沖縄県画像: Wikimedia Commons

沖縄県

琉球王国として独自の歴史を歩んできた沖縄県は、中国・東南アジアとの交易によって育まれた独自の工芸・食文化を今に伝える。琉球びんがたや壺屋焼(やちむん)、琉球漆器、首里織・芭蕉布・久米島紬・宮古上布など、王朝文化に根差した染織・陶芸・漆芸が離島ごとに多様な様式で受け継がれ、経済産業大臣指定の伝統的工芸品の数は全都道府県で最多を誇る。食文化では豚を余すことなく使う独自の食習慣や、ゴーヤーチャンプルー・ラフテーといった県民食、もずく・海ぶどうなど島の海が育む食材が根付いている。

琉球びんがた壺屋焼(やちむん)琉球ガラス首里織芭蕉布沖縄そばゴーヤーチャンプルーサーターアンダギー

沖縄の伝統工芸

琉球びんがた
染物沖縄

琉球びんがた

Ryukyu Bingata

琉球びんがたは沖縄県那覇市首里を中心に受け継がれてきた染色技法で、赤・黄・青・緑・紫など南国の陽光を思わせる大胆で鮮やかな色使いと、デイゴやアダン、魚など沖縄の自然をモチーフにした伸びやかな文様が特徴です。起源は14〜15世紀頃とされ、中国やインド、ジャワの更紗染めなど交易を通じて伝わった技法を琉球独自に消化して生み出されたと考えられています。琉球王府の保護のもとで発展し、王族や士族の礼装、神事の装束として用いられ、当代随一の絵師や型彫師が下絵や型紙の製作にあたりました。多色使いで華やかな「紅型」と、藍の濃淡のみで染め上げる落ち着いた色調の「藍型(えーがた)」に大別されます。型紙彫り・糊置き・色差し・隈取りといった工程をほぼ一つの工房内で分業しながら手作業で仕上げるため、一枚の生地が完成するまでに多くの手間と時間を要します。1984年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定され、現在も着物や帯だけでなく、のれんやポーチなど日常づかいの品にも展開されています。

壺屋焼
陶器沖縄

壺屋焼

Tsuboya-yaki

壺屋焼は沖縄県那覇市の壺屋地区や読谷村を中心に焼かれる、沖縄を代表する陶器です。琉球王国は14〜16世紀頃、東アジアの焼物の集積地として海外貿易が盛んでしたが、1609年の薩摩侵攻により交易が下火になると、王府は朝鮮人陶工を招いて製陶技術の導入を進めました。1682年、王府によって美里村知花窯・首里宝口窯・那覇湧田窯の三窯が那覇の壺屋に統合され、現在の壺屋焼が誕生したとされています。器肌に厚みがあり、素朴で力強い作風が特徴で、釉薬をかけ高温で焼く「上焼(じょうやち)」と、釉薬をかけずに焼く「荒焼(あらやち)」の二種に大別されます。上焼は碗・皿・シーサーなど日常づかいの器が中心で、荒焼は酒甕や水甕といった大型の貯蔵容器が中心です。1970年代、煙の出る登り窯を那覇市内で焚くことが難しくなったことをきっかけに、人間国宝の故・金城次郎氏らが読谷村へ移り、以後読谷村も壺屋焼の主要な産地となりました。1976年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されています。

琉球漆器
漆器沖縄

琉球漆器

Ryukyu Shikki

琉球漆器は、沖縄県の那覇市首里を中心に伝えられてきた漆工芸品です。14世紀末頃に中国から漆器の技術がもたらされ、15〜16世紀の琉球王国時代に盛んに製作されるようになったとされています。王府は貝摺奉行所を設けて漆器製作を管理・強化し、中国や薩摩から技術を導入しながら、ウルシノキの栽培や漆の採取も政策として整備しました。1609年の薩摩侵攻以降、琉球漆器は徳川将軍家や諸大名への献上品としても珍重され、対外的な琉球王国の技術力を示す品となりました。加飾技法には、刀で模様を彫り金を定着させる「沈金」、夜光貝やアワビ貝を文様に切って埋め込む「螺鈿」、漆で模様を描き金箔を貼る「箔絵」に加え、琉球独自に生み出された「堆錦(ついきん)」があります。堆錦はクロメ漆に顔料を練り込んで餅状にし、薄く延ばして文様に切り取って貼り付ける技法で、立体的で華やかな装飾が生まれます。木地にはデイゴやガジュマル、エゴノキなど、乾燥後の収縮や亀裂が少ない沖縄の樹木が用いられてきました。1974年に沖縄県指定伝統工芸品、1986年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となっています。

琉球ガラス
ガラス沖縄

琉球ガラス

Ryukyu Glass

琉球ガラスは、沖縄県内で作られる吹きガラス工芸品です。沖縄でのガラス製造は1900年前後、鹿児島や長崎・大阪から渡ってきたガラス職人によって那覇市西町に工場が設けられたことに始まり、薬瓶やランプのほやなど生活用品が作られていました。第二次世界大戦で工房や原料の多くが失われましたが、戦後、職人たちは駐留米軍施設から出るビールやコーラなどの空き瓶に着目し、それらを溶かして再びガラス製品として蘇らせたことで復興を遂げました。廃瓶にはラベルなどの不純物が混ざっていたため、出来上がった製品には無数の気泡が入ることがありましたが、これがかえって「泡ガラス」として独特の風合いを生み、廃瓶由来の淡い色合いとともに琉球ガラスを象徴する魅力となりました。1950年代には駐留米軍関係者からのオーダーが増え、カラフルな洋風ガラス食器が主力商品として広まりました。現在は糸満市や豊見城市、名護市周辺に工房が点在し、1998年には沖縄県指定の伝統工芸品に認定されています。

首里織
織物沖縄

首里織

Shuri-ori

首里織は、琉球王国の城下町として栄えた首里で発展した織物の総称で、花織・道屯織・手縞・花倉織・綾の中という5つの技法から成ります。14〜15世紀頃、中国・東南アジアとの盛んな交易を通じて織の技術が培われ、王府のお膝元である首里では、王族・士族の礼装や冊封使への献上品として、色・柄ともに究極まで追求された格調高い織物が生み出されました。中でも花倉織・道屯織は王家・貴族専用とされ、他の地域では織ることが許されない首里だけの技法として発展しました。素材には絹糸を中心に木綿糸・麻糸・芭蕉糸が用いられ、琉球藍や福木などの植物染料で染められます。1983年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となり、現在も那覇伝統織物事業協同組合を中心に技術が継承されています。

読谷山花織
織物沖縄

読谷山花織

Yomitanzan Hanaori

読谷山花織は沖縄本島中部の読谷村に伝わる紋織物で、経糸・緯糸を浮かせて織り出す幾何学的な花模様が特徴です。琉球王国が中国や東南アジアとの交易で栄えた14〜15世紀頃、大陸から伝わった浮織の技法が読谷山(現在の読谷村)で独自に発展したのが起源とされ、王府への献上布や士族の衣装として珍重されてきました。明治以降は衰退し、第二次世界大戦の沖縄戦でほぼ途絶えかけましたが、1964年に読谷村の有志が古老の記憶や残された古布を頼りに復元に取り組み、約90年ぶりに技術がよみがえりました。復興の担い手たちはやがて読谷山花織事業協同組合を結成し、後継者の育成や技術の継承にあたっています。柄には「銭花(ジンバナ)」「扇花(オージバナ)」「風車花(カジマヤーバナ)」の3種の基本文様があり、それぞれ富貴・子孫繁栄・長寿への願いが込められています。1976年に国の伝統的工芸品に指定され、木綿や絹の帯・着尺のほか、ミンサー帯など幅広い製品が作られています。

久米島紬
織物沖縄

久米島紬

Kumejima Tsumugi

久米島紬は沖縄本島の西方に浮かぶ久米島で、養蚕から染色、織りまでの全工程を一人の織り手が手作業で行う絹織物です。15世紀頃には久米島ですでに養蚕が行われていたとみられ、1637年に琉球王府への貢納布に定められて以降、精緻な技術が磨かれてきました。日本各地の紬絣技法は久米島を起点に沖縄本島や奄美大島を経て本土に伝わったとされ、大島紬や結城紬など全国の紬織物の源流の一つとも言われています。糸を紡ぐことから、模様選定、染め、機織りまでを一人の織り手が一貫して手がける点が大きな特徴で、フクギやグール(サルトリイバラ)、テカチ(車輪梅)などの草木染めを重ねたうえ、島の泥を用いた泥染めで鉄媒染することで、深みのある黒褐色や渋い光沢を生み出します。1975年に国の伝統的工芸品に指定され、2004年には国の重要無形文化財にも指定されました。久米島紬事業協同組合が中心となって技術継承にあたっており、久米島紬の里ユイマール館では製作工程の見学や織り染め体験ができます。

芭蕉布
織物沖縄

芭蕉布

Bashofu

芭蕉布は、糸芭蕉(イトバショウ)という植物の茎から採った繊維を糸にして織る、沖縄を代表する夏の織物です。古い記録では13世紀頃にはすでに織られていたとされ、15世紀頃には現在とほぼ同じ製法が確立していたと伝えられます。琉球王国時代には王府直営の芭蕉園で栽培が行われ、王族の衣服から庶民の普段着まで幅広く使われる、沖縄で最も身近な布でした。中でも国頭郡大宜味村喜如嘉は昔から芭蕉布の一大産地として知られています。第二次世界大戦の沖縄戦により生産は壊滅的な打撃を受けましたが、戦後まもなく平良敏子氏が製作技術の復興に着手し、喜如嘉の地で技術を再興させました。1974年に「喜如嘉の芭蕉布」として国の重要無形文化財に指定され、平良敏子氏を中心とする喜如嘉の芭蕉布保存会がその保持団体に認定されました。糸芭蕉の栽培から糸績み、絣括り、染め、機織りまで3年がかりの工程を経て仕上がる、張りのある清涼な風合いが特徴で、平良敏子氏は2000年に人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定されています。

宮古上布
織物沖縄

宮古上布

Miyako Jofu

宮古上布は宮古島に伝わる麻織物で、越後上布・小千谷縮と並び称される、薄く軽やかで光沢のある夏の最高級織物です。16世紀に稲石という女性が琉球国王に「綾錆(あやさび)布」を献上したのが始まりと伝えられ、1637年に人頭税制度のもとで宮古・八重山地方の上納布に定められて以降、極めて精緻な織物であることが求められ、その技術が今日まで受け継がれてきました。原料には島で育つ苧麻(ちょま)を用い、結び目を作らずに繊維を手で細く裂いて撚り合わせる「手績み(てうみ)」という根気のいる工程で糸を作ります。藍染めの濃紺地に細かな十字絣を織り出した意匠が代表的で、織り上げた後に木槌で打つ「砧打ち」の仕上げによって独特のしなやかな光沢が生まれます。糸づくり、藍染め、機織り、洗濯(仕上げ)、補修という各工程がそれぞれ専門の職人による分業で行われる点も特徴です。1978年に国の重要無形文化財に指定され、2003年には苧麻糸の手績み技術が国の選定保存技術に認定されました。

三線
木工沖縄

三線

Sanshin

三線は蛇皮を張った胴に木製の棹を通した三弦の弦楽器で、沖縄の音楽・芸能に欠かせない存在です。14世紀末頃、中国福建省の弦楽器「三弦」が交易を通じて琉球王国に伝わり、久米村(現在の那覇市久米)を拠点に琉球独自の楽器として発展したのが起源とされます。15世紀以降、琉球の士族の間で広まり、宮廷の饗宴音楽や芸能の伴奏楽器として発展を遂げました。棹の形状には琉球王国時代の名工の名を冠した「真壁型」「南風原型」「与那城型」など7つの伝統的な型があり、黒木(くるち)などの木材を使った棹に、ニシキヘビの皮を張った胴を組み合わせて作られます。三線の職人による工房・組合が製作技術を今に伝えており、2018年に国の伝統的工芸品に指定され、2012年には沖縄県の伝統工芸製品にも指定されています。価格帯は入門用が数万円から、高級な蛇皮張り・銘木仕様のものは数十万円以上に及び、選ぶ型や素材によって音色や見た目が大きく異なるのも魅力です。

沖縄の郷土料理

沖縄そば
麺類沖縄

沖縄そば

Okinawa Soba

沖縄そばは、そば粉を一切使わず小麦粉とかん水だけで打った太めの麺に、豚骨とかつお節を合わせた濃厚なだしを張り、豚の三枚肉の煮付けやかまぼこ、ネギ、紅生姜をのせた沖縄県民食です。明治中期に那覇でそば屋が開かれたのが始まりとされ、当初は「すば」や「支那そば」と呼ばれていました。日本そばと区別するため1972年の本土復帰後に「沖縄そば」の名称が定着し、1978年には「本場沖縄そば」として特殊名称の使用が公正取引委員会に認められています。県内には宮古そばや八重山そばなど地域ごとに麺の太さやだしの取り方が異なる変種もあり、農山漁村の郷土料理百選にも選ばれています。専門店だけでなく町の食堂でも提供され、朝食から夜食まで一日を通して食べられる、沖縄の暮らしに深く根付いた麺料理です。

ゴーヤーチャンプルー
肉料理沖縄

ゴーヤーチャンプルー

Goya Chanpuru

ゴーヤーチャンプルーは、夏野菜のゴーヤー(にがうり)を島豆腐や卵、豚肉やポークランチョンミートと一緒に炒め合わせた沖縄の代表的な家庭料理です。「チャンプルー」は沖縄の言葉で「混ぜこぜにしたもの」という意味で、マレー語やインドネシア語の「チャンプール(campur、混ぜるの意)」に由来するといわれています。豆腐や炒め合わせる主な食材の名前を頭に付けて「〇〇チャンプルー」と呼ぶのが沖縄流で、ゴーヤーを使ったものが特に広く知られています。ゴーヤー特有の苦味は加熱しても壊れにくいビタミンCを豊富に含み、食欲を増進させる働きもあることから夏バテ防止の一皿として親しまれ、テレビや雑誌で紹介されたことをきっかけに全国の家庭料理としても定着しました。

ラフテー
肉料理沖縄

ラフテー

Rafute

ラフテーは、皮付きの豚三枚肉を泡盛や醤油、砂糖でじっくりと甘辛く煮込んだ、沖縄を代表する豚肉料理です。琉球王朝時代、中国との冊封関係を通じて豚肉を食べる文化が発達したことを背景に生まれた宮廷料理で、中国料理の東坡肉(トンポーロウ)と起源を同じくすると考えられています。かつては冷蔵技術のない時代の保存食として濃い味付けで仕込まれていましたが、時代を経るにつれて味付けは穏やかになり、現在は法事や祝いの席で振る舞われる客膳料理として位置付けられています。長時間じっくり煮込むことで皮までとろけるように柔らかく仕上がるのが特徴で、「琉球料理は豚に始まり豚に終わる」といわれるほど、沖縄の食文化を象徴する一品です。

豆腐よう
発酵食品沖縄

豆腐よう

Tofuyo

豆腐ようは、沖縄独特の島豆腐を紅麹・米麹・泡盛で数か月かけて発酵・熟成させた発酵食品で、濃厚な風味とねっとりとした食感からチーズにたとえられることもある琉球王朝伝来の珍味です。18世紀頃、中国から伝わった発酵豆腐「腐乳(フールー)」を琉球王府の料理座が改良して生み出したとされ、当時は上流階級だけが口にできる高貴な味覚として大切に扱われていました。中国や台湾の腐乳が塩漬けで保存性を高めるのに対し、豆腐ようは沖縄で身近だった泡盛に漬け込む点に製法上の大きな違いがあります。発酵にはモナスカス属のカビや麹菌が関わっているとされ、独特の風味を生み出します。現在はごく少量を箸先でつまみ、泡盛のつまみとして味わうのが一般的で、土産物としても人気の高い沖縄を代表する発酵食品です。

サーターアンダギー
甘味沖縄

サーターアンダギー

Sata Andagi

サーターアンダギーは、小麦粉に卵と砂糖を合わせた生地を油で揚げた沖縄の伝統的な揚げ菓子です。名前は沖縄の言葉で「サーター(砂糖)」「アンダ(油)」「アギー(揚げる)」を組み合わせたもので、直訳すると「砂糖の天ぷら」を意味します。琉球王朝時代に料理人が中国へ渡った際、中国菓子の「開口笑(開口球)」の製法を持ち帰ったことが起源と伝えられています。砂糖が貴重だった時代には特別な日に作られる高級な菓子であり、揚げると生地の表面が丸く割れてチューリップの花のような形になることから縁起の良い菓子とされ、結納の品としても用いられてきました。日持ちが良いことから祝い事や贈答用の菓子として重宝され、現在では沖縄を代表するお土産・おやつとして県内外で広く親しまれています。

ちんすこう
郷土菓子沖縄

ちんすこう

Chinsuko

ちんすこうは、小麦粉・砂糖・ラードを主原料に焼き上げる沖縄を代表する伝統菓子です。ザクッとした独特の歯ごたえと、ラードならではの香ばしいコクが特徴で、沖縄土産の定番として全国的に知られています。ルーツは琉球王朝時代の宮廷菓子にあり、王侯貴族や中国からの冊封使をもてなす特別な菓子として、限られた人々だけが口にできたと伝えられます。名称は「珍しい菓子」を意味する「珍楚糕」、あるいは「高価な菓子」を意味する「金楚糕」に由来するなど諸説あり、はっきりとは分かっていません。当初は菊の花をかたどった丸い形でしたが、後に一口サイズの棒状へと改良され、現在のなじみ深い姿になりました。プレーンな味わいのほか、紅芋や黒糖、雪塩などを加えた多彩な派生商品も生まれ、沖縄を訪れる観光客に長く愛され続けています。

もずく
海鮮沖縄

もずく

Mozuku

もずくは、沖縄近海で育つ細く糸状の褐藻で、酢の物や天ぷら、汁物など幅広い料理に使われる沖縄を代表する海藻食材です。中でも沖縄で養殖される「オキナワモズク」は、他の海藻に付着して育つ性質から「藻付く」が語源とされ、コリコリとした強いコシと喉ごしの良さが特徴です。沖縄県のもずく養殖は1970年代に本格的な技術開発が始まり、1977年に初めて養殖ものの水揚げに成功して以降、県内各地の漁協で生産が広がりました。現在では全国のもずく生産量の99%以上を沖縄県が占め、日本一の産地として知られています。酢の物としてはもちろん、卵とじや炒め物にした「もずく丼」は学校給食にも取り入れられて県民に親しまれ、現在は家庭料理としても定着しています。

海ぶどう
海鮮沖縄

海ぶどう

Umibudo (Sea Grapes)

海ぶどう(クビレズタ)は、直径1〜2ミリほどの緑色の粒がぶどうの房のように連なる海藻で、プチプチとした食感と磯の風味が持ち味の沖縄を代表する海産物です。恩納村では1994年頃、沖縄県水産試験場で研究されていた陸上養殖技術を恩納村漁業協同組合が導入し、県内で初めて海ぶどうの本格的な養殖に成功しました。この技術確立を機に沖縄本島各地へ養殖が広がり、現在ではもずく・クルマエビに次ぐ沖縄県の主要な養殖水産物に成長しています。三杯酢や醤油をかけてそのまま食べるほか、丼や刺身の付け合わせとしても親しまれ、「グリーンキャビア」の愛称で観光客からも人気を集めています。鮮度が落ちると粒がしぼんでしまうため、収穫後の温度管理が味を保つ上で重要とされます。

中身汁
鍋料理沖縄

中身汁

Nakami-jiru (Pork Offal Soup)

中身汁は、豚の胃や小腸・大腸などの内臓「中身」を具材にした、すまし仕立ての沖縄の郷土料理です。内臓料理でありながら臭みがなく上品な味わいに仕上がっているのが特徴で、丁寧な下処理によって余分な脂と臭みを取り除いたうえで、かつおと豚のだしを合わせたすまし汁に仕立てます。ルーツは琉球王朝時代の宮廷料理にあり、中国からの冊封使や薩摩の役人をもてなす料理として供されていたと伝えられます。かつての沖縄では年末に豚を一頭つぶして正月を迎える習慣があり、新鮮な内臓を使った中身汁は本土の雑煮に相当するごちそうとして、正月や祝い事、法事の席で欠かせない一品となりました。現在も家庭料理として受け継がれる一方、沖縄そばの具として使った「中身そば」としても親しまれています。

ミミガー
肉料理沖縄

ミミガー

Mimigaa (Pig Ear)

ミミガーは、豚の耳を使った沖縄の郷土料理で、軟骨質のコリコリとした独特の歯ざわりが持ち味の珍味です。名称は「耳」を意味する「ミミ」と、沖縄の方言で「皮」を意味する「ガー」を合わせた呼び名とされます。筋肉部分がほとんどなく軟骨と皮でできているため脂肪が少なく、良質なコラーゲンを含む部位として知られます。毛を直火で焼いて処理した耳を茹でるか蒸したうえで細切りにし、ピーナッツ和えやポン酢、酢味噌などで和えて食べるのが定番の食べ方です。かつて沖縄では豚を「鳴き声以外はすべて食べる」といわれるほど余すところなく活用する食文化が根付いており、ミミガーはその代表格として居酒屋のメニューや家庭のおかず、酒の肴として広く親しまれています。県外ではほとんど流通しない部位を使った、沖縄ならではのユニークな料理です。

モデルコース

首里城周辺で琉球王朝の技と食を巡るコース

王家・貴族の礼装として発展した首里織の工房、色鮮やかな型染めの琉球びんがたを見学したのち、王朝の宮廷料理にルーツを持つ中身汁で締めくくる、琉球王国の格式高い文化に触れるコース。

壺屋やちむん通りで陶器と沖縄そばを味わうコース

1682年の窯統合を起源とする壺屋焼の窯元が並ぶやちむん通りを散策し、器を選んだあとは沖縄そばとラフテーで昼食をとる、那覇市街を歩いて楽しむ半日コース。

恩納村で琉球ガラスと海の幸を楽しむコース

戦後の廃瓶再利用から発展した気泡入りの琉球ガラス工房で吹きガラス体験をしたのち、海ぶどうやもずくなど恩納村近海で育つ海藻料理を味わうコース。

国頭・大宜味で芭蕉布と自然を巡るコース

喜如嘉集落に伝わる芭蕉布会館を訪ね、糸芭蕉から布を織り上げる工程を見学する、やんばるの森と手仕事を静かに味わうコース。

那覇の夜に三線と沖縄グルメを楽しむコース

三線工房で楽器づくりの技を見たあと、居酒屋でサーターアンダギーやちんすこう、ミミガーなど沖縄ならではの肴を味わいながら民謡ライブに耳を傾けるコース。

久米島・宮古で島の織物めぐりコース

泥染めの久米島紬と、苧麻を極細に績んだ宮古上布という、離島ごとに異なる技法で育まれた麻・絹の織物を見比べ、発酵食品の豆腐ようで島の食文化にも触れるコース。

イベント

那覇大綱挽まつり

毎年10月上旬〜中旬(2026年は10月10日〜12日) / 国道58号線久茂地交差点・国際通り一帯・奥武山総合運動公園(那覇市)

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沖縄全島エイサーまつり

毎年旧盆明けの週末(2026年は9月4日〜6日) / 沖縄市コザ運動公園陸上競技場ほか

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首里城復興祭

毎年11月上旬(2025年度は11月1日〜3日) / 首里城公園・那覇市国際通り

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壺屋やちむん通り祭り

毎年11月上旬(2025年は11月1日・2日) / 那覇市壺屋・やちむん通り

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地図