山梨県画像: Wikimedia Commons

山梨県

富士山と南アルプスに囲まれた山梨県は、甲府盆地を中心とする国中(くになか)地方と、富士北麓の郡内(ぐんない)地方で異なる手仕事と食文化が育まれてきた県です。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、甲州水晶貴石細工・甲州印伝・甲州手彫印章の3品目です。甲府では、鹿革に漆で柄を付ける印伝や水晶の研磨が受け継がれ、ジュエリー産業へとつながりました。市川三郷町の六郷ははんこの里として知られ、富士川沿いには西嶋和紙や雨畑硯の産地があります。郡内の富士吉田市や西桂町は、甲斐絹の流れをくむ先染め織物の産地です。食では、味噌仕立ての汁で麺を煮込むほうとうや、コシの強い吉田のうどんが知られます。甲府鳥もつ煮やあわびの煮貝、信玄餅、甲州市の枯露柿など、名物の味も楽しめます。

甲州印伝甲州手彫印章甲州水晶貴石細工郡内織物(甲斐絹)西嶋和紙ほうとう吉田のうどん信玄餅

山梨の伝統工芸

甲州印伝
染物 / 漆器山梨

甲州印伝

Koshu Inden

甲州印伝は、山梨県甲府市で作られる鹿革の工芸品です。なめして染めた鹿革に型紙を置き、漆を刷り込んで模様を付けるのが最大の特徴です。「印伝」の名は、南蛮貿易の頃にインドから伝わった装飾革に由来するといわれます。江戸時代後期、甲府の上原勇七が鹿革に漆付けする技法を考え出したことが、甲州印伝の始まりとされています。江戸時代には各地で印伝が作られましたが、その製法が今に残るのは甲州だけです。技法には漆付けのほか、藁を焚いた煙で革を色付ける「燻べ(ふすべ)」と、色ごとに型紙を替えて多色の柄を表す「更紗(さらさ)」があります。鹿革は柔らかく丈夫で軽く、使うほど手になじみます。漆の模様は時がたつほど色が冴え、深みのある光沢を帯びていきます。1987年に国の伝統的工芸品に指定されました。甲府市の印傳屋本店2階には、印伝の歴史と模様を紹介する印傳博物館があります。

甲州手彫印章
文具山梨

甲州手彫印章

Koshu Hand-carved Seals

甲州手彫印章は、山梨県で作られる手彫りのはんこです。印面の文字のデザインから字割り、字入れ、荒彫り、仕上げまで、すべての工程を昔ながらの道具で手作業により行います。始まりは、御岳山系で良質で大きな水晶の鉱脈が見つかったことでした。水晶を加工する職人や篆刻家(てんこくか:印を彫る芸術家)が育ち、その技が印章づくりへと受け継がれていきます。中心産地の市川三郷町六郷地区は「日本一のはんこの里」と呼ばれ、彫刻から卸、印章ケースの製造まで、はんこに関わる業種が集まっています。印材には水晶のほか、ツゲや水牛の角なども使われます。水晶の手彫り印章は、山梨県以外ではほとんど作られていません。1994年に山梨県郷土伝統工芸品、2000年に国の伝統的工芸品に指定されました。六郷の印章資料館では、印章の歴史に触れられ、篆刻体験もできます。

甲州水晶貴石細工
石工山梨

甲州水晶貴石細工

Koshu Crystal and Gemstone Carving

甲州水晶貴石細工は、水晶やめのう、ひすいなどの天然石に彫刻を施し、丹念に磨き上げて作る工芸品です。甲府市とその周辺が産地で、香炉や仏像、龍や鷹の置物から、ネックレスや指輪などの装身具まで作られています。起源は約1100年前、御岳昇仙峡の奥地にある金峰山で水晶の原石が見つかったことと伝えられます。江戸時代の天保年間には京都から職人が招かれ、鉄板の上に金剛砂(こんごうしゃ:研磨用の硬い砂)をまいて水晶を磨く方法が伝わりました。水晶は硬度が高く、彫って磨き上げるには長い時間がかかります。この研磨の技術は宝石の加工へと広がり、山梨が国内有数の宝飾産地となる礎を築きました。1976年に国の伝統的工芸品に指定されています。甲府市の山梨ジュエリーミュージアムでは、水晶から始まった山梨のジュエリーの歴史に触れられます。

甲州雨畑硯
文具山梨

甲州雨畑硯

Koshu Amehata Inkstone

甲州雨畑硯は、山梨県早川町の雨畑地区で採れる「雨畑真石(あめはたしんせき)」を彫って作る硯です。黒く緻密な粘板岩(ねんばんがん:泥が固まってできた、薄く割れやすい岩)で、石むらがありません。表面の細かく均一な粒子「鋒鋩(ほうぼう)」がほどよく墨をおろし、水を吸いにくいので水持ちも良好です。古くから中国の硯にも勝る良石と評価されてきました。始まりは元禄3年(1690年)、雨宮孫右衛門が身延山へ参詣する途中、早川の河原で黒い石を拾い、硯にしたことと伝えられます。地元には、日蓮の弟子・日朗上人にまつわる、さらに古い伝説も残ります。現在の産地は早川町と富士川町で、富士川町鰍沢には代々続く硯の工房があります。1994年に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。早川町の「雨畑硯の里 硯匠庵」では、銘硯を見学でき、硯づくりも体験できます。

甲州大石紬
織物山梨

甲州大石紬

Koshu Oishi Tsumugi

甲州大石紬は、山梨県富士河口湖町の大石地区で織られてきた手織りの絹織物で、県の指定名称は「甲州大石紬織物」です。河口湖の北岸にあたるこの地域では、養蚕から糸づくり、機織りまでを手作業で一貫して行ってきました。経糸(たていと)には一匹の蚕が作る本繭の糸、緯糸(よこいと)には二匹の蚕が一緒に作る玉繭の糸を使います。糸は、座繰り(ざぐり)という道具で繭から手で引き出します。丈夫で軽く柔らかく、絹特有の滑らかさを備えた風合いが特徴です。郡内地域の織物については、915年に絹を朝廷へ献上したという記述が残ります。江戸時代末期には、富士講の人々や行商人の手で広く売り出されました。1994年に山梨県郷土伝統工芸品に指定されています。大石紬伝統工芸館では、機織りの見学や手織りの体験ができます。

郡内織物(甲斐絹)
織物山梨

郡内織物(甲斐絹)

Gunnai Textiles (Kaiki Silk)

郡内織物は、山梨県東部の郡内地域、とくに富士山麓の富士吉田市と西桂町を中心に織られてきた先染めの織物です。平安時代の法令集『延喜式』には甲斐国が布を納める国として記され、千年以上続く織物の産地とされています。江戸時代には郡内縞などの絹織物が井原西鶴の浮世草子に登場するほど知られました。南蛮貿易で伝わった「海気(かいき)」を源流とする甲斐絹(かいき)は、羽織の裏地に使われる高級絹織物として、江戸時代から昭和初期まで盛んに織られました。甲斐絹そのものは1940年代に姿を消しましたが、「先染め・細番手・高密度」の技術は今も受け継がれています。現在は傘地やネクタイ地、服地、インテリア生地などを手がけ、国産ネクタイ生地の4割に使われています。機屋(はたや)が集まる富士吉田は「ハタオリマチ」とも呼ばれます。

甲州武者のぼり・鯉のぼり
染物山梨

甲州武者のぼり・鯉のぼり

Koshu Musha Nobori and Koinobori

甲州武者のぼり・鯉のぼりは、山梨県南アルプス市で手染めされている端午の節句ののぼりです。戦国時代の戦陣にひるがえった旗指物(はたさしもの)や吹流しが、江戸時代後半に節句を祝うのぼりとして立てられるようになったのが起こりとされます。山梨では、子どもが武田信玄公のように強く育つよう願って武者のぼりが立てられてきました。その製作を受け継ぐのが、江戸時代末期に藍染めから始まった南アルプス市古市場の井上染物店です。木綿の布に糊で輪郭を描き、顔料や染料を重ねる「本染め」で、勇ましい武者や鯉を色鮮やかに染め上げます。すべて手作業で、完成までに2週間以上かかるといいます。平成6年(1994年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。近年は、室内に飾れる小さな鯉のぼりなども作られています。

西嶋和紙
和紙山梨

西嶋和紙

Nishijima Washi

西嶋和紙は、山梨県南巨摩郡身延町の西嶋地区で漉かれている手漉き和紙です。元亀2年(1571年)、武田信玄の命で伊豆の修善寺で紙漉きを学んだ望月清兵衛が、故郷に製法を持ち帰ったのが始まりと伝わります。三椏(みつまた)を主原料とする滑らかで光沢のある紙は信玄に喜ばれ、「西未」の名を与えられました。江戸時代には富士川流域で広く漉かれ、明治以降も手漉きを守り続けます。第二次世界大戦後は、中国から書画用の紙が入らなくなったことを受け、故紙や稲わらを混ぜた手漉きの画仙紙(がせんし)を全国に先駆けて開発しました。墨の発色やにじみ、筆ざわりに優れ、書道家に愛用されています。平成6年(1994年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。2025年には道の駅「にしじま和紙の里 かみすきパーク」が開業し、紙漉き体験もできます。

市川大門手漉和紙
和紙山梨

市川大門手漉和紙

Ichikawa Daimon Washi

市川大門手漉和紙は、山梨県西八代郡市川三郷町の市川大門地区で漉かれてきた和紙です。甲斐の紙の記録は奈良時代にさかのぼり、宝亀4年(773年)の正倉院文書に甲斐が紙の産地として記されています。市川では、甲斐源氏の祖とされる源義清に仕えた紙工の甚左衛門が、紙漉きの技を里人に伝えたのが始まりとされます。武田氏の時代には「美人の肌のように美しい」とたとえられた「肌吉紙(はだよしがみ)」が漉かれ、紙漉き職人は「肌吉衆」として手厚く保護されました。江戸時代には幕府の御用紙として献上されます。その後は障子紙の一大産地となり、生産量日本一を誇ってきました。原料は楮(こうぞ)と三椏(みつまた)で、美術紙や画仙紙にも向きます。平成7年(1995年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。

富士勝山スズ竹細工
木工山梨

富士勝山スズ竹細工

Fuji Katsuyama Suzutake Craft

富士勝山スズ竹細工は、山梨県南都留郡富士河口湖町の勝山地区に伝わる竹細工です。富士山の二合目付近に自生する細い「スズ竹」を割って編み、笊(ざる)や籠などの暮らしの道具を作ります。江戸時代の始め頃から村人の生活の中で工夫が重ねられ、慶長15年(1610年)には冨士御室浅間神社の本宮造営の際に籠を奉納した記録もあるといいます。文化11年(1814年)の地誌『甲斐国志』にも、富士北麓のスズ竹が箕(み)や笊を作る材料になったと記されています。スズ竹はしなやかで香りがよく、編み上げた製品は軽くて丈夫、水切れにも優れます。丁寧に使えば30年、40年ともつとされ、米研ぎざるなど台所の道具として重宝されてきました。平成10年(1998年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。現在は勝山スズ竹伝統工芸センターで、作り手たちが技を受け継いでいます。

山梨の郷土料理

ほうとう
麺類 / 鍋料理山梨

ほうとう

Hoto

ほうとうは、小麦粉を練って幅広に切った生麺を、かぼちゃなどの野菜と一緒に味噌仕立ての汁で煮込む山梨県の郷土料理です。麺に塩を入れずに打つため、下ゆでをせずにそのまま鍋に入れられます。打ち粉がついたまま煮込むので汁にとろみがつき、冷めにくく体が温まります。「うまいもんだよかぼちゃのほうとう」という言葉があるほど親しまれ、2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれました。山梨県は県域の約8割を山林が占め、米がとれる水田は限られていました。そのため麦などを粉にして食べる「粉食(ふんしょく)」の文化が育ち、ほうとうは米に代わる主食となりました。峡南(きょうなん)地域では「のし入れ」「のし込み」とも呼ばれます。現在は県内に専門店が多く、一人前ずつ鉄鍋で出す店が一般的です。

吉田のうどん
麺類山梨

吉田のうどん

Yoshida Udon

吉田のうどんは、富士吉田市を中心とする郡内(ぐんない)地方で食べられている、硬くてコシの強いうどんです。太い手打ち麺を、煮干しなどのだしに味噌と醤油を合わせた汁で食べます。具はゆでたキャベツと甘辛く煮た馬肉が定番です。薬味には、赤唐辛子にごまや山椒などを合わせた「すりだね」を使います。富士山北麓は標高が高く冷涼で、火山灰の土壌のため稲作に向きませんでした。そのため小麦などを使う粉食が根づきました。昭和初期には織物業が盛んで、機織りをする女性に代わって男性が昼食のうどんを作ったといわれます。力強くこねたことが、独特の歯ごたえにつながったとされます。2007年には「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれました。市内には約50軒の専門店があり、民家のような店構えや昼だけの営業も特徴です。

みみ
麺類山梨

みみ

Mimi

みみは、山梨県富士川町の十谷(じっこく)地区に伝わる郷土料理です。小麦粉を練って薄くのばし、5cmほどの正方形に切ります。その片側の二つの角を合わせて三角にし、農具の「箕(み)」の形に整えます。これを大根や里芋、ごぼうなどの野菜と一緒に、煮干しのだしで煮て味噌で味をととのえます。生地はほうとうと似ていますが、形がまったく違い、下ゆでも必要ありません。名前は箕の形に似ていることに由来するとされ、耳に似ているからという説もあります。箕には「福をすくう」意味が込められ、「福箕(ふくみ)」が転じて「みみ」になったとも伝わります。縁起のよい料理として、十谷では今も元旦の朝に歳神様(としがみさま)に供えてから家族で食べます。地元の施設では、みみ作りの体験もできます。

小豆ほうとう
甘味山梨

小豆ほうとう

Azuki Hoto

小豆ほうとう(あずきほうとう)は、ほうとうの麺を、砂糖で甘く味つけした小豆の汁に入れて煮る山梨県の郷土料理です。見た目も味もお汁粉に近く、「しるこほうとう」とも呼ばれます。「小豆ぼうとう」と濁って書かれることもあります。本来、小豆の汁には餅を入れるのがふさわしいとされます。しかし水田の少ない山梨では餅が大変貴重だったため、太めに切ったほうとうの麺を餅の代わりにしたと伝わります。味噌で煮る日常のほうとうとは違い、正月や盆、村の祭り、田植えの時期など、行事や祝い事の日に食べられてきました。北杜市須玉町若神子(わかみこ)の三輪神社の夏祭りは、小豆ほうとうがふるまわれることから「ほうとう祭り」とも呼ばれます。現在は北杜市や甲府市、甲斐市などで受け継がれ、ほうとう専門店で味わうこともできます。

甲府鳥もつ煮
肉料理山梨

甲府鳥もつ煮

Kofu Torimotsu-ni

甲府鳥もつ煮は、鶏の砂肝やハツ(心臓)、レバー、きんかん(産まれる前の卵)などを、砂糖と醤油の甘辛いたれで照り煮にした甲府市の料理です。「もつ煮」といっても、汁気の多い煮込みではありません。少量のたれを強火で短時間煮詰め、あめ状になったたれでもつを包むように仕上げます。戦後まもない1950年(昭和25年)ごろ、甲府市の蕎麦店「奥藤(おくとう)」で考案されたといわれます。捨てられていた鶏のもつを生かそうとしたのが始まりです。その後、蕎麦店から他の飲食店へ広がり、ほうとうや煮貝と並ぶ甲府の食文化になりました。2008年には甲府市職員の有志が「みなさまの縁をとりもつ隊」を結成し、全国にPRを始めました。2010年の「第5回B-1グランプリin厚木」では、初出場で最高賞のゴールドグランプリを獲得しています。

あわびの煮貝
海鮮山梨

あわびの煮貝

Awabi no Nigai (Simmered Abalone)

あわびの煮貝(にがい)は、あわびを醤油で煮込み、煮汁に漬けて味を含ませた山梨県の名産品です。海のない甲州(甲斐国)で生まれた海産物の加工品として知られています。江戸時代、駿河湾の沼津に揚がったあわびを醤油とともに樽に詰め、馬の背に載せて峠を越えて運んだのが始まりと伝えられます。長い道中で醤油がほどよく染み込み、甲斐に着くころにはちょうどよい味に仕上がっていたといいます。甲府城に勤めた武士たちに称賛され、やがて江戸でも知られるようになりました。武田信玄が陣中食に用いたという話もありますが、これは諸説の一つです。現在は国産の黒あわびを使い、肝ごと仕上げる老舗もあります。薄く切って刺身のように味わうのが定番で、正月や結婚式などの祝いの席や贈答品として重宝されています。

信玄餅
郷土菓子山梨

信玄餅

Shingen Mochi

信玄餅は、きな粉をまぶしたやわらかな餅に黒蜜をかけて食べる、山梨県を代表する銘菓です。ひと口大の餅が小さな容器に入り、香ばしいきな粉がたっぷりと添えられています。1968年(昭和43年)に笛吹市の桔梗屋が「桔梗信玄餅」を発売し、山梨土産の定番として全国に知られるようになりました。北杜市の老舗・金精軒も「信玄餅」を製造しており、両社の商品がそれぞれ親しまれています。名前は甲斐の戦国大名・武田信玄にちなみます。信玄が出陣の際に非常食とした餅に由来するとも、山梨でお盆に食べる安倍川餅をヒントに生まれたともいわれます。桔梗信玄餅はビニールの風呂敷で一つずつ包まれ、その結び目は職人の手作業です。笛吹市の工場では製造工程の見学やお菓子の詰め放題も楽しめます。

枯露柿
郷土菓子山梨

枯露柿

Koshu Korogaki

枯露柿(ころがき)は、大きな渋柿の皮をむいて天日で干し上げた、山梨県甲州市などに伝わる干し柿です。主に甲州市産の「甲州百目柿(こうしゅうひゃくめがき)」を使い、表面に白い粉が吹くまでじっくりと乾燥させます。名前は、干す間に日光がまんべんなく当たるよう、実をころころ転がして向きを変えたことに由来するといわれます。武田信玄が陣中食として生産を奨励したのが始まりとも伝わり、江戸時代には甲州名産として幕府への献上品にも使われました。甲州市塩山の松里(まつさと)地区は名産地として知られ、11月上旬から12月初旬には民家の軒先がオレンジ色の柿すだれで彩られます。深みのある甘さと肉厚な食感が魅力の、山梨の冬の味覚です。

身延ゆば
発酵食品山梨

身延ゆば

Minobu Yuba

身延ゆばは、日蓮宗の総本山・身延山久遠寺(くおんじ)の門前町として栄えた山梨県身延町に伝わる湯葉です。豆乳を温めたときに表面にできる薄い膜を引き上げたもので、引き上げたままの生ゆばと、乾かした乾燥ゆばがあります。身延町は、京都や日光と並ぶゆばの産地として知られています。始まりは鎌倉時代、日蓮聖人が身延山に入ったころとされ、弟子たちが師の体を気づかって栄養源としてつくったと伝えられます。良質な植物性たんぱく質や脂質を含むゆばは、肉や魚を使わない精進料理の大切な食材として、久遠寺とともに受け継がれてきました。生ゆばをひと口大に切り、わさび醤油でいただく刺身が人気です。町内には、ゆば料理を出す食事処や宿坊、製造直売所が点在しています。

しょうゆの実
発酵食品山梨

しょうゆの実

Shoyu no Mi

しょうゆの実は、大豆と麦麹を発酵させてつくる山梨県の伝統的な保存食です。かつて山梨の家庭では大豆から醤油を手づくりしており、その際に残った大豆を発酵させたものを「しょうゆの実」と呼んだと伝わります。古くは甲府盆地の峡中(きょうちゅう)地域の伝統食でしたが、現在は南アルプス市の芦安(あしやす)地域でのみ受け継がれています。芦安は南アルプスのふもとにある、傾斜地の多い高冷地です。野菜や米づくりに向かない土地で、寒さに強い大豆が多く栽培されてきました。煮た大豆に麦麹を混ぜて木箱でカビを付け、乾燥させたものを水と酒で戻し、塩で味を調えて仕上げます。ねぎやしらす干しを加え、麦ごはんにのせて食べるのが昔ながらの味わい方です。貴重なたんぱく源として、山あいの冬の食卓を支えてきました。

モデルコース

甲府駅周辺で印伝・水晶と鳥もつ煮・煮貝を味わうコース

JR甲府駅南口から歩いて山梨ジュエリーミュージアムを訪ね、水晶の装身具や職人の作品を見学します(入館無料、火曜休館)。昼は奥藤本店 甲府駅前店で、発祥の店の甲府鳥もつ煮を手打ち蕎麦と味わいましょう。午後は甲府市中央の印傳屋本店へ向かい、2階の印傳博物館で印伝の歴史と模様に触れます。すぐ近くのみな与では、お土産にあわびの煮貝を選べます。

富士吉田・河口湖で織物とスズ竹細工、麺の名物をめぐるコース

富士急行線の富士山駅にあるハタオリマチ案内所で、郡内織物の歴史と生地を見てから機屋めぐりの情報を集めます。昼はみうらうどんで、馬肉とキャベツをのせた吉田のうどんを味わいましょう。午後は河口湖畔の大石紬伝統工芸館で機織りの実演を見学し、手織り体験にも挑戦できます(要予約)。近くの富士大石ハナテラスには、市川の和紙小物を扱うめでたや河口湖店があります。夕食はほうとう不動 河口湖北本店でほうとうを。

富士川沿いの峡南で、はんこ・和紙・硯と身延ゆばに出会うコース

市川三郷町の地場産業会館で印章資料館を見学し、六郷印章業連合組合の篆刻体験で石に名前を彫ります(水〜金曜、要予約)。身延町へ南下し、道の駅 にしじま和紙の里 かみすきパークで紙漉きを体験しましょう。昼はみのぶ ゆばの里でゆば定食を味わいます。車があれば早川町の雨畑硯の里 硯匠庵まで足をのばし、銘硯の展示や硯づくりの体験(要予約)を楽しめます。

峡東で信玄餅の工場見学と枯露柿の柿すだれを訪ねるコース

笛吹市の桔梗信玄餅工場テーマパークで、職人が信玄餅を風呂敷で包む工程をガラス越しに見学します(無料)。朝9時からのお菓子の詰め放題も人気です。続いてJR塩山駅前の旧高野家住宅(甘草屋敷)へ向かいましょう。秋には軒先に枯露柿が吊るされ、柿すだれの風景を間近で眺められます。帰りにはJAフルーツ山梨フルーツ直売所で、ころ柿などの加工品も選べます。

イベント

信玄公祭り

毎年4月(2026年は4月3日〜5日、甲州軍団出陣は4月4日) / 甲府市 舞鶴城公園周辺

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ハタオリマチフェスティバル

例年10月中旬(2025年は10月18日・19日) / 富士吉田市下吉田エリア(小室浅間神社ほか)

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地図