
膳所焼は滋賀県大津市の膳所地区で焼かれてきた陶器で、江戸時代前期に膳所藩の御用窯として、茶人としても名高い小堀遠州の指導のもとに始まったと伝えられます。遠州の好みを反映した端正な意匠から、遠州が選んだとされる代表的な七つの窯「遠州七窯」の一つに数えられ、黒みを帯びた釉薬に白土を掛けまわした茶入や水指などの茶陶で知られました。藩主の国替えにともない藩窯としての歴史は比較的短命に終わりましたが、大正8年(1919年)に地元の実業家・岩崎健三が画家・山元春挙と協力して窯を再興し、「新生膳所焼」として今日まで技術が受け継がれています。現在は大津市の膳所焼美術館などでその作品や歴史に触れることができます。
発祥
膳所焼の前身は元和年間(1615〜1624年)頃の記録に見える「勢田焼」にさかのぼるとされます。寛永年間、膳所藩主・石川忠総の時代に藩の御用窯として整備され、茶人であり作事奉行を務めた小堀遠州の指導・好みを反映した茶陶が焼かれるようになりました。黒みを帯びた渋い釉薬に白土を掛けまわした「覆輪」の意匠が特徴の茶入や水指は、遠州好みの美意識を伝える名品として珍重されました。
歴史
藩主の国替えにともない、藩窯としての膳所焼は寛永年間から数十年ほどで途絶えたと伝えられます。その後長らく空白の時代が続きましたが、大正8年(1919年)、廃絶を惜しんだ地元の実業家・岩崎健三が画家・山元春挙とともに新たに登窯を築き、京都の陶工・二代伊東陶山の指導も得て膳所焼の再興に生涯を捧げました。この「新生膳所焼」は岩崎家によって受け継がれ、現在も大津市中庄で作陶が続けられています。
特徴
膳所焼は「遠州七窯」の一つに数えられる茶陶の産地で、黒みを帯びた釉薬の上に白土を掛けまわす「覆輪」と呼ばれる意匠が特徴です。小堀遠州の好みを反映した、装飾を抑えた端正で品格のある造形が持ち味とされ、茶入や水指、茶碗といった茶道具を中心に発展してきました。再興後は庭園を望む美術館や窯元で、歴史ある作品と現代の作品の両方に触れることができます。
技法
覆輪(ふくりん)
黒みを帯びた釉薬をかけた素地の口縁部などに、白土を掛けまわして縁取りのように見せる膳所焼独特の意匠技法。遠州好みの端正な表情を生み出す。
使用される素材
制作工程
- 1
成形
轆轤を用いて茶入や水指、茶碗などの形を作る。遠州好みの端正な姿を意識した造形が求められる。
- 2
素焼き
成形した素地を低温で一度焼き、生地を安定させる。
- 3
施釉
黒みを帯びた釉薬をかけ、口縁部などに白土を掛けまわして覆輪の意匠を施す。
- 4
本焼き
登窯やガス窯で高温焼成し、落ち着いた光沢のある茶陶に仕上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
購入方法
- 膳所焼窯元陽炎園
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体験施設
よくある質問
Q. 「遠州七窯」とは何ですか。
A. 江戸時代の茶人・小堀遠州の好みを反映したとされる代表的な七つの窯の総称で、膳所焼のほか志戸呂焼や上野焼などが数えられます。実際には遠州の没後に開窯した窯も含まれており、後世に遠州の名を借りて選ばれたものとされています。