
赤膚焼は奈良市西部から大和郡山市にかけて焼かれる陶器で、乳白色を帯びた柔らかな肌合いの釉薬と、御所人形風の絵柄を描く「奈良絵」の意匠で知られています。桃山時代、大和郡山城主で豊臣秀吉の弟にあたる豊臣秀長が、尾張国常滑の陶工を招いて五条山(赤膚山)に窯を開かせたのが始まりと伝えられていますが、この時期を裏付ける確かな史料や遺物は確認されていません。江戸時代後期には郡山藩主・柳沢家の御用窯となって保護奨励を受け、「遠州七窯」のひとつに数えられるようになりました。幕末には名工・奥田木白が卓越した陶技を駆使して赤膚焼を再興し、奈良絵をはじめとする多彩な作品を生み出したことから、赤膚焼中興の祖と称されています。現在も大和郡山市と奈良市にまたがる複数の窯元が、それぞれの解釈による釉薬や絵付けで独自の作風を受け継いでいます。
発祥
「赤膚焼」の名称は、窯が置かれた五条山の別名「赤膚山」に由来する説や、赤みを帯びた素地の色に由来する説など諸説あります。桃山時代、大和郡山城主で豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が、尾張国常滑の陶工を招いて五条山に窯を開かせたのが始まりと伝えられていますが、この時期を裏付ける確かな史料や遺物は見つかっておらず、伝承にとどまっている部分も多い焼き物です。
歴史
江戸時代後期、赤膚焼は郡山藩主・柳沢家の御用窯として手厚い保護と奨励を受け、「遠州七窯」のひとつに数えられるようになりました。幕末には名工・奥田木白(1799〜1871年)が優れた陶技を発揮して赤膚焼を再興し、赤膚焼中興の祖と称されています。現在は大和郡山市と奈良市にまたがる複数の窯元で焼き継がれています。
特徴
乳白色を帯びた柔らかな釉調と、御所人形を思わせる愛らしい人物や鹿、風景を描く「奈良絵」と呼ばれる絵付けが最大の特徴です。窯元ごとに釉薬の色合いや絵付けの意匠に個性があり、茶道具から日常の器まで幅広い品が手がけられています。
使用される素材
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職人・工房
購入方法
- 中川政七商店 奈良本店
- 鹿猿狐ビルヂング内にある奈良の工芸品専門店。赤膚焼の器や小皿など、ここでしか手に入らない限定品も取り扱う。購入先を見る →PR
- 赤膚焼窯元 大塩昭山 オンラインショップ
- 窯元が運営するオンラインストアで、湯呑や皿など奈良絵をあしらった日常づかいの赤膚焼を購入できる。購入先を見る →PR