奈良県画像: Wikimedia Commons

奈良県

710年の平城京遷都以来、日本の政治・文化の中心として栄えた歴史を持つ地域。東大寺・興福寺・春日大社など寺社の造営とともに漆芸・木工・製紙・製筆・製墨といった工芸文化が育まれ、高山茶筌や奈良筆、奈良墨など今なお国内シェアの大半を占める工芸品が数多く残る。柿の葉寿司や三輪素麺、奈良漬など、海のない盆地ならではの保存食文化に根ざした郷土料理も豊か。奈良町や東大寺・春日大社周辺、桜井市の三輪山麓など、寺社と職人町が一体となった街歩きが楽しめる。

高山茶筌奈良筆奈良墨赤膚焼柿の葉寿司三輪素麺

奈良の伝統工芸

ならくみひも
織物奈良

ならくみひも

Nara Kumihimo

組紐(くみひも)は、複数の絹糸を交差させながら束ねて紐状に組み上げる伝統技術で、飛鳥・奈良時代に仏教の伝来とともに大陸から伝わったとされています。正倉院宝物や法隆寺伝来の宝物には古代の組紐の遺品が残されており、伝統的な組紐の技法の中には、正倉院に伝わる聖武天皇ゆかりの品に見られる組み方にちなんで「奈良組」と呼ばれる技法が今も伝えられているなど、奈良は組紐の歴史を語るうえで欠かせない土地です。奈良時代には経典や袈裟などの仏具に用いられた組紐は、時代を経て武具の紐や茶道具、江戸時代末期以降は女性の帯締めとしても広く使われるようになりました。現在、奈良市西ノ京の工房「ならくみひも鳳美」では、角台・丸台・高台といった伝統的な組み台を用いた組紐づくりが受け継がれ、教室や体験プログラムを通じてこの技術を今に伝えています。

宇陀紙
和紙奈良

宇陀紙

Uda-gami

宇陀紙は、奈良県南部の吉野地方で漉かれる手漉き和紙です。楮を原料とし、軽石を砕いた白土を漉き込むことで、強靭さとしなやかさ、独特の柔らかな風合いを兼ね備えた紙に仕上がります。産地は吉野川上流の吉野町国栖地区で、もともとは「国栖紙」と呼ばれていましたが、江戸時代に経済的な結びつきの強かった大和国宇陀郡(現在の宇陀市周辺)の商人がこの紙を仕入れて全国に売り歩いたことから、次第に「宇陀紙」の名で知られるようになったと伝えられています。白土を漉き込むことで紙の収縮や虫害を防ぎ、巻いても跳ね返りにくいという特性を持つため、書画の掛軸や屏風を仕立てる表具の裏打ち用紙として最高級品とされ、国宝や重要文化財の修理にも用いられています。この製法は国の選定保存技術「表具用手漉和紙(宇陀紙)製作」に指定されており、現在は吉野町国栖の老舗和紙工房がその技術を継承しています。

高山茶筌
木工奈良

高山茶筌

Takayama Chasen

高山茶筌は奈良県生駒市高山町で作られる茶道用の竹製茶筌で、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。室町時代、高山城主の子・高山民部丞入道宗砌が、茶道の祖とされる村田珠光の依頼を受けて創案したのが起源と伝わります。以来500年以上にわたり一子相伝で製法が受け継がれ、現在では日本国内で流通する茶筌の大部分を生駒市高山町で生産しているといわれるほど、全国でも数少ない茶筌の産地として知られています。素材には淡竹(はちく)を中心に黒竹や煤竹も用いられ、竹を割り、穂先を薄く削り、糸で編み上げるまでの工程をすべて職人の手作業でおこないます。流派や用途によって形状や穂の数が異なり、その種類は100を超えるとされ、繊細な美しさと実用性を兼ね備えた道具として、茶道具の中でも特に重んじられています。

赤膚焼
陶器奈良

赤膚焼

Akahada-yaki

赤膚焼は奈良市西部から大和郡山市にかけて焼かれる陶器で、乳白色を帯びた柔らかな肌合いの釉薬と、御所人形風の絵柄を描く「奈良絵」の意匠で知られています。桃山時代、大和郡山城主で豊臣秀吉の弟にあたる豊臣秀長が、尾張国常滑の陶工を招いて五条山(赤膚山)に窯を開かせたのが始まりと伝えられていますが、この時期を裏付ける確かな史料や遺物は確認されていません。江戸時代後期には郡山藩主・柳沢家の御用窯となって保護奨励を受け、「遠州七窯」のひとつに数えられるようになりました。幕末には名工・奥田木白が卓越した陶技を駆使して赤膚焼を再興し、奈良絵をはじめとする多彩な作品を生み出したことから、赤膚焼中興の祖と称されています。現在も大和郡山市と奈良市にまたがる複数の窯元が、それぞれの解釈による釉薬や絵付けで独自の作風を受け継いでいます。

奈良一刀彫
木工奈良

奈良一刀彫

Nara Ittobori

奈良一刀彫は檜や桂、楠などの木材をノミで豪快に彫り上げ、金箔や岩絵具で極彩色に仕上げる木彫人形です。平安時代末期から続く春日若宮おん祭の田楽法師が花笠や島台に飾った彩色人形が起源と伝えられ、1136年の創始以来一度も途切れることなく続く祭礼とともに、その造形が受け継がれてきました。丸みを帯びた通常の彫刻とは異なり、面と稜線を生かした簡素で力強い形態が特徴で、神に捧げる人形として小手先の細工に頼らず物事の本質を表そうとする心構えが根底にあるといわれます。明治時代には「一刀彫奈良人形」、続いて「奈良一刀彫」と称されるようになり、その名は魂を込め一刀両断に彫り上げたような風合いから、春日大社の初代宮司・水谷川忠起が名付けたと伝わります。現在も雛人形や五月人形、干支の置物など幅広い作品が奈良の地で作られ続けています。

奈良晒
織物奈良

奈良晒

Nara-zarashi

奈良晒は、奈良を中心に生産されてきた高級麻織物です。室町時代後期の記録である「多聞院日記」の天文18年(1549年)の記述に晒しに関する言及が見られ、江戸時代の慶長16年(1611年)には徳川家康の命により、晒された麻布の端に「南都改」の朱印が押されたものでなければ販売できない仕組みが整えられ、幕府御用達の品として全国に流通しました。享保年間(1716〜1735年)には「麻の最上は南都なり」と称されるほど名声を高め、年間30万〜40万疋もの生産量を誇ったと伝えられています。苧麻(ちょま)を手で績んだ糸を用い、機で織り上げた布を晒して純白に仕上げる工程はすべて手作業で行われ、僧侶の袈裟や武士の裃、茶巾など格式の高い品に用いられてきました。明治以降は需要の変化とともに生産規模を大きく縮小させましたが、江戸時代創業の老舗織元が今も手仕事によってその技術を伝えています。

奈良漆器
漆器奈良

奈良漆器

Nara Shikki

奈良漆器は、正倉院宝物や春日大社の古神宝類に見られる奈良時代の漆工技術をルーツとする漆器で、奈良は「日本の漆器発祥の地」とも称されます。飛鳥時代に仏教とともに大陸から伝わった漆工技術は、天平文化の中で大きく花開き、正倉院には螺鈿を施した名品「螺鈿紫檀五絃琵琶」をはじめ数々の優品が納められました。明治以降、正倉院宝物や社寺の古神宝類の修理・復元模造を手がける職人が奈良に輩出されたことで、夜光貝など光沢の美しい貝を用いる「螺鈿」の技術が受け継がれてきました。木地に漆を塗り重ね、文様の形に切り抜いた貝を貼り付けて研ぎ出す螺鈿細工は、天平時代さながらの華やかな輝きを放ちます。螺鈿の重要無形文化財保持者(人間国宝)であった北村昭斎氏をはじめとする漆工家たちが、文化財修理と創作の両面から奈良漆器の技を今日まで伝えています。

奈良団扇
木工奈良

奈良団扇

Nara Uchiwa

奈良団扇は、日本で最も歴史が古い団扇の一つとされる奈良市の伝統工芸品です。奈良時代創建の春日大社に仕えた神官が作った「禰宜(ねぎ)団扇」がその起源と伝えられ、江戸時代前期には興福寺の僧侶が中国伝来の団扇に趣向を凝らし、鹿や藤など奈良の風物にちなむ文様を透かし彫りで施す独自の意匠を完成させました。女竹を細く割った60〜90本もの骨に和紙を貼り、文様部分を彫刻刀でくり抜く「透かし彫り」が最大の特徴で、一般的な団扇の3倍以上という骨数のおかげでしなやかにたわみ、優しい風を送ります。紙染めから竹骨加工、下絵付け、透かし彫り、たたき張りまで全13の工程をすべて手作業で行い、分業をせず一つの工房で一貫して作る点も他産地の団扇には見られない特徴です。現在は奈良市内にある日本で唯一の専門店が、170年以上にわたりこの技術を守り継いでいます。

奈良筆
文具奈良

奈良筆

Nara Fude

奈良筆は奈良市を中心に作られる書道用・化粧用の毛筆で、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。奈良時代、遣唐使として唐に渡った空海(弘法大師)が筆の製法を修め、帰国後に大和国今井の坂名井清川に伝授したのが起源と伝わります。以来1200年余りにわたり、日本の筆づくりの発祥地として技術が受け継がれてきました。最大の特徴は「練り混ぜ法」と呼ばれる技法で、リス・イタチ・タヌキ・ヒツジ・ウマなど十数種類の獣毛を毛質に応じて配分・寸法を決めて丹念に混ぜ合わせ、一本の筆に仕上げます。この工程は最も難度が高く、一人前の筆匠となるには長い年月を要するとされます。1977年(昭和52年)には経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定され、書道用の毛筆だけでなく化粧筆の分野でも高い評価を得ています。

奈良墨
文具奈良

奈良墨

Nara Sumi

奈良墨は奈良市を中心に作られる書道用の墨で、国内生産量のおよそ9割を占めるとされる、日本最大の墨の産地です。室町時代初期、興福寺二諦坊で油煙(油を燃やして採った煤)を用いた製墨が始められたのが起源と伝わり、この墨は当時の奈良の異名にちなんで「南都油煙」と呼ばれ、良質な墨の代名詞として広く知られるようになりました。江戸時代には奈良市内に約40軒の墨屋があったとされますが、現在は10軒に満たないところまで数を減らしながらも、油煙を採る採煙から膠(にかわ)との配合、練り、型入れ、乾燥、貝殻による磨き、彩色まで、すべての工程を手作業でおこなう伝統的な製法が受け継がれています。2018年(平成30年)11月には経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定され、書家や愛好家から高い評価を得ています。

奈良の郷土料理

かしわのすき焼き
肉料理奈良

かしわのすき焼き

Kashiwa no Sukiyaki

かしわのすき焼きは、農林水産省「うちの郷土料理」にも掲載される奈良県の郷土料理で、鶏肉を使ったすき焼きです。関西地方では食用の鶏肉を「かしわ」と呼びますが、これは鶏の茶褐色の羽色が柏の葉に似ていることに由来するとされます。天満宮の守護神が牛であることから、天神さんの秋祭りの祝いの席では牛肉ではなく鶏肉のすき焼きが振る舞われてきたと伝わり、祝い事や来客をもてなす際のごちそうとして各家庭で作られてきました。現在は、戦前に名声を博した「大和のかしわ」の味を再現すべく奈良県が開発した「大和肉鶏」を使うことが多く、コクと旨味、程よい脂の乗った肉質が持ち味です。生卵や温泉卵をつけて食べ、仕上げに三輪素麺を加える食べ方も親しまれています。

柿の葉寿司
海鮮奈良

柿の葉寿司

Kakinoha-zushi

柿の葉寿司は、塩でしめたサバや鮭の切り身をのせた一口大の酢飯を、渋柿の葉で一つずつ包んだ奈良県を代表する郷土料理です。江戸時代中期、紀州から熊野灘の夏サバを塩で締めて吉野川沿いの村々へ運んだことに由来し、夏祭りのごちそうとして各家庭でつくられるようになったと伝わります。海のない奈良盆地では新鮮な魚介が貴重だったため、保存性を高める工夫として塩締めと柿の葉の抗菌作用が組み合わされました。作ってから一晩ほど寝かせることで、柿の葉の香りと魚の旨みが酢飯になじみ、独特の風味が生まれます。現在は吉野・五條地方をはじめ奈良県内各地に製造元があり、県を代表する土産物として全国的にも知られています。

吉野本葛
甘味奈良

吉野本葛

Yoshino Hon-kuzu

吉野本葛は、奈良県南部の吉野地方で作られる、くず粉の中でも特に高級とされる伝統食材です。マメ科のつる植物クズの根からでんぷんを取り出し、寒い時期に冷たい井戸水で何度もさらして精製する「吉野晒し」と呼ばれる製法で仕上げられます。原料となる葛根は山に分け入って掘り出す重労働から得られる貴重なものであり、精製から乾燥までに数か月をかける手間のかかる製法が、他の産地の葛粉にはない純白さとなめらかな口どけを生み出しています。吉野本葛はくず湯やくず餅、くずきりといった和菓子だけでなく、料理のとろみ付けなど幅広い用途に使われ、江戸時代から続く老舗の製造元によって今も伝統の技法が守られています。奈良県宇陀市に本店を構える黒川本家はその代表的な存在で、元和元年(1615年)の創業以来、400年以上にわたり同じ製法を守り続け、宮内庁への納入実績も持つ老舗として知られています。

御城之口餅
郷土菓子奈良

御城之口餅

Oshiro-no-kuchi-mochi

御城之口餅は、大和郡山市の老舗菓子店「本家菊屋」が400年以上作り続ける、粒あんを求肥で包んできな粉をまぶした一口サイズの餅菓子です。天正13年(1585年)、初代・菊屋治兵衛が豊臣秀吉の弟・秀長に伴われて郡山城下に入り、店を構えたのが本家菊屋の始まりと伝わります。秀長が兄・秀吉を茶会でもてなす際、治兵衛に珍しい菓子を作るよう命じてこの餅菓子が生まれ、秀吉はこれをたいそう気に入り「鶯餅」と名付けたとされています。後に、店が郡山城の入り口にあたる城下町の一等地に構えられていたことから、「御城之口餅」の名で親しまれるようになりました。うぐいすの姿を思わせるような淡い緑がかったきな粉と、しっとりとした求肥、上品な甘さの粒あんの組み合わせが特徴で、うぐいす餅の元祖の一つともいわれる菓子です。大和郡山を訪れた際の土産物として、また地元の慶事などにも用いられています。

三輪素麺
麺類奈良

三輪素麺

Miwa Somen

三輪素麺は、奈良県桜井市の三輪地方で古くから作られてきた手延べそうめんで、日本の手延べそうめん発祥の地として知られます。伝承によれば、今から千二百有余年前、大神神社の宮司の次男が三輪山から流れる清らかな水と土地が小麦の栽培に適していることを見出し、小麦粉を原料にそうめんを製造したのが始まりとされます。大神神社では今も毎年2月に、その年のそうめん相場を占う「卜定祭」が行われるなど、三輪山の神への信仰と素麺づくりが深く結びついてきました。極細に延ばされた麺は強いコシと滑らかな喉ごしが特徴で、夏は冷やしそうめん、冬は温かい「にゅうめん」として一年を通じて楽しまれています。

大和牛
肉料理奈良

大和牛

Yamato-gyu

大和牛は、奈良県内の指定生産農家で育てられた黒毛和種のうち、一定の規格要件を満たした牛肉だけに与えられるブランド名です。小豆色の赤身にきめ細かなサシが入り、体に良いとされる不飽和脂肪酸オレイン酸を豊富に含むことから、脂の口溶けの良さと豊かな風味が特徴とされています。奈良は鎌倉時代に編まれた牛の絵巻「駿牛絵詞」や「国牛十図」にも良牛の産地として記録が残るほど、和牛の歴史が古い土地です。2003年(平成15年)に大和牛流通推進協議会が設立されて以降、血統や飼料、飼育環境などの情報が一頭ごとに集積管理され、生産から流通までの経路が明確にされるようになりました。現在は12の指定生産農家が飼育を担い、指定販売店や指定卸売業者を通じて県内外に届けられています。中でも肥育期間やオレイン酸含有率などさらに厳しい基準をクリアした牛肉は「奈良県プレミアムセレクト」として認証され、大和牛の中でも特に上質な一頭として扱われています。

大和茶粥
鍋料理奈良

大和茶粥

Yamato Chagayu

大和茶粥は、ほうじ茶などの茶を煮出した汁で米を炊いた奈良の代表的な家庭料理で、「大和の朝は茶粥で明ける」といわれるほど古くから奈良の人々の食卓に根付いています。その起源は東大寺や興福寺といった寺院にあるとされ、僧侶が修行の合間に食べていたことから広まったと伝わり、東大寺二月堂の「お水取り」で知られる修二会とも深いかかわりを持つ料理です。木綿の茶袋に入れたお茶を煮立て、そこに米を入れて強火で一気に炊き上げると、米粒が花のように開く「ハナが咲く」状態になるのが良いとされています。とろみの少ない、さらっとした食感が特徴で、片栗粉などでとろみをつける他地域の茶粥とは異なる仕上がりです。かつて僧侶や庶民の間で米を節約する知恵として広まったとも伝えられ、質素でありながら奈良の風土に根ざした滋味深い一品として、今も家庭や飲食店で親しまれています。

奈良のっぺ
鍋料理奈良

奈良のっぺ

Nara Noppe

奈良のっぺは、里芋や大根、にんじんなどを昆布と干し椎茸の戻し汁でじっくり煮込んだ、奈良に伝わる精進料理です。全国各地に同じような「のっぺ」「のっぺい汁」と呼ばれる料理がありますが、奈良のっぺは肉や魚を使わない精進仕立てで、里芋が煮崩れることで自然にとろみがつくのが大きな特徴です。片栗粉などでとろみをつける地域も多い中、素材そのものの力でとろみを出す点に、奈良ならではの丁寧な作り方が表れています。毎年12月に春日大社で執り行われる「春日若宮おん祭」に先立ち、神事に奉仕する大和士(やまとざむらい)らが身を清める「大宿所祭」では、参拝者にこの奈良のっぺが振る舞われる習わしがあり、単なる家庭料理にとどまらず、地域の祭礼と結びついた郷土料理として受け継がれています。冬場の体を温める一品として、奈良の家庭でも古くから作られてきました。

奈良漬
発酵食品奈良

奈良漬

Narazuke

奈良漬は、白瓜などの野菜を酒粕に繰り返し漬け込んで作る、奈良発祥の粕漬けです。平城京跡から発掘された長屋王邸跡の木簡に「進物加須津毛瓜(たてまつりものかすづけうり)」の記載があるとされ、1300年以上前から食べられていた可能性を示す古い歴史を持ちます。当初はどぶろくの上澄みを酒として飲んだ残りかすで野菜を漬けたのが起源とされ、室町時代に清酒づくりが始まって以降、酒粕を使う現在の製法が確立しました。商品として広まったのは安土桃山〜江戸時代にかけて、奈良の医師・糸屋宗仙がシロウリを酒粕に漬けて製造・販売したのが始まりと伝わります。酒粕に何度も漬け替えることで日本酒の芳醇な香りと米の旨みが野菜に染み込み、琥珀色に色づいていくのが特徴で、現在も奈良を代表する土産物として親しまれています。

飛鳥鍋
鍋料理奈良

飛鳥鍋

Asuka Nabe

飛鳥鍋は、鶏ガラだしに牛乳を加えたスープで鶏肉や白菜、春菊などの野菜を煮込む、奈良県明日香村に伝わる鍋料理です。飛鳥時代、唐から渡来した使者が乳製品を伝え、孝徳天皇に献上して喜ばれたのが日本における牛乳飲用の始まりと伝えられ、当時の僧侶が飼っていた鶏の肉を牛乳で煮て食べたことが起源の一つとされています。牛乳が高価だったためヤギの乳を使っていたとする説もあり、諸説が伝わっています。白味噌や醤油で味を調えたまろやかな味わいが特徴で、昭和初期に明日香の名物料理として現在の形が確立され、今では冬季を中心に地元の飲食店で提供される明日香村の名物鍋となっています。

モデルコース

奈良町・東大寺で工芸と食文化に触れる半日コース

錦光園でにぎり墨体験を楽しんだ後、東大寺南大門前の老舗で奈良漬を買い求め、奈良町の食事処で大和茶粥を味わう。なら工藝館で奈良漆器や奈良一刀彫の展示を見学し、古都の職人文化を巡るコース。

生駒・大和郡山で茶筌と赤膚焼の産地を訪ねるコース

生駒市高山地区で茶筌づくりの見学・体験をしたのち、大和郡山市に移動して赤膚焼の窯元で陶芸体験。郡山城下町の老舗で御城之口餅を味わい、城下町の風情と工芸の里を一日かけて巡る。

三輪・明日香で麺と鍋、古代の食文化をめぐるコース

大神神社を参拝し、そうめん発祥の地・三輪で名物のにゅうめんを味わったのち、明日香村へ移動して飛鳥時代の乳文化に由来する飛鳥鍋を堪能。柿の葉寿司を土産に、古代日本の中心地だった大和路を味わうコース。

イベント

東大寺二月堂 修二会(お水取り)

毎年3月1日〜14日 / 東大寺二月堂(奈良市)

春日若宮おん祭

毎年12月15日〜18日(大宿所祭は12月15日) / 春日大社・奈良公園一帯(奈良市)

地図