画像: Wikimedia Commons新潟県
日本海に面し、信濃川が流れる新潟県は、豪雪の暮らしが育んだ手仕事と米どころの食文化が息づく県です。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は17品目にのぼります。反物を雪にさらして仕上げる小千谷縮をはじめ、塩沢紬や十日町絣などの織物、村上木彫堆朱や新潟漆器といった漆芸が受け継がれてきました。燕三条では燕鎚起銅器や越後三条打刃物など金属加工の技が、加茂では桐簞笥づくりが今も盛んです。佐渡の無名異焼は、金山の赤土を焼き締めた硬い器です。食では、布海苔をつなぎにした魚沼・小千谷のへぎそばや、村上の塩引き鮭、里芋のとろみを生かした煮物のっぺが知られます。新潟市のタレカツ丼やイタリアン、笹団子など、個性豊かな味も楽しめます。
新潟の伝統工芸

小千谷縮
Ojiya Chijimi
小千谷縮は、新潟県小千谷市を中心に織られる苧麻(ちょま)の麻織物です。苧麻はラミーとも呼ばれる植物で、その繊維は長く、ハリとコシがあります。緯糸(よこいと)に強い撚りをかけて織り、仕上げに湯もみをすることで、布の表面に「シボ」と呼ばれる細かなしわが生まれます。このシボのおかげで肌にべたつきにくく、通気性と吸湿性に優れた夏の着尺地として親しまれてきました。江戸時代初期、播州明石から来たと伝わる堀次郎将俊(明石次郎)が越後の麻布に改良を加えたことが始まりとされます。2月から3月の晴れた日には、織り上げた反物を雪原に広げる「雪さらし」が行われ、小千谷の風物詩となっています。1955年(昭和30年)に国の重要無形文化財、1975年(昭和50年)に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。2009年(平成21年)には、越後上布とともにユネスコ無形文化遺産に登録されています。
塩沢紬
Shiozawa Tsumugi
塩沢紬は、新潟県南魚沼市の塩沢地区を中心に織られる絹の先染め織物です。先染めとは、糸を染めてから布に織る方法のことです。塩沢地方では古くから麻織物が織られ、奈良時代の天平年間にこの地で織られた麻布が正倉院に残されています。この麻織物、すなわち越後上布の技術を絹に取り入れ、江戸時代中期の明和年間(1764〜1771年)ごろに生まれたのが塩沢紬と伝えられます。経糸に生糸や玉糸、緯糸に真綿から手で紡いだ糸を使い、手括りや手摺り込みで染めた絣糸を1本1本合わせて織り上げます。蚊絣(かがすり)と呼ばれるごく細かな絣や、十字絣・亀甲絣の繊細な模様が、上品で落ち着いた趣を醸し出します。1975年(昭和50年)2月に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。同じ塩沢の産地には「塩沢お召」の名で親しまれてきた本塩沢もあり、こちらは1976年(昭和51年)12月に別の伝統的工芸品として指定されています。
十日町絣
Tokamachi Gasuri
十日町絣は、新潟県十日町市と津南町で織られる絹の先染め織物です。先染めとは、糸を先に染めてから布に織る方法のことです。伝統的な越後縮(麻織物)の技法を受け継ぎ、19世紀中頃に絹織物へ応用して誕生しました。あらかじめ部分的に染め分けた経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の柄を合わせながら織り進め、縦絣と横絣を自在に組み合わせた繊細な模様を表します。絹独特の艶と落ち着いた風合いが持ち味で、普段着からおしゃれ着まで幅広く用いられます。十日町は古くから織物が営まれてきた土地で、江戸時代には越後縮の産地として知られました。明治以降は夏物の十日町明石ちぢみなどで絹織物産地の基盤を築き、昭和30年代からは十日町友禅に代表される染めの分野にも進出しました。現在は先染めと後染めの両方の技術を持つ全国屈指のきもの総合産地で、十日町絣は1982年(昭和57年)11月に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となっています。

羽越しな布
Uetsu Shinafu
羽越しな布は、山形県鶴岡市関川地区と新潟県村上市山熊田・雷地区に伝わる、シナノキやオオバボダイジュなどの樹皮繊維を糸にして織り上げる布です。木の皮を原料とする織物としては日本最古とされ、縄文時代から続くとされる「原始布」の一つとして、沖縄の芭蕉布、静岡の葛布と並び日本三大古代布に数えられています。糸づくりから機織りまですべての工程が手作業で、22ほどの工程を経て約1年の歳月をかけて仕上げられます。丈夫で水に強く、使い込むほどにしなやかな風合いが増すのが特徴で、かつては野良着や米袋、漁網などに用いられましたが、現在は帽子やバッグ、帯などに姿を変えて受け継がれています。2005年(平成17年)、山形・新潟にまたがる3産地のしな布が「羽越しな布」として経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されました。
村上木彫堆朱
Murakami Kibori Tsuishu
村上木彫堆朱は、新潟県村上市で作られる漆器です。朴(ほお)や栃、桂などの木地に繊細な彫刻を施し、その上に天然漆を何度も塗り重ねて仕上げます。堆朱とは本来、朱漆を厚く塗り重ねた層に文様を彫る中国由来の技法ですが、村上では木地そのものを彫ってから漆を塗る点に特色があります。起源は約600年前、寺院建築のために京都から訪れた漆工が技術を伝えたことにあるとされます。江戸時代には村上藩士が名工に彫刻を学び、歴代藩主の奨励を受けて武士から町民へと広まりました。代表的な堆朱は朱の上塗りを艶消しで仕上げた落ち着いた肌合いが特徴で、年月とともに朱色が冴えていきます。現在は堆朱・堆黒・朱溜塗など6種類の技法を総称して村上木彫堆朱と呼び、1955年(昭和30年)に新潟県無形文化財、1976年(昭和51年)2月に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。
新潟漆器
Niigata Shikki
新潟漆器は、新潟市で作られる漆器です。江戸時代初めの元和年間(1615〜1624年)に、秋田(能代)の春慶塗が伝わったことが始まりとされます。寛永15年(1638年)には、現在の古町7番町に「椀店(わんだな)」と呼ばれる漆器の専売地域が定められました。港町・新潟は北前船の寄港地として物資や文化が集まる地で、各地のさまざまな漆塗りの技が伝わりました。そのため新潟漆器は「変わり塗の宝庫」と呼ばれ、数十種類ともいわれる塗りが受け継がれています。なかでも本物の竹と見間違えるほどの「竹塗」は、他の産地では見られない珍しい塗りとして知られます。2003年(平成15年)3月には、花塗・石目塗・錦塗・磯草塗・竹塗の5技法が経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。箸や盆、椀、名刺入れなど、暮らしの道具として今も親しまれています。
燕鎚起銅器
Tsubame Tsuiki Doki
燕鎚起銅器は、新潟県燕市で作られる銅器です。一枚の平らな銅板を金鎚で繰り返し打ち起こし、継ぎ目のない立体的な器に仕上げます。「鎚起(ついき)」とは、鎚で打ち起こすという意味です。燕では江戸時代初期に農家の副業として和釘づくりが広まり、金鎚を扱う技術が根づいていました。近郊の弥彦山で銅が採れたことも背景に、明和5年(1768年)に仙台の渡り職人・藤七が鎚起の製法を伝えたとされます。文化13年(1816年)創業の玉川堂は、200年以上この技術を受け継いできた代表的な工房です。湯沸や急須、酒器、花器などが作られ、注ぎ口まで一枚の板から打ち出す高度な技や、使うほど色合いが深まる着色が魅力です。1981年に国の伝統的工芸品に指定されました。

越後三条打刃物
Echigo Sanjo Uchihamono
越後三条打刃物は、新潟県三条市で作られる鍛造の刃物です。鉄や鋼を炉で赤くなるまで熱し、金鎚で叩いて形を作る「自由鍛造」の技術を生かし、多彩な品目を生み出してきました。包丁や切出小刀、鉋・鑿などの大工道具、鎌や鉈、木鋏、ヤットコ、和釘までがそろいます。始まりは江戸時代初期の寛永2年(1625年)とされます。河川の氾濫に苦しむ農民を救うため、大谷清兵衛が江戸から釘鍛冶を招き、副業として和釘づくりを広めたと伝えられています。やがて専業の鍛冶職人が生まれ、会津方面から鋸や鉈の製法が伝わると、製品は刃物全般へと広がりました。用途ごとに特化した形状と材質で扱いやすく、切れ味が長く続く点が評価され、2009年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。市内の三条鍛冶道場では、鍛冶仕事を気軽に体験できます。
加茂桐簞笥
Kamo Kiri Tansu
加茂桐簞笥は、新潟県加茂市とその周辺で作られる桐材の簞笥です。桐は湿度が高いと膨らんで湿気の侵入を防ぎ、乾燥すると縮んで通気を良くする性質を持ち、衣類の保管に適しています。加茂での簞笥づくりは江戸時代の天明年間(1781〜1789年)に始まり、丸屋小右エ門が大工仕事のかたわら杉材で作ったのが起こりと伝えられます。周辺の山に天然の桐材が豊富だったことから桐簞笥の産地として育ち、加茂川から信濃川を経て、船で新潟や東北方面へ運ばれました。現在も桐簞笥の全国生産量の約7割を占める日本一の産地とされ、1976年に経済産業大臣(当時は通商産業大臣)指定の伝統的工芸品となりました。金釘を使わない指物の技で隙間なく組み上げられ、古くなっても表面を削って再生できるため、100年以上使えるといわれます。

無名異焼
Mumyoi-yaki
無名異焼は、新潟県佐渡市の相川地区を中心に作られる焼き物です。「無名異(むみょうい)」とは、佐渡金銀山から産出する酸化鉄を多く含んだ赤い土のことで、古くは止血薬などの薬としても用いられました。この無名異を陶土に用いて高温で焼き締めると、成形から乾燥までに約3割も縮み、非常に硬く仕上がります。叩くと澄んだ金属音がし、使い込むほどに光沢が増していくのが特徴です。文政2年(1819年)に無名異を使った楽焼が焼かれたのが始まりとされ、明治時代に高温で硬く焼き上げる現在の技法が確立されました。2003年には国の重要無形文化財に指定され、五代伊藤赤水が保持者(人間国宝)に認定されています。さらに2024年10月には「佐渡無名異焼」の名称で、経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。島内の窯元では、ろくろ体験ができるところもあります。
小国和紙
Oguni Washi
小国和紙は、新潟県長岡市小国町で漉かれている手すきの和紙です。豪雪地帯の小国では、雪を生かした独自の製法が受け継がれてきました。原料の楮(こうぞ)の皮を雪の上で天日にさらして漂白する「雪晒し」や、漉いた紙を重ねた紙床を春まで雪に埋めて保存する「かんぐれ」がその代表です。漉いた紙を板に貼り、雪の上で乾かす「雪上天日干し」も行われます。記録では天和2年(1682年)に、農家の冬仕事として楮の栽培と紙漉きが行われていたとされます。江戸時代には、水田のない山間の集落から年貢として納められていました。昭和初期には一冬に2,200万枚もの紙が生産され、現在は小国和紙生産組合がその技を伝えています。雪を使った製法は国の選択無形文化財と新潟県無形文化財となり、2022年には新潟県伝統工芸品に指定されました。書道や絵画の用紙、清酒のラベルなどに使われています。
新潟の郷土料理

へぎそば
Hegi Soba
へぎそばは、海藻の布海苔(ふのり)をつなぎに使ったそばを、「へぎ」と呼ばれる四角い木の器に一口大ずつ並べて盛る新潟県の郷土料理です。魚沼地方が発祥とされ、なかでも小千谷市や十日町市はそば処として知られています。布海苔はもともと、小千谷縮などの織物で糸の糊付けに使われていた素材です。織物の産地で身近にあった海藻をそば打ちに転用したことが、この独特のそばを生みました。布海苔つなぎのそばは、つるりとしたのど越しと弾力のある強いコシが持ち味です。ゆでたそばを一口分ずつ丸めて並べる盛り方は「手振り」と呼ばれ、見た目の美しさも魅力の一つです。薬味にわさびではなくからしを添える風習も、この地方ならではの特徴です。専門店では1人前から数人前まで人数単位で注文でき、大きなへぎに盛られたそばを分け合って味わえます。現在は魚沼地方にとどまらず、新潟県内全域で食べられています。

イタリアン
Niigata Italian
イタリアンは、新潟市発祥のファストフードで、ソース焼きそばの上にトマトソースやミートソースをかけた料理です。名前はイタリア料理を思わせますが、中身は日本の焼きそばを洋風に仕立てた新潟独自のご当地グルメです。1959年、新潟市の甘味喫茶「三日月」の経営者・三日月晴三が、東京で食べたソース焼きそばをヒントに考案したとされます。スパゲティのイメージを取り入れ、フォークで食べるスタイルにしたことが名前の由来です。現在は新潟市を中心とする「みかづき」と、長岡市を中心とする「フレンド」の2つのチェーンが代表格として知られます。みかづきはトマトソースに白生姜、フレンドはミートソースに紅生姜を添えるなど、ソースや付け合わせ、食べ方にそれぞれの個性があります。数百円で気軽に食べられることもあり、新潟県民のソウルフードとして長く親しまれています。

新潟タレカツ丼
Niigata Tarekatsu-don
新潟タレカツ丼は、薄く揚げたカツを甘辛い醤油ダレにくぐらせ、ご飯の上にのせた新潟市発祥の丼です。全国的に一般的な卵とじのカツ丼とは異なり、卵でとじずにタレの味だけで仕上げるシンプルな作りが特徴です。昭和初期、新潟市中心部の堀沿いに並んだ屋台の一つ「とんかつ太郎」で、初代店主の小松道太郎が考案したとされます。当時モダンな洋食だったカツレツを醤油ダレにくぐらせ、ご飯にのせて出したところ大評判になりました。薄めのカツを複数枚のせるのが一般的で、甘辛いタレがご飯にもほどよく染みます。発祥店のとんかつ太郎では、今も品名を単に「かつ丼」としています。「タレカツ丼」の呼び名は、1990年頃にとんかつ政ちゃんの2代目が考案して広めたものです。現在は新潟市を中心に、県内のとんかつ店や食堂で定番メニューとして親しまれています。

のっぺ
Noppe
のっぺは、里芋を主役に、にんじんやこんにゃく、干し椎茸、たけのこなどを薄味で煮た新潟県を代表する郷土料理です。里芋のぬめりや片栗粉によるとろみがあり、汁物というより煮物に近いのが新潟ののっぺの特徴です。だしには干し貝柱や干し椎茸などの乾物が使われ、ほたて貝柱や銀杏、鮭、いくらなどを加えて彩りよく仕上げます。大晦日や正月の定番料理であるとともに、祭りや法事、婚礼など人が集まる席には欠かせない料理とされてきました。温かいままでも冷やしてもおいしく、冷たいのっぺを好む家庭も少なくありません。具材や切り方、とろみの付け方は地域や家庭によって異なり、呼び名も「こにも」「こくしょう」など土地ごとに変わります。各家庭の作り方が母から子へと受け継がれ、学校給食や飲食店、駅弁でも親しまれています。

塩引き鮭
Murakami Shiobiki-zake
塩引き鮭は、新潟県村上市に伝わる鮭の加工品で、秋に獲れた鮭に塩をすり込み、寒風にさらして干し上げたものです。村上では鮭を方言で「イヨボヤ」と呼び、平安時代には三面川(みおもてがわ)の鮭を都の朝廷へ納めていたとされるほど、古くから鮭と深く結びついてきました。江戸時代には村上藩士の青砥武平治が鮭の回帰性に着目し、世界初とされる鮭の自然ふ化増殖に成功しました。城下町の村上では切腹を嫌い、腹を一部つなげたまま割く「止め腹」という独特のさばき方が今も受け継がれています。晩秋から初冬にかけて日本海から吹く湿った風がゆっくりと身を乾かし、柔らかく円熟したうま味が生まれます。村上では大晦日の年取り魚として欠かせない存在です。市内には天井から多数の鮭を吊るす老舗もあり、鮭のまちの文化を今に伝えています。

笹寿司
Sasa-zushi
笹寿司は、クマザサの葉にひと口大の酢飯をのせ、山菜や錦糸卵、鮭のそぼろなどを彩りよく盛り付けた、新潟県上越地方の郷土料理です。妙高市・上越市・糸魚川市などを中心に作られ、長野県北部の北信地方にも同じ系統の笹ずしが伝わっています。上越地方では笹の葉を農具の「箕(み)」の形に折って盛ることから、「箕寿司(みずし)」と呼ぶ地域もあります。誕生については、戦国時代に上杉謙信の軍勢が山中で笹の葉を器代わりに飯を盛ったという話や、川中島の合戦に向かう謙信に献上されたという話が伝わります。ただし、いずれも伝承として語り継がれているものです。笹の葉には防腐効果があるとされ、手でつまんで食べられる手軽さもあって、お盆や祭りなどハレの日のごちそうとして受け継がれてきました。現在は寿司店や農産物直売所、観光施設などでも販売されています。

笹団子
Sasa Dango
笹団子は、よもぎを練り込んだ団子で小豆餡を包み、数枚の笹の葉でくるんでスゲやイグサのひもで縛り、蒸し上げた新潟県を代表する郷土菓子です。俵のような形で、ひもで両端を結んだ姿が特徴です。新潟の中越・下越地方と福島県会津地方の一部で、およそ500年前から食べられてきたといわれます。笹の葉の殺菌作用を生かした戦国時代の携行保存食で、上杉謙信が携帯食にしたという説がある一方、年貢米にならないくず米をおいしく食べる知恵から生まれたという説もあります。かつては旧暦4月8日に薬師様へ供えたり、5月5日の端午の節句にたくさん作ったりする行事の菓子でした。昭和39年(1964年)の新潟国体で県と市の推薦土産品になったことを機に全国へ知られ、今では新潟土産の定番となっています。

ぽっぽ焼き
Poppo-yaki
ぽっぽ焼きは、小麦粉に黒砂糖と水、重曹を混ぜた生地を専用の焼き器で細長く焼き上げた、新潟県下越地方の郷土菓子です。茶褐色でやや平たい棒状をしており、もちもちとした食感と黒砂糖の素朴な甘さが持ち味です。明治の終わり頃、城下町の新発田市で町民の焼きねり菓子として考案されたのが始まりといわれ、新発田市を中心とする阿賀野川以北では「蒸気パン」とも呼ばれます。主に祭りや縁日、花見会場などの屋台で売られ、焼き器から立ちのぼる湯気と甘い香りは新潟の祭りの風物詩です。販売は新発田市・新潟市・村上市など下越地方を中心に、中越の三条市にも広がり、近年は上越地方での出店も増えています。常設で販売する店や真空パックの商品もあり、祭り以外の時期にも味わえるようになっています。

かんずり
Kanzuri
かんずりは、新潟県妙高市(旧新井市)に伝わる発酵香辛調味料です。塩漬けにした唐辛子を大寒の頃に雪の上にさらし、米糀・柚子・塩と合わせて3年ほど熟成・発酵させて作ります。雪にさらすことで唐辛子の強いアクが抜け、角の取れた辛さになるとされ、柚子の香りと糀のうま味が重なる奥行きのある味わいが特徴です。特別豪雪地帯に指定されるほど雪深い妙高で、冷えた体を温めるために食べられてきた郷土の味で、「寒造里」とも書かれます。地域の伝統食を昭和41年(1966年)に有限会社かんずりが商品化し、「かんずり」の名は同社の登録商標となっています。大寒に白い雪原へ真っ赤な唐辛子をまく「雪さらし」は、妙高の冬の風物詩として知られています。鍋やラーメンの薬味、刺身の付け合わせなど用途は幅広く、新潟土産としても定着しています。

栃尾の油揚げ
Tochio Aburaage
栃尾の油揚げは、新潟県長岡市栃尾地域で作られている大判の油揚げで、地元では方言で「あぶらげ」と呼ばれます。長さ20〜22cm、幅6〜8cm、厚さ3cmほどと一般的な油揚げの3倍以上の大きさがあり、外はカリッと、中はふっくらとした食感が特徴です。低温と高温の二つの鍋で二度揚げし、揚げ上がりに金串を刺して油を切るため、中央に串の穴が残ります。起源は江戸時代中期にさかのぼるとされます。火伏せの神として信仰を集めた秋葉三尺坊大権現の参詣者向けの土産として考案されたという説と、栃尾の馬市で馬喰(ばくろう、家畜の仲買人)が酒の肴にしたという説があります。現在、栃尾地域には15を超えるあぶらげ店があり、焼いてしょうが醤油で食べるほか、煮物や、中に具を詰めて焼く料理にも使われます。
モデルコース
燕三条・加茂で金属加工と桐簞笥の技に触れるコース
燕市の玉川堂で、一枚の銅板を打ち起こす鎚起銅器の工場見学(無料)に参加します。続いて燕市産業史料館で、ぐい呑に鎚目を入れる体験をします。午後は三条鍛冶道場で五寸釘からペーパーナイフを作り、燕三条地場産業振興センターで刃物を見比べます。最後に隣の加茂市で、桐簞笥の産地を訪ねるコースです。
小千谷・十日町・魚沼で雪国の織物とへぎそばを味わうコース
小千谷市のサンプラザにある体験工房 織之座で、手織りのコースター織を体験します。昼は小千谷や十日町の老舗で、布海苔をつなぎにしたへぎそばを味わいます。午後は十日町市博物館で越後縮の紡織用具を見学し、南魚沼市塩沢の織の戸で塩沢紬に触れる、雪国の織物文化をたどるコースです。
村上で堆朱と鮭の城下町文化をめぐるコース
村上木彫堆朱会館で、彫りと朱漆の重なりが生む堆朱の作品を見学し、箸の木彫体験をします。昼は町屋の天井に鮭が吊るされた千年鮭 きっかわを訪ね、塩引き鮭の文化に触れます。5名以上なら予約して山北地区の山熊田へ足をのばし、さんぽく生業の里でしな織りを体験するのもおすすめです。
新潟市で漆器と新潟めしを食べ歩くコース
古町のとんかつ太郎で、甘辛い醤油ダレにくぐらせたタレカツ丼を昼食にいただきます。万代のみかづきでは、焼きそばにソースをかけたイタリアンを味わいます。郷土料理店でのっぺを食べ、新潟駅で笹団子を買って帰る新潟市の味めぐりです。時間があれば西蒲区の岩室温泉に足をのばし、新潟漆器の箸の研ぎ出し体験(要予約)も楽しめます。