佐賀県画像: Wikimedia Commons

佐賀県

有田焼・伊万里焼・唐津焼という日本を代表する三大陶磁器産地を擁し、「やきものの国」として世界にその名を知られる地域。1616年に日本で初めて磁器が焼かれた有田をはじめ、将軍家への献上品を焼いた「秘窯の里」大川内山、茶人に愛された唐津焼の窯場など、陶磁器文化の奥深さは随一。佐賀錦や鍋島緞通、肥前びーどろといった佐賀藩の保護のもとで育まれた繊細な手仕事も今に伝わる。有明海の広大な干潟が育むムツゴロウやワラスボ、がん漬けなど独自の食文化に加え、佐賀牛や呼子イカ、小城羊羹といった全国区の名物も豊富。長崎街道が通った小城・鹿島の砂糖文化と、有明海・玄界灘という二つの海に育まれた食の多様性も魅力。

有田焼伊万里焼唐津焼佐賀錦呼子イカ佐賀牛小城羊羹

佐賀の伝統工芸

有田焼
陶器佐賀

有田焼

Arita-yaki

有田焼は佐賀県有田町を中心に生産される磁器で、日本における磁器発祥の地として知られます。1616年(元和2年)頃、朝鮮出兵の際に肥前へ渡った陶工・李参平が有田東部の泉山で良質な陶石を発見し、天狗谷窯で日本初の白磁を焼いたことが起源とされます。江戸時代には染付を基調とした初期伊万里に始まり、1640年代には赤を主調とする色絵の柿右衛門様式、藩窯による献上品専用の鍋島様式、金彩を施した豪華な金襴手など多様な様式が花開きました。伊万里港から積み出されたことから「IMARI」の名で東インド会社を通じヨーロッパへも大量に輸出され、西洋の陶磁器文化にも影響を与えました。1977年に国の伝統的工芸品に指定され、現在も陶山神社や有田陶器市など、町全体が窯業とともに息づいています。

伊万里焼
陶器佐賀

伊万里焼

Imari-yaki

伊万里焼は、有田周辺で焼かれた磁器が積み出し港である伊万里港から各地へ運ばれたことに由来する呼び名です。江戸時代に海外へ輸出された古い有田焼は「古伊万里」と呼ばれ、現在では特に伊万里市大川内山で焼かれる磁器を指すことが多くなっています。大川内山は1675年に佐賀藩鍋島家が藩窯を有田から移転させた地で、将軍家や諸大名への献上品・贈答品を焼く「秘窯の里」として発展しました。山あいの谷にあるこの地には技術の漏洩を防ぐための関所が置かれ、職人たちは一生をこの地で過ごしたと伝えられます。明治以降に一般販売が始まり、1873年のウィーン万国博覧会にも出品されました。精緻な染付と気品ある色絵を特徴とし、現在も約30の窯元が伝統の技を守り続けています。

唐津焼
陶器佐賀

唐津焼

Karatsu-yaki

唐津焼は佐賀県唐津市を中心に、佐賀県西部から長崎県北部にかけて焼かれる陶器です。茶人の間では「一楽二萩三唐津」と称され、楽焼・萩焼と並んで茶陶の名品として珍重されてきました。創始は1580年代、岸岳城主・波多氏の庇護のもとに開窯したのが始まりとみられ、豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際に連れ帰られた朝鮮人陶工により、蹴轆轤や連房式登り窯、叩き作りといった新技術がもたらされ、生産が飛躍的に発展しました。唐津港から西日本一帯へ広く流通し、当時は焼き物全般を「からつもの」と呼ぶほど代表的な産地として知られました。明治以降は一時衰退しましたが、十二代中里太郎右衛門(無庵)による古唐津技法の復興を経て再興し、1988年に国の伝統的工芸品に指定されています。

佐賀錦
織物佐賀

佐賀錦

Saga-nishiki

佐賀錦は、金銀箔を漆で和紙に貼り細く裁った「箔糸」を経糸に、絹糸を緯糸にして手織りする絹織物です。江戸時代後期の文政年間、肥前鹿島藩・鹿島鍋島家9代藩主夫人の柏岡の方が、病床で見た部屋の天井の網代組の美しさに着想を得たことが起源とされます。11代藩主夫人の柳岡の方と13代藩主夫人の葛子が、紙糸や綿糸を用いた手遊びの織物として発展させ、後に金銀箔糸と絹糸を用いた高級品へと洗練されました。長らく「おくみもの」「組錦」「鹿島錦」などの名で呼ばれていましたが、1910年(明治43年)のロンドン日英大博覧会に出品され好評を博したことを機に、産地を明らかにする「佐賀錦」の名で統一されるようになりました。精緻な幾何学文様が織りなす金銀の輝きが特徴で、帯や小物などに用いられています。

鍋島緞通
織物佐賀

鍋島緞通

Nabeshima Dantsu

鍋島緞通は、佐賀城下郊外の嘉瀬郷扇町村を発祥とする日本最古の綿緞通(手織りの敷物)です。江戸時代の元禄年間(1688〜1704年)、農夫の古賀清右衛門が長崎で中国人から緞通の織り方を学び、「扇町毛氈」として織り上げたのが始まりと伝えられます。中央アジアからトルコ、中国を経て伝わったとされる技術は、羊毛を用いる海外の緞通と異なり、経糸・緯糸のすべてに佐賀県白石産などの上質な木綿を用いる点が特徴です。佐賀藩三代藩主・鍋島綱茂がその評判を喜んで扶持米を与えて保護したことから藩の御用品となり、一般への売買は長らく禁じられていました。明治時代に一般販売が始まり、1873年のウィーン万国博覧会にも出品されています。現在も数百年前と変わらぬ手織り機を用い、職人が一枚ずつ丁寧に織り上げる貴重な工芸品として受け継がれています。

名尾手漉和紙
和紙佐賀

名尾手漉和紙

Nao Tesuki Washi

名尾手漉和紙は、佐賀市大和町名尾地区で300年以上受け継がれてきた手すき和紙です。江戸時代中期の1690年(元禄3年)、名尾村の庄屋・納富由助が筑後国溝口村(現・福岡県八女市)で紙すきの技術を習得して持ち帰ったことに始まります。耕地の少ない山間の名尾では、この技術が農家の貴重な副業として広まり、最盛期の昭和初期には100軒近い家が紙すきを営む一大産地となりました。原料には一般的な楮ではなく地区に自生・栽培される梶の木を用いるのが最大の特徴で、繊維が長く絡み合うため薄くても丈夫な紙に仕上がり、提灯紙や番傘、合羽、障子紙などとして重用されてきました。しかし機械化や生活様式の変化により従事者は減少を続け、現在は「名尾手すき和紙」を営む谷口家一軒のみがその技術を継承しています。7代目・谷口弦氏が工房を守り、伝統を生かしながら新しい和紙製品づくりにも取り組んでいます。

肥前びーどろ
ガラス佐賀

肥前びーどろ

Hizen Biidoro

肥前びーどろは佐賀市に伝わる宙吹きガラスの伝統工芸です。ルーツは幕末の1852年(嘉永5年)、佐賀藩10代藩主・鍋島直正が多布施川のほとりに設けた精煉方(理化学研究所に相当する研究機関)に遡ります。大砲製造や医薬品開発のための化学薬品容器としてガラス器の製造が研究され、藩の保護のもとで技術が育まれました。精煉方に幼少期から従事していた副島源一郎が独立し、1903年(明治36年)に副島硝子工業を創業して技術を受け継ぎ、以来120年以上にわたり手作りガラスを作り続けています。ほとんどの製品は型を使わず息の吹き込みだけで成形する「宙吹き」技法で作られ、なかでも吹き棹を2本同時に操る「ジャッパン吹き」は世界的にも希少な高度技法として知られます。現在は佐賀市の重要無形文化財に指定され、副島硝子工業が唯一の製造元として伝統を守っています。

諸富家具
木工佐賀

諸富家具

Morodomi Kagu

諸富家具は佐賀市諸富町で作られる家具の総称で、筑後川を挟んで対岸に位置する福岡県大川市の家具産地と隣り合う立地を背景に発展してきました。諸富町では古くから指物大工を中心とした木工業が営まれていましたが、1935年に旧国鉄佐賀線が開通したことで400年の歴史を持つ大川の家具産地との往来が盛んになり、新たな木工技術が伝わりました。1955年に筑後川に諸富橋・大川橋が架けられると交流はさらに深まり、1966年に橋が無料開放されると大川からの家具製造企業の進出が加速し、九州でも有数の家具産地へと成長しました。1980年には家具の年間出荷額が100億円を超え、九州第2位の家具産地となっています。桐たんすや座卓などの和家具から現代的な椅子・ソファまで幅広く手がけ、2022年には地域団体商標として「諸富家具」が登録されました。高い木工技術とデザイン性を兼ね備えた家具産地として、現在は海外への輸出にも力を入れています。

西川登竹細工
木工佐賀

西川登竹細工

Nishikawanobori Takezaiku

西川登竹細工は佐賀県武雄市西川登町に伝わる竹細工で、真竹や淡竹を用いてざるやかご、弁当箱など生活に根差した道具を手作業で編み上げる伝統工芸です。明治初期に農家の副業として始まったとされ、1909年には西川登村竹細工組合が設立されるなど地場産業として発展し、20世紀初頭から戦後にかけては500人を超える職人を抱える一大竹細工産地となりました。しかし1950年代以降、家具や農具に合成樹脂製品が普及すると需要は徐々に減少し、現在は栗山商店をはじめとする数事業者がその技術を受け継いでいます。竹を割いて幅を整え、しなりを生かして編み込む工程はすべて手作業で行われ、米とぎざるに使われる「菊底編み」など独自の編み技法も伝わります。佐賀県指定伝統的地場産品として、近年はランチボックスやランプシェードなど現代の暮らしに合う製品も生み出され、SDGsの観点からも若い世代に再注目されています。

弓野人形
陶器佐賀

弓野人形

Yumino Ningyo

弓野人形は佐賀県武雄市西川登町弓野地区で作られる郷土人形です。1882年(明治15年)、博多人形師・藤原清重に師事していた原田亀次郎が、博多人形の作風に飽き足らず九州各地を修行する中で弓野の吉田山に立ち寄り、そこで採れる黒灰色の粘土に触れたことから創作意欲を得て、この地に人形づくりを興したのが始まりとされます。当初は博多人形に近い洗練された作風でしたが、次第に胡粉を厚く塗ったぽってりとした丸みのある形と、鮮やかな彩色を特徴とする素朴で親しみやすい人形へと変化していきました。石膏型に粘土を詰めて成形し、乾燥・焼成の後、胡粉を重ね塗りして表情を作り、手作業で彩色を施すのが基本の工程です。招き猫や十二支など縁起物のモチーフが多く、なかでも招き猫の貯金箱は人気の製品として知られます。現在は創業140年を超える江口人形店が、その伝統をほぼ唯一継承しています。

佐賀の郷土料理

呼子イカ
海鮮佐賀

呼子イカ

Yobuko Ika

呼子イカは、佐賀県唐津市呼子町周辺の玄界灘で水揚げされるケンサキイカなどを、活きたまま透き通った姿で提供する活き造りを指す呼び名です。呼子港は玄界灘の好漁場に近く、新鮮なイカが水揚げされる漁師町として知られ、朝市文化とともにイカ料理が発展してきました。皿の上でわずかに動き、皿の模様が透けて見えるほど透明な身は、鮮度の高さの証として観光客の人気を集めています。主に使われるケンサキイカは、全国の漁業関係者が地域を代表する魚として推薦する「プライドフィッシュ」にも選ばれています。刺身として楽しんだ後、残った耳や足は天ぷらや塩焼きにして食べ尽くす楽しみ方も定着しており、「イカの町」として呼子の観光を支える看板料理となっています。

佐賀牛
肉料理佐賀

佐賀牛

Saga Gyu

佐賀牛は、JAグループ佐賀管内で飼育された黒毛和種の中から、日本食肉格付協会による肉質等級が4等級以上、かつ脂肪交雑の指標であるBMSナンバーが7以上の牛肉のみが名乗ることを許されるブランド牛肉です。厳格な基準を満たしたものだけが「佐賀牛」を名乗れる仕組みにより、きめ細かな霜降りと柔らかな肉質を安定して届けることを実現しています。1984年に関西の食肉市場で佐賀牛のシールを添付して販売したのがブランドとしての始まりとされ、2000年には商標登録も取得しました。全国的にも格付け基準の厳しさで知られ、仙台牛に次ぐ厳格さとも評されるブランド牛として、佐賀県を代表する食のブランドに育っています。2007年にはJAグループ佐賀の統合に伴い、JAさが管内で肥育された黒毛和種全体が対象となり、産地・生産者を問わず統一した品質基準のもとでブランドが管理される体制が整えられました。

小城羊羹
郷土菓子佐賀

小城羊羹

Ogi Yokan

小城羊羹は、佐賀県小城市で明治期以降に発展した羊羹の名産品です。江戸時代、長崎と小倉を結ぶ長崎街道は南蛮貿易で運ばれた砂糖が行き交ったことから「シュガーロード」とも呼ばれ、砂糖の集積地であった小城でも菓子づくりが盛んになりました。1899年に創業した村岡総本舗の初代が、長崎の羊羹職人から製法を学んで羊羹を作り始め、二代目の村岡安吉が「小城羊羹」の名称を初めて用いたと伝えられています。人口5万人ほどの小さな町に二十数軒もの羊羹店が集まる全国的にも珍しい産地で、2020年には「砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~」として日本遺産の構成資産にも認定されました。小城が城下町として栄えた鍋島藩の土地であったことも、菓子文化が花開く土壌になったと伝えられています。

シシリアンライス
肉料理佐賀

シシリアンライス

Sicilian Rice

シシリアンライスは、佐賀市発祥とされるご当地グルメです。温かいご飯の上に、玉ねぎとともに甘辛いタレで炒めた薄切り肉と、レタス・トマト・きゅうりなどの生野菜を彩りよく盛り付け、仕上げにマヨネーズをかけて食べます。1975年(昭和50年)頃、佐賀市中心街の喫茶店でまかない料理として生まれたのが始まりとされ、名前の由来にはトマトの赤・卵の白・野菜の緑がイタリア国旗を思わせることと映画「ゴッドファーザー」の舞台シチリア島にちなんだ説など複数の説があります。使う食材や味付けは提供する店によって幅があり、佐賀牛のステーキを使った高級店のアレンジも見られる、自由度の高いご当地グルメとして親しまれています。決まったレシピや商標がないため、佐賀市観光協会のサイトなどでも「由来がはっきりしないのも魅力」として紹介されています。

むつごろうの蒲焼
海鮮佐賀

むつごろうの蒲焼

Mutsugoro no Kabayaki

むつごろうの蒲焼は、有明海沿岸の佐賀県で食べられてきた郷土料理です。ムツゴロウは日本では有明海と八代海の一部にしか生息しない珍しい魚で、鰓と皮膚の両方で呼吸できるため干潟の上を這い回ることができます。生きたまま串に刺して炭火で素焼きにしたのち、砂糖・醤油・酒で作った甘辛いタレに何度もくぐらせながらじっくりと焼き上げるのが特徴で、頭から尾まで丸ごと食べられます。漁期は4〜8月、旬は5〜8月の夏場に限られ、この時期にしか味わえない季節限定の味覚として、有明海沿岸の家庭や飲食店で受け継がれています。産卵期の5〜7月にはオスが求愛のためにジャンプを繰り返す姿も見られ、料理としてだけでなく干潟の生き物としても地域の観光資源になっています。

ふなんこぐい
発酵食品佐賀

ふなんこぐい

Funankogui

ふなんこぐいは、生きたままのフナ(鮒)を昆布で巻き、大根やレンコンなどの野菜と一緒に、赤味噌や水飴などで長時間じっくり煮込んだ佐賀県鹿島市の郷土料理です。骨まで柔らかく煮込まれ、姿のまま丸ごと食べられるのが特徴で、生臭さがなく独特の風味があります。かつて有明海では鯛が稀少で高価だったため、祝いの席で振る舞う鯛料理の代わりに、身近な鮒を用いたのが始まりと伝えられます。鹿島市浜町では、材料の鮒や野菜を商う「ふな市」が毎年1月19日に300年以上続けられており、翌1月20日の「二十日正月」には、この料理を恵比寿様に供えて豊漁や商売繁盛、家内安全を祈願する行事食として今も受け継がれています。

須古寿司
海鮮佐賀

須古寿司

Sukozushi

須古寿司は、佐賀県白石町須古地区に約500年前から伝わる箱寿司スタイルの郷土料理です。「もろふた」と呼ばれる浅い木箱に酢飯を敷き詰め、ムツゴロウの蒲焼やしいたけ、ごぼう、奈良漬、紅しょうが、錦糸卵などの具材を彩りよく盛り込みます。かつて須古の領主が農民のために米の品質改良に尽力したことに感謝し、領民が海の幸・山の幸を使って寿司を作り献上したのが始まりと伝えられます。以来、母から子へ、子から孫へと受け継がれ、祭りや祝い事、寺院への参拝、里帰りした娘をもてなす料理として親しまれてきました。近年ではムツゴロウの入手が難しくなり、エビやコノシロで代用されることもありますが、地域の宝として学校の調理実習などでも継承活動が続けられています。

だぶ
鍋料理佐賀

だぶ

Dabu

だぶは、鶏肉と大根・人参・里芋・ごぼう・れんこん・こんにゃくなどの野菜をだしで煮て、塩や醤油で味付けし、片栗粉で軽くとろみをつけた佐賀県唐津市周辺の郷土料理です。祝い事の際には彩りよく玉麩や銀杏を加え材料を四角に切るのに対し、弔事では玉麩を使わず、こんにゃくなどを三角に切るなど、慶弔で仕立て方を使い分ける独特の文化があります。名前の由来には、たっぷりの水で「ざぶざぶ」に仕上げることが訛って「だぶ」になったとする説などがあります。かつては煮しめなどを作った際に出る野菜の切れ端を無駄にせず活用した料理ともいわれ、冠婚葬祭で近隣の人々が集まり大鍋で共同で仕込む風習がありました。今も帰省時に食べたくなる「ふるさとの味」として親しまれています。

わらすぼ料理
海鮮佐賀

わらすぼ料理

Warasubo

わらすぼ料理は、日本では有明海だけに生息する珍魚・ワラスボを使った佐賀県の郷土料理です。ワラスボはハゼの仲間で、退化した目や上向きに開いた牙だらけの口を持つウナギのように細長い姿から、映画に登場する怪物になぞらえて「有明海のエイリアン」と呼ばれることもあります。干潟の柔らかい泥に穴を掘って暮らし、旬の5〜10月には味噌汁や刺身、煮付けなどで、それ以外の時期は内臓を除いて干物にしたものを唐揚げや炙りにして食べます。見た目の独特さとは裏腹に、うま味の強い白身が特徴で、地元では古くから親しまれてきた食材です。近年は諫早湾干拓など干潟環境の変化により漁獲量が減り、環境省レッドリストで絶滅危惧II類に指定される希少な魚にもなっています。

がん漬け
発酵食品佐賀

がん漬け

Ganzuke

がん漬けは、有明海の干潟に生息するシオマネキなどの小型のカニを甲羅ごとすりつぶし、塩や醤油、唐辛子と合わせて漬け込み、発酵・熟成させた佐賀県の郷土料理です。地域によっては「がに漬け」「がね漬け」とも呼ばれます。江戸時代から有明海沿岸で作られてきたと伝えられる歴史の古い保存食で、干満差の大きい干潟という土地の条件を生かし、豊富に獲れる小さなカニを余さず活用する知恵から生まれました。濃厚な塩味とカニの風味、砕いた甲羅のガリガリとした食感が特徴で、佐賀では酒の肴としてよりも、温かいご飯にのせて食べるのが一般的です。チャーハンや味噌汁、パスタの調味料として使われることもあります。

モデルコース

有田・伊万里でやきものの里をめぐる一日コース

日本磁器発祥の地・有田で陶山神社や窯元街を散策したのち、秘窯の里・大川内山へ移動して将軍家献上品の伝統を継ぐ窯元を巡る。陶磁器の歴史と技法の違いを一日で味わえる、佐賀を代表するやきもの旅。

唐津で茶陶と呼子イカを味わう半日コース

唐津焼の窯元で侘び寂びの器づくりに触れたのち、呼子港へ移動して玄界灘で獲れたケンサキイカの活き造りを堪能する。土の質感を生かした唐津焼の世界観と、透き通るイカの美しさを一日で楽しめるコース。

佐賀市中心部で藩政期の手仕事と佐賀グルメを巡るコース

佐賀市歴史民俗館で佐賀錦の手織り体験をしたのち、副島硝子工業で肥前びーどろの宙吹きガラスを見学。仕上げに佐賀市発祥のシシリアンライスと佐賀牛を味わう、藩政期の工芸文化と佐賀グルメを一度に楽しめるコース。

有明海の干潟グルメと須古寿司をめぐるコース

鹿島市の干潟でムツゴロウの生態を観察したのち、むつごろうの蒲焼やがん漬けなど有明海ならではの珍味を味わう。白石町では祝いの箱寿司「須古寿司」で締めくくる、有明海の恵みを堪能するコース。

武雄・小城で武雄の手仕事と甘味処を訪ねるコース

武雄市西川登町で西川登竹細工や弓野人形の手仕事に触れたのち、小城市へ移動して長崎街道シュガーロードの砂糖文化を今に伝える小城羊羹の老舗を食べ比べる。日本遺産にも認定された甘味の産地を巡るコース。

イベント

有田陶器市

毎年4月29日〜5月5日 / 佐賀県西松浦郡有田町 上有田・有田駅周辺

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唐津くんち

毎年11月2日〜4日 / 唐津神社・唐津市中心部(ユネスコ無形文化遺産)

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佐賀インターナショナルバルーンフェスタ

毎年10月下旬〜11月上旬 / 佐賀市嘉瀬川河川敷

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