画像: Wikimedia Commons長野県
日本アルプスに囲まれた長野県は、北信・東信・中信・南信の各地域で、山の恵みを生かした手仕事と食文化が育まれてきた県です。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は7品目あります。木曽谷では、塩尻市木曽平沢の木曽漆器や、南木曽町の木地師が挽く南木曽ろくろ細工が受け継がれています。城下町松本の松本家具、上田などで織られる信州紬、信濃町の信州打刃物も国の指定を受けています。雪深い北信の飯山市では、内山紙と飯山仏壇が作られています。飯田市は水引の一大産地です。食では、冷涼な高地で育つそばを使った信州そばが知られます。北信のおやき、野沢温泉村発祥とされる野沢菜漬け、塩を使わない木曽のすんき漬けも長野の味です。松本・塩尻の山賊焼き、伊那のローメン、佐久鯉、小布施の栗菓子など、土地ごとの名物も楽しめます。
長野の伝統工芸
信州紬
Shinshu Tsumugi
信州紬は、長野県の各地で織られてきた絹織物の総称です。上田紬・松本紬・飯田紬・伊那紬、天蚕糸を使う有明紬(あづみの紬)や山繭紬など、地域ごとに発達した紬をまとめてこう呼びます。信州は古くから「蚕の国」と呼ばれるほど養蚕が盛んな土地でした。江戸時代初期に各藩が養蚕を奨励し、生糸にしにくい繭を真綿にして紡ぎ、農家の副業として織るようになったのが始まりとされます。糸は草木染めで先に染め、手投杼(てなげひ)で緯糸を打ち込む手織りで、縞・格子・絣・無地調に仕上げます。主な製品は着物地や帯、羽織で、近年は洋服やバッグ、ストールも作られています。1975年に国の伝統的工芸品に指定されました。上田市や駒ヶ根市の工房では、手織りの機織り体験ができます。

木曽漆器
Kiso Shikki (Kiso Lacquerware)
木曽漆器は、長野県塩尻市の木曽平沢・奈良井を中心に作られてきた漆器です。17世紀初頭、木曽ヒノキなどの豊かな森林資源を生かした白木細工に漆を塗り、中山道を行き交う旅人の土産物として売り出したのが始まりといわれます。明治の初め頃、奈良井で鉄分を多く含む粘土「錆土(さびつち)」が見つかりました。この錆土を漆に混ぜる下地塗りの技法により、堅牢な漆器の産地として名を高めます。木目を生かす「木曽春慶」、まだら模様を表す「木曽堆朱」、色漆で幾何学模様を描く「塗分呂色塗(ぬりわけろいろぬり)」が代表的な技法です。1975年に国の伝統的工芸品に指定されました。木曽平沢の町並みは「漆工町」として国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれています。
南木曽ろくろ細工
Nagiso Rokuro Zaiku (Nagiso Wood Turning)
南木曽ろくろ細工は、長野県木曽郡南木曽町を中心に作られている木工品です。厚い板や丸太をろくろで回転させ、カンナで挽いて形を削り出す「挽物(ひきもの)」の技法で、盆や椀、茶托、木地鉢などを作ります。18世紀前半、木の挽物を得意とする木地師(きじし)と呼ばれる人々がこの地に定着したのが始まりとされます。材料にはトチやケヤキ、セン、カツラなど、木曽谷に育つ木目の美しい広葉樹を使います。職人は木目や木質を見きわめ、木ごとに作る品を決めます。製品は素地のままの「白木」と、漆を塗っては拭き取る「漆拭き」があります。1980年に国の伝統的工芸品に指定されました。南木曽町吾妻の「木地師の里」には工房が集まり、見学や手挽きろくろの体験ができます。

松本家具
Matsumoto Kagu (Matsumoto Furniture)
松本家具は、長野県松本市を中心に作られている和家具です。天正10年(1582年)に松本城を中心として城下町が形づくられた頃に、商工業のひとつとして始まったと考えられています。ケヤキやミズメ、ウダイカンバなどの無垢材を使い、箪笥や飾棚、座卓、文机などを作ってきました。複雑な木組みの技法による堅牢さと、木目を引き立てる拭き漆の仕上げが特徴です。太平洋戦争後には家具づくりが衰えましたが、民藝運動を率いた柳宗悦の訪問をきっかけに、池田三四郎が復興に取り組みました。和家具で培った技術は、椅子やテーブルなどの洋家具にも生かされています。1976年に国の伝統的工芸品に指定されました。松本の中町通りや松本民芸館で、その家具に触れることができます。
内山紙
Uchiyama-gami (Uchiyama Paper)
内山紙は、長野県北部の飯山市を中心に漉かれている手漉き和紙です。江戸時代初期の寛文元年(1661年)、内山村(現在の木島平村内山)の萩原喜右ヱ門(はぎわらきうえもん)が美濃で製法を学び、帰郷して漉いたのが始まりと伝わります。名前は、この地名に由来します。原料には楮(こうぞ)だけを使い、洋紙のパルプを混ぜません。豪雪地帯ならではの「雪晒し(ゆきざらし)」で楮の皮を雪の上にさらし、自然な白さを引き出すのが大きな特徴です。丈夫で通気性や保湿性にすぐれ、日焼けしにくいことから、障子紙として重宝されてきました。1976年に国の伝統的工芸品に指定されました。飯山市や木島平村には、紙漉きを体験できる施設があります。

飯山仏壇
Iiyama Butsudan (Iiyama Buddhist Altars)
飯山仏壇は、長野県飯山市で作られる金仏壇です。市の北部・愛宕町を中心に生産され、部品作りから組み立て、修理までを地域の中で一貫して行っています。飯山は室町時代に北陸から浄土真宗が伝わり、信仰の厚い土地柄として知られます。多くの寺が建ち並ぶ町並みから、「雪国の小京都」とも呼ばれてきました。元禄2年(1689年)に甲州から来た寺瀬重高が、素地仏壇を手がけたのが始まりと伝わります。宮殿(くうでん)を「肘木組物(ひじきくみもの)」で組み上げる技法と、宮殿がよく見えるよう弓形にした「弓長押(ゆみなげし)」が特徴です。分解して洗い、塗り直す「せんたく」によって、何世代にもわたって使い継ぐことができます。1975年に国の伝統的工芸品に指定されました。雪よけの雁木(がんぎ)が続く愛宕町の通りは、仏壇店が軒を連ねる「仏壇通り」として親しまれています。
信州打刃物
Shinshu Uchihamono (Shinshu Forged Blades)
信州打刃物は、長野県北部の上水内郡信濃町を中心に作られる鍛造の刃物です。鉄と鋼を炉で熱し、鎚(つち)で一本ずつ打ちのばして形を作ります。代表的な製品は「信州鎌」で、背が厚く、刃は非常に薄いため、丈夫でよく切れるのが持ち味です。柄の差し込み部分を反らせる「芝付け」と、刃面を内側に湾曲させる「つり」により、刈り払った草が手元に寄ってきます。起こりは16世紀半ば、川中島の合戦の頃と伝わります。武具や刀剣の修理に訪れた鍛冶職人から、里の人々が技を習ったのが始まりとされます。江戸時代末期に今の信州鎌の原型が生まれ、明治時代に信越線が開通すると全国へ販路が広がりました。1982年に国の伝統的工芸品に指定されています。現在は鎌のほか、鍬(くわ)や鉈(なた)、包丁なども作られています。
飯田水引
Iida Mizuhiki
飯田水引は、長野県南部の飯田市とその周辺で作られる水引です。水引は、和紙をよって紐状にし、水糊で固めて色を付けたもので、祝儀袋や結納品などの贈り物を飾るのに使われます。飯田は古くから和紙づくりが盛んな土地で、江戸時代にはその和紙を使った元結(もとゆい)の産地として名を上げました。元結は髷(まげ)を結い束ねる紙の紐で、元禄時代に桜井文七が改良した品は「文七元結」として江戸でも評判になりました。明治時代に断髪令で元結の需要が激減すると、その技術を生かして丈夫で光沢のある水引が作られるようになります。現在、飯田地方は全国の水引製品の約7割を生産しています。金封や結納品に加え、鶴や松竹梅をかたどった水引細工やアクセサリーなども作られています。2014年に長野県知事指定の伝統的工芸品に指定されました。
松代焼
Matsushiro-yaki (Matsushiro Ware)
松代焼は、長野県長野市の松代地域を中心に焼かれてきた陶器です。真田家が治めた松代藩の奨励によって江戸時代後期に盛んになり、水がめやこね鉢、徳利など、暮らしに欠かせない実用の器が作られました。鉄分の多い地元の土で作った黒茶色の地肌に、青緑色の釉薬が流れるように掛かり、一つひとつ異なる模様が生まれるのが特徴です。この青緑色は顔料ではなく、地元で採れる白土や銅を調合した釉薬によるものです。明治時代以降は、鉄道で運ばれてくる安価な陶器に押されて衰え、昭和の初めまでに途絶えました。その後、昭和中期に陶工たちが古い陶片や資料をもとに研究を重ね、技術を復活させています。2014年に長野県知事指定の伝統的工芸品となりました。現在は松代町の松代陶苑などで、陶芸体験を通して松代焼づくりに触れることができます。

戸隠竹細工
Togakushi Takezaiku (Togakushi Bamboo Craft)
戸隠竹細工は、長野市戸隠で作られる竹細工です。材料は、戸隠の山に自生するチシマザサで、根元が曲がっていることから地元では「根曲竹(ねまがりだけ)」と呼ばれます。この竹は細くても硬くしなやかで、冬の豪雪にも折れずに曲がる強さを持っています。標高が高く稲作に向かない戸隠では、江戸時代に米の代わりに竹を年貢として納めることが認められていたと伝わります。明治以降は養蚕用の大きな籠の需要が高まり、やがてざるやかごなど、暮らしの道具が作られるようになりました。代表的な製品は、戸隠そばを盛り付けるそばざるです。山での竹の伐り出しから竹ひご作り、編み上げまでを1人の職人が一貫して手がけるのが特徴です。1983年には、山ノ内町・伊那市の竹細工とともに「信州竹細工」として長野県知事指定の伝統的工芸品になりました。戸隠神社の門前には、竹細工の店や体験のできる施設が点在しています。
長野の郷土料理

信州そば
Shinshu Soba
信州そばは、長野県各地で育てられたそばを使って打つ、長野県を代表する麺料理です。冷涼で夜の気温が下がる高地の気候はそばの栽培に向いており、長野県のそば生産量は全国有数で、2020年(令和2年)には3,960トンと全国2位でした。米や小麦が育ちにくい山あいの土地でも実るそばは、昔から暮らしを支える作物でした。麺状の「そば切り」は信州が発祥ともいわれ、木曽郡大桑村の定勝寺には1574年(天正2年)の最古の記録が残ります。中山道の本山宿(現在の塩尻市)を発祥とする説もありますが、甲州(山梨県)説などもあり、諸説があります。県内には、戸隠そばや開田高原のそばなど、土地ごとに特色あるそばが受け継がれています。秋の収穫期には県内各地でそばまつりが開かれ、新そばを味わえます。
とうじそば
Toji Soba
とうじそばは、長野県松本市奈川(旧奈川村)に伝わるそばの郷土料理で、「投汁そば」とも書きます。鍋で煮立てたつゆに、竹で編んだ小さな「とうじかご」に入れた一口分のそばをくぐらせ、温めて食べます。つゆには旬の野菜や山菜、きのこ、鶏肉などを入れ、そばと一緒にお椀に取り分けます。奈川は、松本から飛騨へ向かう野麦街道沿いの、標高約1,200mの山あいの地域です。昼夜の寒暖差が大きくそばの栽培に向いており、昔は米よりもそばが主食だったと伝わります。囲炉裏に吊るした鉄鍋を家族で囲んで食べた料理で、冠婚葬祭などハレの日のもてなしにも欠かせませんでした。奈川を中心に、木曽地方の一部でも食べられています。

ローメン
Romen (Ina Romen)
ローメンは、長野県伊那市で生まれた、蒸した中華麺とマトン(羊肉)、キャベツを使う麺料理です。1955年(昭和30年)、伊那市の中華料理店「萬里(ばんり)」の店主・伊藤和弌(いとう わいち)が考案しました。冷蔵庫が普及していなかった当時、麺を日持ちさせるために蒸したのが始まりとされます。「ラーメンでも焼きそばでもない」といわれ、スープに浸かった汁ありのものと、焼きそば風の汁なしのものがあります。食卓のソースや酢、ごま油などをかけ、自分好みの味に仕上げて食べるのも特徴です。伊那市とその周辺では約90軒の飲食店が出しており、学校給食にも登場します。地域の人々に長く親しまれてきたソウルフードです。

おやき
Oyaki
おやきは、小麦粉やそば粉で作った皮で、野菜や山菜、きのこ、あんこなどを包んで焼いたり蒸したりした長野県の郷土料理です。長野市の西側に広がる西山地域(小川村や旧中条村、旧信州新町など)が発祥といわれます。米作りに向かない冷涼な山間部では、小麦やそばが米の代わりとなり、おやきは人々の食を支えてきました。具には野沢菜漬けやなす、切り干し大根、かぼちゃなどが使われ、味噌やしょうゆで味をつけます。昔は囲炉裏の灰に埋めて蒸し焼きにする「灰焼きおやき」が主流でした。今では焼く、蒸す、焼いてから蒸す、揚げてから焼くなど、地域や店によって作り方がさまざまです。主食にもおやつにもなる、信州を代表する粉もの料理です。

五平餅
Gohei Mochi
五平餅は、うるち米のご飯をつぶして串に刺し、くるみや白ごま、落花生などを使った甘辛いたれを塗って炭火で香ばしく焼き上げる郷土料理です。岐阜県東濃地方(中津川市・恵那市など)から長野県木曽・伊那地方、愛知県三河地方にかけて広く食べられており、地域や家庭によって団子型、わらじ型、丸形など形状もさまざまです。起源は江戸時代中期の木曽地域にあるとされ、木こりたちが山仕事の合間に木の切れ端に飯を握りつけてたき火で焼き、味噌をつけて食べたのが始まりと伝えられます。やがて山の神への供え物や、新米の収穫祝い・祭事の際に作られる特別な食べ物としても定着しました。名前の由来には、神に捧げる「御幣(ごへい)」の形に似ているからという説や、五平という人物が作ったからという説があり、地域によって語り継がれ方が異なります。

野沢菜漬け
Nozawana-zuke (Pickled Nozawana Greens)
野沢菜漬けは、アブラナ科の葉野菜「野沢菜」を塩などで漬けた、長野県を代表する漬物です。野沢菜の名は、北信地方の野沢温泉村で作られてきたことに由来します。1756年(宝暦6年)、村の健命寺の住職が京都から天王寺蕪(てんのうじかぶ)の種を持ち帰ってまいたのが始まりと伝わります。雪深い高冷地の気候の中で、かぶは実が育たず、葉と茎だけが大きく育つ独自の野菜になったとされます。長野県では菜の漬物をまとめて「お葉漬け」と呼び、野沢菜漬けはその代表です。冬の間の保存食として各家庭で漬けられ、ご飯のお供やお茶うけとして親しまれてきました。シャキシャキとした歯ざわりと、ほどよい塩気が魅力です。
すんき漬け
Sunki-zuke (Salt-Free Fermented Turnip Greens)
すんき漬けは、長野県の木曽地域に伝わる、赤かぶの茎や葉を塩を一切使わずに乳酸発酵させた漬物です。地元では単に「すんき」とも呼ばれます。発祥は御嶽山のふもとの王滝村や木曽町開田高原とされ、少なくとも300年以上前から作られてきました。海から遠い山あいで塩が貴重だったため、発酵で生まれる酸の力で冬の野菜を保存する知恵として育まれたと考えられています。前年のすんきを「種」にして漬けるのが特徴で、複数の植物性乳酸菌が働きます。仕上がりはべっこう色で、さわやかな酸味があります。無塩の乳酸発酵食品は国内外でも珍しく、2017年(平成29年)には国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。温かいそばにのせる「すんきそば」は、冬の木曽の味として親しまれています。

山賊焼き
Sanzoku-yaki
山賊焼き(さんぞくやき)は、長野県中信地方の松本市や塩尻市を中心に親しまれている鶏肉料理です。鶏もも肉などを一枚のまま、にんにくやたまねぎを効かせたしょうゆだれに漬け込み、片栗粉をまぶして油で揚げます。肉を切り分けずに揚げる豪快さが、一般的な唐揚げとの大きな違いです。名前に「焼き」とありますが、実際は揚げ物です。発祥は塩尻市の居酒屋「山賊」とされ、名前の由来には店主の風貌が山賊に似ていたという説や、「とりあげる」を「鶏揚げる」に掛けたという説などがあります。2009年ごろからは地元の食堂の組合や市民団体が名物として広める活動を進め、今では長野県を代表するご当地グルメの一つになりました。食堂の定食や居酒屋の一品として、地元の人にとっては子どもの頃から身近な味です。

佐久鯉
Saku Koi (Saku Carp)
佐久鯉(さくごい)は、長野県東部の佐久地方で育てられる食用の鯉と、それを使った郷土の鯉料理です。佐久市桜井地区の商人が、江戸時代の天明年間に大阪の淀川から「淀鯉」を持ち帰ったのが始まりといわれます。冷たく澄んだ千曲川の水で育つため成長がゆっくりで、ほかの産地より長い3年ほどをかけて出荷されます。身が引き締まって臭みが少なく、脂が適度にのった肉質が特徴です。明治時代からは田んぼで鯉を育てる方法などで生産が増え、昭和初期には「佐久鯉」の名に統一されました。輪切りにして味噌で煮る「鯉こく」、甘辛く煮た「うま煮」、薄造りを冷水で締めた「あらい」などが伝統の食べ方です。正月や祝い事のごちそうとして、今も佐久の人々に大切にされています。

小布施の栗菓子
Obuse Chestnut Confections
小布施の栗菓子は、長野県北部の上高井郡小布施町で作られる、地元の栗を使った和菓子の総称です。小布施の栗の栽培は室町時代にさかのぼるとされ、水はけのよい扇状地の酸性の土が栗の生育に合っていました。江戸時代には品質のよい栗が将軍家への「献上栗」とされ、「小布施栗」の名が広まりました。栗菓子の始まりは1808年(文化5年)で、桜井甘精堂の初祖・桜井幾右衛門が「栗落雁(くりらくがん)」を作ったのが最初とされます。その後、栗ようかんや栗かの子が生まれ、明治時代には缶詰の技術で一年中味わえるようになりました。現在も町の中心部には栗菓子の老舗が軒を連ね、栗おこわやモンブランなど新しい栗の味も楽しめます。秋の新栗の季節には、多くの観光客でにぎわいます。
モデルコース
戸隠で信州そばと竹細工にふれ、小布施で栗菓子を味わうコース
戸隠神社中社の近くにあるうずら家で、わさびや地元産の辛味大根を添えた信州そばを味わいます。中社周辺には井上竹細工店などの竹細工店が並び、根曲竹のそばざるや籠を選べます。戸隠竹細工工房 文の郷では、一輪挿しなど小物づくりの体験もできます(要予約)。午後は小布施町へ向かいましょう。竹風堂 小布施本店で栗おこわを味わい、桜井甘精堂や小布施堂で栗かの子などの栗菓子を選べます。
松本の民芸家具から塩尻の山賊焼き、木曽平沢の漆器の町へ向かうコース
松本市の中町通りにある中央民芸ショールームで、松本民芸家具に実際に座って確かめます。少し足をのばせば、松本民芸館で松本箪笥などの民芸品も見られます。昼は塩尻へ移り、山賊焼きの元祖といわれる山賊で、骨付きのもも肉を揚げた山賊焼きを味わいましょう(水曜定休)。午後は漆器の町・木曽平沢へ。木曾くらしの工芸館で木曽漆器を選び、木曽漆器館で製作用具や名品を見学できます。
木曽路で木地師のろくろ細工と冬のすんきそばを味わうコース
南木曽町吾妻の木地師の里 ヤマイチで、トチやケヤキを挽いた盆や器を見て、手挽きろくろと絵付けの体験に挑戦します(2名以上で要予約、火曜定休)。中山道を北へ進み、木曽福島へ向かいましょう。冬ならJR木曽福島駅近くのくるまや本店で、塩を使わずに漬けたすんきをのせたすんきそばを味わえます(冬季限定)。国道19号沿いの道の駅 木曽福島では、冬の時期にすんきが販売されます。
雪国の飯山で仏壇と内山紙にふれ、野沢温泉で野沢菜を味わうコース
飯山市伝統産業会館で、飯山仏壇と内山紙の工程や職人の作品を見学します(月曜休館)。飯山駅から歩いて10分ほどの愛宕町の仏壇通りには、雁木の下に仏壇店が軒を連ねます。春から秋なら、近くの飯山手すき和紙体験工房で紙漉きも体験できます(12月29日〜3月31日は休み)。午後は野沢温泉村へ向かいましょう。野沢菜発祥の寺とされる健命寺を訪ね、大湯通りの野沢菜本舗で野沢菜漬けを選べます。
伊那谷を南下し、ローメンと信州紬、飯田水引をたどるコース
伊那市の中国風菜館 萬里で、1955年に生まれた元祖のローメンを昼食に味わいます。駒ヶ根市の久保田織染工業では、信州紬の工場見学や手織りの花瓶敷きづくりができます(平日のみ、要予約)。夕方は飯田市へ。エス・バード内の南信州まるごとショップ おいでなんしょで水引キットを買えば、あわじ結びなどの結び体験ができます。伊那・飯田地方では、甘辛いたれを塗って焼く五平餅も親しまれています。