切込焼

Kirigome-yaki

切込焼 1

画像: Wikimedia Commons

切込焼は宮城県加美郡加美町(旧宮崎町)の切込地区を産地とする陶磁器で、江戸時代後期から明治時代初め頃まで生産されました。仙台藩の御用窯として上質な染付磁器を焼く一方、庶民向けの日用雑器も大量に作られていたと伝わります。白地に藍色の呉須で草花文様などを描いた染付が生産の中心で、有田焼のような純白の地肌ではないものの、素朴で温かみのある風合いが持ち味です。確たる史料が乏しく創始の詳細は謎に包まれていますが、天保6年(1835年)の年紀を持つ染付作品が現存し、江戸末期の弘化・安政期(1844~1860年ごろ)に最盛期を迎えたとされています。明治10年代に一度廃窯となり、大正期の復興の試みも実らなかったものの、1990年(平成2年)に町おこしの一環として本格的な復興が果たされました。現在は「三浦陶房」が唯一の窯元として伝統を受け継いでおり、加美町ふるさと陶芸館(切込焼記念館)では歴史や作品を紹介しています。1984年(昭和59年)に宮城県知事指定伝統的工芸品に指定されました。

発祥

切込焼の創始については確かな文献が乏しく、詳しい経緯は今も謎に包まれています。加美町切込地区を中心に、江戸時代中期から後期にかけて仙台藩の御用窯として焼かれ始めたと伝えられ、上質な染付磁器のほか、庶民の暮らしを支える日用雑器も生産していました。現存する染付作品の中には天保6年(1835年)の年紀を持つものもあり、江戸後期にはすでに一定の生産体制が整っていたと考えられています。

歴史

切込焼は江戸末期の弘化・安政期(1844~1860年ごろ)に最盛期を迎えたと伝わりますが、明治10年代(1877年以降)に窯の火は途絶えました。大正9年(1920年)には地元実業家らによる復興が試みられたものの定着せず、長く「幻の焼き物」とされてきました。転機となったのは1990年(平成2年)、当時の宮崎町が町おこし事業として本格的な復興に着手したことです。以来、地元の陶芸家によって染付の技が受け継がれ、現在に至っています。

特徴

切込焼の中心は、白い素地に藍色の呉須で草花や幾何文様を描いた染付磁器です。有田焼のような純白の地肌ではなく、やや灰色がかった素朴な地肌を持つ点が特色で、わびさびを感じさせる簡素な絵付けが持ち味です。生産の初期には白磁、後には瑠璃釉を用いた作品も焼かれるなど、時代によって作風が変化してきたことも切込焼の特徴の一つとされています。

使用される素材

磁土・半磁器土呉須(藍色の顔料)
主な産地
  • 加美町(旧宮崎町・切込地区)

職人・工房

三浦陶房

切込焼復興後、地区で唯一製作を続ける窯元。ろくろや手びねりで茶碗・酒盃・皿などを手がけ、化粧土や染付で仕上げる。

公式サイト →

購入方法

ふるさと納税返礼品
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体験施設

加美町ふるさと陶芸館(切込焼記念館)

宮城県加美郡加美町宮崎字切込3

切込焼の歴史や作品を紹介する資料館。近隣に唯一の窯元・三浦陶房がある。

詳細を見る →
#陶磁器#染付#加美町#三浦陶房#半磁器