三次人形

Miyoshi Ningyo (Miyoshi Clay Dolls)

三次人形 1

三次人形(みよしにんぎょう)は、広島県北部の三次市で作られている土人形です。粘土を型で成形して素焼きにし、胡粉(ごふん)や泥絵の具で彩色します。仕上げに膠(にかわ)を塗るため独特のつやがあり、「光人形」とも呼ばれます。学問の神として知られる菅原道真をかたどった天神人形を中心に、武者物や女物など約140種類があります。三次地方を中心とする県北部では、男の子にも女の子にも、初節句に三次人形を贈って子どもの成長を願う風習が江戸時代から続いてきました。窯元は一つの家で代々受け継がれ、伝来の人形型を使って今も一体ずつ手作りされています。1991年(平成3年)に広島県の伝統的工芸品に指定されました。

発祥

寛永年間(1624〜1644年)に三次藩主の浅野長治が江戸の浅草から人形師を招き、土人形を作らせたのが始まりと伝えられます。長治は家臣に子が生まれるたびに、祝いとして人形を贈ったともいわれます。ただし、これを裏付ける資料は残っていません。記録で確かめられるのは安政元年(1854年)で、石見国の瓦職人だった大崎忠右衛門が三次に移り住み、良い土を見つけて宮ノ峡(現在の三次町)に窯を築きました。初期の人形には、伏見や長浜の土人形の影響が見られるとされます。

歴史

明治時代に入ると、大崎家で人形作りを学んだ丸本儀十郎が十日市に別の窯を開き、宮ノ峡人形と十日市人形の二つの流れが生まれました。宮ノ峡の窯は大正時代に途絶え、十日市の丸本家も1942年(昭和17年)に戦争のため製作を中断しました。1956年(昭和31年)、四代目の丸本十九瓶が復興し、名称を「三次人形」と改めました。1995年からは六代目の丸本垚(たかし)が窯を守りましたが、2021年に亡くなり、妻の丸本みつ子が七代目を継いでいます。

特徴

天神人形には、座った姿や立ち姿のほか、牛に乗る姿、松を背負う姿、梅を持つ姿などがあります。女物は特定の人物ではなく、菊や牡丹、扇などを抱えた女性の姿です。武者物は男の子の成長を願うもので、加藤清正や源義経、関羽などが題材になっています。金太郎の人形も作られています。どれも素朴な土の人形に鮮やかな色と膠の光沢が加わり、飾ると華やかな印象になります。

技法

型抜きと素焼き

代々受け継がれてきた人形型に粘土を詰めて形を取り、乾かしてから素焼きにする。同じ型を使い続けることで、昔ながらの姿が今に伝えられている。

彩色と膠引き

素焼きの人形を、胡粉や泥絵の具で彩色して顔や衣装を描き分ける。仕上げに膠を塗ると独特のつやが生まれ、これが「光人形」と呼ばれるゆえんとなっている。

使用される素材

粘土泥絵の具胡粉膠

制作工程

  1. 1

    型抜き

    人形型に粘土を詰めて形を取る。

  2. 2

    乾燥・素焼き

    十分に乾かしてから素焼きにする。

  3. 3

    彩色

    胡粉や泥絵の具で色を付ける。

  4. 4

    膠塗り

    膠を塗ってつやを出し、仕上げる。

主な産地
  • 三次市

職人・工房

三次人形窯元 丸本家

三次市十日市町南にある三次人形の窯元である。明治時代に丸本儀十郎が開いた十日市の窯の流れをくむ。2021年に六代目の丸本垚が亡くなった後は、妻の丸本みつ子が七代目を継ぎ、家族とともに製作を続けている。

購入方法

窯元への問い合わせ
窯元は三次市十日市町南4丁目12-7にある。郷土玩具の紹介サイトによると、製作は年に1回で、型抜きと素焼きを5〜10月、彩色を11月から翌年4月に行う。品切れになると次の製作まで待つことになるため、早めに問い合わせるとよい。

体験施設

みよし風土記の丘ミュージアム(広島県立歴史民俗資料館)

広島県三次市小田幸町122

三次人形やひな人形を所蔵する県立の資料館です。2025年1〜4月には収蔵資料展「春を待つ三次人形とひな人形」が開かれました。入館料は一般200円で、高校生以下と65歳以上は無料です。展示内容は時期によって変わります。

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