八雲塗(やくもぬり)は、島根県松江市で明治時代に生まれた漆器です。塗り込めた素地に色漆や青貝、金銀粉で文様を描き、その上に透漆を塗り重ねて研ぎ出し、磨き上げて仕上げます。透漆は飴色で透明な漆のことです。年月を経るほど透明度が増し、下に描いた文様が色鮮やかに浮かび上がってくるのが、ほかの産地にない特徴とされます。考案したのは、松江藩の駕籠塗り職人だった坂田平一とされます。島根県知事の籠手田安定が県の特産品にしようと、出雲の古歌「八雲立つ」にちなんで八雲塗と名付けました。明治から昭和にかけて盛んに作られました。主な製品は花器、棗、文箱、盆、椀、鏡などです。島根県ふるさと伝統工芸品に指定され、現在は松江市と出雲市で作られています。
発祥
八雲塗を考案したのは、松江藩お抱えの駕籠塗り職人の家に生まれた塗師、坂田平一とされます。明治維新で藩の庇護を失った職人たちは、仕事を続けるのが難しくなりました。平一は中国から渡ってきた唐物漆器に似せて漆器を作り、工夫を重ねて質の高い盆や膳を生み出します。考案の時期は、島根県の資料では明治時代初期、松江市の資料では明治10年ごろとされ、資料によって幅があります。
歴史
平一の漆器は、島根県知事の籠手田安定の目に留まりました。松江市の資料によると、籠手田は明治20年ごろ、県の特産品とするために「八雲塗」と名付けています。その後、明治・大正・昭和を通じて多くの八雲塗が作られました。1902年ごろには松江市と簸川郡を合わせて製造戸数62戸、職工123人が従事していたと記録されています。1982年には島根県八雲塗振興会が県のふるさと伝統工芸品の指定事業者になり、今も松江と出雲の工房が技を受け継いでいます。
特徴
八雲塗の文様は、色漆に青貝(貝殻を薄く削った装飾材)や金銀粉を交えて描かれます。その上を透漆で塗り込めて研ぎ出すため、絵柄は漆の層の奥に沈んだように見えます。透漆は年月とともに透明度を増すので、使い込むほど草花や鳥、竜などの文様がはっきりと浮かび上がります。花器や棗、文箱などの茶の湯の道具のほか、現在は鏡や割子の器、小物入れなども作られています。
技法
色漆の絵付け
中塗・上塗を施して研いだ塗面に、顔料を練り込んだ色漆や青貝、金銀粉を用いて文様を描く工程である。八雲塗では、この絵がそのまま透漆の層の下に封じ込められ、仕上がりの意匠を決める。
透漆の塗り重ねと研ぎ出し
文様を描いた上に天然の透漆を塗り重ね、研いで磨き上げる技法である。飴色の透漆は時間とともに透明度を増すため、完成直後よりも年月を経た器のほうが文様を鮮やかに見せる。
使用される素材
制作工程
- 1
素地成型
器の素地(木地)の形を整える。
- 2
下地塗
素地を補強し、塗面を平らにするための下地を施す。
- 3
中塗・上塗・中研
漆を塗り重ねて研ぎ、絵付けの土台となる平滑な塗面をつくる。
- 4
絵付け
色漆や青貝、金銀粉で文様を描く。
- 5
木地蝋漆塗
文様の上から透明な漆を塗り重ねる。
- 6
蝋色研・摺漆・蝋色磨
表面を研いで文様を出し、漆を摺り込みながら磨き上げて艶を出す。
| 主な産地 |
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職人・工房
購入方法
- 八雲塗やま本の店舗
- 松江市末次本町の店舗で八雲塗を展示・販売している。公式サイトではご縁鏡や割子セット、朱塗の三段小物入などの商品を紹介し、商品については本店への問い合わせを案内している。価格は公式サイトに掲載されていない。購入先を見る →PR
- 島根県八雲塗振興会
- 松江市殿町191に置かれた八雲塗の振興団体で、島根県ふるさと伝統工芸品の指定事業者の一つ。電話は0852-22-5758。島根県の「しまねの伝統工芸」のページに、振興会と製造事業者の連絡先がまとめて載っている。購入先を見る →PR
体験施設
八雲塗やま本 絵付体験
島根県松江市末次本町45
公式サイトに絵付体験の案内があり、旅行情報サイトでも漆器づくりの体験ができる店として紹介されています。料金や所要時間はどちらにも掲載されていないため、事前に店へ問い合わせてください。
詳細を見る →よくある質問
Q. 「八雲」という名前はどこから来ていますか?
A. 出雲にかかる枕詞「八雲立つ」から取られています。島根県の資料では、出雲の古歌「八雲立つ」にちなんで八雲塗と命名されたと説明しています。松江市の資料によると、名付けたのは明治20年ごろの島根県知事、籠手田安定です。
Q. 新しい八雲塗は、絵柄が少しくすんで見えるのはなぜですか?
A. 文様の上に塗り重ねた透漆が、初めは飴色を帯びているためです。透漆は年月を経るごとに透明度を増すので、使い続けるうちに下の文様が色鮮やかに浮かび上がってきます。この経年変化こそが八雲塗の大きな魅力とされています。