuke

せぐろいわしのごま漬けは、九十九里浜など千葉県の太平洋岸で水揚げされるカタクチイワシ(地元では「セグロ」と呼ばれる)を使った保存食です。頭とわたを取ったイワシを塩漬けにしたのち、酢・ごま・しょうが・ゆず・赤唐辛子とともに2〜3日漬け込んで作ります。日本最大級の水揚げ量を誇る九十九里浜では江戸時代から地引網漁でイワシ漁が盛んに行われてきましたが、大量に獲れる一方で傷みやすい魚でもあったため、保存性を高める知恵として酢とごまで漬け込む方法が受け継がれてきました。骨まで柔らかくなるまで漬けるため丸ごと食べられ、冬場を中心に日常のおかずや酒の肴として親しまれています。農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれた、千葉の漁業文化を象徴する一品です。

なまず料理
海鮮埼玉

なまず料理

Namazu Ryori (Catfish Cuisine)

なまず料理は、荒川と江戸川に挟まれた埼玉県東部の水郷地帯で親しまれてきた淡水魚ナマズを用いた郷土料理です。特に吉川市は「なまずの里」として知られ、天ぷらや蒲焼き、身をたたいて味噌と混ぜて揚げる「たたき」など多彩な調理法が伝わっています。江戸と結ぶ中川・江戸川の舟運で栄えた吉川では、川魚商が集まり鰻と並んでナマズが名物となり、「吉川に来て鯰と鰻を食べずに帰るな」と言われるほど評判を呼びました。加須市北川辺地区でも利根川流域の川魚食文化としてなまずの天ぷらなどが親しまれ、現在は道の駅の食堂でも味わうことができます。白身で淡泊な味わいと独特の食感が特徴で、下ごしらえに手間がかかることから専門の川魚料理店で腕によって仕上げられる、埼玉ならではのごちそうです。

ハリハリ鍋
鍋料理大阪

ハリハリ鍋

Harihari Nabe (Whale and Mizuna Hot Pot)

ハリハリ鍋は、鯨肉と水菜を、昆布や節類でとっただしでさっと煮て食べる大阪の鍋料理です。「ハリハリ」は、水菜を食べるときのシャキシャキとした歯ざわりや音を表した言葉とされます。大阪は「天下の台所」と呼ばれた食材の集散地で、鯨も各地から運び込まれ、鯨を食べる文化が花開きました。鯨と水菜の鍋は、大阪の家庭や飲食店でよく食べられてきたといわれます。名前は、1967年(昭和42年)にミナミの千日前で開店した鯨料理店「徳家」が付けたと伝えられています。近年は捕鯨の規制などから鯨を食べる機会が減り、豚肉などで代用することもあります。2024年度(令和6年度)には「大阪の鯨ハリハリ鍋」が、文化庁の「100年フード」(未来の100年フード部門)に認定されました。農林水産省「うちの郷土料理」でも、大阪府の郷土料理として紹介されています。

もずく
海鮮沖縄

もずく

Mozuku

もずくは、沖縄近海で育つ細く糸状の褐藻で、酢の物や天ぷら、汁物など幅広い料理に使われる沖縄を代表する海藻食材です。中でも沖縄で養殖される「オキナワモズク」は、他の海藻に付着して育つ性質から「藻付く」が語源とされ、コリコリとした強いコシと喉ごしの良さが特徴です。沖縄県のもずく養殖は1970年代に本格的な技術開発が始まり、1977年に初めて養殖ものの水揚げに成功して以降、県内各地の漁協で生産が広がりました。現在では全国のもずく生産量の99%以上を沖縄県が占め、日本一の産地として知られています。酢の物としてはもちろん、卵とじや炒め物にした「もずく丼」は学校給食にも取り入れられて県民に親しまれ、現在は家庭料理としても定着しています。

わさび漬け
発酵食品静岡

わさび漬け

Wasabi-zuke (Wasabi Pickled in Sake Lees)

わさび漬けは、細かく刻んだわさびの根茎や茎、葉を塩漬けにし、酒粕と合わせて漬けた静岡県の名産品です。酒粕のまろやかな味わいの中に、わさびのツンとした辛みと香りが感じられます。江戸時代中期に、駿府(すんぷ、現在の静岡市)のわさび商人・田尻屋利助が考案したといわれます。有東木村で作られていたものに工夫を加え、酒粕に漬けたところ評判となり、駿府の特産品になりました。わさびの栽培は、静岡市葵区の山あいにある有東木(うとうぎ)が発祥の地と伝えられます。静岡県は今も、わさびの産出額や栽培面積が全国一の産地です。1889年(明治22年)に東海道線の静岡駅が開業すると、わさび漬けは駅の土産として全国に知られるようになりました。温かいご飯にのせたり、酒のつまみにしたりと、一年を通して日常的に食べられています。今も静岡を代表する土産物の一つです。

わらび餅
甘味京都

わらび餅

Warabimochi

わらび餅は、わらびの根から採れるでんぷん「わらび粉」を水で溶いて練り上げ、黒蜜ときな粉をかけて食べる涼菓。とろけるようなやわらかい食感とほのかな苦みが特徴で、平安時代には貴族に愛された高級菓子であったと伝わる。わらびの根からしか採れない「本わらび粉」は根10kgからわずか数百gほどしか取れないほど希少で、実際にはさつまいもなど他のでんぷんを使った廉価な商品も広く流通している。京都には注文を受けてから練り上げる出来立てにこだわる甘味処が多く、祇園や下鴨周辺を中心に本わらび粉を使ったわらび餅を提供する店が観光客にも人気を集めている。

横手やきそば
麺類秋田

横手やきそば

Yokote Yakisoba

横手やきそばは、秋田県横手市発祥のご当地焼きそばです。太めの茹で角麺にひき肉と刻んだ紅生姜を混ぜ込んだ甘口のウスターソースで炒め上げ、仕上げに半熟の目玉焼きと福神漬けを添えるのが最大の特徴です。第二次世界大戦直後、横手市内で屋台のお好み焼き屋を営んでいた店主が新たなメニューを模索したことから生まれ、地元の製麺業者との試行錯誤を経て昭和28年(1953年)頃に現在の麺の形が完成したと伝えられています。手軽さと美味しさから瞬く間に広まり、最盛期には市内に約100店舗の焼きそば店があったともいわれます。平成13年(2001年)には「横手やきそば暖簾会」が発足し、地域ブランドとして全国への発信とまちおこしが続けられています。

金沢カレー
肉料理石川

金沢カレー

Kanazawa curry

金沢カレーは、石川県金沢市で発展したご当地カレーで、濃厚でドロッとしたルーに、キャベツの千切り、とんかつ、ソースを重ねる独特のスタイルが特徴です。金沢カレー協会は「ルーが濃厚でドロッとしている」「付け合わせにキャベツの千切りを添える」「ステンレスの皿に盛る」「フォークまたは先割れスプーンで食べる」「カツを載せソースをかける」という5つの要素を金沢カレーの定義としています。1961年に開業した洋食店「洋食タナカ」を起点に、そこから独立・派生した複数の店が金沢市内に広がり、それぞれが個性を競いながら現在のスタイルを確立しました。「金沢カレー」という呼び名自体は比較的新しく、ゴーゴーカレーが県外に進出した際に使われ始めたもので、地元では長らく「ターバン」「チャンカレ」のように店名で呼ばれてきました。

笹団子
郷土菓子新潟

笹団子

Sasa Dango

笹団子は、よもぎを練り込んだ団子で小豆餡を包み、数枚の笹の葉でくるんでスゲやイグサのひもで縛り、蒸し上げた新潟県を代表する郷土菓子です。俵のような形で、ひもで両端を結んだ姿が特徴です。新潟の中越・下越地方と福島県会津地方の一部で、およそ500年前から食べられてきたといわれます。笹の葉の殺菌作用を生かした戦国時代の携行保存食で、上杉謙信が携帯食にしたという説がある一方、年貢米にならないくず米をおいしく食べる知恵から生まれたという説もあります。かつては旧暦4月8日に薬師様へ供えたり、5月5日の端午の節句にたくさん作ったりする行事の菓子でした。昭和39年(1964年)の新潟国体で県と市の推薦土産品になったことを機に全国へ知られ、今では新潟土産の定番となっています。

鯖そうめん
麺類滋賀

鯖そうめん

Saba-somen

鯖そうめんは、甘辛く炊いた焼き鯖と素麺を炊き合わせた滋賀県湖北地方(長浜市周辺)の郷土料理で、「焼鯖そうめん」とも呼ばれます。内陸に位置する湖北地方ですが、鯖の産地である若狭湾に比較的近く、若狭から運ばれる焼き鯖やなれずしなどが古くから身近な食材でした。農繁期の5月に、農家へ嫁いだ娘を気遣う実家が焼き鯖を届けた「五月見舞い」という習わしに由来するといわれ、忙しい時期にも手早く作れる料理として親しまれてきました。また、長浜八幡宮の祭礼「長浜曳山まつり」など冠婚葬祭やハレの日のご馳走としても振る舞われ、湖北地方を代表するソウルフードとして今も愛されています。

山形の冷やしラーメン
麺類山形

山形の冷やしラーメン

Yamagata Hiyashi Ramen (Cold Ramen)

山形の冷やしラーメンは、山形市発祥とされる、冷たいスープに冷やした中華麺を入れた中華そばです。1952年頃、山形市の中華そば店「栄屋本店」の常連客から「冷たい蕎麦はあるのに、冷たい中華そばはできないのか」と聞かれたことがきっかけでした。初代店主・阿部専四郎が試行錯誤の末に考案したのが起源とされています。氷を浮かべるなどしてしっかり冷やしたスープに、コシのある中太麺と具材を合わせた一杯で、夏の定番として県内外で親しまれています。現在では栄屋本店をはじめ、山形市内外の多くのラーメン店が独自の冷やしラーメンを提供しており、山形を代表するご当地グルメの一つとして知られています。

山賊焼き
肉料理長野

山賊焼き

Sanzoku-yaki

山賊焼き(さんぞくやき)は、長野県中信地方の松本市や塩尻市を中心に親しまれている鶏肉料理です。鶏もも肉などを一枚のまま、にんにくやたまねぎを効かせたしょうゆだれに漬け込み、片栗粉をまぶして油で揚げます。肉を切り分けずに揚げる豪快さが、一般的な唐揚げとの大きな違いです。名前に「焼き」とありますが、実際は揚げ物です。発祥は塩尻市の居酒屋「山賊」とされ、名前の由来には店主の風貌が山賊に似ていたという説や、「とりあげる」を「鶏揚げる」に掛けたという説などがあります。2009年ごろからは地元の食堂の組合や市民団体が名物として広める活動を進め、今では長野県を代表するご当地グルメの一つになりました。食堂の定食や居酒屋の一品として、地元の人にとっては子どもの頃から身近な味です。

四日市とんてき
肉料理三重

四日市とんてき

Yokkaichi Tonteki

四日市とんてきは、厚切りの豚肉をにんにくと一緒に焼き、黒っぽい濃いめのソースを絡めた三重県四日市市のご当地グルメです。名前は「とん(豚)」と「てき(ステーキ)」を合わせたものです。付け合わせには千切りキャベツをたっぷり添えます。焼き縮みを防ぐために深い切れ目を入れた肉の形が、野球のグローブに似ていることから「グローブ」とも呼ばれます。始まりは戦後間もない頃とされ、市街地の中華料理店の看板メニューだったといわれます。工業地帯で働く人が多かった四日市では、スタミナがつきボリュームのある料理が好まれました。牛肉のステーキより安く、たくさん食べたい人に愛された庶民の味です。2008年からは「四日市とんてき協会」が普及活動を続け、B-1グランプリなどのイベントにも出展しています。現在は中華料理店や定食屋、喫茶店など、さまざまな店で味わえます。

小倉トースト
甘味愛知

小倉トースト

Ogura Toast

小倉トーストは、厚切りのトーストにバターまたはマーガリンを塗り、小倉あん(つぶあん)をのせて食べる、名古屋の喫茶店文化を象徴する軽食です。発祥には諸説あるものの、有力なのは大正10年(1921年)頃、名古屋・栄にあった喫茶店「満つ葉」で、学生客がぜんざいにトーストを浸して食べているのを見た店主がヒントを得て考案したという説です。以来、名古屋の喫茶店では定番メニューとして根付き、老舗喫茶「コンパル」や「喫茶マウンテン」、全国チェーンに成長した「コメダ珈琲店」など、店ごとに個性豊かなスタイルで提供されています。モーニング文化と結びつき、コーヒーのお供として朝から食べられているのも名古屋らしい特徴です。

信玄餅
郷土菓子山梨

信玄餅

Shingen Mochi

信玄餅は、きな粉をまぶしたやわらかな餅に黒蜜をかけて食べる、山梨県を代表する銘菓です。ひと口大の餅が小さな容器に入り、香ばしいきな粉がたっぷりと添えられています。1968年(昭和43年)に笛吹市の桔梗屋が「桔梗信玄餅」を発売し、山梨土産の定番として全国に知られるようになりました。北杜市の老舗・金精軒も「信玄餅」を製造しており、両社の商品がそれぞれ親しまれています。名前は甲斐の戦国大名・武田信玄にちなみます。信玄が出陣の際に非常食とした餅に由来するとも、山梨でお盆に食べる安倍川餅をヒントに生まれたともいわれます。桔梗信玄餅はビニールの風呂敷で一つずつ包まれ、その結び目は職人の手作業です。笛吹市の工場では製造工程の見学やお菓子の詰め放題も楽しめます。

須古寿司
海鮮佐賀

須古寿司

Sukozushi

須古寿司は、佐賀県白石町須古地区に約500年前から伝わる箱寿司スタイルの郷土料理です。「もろふた」と呼ばれる浅い木箱に酢飯を敷き詰め、ムツゴロウの蒲焼やしいたけ、ごぼう、奈良漬、紅しょうが、錦糸卵などの具材を彩りよく盛り込みます。かつて須古の領主が農民のために米の品質改良に尽力したことに感謝し、領民が海の幸・山の幸を使って寿司を作り献上したのが始まりと伝えられます。以来、母から子へ、子から孫へと受け継がれ、祭りや祝い事、寺院への参拝、里帰りした娘をもてなす料理として親しまれてきました。近年ではムツゴロウの入手が難しくなり、エビやコノシロで代用されることもありますが、地域の宝として学校の調理実習などでも継承活動が続けられています。

筑前煮(がめ煮)
肉料理福岡

筑前煮(がめ煮)

Chikuzen-ni (Gameni)

筑前煮(がめ煮)は、鶏肉とごぼう、れんこん、里芋、にんじん、こんにゃくなどを油で炒めてから出汁でじっくり煮含めた、福岡県を代表する郷土料理です。地元・博多では「がめ煮」と呼ばれるのが一般的で、博多弁で「寄せ集める」を意味する「がめくりこむ」が名前の由来とされます。かつて博多湾でとれたスッポン(どぶがめ)を用いたのが始まりという説もあり、現在の鶏肉料理に定着したのは後年のことです。正月のおせちや祭り、結婚式など祝いの席に欠かせない一品として、家庭ごとの味を受け継ぎながら今も福岡の食卓を彩っています。

長良川の鮎料理
海鮮岐阜

長良川の鮎料理

Nagaragawa Ayu Ryori

長良川の鮎料理は、清流長良川で獲れた天然鮎を塩焼きや刺身、なれ寿司などで味わう岐阜市の郷土料理です。長良川では約1300年の歴史を持つ鵜飼が今も行われており、鵜が瞬時にくちばしで締める鮎は身が締まり鮮度が抜群であることから、古くから最高級品として珍重されてきました。歴史書には奈良時代の702年(大宝2年)にすでに鵜飼に携わる人々の記録が残り、平安時代の『和名類聚抄』には美濃国に「鵜飼里」があったと記されています。織田信長は鵜匠を保護し、徳川家康は岐阜で作らせた鮎鮨を江戸まで運ばせたと伝わります。現在も長良川沿いには鮎料理を専門とする料亭や旅館が軒を連ね、鵜飼が行われる5月から10月にかけて多くの人が訪れます。

福井の水ようかん
甘味福井

福井の水ようかん

Fukui Mizu Yokan

福井の水ようかんは、こしあんと砂糖、寒天を煮溶かして冷やし固めた和菓子で、冬に味わう福井県の風物詩です。全国的に水ようかんは夏の菓子として知られますが、福井では11月ごろから3月ごろまでの冬季限定で作る店が多くあります。こたつに入って、よく冷やした水ようかんを食べるのが冬の楽しみとされています。黒砂糖を使った店が多く、すっきりとした甘さとなめらかな口どけが持ち味です。平たい紙箱に一枚で流し込んだ「一枚流し」と呼ばれる形が主流です。付属のヘラで切り分けたり、すくったりして食べます。糖度が低いため日持ちは短く、要冷蔵の商品が中心です。福井市の観光サイトでは、市内だけで20軒を超える販売店が紹介されています。店ごとに甘さや厚み、黒糖の風味が異なり、食べ比べも楽しめます。大野市などでは「丁稚ようかん」とも呼ばれ、厚みのあるものが親しまれています。

くじら餅
郷土菓子山形

くじら餅

Kujira Mochi

くじら餅は、新庄市・最上地方を中心に伝わる郷土菓子で、うるち米やもち米の粉に砂糖、くるみなどを混ぜて型に流し蒸し上げた、平たく長い餅菓子です。名前とは異なり鯨の肉は使われていません。その由来には「久しく持ちが良い『久持良(くじら)』から」「かつて米一升で作った大きさが鯨に例えられた」「見た目が塩漬けの鯨肉に似ている」など諸説があります。江戸時代、新庄藩3代藩主・戸沢正庸の頃に兵糧として用いられたのが始まりとされ、旧暦の桃の節句(4月3日)にひな菓子として供える風習とともに、各家庭で作り継がれてきました。現在は新庄市内の菓子店が製造・販売する新庄土産の代表格として親しまれています。

しゃくし菜漬け
発酵食品埼玉

しゃくし菜漬け

Shakushina-zuke

しゃくし菜漬けは、秩父地方で古くから栽培されてきたアブラナ科の野菜「しゃくし菜(雪白体菜)」を漬け込んだ、秩父の冬を代表する保存食です。葉の形がご飯をよそう「杓子(しゃくし)」に似ていることが名前の由来とされ、山あいで平地の少ない秩父では稲作に頼れない分、こうした畑作物を使った漬物文化が発達しました。塩漬けだけでなく乳酸発酵の力を借りて漬け込むのが特徴で、白菜のようなクセがなく、シャキシャキとした歯切れの良さとほどよい酸味が持ち味です。かつては家庭ごとに漬け方や味に違いがあり、冬を迎える前に一家総出でしゃくし菜を漬け込む光景が秩父の冬の風物詩となっていました。現在は農産物直売所や漬物専門店で通年購入でき、そのまま食べるほか、油炒めや饅頭の具としても親しまれています。

じゅんさい鍋
鍋料理秋田

じゅんさい鍋

Junsai Nabe

じゅんさい鍋は、秋田県三種町の特産であるじゅんさい(蓴菜)を主役にした夏の鍋料理です。じゅんさいはスイレン科の水生植物で、水面に浮かぶ若葉の下から伸びる新芽をゼリー状のぬめりごと食用にします。三種町の角助沼周辺は自生地として知られ、地域ぐるみで沼を整備してきたことで今では全国有数の産地に発展しました。5月から8月にかけての収穫期には、箱舟に乗った摘み取り人が一芽ずつ手作業で摘み取る光景が初夏の風物詩となっています。鶏ガラや比内地鶏でとった出汁で鶏肉やごぼうを煮込み、仕上げにじゅんさいを入れて色が鮮やかな緑に変わったらすぐに食べるのがコツで、つるりとしたのどごしとぷりっとした食感を楽しむ、秋田の夏らしいもてなし料理です。

だぶ
鍋料理佐賀

だぶ

Dabu

だぶは、鶏肉と大根・人参・里芋・ごぼう・れんこん・こんにゃくなどの野菜をだしで煮て、塩や醤油で味付けし、片栗粉で軽くとろみをつけた佐賀県唐津市周辺の郷土料理です。祝い事の際には彩りよく玉麩や銀杏を加え材料を四角に切るのに対し、弔事では玉麩を使わず、こんにゃくなどを三角に切るなど、慶弔で仕立て方を使い分ける独特の文化があります。名前の由来には、たっぷりの水で「ざぶざぶ」に仕上げることが訛って「だぶ」になったとする説などがあります。かつては煮しめなどを作った際に出る野菜の切れ端を無駄にせず活用した料理ともいわれ、冠婚葬祭で近隣の人々が集まり大鍋で共同で仕込む風習がありました。今も帰省時に食べたくなる「ふるさとの味」として親しまれています。

にしんの山椒漬け
発酵食品福島

にしんの山椒漬け

Nishin no Sansho-zuke (Herring pickled with sansho leaves)

にしんの山椒漬けは、会津地方に伝わる保存食で、乾燥させた身欠きニシンを山椒の葉とともに醤油や酢、酒の漬け汁に漬け込んだ一品です。海のない会津では生魚の流通が難しく、北海道から北前船などで運ばれる乾物の身欠きニシンが貴重なたんぱく源として重宝されてきました。ニシン特有の臭みを山椒の香りで和らげる工夫が凝らされており、春から初夏にかけて山椒の若葉が芽吹く時期になると、各家庭で漬け込みが行われる会津の季節の風物詩でもあります。会津本郷焼で作られた専用の「にしん鉢」に漬け込む習慣も今なお残り、器と料理が一体となった地域の食文化を今に伝えています。数日から数週間漬け込んだニシンは、そのまま酒の肴として食べるほか、温かい蕎麦にのせて食べる方法も親しまれており、会津の家庭や料亭で世代を超えて受け継がれてきた味です。

ぬかだき
発酵食品福岡

ぬかだき

Nukadaki

ぬかだきは、いわしやさばなどの青魚を、唐辛子や山椒を加えて発酵させたぬか床とともに長時間じっくり煮込む、北九州市小倉地域に伝わる郷土料理です。「ぬかみそ炊き」「じんだ煮」とも呼ばれます。約400年前、小倉藩の初代藩主・小笠原忠真が信州から国替えで小倉に入った際に持ち込んだ糠味噌と、玄界灘や周防灘で豊富に獲れる青魚が出会って生まれたと伝えられます。骨まで柔らかくなるまで煮込まれ、ぬか床の香ばしさと甘辛い煮汁が青魚特有の臭みを和らげ、ご飯のおかずにも酒の肴にも合う濃厚な味わいに仕上がります。各家庭や店で継ぎ足されるぬか床は、味の要として代々受け継がれてきました。

はば雑煮
鍋料理千葉

はば雑煮

Haba Zoni

はば雑煮は、千葉県の上総地域を中心に正月に食べられている雑煮で、「はばのり」という香りの強い海藻を仕上げにのせるのが特徴です。はばのりは房総半島南部の鴨川市や南房総市などで採取される、秋に着生し冬から春にかけて育つへら型の海藻で、不揃いな見た目のため市場にはあまり出回らず、主に地元で消費されてきました。焼いた角餅をかつお節でとった出汁のすまし汁に入れ、あぶって揉んだはばのりと青のり、かつお節をかけていただきます。「はば」を「幅」にかけて「一年中幅を利かせられるように」という縁起を担ぐ料理としても知られ、産地から離れた九十九里地域や市原市でも正月に欠かせない味として受け継がれています。

ビワマス料理
海鮮滋賀

ビワマス料理

Biwamasu Ryori

ビワマスは琵琶湖にのみ生息するサケ科の固有種で、海に降りることなく一生を淡水で過ごす珍しい魚です。刺身や塩焼き、南蛮漬け、酢の物など様々な調理法で楽しまれ、「琵琶湖の宝石」とも称される良質な脂の乗りが持ち味です。旬は6月から9月上旬ごろで、産卵期を控えた初夏から夏にかけて脂が最ものり、地元では刺身で食べられることが多い魚です。産卵期にあたる10月から11月は資源保護のため禁漁期間とされており、限られた時期にしか味わえない希少な湖魚として県内外から高い人気を集めています。旧びわ町南浜地区に伝わる「こけらずし」や、炊き込みご飯の「アメノイオご飯」など、地域独自の食べ方も受け継がれています。

ぽっぽ焼き
郷土菓子新潟

ぽっぽ焼き

Poppo-yaki

ぽっぽ焼きは、小麦粉に黒砂糖と水、重曹を混ぜた生地を専用の焼き器で細長く焼き上げた、新潟県下越地方の郷土菓子です。茶褐色でやや平たい棒状をしており、もちもちとした食感と黒砂糖の素朴な甘さが持ち味です。明治の終わり頃、城下町の新発田市で町民の焼きねり菓子として考案されたのが始まりといわれ、新発田市を中心とする阿賀野川以北では「蒸気パン」とも呼ばれます。主に祭りや縁日、花見会場などの屋台で売られ、焼き器から立ちのぼる湯気と甘い香りは新潟の祭りの風物詩です。販売は新発田市・新潟市・村上市など下越地方を中心に、中越の三条市にも広がり、近年は上越地方での出店も増えています。常設で販売する店や真空パックの商品もあり、祭り以外の時期にも味わえるようになっています。

阿闍梨餅
郷土菓子京都

阿闍梨餅

Ajari Mochi

阿闍梨餅は、餅粉に卵や砂糖を練り合わせた生地で丹波大納言小豆の粒餡を包み、鉄板で焼き上げた半生菓子。むっちりとした歯ごたえの生地と香ばしい焼き色、つぶ餡のあっさりとした甘さが調和し、京都みやげの定番として広く親しまれている。名前と中央が盛り上がった独特の形は、比叡山で千日回峰行を行う「阿闍梨」が被る網代笠に由来するとされる。京都の老舗菓子舗「満月」が大正時代に考案して以来、100年以上にわたり同店の看板商品として作り続けられており、近年は他の菓子舗も類似の商品を手がけるなど京都を代表する和菓子のひとつになっている。

羽二重餅
郷土菓子福井

羽二重餅

Habutae Mochi

羽二重餅は、餅粉を蒸して砂糖と水あめを加えて練り上げ、薄く伸ばして四角く切り分けた福井県の郷土菓子です。材料は餅粉、砂糖、水あめの3つが基本という、素朴な餅菓子です。名前は、明治以降の福井を代表する絹織物「羽二重(はぶたえ)」に由来します。羽二重は、なめらかで光沢のある平織の高級絹織物です。その白さときめ細かな肌触りを、餅菓子で表現したのが羽二重餅です。口に入れるとふんわりととろけるような柔らかさが持ち味です。誕生は明治期とされ、農林水産省は「羽二重餅」と命名された菓子の登場を1905年(明治38年)としています。ただし元祖として知られる店は複数あり、起源には諸説があります。現在は福井土産の定番として、多くの菓子店がそれぞれの配合で作っています。きな粉をまぶしたものや、あんを包んだもの、もなかに挟んだものなど、派生した菓子も豊富です。

海ぶどう
海鮮沖縄

海ぶどう

Umibudo (Sea Grapes)

海ぶどう(クビレズタ)は、直径1〜2ミリほどの緑色の粒がぶどうの房のように連なる海藻で、プチプチとした食感と磯の風味が持ち味の沖縄を代表する海産物です。恩納村では1994年頃、沖縄県水産試験場で研究されていた陸上養殖技術を恩納村漁業協同組合が導入し、県内で初めて海ぶどうの本格的な養殖に成功しました。この技術確立を機に沖縄本島各地へ養殖が広がり、現在ではもずく・クルマエビに次ぐ沖縄県の主要な養殖水産物に成長しています。三杯酢や醤油をかけてそのまま食べるほか、丼や刺身の付け合わせとしても親しまれ、「グリーンキャビア」の愛称で観光客からも人気を集めています。鮮度が落ちると粒がしぼんでしまうため、収穫後の温度管理が味を保つ上で重要とされます。

気仙沼のふかひれ料理
海鮮宮城

気仙沼のふかひれ料理

Kesennuma Shark Fin Cuisine

気仙沼は三陸沖の豊かな漁場を背景にサメの水揚げ量が日本一で、国内で水揚げされるサメの約9割が気仙沼港に集まる「フカヒレ生産日本一のまち」として知られています。フカヒレ製造の起源は江戸時代末期にさかのぼり、市内で毛皮を商っていた店主が横浜でフカヒレが商売になることに気づき製造販売を始めたのがきっかけと伝えられています。明治期にはサメの身を竹輪やかまぼこなどの練り製品原料として活用する加工業が発達し、ヒレは当初「さめひれ」と呼ばれる副産物的な位置づけでした。全国的なブランドとして知られるようになったのは昭和50年代後半以降、通信販売の広がりがきっかけです。主にヨシキリザメを用い、背びれ・胸びれ・尾びれ・腹びれまで無駄なく加工し、天日干しにする光景は冬の気仙沼の風物詩となっています。姿煮のほか、ふかひれ丼やふかひれ寿司など、地元ならではの食べ方で親しまれています。

枯露柿
郷土菓子山梨

枯露柿

Koshu Korogaki

枯露柿(ころがき)は、大きな渋柿の皮をむいて天日で干し上げた、山梨県甲州市などに伝わる干し柿です。主に甲州市産の「甲州百目柿(こうしゅうひゃくめがき)」を使い、表面に白い粉が吹くまでじっくりと乾燥させます。名前は、干す間に日光がまんべんなく当たるよう、実をころころ転がして向きを変えたことに由来するといわれます。武田信玄が陣中食として生産を奨励したのが始まりとも伝わり、江戸時代には甲州名産として幕府への献上品にも使われました。甲州市塩山の松里(まつさと)地区は名産地として知られ、11月上旬から12月初旬には民家の軒先がオレンジ色の柿すだれで彩られます。深みのある甘さと肉厚な食感が魅力の、山梨の冬の味覚です。

佐久鯉
海鮮長野

佐久鯉

Saku Koi (Saku Carp)

佐久鯉(さくごい)は、長野県東部の佐久地方で育てられる食用の鯉と、それを使った郷土の鯉料理です。佐久市桜井地区の商人が、江戸時代の天明年間に大阪の淀川から「淀鯉」を持ち帰ったのが始まりといわれます。冷たく澄んだ千曲川の水で育つため成長がゆっくりで、ほかの産地より長い3年ほどをかけて出荷されます。身が引き締まって臭みが少なく、脂が適度にのった肉質が特徴です。明治時代からは田んぼで鯉を育てる方法などで生産が増え、昭和初期には「佐久鯉」の名に統一されました。輪切りにして味噌で煮る「鯉こく」、甘辛く煮た「うま煮」、薄造りを冷水で締めた「あらい」などが伝統の食べ方です。正月や祝い事のごちそうとして、今も佐久の人々に大切にされています。

泉州水なす漬
発酵食品大阪

泉州水なす漬

Senshu Mizunasu-zuke (Pickled Water Eggplant)

泉州水なす漬は、大阪府南部の泉州地域で育つ「水なす」を、ぬか床や調味液に漬けた漬物です。水なすは、ぎゅっと絞ると水がしたたるほど水分が多く、皮と果肉が柔らかで、ほのかな甘みがあります。皮が薄くあくが少ないため生でも食べられ、その持ち味を生かす浅漬けが地域の食文化として根づいてきました。栽培は江戸時代初期から続くとされ、貝塚市の澤や泉佐野市の上之郷周辺が発祥地といわれます。2007年には、地元のJAが「泉州水なす」を地域団体商標に登録しました。2025年(令和7年)1月には、国の地理的表示(GI)にも登録されています。「泉州水なすの浅漬」は農林水産省「うちの郷土料理」に掲載されています。家庭で日常的に食べられるほか、大阪を代表する土産物や贈答品としても人気です。

天むす
海鮮愛知

天むす

Tenmusu

天むすは、小エビの天ぷらを芯にして握ったひと口サイズのおにぎりで、天つゆや塩でほんのり味付けした天ぷらと、ふっくら炊いたご飯の組み合わせが人気の名物です。発祥は三重県津市とされ、天ぷら店を営んでいた初代女将・水谷ヨネさんが、忙しい夫の昼食用に車海老の天ぷらをおにぎりに入れたのが始まりと伝わります。昭和55年(1980年)頃、津の「千寿」から名古屋・大須に暖簾分けする形で店が開かれると、芸能人や観光客の間で評判となり、いつしか「名古屋名物」として全国に知られるようになりました。手のひらサイズで食べやすく、お土産や軽食としても親しまれています。

浜納豆
発酵食品静岡

浜納豆

Hama Natto (Fermented Salted Soybeans)

浜納豆は、大豆に麹菌をつけて発酵させ、塩水に漬けて熟成させた後に乾燥させた、静岡県浜松市の伝統的な発酵食品です。黒褐色の粒で糸は引かず、濃い味噌に似た塩気とうまみがあります。このような納豆は塩辛納豆や寺納豆と呼ばれ、古く中国から伝わり、寺院で作られてきました。浜松市浜名区三ヶ日町(みっかびちょう)の大福寺(だいふくじ)には室町時代に製法が伝わったとされ、「大福寺納豆」として今も寺で手作りされています。徳川家康の好物だったといわれ、献上を待ちわびて「浜名の納豆はまだか」と言ったことが名前の由来と伝わります。江戸時代には歴代の将軍への献上品にもなりました。現在は市内の醸造元なども製造しています。そのままおつまみにするほか、調味料としてカレーや麻婆豆腐の隠し味にも使われます。浜松の小・中学校の給食でも、浜納豆を隠し味にしたカレーが出されています。

朴葉寿司
海鮮岐阜

朴葉寿司

Hoba Zushi

朴葉寿司は、朴の木の大きな葉に酢飯と具材を包んだ、飛騨地方南部から東濃・中濃地方にかけて伝わる初夏の郷土料理です。朴葉には殺菌作用や防カビ作用があるため食材が傷みにくく、また皿代わりにもなることから、田植えなど農作業や山仕事の合間に携帯する食事として重宝されてきました。地域によって作り方は異なり、東濃地方では川魚の甘露煮や酢鯖、錦糸卵、紅ショウガなど彩り豊かな具材を7〜8種類のせる家庭が多い一方、飛騨地方ではミョウガと酢飯だけといったシンプルな作り方も見られます。朴葉が茂る5月中旬から6月下旬にかけて作られることが多く、祭りや祝い事などのハレの日の食事としても親しまれています。

柚餅子
郷土菓子石川

柚餅子

Yubeshi

柚餅子(ゆべし)は、柚子を器のようにくり抜き、その中に味噌や餅米粉などを詰めて燻し、半年ほどかけてじっくり乾燥させて作る石川県輪島の伝統菓子です。特に柚子を丸ごと一つ使う輪島産のものは「丸柚餅子」と呼ばれ、能登地方を代表する銘菓として知られています。起源は源平時代の保存食・携行食にさかのぼるとされ、室町時代の古文書にもその原型とみられる記述が残っています。長期保存が利くことから、かつて全国を行商して回った輪島塗の職人や商人たちの携行食や、得意先への手土産として重宝され、各地にその名が広まりました。製法は一子相伝で家族内に受け継がれてきた歴史があり、現在も昔ながらの手仕事によって作り続けられています。

養肝漬
発酵食品三重

養肝漬

Yokanzuke (Iga Stuffed White Melon Pickles)

養肝漬(ようかんづけ)は、三重県伊賀地方に伝わる白瓜の漬物です。白瓜は瓜の一種で、伊賀盆地では夏の特産品です。白瓜の芯をくり抜き、細かく刻んだしそや生姜、大根などを詰め、たまり醤油に漬けて熟成させます。たまり醤油とは、大豆を主な原料にした、色が濃くとろみのある醤油のことです。名前は「肝を養う」という意味です。伊賀上野城を治めた藤堂高虎が陣中食として常備し、武士の士気(肝っ玉)を養った漬物だったことに由来すると伝えられています。伊賀の忍者が携帯食にしていたという言い伝えもあります。伊賀地方では、もともと夏に採れた白瓜を自家製の味噌に漬けて保存し、客人のもてなしにも出していたといいます。現在は伊賀市上野の老舗漬物店が、昔ながらの製法を受け継いでいます。

あんぽ柿
郷土菓子福島

あんぽ柿

Anpogaki (Semi-dried persimmon)

あんぽ柿は、福島県伊達市梁川町五十沢地区で生まれた半生タイプの干し柿です。渋柿を硫黄で燻蒸してから乾燥させることで、鮮やかなオレンジ色の果肉と、とろりと柔らかいゼリーのような食感に仕上がります。一般的な干し柿がカチカチに乾燥させるのに対し、あんぽ柿は水分を多めに残すのが特徴で、そのまま食べても、スプーンですくっても楽しめる上品な甘さが魅力です。全国のあんぽ柿の発祥地とされる五十沢地区では、大正時代の初め頃から100年以上続く柿農家の技術が受け継がれ、冬の福島を代表する味覚として全国に出荷されています。かつて養蚕が盛んだった地域が、生糸相場の変動に左右されない新しい特産品として柿づくりに力を注いだ歴史があり、今では伊達市全体が全国有数のあんぽ柿産地として知られています。

えび豆
海鮮滋賀

えび豆

Ebi-mame

えび豆は、琵琶湖でとれる小エビ「スジエビ」と大豆を甘辛く炊き合わせた滋賀県の郷土料理です。近江八幡や彦根をはじめ県内各地の家庭で作られ、カルシウムとたんぱく質を手軽に摂れる惣菜として親しまれてきました。滋賀県では田の畦などで大豆や小豆が古くから栽培されており、祝儀や法事、祭りといった集まりの席で大豆を使った料理がよく供されてきた背景があります。「エビのように腰が曲がるまでまめに暮らせますように」という長寿への願いが込められ、正月などのハレの日にも欠かせない一品です。現在も家庭料理として親しまれるほか、学校給食に登場することもあり、親から子へと味が受け継がれています。

かんずり
発酵食品新潟

かんずり

Kanzuri

かんずりは、新潟県妙高市(旧新井市)に伝わる発酵香辛調味料です。塩漬けにした唐辛子を大寒の頃に雪の上にさらし、米糀・柚子・塩と合わせて3年ほど熟成・発酵させて作ります。雪にさらすことで唐辛子の強いアクが抜け、角の取れた辛さになるとされ、柚子の香りと糀のうま味が重なる奥行きのある味わいが特徴です。特別豪雪地帯に指定されるほど雪深い妙高で、冷えた体を温めるために食べられてきた郷土の味で、「寒造里」とも書かれます。地域の伝統食を昭和41年(1966年)に有限会社かんずりが商品化し、「かんずり」の名は同社の登録商標となっています。大寒に白い雪原へ真っ赤な唐辛子をまく「雪さらし」は、妙高の冬の風物詩として知られています。鍋やラーメンの薬味、刺身の付け合わせなど用途は幅広く、新潟土産としても定着しています。

なた漬け
発酵食品秋田

なた漬け

Nata-zuke

なた漬けは、生の大根を厚刃の鉈(なた)でざっくりと乱切りにし、米麹や甘酒、砂糖などで短期間漬け込む秋田の即席漬物です。切り口がわざとささくれ立つように大根を割ることで麹の味が内部までしみ込みやすくなり、シャキシャキとした歯ざわりと自然な甘みが特徴の浅漬けに仕上がります。秋田県は良質な秋田杉をはじめ山林資源が豊富で林業が盛んだったことから、多くの家庭に鉈があり、それを使って大根を漬け込んだことが名前の由来と伝わります。燻して乾燥させた大根を漬け込む「いぶりがっこ」とは異なり、なた漬けは生の大根を用いて数日で漬け上がる点が大きな違いで、秋田の食卓に欠かせない冬の「がっこ(漬物)」の一つとして親しまれています。

みそポテト
甘味埼玉

みそポテト

Miso Potato

みそポテトは、茹でたじゃがいもに衣をつけて揚げ、甘辛い味噌だれをたっぷりとかけた秩父地方の郷土料理です。平地が少なく畑作が中心だった秩父では、収穫したじゃがいものうち小ぶりなものをいろりで焼き、味噌だれを塗って食べたのが始まりとされ、農作業の合間に食べる「小昼飯(こぢゅうはん)」として長く親しまれてきました。地元では長らく家庭料理として知られるのみでしたが、平成21年(2009年)の「第5回埼玉B級ご当地グルメ王決定戦inちちぶ」で優勝したことをきっかけに知名度が全国区へと広がりました。ホクホクとした食感のじゃがいもに甘辛い味噌が絡む素朴な味わいは、おやつやおつまみ、おかずとしても楽しまれ、現在では秩父市内の食堂や土産物店、観光地の売店など様々な場所で味わうことができます。

わらすぼ料理
海鮮佐賀

わらすぼ料理

Warasubo

わらすぼ料理は、日本では有明海だけに生息する珍魚・ワラスボを使った佐賀県の郷土料理です。ワラスボはハゼの仲間で、退化した目や上向きに開いた牙だらけの口を持つウナギのように細長い姿から、映画に登場する怪物になぞらえて「有明海のエイリアン」と呼ばれることもあります。干潟の柔らかい泥に穴を掘って暮らし、旬の5〜10月には味噌汁や刺身、煮付けなどで、それ以外の時期は内臓を除いて干物にしたものを唐揚げや炙りにして食べます。見た目の独特さとは裏腹に、うま味の強い白身が特徴で、地元では古くから親しまれてきた食材です。近年は諫早湾干拓など干潟環境の変化により漁獲量が減り、環境省レッドリストで絶滅危惧II類に指定される希少な魚にもなっています。

粟おこし・岩おこし
郷土菓子大阪

粟おこし・岩おこし

Awa Okoshi and Iwa Okoshi (Osaka Puffed Rice Crackers)

粟おこし・岩おこしは、大阪を代表する郷土菓子です。おこしは、蒸して乾燥させた米や粟などを、水飴や砂糖で固めた干菓子です。もとは粟やひえなどの雑穀で作る庶民の菓子でしたが、江戸時代中期の大阪では、米を細かく砕いて粟状にした「粟おこし」が生まれました。天下の台所と呼ばれた大阪に、全国から良質な米や水飴、砂糖が集まったことが背景にあります。米をさらに細かく砕いて硬く固め、生姜や黒砂糖をきかせたものが「岩おこし」です。「身をおこし、家をおこし、国をおこし、福をおこす」縁起の良い菓子として、大阪名物に定着しました。1805年(文化2年)創業のあみだ池大黒などの老舗が、今も製造を続けています。2024年度(令和6年度)には、粟おこしが文化庁の「100年フード」(伝統の100年フード部門)に認定されました。

安倍川もち
郷土菓子静岡

安倍川もち

Abekawa Mochi (Rice Cakes with Sweet Soybean Flour)

安倍川もちは、つきたての餅にきな粉をまぶし、白砂糖をかけた静岡市の名物菓子です。こしあんで包んだ餅と一緒に出されることも多く、江戸時代から東海道の名物として旅人に親しまれてきました。名前は、静岡市を流れる安倍川(あべかわ)のほとりの茶店で売られて有名になったことに由来するといわれます。徳川家康が名付けたという言い伝えもあり、きな粉を安倍川の砂金に見立てて「金な粉餅」と呼んだという逸話が残ります。江戸時代、白砂糖はとても珍しいものだったため、砂糖をかけた餅は旅人に喜ばれました。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも、安倍川の名物として登場します。戦時中は砂糖が手に入りにくくなって姿を消しましたが、戦後に復活しました。今も安倍川橋のたもとの老舗で味わえるほか、静岡土産の定番として親しまれています。

越前うに
海鮮 / 発酵食品福井

越前うに

Echizen Uni (Salted Sea Urchin)

越前うには、福井県の越前海岸でとれるバフンウニの生殖巣を塩漬けにし、熟成させた「塩うに」です。「汐うに」「塩雲丹」とも書かれます。江戸時代の書物『日本山海名産図会』では「塩辛中の第一」とたたえられました。三河のこのわた、肥前のからすみとともに、日本三大珍味の一つに数えられています。原料のバフンウニは殻の直径が数センチほどの小さなウニで、100gの製品を作るのに100個前後が必要とされます。ウニの粒を塩で締めて水分を抜き、ペースト状に練ってから熟成させます。濃厚なうま味と磯の香り、なめらかな舌触りが持ち味で、ほんの少量でも深い味わいが広がります。現在の製法は、江戸時代後期に福井藩の御用商だった天王屋(現・天たつ)が考案したと伝わります。県内のバフンウニの漁獲量はごくわずかで、今も手作業に頼る貴重な珍味です。

高津のとり飯
肉料理千葉

高津のとり飯

Takatsu no Torimeshi

高津のとり飯は、千葉県八千代市高津地区に伝わる、鶏肉を醤油で煮てご飯に混ぜ込むだけのシンプルな混ぜご飯です。小さく切った鶏もも肉を醤油で煮た具を、炊きたてのご飯に混ぜ合わせて作ります。「米1升に飯茶わん1杯の醤油」という分量が代々口伝えで伝えられており、特別な調味料を使わない素朴な味わいが特徴です。この料理は、安産を願う女性たちが集まって子安神を祀る「子安講」や、豊作を祈願する旧暦8月1日の行事「八朔」の際に振る舞われてきた行事食としての側面を持ちます。食材が貴重だった時代に、鶏肉を細かく切ることでみんなに行き渡るよう分け合う工夫だったとも伝えられています。現在も八千代市高津地区の家庭や学校給食、親子料理教室などを通じて次の世代へ受け継がれている郷土料理です。

笹巻き
郷土菓子山形

笹巻き

Sasamaki

笹巻きは、水に浸したもち米を笹の葉で三角形や俵型に包み、いぐさなどの紐で結んで熱湯でゆで上げた山形県の郷土食で、他県で「ちまき」と呼ばれるものにあたります。端午の節句(旧暦5月5日)に、子どもの健やかな成長を願って各家庭で作られてきました。笹の葉には防腐性・抗菌性があるとされ、古くから保存食や携帯食を包む材料として重宝されてきました。巻き方には地域差があり、最上地域では円すい型、置賜地域ではげんこつ型に巻かれるほか、鶴岡市南部では灰汁水で煮る独特の製法が伝わります。食べるときは笹の葉をほどき、きなこと黒蜜(または砂糖)をかけていただくのが基本です。

小布施の栗菓子
郷土菓子長野

小布施の栗菓子

Obuse Chestnut Confections

小布施の栗菓子は、長野県北部の上高井郡小布施町で作られる、地元の栗を使った和菓子の総称です。小布施の栗の栽培は室町時代にさかのぼるとされ、水はけのよい扇状地の酸性の土が栗の生育に合っていました。江戸時代には品質のよい栗が将軍家への「献上栗」とされ、「小布施栗」の名が広まりました。栗菓子の始まりは1808年(文化5年)で、桜井甘精堂の初祖・桜井幾右衛門が「栗落雁(くりらくがん)」を作ったのが最初とされます。その後、栗ようかんや栗かの子が生まれ、明治時代には缶詰の技術で一年中味わえるようになりました。現在も町の中心部には栗菓子の老舗が軒を連ね、栗おこわやモンブランなど新しい栗の味も楽しめます。秋の新栗の季節には、多くの観光客でにぎわいます。

身延ゆば
発酵食品山梨

身延ゆば

Minobu Yuba

身延ゆばは、日蓮宗の総本山・身延山久遠寺(くおんじ)の門前町として栄えた山梨県身延町に伝わる湯葉です。豆乳を温めたときに表面にできる薄い膜を引き上げたもので、引き上げたままの生ゆばと、乾かした乾燥ゆばがあります。身延町は、京都や日光と並ぶゆばの産地として知られています。始まりは鎌倉時代、日蓮聖人が身延山に入ったころとされ、弟子たちが師の体を気づかって栄養源としてつくったと伝えられます。良質な植物性たんぱく質や脂質を含むゆばは、肉や魚を使わない精進料理の大切な食材として、久遠寺とともに受け継がれてきました。生ゆばをひと口大に切り、わさび醤油でいただく刺身が人気です。町内には、ゆば料理を出す食事処や宿坊、製造直売所が点在しています。

赤福餅
郷土菓子三重

赤福餅

Akafuku Mochi

赤福餅は、やわらかな餅の上にこし餡をのせた、三重県伊勢市の名物菓子です。作っているのは、伊勢神宮内宮前のおはらい町に本店を構える赤福で、1707年(宝永4年)の創業とされます。餡につけた3本の筋は、神宮の境内を流れる五十鈴川の清流を表しています。白い餅は、川底に沈む小石を表しているといわれます。屋号は「赤心慶福(せきしんけいふく)」という言葉に由来します。赤子のようないつわりのない心で、自分や他人の幸せを喜ぶという意味です。江戸時代、桑名から伊勢へ向かう参宮街道は「餅街道」とも呼ばれ、参拝客をもてなす名物餅が街道沿いに数多く生まれました。赤福餅はその代表格です。本店では、朱塗りのかまどで沸かしたほうじ茶とともに、できたての赤福餅を味わえます。毎月1日だけ販売される「朔日餅(ついたちもち)」も人気です。

中身汁
鍋料理沖縄

中身汁

Nakami-jiru (Pork Offal Soup)

中身汁は、豚の胃や小腸・大腸などの内臓「中身」を具材にした、すまし仕立ての沖縄の郷土料理です。内臓料理でありながら臭みがなく上品な味わいに仕上がっているのが特徴で、丁寧な下処理によって余分な脂と臭みを取り除いたうえで、かつおと豚のだしを合わせたすまし汁に仕立てます。ルーツは琉球王朝時代の宮廷料理にあり、中国からの冊封使や薩摩の役人をもてなす料理として供されていたと伝えられます。かつての沖縄では年末に豚を一頭つぶして正月を迎える習慣があり、新鮮な内臓を使った中身汁は本土の雑煮に相当するごちそうとして、正月や祝い事、法事の席で欠かせない一品となりました。現在も家庭料理として受け継がれる一方、沖縄そばの具として使った「中身そば」としても親しまれています。

長生殿
郷土菓子石川

長生殿

Chouseiden

長生殿は、石川県金沢市の老舗菓子司・森八が作る紅白の落雁で、新潟県の「越乃雪」、島根県の「山川」と並んで「日本三大銘菓」の一つに数えられています。江戸時代前期、加賀藩3代藩主・前田利常が七夕のための菓子作りを命じたことに始まり、茶道遠州流の開祖である小堀遠州の助言によって菓子の意匠が定められ、名前も遠州によって付けられたと伝わります。四国産の和三盆糖と北陸産のもち米粉を用い、小堀遠州直筆の「長生殿」の文字を彫り込んだ木型で一つひとつ打ち上げる伝統の製法が今も守られています。かつては加賀藩主専用の菓子として尊ばれ、後水尾天皇や徳川将軍家にも献上された格式高い歴史を持ち、現在も金沢を代表する土産菓子として親しまれています。

漬物ステーキ
発酵食品岐阜

漬物ステーキ

Tsukemono Steak

漬物ステーキは、白菜の漬物を卵でとじて鉄板や鍋で焼き上げる岐阜県飛騨地方の郷土料理で、地元では「漬けステ」とも呼ばれます。厳冬期の飛騨地方では貴重な野菜源だった漬物が凍りついてしまうため、囲炉裏で朴葉にのせて炙り、解かして食べたことが始まりとされます。また、漬かりすぎて酸味が強くなった漬物を美味しく食べる知恵としての側面もあります。名前に反して肉は一切使いませんが、鉄板でジュージューと焼く見た目や食べ方がステーキを連想させることからこの名がついたといわれています。現在では飛騨高山の居酒屋のほとんどで提供される定番メニューとなっており、お酒のあてやご飯のお供として観光客にも親しまれています。

梅ヶ枝餅
郷土菓子福岡

梅ヶ枝餅

Umegae-mochi

梅ヶ枝餅は、あんこを餅生地で包み、梅の刻印が入った専用の焼き型で香ばしく焼き上げた、太宰府天満宮の参道名物です。学問の神様・菅原道真公にゆかりの深い餅菓子として知られ、天満宮の参道には焼きたてを提供する茶屋や餅屋が軒を連ね、香ばしい匂いが参道全体に漂います。名前の由来は、道真公に梅の枝に刺した餅を届けたという老婆の逸話にちなむと伝えられます。江戸時代にはすでに参道の名物として知られ、大正11年(1922年)創業の「かさの家」をはじめとする老舗が今も焼きたてにこだわり続けています。外はパリッと香ばしく、中はもちもちとした食感で、上品な甘さの粒あんとの相性が抜群です。焼きたてを頬張りながら参道をそぞろ歩く食べ歩きが定番の楽しみ方です。

白石うーめん
麺類宮城

白石うーめん

Shiroishi Umen

白石うーめん(温麺)は、約400年前の江戸時代初期から宮城県白石市周辺で作られてきた、油を一切使わない製法が特徴の素麺の一種です。由来として広く伝えられているのは、白石城下に住んでいた鈴木浅右衛門が、胃を病んで食事もままならない父親を案じたという孝行の逸話です。旅の僧から聞いた油を使わない麺の製法で作った麺を温めて食べさせたところ、父の病状が快方に向かったと伝えられています。この話を聞いた白石城主・片倉小十郎が、父を思う浅右衛門の気持ちを称えて麺を「温麺(うーめん)」と名付け、浅右衛門は「味右衛門」を名乗ることを許されたと伝えられています。油を使わないため胃腸に優しく消化が良いとされ、麺の長さも素麺よりやや短い9cmほどに仕上げられているのが特徴です。400年以上にわたり白石の地場産業として受け継がれ、全国乾麺協同組合連合会の産地指定も受けている、宮城県を代表する乾麺です。

八丁味噌
発酵食品愛知

八丁味噌

Hatcho Miso

八丁味噌は、大豆と塩のみを原料に木桶で仕込み、大きな石を円錐状に積み上げて重石をかけ、2年以上長期熟成させる愛知県岡崎市の豆味噌です。名前は、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)離れた八丁村(現・岡崎市八帖町)で作られていたことに由来します。矢作川の伏流水に恵まれ、東海道の水陸交通の要地でもあった八丁村では、江戸時代初期から「カクキュー」と「まるや八丁味噌」という2軒の蔵元が向かい合って味噌を醸造し続けており、長期保存が利くことから兵糧としても重宝されたと伝わります。濃厚な旨味と特有の渋み・苦味を併せ持つ独特の風味が特徴で、味噌煮込みうどんや味噌カツなど、愛知を代表する郷土料理を支える味の基盤となっています。

鱧料理
海鮮京都

鱧料理

Hamo Ryori

鱧料理は、梅雨から盛夏にかけて旬を迎えるハモを、骨切りという独特の技法で下ごしらえして味わう京都の夏の郷土料理。海に面していない京都でも生命力の強い鱧は活きたまま運ぶことができたため、冷蔵技術のない時代から貴重なたんぱく源として重宝されてきた。小骨の多い鱧は骨切りをしなければ食べられないため、この技術は料理人の腕を象徴するものとして発達し、京都では「骨切りを覚えて一人前」といわれるほど重要な修業のひとつとされている。湯引きして梅肉でいただく鱧の落としをはじめ、照り焼き、鱧しゃぶ、椀物など幅広い料理法があり、祇園祭の頃に鱧が旬を迎えることから、祇園祭は別名「鱧祭り」とも呼ばれるほど京都の夏に欠かせない味覚となっている。

がんづき
郷土菓子宮城

がんづき

Ganzuki

がんづきは、小麦粉に重曹(またはベーキングパウダー)、黒砂糖、水などを混ぜて型に流し入れ、蒸し上げて作る宮城県の郷土菓子で、ふんわりしながらも食べ応えのある蒸しパンです。名前の由来には諸説あり、蒸し上がった生地の色や見た目が雁(がん)の肉に似ていることに由来するという説、丸い形と表面に散らした胡麻の様子が月と雁を思わせることに由来するという説などが伝えられています。仙台藩では稲作が奨励され、収穫した米の多くを年貢として納めなければならなかった農民の間で小麦栽培と粉食文化が広まったことが、がんづきのような小麦粉を使う郷土菓子が発達した背景とされています。黒砂糖を使う「黒がんづき」が代表的ですが、白砂糖を使う「白がんづき」や、味噌・醤油・くるみ・ごまを加えるものなど地域や家庭ごとにバリエーションが豊富です。日常のおやつとして親しまれる一方、法事や祝い事の際に作られる行事食としての一面も持っています。

がん漬け
発酵食品佐賀

がん漬け

Ganzuke

がん漬けは、有明海の干潟に生息するシオマネキなどの小型のカニを甲羅ごとすりつぶし、塩や醤油、唐辛子と合わせて漬け込み、発酵・熟成させた佐賀県の郷土料理です。地域によっては「がに漬け」「がね漬け」とも呼ばれます。江戸時代から有明海沿岸で作られてきたと伝えられる歴史の古い保存食で、干満差の大きい干潟という土地の条件を生かし、豊富に獲れる小さなカニを余さず活用する知恵から生まれました。濃厚な塩味とカニの風味、砕いた甲羅のガリガリとした食感が特徴で、佐賀では酒の肴としてよりも、温かいご飯にのせて食べるのが一般的です。チャーハンや味噌汁、パスタの調味料として使われることもあります。

くるみ餅
甘味大阪

くるみ餅

Kurumi Mochi (Sakai Wrapped Rice Cake)

くるみ餅は、小さな餅を緑色の餡でくるんだ、大阪府堺市の名物甘味です。名前の「くるみ」は木の実の胡桃ではなく、餅を餡で「くるむ」ことに由来します。元祖とされるのは、堺市堺区の老舗「かん袋」です。店の由来によると、1329年(元徳元年)に和泉屋徳兵衛が餅屋を開いたのが始まりとされます。室町時代の中ごろ、明との貿易で栄えた堺で、5代目の主人が明から入った農作物を使い、塩味の茶菓子として作り出したといわれます。のちにルソン(現在のフィリピン)から砂糖が入ると甘みが加わり、今の味になりました。明治時代には、かき氷をかけた「氷くるみ餅」も生まれ、夏には店に行列ができます。甘さを抑えた餡と柔らかな餅の取り合わせで、農林水産省「うちの郷土料理」でも大阪府の料理として紹介されています。

しょうゆの実
発酵食品山梨

しょうゆの実

Shoyu no Mi

しょうゆの実は、大豆と麦麹を発酵させてつくる山梨県の伝統的な保存食です。かつて山梨の家庭では大豆から醤油を手づくりしており、その際に残った大豆を発酵させたものを「しょうゆの実」と呼んだと伝わります。古くは甲府盆地の峡中(きょうちゅう)地域の伝統食でしたが、現在は南アルプス市の芦安(あしやす)地域でのみ受け継がれています。芦安は南アルプスのふもとにある、傾斜地の多い高冷地です。野菜や米づくりに向かない土地で、寒さに強い大豆が多く栽培されてきました。煮た大豆に麦麹を混ぜて木箱でカビを付け、乾燥させたものを水と酒で戻し、塩で味を調えて仕上げます。ねぎやしらす干しを加え、麦ごはんにのせて食べるのが昔ながらの味わい方です。貴重なたんぱく源として、山あいの冬の食卓を支えてきました。

ゼリーフライ
鍋料理埼玉

ゼリーフライ

Zeri Furai

ゼリーフライは、茹でてつぶしたじゃがいもとおから、刻んだねぎやにんじんなどを混ぜて小判形に成形し、衣をつけずに素揚げしてウスターソースにくぐらせて食べる行田市のご当地グルメです。デザートの「ゼリー」とは関係がなく、小判に似た形から「銭富来(ぜにふらい)」と呼ばれていたものが訛って「ゼリーフライ」になったという説が広く知られています。ルーツは日露戦争に従軍した行田市持田の「一福茶屋」の主人が、中国東北部で食べた野菜まんじゅうをもとにアレンジしたものとされ、明治後期にはすでに存在していたと伝わります。おからをふんだんに使うため食物繊維が豊富でヘルシーな点も特徴で、モチモチとした食感とソースの染みた味わいが人気です。行田市内には専門店や豆腐店、駄菓子屋など複数の店で提供・販売されており、市を代表する庶民のおやつ・軽食として親しまれています。

ボルガライス
肉料理福井

ボルガライス

Volga Rice

ボルガライスは、オムライスの上にとんかつをのせ、ソースをかけた福井県越前市のご当地グルメです。旧武生市にあたる越前市の武生地区で、30年以上前から親しまれてきたといわれます。地元では特別な料理というより、ごく当たり前の洋食として食べられてきました。決まったレシピはなく、店ごとに作り方や味が異なるのが大きな特徴です。中のご飯はケチャップライスのほか、ピラフやチャーハンを使う店もあります。カツもロースやヒレ、メンチカツなどさまざまで、ソースもデミグラスやトマトソースなど個性豊かです。「ボルガ」という名前の由来ははっきりしておらず、諸説が語られています。2010年には越前市の職員らが「日本ボルガラー協会」を結成し、まちおこしに取り組んできました。当初5店舗ほどだった提供店は20店舗以上に増え、学校給食にも登場しています。

ままどおる
郷土菓子福島

ままどおる

Mamadoru (Milk-filled butter cake)

ままどおるは、バターを練り込んだ生地でミルク風味の餡を包んで焼き上げた福島県を代表する郷土菓子です。福島県郡山市の老舗菓子店「三万石」が昭和42年(1967年)に発売して以来、半世紀以上にわたり愛され続けるロングセラー商品で、福島土産の定番として広く知られています。名前はスペイン語で「お乳を飲む子」を意味する言葉に由来するとされ、優しいミルクの香りとしっとりした生地の組み合わせが特徴です。発売当時は珍しかった洋風の焼き菓子として評判を呼び、今では福島県のみならず東北を代表する銘菓の一つに数えられています。黄色を基調とした包装は発売当初から大きく変わっておらず、世代を問わず親しまれる素朴な味わいが長年支持されている理由といえます。

ミミガー
肉料理沖縄

ミミガー

Mimigaa (Pig Ear)

ミミガーは、豚の耳を使った沖縄の郷土料理で、軟骨質のコリコリとした独特の歯ざわりが持ち味の珍味です。名称は「耳」を意味する「ミミ」と、沖縄の方言で「皮」を意味する「ガー」を合わせた呼び名とされます。筋肉部分がほとんどなく軟骨と皮でできているため脂肪が少なく、良質なコラーゲンを含む部位として知られます。毛を直火で焼いて処理した耳を茹でるか蒸したうえで細切りにし、ピーナッツ和えやポン酢、酢味噌などで和えて食べるのが定番の食べ方です。かつて沖縄では豚を「鳴き声以外はすべて食べる」といわれるほど余すところなく活用する食文化が根付いており、ミミガーはその代表格として居酒屋のメニューや家庭のおかず、酒の肴として広く親しまれています。県外ではほとんど流通しない部位を使った、沖縄ならではのユニークな料理です。

伊賀のかたやき
郷土菓子三重

伊賀のかたやき

Iga Katayaki (Hard-Baked Ninja Crackers)

かたやきは、三重県の伊賀市や名張市に伝わる、とても硬い焼き菓子です。小麦粉と砂糖を主な原料にした生地を鉄板で焼き、黒ごまや青のりで風味をつけます。その名のとおり硬く、「日本一硬いせんべい」ともいわれます。かさばらず栄養があり、長く保存できることから、伊賀忍者が携帯食にしていたと伝えられ、「忍菓」とも呼ばれます。合戦の場では保存食として重宝されたともいわれます。昔は刀の鞘(さや)や鍔(つば)で割って食べたという記録も残っています。今は付属の木槌でたたいたり、かたやき同士を打ちつけたりして割るのが一般的です。お茶や牛乳に浸して、やわらかくして食べる方法もあります。現在の甘いかたやきは、200年以上前に形が整ったと考えられています。伊賀上野の城下町などには製造元が点在し、焼く様子を見学できる店もあります。

玉こんにゃく
鍋料理山形

玉こんにゃく

Tama Konnyaku

玉こんにゃくは、直径3cmほどの球状に丸めたこんにゃくを串に刺し、醤油ベースのだしでじっくり煮込んだ、山形県民のソウルフードともいわれるご当地グルメです。平安時代、山寺(立石寺)を開山した慈覚大師が中国から持ち帰ったこんにゃくを寺の精進料理に用いたのが始まりと伝えられ、やがて周辺住民に広まり県内全域に定着しました。板こんにゃくや糸こんにゃくは全国に見られますが、串に刺して食べ歩く「玉こんにゃく」というスタイルは山形ならではの食文化です。祭りや観光地、花見の屋台などで定番の食べ歩きグルメとして親しまれ、練りがらしをつけて食べるのが一般的です。

鶏卵素麺
甘味福岡

鶏卵素麺

Keiran Somen

鶏卵素麺は、卵黄を細く糸状に流し入れて糖蜜で煮上げた、素麺のように見える南蛮菓子です。16世紀に南蛮文化とともに長崎を経て博多に伝わったとされ、金平糖やカステラと並ぶ「日本三大銘菓」の一つに数えられることもあります。江戸時代初期、福岡藩の御用菓子司であった松屋利右衛門が製法を確立し、1673年(延宝元年)に藩主から屋号を許されて以来、350年以上にわたり作り続けられてきました。卵黄と砂糖だけで作られる濃厚な甘さと、糸のように細く繊細な食感が特徴で、慶事の引き出物や贈答品として今も福岡で愛されています。

鯖寿司
海鮮京都

鯖寿司

Kyo Sabazushi

鯖寿司は、塩でしめた鯖を棒状に成形した酢飯にのせ、昆布で巻いて仕上げる京都の郷土寿司。海のない京都で新鮮な魚介を口にする貴重な機会として発展し、若狭湾で獲れた鯖を塩漬けにして「鯖街道」と呼ばれる道を歩いて京都まで運ぶうちに、ちょうど良い塩加減に熟成したことから生まれたとされる。冷蔵技術が発達した現在でも、葵祭・祇園祭・時代祭の京都三大祭をはじめ、各地の秋祭りなど「ハレの日」のごちそうとして食べる風習が受け継がれており、家庭や祭礼の席で振る舞われる特別な料理として親しまれている。棒状に押し固める「棒寿司」と、鯖一尾をそのまま使う「姿寿司」の2つの形式があり、店によって仕立て方に個性が出る。

守口漬け
発酵食品愛知

守口漬け

Moriguchi-zuke

守口漬けは、世界一長い大根といわれる愛知県特産の「守口大根」を、酒粕とみりん粕に漬け込んで熟成させた奈良漬け風の漬物です。守口大根は直径約2cm、長さ1m以上にもなる細長い大根で、木曽川沿いの扶桑町を中心に全国生産量の多くを占める愛知の伝統野菜です。栽培から漬け込みまで手間がかかり、種まきから完成までおよそ3年を要するともいわれます。酒粕とみりん粕を使った複数回の漬け替えにより、琥珀色の見た目と上品な甘み、芳醇な香り、心地よい歯ざわりが生まれ、名古屋を代表する土産物・贈答品として親しまれています。

秋田諸越
郷土菓子秋田

秋田諸越

Akita Morokoshi

秋田諸越は、小豆粉に砂糖などを混ぜて木型で成形し、じっくりと焼き上げる落雁の一種の郷土菓子です。江戸時代の宝永2年(1705年)、久保田藩4代藩主・佐竹義格が家臣の功をねぎらうために煎米菓子を作らせたことが始まりとされ、その後、菓子店「杉山壽山堂」の初代・杉山良作が小豆粉を用いた菓子を義格に献上したところ「諸々の菓子を越えて風味よし」と高く評価され、この一言が「諸越」という名の由来になったと伝わります(呼び名の起源には中国由来の「もろこし」に通じるとする説もあり、諸説あります)。300年以上にわたり作り継がれてきた歴史を持ち、口の中でほろりと溶ける上品な甘さと小豆の香ばしい風味が特徴で、今も秋田を代表する土産菓子として親しまれています。

成田の栗羊羹
郷土菓子千葉

成田の栗羊羹

Narita Kuriyokan

成田の栗羊羹は、成田山新勝寺の表参道に店を構える明治32年(1899年)創業の老舗和菓子店「なごみの米屋」が生み出した和菓子です。創業者の諸岡長蔵が、成田山新勝寺の精進料理で供されていた甘味「栗羹」にヒントを得て、地元でとれる小粒の栗「芝栗」を練り込んだ栗羊羹を日本で初めて考案し、成田山参詣の土産物として売り出したのが始まりとされています。以来、成田山表参道を代表する土産物として親しまれ、總本店には「成田羊羹資料館」も併設され、創業からの歴史や羊羹づくりの道具などが展示されています。芝栗の風味を生かした上品な甘さが特徴で、参道の食べ歩きや帰省・観光の土産として、今も多くの人に選ばれ続けています。

赤かぶ漬け
発酵食品岐阜

赤かぶ漬け

Aka Kabu Zuke

赤かぶ漬けは、飛騨地方特産の赤かぶを塩漬けにし、乳酸発酵させて作る岐阜県飛騨地方の郷土料理です。標高が高く冬は雪に閉ざされる飛騨地域では、野菜の収穫できない季節の貴重な保存食として、江戸時代以来各家庭で漬け込まれてきました。かつて山間地では塩が貴重であったため、少ない塩で保存性を高める工夫として発展したともいわれます。現在の赤かぶ漬けに使われる「飛騨紅かぶ」は、1918年(大正7年)に在来種の八賀かぶの中から発見された紅色の突然変異株がもとになっています。かぶの皮に含まれる天然色素と乳酸発酵によって、鮮やかな紅色とほのかな酸味・甘みが生まれるのが特徴で、飛騨高山を代表する土産物としても人気があります。

赤こんにゃく
発酵食品滋賀

赤こんにゃく

Aka-konnyaku

赤こんにゃくは、滋賀県近江八幡市の特産品として知られる、鮮やかな赤色に着色されたこんにゃくです。食品添加物として認められている三二酸化鉄という鉄分で染められており、煮ても色落ちしにくく、シコシコとした独特の食感が特徴です。誕生の由来には諸説あり、派手好きだったとされる織田信長がこんにゃくまで赤く染めさせた、あるいは信長の赤い陣羽織にあやかったなど複数の言い伝えが残りますが、確実な出典は定かではありません。1940年発行の『滋賀県八幡町史』には、古老の話としてトウキビの皮を煎じて着色したとの記述があり、明治以降は食紅が使われ、1971年に三二酸化鉄の使用が認められて以降、現在の製法が定着しました。煮物や田楽、刺身など幅広い料理に使われ、近江八幡を訪れた際の定番土産としても親しまれています。

追分羊かん
郷土菓子静岡

追分羊かん

Oiwake Yokan (Bamboo-Wrapped Steamed Yokan)

追分羊かんは、静岡県静岡市清水区追分の「追分羊かん本店」が作る、竹の皮に包んだ蒸し羊羹です。店は1695年(元禄8年)の創業とされます。旧東海道の江尻宿(えじりしゅく)のはずれ、久能山(くのうざん)へ向かう久能道との分かれ道(追分)に店を構えています。東海道を行き交う旅人に親しまれ、300年以上にわたって街道の名物として受け継がれてきました。小豆のあんにもち米を混ぜ、竹の皮で包んで蒸し上げるため、竹の香りが移ります。ねっとりとした独特の舌触りで、甘さは控えめの素朴な味わいです。竹の皮の上から包丁で切り分け、皮をはがして食べるのも特徴です。江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が好んだとも伝わります。東海道の旅をテーマにした日本遺産「日本初『旅ブーム』を起こした弥次さん喜多さん、駿州の旅」の構成文化財の一つにもなっています。

栃尾の油揚げ
発酵食品新潟

栃尾の油揚げ

Tochio Aburaage

栃尾の油揚げは、新潟県長岡市栃尾地域で作られている大判の油揚げで、地元では方言で「あぶらげ」と呼ばれます。長さ20〜22cm、幅6〜8cm、厚さ3cmほどと一般的な油揚げの3倍以上の大きさがあり、外はカリッと、中はふっくらとした食感が特徴です。低温と高温の二つの鍋で二度揚げし、揚げ上がりに金串を刺して油を切るため、中央に串の穴が残ります。起源は江戸時代中期にさかのぼるとされます。火伏せの神として信仰を集めた秋葉三尺坊大権現の参詣者向けの土産として考案されたという説と、栃尾の馬市で馬喰(ばくろう、家畜の仲買人)が酒の肴にしたという説があります。現在、栃尾地域には15を超えるあぶらげ店があり、焼いてしょうが醤油で食べるほか、煮物や、中に具を詰めて焼く料理にも使われます。

氷室饅頭
甘味石川

氷室饅頭

Himuro manju

氷室饅頭は、旧暦6月1日にあたる「氷室の日」(現在は7月1日)に、無病息災を願って食べる金沢の縁起菓子です。江戸時代、加賀藩前田家は冬の間に白山山系に降った雪を氷室に貯蔵し、旧暦6月1日になるとこれを「白山氷」として江戸の将軍家に献上する習わしがありました。加賀飛脚と呼ばれる者たちが約480キロの道のりをわずか4日で走り抜けたと伝わり、この道中の無事を祈って庶民が饅頭を神仏に供えたことが、氷室饅頭の始まりとされています。皮は白・赤(桃)・緑の三色があり、それぞれ清浄・魔除け・健康の意味が込められているといわれます。こし餡を包んだふっくらとした酒饅頭で、現在も7月1日が近づくと金沢市内の和菓子店が一斉に店頭に並べる夏の風物詩となっています。

じゃこ山椒
海鮮京都

じゃこ山椒

Jako Sansho

じゃこ山椒は、ちりめんじゃこ(カタクチイワシの稚魚を茹でて干したもの)と実山椒を、醤油・みりん・酒などで甘辛く炊き上げた佃煮で、京都の食卓に欠かせないおばんざいの一つです。「ちりめん山椒」とも呼ばれ、ご飯のお供やお茶漬け、酒の肴として親しまれてきました。もともとは各家庭で作られ、近所や来客に配る手土産のような存在でしたが、昭和の中頃に商品化されて以降、京都みやげの定番としても広く知られるようになりました。実山椒のぴりりとした辛みと爽やかな香り、ちりめんじゃこの旨味が調和した奥深い味わいが特徴で、店ごとに配合の異なる味を食べ比べる楽しみもあります。

鴨なんば
肉料理京都

鴨なんば

Kamo Nanba

鴨なんばは、鴨肉と九条ねぎをそばやうどんに合わせた、京都で親しまれる冬の麺料理です。「なんば」は上方言葉でねぎを意味し、大阪・難波周辺で栽培されていた「難波ねぎ」に由来するとされます。京都では、難波ねぎの系統を引く地元産の九条ねぎが使われ、加熱すると甘みが増すねぎの風味と、脂の乗った鴨肉の旨味が溶け合った出汁が特徴です。関東では「鴨南蛮」と表記され、上方では「鴨なんば」と呼ばれるなど、東西で呼び名や表記が異なる料理としても知られています。京都の老舗そば処では冬季限定メニューとして提供されることが多く、寒い時期の一杯として親しまれています。

くずきり
甘味京都

くずきり

Kuzukiri

くずきりは、葛粉を水で溶いて蒸し固め、麺のように細く切った京都の夏の甘味です。氷水で冷やしてつるりとした喉ごしを楽しみ、黒蜜や白蜜、きな粉などをつけていただきます。祇園の老舗「鍵善良房」をはじめとする甘味処の名物として広く知られ、注文を受けてから一枚ずつ手作りする店も多く、作りたてならではのコシと透明感のある食感が魅力です。原料には奈良・吉野の本葛が使われることが多く、葛の質がそのまま味と食感を左右する繊細な菓子として、京都の夏の風物詩となっています。祇園の老舗「鍵善良房」は享保年間(1716〜1736年)創業と伝わり、注文を受けてから一枚ずつ手作りするスタイルを守り続けています。

引千切(ひちぎり)
郷土菓子京都

引千切(ひちぎり)

Hikichigiri

引千切(ひちぎり)は、雛祭りの頃に京都で作られる伝統的な上生菓子です。よもぎ餅などの生地を杓子のような形に伸ばし、端を引きちぎったような形に仕上げて、中央のくぼみに餡やきんとんをのせます。宮中の儀式に由来する菓子とされ、京都では雛人形と共に飾られる特別な存在として親しまれてきました。忙しさのあまり餅を丸める手間を省いて引きちぎったという逸話が名前の由来とされ、独特の形はアコヤ貝を思わせることから、子どもの成長を守り育てる願いが込められているとも伝えられます。ルーツは宮中で誕生や着帯の儀式に用いられた「戴餅(いただきもち)」とされ、生地によもぎを混ぜて緑色に仕上げるものが多く見られます。

賀茂なす田楽
発酵食品京都

賀茂なす田楽

Kamonasu Dengaku

賀茂なす田楽は、京の伝統野菜「賀茂なす」を使った、京都の夏を代表する郷土料理です。丸々とした賀茂なすを輪切りや半分に切って油でじっくりと揚げ焼きにし、白味噌や赤味噌にみりん・砂糖・酒などを合わせて練った田楽味噌をたっぷりとのせていただきます。賀茂なすは実がしまって煮崩れしにくく、油との相性がよいことから田楽に適した野菜とされています。祇園祭が行われる7月頃、家庭の食卓はもちろん、京都の料亭や飲食店でも旬の味覚として提供され、夏の京都を彩る一皿として親しまれています。賀茂なすは貞享元年(1684年)の文献「雍州府志」にも記述が残るほど栽培の歴史が古く、かつては左京区の吉田・田中地区で作られていたと伝わります。

あんこう鍋
鍋料理茨城

あんこう鍋

Anko Nabe

あんこう鍋は、大洗町や北茨城市の平潟・大津、ひたちなか市の那珂湊などの漁港で水揚げされるあんこうを主役にした、茨城を代表する冬の鍋料理です。あんこうは江戸時代、鶴・雲雀・鷭・鯛と並んで「三鳥二魚」と呼ばれる五大珍味の一つに数えられた高級食材で、水戸徳川家から将軍家へ献上されていたことを示す資料も残っています。骨以外ほとんど捨てるところがなく、「ぬの(卵巣)・えら・とも(ひれ)・水袋(胃)・肝・柳肉(身)・皮」の「あんこうの七つ道具」を余さず鍋に仕立てるのが特徴です。もともとは漁師が船上で真水を使わずに仕立てた「どぶ汁」が原型とされ、あん肝を溶き入れた濃厚な味噌仕立ての出汁で身や内臓を煮込む、冬の茨城を代表するもてなし料理として親しまれています。

いかの黒作り
発酵食品富山

いかの黒作り

Ika no Kurozukuri

いかの黒作りは、スルメイカの身を細く切り、肝とイカスミを加えて塩漬けにし、じっくりと熟成させた富山県を代表する発酵食品です。イカスミ特有の芳醇な香りとコクのある旨味に塩辛らしい熟成感が加わった独特の味わいが特徴で、日本酒との相性の良さから酒の肴として古くから親しまれてきました。江戸時代には加賀藩主が参勤交代の際に将軍家へ献上したとの記録が残るなど、当時すでに富山を代表する名産品として知られていたと伝わります。イカスミには古くから防腐効果があるとされ、冷蔵技術のなかった時代に塩辛を長く保存するための知恵としても活用されてきました。見た目の黒さから初めて口にする人には驚かれることもありますが、口に入れると濃厚な旨味とほのかな塩味が広がり、ご飯のお供やお茶漬け、パスタの具材としても応用されるなど、今も富山を代表する珍味として全国に販売されています。

いかめし
海鮮北海道

いかめし

Ikameshi

いかめしは、小ぶりなスルメイカの胴に、もち米とうるち米を詰めて醤油だれでじっくり煮込んだ北海道・森町の郷土料理です。太平洋戦争中の米不足を補う代用食として、森駅前で駅弁店を営んでいた阿部商店が1941年に考案したのが始まりとされます。当初は貴重な米を節約するためイカを「かさ増し」に使う工夫でしたが、もちもちとした米とイカの旨みが評判を呼び、JR森駅の名物駅弁として定着しました。1955年頃からは東京の百貨店での実演販売にも進出し、京王百貨店の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」では長年にわたり売上上位を獲得するなど、全国区の知名度を築いています。甘辛い醤油だれが染みたイカと米の組み合わせは、冷めてもおいしい駅弁ならではの完成度を誇ります。

いちご煮
海鮮青森

いちご煮

Ichigo-ni

いちご煮は、青森県八戸市や三戸郡階上町など太平洋沿岸に伝わる郷土料理で、ウニとアワビを塩味のだしでさっと煮た吸い物です。もともとは漁師たちが浜で獲れたてのウニやアワビを豪快に煮て食べた「漁師飯」がルーツとされています。乳白色に濁ったアワビの出汁の中に黄金色のウニが沈む様子が、朝もやにかすむ野いちごのように見えたことから「いちご煮」と名付けられたと伝わります。大正時代には地元の老舗割烹旅館の主人がこれを椀に美しく盛り付けて客に提供したことをきっかけに、来客をもてなす際のごちそう料理として広まりました。1980年には地元の食品会社「味の加久の屋」が日本で初めていちご煮の缶詰化に成功し、全国的に知られる青森土産としても定着しています。

いももち
甘味北海道

いももち

Imo-mochi

いももちは、茹でて潰したじゃがいもに片栗粉を加えて練り、平たく丸めて焼いた北海道のおやつです。表面はこんがりと香ばしく、中はもちもちとした独特の食感が持ち味で、甘辛い醤油だれや黄な粉、バターなど、シンプルな味付けで食べられています。稲作の技術が確立していなかった明治の開拓期、餅米の代わりに寒冷地でも育てやすいじゃがいもを使って餅のようなものをつくったのが始まりとされ、開拓者たちの貴重なエネルギー源として広まりました。じゃがいもの生産量日本一を誇る北海道、なかでも十勝地方は代表的な産地として知られ、家庭のおやつとしてはもちろん、道の駅や土産物店でも定番の一品として親しまれています。調理が手軽なことから戦中・戦後の食糧難の時代にも重宝され、今も世代を超えて愛される北海道の味です。

いわて短角牛
肉料理岩手

いわて短角牛

Iwate Tankaku Beef

いわて短角牛は、岩手県北部から山間部にかけて育てられる褐毛(あかげ)系の肉用牛「日本短角種」の岩手県産ブランド牛です。寒さに強く放牧に適した体質を活かし、春から秋は広大な高原で母牛と子牛が親子で過ごし、冬は牛舎で育てる「夏山冬里(なつやまふゆさと)」という独自の飼育方式が最大の特徴です。穀物飼料に頼らず牧草を中心に育つため、脂肪分が少なく赤身のうま味が濃いのが持ち味で、噛むほどに肉の風味が広がります。全国の和牛流通量に占める日本短角種の割合はごくわずかとされ、希少性の高い牛肉として知られています。健康志向の高まりとともに赤身肉の魅力が見直され、岩手県を代表するブランド牛として全国的な評価を高めています。

えびめし
海鮮岡山

えびめし

Ebi Meshi

えびめしは、岡山市発祥のご当地グルメで、エビを具にしたピラフをデミグラスソースとケチャップ、カラメルなどを合わせた黒褐色の秘伝ソースで炒め上げた洋食です。錦糸卵と千切りキャベツを添えるのが定番のスタイルで、見た目のインパクトと甘辛い独特の風味が特徴です。ルーツは東京・渋谷のカレー店「いんでいら」にあり、岡山県出身の店員だった出井達海氏が暖簾分けの形で技術を持ち帰り、岡山市奉還町に開いた洋食店で提供したのが始まりとされます。その後、岡山市の中心市街地を中心に評判が広がり、現在では市内外の洋食店や喫茶店など多くの店で味わえる、岡山を代表するB級ご当地グルメの一つとなっています。

かしわのすき焼き
肉料理奈良

かしわのすき焼き

Kashiwa no Sukiyaki

かしわのすき焼きは、農林水産省「うちの郷土料理」にも掲載される奈良県の郷土料理で、鶏肉を使ったすき焼きです。関西地方では食用の鶏肉を「かしわ」と呼びますが、これは鶏の茶褐色の羽色が柏の葉に似ていることに由来するとされます。天満宮の守護神が牛であることから、天神さんの秋祭りの祝いの席では牛肉ではなく鶏肉のすき焼きが振る舞われてきたと伝わり、祝い事や来客をもてなす際のごちそうとして各家庭で作られてきました。現在は、戦前に名声を博した「大和のかしわ」の味を再現すべく奈良県が開発した「大和肉鶏」を使うことが多く、コクと旨味、程よい脂の乗った肉質が持ち味です。生卵や温泉卵をつけて食べ、仕上げに三輪素麺を加える食べ方も親しまれています。

かっけ
麺類岩手

かっけ

Kakke

かっけは、岩手県北部の二戸市・九戸村周辺から青森県南部にかけて伝わる、旧南部藩地域ならではの粉食文化を代表する郷土料理です。そば粉や小麦粉を水で練った生地を薄くのばし、三角形に切り分けて熱湯でゆでるのが基本の調理法で、汁で煮込むのではなく、ゆで上げた生地ににんにく味噌やねぎ味噌などのつけだれを添えていただくのが特徴です。そば粉を使う「そばかっけ」と小麦粉を使う「むぎ(麦)かっけ」の2種類があり、そばかっけは黒っぽい色合いと香り、むぎかっけは白くつるりとした食感が持ち味です。米が育ちにくい寒冷な県北地域で、そばや小麦を無駄なく食べる知恵として受け継がれてきた、素朴で滋味深い一皿です。

かんこ焼き
郷土菓子神奈川

かんこ焼き

Kanko-yaki

かんこ焼きは、相模原市緑区の津久井地域に江戸時代から伝わる郷土料理で、小麦粉を練った生地に山菜やきのこ、あずき、かぼちゃ、漬物など季節の具材を包み、焼いてから蒸し上げた素朴なおやきです。津久井地域は稲作に適さない山間地であったため、古くから麦や豆の栽培が盛んで、小麦を中心とした粉食文化が根付いていました。江戸時代には、アユのはらわたの塩漬けである「うるか」や味噌を生地で包み、囲炉裏の熱い灰で蒸し焼きにして食されており、農作業の合間の食事やおやつとして親しまれてきました。名前は、雅楽で使われる太鼓「鞨鼓(かっこ)」に形が似ていることに由来するといわれます。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に神奈川県の郷土料理として選ばれています。

きび団子
郷土菓子岡山

きび団子

Kibi Dango

きび団子(吉備団子)は、岡山を代表する銘菓で、桃太郎伝説と結びついた岡山土産の定番として全国的に知られています。漢字では「吉備団子」と書き、岡山県のかつての国名「吉備国」にちなむ名称で、穀物の「黍(きび)」を使った団子という意味ではありません。もともとは黍の粉を蒸して作る素朴な団子で日常的に食べられていましたが、安政3年(1856年)創業の菓子舗「廣榮堂」が、当時の岡山藩家老・伊木三猿斎の指導のもと、茶席にもふさわしい上品な求肥菓子へと作り変えたことで銘菓としての地位を確立しました。昔話「桃太郎」のもとになったとされる吉備津彦命と温羅の伝説ゆかりの地が岡山に数多く残ることから、桃太郎の「黍団子」のイメージと結びつき、岡山みやげの代表格として親しまれるようになりました。

けの汁
鍋料理青森

けの汁

Keno-jiru

けの汁は、津軽地方を中心に食べられてきた具だくさんの汁物で、小正月(1月15日)の行事食として知られる郷土料理です。大根・にんじん・ごぼうなどの根菜、わらび・ぜんまいなどの山菜、油揚げや凍み豆腐といった乾物を、賽の目よりさらに細かく刻んで昆布出汁でじっくり煮込み、味噌や醤油で味付けします。名前は津軽弁で粥を「け」と呼んだことに由来するという説があり、他にも複数の語源説が伝えられています。正月に忙しく働いた女性たちが小正月に里帰りする際、残される男衆のためにまとめて作り置いたのが始まりとも言われ、大鍋で数日分をこしらえ、日を追うごとに味が染みていくのを楽しむ食文化として今に受け継がれています。

けんちん汁
鍋料理神奈川

けんちん汁

Kenchin-jiru

けんちん汁は、根菜や豆腐をごま油で炒めて昆布や椎茸のだしで煮込んだ、精進料理を起源とする汁物です。神奈川県鎌倉市の禅寺・建長寺で古くから作られてきた「建長汁」がなまって「けんちん汁」と呼ばれるようになったとする説が広く知られ、鎌倉が発祥の地とされています。動物性の食材やだしを使わず、豆腐は手でくずして加えるのが伝統的な作り方で、精進料理ならではの滋味深い味わいが特徴です。江戸時代以降、精進料理の枠を越えて庶民の家庭料理としても広まり、現在では全国各地で作られる冬の定番汁物となりました。鎌倉では今も建長寺門前の食事処などで、寺伝の味を再現したけんちん汁を味わうことができます。

ザンギ
肉料理北海道

ザンギ

Zangi

ザンギは、鶏肉に醤油・にんにく・しょうがなどをベースにした下味をしっかりとつけ、小麦粉をまとわせて揚げる北海道の唐揚げです。昭和30年頃、釧路市の繁華街・末広で鶏料理店を営んでいた店が、鶏一羽をぶつ切りにして揚げたのが始まりとされます。名称は中国料理の鶏の唐揚げ「炸鶏(ザーチー)」に由来し、店主が語呂の良さや縁起を担いで文字の間に「ン」を加えたという説が有力です。一般的な唐揚げより下味が濃く、味付けだけで食べられる点が特徴で、下味と衣がしっかり絡んだザクッとした食感が持ち味です。釧路発祥の食べ方では、揚げた鶏にウスターソースベースの特製ダレをかけて味わうスタイルも根強い人気を保っています。家庭のおかずから居酒屋のつまみまで、北海道全域で通年親しまれるソウルフードです。

サンマーメン
麺類神奈川

サンマーメン

Sanma-men

サンマーメンは、豚肉やもやしなどの野菜をとろみのあるあんに仕立てて麺にのせた、横浜発祥のご当地ラーメンです。名前から魚の秋刀魚を連想しがちですが、魚のサンマとは直接の関係はなく、中国語由来の「生馬麺」または「生碼麺」という表記が語源とされ、「新鮮な具材をのせた麺」といった意味合いを持つといわれています。戦後まもない頃、横浜港の労働者に向けて、廉価で食べ応えがあり冬でも冷めにくい麺料理として提供されるようになったのが広まりのきっかけとされ、横浜中華街や伊勢佐木町の中華料理店が発祥に関わったとする説が伝えられています。もやしやニラ、白菜、にんじん、きくらげなど彩り豊かな野菜がたっぷりと使われ、しょうゆ味のあんが麺によく絡む、家庭的で親しみやすい味わいが魅力です。

しもつかれ
発酵食品栃木

しもつかれ

Shimotsukare

しもつかれは、正月の残り物である塩引き鮭の頭と節分の残り福豆(大豆)、大根・にんじんのおろし、酒粕などを一緒に煮込んだ、栃木県を中心とする北関東の郷土料理です。旧暦2月最初の午の日「初午」に、赤飯とともにお稲荷さんに供える行事食として、江戸時代以前から各家庭で作られてきたと伝わります。鎌倉時代の説話集にも類する料理の記述があるとされるほど歴史が古く、7軒分のしもつかれを食べると無病息災になるという言い伝えも残っています。独特の見た目と発酵由来の酸味のある味わいから好みが分かれる料理としても知られますが、節分や正月の残り物を無駄なく使い切る先人の知恵が詰まった料理として、2023年には文化庁の「100年フード」伝統部門に認定されました。現在も家庭や直売所で受け継がれ、栃木県の食文化を象徴する存在です。

じゃじゃ麺
麺類岩手

じゃじゃ麺

Jajamen

じゃじゃ麺は、蒸してから茹でた平打ちの麺に肉味噌とおろしきゅうり、ねぎなどをのせ、よくかき混ぜて食べる盛岡市の郷土料理です。戦後の1953年、旧満州から引き揚げた高階貫勝が現地で親しんだ「炸醤麺(ジャージャー麺)」の味を再現しようと、日本の味噌をベースにした肉味噌を考案し、盛岡で店を開いたのが始まりとされます。豆鼓を使う本場の味を、味噌や挽き肉など十数種の材料を炒め合わせた独自の肉味噌にアレンジし、盛岡の人々の口に合う一杯に仕上げました。麺を食べ終えた後の器に生卵を割り入れ、店員に「チータンタン」と注文すると肉味噌入りの卵スープが楽しめるのも特徴で、わんこそば・盛岡冷麺と並ぶ「盛岡三大麺」の一つに数えられています。

じゃっぱ汁
鍋料理青森

じゃっぱ汁

Jappa-jiru

じゃっぱ汁は、青森県津軽地方に伝わる冬の郷土料理です。「じゃっぱ」は津軽弁で魚の「あら」を意味し、鱈の頭や骨、皮、内臓などを大根や人参、ねぎといった野菜とともに味噌仕立てでじっくり煮込みます。津軽地方では鱈は正月を迎えるための「年取り魚」として尾頭付きで一尾丸ごと買い求める風習があり、身は刺身や鍋に、そして通常なら捨てられてしまうあらの部分もじゃっぱ汁として無駄なく使い切る、雪国ならではの知恵が息づく料理です。冬の厳しい寒さのなかで体を芯から温めてくれる家庭料理として、津軽地方の食卓に古くから根付いています。

ジンギスカン
肉料理北海道

ジンギスカン

Jingisukan

ジンギスカンは、羊肉を専用の鍋で焼く北海道を代表する肉料理です。中央が盛り上がった鋳物製の鍋は、羊肉を鍋の中心で焼き、滴り落ちる肉汁で外周の野菜を蒸し焼きにする構造になっており、鍋の形がモンゴル兵の兜に似ていることに由来するとの説があります。名称の名付け親には諸説ありますが、満鉄調査部長を務めた駒井徳三が有力とされます。大正期、羊毛の国内自給を目指す「綿羊百万頭計画」により滝川市や札幌市月寒に種羊場が置かれたことが普及の土台となり、戦後の1956年には滝川市で松尾政治が羊肉をタレに漬け込む「味付けジンギスカン」を考案し、全道に広まりました。焼く前にタレへ漬け込む滝川・松尾式と、焼いてからタレをつける札幌・月寒式の2系統があり、店ごとの味わいの違いも楽しめます。

せんべい汁
鍋料理青森

せんべい汁

Senbei-jiru

せんべい汁は、青森県八戸市を中心に、青森県南部から岩手県北部にかけて食べ継がれてきた郷土料理です。鶏肉や魚、きのこ、野菜などでとった出汁に、汁物専用に焼き上げた「おつゆせんべい」と呼ばれる南部せんべいを割り入れて煮込みます。せんべいはやわらかくもちもちとした食感になりながらも煮くずれしにくく、出汁を吸ってじんわりと旨みを含みます。冷害に見舞われやすく稲作が難しかったこの地域では、小麦を原料とする南部せんべいが米に代わる主食・保存食として発達し、その延長線上でせんべい汁が生まれました。2003年結成の「八戸せんべい汁研究所」の活動やB-1グランプリでの受賞を機に全国的な知名度が高まり、2022年度には文化庁の「100年フード」にも認定されています。

そぼろ納豆(しょぼろ納豆)
発酵食品茨城

そぼろ納豆(しょぼろ納豆)

Shoboro Natto

そぼろ納豆(しょぼろ納豆)は、糸引き納豆と割り干し大根(寒干し大根)を調味液に漬け込んだ、水戸市の郷土料理です。「しょぼろ」は「そぼろ」の水戸方言とされます。江戸時代、台風が来る前に収穫できる早生の小粒大豆で納豆づくりが盛んに行われた水戸では、秋に仕込んだ納豆を近所やお寺に配ることが習わしとなっており、余った納豆や糸引きの良くない納豆を長く食べられるよう、寒干し大根と合わせて漬け込む工夫が生まれたと伝わります。納豆そのものではなく、納豆を漬物のように加工した保存食である点が、ブランドとしての水戸納豆との大きな違いです。ポリポリとした割り干し大根の歯ざわりと納豆のほくっとした食感の対比が持ち味で、現在は水戸の老舗漬物店や納豆店が製造・販売し、ご飯のお供や酒の肴、水戸土産として親しまれています。

ちたけそば
麺類栃木

ちたけそば

Chitake Soba

ちたけそばは、チチタケ(乳茸)というきのこを使った出汁で食べる栃木県平野部の郷土料理です。チチタケは裂くと白い乳のような液が出るのが特徴の食用きのこで、秋のきのこに先駆けて盆の頃、8月上旬から出回ります。ナスと一緒に炒めてから水を加えて煮出すと、松茸に劣らぬ濃厚なコクと香りの出汁ができあがり、これに冷たい蕎麦をつけて食べるのが定番の食べ方です。そば処として知られる鹿沼市を中心に、江戸時代にはすでに親しまれていたと伝わり、地元では夏の風物詩として今も専門店や家庭の食卓に並びます。近年は里山環境の変化によりチチタケそのものの収穫量・流通量が減っており、旬の時期にしか味わえない希少な味として一層大切にされています。

ちゃんこ鍋
鍋料理東京

ちゃんこ鍋

Chanko Nabe

ちゃんこ鍋は、東京・両国の相撲部屋で力士たちの食事として発展した鍋料理です。本来「ちゃんこ」は相撲部屋で作られる料理全般を指す言葉で、その中でも鍋料理を「ちゃんこ鍋」と呼びます。明治42年(1909年)の両国国技館完成の頃、当時の人気横綱・常陸山谷右エ門の活躍で出羽海部屋への入門者が増え、大勢の力士がまとめて栄養を取れるよう、一つの鍋を大人数で囲んで食べるスタイルが定着したと伝わります。鶏がらでだしを取る「ソップ炊き」や、味噌・塩ベースの鍋など、味付けや具材は部屋ごとに異なり、巡業先の農家から譲り受けた野菜や、その日仕入れられる肉・魚を組み合わせて作られてきました。四つ足の動物(牛・豚)を食べると土俵で「手をつく」ことに通じ縁起が悪いとされ、鶏や魚が好んで使われた点も特徴です。現在は両国を中心に、元力士が営むちゃんこ料理店で一般客も味わえる料理となっています。

つけけんちん
麺類茨城

つけけんちん

Tsuke Kenchin

つけけんちんは、里芋や大根、ごぼう、にんじん、こんにゃくなど根菜をふんだんに使い、味噌と醤油、みりんで味付けした温かい「けんちん汁」に、太めのそばを別添えでつけて食べる茨城県の郷土料理です。江戸時代後期にはすでに食べられていたと伝わり、旧暦の新年(現在の節分の頃)にそばを食べる風習が水戸藩から茨城県内に広まったとされています。農作物の収穫が一段落する11月半ば、祭りのごちそうの一つとしてよく作られてきた料理で、そばを汁の中に入れて食べる他県の「けんちんそば」とは異なり、そばとけんちん汁を別々に用意してつけ麺のように食べるのが茨城ならではの特徴です。現在も新そばの出る秋から冬にかけて特によく食べられ、県内全域、とりわけ県北地域の食堂や家庭に深く根づいています。

デミカツ丼
肉料理岡山

デミカツ丼

Demi Katsudon

デミカツ丼は、揚げたてのとんかつに熱々のデミグラスソースをかけた岡山市発祥のご当地グルメです。1931年(昭和6年)創業の老舗「味司 野村」の創業者が、東京のホテルで味わったデミグラスソースの美味しさに感動し、自店のとんかつに応用したのが始まりと伝えられています。白いご飯の上にとんかつをのせ、たっぷりのデミグラスソースをかけるのが基本のスタイルで、生卵やグリーンピース(岡山では「アラスカ」と呼ぶ店もある)を添えるなど、店ごとに工夫が凝らされています。現在は岡山市を中心に県内約30店舗で提供されており、「デミカツ」「ドミカツ」「洋風カツ」など呼び名もさまざまです。地元では通年親しまれる定番の洋食どんぶりとして、観光客にも人気があります。

どぜう鍋
鍋料理東京

どぜう鍋

Dojo Nabe

どぜう鍋は、江戸時代から東京下町で親しまれてきたどじょうを使った鍋料理です。安価で栄養豊富などじょうは、力仕事で汗を流す江戸庶民のスタミナ源として人気を集め、浅草の駒形どぜうをはじめとする専門店が数多く誕生しました。丸のまま開かずに煮る「丸鍋」と、開いてごぼうと一緒に煮て卵でとじる「柳川鍋」の2つのスタイルが代表的で、ねぎと山椒をたっぷりのせて食べるのが一般的です。「どぜう」という表記は、本来「どぢやう」と書くべきところを縁起の良い奇数の三文字にするため、江戸時代の店主が考案したものと伝わります。現在では専門店の数は減ったものの、浅草には江戸時代創業の老舗が今も暖簾を守り続けており、江戸庶民の味として親しまれています。

とちぎ和牛
肉料理栃木

とちぎ和牛

Tochigi Wagyu

とちぎ和牛は、栃木県内の指定生産者が丹精込めて育てた黒毛和種のうち、枝肉格付でA・Bの4等級以上という厳しい基準をクリアした牛肉だけに与えられるブランド名です。昭和63年(1988年)、県産和牛のブランド化に取り組む中で命名されました。約200名の指定生産者が、血統の優れた子牛を約30ヶ月という長い期間かけて肥育し、肥育後期には栃木県産米を飼料に添加するなど、肉質と風味の向上に力を注いでいます。県内で飼養される和牛は年間約1万頭にのぼりますが、とちぎ和牛として認定されるのはそのうち年間約3千5百頭ほどにとどまり、きめ細やかな霜降りと柔らかな肉質が特長です。全国肉用牛枝肉共励会など全国規模の品評会でも高い評価を受けており、県内外のすき焼き店・焼肉店で味わうことができます。

ひっつみ
鍋料理岩手

ひっつみ

Hittsumi

ひっつみは、小麦粉を水で耳たぶほどのやわらかさにこね、薄く延ばして手でちぎりながら鍋に入れて煮込む岩手県の郷土料理です。名前は「手でちぎる」を意味する方言「ひっつまむ」に由来するといわれています。県央地域は北上川流域に水田が広がり米作りが盛んな一方、寒さが厳しく冷害で米が不作になる年もあったため、小麦や大麦の生産も行われ、粉に水を加えてこねる「しとねもの」と呼ばれる粉食文化が発達しました。ひっつみはその代表的な料理で、鶏肉やごぼう、にんじん、きのこなどの季節の具材とともに、しょうゆやみそで味付けした汁で煮込みます。家庭ごとに味付けや具材が異なり、岩手県民に「おふくろの味」として親しまれてきました。地域によっては「とってなげ」「はっと」とも呼ばれます。

ぶり大根
海鮮富山

ぶり大根

Buri Daikon

ぶり大根は、富山湾で水揚げされる脂の乗った寒ブリのあらと大根を、醤油や酒でじっくり甘辛く煮込んだ富山県を代表する冬の郷土料理です。ブリは捨てるところがないほど余さず食べられる魚とされ、身を刺身や照り焼きに使った後のあら(頭やカマ)を大根と煮込むことで、旨味を余すことなく味わい尽くす知恵から生まれました。晩秋から初冬にかけて富山湾では「ぶり起こし」と呼ばれる雷を伴う荒天が続き、この頃に漁の最盛期を迎える寒ブリは特に脂が乗って美味とされます。中でも氷見市で水揚げされるブリは「ひみ寒ブリ」としてブランド化され、全国的にも高く評価されています。ブリは出世魚として縁起が良いとされることから祝い事や正月料理にも欠かせない存在で、ぶり大根もそうした席でたびたび食卓に上ってきました。大根がブリの旨味を吸い込み、味の染みた大根とほろほろのブリの身の両方を楽しめる、体の温まる冬の家庭料理として今も富山の家庭で親しまれています。

べこ餅
郷土菓子北海道

べこ餅

Bekomochi

べこ餅は、白と黒(または茶)の生地を組み合わせてつくる北海道の郷土菓子で、木の葉のような模様が特徴です。上新粉や白玉粉に砂糖を加えた生地を、黒糖を混ぜた生地と組み合わせて成形し、蒸し上げてつくります。もちもちとした柔らかい食感と、黒糖のやさしい甘みが持ち味です。北海道では主に5月の端午の節句に食べられる風習があり、特に道南地方で盛んにつくられてきました。名前の由来には、白黒の配色が乳牛(ホルスタイン)を連想させ「べこ(牛)」と呼ばれるようになった説、黒糖部分の色合いが鼈甲(べっこう)に似ていることに由来する説、米粉(べいこ)が主原料であったことに由来する説など諸説あり、はっきりとした定説はありません。道南地域を中心に、木の葉形以外にもよもぎを混ぜた緑色の生地や、あんこを包んだものなど、店ごとに個性豊かなべこ餅がつくられています。

べったら漬け
発酵食品東京

べったら漬け

Bettarazuke

べったら漬けは、生の大根を塩で下漬けしたのち、米麹と砂糖でさらに漬け込んで発酵させた、甘みとほのかな酸味が特徴の東京の伝統的な漬物です。江戸時代中期から、日本橋大伝馬町の宝田恵比寿神社で毎年10月19日・20日に開かれる「べったら市」で売られてきたことから、この名で全国に知られるようになりました。名前の由来には、大根の表面に漬け床の米麹がべたべたと付いていたからとする説や、売り子が「べったら、べったら」と囃しながら客の着物の袖に麹を付けようとしたからとする説があります。塩辛い漬物が主流だった時代に、麹の自然な甘みを活かした浅漬け風の味わいは江戸っ子の間で人気を博し、べったら市は江戸から続く秋の風物詩として現在も日本橋の街を賑わせています。今では通年、日本橋周辺の専門店や漬物店で購入できる東京土産の定番となっています。

へらへら団子
甘味神奈川

へらへら団子

Herahera Dango

へらへら団子は、三浦半島西部の漁師町・横須賀市佐島地区に江戸時代から伝わる郷土菓子です。小麦粉や上新粉・白玉粉で作った団子を平たく押しつぶし、こし餡をからめて食べる素朴なあんころ餅の一種で、毎年7月に行われる佐島地区の船祭りの際に、豊漁や無病息災を願う行事食として各家庭で作られてきました。名前の由来には、団子を押しつぶした平たい形が漁業道具の「箆(へら)」に似ているからとする説や、茹でると団子が水面で「へらへら」と揺れながら浮かび上がる様子に由来するとする説など、複数の言い伝えがあります。2007年に農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれたことをきっかけに、地元の菓子店による商品化も進みました。

ほたるいかの酢味噌和え
海鮮富山

ほたるいかの酢味噌和え

Hotaruika no Sumiso-ae

ほたるいかの酢味噌和えは、春の富山湾を代表する食材ホタルイカを茹で、酢味噌や辛子酢味噌で和えたシンプルな一品です。ホタルイカは普段水深200メートル以上の深海に生息しますが、産卵のため3月から5月頃に富山湾の沿岸へ大群で押し寄せ、全身が青白く発光しながら群れ漂う神秘的な光景を見せます。この現象が見られる富山湾の一部海域は「ホタルイカ群遊海面」として国の特別天然記念物に指定されており、ホタルイカは富山の春を象徴する食材となっています。定置網漁で水揚げされるため身に傷がつきにくく、漁場と漁港が近いことから鮮度の良いまま出荷できるのも富山湾のホタルイカならではの強みです。ボイルしたホタルイカのねっとりとした食感とわずかな苦み、酢味噌のまろやかな酸味が合わさった味わいは、家庭でも飲食店でも春の定番として親しまれています。

マグロのかぶと焼き
海鮮神奈川

マグロのかぶと焼き

Maguro no Kabuto-yaki

マグロのかぶと焼きは、日本屈指のマグロ漁港として知られる三浦市三崎港で生まれた豪快な郷土料理です。マグロの頭部(かぶと)には、ハチの身やホホ肉、目玉の裏の身、のど肉など、身の部分とは異なる濃厚な旨みを持つ希少部位が集まっており、これを塩焼きなどでじっくり焼き上げていただきます。三崎の漁師たちは古くから、まぐろの内臓や未利用部位を工夫して食べる「沖料理」の伝統を持っており、かぶと焼きもその流れの中で生まれた料理のひとつとされます。一尾から少量しか取れない希少部位を活かした料理であるため、三崎港周辺のまぐろ料理専門店で提供されることが多く、三崎ならではのまぐろ食文化を象徴する一品として観光客にも親しまれています。

ますのすし
海鮮富山

ますのすし

Masu-no-sushi

ますのすしは、酢飯とサクラマスの薄切りを笹の葉とともに丸い曲げ物の容器に詰めて押し固めた、富山県を代表する押し寿司です。江戸時代に富山藩士が神通川の鮎で作った鮎鮨を藩主に献上したのが始まりと伝わり、後に神通川で獲れるサクラマスを使う現在の形へと発展しました。明治45年(1912年)に富山駅の駅弁として販売が始まると、北陸本線の開通とともに全国にその名が広まり、今では富山土産の代表格として定着しています。笹の爽やかな香りとサクラマスのほどよい脂、酢飯の酸味が調和した味わいが特徴で、常温のまま持ち運べる保存性の高さから、駅弁や贈答品、行楽の弁当としても長く親しまれてきました。現在も富山市内を中心に多くの店が独自の味を競い合い、店ごとに酢加減や魚の厚みが異なる食べ比べも人気です。

ままかり寿司
海鮮岡山

ままかり寿司

Mamakari-zushi

ままかり寿司は、岡山県の瀬戸内海沿岸で獲れる小魚「ままかり」を三枚におろして甘酢に漬け、酢飯の上にのせた岡山を代表する郷土寿司です。ままかりの標準和名はサッパといい、ニシン科の小魚で、脂の乗った秋から初冬にかけてが旬とされます。「あまりの美味しさに隣の家にご飯(まま)を借りに行くほど」という言い伝えが名前の由来とされ、岡山県民にとって馴染み深い食材です。農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれており、家庭の食卓はもちろん、寿司店や土産物店でも折詰などの形で販売されています。酢でしめた小魚特有の酸味と旨みが酢飯とよく合い、岡山の食文化を象徴する一皿として親しまれています。

まめぶ(まめぶ汁)
鍋料理岩手

まめぶ(まめぶ汁)

Mamebu

まめぶ(まめぶ汁)は、岩手県久慈市山形町や九戸郡周辺に伝わる郷土料理で、小麦粉の生地でクルミと黒砂糖を包んで丸めた団子「まめぶ」を、昆布と煮干しでとった出汁に醤油で味付けし、ごぼう・にんじん・油揚げ・かんぴょうなどと一緒に煮込んだ汁物です。団子をひと口かじると、香ばしいクルミと黒砂糖の優しい甘みが広がり、しょうゆ仕立ての汁の塩気と混ざり合う独特の味わいが持ち味です。かつて米が育ちにくかったこの地域で、祝い事などの「ハレの日」に麺類の代用としてつくられたのが始まりとされ、正月や冠婚葬祭の席で欠かせない一品として今も受け継がれています。

もんじゃ焼き
鍋料理東京

もんじゃ焼き

Monjayaki

もんじゃ焼きは、水で溶いた小麦粉に刻んだキャベツや具材を混ぜ、鉄板の上で焼きながら食べる東京・下町生まれの粉もの料理です。江戸時代末期から明治期にかけて、水で溶いた小麦粉を鉄板で薄く焼き、醤油や水飴などで味付けして食べる駄菓子屋の子どものおやつが起源とされ、生地がまだ緩いうちにへらで文字を書いて遊びながら焼いたことから「文字焼き」と呼ばれ、それが訛って「もんじゃ」になったといわれます。中央区月島は昭和後期からもんじゃ焼きの専門店が急増し、現在は「もんじゃストリート」と呼ばれる商店街に多くの店が軒を連ねる、もんじゃ焼きの代名詞的な街として知られています。お好み焼きよりも水分量が多いゆるい生地が特徴で、「はがし」と呼ばれる小さなへらで鉄板から直接すくって食べる独特のスタイルも魅力の一つです。

よこすか海軍カレー
肉料理神奈川

よこすか海軍カレー

Yokosuka Kaigun Curry

よこすか海軍カレーは、明治期の旧日本海軍で提供されていたカレーのレシピを現代に再現した、横須賀市発祥の町おこしグルメです。1908年発行の海軍のレシピ集「海軍割烹術参考書」に記されたカレイライスの作り方を再現し、牛乳とサラダを添えて提供することが基本ルールとされています。1999年に横須賀市や商工会議所、海上自衛隊が協力して発足させた「カレーの街よこすか推進委員会」の活動から生まれ、原則として横須賀市内の認定店でのみ提供されています。白米中心の食生活で脚気に悩まされていた明治の日本海軍が、栄養バランスの改善のためイギリス海軍のカレー風シチューを取り入れたことが日本のカレー文化の源流の一つとされ、よこすか海軍カレーはその歴史を今に伝える一皿として親しまれています。

わんこそば
麺類岩手

わんこそば

Wanko Soba

わんこそばは、給仕が「はい、じゃんじゃん」などと声をかけながら一口大のそばを次々と椀に注ぎ足し、客が椀に蓋をするまでおかわりが続く岩手県盛岡市・花巻市の郷土料理です。江戸時代初期、花巻城に立ち寄った南部藩主・南部利直に、庶民と同じ丼で献上するのは失礼にあたるとして漆器の椀に一口分ずつそばを盛って差し上げたところ、大変気に入って何度もおかわりを重ねたという逸話が由来のひとつとして広く知られています。給仕とのやり取りを楽しみながら、ねぎや海苔、かつお節、大根おろし、刺身、とろろなど多彩な薬味で味を変化させて食べ進めるのが特徴です。単なる大食い競争ではなく、もてなしの心を体現した食文化として今も観光客に親しまれています。

一関・平泉のもち料理
郷土菓子岩手

一関・平泉のもち料理

Ichinoseki Mochi Cuisine

一関・平泉のもち料理は、岩手県一関市と平泉町に伝わる、300種類以上ともいわれる多彩なもち料理から成る食文化です。正月だけでなく、冠婚葬祭や田植え・稲刈りなどの節目、人生の通過儀礼のたびにもちをつく風習が今も残り、「もちの里」と呼ばれるほど暮らしに深く根付いています。あんこもちのほか、じゅうね(エゴマ)もち、ふすべもち(大根おろしと醤油だれ)、沼えびもちなど、山の幸・川の幸を生かした変わりもちが豊富なのが特徴です。正式な席では「もち本膳」という作法にのっとり、進行役の指示で複数の味を順番に味わう独自の食事様式も伝えられており、江戸時代に一関地方を治めた伊達藩の慣習に由来するとされています。

一升漬け
発酵食品青森

一升漬け

Isshozuke

一升漬けは、津軽地方で古くから作られてきた発酵万能調味料です。津軽藩の初代藩主・津軽為信が京都から持ち帰らせたと伝わる在来種の唐辛子「清水森なんば」を用いるのが特徴で、青唐辛子・米麹・醤油を一升(約1.8リットル)ずつ同じ分量で漬け込むことからこの名がついたとされます。清水森なんばはカプサイシンの含有量が少なく、辛みが穏やかで甘みが強いのが特徴で、冬の一番寒い時期に仕込み、2〜3年ほど熟成させると角が取れて味わいが深まります。肉・魚・野菜・豆腐・ご飯など何にでも合わせられる万能調味料として、焼き物や炒め物の薬味、鍋物のたれなど幅広い料理に使われてきました。2020年には清水森なんばが地理的表示(GI)保護制度に登録され、2022年には清水森なんばの一升漬けが文化庁の「100年フード」に青森県内で初めて認定されるなど、地域の食文化として改めて注目を集めています。

宇都宮餃子
肉料理栃木

宇都宮餃子

Utsunomiya Gyoza

宇都宮餃子は、栃木県宇都宮市を中心に食べられているご当地餃子で、日本有数の「餃子の街」として全国に知られています。第二次世界大戦中、宇都宮に駐屯していた陸軍第14師団の将兵が満州(現・中国東北部)などへ派遣され、現地で本場の餃子文化に触れたことがきっかけとされ、終戦後の復員に際して製法を持ち帰り、市内に広まったといわれています。1991年には業者団体「宇都宮餃子会」が発足し、餃子像の設置や餃子マップの作成、毎年秋開催の「宇都宮餃子祭り」などの活動を通じて、家計調査の餃子購入額日本一を追い風に町おこしを展開してきました。キャベツやニラ、ねぎなどの野菜をたっぷり使い、にんにくを控えめにした甘みのある餡が特徴で、市内には200店以上の餃子店がひしめき、焼き・水・揚げとさまざまな食べ方で楽しまれています。

奥久慈しゃも
肉料理茨城

奥久慈しゃも

Okukuji Shamo

奥久慈しゃもは、茨城県北部の大子町を主産地とする地鶏で、県内で選抜された気性の穏やかなしゃもに、コクのある肉質で知られる名古屋コーチンと産卵性に優れたロードアイランドレッドを交配して生み出されました。通常の食用鶏の約3倍にあたる期間をかけて飼育され、オスは110日以上、メスは130日以上、28日齢以降は1平方メートルあたり10羽以下のゆとりある環境で育てられます。昭和60年(1985年)に本格的な生産・販売が始まり、昭和63年(1988年)には全国地鶏味比べコンテストで1位を獲得。平成30年(2018年)には地鶏として日本で初めて地理的表示(GI)保護制度に登録され、品質の高さが公的に裏付けられました。脂肪が少なく締まった歯ごたえとジューシーでコクのある旨味が持ち味で、大子町では親子丼やしゃも鍋など多彩な料理で提供されています。

横浜中華街のシュウマイ
肉料理神奈川

横浜中華街のシュウマイ

Yokohama Chinatown Shumai

横浜中華街のシュウマイは、明治期の開港とともに南京街(現在の中華街)に渡来した中国人料理人たちが伝えた点心文化を背景に発展してきました。豚肉を主体としたあんを小麦粉の皮で包んで蒸し上げる点心の一つで、中華街には創業から数十年から100年近い歴史を持つ老舗が数多く残り、店ごとに配合や食感の異なる自家製シュウマイを提供しています。小ぶりで肉汁を凝縮させた一口サイズが多く、店頭でのテイクアウト販売やお土産用の箱詰めも盛んです。なお横浜の駅弁として全国的に知られる崎陽軒の「シウマイ」もそのルーツは南京街(現中華街)で提供されていた焼売にあるとされ、中華街の点心としてのシュウマイと駅弁シウマイは、同じ横浜の食文化から枝分かれした兄弟のような関係にあります。

岡山ばら寿司(祭り寿司)
海鮮岡山

岡山ばら寿司(祭り寿司)

Okayama Barazushi

岡山ばら寿司(祭り寿司)は、酢飯の上に瀬戸内海の魚介や旬の野菜を色鮮やかに盛り付けた岡山県の郷土寿司です。江戸時代、備前岡山藩の初代藩主・池田光政が出した「食膳は一汁一菜とする」という倹約令に、庶民が「ご飯の上に具をのせても一菜には変わりない」と工夫して対抗したことが起源と伝えられています。祭りや正月、来客のもてなしなど、ハレの日の食卓に欠かせない料理として発展し、家庭ごとに具材や盛り付けに個性が表れるのも特徴です。現在では岡山市内の寿司店でも通年提供されており、地元では「ばらずし」とも呼ばれ親しまれています。見た目の華やかさから、岡山を訪れる観光客にも人気の一品です。

霞ヶ浦のわかさぎ料理(帆引き船漁)
海鮮茨城

霞ヶ浦のわかさぎ料理(帆引き船漁)

Kasumigaura Wakasagi Cuisine (Hobikibune Fishing)

霞ヶ浦のわかさぎ料理は、明治13年(1880年)頃に地元漁師・折本良平が考案したとされる帆引き船漁によって育まれてきた、かすみがうら市・土浦市周辺の魚食文化です。帆引き船は、大きな帆で風を受けて船体ごと横滑りさせながら袋状の網を曳く独特の漁法で、シラウオ漁として考案された後にワカサギ漁の主力となり、昭和42年(1967年)頃に動力船へ切り替わるまで約100年にわたり霞ヶ浦漁業の中心を担いました。水揚げされたわかさぎは、甘辛く煮た佃煮・甘露煮や、から揚げ・天ぷらなど、淡水魚らしい淡白な味わいと骨ごと食べられる食感を生かした料理に加工され、地元の食事処や土産物店で親しまれています。現在は往時の光景を伝える観光帆引き船が季節ごとに運航され、湖の食文化と漁の歴史をあわせて楽しむことができます。

貝焼き味噌
海鮮青森

貝焼き味噌

Kayaki-miso

貝焼き味噌は、青森県の津軽・下北地方に伝わる郷土料理で、ホタテの大きな貝殻を鍋代わりに使い、だし汁と味噌でホタテや魚の切り身、野菜などを煮て溶き卵でとじたものです。古くからホタテの産地として知られた津軽湾周辺では、江戸時代からすでに貝殻を鍋にしてイワシやサバと自家製味噌を焼く素朴な漁師料理として食べられていたと伝わります。後に卵を入手できるようになると溶き卵でとじる今の形に近づきましたが、卵は当時貴重品だったため、体調を崩した人や妊産婦だけが口にできる特別な滋養食でもありました。津軽出身の作家・太宰治は小説『津軽』の中で、幼い頃に風邪をひいた際に食べた卵入りの貝焼き味噌への憧れを綴っており、津軽の人々の記憶に深く結びついた料理としても知られています。

柿の葉寿司
海鮮奈良

柿の葉寿司

Kakinoha-zushi

柿の葉寿司は、塩でしめたサバや鮭の切り身をのせた一口大の酢飯を、渋柿の葉で一つずつ包んだ奈良県を代表する郷土料理です。江戸時代中期、紀州から熊野灘の夏サバを塩で締めて吉野川沿いの村々へ運んだことに由来し、夏祭りのごちそうとして各家庭でつくられるようになったと伝わります。海のない奈良盆地では新鮮な魚介が貴重だったため、保存性を高める工夫として塩締めと柿の葉の抗菌作用が組み合わされました。作ってから一晩ほど寝かせることで、柿の葉の香りと魚の旨みが酢飯になじみ、独特の風味が生まれます。現在は吉野・五條地方をはじめ奈良県内各地に製造元があり、県を代表する土産物として全国的にも知られています。

干しいも
甘味茨城

干しいも

Hoshi Imo (Dried Sweet Potato)

干しいもは、蒸したさつまいもを薄く切って天日干しにした保存食で、ひたちなか市・東海村を中心とする茨城県沿岸部が全国生産量の大半を占める一大産地です。茨城での製造は明治41年(1908年)頃、静岡で見た製法を照沼勘太郎が持ち帰ったことをきっかけに、那珂湊(現ひたちなか市)の煎餅屋・湯浅藤七らが干しいもづくりを始めたことに由来するとされます。大正期から昭和初期にかけて製造戸数が着実に増え、戦後は県の奨励もあって生産が急拡大し、昭和30年(1955年)頃には発祥地の静岡県を上回って全国一の産地となりました。冬場の潮風と日照に恵まれた沿岸部の気候を生かし、昔ながらの「玉豊」や近年人気の「べにはるか」など、品種ごとの甘みと食感の違いを楽しめるのが持ち味で、今も茨城を代表する土産物として親しまれています。

吉原殿中
郷土菓子茨城

吉原殿中

Yoshiwara Denchu

吉原殿中は、水戸藩9代藩主・徳川斉昭の時代に、奥女中の吉原が残り飯を乾燥させて焼き、きな粉をまぶしたのが始まりと伝えられる水戸の郷土菓子です。倹約を重んじた斉昭がこの菓子をたいそう気に入り、考案した奥女中の名にちなんで「吉原殿中」と名付けたという逸話が残っています。もち米で作ったあられを水飴で固めて棒状に成形し、たっぷりのきな粉をまぶしてオブラートで包んだ素朴な味わいが特徴で、水戸市内の菓子店でつくられ続けています。昭和38年(1963年)に商標登録が出願され、水戸菓子工業協同組合に加盟する店だけが「吉原殿中」の名称を使うことができる、水戸を代表する銘菓のひとつです。

吉野本葛
甘味奈良

吉野本葛

Yoshino Hon-kuzu

吉野本葛は、奈良県南部の吉野地方で作られる、くず粉の中でも特に高級とされる伝統食材です。マメ科のつる植物クズの根からでんぷんを取り出し、寒い時期に冷たい井戸水で何度もさらして精製する「吉野晒し」と呼ばれる製法で仕上げられます。原料となる葛根は山に分け入って掘り出す重労働から得られる貴重なものであり、精製から乾燥までに数か月をかける手間のかかる製法が、他の産地の葛粉にはない純白さとなめらかな口どけを生み出しています。吉野本葛はくず湯やくず餅、くずきりといった和菓子だけでなく、料理のとろみ付けなど幅広い用途に使われ、江戸時代から続く老舗の製造元によって今も伝統の技法が守られています。奈良県宇陀市に本店を構える黒川本家はその代表的な存在で、元和元年(1615年)の創業以来、400年以上にわたり同じ製法を守り続け、宮内庁への納入実績も持つ老舗として知られています。

牛鍋
鍋料理神奈川

牛鍋

Gyu-nabe

牛鍋は、幕末から明治にかけて開港地・横浜で生まれた、牛肉を味噌や醤油で煮込みながら食べる鍋料理です。肉食が忌避されていた江戸時代までの日本において、外国人居留地が置かれた横浜で牛肉を食べる欧米人の食文化に触れたことが牛肉食普及のきっかけとされ、文明開化を象徴する料理として全国に知られるようになりました。浅い鉄鍋にぶつ切りの牛肉やねぎ、豆腐などを入れ、味噌や醤油ベースの割り下で煮ながら食べるのが特徴で、後にすき焼きへと発展していく原型ともいわれています。横浜には創業から百年以上続く老舗の牛鍋店が今も営業を続けており、当時の製法や味わいを受け継いだ牛鍋を味わうことができます。

御城之口餅
郷土菓子奈良

御城之口餅

Oshiro-no-kuchi-mochi

御城之口餅は、大和郡山市の老舗菓子店「本家菊屋」が400年以上作り続ける、粒あんを求肥で包んできな粉をまぶした一口サイズの餅菓子です。天正13年(1585年)、初代・菊屋治兵衛が豊臣秀吉の弟・秀長に伴われて郡山城下に入り、店を構えたのが本家菊屋の始まりと伝わります。秀長が兄・秀吉を茶会でもてなす際、治兵衛に珍しい菓子を作るよう命じてこの餅菓子が生まれ、秀吉はこれをたいそう気に入り「鶯餅」と名付けたとされています。後に、店が郡山城の入り口にあたる城下町の一等地に構えられていたことから、「御城之口餅」の名で親しまれるようになりました。うぐいすの姿を思わせるような淡い緑がかったきな粉と、しっとりとした求肥、上品な甘さの粒あんの組み合わせが特徴で、うぐいす餅の元祖の一つともいわれる菓子です。大和郡山を訪れた際の土産物として、また地元の慶事などにも用いられています。

弘前アップルパイ
甘味青森

弘前アップルパイ

Hirosaki Apple Pie

弘前アップルパイは、りんごの生産量日本一を誇る青森県弘前市で親しまれるご当地スイーツです。2009年頃、市の観光案内所にりんごスイーツの問い合わせが増えたことから、スタッフが市内の菓子店を独自に調査したところ、アップルパイを提供する店舗が40軒以上見つかり、2010年に「弘前アップルパイガイドマップ」として発信されたのが「アップルパイの街・弘前」の始まりです。和菓子屋、洋菓子店、ベーカリー、南部せんべい店、喫茶店、ホテルなど多様な業種の店がそれぞれ独自レシピを競い合っており、使用するりんごの品種や、丸ごと1個・ざく切り・スライス・ペーストといった加工方法も店ごとに個性豊かです。ガイドマップは版を重ねるごとに紹介店舗数を増やし、現在では50店舗を超えるまでに成長しました。食べ歩きを楽しむ観光客も多く、弘前を訪れたら外せないご当地グルメの一つとなっています。

江戸前寿司
海鮮東京

江戸前寿司

Edomae Zushi

江戸前寿司は、江戸時代後期の文政年間(1820年代)に江戸(現在の東京)で生まれた握り寿司の様式です。冷蔵庫のない時代、江戸前の海(現在の東京湾)で獲れた魚介に酢締めや醤油漬け、煮切りなどの「仕事」と呼ばれる下ごしらえを施し、酢飯とともにその場で握って提供する屋台料理として発展しました。両国の「与兵衛鮓」を開いた華屋与兵衛らが握り寿司を大成させたと伝わり、発酵させる「なれずし」や関西の押し寿司とは異なる、すぐに食べられる速さと江戸っ子の気風に合った寿司として庶民の人気を集めました。ネタは仕事を施すことで生の刺身よりも旨みや保存性が増し、シャリは酢と塩でしっかり味付けするのが特徴です。現在では高級店から回転寿司まで幅広い形で提供され、東京を代表する食文化として世界的にも知られています。

黒石つゆやきそば
麺類青森

黒石つゆやきそば

Kuroishi Tsuyu Yakisoba

黒石つゆやきそばは、青森県黒石市で生まれたご当地グルメで、太くて平たい「太平麺」を使う黒石やきそばに、そばつゆをかけて食べるのが特徴です。昭和30年代後半、黒石市内にあった食堂「美満寿(みます)」が、寒い日でも温かく食べられるようにと焼きそばにつゆをかけた「つゆそば」を考案したのが始まりとされています。美満寿は後に閉店しましたが、当時の味を懐かしむ地元の飲食店有志によって「黒石つゆやきそば」としてメニュー化され、話題を呼びました。現在は黒石市内の複数の店舗で提供されており、店ごとに麺の太さやつゆの味わいが異なる、黒石を代表するB級グルメとして親しまれています。

昆布締め
海鮮富山

昆布締め

Konbujime

昆布締めは、白身魚などの刺身を昆布ではさみ、一定時間なじませることで昆布の旨味と水分吸収による熟成効果を得る、富山県を代表する魚の調理・保存技法です。江戸時代、北前船交易によって北海道から運ばれた昆布と、富山湾で獲れる新鮮な魚を組み合わせて生まれたとされ、冷蔵庫のなかった時代に生魚を美味しく保存するための知恵として広まりました。昆布に挟まれた魚は余分な水分が抜けて身が引き締まり、昆布のグルタミン酸による旨味が加わることで、刺身とは異なる奥深い味わいになります。富山県は北前船の寄港地であった高岡・伏木などを中心に昆布の消費量が全国有数とされ、「昆布王国」とも呼ばれるほど昆布文化が根付いており、昆布締めはその象徴的な料理として、家庭料理から専門店の一皿まで幅広く親しまれています。

佐野ラーメン
麺類栃木

佐野ラーメン

Sano Ramen

佐野ラーメンは、栃木県佐野市で親しまれているご当地ラーメンで、竹の棒に体重をかけて生地を延ばす「青竹打ち」製法による平打ちの縮れ麺が最大の特徴です。大正時代、市内の食堂で働いていた中国人コックが青竹打ちの技法を地元の料理人に伝授したのが始まりとされ、伝授を受けた人物が独立開業したことで市内に技法が広まっていきました。鶏ガラと豚骨を主にとった透明感のある醤油スープは、コシがありながらも不揃いなちぢれ麺とよく絡み、あっさりとした味わいで飽きが来ません。現在も市内には200軒を超えるラーメン店がひしめき、そのうち多くの店が今も青竹打ちの伝統技法を継承しています。佐野市は「ラーメンのまち」として町おこしにも力を入れており、食べ歩きを楽しむ観光客も多く訪れます。

鮭のちゃんちゃん焼き
海鮮北海道

鮭のちゃんちゃん焼き

Salmon Chanchan-yaki

鮭のちゃんちゃん焼きは、キャベツや玉ねぎなどの野菜とぶつ切りの鮭を鉄板やホットプレートにのせ、味噌だれをからめて蒸し焼きにする北海道の郷土料理です。石狩地方の漁師町が発祥とされ、昭和10年代には漁師がドラム缶を切って作った即席の鉄板の上で、船の上でさばいた鮭をその場で豪快に焼いて食べていたと伝えられます。名前の由来には「ちゃちゃっと手早く作れるから」「お父ちゃんが作る料理だから」「鉄板とヘラが触れ合う音から」など複数の説があり、いずれも決定的な文献は確認されていません。2007年に農林水産省「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれ、石狩鍋・ジンギスカンと並ぶ北海道三大郷土料理の一つに数えられます。味噌の香ばしさと鮭の脂の旨みが野菜に染み込み、秋から冬の食卓を彩る一皿です。

札幌みそラーメン
麺類北海道

札幌みそラーメン

Sapporo Miso Ramen

札幌みそラーメンは、味噌をベースにしたスープと縮れた中太麺を組み合わせた、札幌発祥のご当地ラーメンです。1950年に札幌市中央区すすきので創業した「味の三平」の店主・大宮守人が、味噌の効能を紹介する海外の記事に触発され、味噌を活かしたラーメンの開発に取り組んだ末、1954〜1955年頃に完成させたのが始まりとされます。豚骨や鶏がらの動物系スープに味噌だれを合わせ、炒め野菜やラードでコクと保温性を高める作りが特徴で、寒冷な気候の中でも冷めにくい一杯として広まりました。1960年代以降、全国的な札幌ラーメンブームの火付け役となり、即席麺メーカーが味噌ラーメンを商品化するきっかけにもなっています。現在も市内には「すみれ」「純連(じゅんれん)」など人気店が数多くあり、それぞれ独自の味噌だれとスープでファンを競い合っています。

三平汁
鍋料理北海道

三平汁

Sanpei-jiru

三平汁は、塩鮭や糠にしんなど塩蔵した魚と大根、人参、じゃがいもなどの根菜を昆布だしでことこと煮込んだ、北海道を代表する塩味の汁物です。味噌や醤油をほとんど使わず、魚に含まれる塩分だけで味を調えるのが最大の特徴で、素朴ながら滋味深い味わいが魅力です。江戸時代後期の紀行文にすでにその名が記録されているとされ、200年以上前から北海道の家庭で食べられてきた歴史ある料理です。名前の由来には、松前藩主に振る舞われた漁師・斉藤三平の名にちなむ説や、有田焼の深皿「三平皿」に由来する説など諸説あり、いまも定説はありません。味噌仕立てで生鮭を使う石狩鍋とは異なり、あくまで塩蔵魚と根菜の組み合わせが基本で、地域によって使う魚や仕立て方が異なるのも特徴です。

三陸のうに料理
海鮮岩手

三陸のうに料理

Sanriku Sea Urchin

三陸のうに料理は、宮古市・久慈市・洋野町など岩手県沿岸の三陸海岸で水揚げされるウニを使った郷土の海鮮料理です。三陸沖は寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかる好漁場で、昆布などの餌に恵まれることから身が大きく甘みの強いウニが育ち、全国有数のウニの産地として知られています。獲れたてのウニをそのままご飯にのせた生うに丼や、ミョウバンを使わず塩水に漬けて出荷する「塩水うに」、殻を保ったまま瓶に詰める「牛乳瓶うに」など、鮮度と風味を活かした食べ方が発達してきました。漁が解禁される初夏から夏にかけては各地で「うに丼」や「うにまつり」が催され、県内外から多くの観光客が三陸の夏の味覚を求めて訪れます。

三輪素麺
麺類奈良

三輪素麺

Miwa Somen

三輪素麺は、奈良県桜井市の三輪地方で古くから作られてきた手延べそうめんで、日本の手延べそうめん発祥の地として知られます。伝承によれば、今から千二百有余年前、大神神社の宮司の次男が三輪山から流れる清らかな水と土地が小麦の栽培に適していることを見出し、小麦粉を原料にそうめんを製造したのが始まりとされます。大神神社では今も毎年2月に、その年のそうめん相場を占う「卜定祭」が行われるなど、三輪山の神への信仰と素麺づくりが深く結びついてきました。極細に延ばされた麺は強いコシと滑らかな喉ごしが特徴で、夏は冷やしそうめん、冬は温かい「にゅうめん」として一年を通じて楽しまれています。

耳うどん
麺類栃木

耳うどん

Mimi Udon

耳うどんは、栃木県佐野市葛生地区や宇都宮市城山地区に伝わる、練った小麦粉を耳の形に成形して茹で上げる郷土料理です。江戸時代末期に生まれ、大正時代には魔除けの意味を持つ料理として地域に広まったとされます。鬼の耳に見立てた形をしていることから、「鬼の耳を食べてしまうことで悪いことが寄り付かなくなる」「いやなうわさを聞かずに済む」といった無病息災や近所付き合い円満を願う縁起料理として、正月に食べる風習が根付いています。佐野市葛生地区では、年の暮れに耳うどんを作って冷水に浸して保存し、正月に訪れる来客にふるまう慣わしが今も伝わっています。小麦粉をぬるま湯と塩でこね、平たく延ばしてマッチ箱大の長方形に切り、二つ折りにして両端を閉じる独特の成形が特徴で、醤油ベースの汁でいただくのが一般的です。

十和田バラ焼き
肉料理青森

十和田バラ焼き

Towada Barayaki

十和田バラ焼きは、牛のバラ肉と大量のタマネギを甘辛い醤油ベースのタレで鉄板焼きにする、十和田市民のソウルフードです。1950年代、隣接する三沢市の在日米軍基地前に立ち並んだ屋台で誕生したと伝えられています。当時、米軍関係者が食用に飼育していた牛のうち、ステーキ用の赤身肉を取った後の脂の多いバラ肉やモツが安く払い下げられ、それを朝鮮半島にルーツを持つ人々がプルコギを参考にタマネギをふんだんに使って調理したのが始まりとされます。1958年の地元紙広告には「牛肉のバラ焼き」の記述が見られ、その後十和田市へと伝わり爆発的に広まりました。現在では市内40店舗以上で提供され、店ごとに異なるタレの味わいを楽しめます。

小麦まんじゅう
郷土菓子栃木

小麦まんじゅう

Komugi Manju

小麦まんじゅうは、小麦粉の皮で小豆あんを包んで蒸しあげた栃木県の郷土菓子です。生地に重曹(炭酸)を加えてふっくらと膨らませることから「炭酸まんじゅう」とも呼ばれ、素朴で優しい甘さが特徴です。栃木県は米に加えて麦の二毛作が盛んな土地柄で、古くからうどんやまんじゅうなど小麦を使った料理が暮らしに根づいてきました。小麦の収穫を終え、新しい小麦粉が出回るお盆の時期には特に欠かせない一品とされ、仏壇へのお供えや、親戚・近所への振る舞いに用いられてきました。栃木県北部の那須地方では、8月1日の「釜蓋(かまのふた)朔日」にこのまんじゅうを供える風習も伝わっており、地域の年中行事と深く結びついた家庭の味として今も受け継がれています。

松前漬け
発酵食品北海道

松前漬け

Matsumae-zuke

松前漬けは、するめいかと昆布を細く切り、醤油だれに漬け込んだ北海道松前地方生まれの保存食です。仕上げに数の子を加えるのが定番で、糸を引くほどの粘りとコリコリとした食感、昆布の旨みが層になった味わいが特徴です。名称は松前藩の城下町であった現在の松前郡松前町にちなみ、地元でとれる昆布が「松前昆布」と呼ばれていたことに由来するとされます。江戸時代、ニシン漁で栄えた松前・福島地域では、大量に手に入る数の子とスルメ、昆布を組み合わせた漬物がつくられ、やがて正月料理や北海道土産の定番として全国に知られるようになりました。今日でも松前町にはこの漬物を手がける製造元が複数あり、家庭ごとに配合が異なる素朴な味わいが受け継がれています。

常陸牛
肉料理茨城

常陸牛

Hitachi Gyu

常陸牛は、茨城県内で生産される黒毛和種のうち、生後27カ月以上飼育され、日本食肉格付協会の格付でA・B4等級以上、かつ肉質の優れたものだけに与えられる茨城県のブランド和牛です。ルーツは天保3年(1832年)、水戸藩9代藩主・徳川斉昭が現在の水戸市見川町に「桜野牧」を開き、黒牛の飼育を始めたことに遡るとされます。昭和51年(1976年)、茨城県産牛銘柄確立推進協議会が優良な黒毛和種を「常陸牛」と命名し、翌年には茨城県常陸牛振興協会が設立されてブランドとして統一されました。リブロースやサーロイン、ヒレなどは赤身にほどよく脂の入った柔らかな霜降りが持ち味で、肩ロースやもも肉は焼肉やすき焼きに、外もも肉やすねは煮込み料理に向くなど、部位ごとの持ち味を生かした食べ方が楽しまれています。

常陸秋そば
麺類茨城

常陸秋そば

Hitachi Akisoba

常陸秋そばは、茨城県常陸太田市の金砂郷地区(旧金砂郷村)を発祥とするそばのブランド品種で、「玄そばの最高峰」とも称されます。1978年(昭和53年)、茨城県農業試験場が茨城ならではのそばブランドを育成しようと、県内の在来種の中から常陸太田市赤土町の系統をもとに選抜育成を開始したのが始まりです。選抜から7年をかけて品種として確立し、1985年(昭和60年)に茨城県の奨励品種に採用されました。1993年には常陸秋そば振興協議会が設立され、認証店制度を通じて品質管理とブランドの普及が図られています。香りの高さと甘み、コクのある味わいが特徴で、現在では茨城県内で栽培されるそばのほぼすべてを占め、常陸太田市をはじめ県内複数の市で栽培される、茨城を代表するそば品種として定着しています。

深川めし
海鮮東京

深川めし

Fukagawa Meshi

深川めしは、江戸時代の深川(現在の江東区)の漁師町で生まれた郷土料理で、あさりを使った「ぶっかけ」と「炊き込み」の2つのスタイルがあります。江東区一帯はかつて遠浅の干潟が広がり、あさりやはまぐり、青柳などの貝が豊富に獲れる漁師町として栄えました。漁師たちが仕事の合間に、味噌や醤油で煮た貝を熱いご飯にぶっかけて手早く食べた「ぶっかけめし」が原型とされ、後にご飯と一緒に貝や野菜を炊き込む「深川丼」「深川飯」も広まりました。江戸時代は当時大量に獲れたばか貝(青柳)を使うのが一般的でしたが、明治・大正期以降はあさりが主流になったといわれます。日本の五大銘飯の一つにも数えられる東京を代表する漁師飯で、現在も江東区内の専門店で味わうことができます。

深大寺そば
麺類東京

深大寺そば

Jindaiji Soba

深大寺そばは、東京都調布市の深大寺周辺で古くから作られてきた蕎麦で、江戸時代から寺の参詣客をもてなす「門前そば」として発展してきました。深大寺の北側に広がる国分寺崖線沿いの台地は水はけが良く、稲作には不向きな一方でそばの栽培に適していたため、周辺の農民は年貢の代わりにそば粉を寺へ納め、寺ではそれを打って来客をもてなしたのが始まりと伝えられています。元禄年間には上野寛永寺の公弁法親王に献上したところ大いに賞賛され、将軍家や諸大名にも広く知られるようになったことから「献上そば」とも呼ばれました。また、深大寺周辺は湧水が豊富で、そば粉を挽く水や、そばを茹でて締める水として利用され、清らかな水がそばの風味を引き立てています。現在も深大寺の山門前には約20軒のそば店が軒を連ね、毎年秋には「深大寺そばまつり」も開催されています。

人形焼
郷土菓子東京

人形焼

Ningyoyaki

人形焼は、カステラに似た卵風味の生地に、餡(多くはこしあん)を包んで人形や名所をかたどった木型で焼き上げる、東京を代表する焼き菓子です。発祥については諸説ありますが、芝居町として栄えた日本橋人形町で明治40年(1907年)頃に生まれ、七福神や役者などをかたどった木型で焼かれたのが始まりとされています。大正時代には、人形町で修業した職人が浅草へと店を移し、雷門や五重塔、提灯、鳩など浅草の名所をモチーフにした木型を考案、当初は「名所焼」とも呼ばれて浅草土産の定番となりました。ふんわりとした生地の香ばしさと、しっとりとした餡の甘さが調和した素朴な味わいは、焼きたてを店先で購入できる手軽さも相まって今も高い人気を誇ります。人形町・浅草それぞれに老舗が現存し、東京土産として全国に知られています。

水戸納豆
発酵食品茨城

水戸納豆

Mito Natto

水戸納豆は、茨城県水戸市周辺で作られる納豆のブランド名で、粒がそろって糸引きの良い小粒大豆を使うのが特徴です。水戸市周辺は那珂川流域を中心に水害に強い小粒大豆の栽培が盛んで、この地の大豆が納豆づくりに適していたことから発展しました。1889年(明治22年)に初代笹沼清左衛門が「天狗納豆」を創業し、同年の鉄道開通にあわせて水戸駅前で売り出したことをきっかけに、水戸の納豆は全国にその名を知られるようになりました。稲わらに包んだ「わらづと納豆」など伝統的な製法も受け継がれ、現在も水戸市は「納豆のまち」を掲げて7月10日を「納豆の日」とする条例を制定するなど、納豆の街としてのブランドを発信し続けています。

生しらす丼
海鮮神奈川

生しらす丼

Nama-shirasu-don

生しらす丼は、相模湾で水揚げされたばかりの生しらすをご飯にたっぷりとのせた、湘南地域を代表する海鮮丼です。江の島や腰越、鎌倉周辺の漁港で獲れるしらすは鮮度が落ちるのが非常に早く、加工せずに生の状態で味わえるのは水揚げ当日、産地の近くだけという希少性が魅力です。プリプリとした食感と口の中でとろけるような舌触りが特徴で、醤油やポン酢、生姜や刻みねぎなどの薬味を添えて食べるのが一般的です。毎年1月から3月中旬にかけては禁漁期間にあたるためしらす漁自体が行われず、生しらすを味わえるのは解禁後の限られた時期のみとなります。江の島や腰越の食堂では、釜揚げしらすと生しらすを盛り合わせた丼など、店ごとに趣向を凝らしたメニューも見られます。

盛岡冷麺
麺類岩手

盛岡冷麺

Morioka Reimen

盛岡冷麺は、コシの強いつるりとした麺と、牛骨や鶏がらで取った濃厚なスープ、キムチの酸味と辛みが織りなす岩手県盛岡市の郷土料理です。1954年、朝鮮半島の咸興出身の青木輝人が盛岡市大通で開いた焼肉店「食道園」で、故郷の冷麺を盛岡の人々の口に合うようにアレンジして提供したのが始まりとされます。当初は独特の強いコシが「ゴムのようだ」と戸惑われたものの、次第に病みつきになる客が増え、盛岡を代表する麺料理へと成長しました。1986年に盛岡市で開かれた「日本めんサミット」で正式に「盛岡冷麺」と名付けられ、この日にちなんで10月17日は「盛岡冷麺の日」とされています。焼肉店を中心に提供され、キムチやスイカなどのトッピングで味の変化も楽しめます。

青森生姜味噌おでん
鍋料理青森

青森生姜味噌おでん

Aomori Ginger Miso Oden

青森生姜味噌おでんは、青森県青森市を中心に津軽地方一帯で親しまれるご当地おでんです。昭和20年代、青森駅から古川にかけて建ち並んだ屋台で、青函連絡船に乗る船客の体を温めようと、あるお店が味噌だれにすりおろした生姜を加えたのが始まりと伝えられます。津軽味噌(赤味噌)に酒・みりん・だし汁を合わせて煮立て、生姜をたっぷりすりおろして仕上げるのが特徴で、大根やたまごのほか、薄く大きな「大角天」やボタンの花びらのような焼き目が入る「ぼたん焼ちくわ」、陸奥湾特産のつぶ貝など、青森ならではの具材が使われます。現在では青森市内および津軽地方で「おでん」といえばこの生姜味噌だれを指すほど定着しており、「青森おでんの会」が加盟店を紹介する「おでんMAP」の発行や標準レシピの制定、おでん缶の商品化などを通じて、当地の食文化として全国へ発信する活動を続けています。冬の定番として親しまれる一方、通年提供する店も多く、青森を訪れたら味わいたいご当地グルメの一つです。

石狩鍋
鍋料理北海道

石狩鍋

Ishikari Nabe

石狩鍋は、鮭のぶつ切りとあら(中骨・かま等)に、キャベツや玉ねぎ、豆腐、じゃがいもなどを合わせ、味噌仕立てで煮込む北海道を代表する鍋料理です。発祥は石狩川河口に開けた石狩市とされ、江戸時代から続く鮭漁の恩恵を色濃く受けた郷土料理として知られています。大漁を祝う漁師たちが、獲れたての鮭のあらを味噌汁に放り込んで暖を取りながら食べたのが始まりと伝えられ、昭和20年代には石狩の地びき網漁を見物に訪れた観光客に振る舞われたことで全国に知られるようになりました。仕上げに振る山椒が魚の臭みを抑え、うま味を引き立てます。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選定され、ジンギスカン、鮭のちゃんちゃん焼きと並ぶ北海道三大郷土料理の一つに数えられています。今も石狩市内の老舗料理店では、鮭を余すことなく使い切る漁師の知恵を受け継いだ一杯が味わえます。

千屋牛
肉料理岡山

千屋牛

Chiyagyu Beef

千屋牛(ちやぎゅう)は、岡山県新見市千屋地区を中心に飼育される黒毛和牛のブランド牛です。江戸時代の1830年代、新見の豪農・太田辰五郎が竹の谷集落の牛をもとに造成したとされる蔓牛「竹の谷蔓(たけのたにづる)」を祖先に持ち、体格に優れ丈夫で繁殖力の高い系統として全国に種牛が広まったことから、日本の「和牛のルーツ」の一つに数えられています。中国山地の冷涼な気候と豊かな自然の中で丹念に育てられ、きめ細かな霜降りと赤身の旨みのバランスがよく、脂に上品な甘みがあるといわれます。新見市内ではJA直営の焼肉レストランなどで千屋牛を味わうことができ、産地を巡る食べ歩きマップも作られるなど、地元の誇りとして受け継がれているご当地ブランド牛です。

前沢牛
肉料理岩手

前沢牛

Maesawa Beef

前沢牛は、岩手県奥州市前沢地区で肥育される黒毛和種のうち、肉質等級4以上の基準を満たしたものだけに許される呼称のブランド牛肉です。1950年代に岡山県や島根県から繁殖雌牛を導入して黒毛和種の生産が始まり、1965年に前沢町農業協同組合の肥育専門部会が発足したことで本格的な肥育が始まりました。1971年に開催された前沢牛枝肉共進会で初めて「前沢牛」の名称が使われ、以降ブランドとして定着しました。奥羽山脈や北上山地からの雪解け水に恵まれた前沢地区は良質な稲作地帯でもあり、地元産の稲わらを粗飼料や敷料に用いる自然循環型の肥育が、きめ細やかな霜降りとしっとりした肉質を生み出します。全国肉用牛枝肉共励会では最多6度の名誉賞を受賞するなど、和牛の最高峰として高く評価されています。

大山とうふ
発酵食品神奈川

大山とうふ

Oyama Tofu

大山とうふは、丹沢山系の霊峰・大山(伊勢原市)のふもとで作られる豆腐料理で、江戸時代から続く「大山詣り」の参拝文化とともに発展してきました。大山を訪れる講中(大山講)の人々が祈祷のお礼として大豆を納めたことに加え、丹沢山系から流れる清らかな湧水に恵まれていたことから、大山では古くから豆腐づくりが盛んになったといわれます。修験者や僧侶による精進料理の伝統とも結びつき、肉や魚を用いない参拝者向けの料理として豆腐が重宝されました。現在もこま参道沿いには豆腐料理を専門とする宿坊や料理店が軒を連ね、湯豆腐や田楽、豆腐懐石など、地元の水と大豆で仕込んだ豆腐を主役にした献立を味わうことができます。「かながわの名産100選」にも選ばれている神奈川県を代表する郷土の味です。

大手まんじゅう
郷土菓子岡山

大手まんじゅう

Ote Manju

大手まんじゅう(大手まんぢゅう)は、天保8年(1837年)創業の菓子舗「大手饅頭伊部屋」が作る岡山を代表する酒饅頭です。備前米から仕込んだ甘酒を生地に練り込み、北海道産小豆の漉し餡を薄い皮で包んで蒸し上げたもので、甘酒のほのかな香りとコクが上品な甘さの餡と調和した味わいが特徴です。店は岡山城の大手門近くの京橋町に構えられたことから「大手まんじゅう」と名付けられ、江戸時代には岡山藩主・池田家の茶会にも備前焼の茶器とともに供されていたと伝えられています。以来、岡山藩ゆかりの銘菓として親しまれ、現在も岡山土産の代表格として広く販売されています。

大門素麺
麺類富山

大門素麺

Daimon Somen

大門素麺は、富山県砺波市大門地区に江戸時代後期から伝わる手延べ素麺です。1848年(嘉永元年)に、当時の大門村の売薬商人が加賀藩の御用素麺の製法を学んで持ち帰ったのが始まりと伝わり、農家の冬の副業として村内に広まりました。最盛期の昭和初期には60軒以上で作られていましたが、現在は生産者が数軒にまで減りながらも、伝統の製法が守り続けられています。最大の特徴は、細く延ばした麺線を丸まげ状に巻き上げる「島田巻き」と呼ばれる独特の仕上げ方で、他産地の素麺には見られない見た目を持つことから「丸まげ素麺」とも呼ばれます。よりをかけながら手作業で細く長く延ばすため麺の繊維がねじれたような構造になり、コシが強くのど越しが良いうえ、茹でて水に浸けておいても伸びにくいのが特徴です。気温が下がり空気が乾燥する10月から3月頃の農閑期にのみ作られる、季節限定の手仕事の味です。

大和牛
肉料理奈良

大和牛

Yamato-gyu

大和牛は、奈良県内の指定生産農家で育てられた黒毛和種のうち、一定の規格要件を満たした牛肉だけに与えられるブランド名です。小豆色の赤身にきめ細かなサシが入り、体に良いとされる不飽和脂肪酸オレイン酸を豊富に含むことから、脂の口溶けの良さと豊かな風味が特徴とされています。奈良は鎌倉時代に編まれた牛の絵巻「駿牛絵詞」や「国牛十図」にも良牛の産地として記録が残るほど、和牛の歴史が古い土地です。2003年(平成15年)に大和牛流通推進協議会が設立されて以降、血統や飼料、飼育環境などの情報が一頭ごとに集積管理され、生産から流通までの経路が明確にされるようになりました。現在は12の指定生産農家が飼育を担い、指定販売店や指定卸売業者を通じて県内外に届けられています。中でも肥育期間やオレイン酸含有率などさらに厳しい基準をクリアした牛肉は「奈良県プレミアムセレクト」として認証され、大和牛の中でも特に上質な一頭として扱われています。

大和茶粥
鍋料理奈良

大和茶粥

Yamato Chagayu

大和茶粥は、ほうじ茶などの茶を煮出した汁で米を炊いた奈良の代表的な家庭料理で、「大和の朝は茶粥で明ける」といわれるほど古くから奈良の人々の食卓に根付いています。その起源は東大寺や興福寺といった寺院にあるとされ、僧侶が修行の合間に食べていたことから広まったと伝わり、東大寺二月堂の「お水取り」で知られる修二会とも深いかかわりを持つ料理です。木綿の茶袋に入れたお茶を煮立て、そこに米を入れて強火で一気に炊き上げると、米粒が花のように開く「ハナが咲く」状態になるのが良いとされています。とろみの少ない、さらっとした食感が特徴で、片栗粉などでとろみをつける他地域の茶粥とは異なる仕上がりです。かつて僧侶や庶民の間で米を節約する知恵として広まったとも伝えられ、質素でありながら奈良の風土に根ざした滋味深い一品として、今も家庭や飲食店で親しまれています。

長命寺桜もち
郷土菓子東京

長命寺桜もち

Chomeiji Sakuramochi

長命寺桜もちは、小麦粉を薄く焼いた皮であんを巻き、塩漬けの桜の葉で包んだ江戸風(関東風)桜もちの元祖とされる和菓子です。享保2年(1717年)、隅田川沿いの向島にある長命寺の門番であった山本新六が、境内の桜の落ち葉を掃除する中で、この葉を塩漬けにして餅に使うことを思い立ち、長命寺の門前で売り始めたのが始まりと伝えられています。道明寺粉のつぶつぶした食感を活かす「道明寺(関西風)」の桜もちに対し、長命寺桜もちは小麦粉の生地をクレープ状に薄く焼き、こしあんを巻き込んで作るのが特徴で、2〜3枚の桜葉で包む店独自のスタイルを今に伝えています。花見の季節には隅田堤を訪れる客でにぎわい、創業からおよそ300年にわたり向島の地で一貫して桜もち専門店として営業を続ける「山本や」は、江戸の花見文化を今に伝える名店として親しまれています。

津山ホルモンうどん
麺類岡山

津山ホルモンうどん

Tsuyama Horumon Udon

津山ホルモンうどんは、岡山県津山市を中心とする美作地域のご当地グルメで、新鮮なミックスホルモン(豚や牛の内臓肉)を野菜とともに炒め、味噌や醤油をベースにした甘辛いタレでうどんと絡めて仕上げる料理です。津山地域は古くから牛馬の流通拠点として栄え、明治時代まで肉食が公には忌避されていた時代にも牛肉が「養生喰い」として例外的に食べられてきた歴史があり、新鮮な内臓肉を扱う食肉処理の技術が発達していました。この土地柄を背景に、ホルモンを新鮮なうちに味わう料理として親しまれてきたのが津山ホルモンうどんです。2008年頃から津山市や「津山ホルモンうどん研究会」が中心となってご当地グルメとして売り出し、2011年のB-1グランプリではシルバーグランプリ(2位)を獲得しました。現在は津山市内に50軒以上の提供店があるとされ、観光客にも人気の名物料理となっています。

佃煮
発酵食品東京

佃煮

Tsukudani

佃煮は、小魚や貝、海藻などを醤油と砂糖でじっくり煮詰めた保存食で、東京・佃島(現在の中央区佃)を発祥の地とする江戸の食文化を代表する惣菜です。江戸幕府を開いた徳川家康が、摂津国佃村(現在の大阪市)から漁師たちを呼び寄せ、隅田川河口の干潟に住まわせたのが佃島の始まりとされ、漁師たちは出漁できない日の食料や、売り物にならない小魚・貝類を無駄にしないために、塩や醤油で濃く煮詰めて日持ちする料理へと工夫しました。これが「佃煮」の名の由来です。江戸時代を通じて濃口醤油の普及とともに味が洗練され、参勤交代の武士や旅人が土産として持ち帰ったことから全国へと広まりました。現在も佃島周辺には江戸時代から続く老舗が軒を連ね、小魚・貝・昆布・生姜など多彩な素材を使った佃煮を製造・販売しています。ご飯のお供や酒の肴として親しまれ、家庭の常備菜としても定着した、日本を代表する保存食文化のひとつです。

奈良のっぺ
鍋料理奈良

奈良のっぺ

Nara Noppe

奈良のっぺは、里芋や大根、にんじんなどを昆布と干し椎茸の戻し汁でじっくり煮込んだ、奈良に伝わる精進料理です。全国各地に同じような「のっぺ」「のっぺい汁」と呼ばれる料理がありますが、奈良のっぺは肉や魚を使わない精進仕立てで、里芋が煮崩れることで自然にとろみがつくのが大きな特徴です。片栗粉などでとろみをつける地域も多い中、素材そのものの力でとろみを出す点に、奈良ならではの丁寧な作り方が表れています。毎年12月に春日大社で執り行われる「春日若宮おん祭」に先立ち、神事に奉仕する大和士(やまとざむらい)らが身を清める「大宿所祭」では、参拝者にこの奈良のっぺが振る舞われる習わしがあり、単なる家庭料理にとどまらず、地域の祭礼と結びついた郷土料理として受け継がれています。冬場の体を温める一品として、奈良の家庭でも古くから作られてきました。

奈良漬
発酵食品奈良

奈良漬

Narazuke

奈良漬は、白瓜などの野菜を酒粕に繰り返し漬け込んで作る、奈良発祥の粕漬けです。平城京跡から発掘された長屋王邸跡の木簡に「進物加須津毛瓜(たてまつりものかすづけうり)」の記載があるとされ、1300年以上前から食べられていた可能性を示す古い歴史を持ちます。当初はどぶろくの上澄みを酒として飲んだ残りかすで野菜を漬けたのが起源とされ、室町時代に清酒づくりが始まって以降、酒粕を使う現在の製法が確立しました。商品として広まったのは安土桃山〜江戸時代にかけて、奈良の医師・糸屋宗仙がシロウリを酒粕に漬けて製造・販売したのが始まりと伝わります。酒粕に何度も漬け替えることで日本酒の芳醇な香りと米の旨みが野菜に染み込み、琥珀色に色づいていくのが特徴で、現在も奈良を代表する土産物として親しまれています。

那珂川の鮎料理
海鮮栃木

那珂川の鮎料理

Nakagawa River Ayu Cuisine

那須高原を水源に栃木県東部を流れる一級河川・那珂川は、鮎の漁獲量が日本有数とされる清流です。この那珂川流域では、川の流れをV字状にせき止めて竹すのこの上に鮎を跳ね上げる伝統漁法「やな」が古くから行われてきました。毎年7月中旬から10月末頃までの期間限定で川沿いに観光やなが設けられ、勢いよく流れ落ちる鮎をつかみ取りする体験ができるほか、炭火でじっくり焼き上げる塩焼きや、釜めし、刺身など多彩な鮎料理を味わえます。大田原市の黒羽観光やなや茂木町の大瀬観光やなをはじめとする施設が那珂川沿いに点在し、夏から秋にかけて家族連れや観光客で賑わう、栃木の清流の恵みを実感できる季節の名物となっています。

南部せんべい
郷土菓子青森

南部せんべい

Nanbu Senbei

南部せんべいは、青森県南東部から岩手県北部にかけての旧南部藩領で古くから作られてきた小麦粉の焼き菓子です。小麦粉に塩と水を混ぜた生地を、鶴亀や松竹梅などの模様が入った鉄製の丸い焼き型に挟んで両面をパリッと焼き上げます。起源には諸説ありますが、南北朝時代に南朝方の長慶天皇が南部の地を訪れた際、家臣・赤松助左衛門が鉄兜を鍋代わりにそば粉と胡麻を焼いて献上したという伝承がよく知られています。冷害が多く米の収穫が安定しなかった南部地方では、日持ちのする小麦・そば粉を使ったせんべいが貴重な保存食・主食として重宝され、明治期には八戸周辺だけで140軒もの製造店があったといわれるほど暮らしに根付きました。胡麻やピーナッツを練り込んだ豆せんべいなど種類も豊富で、そのままはもちろん、汁物に入れて煮込む郷土料理「せんべい汁」の主原料としても欠かせない存在です。

日光湯波
発酵食品栃木

日光湯波

Nikko Yuba

日光湯波は、栃木県日光市で古くから作られてきた豆乳の加工食品で、豆乳を煮た際にできる膜を幾重にも重ねて仕上げる、厚みとボリュームのある食感が特徴です。唐に渡った僧が持ち帰ったとされる湯葉が、766年に勝道上人が開山した日光山輪王寺に精進料理として伝わったのが始まりとされます。江戸時代初期に徳川家康公が日光東照宮に祀られると、参拝者向けの宿や精進料亭で独自に工夫が重ねられ、「日光湯波」として評判を得るようになりました。京都の「湯葉」は膜の端から串を入れて引き上げるため平たく仕上がるのに対し、日光の「湯波」は中央に串を入れて二つ折りにしながら巻き上げるため、幾重にも層が重なった丸みのあるシルエットになる点が最大の違いです。刺身のように生で味わうほか、揚げ物や煮物に調理して食べる文化が古くから根付いています。

日生カキオコ
海鮮 / 粉もの岡山

日生カキオコ

Hinase Kaki Okonomiyaki

日生カキオコは、岡山県備前市日生町で生まれたご当地グルメで、生牡蠣をふんだんに使ったお好み焼きです。日生は瀬戸内海に面した漁師町で、岡山県のカキ生産量の5割以上を占める一大産地として知られます。とろとろの生地に山盛りの千切りキャベツと新鮮な生牡蠣を合わせて鉄板で焼き上げるのが特徴で、水揚げされたばかりの牡蠣を使うため余分な水分が出にくく、焼いても縮まないプリプリとした食感が楽しめます。もともとは漁師が売り物にならない小粒や傷ものの牡蠣を持ち込んで食べていたのが始まりとされ、2002年に地元の「日生カキお好み焼き研究会」が「カキオコ」と名付けてPR活動を始めたことで全国的に知られるようになりました。

白えびのかき揚げ
海鮮富山

白えびのかき揚げ

Shiroebi no Kakiage

白えびのかき揚げは、「富山湾の宝石」と称される白えびを衣にくぐらせてカラリと揚げた、富山県を代表する海鮮料理です。白えびは体長5〜6センチほどの淡いピンク色で透明感のある小型のエビで、水深200〜400メートル前後の深海に生息しますが、富山湾では海底の地形の特殊さから比較的浅い層でも群れをなして生息するため、漁として成り立つほどまとまって水揚げされるのは全国でも富山県だけとされています。主な水揚げ漁港は新湊漁港と岩瀬漁港で、以前は殻ごと乾燥させて出汁用にすることが多かった白えびですが、冷凍・殻むき技術の向上により身の繊細な甘みと絹のような舌触りが見直され、刺身や寿司ネタとして人気を集めるようになりました。かき揚げは家庭でも作りやすい定番の食べ方で、サクサクの衣とほのかな甘みを併せ持つ味わいが多くの人に親しまれています。

薄氷
郷土菓子富山

薄氷

Usugori

薄氷は、江戸時代中期の宝暦2年(1752年)に富山県小矢部市の老舗菓子舗「薄氷本舗 五郎丸屋」が創製した、氷が張ったように薄く繊細な干菓子です。北陸の深い雪が解け始める早春、水面や田んぼにできる薄い氷の美しさを表現したとされ、富山県特産の新大正もち米から作った極薄の煎餅生地に、上質な阿波和三盆糖を丁寧に塗り重ねて仕上げます。口に含むとまるで氷が溶けるようにすっと儚く消えていくことから薄氷と名付けられ、加賀藩主・前田家を通じて幕府や宮中にも献上されたと伝わるほど、古くから格式の高い銘菓として評価されてきました。明治以降は宮内省御用達となり、今も茶道の世界で愛用されるなど、270年以上にわたり富山の四季の美しさを伝える伝統菓子として受け継がれています。

飛鳥鍋
鍋料理奈良

飛鳥鍋

Asuka Nabe

飛鳥鍋は、鶏ガラだしに牛乳を加えたスープで鶏肉や白菜、春菊などの野菜を煮込む、奈良県明日香村に伝わる鍋料理です。飛鳥時代、唐から渡来した使者が乳製品を伝え、孝徳天皇に献上して喜ばれたのが日本における牛乳飲用の始まりと伝えられ、当時の僧侶が飼っていた鶏の肉を牛乳で煮て食べたことが起源の一つとされています。牛乳が高価だったためヤギの乳を使っていたとする説もあり、諸説が伝わっています。白味噌や醤油で味を調えたまろやかな味わいが特徴で、昭和初期に明日香の名物料理として現在の形が確立され、今では冬季を中心に地元の飲食店で提供される明日香村の名物鍋となっています。

蒜山焼きそば
麺類岡山

蒜山焼きそば

Hiruzen Yakisoba

蒜山焼きそば(ひるぜん焼きそば)は、岡山県真庭市の蒜山高原一帯で親しまれているご当地焼きそばです。にんにくや玉ねぎ、りんごなどを合わせた特製の味噌だれで親鶏(かしわ)肉とキャベツを炒め合わせるのが特徴で、甘辛く濃厚な味わいが人気を集めています。起源は1960年代(昭和30年代)にさかのぼり、当時流行していたジンギスカン用の自家製味噌だれを生かし、地元の食堂がかしわ肉とキャベツを焼きそばと一緒に炒めて提供したのが始まりと伝えられます。2011年に兵庫県姫路市で開催された第6回B-1グランプリで「ひるぜん焼そば好いとん会」がゴールドグランプリ(1位)を獲得したことで全国的な知名度を得ました。現在も蒜山高原の多くの食堂・レストランで提供され、観光客に人気のご当地グルメとして定着しています。

富山の雑煮
鍋料理富山

富山の雑煮

Toyama Zoni

富山県の雑煮は、昆布だしをベースにした醤油味のすまし汁に角餅と昆布巻きかまぼこを合わせるのが特徴の、富山ならではの正月料理です。県内でも地域差があり、県東部の下新川地方ではフクラギ(ブリの若魚)やカワハギなど魚介を加えた具だくさんの雑煮が作られる一方、県西部の砺波地方では長ねぎや昆布などシンプルな具材でまとめるのが伝統的とされています。両地方に共通するのは、餅を焼かずに昆布だしで柔らかく煮て椀に入れることと、富山を代表する練り物である、板を使わない「昆布巻きかまぼこ」を彩りとして加えることです。紅白の「赤巻」が用いられることも多く、見た目にも華やかな一杯に仕上がります。北前船交易によって昆布が豊富に流通した富山ならではの食文化が、雑煮という正月の一椀にも色濃く表れています。

富山ブラック
麺類富山

富山ブラック

Toyama Black Ramen

富山ブラックは、濃口醤油をたっぷり使った真っ黒なスープが特徴の富山市発祥のご当地ラーメンです。昭和22年(1947年)、富山大空襲からの復興工事に携わる肉体労働者たちが汗で失う塩分を補給しやすいようにと、屋台「大喜」の創業者・高橋青幹が濃い味付けの中華そばを考案したのが始まりと伝わります。太めのストレート麺に、濃口醤油ベースの黒いスープ、大きめのチャーシュー、黒胡椒、たっぷりの刻みネギを合わせるのが基本のスタイルで、白いご飯と一緒に食べる「おかずラーメン」として親しまれてきました。塩気の強さは他地域のラーメンと比べても際立っており、初めて食べる人には驚かれることも多い一方、地元では今も昼食の定番として根強い人気を保っています。現在は発祥店「大喜」のほか、独自にアレンジを加えた店も市内に複数あり、食べ比べを楽しむファンも少なくありません。

味噌カレー牛乳ラーメン
麺類青森

味噌カレー牛乳ラーメン

Miso Curry Milk Ramen

味噌カレー牛乳ラーメンは、青森市で生まれたご当地ラーメンで、味噌ラーメンをベースにカレーと牛乳を加えたコクのある一杯です。八戸市発祥と誤解されることもありますが、正しい発祥地は青森市です。昭和43年(1968年)、札幌ラーメン横丁で修業した佐藤清氏が青森市に店を構えたのが始まりとされ、当初は味噌・塩・醤油ベースのラーメンを提供していました。昭和50年代、中高生の間でラーメンにさまざまな調味料を加えて食べる遊びが流行し、その中から「味噌ラーメンにカレーと牛乳を入れると美味い」という評判が広がったことで正式メニューとなり定着しました。平成20年には「青森味噌カレー牛乳ラーメン普及会」が設立され、市民のソウルフードとして全国に知られるようになりました。