九谷焼

Kutani-yaki

九谷焼 1

画像: Wikimedia Commons

九谷焼は石川県南部の加賀地方で焼かれる色絵磁器で、赤・黄・緑・紫・紺青の五色を用いた「九谷五彩」による華やかな絵付けを最大の特徴とします。始まりは明暦年間(1655〜1657年)、加賀藩の支藩・大聖寺藩の初代藩主前田利治が、領内の九谷村で磁鉱が発見されたことを機に、金工師の後藤才次郎に命じて色絵磁器を焼かせたことに遡ります。この時期に焼かれた作品は後に「古九谷」と呼ばれ、大胆な構図と力強い塗り埋めの絵付けで高く評価されました。しかし九谷村の窯は約50年で廃窯となり、以後およそ100年間、生産は途絶えます。江戸後期になると加賀・大聖寺の各地で古九谷の再興を目指す窯が相次いで開かれ、これを「再興九谷」と呼びます。吉田屋窯や宮本屋窯、永楽窯などが個性を競い合いながら技術を発展させ、今日に続く九谷焼の基礎を築きました。現在は石川県南部の金沢・小松・加賀・能美の各市を中心に生産され、1975年には国の伝統的工芸品に指定されています。

発祥

九谷焼の始まりは明暦年間(1655〜1657年)にさかのぼります。加賀藩の支藩・大聖寺藩の初代藩主前田利治が、領内の九谷村(現・加賀市山中温泉九谷町)で磁鉱が発見されたことを知り、金工師であった後藤才次郎に命じて色絵磁器を焼かせたのが始まりとされます。この窯は約50年間続き、数々の名品を生み出しましたが、元禄期の終わり頃に突如廃窯となり、以後およそ100年にわたり生産が途絶えました。この間に焼かれた作品は、後に「古九谷」と呼ばれています。

歴史

廃窯から約100年後の江戸後期、加賀藩や大聖寺藩の各地で古九谷の再興を目指す窯が相次いで開かれ、これを「再興九谷」と呼びます。古九谷の画風の再現を試みた吉田屋窯、赤絵の細密画を得意とした宮本屋窯、金襴手を発展させた永楽窯など、個性豊かな窯が加賀各地に築かれ、互いに技を競い合いながら発展しました。明治期には輸出向け陶磁器としても人気を集め、1975年に国の伝統的工芸品「九谷焼」として指定を受けています。

特徴

九谷焼の最大の特徴は、赤・黄・緑・紫・紺青の五色を用いた上絵付け「九谷五彩」です。呉須で文様の輪郭を骨描きした後、五彩の絵具を厚く盛り上げて彩色し、余白を塗り残さず絵具で埋め尽くす「塗り埋め」の技法により、圧倒的な存在感を持つ器に仕上がります。緑・黄・紫・紺青の四色は焼成するとガラス質に変化して重厚な艶を生み、赤一色は薄く繊細な線描を可能にするなど、色ごとに異なる性質を活かした絵付けが行われています。

技法

九谷五彩(色絵)

赤・黄・緑・紫・紺青の五色の上絵具を用いた色絵技法。本焼きした器に呉須で輪郭を描き、五彩で厚く盛り上げて彩色したのち再度焼き付ける。

塗り埋め

文様の背景となる余白を絵具で塗り尽くす九谷焼独特の技法。余白を生かす他産地の絵付けとは対照的に、色彩の重厚感と力強さを生み出す。

使用される素材

磁土呉須九谷五彩(赤・黄・緑・紫・紺青の上絵具)金彩

制作工程

  1. 1

    成形

    轆轤や型を用いて磁土を器の形に成形する。

  2. 2

    素焼き

    成形した生地を低温で一度焼き固める。

  3. 3

    下絵付け・本焼き

    呉須で下絵を描き、釉薬をかけて高温で本焼きする。

  4. 4

    上絵付け

    九谷五彩の絵具で文様を描き、彩色する。

  5. 5

    上絵窯焼成

    上絵具を定着させるため再度低温で焼き付ける。

主な産地
  • 金沢市
  • 小松市
  • 加賀市
  • 能美市

職人・工房

上出長右衛門窯

明治12年(1879年)に能美市寺井町で創業した老舗窯元。手描きの上絵付けと深い染付にこだわり、伝統を踏まえつつ現代的な作品づくりにも取り組んでいる。

公式サイト →

購入方法

石川県九谷焼美術館「茶房古九谷」
加賀市大聖寺にある九谷焼専門美術館に併設されたセレクトショップ。約30名の作家・職人の秀品を扱い、古九谷や再興九谷の名品鑑賞と合わせて購入できる。入館料560円程度〜。購入先を見る →PR

体験施設

KAM能美市九谷焼美術館(体験館)

石川県能美市泉台町南33

九谷陶芸村内にある絵付け体験施設。入館無料、絵付け体験は素地代1,000円程度〜に絵具代(洋絵具500円・和絵具700円)が別途必要。

詳細を見る →
#陶磁器#九谷五彩#色絵#古九谷