伊勢春慶

Ise Shunkei (Ise Lacquerware)

伊勢春慶 1

画像: Wikimedia Commons

伊勢春慶(いせしゅんけい)は、三重県伊勢市で作られてきた漆器です。伊勢漆器や山田春慶とも呼ばれます。檜の板で作った箱物に、弁柄(べんがら:赤い顔料)や柿渋で下塗りをし、透明な漆で仕上げます。赤褐色の地に檜の木目が透けて見えるのが持ち味です。起源ははっきりしませんが、室町時代に神宮の造営に携わった工匠が余材で作り始めたと伝わります。江戸時代には伊勢参りの土産として売買され、河崎の問屋から各地へ出荷されました。明治時代には「粗末だが廉価で堅牢」と評され、重箱や膳など日常の器として全国で使われます。しかし戦争と戦後の暮らしの変化で、生産はいったん途絶えました。1994年(平成6年)に三重県指定伝統工芸品となり、2004年(平成16年)に発足した「伊勢春慶の会」が復活を進めています。

発祥

伊勢春慶の始まりには確かな記録がなく、複数の説があります。昭和4年刊の『宇治山田市史』は、神宮の工匠が御造営の余材を使い、内職として作り始めたと伝えています。三重県も、室町時代末に神宮御造営材の払い下げを受け、白木の箱に春慶漆をかけたのが始まりとしています。1400年代後半の文書には「大漆師屋」などの表記があり、当時の伊勢に漆芸があったことは確認されています。ただし、それが春慶塗だったかどうかは分かっていません。

歴史

江戸時代中期には参宮客が増え、伊勢春慶は伊勢の特産品として売買されました。勢田川沿いの河崎の問屋街が、水運で漆器を伊勢湾沿岸や関西へ運びました。1873年(明治6年)のウィーン万国博覧会には、岡本町の片岡家が出品して褒賞を受けています。大正期に最盛期を迎えますが、戦時中の空襲や戦後のプラスチック製品の普及で生産は止まりました。2003年から翌年にかけて伊勢河崎商人館で「里帰り伊勢春慶展」が開かれ、これを機に2004年5月に伊勢春慶の会が発足しています。

特徴

木地には檜を使い、重箱や膳、弁当箱などの箱物が中心です。箱物の底の隅には「こくそ」と呼ばれる黒い目留めを施します。下塗りには柿渋を多く使い、弁柄や食紅で着色するのが伝統です。復活にあたっては、粗製品が出回る前の明治時代の品を手本に色合いを決めました。木地を弁柄で赤く染め、仕上げの漆も少し赤みを帯びたものを使います。漆の量や工程が比較的少ないため、手頃な価格で日常に使える丈夫な器とされてきました。製品の裏には製造元の焼印が押されます。

使用される素材

檜弁柄砥の粉柿渋生漆朱合漆(春慶漆)刻苧(こくそ)

制作工程

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    木地調整

    良質な檜の木地にペーパーをかけ、表面を滑らかにする。木目の美しさを最大限に生かすため、一つずつ丹念に仕上げる。

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    着色目止め

    水で溶いた弁柄と砥の粉を刷毛で塗り、ヘラでかき落としてから布で拭き取る。木地が赤みを帯び、伊勢春慶らしい色の土台ができる。

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    渋引き

    柿渋を刷毛で塗って布で拭き取り、よく乾かしてからもう一度繰り返す。柿渋の下地が、伊勢春慶の堅牢さを支える。

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    拭き漆・焼印

    生漆を薄く塗っては拭き取り、漆室(うるしむろ:湿度を保つ乾燥室)で乾かす作業を3回重ねる。途中で木地の裏に、熱した金具で焼印を押す。

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    角刻苧(すみこくそ)

    刻苧ベラを使い、箱物の角に刻苧を筋状に引く。刻苧は隙間を埋める下地材で、四隅を黒く引き締める伊勢春慶ならではの工程である。

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    上塗り

    仕上げに朱合漆(しゅあいうるし)と呼ばれる透明な漆を、上塗り刷毛で光沢が出るように塗る。漆室でよく乾かして完成となる。

主な産地
  • 伊勢市(河崎・岡本など)

職人・工房

伊勢春慶の会

2004年5月、「里帰り伊勢春慶展」の実行委員会を母体に発足した団体。伝統的な「オーソドックス春慶」と、京都工芸繊維大学と共同で開発した「カジュアル春慶」を商品化している。古い春慶の塗り直しや技術の継承にも取り組む。

公式サイト →

伊勢春慶デザイン工房

伊勢河崎商人館の東隣にある築150年の木造家屋を改修し、2008年に開いた伊勢春慶の製造拠点。塗師がほぼ毎日通って塗りを行い、その作業を公開している。新旧の伊勢春慶の展示販売も行う。

公式サイト →

購入方法

伊勢春慶デザイン工房
伊勢市河崎の工房で、弁当箱や重箱、箱膳などを展示販売している。入館は無料で、開房は原則10時〜16時、休みは不定休。引き出物や記念品向けのオリジナルデザインの注文にも応じる。塗りの作業も見学できる。購入先を見る →PR

よくある質問

Q. 「春慶塗」という名前の由来は何ですか?

A. 南北朝時代の応安年間(1368〜1375年)に、堺の漆工・春慶が考案した塗りに由来するとされます。この技法が各地に伝わり、飛騨春慶や能代春慶のように産地名を付けて呼ばれるようになりました。伊勢春慶もその一つで、透明な漆で木目を見せる点が共通しています。由来には諸説あります。

Q. 伊勢志摩サミットで使われたというのは本当ですか?

A. 2016年5月の伊勢志摩サミットでは、伊勢春慶の弁当箱が首脳の食事用の器として使われたとされます。昭和にいったん途絶えた漆器が、伊勢春慶の会の発足から10年余りで国際会議の場に登場したことになります。

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