大樋焼

Ohi-yaki

大樋焼 1

画像: Wikimedia Commons

大樋焼は、京都の楽焼の脇窯として金沢で350年以上続く陶芸です。江戸時代初期の寛文6年(1666年)、加賀藩5代藩主・前田綱紀が茶道茶具奉行として裏千家4代・仙叟宗室を京都から招いた際、仙叟の師である樂家4代一入の高弟であった陶工・土師長左衛門が同道したことに始まります。仙叟が帰京したのちも金沢に残った長左衛門は、河北郡大樋村(現・金沢市大樋町)で良質の陶土を見出し、地名にちなんで大樋焼と称するようになりました。樂家が黒釉・赤釉を用いる本楽を独占していたため、大樋家は独自に飴釉という技法を編み出し、雪国にふさわしい温かみのある飴色の茶碗を生み出したことが最大の特徴です。轆轤を使わず手とへらだけで成形する手びねりの技法も樂焼の流れを汲んでおり、前田家の御用窯として栄えた歴史から、今日も金沢を代表する茶陶として受け継がれています。

発祥

寛文6年(1666年)、加賀藩5代藩主・前田綱紀が茶道茶具奉行として裏千家4代・仙叟宗室を京都から招いた際、仙叟に師事し樂家4代一入の高弟でもあった陶工・土師長左衛門が同道して金沢に入ったことが大樋焼の起こりです。仙叟が貞享3年(1686年)に帰京したのちも長左衛門は金沢に残りました。

歴史

長左衛門は河北郡大樋村(現・金沢市大樋町)で陶土を見出し、地名にちなみ大樋焼と称して前田家の御用窯として栄えました。以後、大樋長左衛門家が代々技を継承し、明治維新後は藩の庇護を失い一時衰退したものの、茶道文化の広がりとともに復興。十代大樋陶冶斎(大樋長左衛門)は文化勲章を受章し、現在は十一代大樋長左衛門(大樋年雄)が金沢市橋場町の大樋美術館・大樋ギャラリーを拠点に活動している。

特徴

轆轤を使わず手とへらのみで成形する「手びねり」の技法は樂焼の流れを汲むもので、樂家が独占する黒釉・赤釉に対し、大樋家が独自に生み出した「飴釉」による温かみのある飴色の輝きが最大の特徴です。素朴でおおらかな造形と相まって、雪国・金沢の風土にふさわしい趣ある茶陶として愛好されています。

技法

手びねり

轆轤を使わず、手とへらだけで一つひとつ形を作り上げる成形技法。ヘラで削って器肌の表情をつくる、樂焼から受け継がれた手法。

飴釉

樂家の黒釉・赤釉を用いることができなかった大樋家が独自に編み出した釉薬技法。飴色の艶やかな輝きを生み、雪国にふさわしい温かみのある器を生む。

使用される素材

陶土(大樋村産)飴釉

制作工程

  1. 1

    土づくり

    採取した粘土を木槌で粉砕し、天日干しと陰干しを経て不純物を取り除く。

  2. 2

    菊練り

    荒練りののち菊練りを行い、粘土中の気泡を丁寧に抜く。

  3. 3

    手びねり成形

    轆轤を使わず手とへらで一椀ずつ成形し、陰干し・天日干しで乾燥させる。

  4. 4

    素焼き

    800〜900度で素焼きを行い、生地を安定させる。

  5. 5

    施釉・本焼き

    飴釉をかけて950〜1000度で本焼きし、窯出し後に急冷して仕上げる。

主な産地
  • 金沢市大樋町・橋場町・南町周辺

職人・工房

十一代大樋長左衛門窯(大樋美術館・大樋ギャラリー)

初代長左衛門から続く大樋焼宗家の窯元。館長は十一代大樋長左衛門(大樋年雄)で、隣接する大樋美術館では歴代作品を展示し、ギャラリーでは作品を展示・販売する。

公式サイト →

大樋焼本家窯元(九代目大樋勘兵衛窯)

昭和初期創業の大樋焼の窯元。八代目大樋長楽、九代目大樋勘兵衛、大樋朔芳の親子三代の作品を展示・販売し、飴釉抹茶碗をはじめとする茶道具や日常づかいの器を手がける。

公式サイト →

体験施設

大樋美術館

石川県金沢市橋場町2-17

十一代大樋長左衛門による館内ガイドツアーは700円程度〜、歴代の茶碗で抹茶をいただけるコースは1,500円程度〜(要予約)。

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#陶器#茶陶#飴釉#手びねり#楽焼