四日市萬古焼

Yokkaichi Banko Yaki (Yokkaichi Banko Ware)

四日市萬古焼 1

画像: Wikimedia Commons

四日市萬古焼(よっかいちばんこやき)は、三重県四日市市を中心に作られている陶磁器です。江戸時代中期、桑名の豪商・沼波弄山(ぬなみろうざん)が、現在の朝日町小向に窯を開いたのが始まりです。弄山は作品に「萬古」や「萬古不易(ばんこふえき)」の印を押しました。作品がいつまでも変わらず伝わるようにという願いが込められ、これが名前の由来となりました。弄山の没後に途絶えましたが、江戸時代後期に桑名の森有節らが再興します。幕末から明治にかけては、四日市の山中忠左衛門が量産できる陶法を確立し、地場産業へと育てました。代表的な製品は、あずき色の「紫泥(しでい)急須」と、耐熱性に優れた土鍋です。土鍋は国内生産の約8割を占めるとされます。現在は四日市市と菰野町を中心に100社以上の窯元が集まる、全国有数の陶磁器産地です。1979年(昭和54年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

発祥

萬古焼の祖は、桑名の豪商で茶の湯を好んだ沼波弄山です。元文年間(1736〜1741年)、朝明郡小向村(現在の三重県朝日町小向)に窯を開き、茶器を焼き始めたとされます。弄山は作品が永く伝わるようにと「萬古」「萬古不易」の印を押し、これが焼き物の名となりました。のちには江戸の小梅にも窯を設けたと伝わります。弄山の時代の作品は、のちの萬古焼と区別して「古萬古(こばんこ)」と呼ばれます。

歴史

弄山が1777年に没すると、萬古焼は一時途絶えます。天保年間(1830〜1844年)、桑名の森有節・千秋兄弟が再興し、木型を使う「型萬古」や腥臙脂釉(しょうえんじゆう)、大和絵風の絵付けを考案しました。これらは「有節萬古」と呼ばれ、桑名の名物となります。四日市では嘉永6年(1853年)に山中忠左衛門が自邸に窯を築きました。有節萬古を研究し、1870年(明治3年)に本格的な萬古焼の量産にこぎつけ、技術を地元に広めたとされます。戦後の1959年には、ガスコンロの普及に合わせて耐熱性の高い土鍋が開発されました。

特徴

代表的な製品は急須と土鍋です。急須は鉄分を含む陶土を還元焼成で焼き、萬古焼独特のあずき色の「紫泥」に仕上げます。使い込むほど落ち着いた艶が出るとされます。お茶のタンニンが土の鉄分と反応し、苦みがやわらいで甘みが際立つともいわれます。土鍋は、ペタライトという鉱石を混ぜて熱膨張を抑えた土で作られます。直火や空焚きに強く、国内産の土鍋の約8割を占めるとされます。

技法

還元焼成

窯の中を酸素の少ない状態にして蒸し焼きにする焼き方。本焼成は1180〜1200度で一昼夜行い、鉄分を含む土が萬古焼独特のあずき色に発色する。同じ土でも、窯の中の酸素量や温度によってさまざまな色に変わる。

木型成形(型萬古)

いくつもの木片を組み合わせた木型に土を当てて形づくる技法で、森有節の考案とされる。木片ははめ外しが容易な作りになっており、型萬古と呼ばれる有節萬古の特色の一つとなった。

急須の部品づくり

急須は胴・ふた・取っ手・注ぎ口・茶こしを別々に成形し、なるべく軽くなるよう薄く伸ばして作る。精密に仕上げた部品を、水で溶いた土で接合して一つの急須に組み上げる。

使用される素材

鉄分を含む陶土(垂坂黄土・知多黄土など)木節粘土・陶石ペタライト(耐熱土鍋用の鉱石)

制作工程

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    坏土(はいど)づくり

    製品に合わせて複数の陶土を配合し、成形に使う土を作る。成形前には練りもみで空気を抜き、「なたうち」で土の硬さをそろえる。

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    成形・仕上げ

    ろくろ、押型、手ひねりで各部品を形づくる。透かし紋などの模様を付け、部品を接合して削りや磨きを施し、乾燥させる。

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    素焼き

    釉薬を掛けたり下絵付けをしたりする製品は、約800度で素焼きをしてから次の工程に進む。

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    本焼成・上絵付け

    1180〜1200度で一昼夜焼き上げ、還元焼成で色合いが決まる。必要に応じて盛り絵などの上絵付けを施して仕上げる。

主な産地
  • 四日市市
  • 菰野町

職人・工房

醉月(清水洋)

四日市市の陶芸家で、雅号「醉月」を祖父の代から受け継ぐ三代目。焼成後の紫泥の表面を削り、深さで色が変わることを生かして幾何学文様を表す独自の技法で知られる。2025年、四日市市の無形文化財「萬古焼(紫泥急須)」の保持者に認定された。

南景製陶園

1913年に陶土の製土業として創業し、1972年から急須の窯元となった。独自に配合した土を使い、精密に仕上げた部品を水で溶いた土でつなぐ製法をとる。素焼きと本焼きを経て完成までに約1か月半かかる。3代目の荒木照彦さんが営む。

銀峯陶器

四日市市三ツ谷町の土鍋メーカーで、四日市萬古焼の土鍋や耐熱食器を製造している。「花三島鍋」「墨貫入鍋」などの土鍋は、2012年度に三重ブランドに認定された。

購入方法

ばんこの里会館
四日市市陶栄町にある萬古焼の拠点施設。2階の産直ショップ「うつわ亭」で各窯元の製品を販売し、展示室では常設展と季節ごとの企画展を開いている。月曜(祝日を除く)と夏期、年末年始は休館。購入先を見る →PR
四日市ばんこ焼陶器まつり
例年5月に開かれる萬古焼の大規模な販売イベント。2024年は5月18・19日に四日市ドームとばんこの里会館で開かれ、組合員や手造り作家のコーナーが並んだ。第2会場では1,500円程度からの絵付け体験もあった。

体験施設

ばんこの里会館 陶芸教室

三重県四日市市陶栄町4-8

プロの指導で作陶や絵付けができる。要予約で、料金は3,500円程度から(送料別途)。三重県観光連盟の紹介では、てびねり3,500円、電動ろくろ4,000円、絵付け1,500円から。焼き上げまで約1か月かかる。

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よくある質問

Q. 「萬古不易」とはどういう意味ですか?

A. 「いつまでも変わらないこと」を表す言葉です。沼波弄山は、自分の作品が永遠に伝わるようにとの願いを込めて、この印を押したとされます。この印がそのまま焼き物の名となり、現在の「萬古焼」「ばんこ焼」という呼び名につながっています。

Q. 紫泥急須で淹れるとお茶の味は変わりますか?

A. 紫泥は鉄分を多く含む土で、お茶のタンニンが急須の鉄分と反応し、苦みが軽くなって甘みが際立つと紹介されています。また、お茶の渋みを吸着してまろやかにするともいわれます。使い込むほど落ち着いた艶が増すため、長く愛用する人が多い急須です。

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