山形県画像: Wikimedia Commons

山形県

出羽三山や蔵王連峰、最上川に抱かれた山形県は、村山・最上・置賜・庄内の4つの地域ごとに異なる気候風土が育んだ多彩な手仕事と食文化が息づく県です。全国生産量の約95%を占める天童将棋駒や、上杉鷹山の殖産興業に端を発する置賜紬、約900年の歴史を持つ山形鋳物など5つの経済産業大臣指定伝統的工芸品を有し、北前船の寄港地・酒田には船箪笥や庄内刺し子といった独自の手仕事も伝わります。食では秋の風物詩「芋煮会」で親しまれる芋煮や、日本三大和牛の一つ米沢牛、串に刺した玉こんにゃくなど、地域ごとに個性豊かな郷土の味が受け継がれています。夏には山形花笠まつりが県内外から多くの人を集めます。

天童将棋駒置賜紬山形鋳物芋煮米沢牛玉こんにゃく

山形の伝統工芸

置賜紬
織物山形

置賜紬

Oitama Tsumugi

置賜紬は、山形県南部の置賜地方(米沢市・長井市・西置賜郡白鷹町)で織られる紬織物の総称です。米沢藩主・上杉鷹山が藩の財政再建のため殖産興業政策として織物業を奨励したことに端を発し、米沢紬、長井紬、白鷹紬という3つの産地がそれぞれ独自の技法を育みながら発展してきました。米沢紬は紅花や草木を用いた染めの美しさ、長井紬は緯総絣や経緯併用絣の精緻な柄、白鷹紬は全国でも白鷹町の織元でしか継承されていない「板締め絣」による繊細な小絣模様が特徴です。1976年(昭和51年)、これら3産地の紬が「置賜紬」として経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。素朴で温かみのある風合いと、手仕事ならではの絣模様の美しさが多くの着物愛好家を惹きつけています。

山形鋳物
金工山形

山形鋳物

Yamagata Imono

山形鋳物は山形市を中心に約900年の歴史を持つ鋳物工芸です。平安時代後期の康平年間(11世紀半ば)、源頼義に従軍した鋳物師が馬見ヶ崎川流域の砂と土質が鋳型づくりに適していることを見出し、この地に住み着いたのが始まりと伝えられています。江戸時代には最上義光が城下町を整備した際、鋳物師町(現在の銅町)を設けて職人を集住させ、産地としての基盤を築きました。南部鉄器の重厚で装飾的な作風に対し、山形鋳物は薄肉で繊細な鋳肌を活かした簡素な美しさが特徴とされ、茶の湯釜や鉄瓶、花瓶といった生活工芸品から梵鐘や灯籠まで幅広く手がけられています。1975年(昭和50年)、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。近年は鉄瓶や風鈴に加え、インテリア雑貨など現代の暮らしに合う新しい製品づくりにも取り組まれています。

天童将棋駒
木工山形

天童将棋駒

Tendo Shogi Goma

天童将棋駒は山形県天童市を中心に作られる将棋の駒で、全国生産量の約95%を占めるといわれています。起源は江戸時代後期、財政難に苦しんでいた天童織田藩が下級武士の内職として将棋駒づくりを奨励したことに遡ります。米沢藩を通じて大阪の駒師から技術を学び、幕末には草書体を用いた「書き駒」の基礎が確立されました。明治以降は分業体制が整い大量生産地として発展し、昭和初期には全国一の生産量を誇るまでになりました。原材料には「木の宝石」とも呼ばれる伊豆諸島・御蔵島産のツゲが用いられ、書き駒・彫り駒・彫り埋め駒・盛り上げ駒の4種類があります。中でも漆で文字を盛り上げる「盛り上げ駒」は最高級品とされ、将棋のタイトル戦でも使用されています。1996年、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。

羽越しな布
織物山形・新潟

羽越しな布

Uetsu Shinafu

羽越しな布は、山形県鶴岡市関川地区と新潟県村上市山熊田・雷地区に伝わる、シナノキやオオバボダイジュなどの樹皮繊維を糸にして織り上げる布です。木の皮を原料とする織物としては日本最古とされ、縄文時代から続くとされる「原始布」の一つとして、沖縄の芭蕉布、静岡の葛布と並び日本三大古代布に数えられています。糸づくりから機織りまですべての工程が手作業で、22ほどの工程を経て約1年の歳月をかけて仕上げられます。丈夫で水に強く、使い込むほどにしなやかな風合いが増すのが特徴で、かつては野良着や米袋、漁網などに用いられましたが、現在は帽子やバッグ、帯などに姿を変えて受け継がれています。2005年(平成17年)、山形・新潟にまたがる3産地のしな布が「羽越しな布」として経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。

山形仏壇
木工山形

山形仏壇

Yamagata Butsudan

山形仏壇は、山形市を中心に木地・宮殿・彫刻・塗装・蒔絵・金具・箔押しの7つの工程がそれぞれ専門の職人による分業でつくられる仏壇です。享保年間(1724〜1736年頃)、江戸浅草で彫刻の技術を学んだ星野吉兵衛が山形に戻り、欄間や仏具の製作を始めたのが起源とされています。2代目・吉兵衛広高が地元の職人たちを集めて仏壇づくりを本格化させ、最上川舟運によって上方から優れた技術や文化がもたらされたことも産地の発展を後押ししました。明治28年(1895年)頃に7職分業の生産体制が確立し、日本最北の仏壇産地として発展を続け、1980年(昭和55年)に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。ケヤキなどを用いた堅牢な木地組みと、深く精緻な彫刻、落ち着いた黒金具や沈金金具が特徴です。

平清水焼
陶器山形

平清水焼

Hirashimizu-yaki

平清水焼は山形市南東に位置する千歳山の南麓、平清水の里で焼かれる陶磁器です。千歳山から採れる鉄分を多く含んだ陶石を原料とすることから「千歳焼」とも呼ばれます。江戸時代後期の文化年間(1804〜1818年)に常陸国から来た陶工・小野藤治平が始祖とされます。その後の文政年間には相馬藩の陶工が窯を開いて相馬焼の技法をもたらし、窯業の一大集落へと発展しました。明治中期の最盛期には30軒を超える窯元が軒を連ねましたが、現在は青龍窯・七右エ門窯など数軒を残すのみです。陶器と磁器の両方の原料となる土が採れる珍しい産地で、窯元ごとに釉薬や技法が異なります。千歳山の原土に含まれる硫化鉄が生む青白い斑点の「梨青瓷」や、純白釉に黒斑が浮かぶ「残雪」など個性豊かな作品が作られています。

深山和紙
和紙山形

深山和紙

Miyama Washi

深山和紙は山形県白鷹町の深山地区で受け継がれる手漉き和紙で、原料には地元で栽培された楮を用います。その起源は約400年前に遡るとされ、上杉藩の御用紙として京の都でも用いられるなど、長く厳しい冬を過ごす山あいの村の家内工業として代々受け継がれてきました。江戸時代には米沢藩主・上杉鷹山が財政再建策の一環として楮の栽培を奨励し、多くの村人が農閑期の副業として紙漉きに携わりました。あたたかみのある独特の風合いを持ち、便箋やちぎり絵、和紙人形、さらにはウエディングドレスの素材としても利用されています。1978年には山形県の無形文化財に指定され、現在は深山和紙振興研究センターが技術の継承と紙漉き体験の拠点となっています。

山形打刃物
金工山形

山形打刃物

Yamagata Uchihamono

山形打刃物は山形市を中心に受け継がれる鍛冶の技による打刃物です。その始まりは南北朝時代の1356年、最上氏の始祖・斯波兼頼が山形に入部する際に鍛冶師を伴い、鍛冶集落を形成して武具や農具を作らせたことに遡るとされます。江戸時代には山形藩主・最上義光が城下に鍛冶町を置いて鍛冶師を優遇し、歴代領主の庇護のもとで技術が磨かれました。江戸後期には刀剣の名匠・庄司直胤を輩出し、明治以降は刀剣需要の減少とともに、包丁や鎌、鋏、鍬など生活に根ざした刃物づくりへと軸足を移しました。軟らかい鉄と硬い鋼を火造りで接合して打ち鍛える「自由鍛錬」という技法を今に伝え、切れ味と粘り強さを両立させた刃物として評価されています。

庄内刺し子
染物山形

庄内刺し子

Shonai Sashiko

庄内刺し子は酒田市を中心とする庄内地方に伝わる伝統の刺し子で、青森県の「こぎん刺し」「南部菱刺し」と並ぶ日本三大刺し子の一つに数えられます。稲作中心で綿花栽培に向かない庄内地方では衣類の自給が難しいという事情がありました。そこで江戸時代中期、北前船の交易によって京都・大阪から入ってきた古着や古布を、布目にかまわず重ね刺しして丈夫な野良着を仕立てたことが始まりとされています。藍染めの木綿布に白い木綿糸で細かい針目を刺し、保温性や耐久性を高めるとともに、魔除けの意味も込められました。「米刺し」「うろこ刺し」「菱刺し」など約40種の基礎刺しがあり、豊年満作や大漁祈願、家族の健康といった願いを込めた幾何学模様が特徴です。昭和58年(1983年)には愛好者らが「平田さしこの会」を結成し、技術の継承に取り組んでいます。

酒田船箪笥
木工山形

酒田船箪笥

Sakata Funadansu

酒田船箪笥は江戸時代から大正時代にかけて、北前船の船乗りが船内で貴重品を保管するために作らせた頑丈な箪笥です。酒田は佐渡小木、福井県三国と並ぶ船箪笥の三大産地の一つに数えられます。日本海側で船が商品を仕入れて売買する「買積」という廻船業の形態のもと、寄港地であった酒田でも独自の船箪笥づくりが発展しました。外側には堅牢な欅材と装飾性の高い鉄金具を用い、内側には高湿度で膨張して水の浸入を防ぐ桐材を使う二重構造が特徴です。火事や難破の際にも運び出しやすいよう小型に作られ、懸硯・帳箱・半櫃など用途に応じた様式があります。江戸時代には斉藤如斎をはじめとする名工も現れましたが、現在は装飾金具や漆塗りの職人が不足しており、継承が課題となっています。

山形の郷土料理

芋煮
鍋料理山形

芋煮

Imoni

芋煮は、山形県の里芋を主役にした鍋料理で、秋になると河原に鍋や薪を持ち寄って仲間や家族で楽しむ「芋煮会」が県内各地の風物詩として親しまれています。発祥は江戸時代の最上川舟運にさかのぼり、里芋の産地だった中山町周辺で船頭たちが積み荷の棒ダラと地元の里芋を一緒に煮て食べたことがルーツとされます。県内でも味付けや具材には大きな地域差があり、内陸の村山地方では牛肉と醤油による甘辛い味付けが定番である一方、庄内地方では豚肉と味噌を使い、きのこや厚揚げも加えた具だくさんの汁に仕上げます。最上地方は山菜やきのこを、置賜地方は木綿豆腐と隠し味の味噌を加えるなど、同じ「芋煮」でも地域ごとに個性豊かな味わいが楽しめるのが特徴です。毎年9月には山形市の馬見ヶ崎川河川敷で「日本一の芋煮会フェスティバル」が開催され、直径6mの大鍋で約3万食がふるまわれます。

どんがら汁(寒鱈汁)
鍋料理山形

どんがら汁(寒鱈汁)

Dongara-jiru (Kandara-jiru)

どんがら汁は、山形県庄内地方の冬を代表する郷土料理で、産卵のため沿岸に集まる真鱈「寒鱈」を、身だけでなく内臓・白子・皮・アラまでほぼ丸ごと使って味噌仕立てにする豪快な鍋料理です。「どんがら」とは魚の骨やあらを指す言葉で、身とあら(胴殻)を余さず使うことに由来するとされます。もともとは庄内の漁師たちが船上や浜で寒さをしのぐために食べていた漁師料理が始まりとされ、脂ののった肝を溶き入れることでコクのある濃厚な味わいに仕上がるのが最大の特徴です。1月上旬から2月上旬の「寒」の時期にとれる4kg以上の脂の乗った寒鱈が最も美味とされ、この時期には鶴岡市や酒田市で「寒鱈まつり」が開催され、大鍋のどんがら汁がふるまわれます。伝統的には長ねぎは入れず、仕上げに岩のりを添える食べ方が本来の形とされています。

納豆汁
発酵食品山形

納豆汁

Nattojiru

納豆汁は、山形県内陸部を中心に受け継がれてきた冬の郷土料理で、すり鉢で粒が見えなくなるまですりつぶした納豆を、具だくさんの味噌汁に溶き込んでとろみをつけた汁物です。雪深い山形では冬場に自家製の納豆を保存食として作る習慣があり、糸引きの弱い納豆を汁物に活用したのが始まりとされます。動物性たんぱく質を摂る機会が少なかった内陸部の人々にとって、大豆由来の納豆や豆腐でたんぱく質を補う料理でした。里芋の茎を干した保存食「いもがら」やきのこ、山菜、こんにゃくなどを加えてビタミンや食物繊維も一緒に摂れることから、栄養面でも優れた料理として親しまれてきました。食べる時期には地域差があり、村山地域では1月7日の七草の頃、最上地域では正月、庄内地域では大黒様のお歳夜(12月)に食べる風習があるとされます。手間がかかるため家庭で作る機会は減っていますが、旅館や飲食店、学校給食などで受け継がれています。

おみ漬
発酵食品山形

おみ漬

Omizuke

おみ漬は、山形県米沢市を中心に作られてきた漬物で、山形県を代表する青菜「山形青菜」を主役に、大根や人参などの野菜を細かく刻んで塩漬けにした常備菜です。山形青菜は1904年に中国の重慶からもたらされた品種で、1908年に山形県での本格的な栽培が始まり、大正から昭和にかけて県内全域に栽培が広がりました。名前の由来には諸説ありますが、有力なのは近江出身の商人にまつわる説です。山形青菜漬では肉厚な茎の部分が珍重される一方で葉先が余りがちだったところ、その商人が葉先を刻んで漬物にした「近江漬」が転じて「おみ漬」になったとされています。ほかにも、刻んだ野菜を揉んで漬けることから「もみ漬」が転じたという説もあります。青菜漬が出回る前の時期にも食べられ、冬場の貴重な野菜を無駄なく使い切る生活の知恵から生まれた郷土の味として、現在も家庭や漬物店で作られ続けています。

米沢牛
肉料理山形

米沢牛

Yonezawa Beef

米沢牛は、山形県の置賜地方で肥育される黒毛和種のブランド牛で、松阪牛・神戸牛と並ぶ「日本三大和牛」の一つに数えられ、東日本では唯一の存在として知られています。その歴史は1871年(明治4年)、藩校・興譲館の教師として米沢に招かれたイギリス人チャールズ・ヘンリー・ダラスが、故郷を懐かしんで現地の牛肉を食べたことに始まるとされます。1875年に任期を終えたダラスは、米沢の牛を1頭連れて横浜の外国人居留地に戻り、仲間に振る舞ったところその味わいが評判となりました。牛肉の大消費地であった横浜で高い評価を得たことをきっかけに、ダラスが米沢の家畜商と横浜の問屋を仲介し、「米沢牛」として売り出されました。これが、松阪牛・神戸牛とは異なるルートで全国に知られるようになった始まりです。現在は米沢牛銘柄推進協議会により、黒毛和種の未経産雌牛で置賜地域で肥育され、出荷月齢33か月以上、肉質等級3等級以上などの基準を満たしたものだけが「米沢牛」を名乗ることができます。

鯉のうま煮
海鮮山形

鯉のうま煮

Koi no Umani

鯉のうま煮は、山形県内陸部の置賜地方・米沢市を中心に伝わる、鯉を輪切りにして醤油・砂糖・酒で甘辛く煮た郷土料理です。内陸で海の幸に恵まれない置賜地方では古くから淡水魚の鯉が貴重なたんぱく源とされてきました。江戸時代後期に米沢藩9代藩主・上杉鷹山が鯉の養殖を奨励したことが、今に続く食文化の礎になったと伝えられています。日露戦争後に砂糖が入手しやすくなったことで、現在のような甘辛い味付けが定着したとされ、骨まで柔らかく煮込み、胆のうを除けば頭から尾まで余すところなく食べられます。正月・お盆・結婚式など祝いの席に欠かせない一品で、「鯉」は「来い」に通じる縁起物として尊ばれてきました。現在も米沢市周辺で育てられた「米沢鯉」は、米沢牛・館山りんごと並ぶ地域ブランドとして守られています。

山形の冷やしラーメン
麺類山形

山形の冷やしラーメン

Yamagata Hiyashi Ramen (Cold Ramen)

山形の冷やしラーメンは、山形市発祥とされる、冷たいスープに冷やした中華麺を入れた中華そばです。1952年頃、山形市の中華そば店「栄屋本店」の常連客から「冷たい蕎麦はあるのに、冷たい中華そばはできないのか」と聞かれたことがきっかけでした。初代店主・阿部専四郎が試行錯誤の末に考案したのが起源とされています。氷を浮かべるなどしてしっかり冷やしたスープに、コシのある中太麺と具材を合わせた一杯で、夏の定番として県内外で親しまれています。現在では栄屋本店をはじめ、山形市内外の多くのラーメン店が独自の冷やしラーメンを提供しており、山形を代表するご当地グルメの一つとして知られています。

くじら餅
郷土菓子山形

くじら餅

Kujira Mochi

くじら餅は、新庄市・最上地方を中心に伝わる郷土菓子で、うるち米やもち米の粉に砂糖、くるみなどを混ぜて型に流し蒸し上げた、平たく長い餅菓子です。名前とは異なり鯨の肉は使われていません。その由来には「久しく持ちが良い『久持良(くじら)』から」「かつて米一升で作った大きさが鯨に例えられた」「見た目が塩漬けの鯨肉に似ている」など諸説があります。江戸時代、新庄藩3代藩主・戸沢正庸の頃に兵糧として用いられたのが始まりとされ、旧暦の桃の節句(4月3日)にひな菓子として供える風習とともに、各家庭で作り継がれてきました。現在は新庄市内の菓子店が製造・販売する新庄土産の代表格として親しまれています。

笹巻き
郷土菓子山形

笹巻き

Sasamaki

笹巻きは、水に浸したもち米を笹の葉で三角形や俵型に包み、いぐさなどの紐で結んで熱湯でゆで上げた山形県の郷土食で、他県で「ちまき」と呼ばれるものにあたります。端午の節句(旧暦5月5日)に、子どもの健やかな成長を願って各家庭で作られてきました。笹の葉には防腐性・抗菌性があるとされ、古くから保存食や携帯食を包む材料として重宝されてきました。巻き方には地域差があり、最上地域では円すい型、置賜地域ではげんこつ型に巻かれるほか、鶴岡市南部では灰汁水で煮る独特の製法が伝わります。食べるときは笹の葉をほどき、きなこと黒蜜(または砂糖)をかけていただくのが基本です。

玉こんにゃく
鍋料理山形

玉こんにゃく

Tama Konnyaku

玉こんにゃくは、直径3cmほどの球状に丸めたこんにゃくを串に刺し、醤油ベースのだしでじっくり煮込んだ、山形県民のソウルフードともいわれるご当地グルメです。平安時代、山寺(立石寺)を開山した慈覚大師が中国から持ち帰ったこんにゃくを寺の精進料理に用いたのが始まりと伝えられ、やがて周辺住民に広まり県内全域に定着しました。板こんにゃくや糸こんにゃくは全国に見られますが、串に刺して食べ歩く「玉こんにゃく」というスタイルは山形ならではの食文化です。祭りや観光地、花見の屋台などで定番の食べ歩きグルメとして親しまれ、練りがらしをつけて食べるのが一般的です。

モデルコース

天童・山形市で将棋駒と鋳物、芋煮を楽しむコース

全国生産量の約95%を占める天童将棋駒の専門店で書き駒体験を楽しんだのち、約900年の歴史を持つ山形鋳物の工房を訪ね、山形市の郷土料理店で村山・庄内など地域ごとに異なる芋煮を食べ比べる、村山地方の手仕事と味覚をめぐる一日コース。

米沢で紬織と米沢牛を味わうコース

上杉鷹山の殖産興業政策に始まる置賜紬の織元を訪ねたのち、日本三大和牛の一つに数えられる米沢牛を老舗のすき焼き店で味わう、置賜地方の伝統と美食をめぐるコース。

酒田・鶴岡で北前船ゆかりの手仕事と冬の味覚をめぐるコース

北前船の寄港地として栄えた酒田で、藍染め木綿に細かな針目を刺す庄内刺し子と、船内で貴重品を守った酒田船箪笥の技に触れたのち、真鱈を丸ごと使う冬の郷土鍋どんがら汁で温まる、庄内地方の歴史と食をめぐるコース。

イベント

山形花笠まつり

毎年8月5日〜7日(2026年は第64回) / 山形市中心市街地メインストリート(十日町・本町・七日町大通り〜文翔館)

詳細を見る →

日本一の芋煮会フェスティバル

毎年9月(敬老の日の前日。2026年は9月20日) / 山形市馬見ヶ崎川河川敷(双月橋付近)

詳細を見る →

地図