津軽塗

Tsugaru-nuri

津軽塗 1

画像: Wikimedia Commons

津軽塗は青森県弘前市を中心に作られる漆器で、青森県で唯一の経済産業大臣指定伝統的工芸品です。江戸時代中期、弘前藩四代藩主・津軽信政が産業育成のため若狭国から塗師・池田源兵衛を招いたことに始まり、その子・源太郎が江戸で青海波塗の技法を修め、津軽の地で独自の漆器を作り上げました。以来約300年の歴史の中で「唐塗」「七々子塗」「紋紗塗」「錦塗」という四つの技法が確立し、いずれも漆を幾重にも塗り重ねては研ぎ出す工程を繰り返すため、完成までに約50もの工程と長い年月を要します。その手間のかかりようから通称「馬鹿塗」とも呼ばれ、明治6年(1873年)のウィーン万国博覧会に出品されたことをきっかけに「津軽塗」の名が広く知られるようになりました。昭和50年(1975年)には経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定され、現在も弘前市を中心に多くの職人が伝統の技を受け継いでいます。

発祥

津軽塗の起源は江戸時代中期、弘前藩四代藩主・津軽信政が産業振興のため全国から職人を招いたことに遡る。若狭国から召し抱えられた塗師・池田源兵衛は江戸へ上り塗師・青海太郎左衛門に入門したが客死し、その志を継いだ子の源太郎が蒔絵や青海波塗の技術を修業。享保12年(1727年)に「青海源兵衛」を名乗り、津軽の地で独自の意匠を加えた漆器づくりを始めたことが津軽塗の源流とされる。

歴史

宝暦8年(1758年)の文献には既に弘前一流の塗物として「唐塗」の名が記され、江戸後期には技法として確立していたことがうかがえる。明治6年(1873年)のウィーン万国博覧会に出品されたことを機に「津軽塗」の名称が広く定着し、以後も弘前を中心に職人たちが技を磨き続けた。昭和50年(1975年)には経済産業大臣指定伝統的工芸品となり、青森県内では唯一この指定を受ける工芸品として今日に至る。

特徴

津軽塗最大の特徴は、唐塗・七々子塗・紋紗塗・錦塗という四つの代表技法を持つことにある。いずれも漆を幾重にも塗り重ねては研ぎ出す工程を繰り返し、完成までに約50もの工程と数か月を要するため、その手間のかかりようから通称「馬鹿塗」とも呼ばれる。塗り重ねと研磨によって生まれる模様は一つとして同じものがなく、堅牢さと使うほどに増す艶も併せ持つ。

技法

唐塗

穴の開いたへらで漆を点状に置いて斑点模様をつくり、その上に色漆を重ねて研ぎ出す技法。津軽塗の中で最も代表的で、模様が複雑なほど手間がかかることから「馬鹿塗」の異名の由来ともなった。

七々子塗

菜種の実を漆面にまいて小さな輪紋をつけ、色漆を塗り重ねてから研ぎ出す技法。輪紋の並びが魚卵に似ることから「ななこ」の名がつき、江戸小紋を思わせる上品な地紋を生み出す。

紋紗塗

黒漆で模様を描いた上に籾殻の炭粉をまいて研ぎ出す技法。つや消しの黒地に模様が浮かぶ渋い仕上がりで、他産地の漆器には見られない津軽塗独自の技法とされる。

錦塗

七々子塗をさらに発展させた技法で、七々子地に黒漆で唐草文様などを描き、錫粉をまいて仕上げる。手間と高度な技術を要するため、現在も手がけられる職人はごくわずかとされる。

使用される素材

生漆色漆菜種の実籾殻の炭粉錫粉
主な産地
  • 青森県弘前市

職人・工房

小林漆器

明治期創業、六代にわたり津軽の地で漆芸を手がける老舗。初代は七代目青海源兵衛の直弟子にあたり、茶碗や椀からスマートフォンケースまで500種類以上の製品を扱う。

公式サイト →

津軽塗たなか(たなか銘産)

昭和22年(1947年)創業。伝統技法を守りながら光を通す「透ける津軽塗」など新しい表現にも取り組み、箸や食器から雑貨まで幅広い製品を製造・販売している。

公式サイト →

購入方法

イシオカ工芸
津軽塗の卸売・展示販売・通信販売・修理までを手がける専門店。伝統的な器から普段使いの品まで幅広く取りそろえる。購入先を見る →PR
青森県津軽塗漆器協同組合連合会 販売店案内
組合公式サイトで県内外の津軽塗取扱店を紹介しており、産地の正規品を確実に選ぶ際の入口となる。購入先を見る →PR

体験施設

小林漆器

青森県弘前市東城北3-3-12

研ぎ出し体験。箸・手鏡・スプーンは各2,200円程度〜、印鑑・手鏡3,850円程度、おちょこ4,400円程度から選べる(要予約)。

詳細を見る →

津軽藩ねぷた村

青森県弘前市亀甲町61

津軽塗の研ぎ出し体験ができる観光施設。対象年齢6歳以上、所要時間は約1時間30分から。

詳細を見る →
#漆器#津軽塗#弘前