画像: Wikimedia Commons北海道
日本最北の大地・北海道は、アイヌ民族が育んだ独自の文化と、明治以降の開拓の歴史が重なり合う地域です。二風谷イタ・二風谷アットゥシは経済産業大臣指定伝統的工芸品として北海道で初めて指定されたアイヌ工芸で、木彫り熊や小樽ガラスは開拓期の暮らしから生まれた民芸・産業工芸として今に伝わります。食では、鮭漁で栄えた石狩の石狩鍋・ちゃんちゃん焼き、羊肉食普及から広まったジンギスカンなど、大地と海の恵みを生かした郷土料理が豊富です。広大な面積ゆえ産地は道内各地に点在し、平取・八雲・旭川・小樽・岩見沢・石狩・松前など、地域ごとに異なる歴史と食文化を巡る楽しみがあります。
北海道の伝統工芸

こぶ志焼
Kobushi-yaki
こぶ志焼は、北海道岩見沢市の「こぶ志窯」で焼かれる陶器で、道内で最も古い歴史を持つ民窯(日常づかいの器を焼く窯)として知られています。1946年(昭和21年)、窯業技術者であった初代・三秋(みあき)が、妻の実家のある岩見沢の地に開窯したのが始まりです。初窯を焚いた折に辛夷(こぶし)の花が咲いていたことから「こぶ志窯」と名付けられました。開窯当時の北海道は陶芸不毛の地とされ、土づくりから釉薬、焼成まですべてを手探りで確立せねばならなかったことが、かえって独自の作風を育みました。中でも藍色を基調とした「海鼠釉(なまこゆう)」は、創窯間もない頃から安定した発色を得られたことで評判となり、こぶ志焼を代表する釉調として現在まで受け継がれています。二代目・山岡憬のあとを継ぎ、現在は山岡千秋を中心に、道内産原料を用いた土づくりなど新たな取り組みも進められています。

旭川家具
Asahikawa Furniture
旭川家具は、北海道旭川市とその近郊で作られる木工家具の総称で、静岡・飛騨・徳島・大川と並ぶ日本有数の家具産地として知られます。起源は1890年(明治23年)の旭川村誕生とともに開かれた木挽場にさかのぼり、1898年の鉄道開通と1899年の陸軍第七師団移駐を契機に本州から大工や家具・建具職人が旭川へ移住したことで木工業が本格化しました。1913年の冷害を機に木工伝習所が開設されて技術振興が進み、1949年には国指定「重要木工集団地区」に北海道で唯一選定されました。旭川近郊の大雪山系の原生林から良質な広葉樹材を調達できることに加え、1990年開催の国際家具デザインフェア旭川(IFDA)を通じて世界的なデザイン性の追求が続けられている点が特徴です。現在は旭川家具工業協同組合に旭川市・東川町・東神楽町・当麻町の家具メーカー約40社が加盟し、共同展示・共同受注などを通じて産地全体でブランドを支えています。

小樽ガラス
Otaru Glass
小樽ガラスは、北海道小樽市で発展したガラス工芸の総称です。始まりは1901年、九州から北海道に渡った浅原久吉が小樽で創業した浅原硝子による石油ランプの製造でした。1910年からは漁業用の浮き玉の製造も始まり、小樽・室蘭・旭川・釧路・樺太にまで工場を広げるほどの規模に発展しました。しかし電気や石油ストーブの普及でランプが衰退し、浮き玉もガラス製からプラスチック製へと移行したことで、小樽のガラス製造業者は1960年には浅原硝子一社のみとなりました。1971年、浅原硝子は社名を北一硝子に改め、かつて生活必需品だった石油ランプをあえて店頭に並べたところ、旅行者の間でインテリアとして評判となり、産業用ガラスから工芸品・生活雑貨としてのガラスへと転換を遂げました。現在は北一硝子や大正硝子など複数の工房・ショップが小樽運河周辺に集積し、吹きガラス体験ができる観光地としても知られています。

二風谷アットゥシ
Nibutani Attus
二風谷アットゥシは、北海道沙流郡平取町二風谷地区に伝わるアイヌ民族の樹皮織物です。沙流川流域に育つオヒョウやシナノキなどの樹皮の内皮を剥ぎ、煮て乾燥させたのち細く裂いて糸を作り、糸に撚りをかけてから機で織り上げます。糸づくりだけで工程全体の8割を占めるといわれるほど手間のかかる作業で、樹皮の採取から反物になるまでに長い時間と労力を要します。天然の樹皮の色合いが織りなす縞模様が特徴で、水に強く通気性に優れ、天然繊維としては類稀な強靭さを持つといわれています。かつてはアイヌの人々の衣服に広く用いられ、100年以上続く技術・技法が現在も継承されています。2013年3月8日、二風谷イタとともに北海道で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。
二風谷イタ
Nibutani Ita
二風谷イタは、北海道沙流郡平取町の二風谷地区に古くから伝わるアイヌ民族の木彫りの盆(イタ)です。カツラやクルミなどの北海道産材を数年かけて乾燥させた板を彫り込み、モレウノカ(渦巻文様)やアイウシノカ(棘のような文様)、シクノカ(目のような文様)といったアイヌ文様を彫刻します。文様の合間を埋めるように施される「ラムラムノカ(鱗彫り)」も二風谷イタに欠かせない技法とされています。これらの文様には魔除けや厄除けの意味が込められていると伝えられています。2013年3月8日、二風谷アットゥシとともに北海道で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されました。長らく日常の盆として使われてきた道具でありながら、彫り手ごとに文様の構成や深浅の表現が異なり、作り手の個性が色濃く表れる工芸品でもあります。現在も平取町二風谷を中心に、地元の工芸家や工房によって技術が受け継がれています。

木彫り熊
Kibori-guma (Wood-carved Bear)
木彫り熊は、北海道を代表する木彫り工芸品として広く知られる熊の木彫像です。発祥は渡島半島の八雲町とされ、尾張徳川家19代当主・徳川義親が1921〜1922年のヨーロッパ視察でスイスに立ち寄った際に見かけた木彫りの熊などの民芸品を持ち帰り、自身が営む八雲農場の冬期間の副業として地元農民に制作を奨励したのが始まりです。酪農家の伊藤政雄が手本を基に彫った作品が北海道第一号とされ、1924年の八雲農村美術工芸品評会で展示されました。八雲では日本画家・十倉金之が確立した繊細な「毛彫り」と、柴崎重行が確立した力強い「面彫り(ハツリ彫り)」の2つの表現が発展しました。一方、旭川では1926年頃にアイヌの熊猟師・松井梅太郎が実体験を基に彫ったことをきっかけに独自の系統が生まれ、面による抽象的な造形を特徴とする「旭川系」として発展しました。北海道土産の定番として全国に知られています。
優佳良織
Yukara-ori
優佳良織は、1962年に旭川出身の染織作家・木内綾(きうち あや、1924〜2006年)が創始した北海道独自の染織工芸です。羊毛を200色以上に染め分け、その色糸を綴れ織や浮き織の技法で織り込むことで、流氷やクロユリ、摩周湖の湖面といった北海道の自然風景を、まるで油絵を描くように一枚の織物へ表現します。染色・紡ぎ・機織りの全工程を手作業で行う点も大きな特徴です。名称はアイヌ語の「ユーカラ(伝承する)」に由来し、北海道の風土を後世へ伝える工芸でありたいという願いが込められています。木内綾は日本民芸公募展最優秀賞(1977年)やハンガリー国際織物ビエンナーレ金賞(1978年)を受賞するなど国際的にも高く評価されましたが、木内の没後、事業を引き継いだ北海道伝統美術工芸村が2016年に経営破綻し、拠点だった優佳良織工芸館は長期休館(実質閉館)状態にあります。現在は元債権者の高嶋良樹氏が2018年に設立した「合同会社 優佳良織工房」が、ベテランの織り手や染め手の協力を得て技術と作品の継承にあたっています。
北海道の郷土料理

いかめし
Ikameshi
いかめしは、小ぶりなスルメイカの胴に、もち米とうるち米を詰めて醤油だれでじっくり煮込んだ北海道・森町の郷土料理です。太平洋戦争中の米不足を補う代用食として、森駅前で駅弁店を営んでいた阿部商店が1941年に考案したのが始まりとされます。当初は貴重な米を節約するためイカを「かさ増し」に使う工夫でしたが、もちもちとした米とイカの旨みが評判を呼び、JR森駅の名物駅弁として定着しました。1955年頃からは東京の百貨店での実演販売にも進出し、京王百貨店の「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」では長年にわたり売上上位を獲得するなど、全国区の知名度を築いています。甘辛い醤油だれが染みたイカと米の組み合わせは、冷めてもおいしい駅弁ならではの完成度を誇ります。

いももち
Imo-mochi
いももちは、茹でて潰したじゃがいもに片栗粉を加えて練り、平たく丸めて焼いた北海道のおやつです。表面はこんがりと香ばしく、中はもちもちとした独特の食感が持ち味で、甘辛い醤油だれや黄な粉、バターなど、シンプルな味付けで食べられています。稲作の技術が確立していなかった明治の開拓期、餅米の代わりに寒冷地でも育てやすいじゃがいもを使って餅のようなものをつくったのが始まりとされ、開拓者たちの貴重なエネルギー源として広まりました。じゃがいもの生産量日本一を誇る北海道、なかでも十勝地方は代表的な産地として知られ、家庭のおやつとしてはもちろん、道の駅や土産物店でも定番の一品として親しまれています。調理が手軽なことから戦中・戦後の食糧難の時代にも重宝され、今も世代を超えて愛される北海道の味です。

ザンギ
Zangi
ザンギは、鶏肉に醤油・にんにく・しょうがなどをベースにした下味をしっかりとつけ、小麦粉をまとわせて揚げる北海道の唐揚げです。昭和30年頃、釧路市の繁華街・末広で鶏料理店を営んでいた店が、鶏一羽をぶつ切りにして揚げたのが始まりとされます。名称は中国料理の鶏の唐揚げ「炸鶏(ザーチー)」に由来し、店主が語呂の良さや縁起を担いで文字の間に「ン」を加えたという説が有力です。一般的な唐揚げより下味が濃く、味付けだけで食べられる点が特徴で、下味と衣がしっかり絡んだザクッとした食感が持ち味です。釧路発祥の食べ方では、揚げた鶏にウスターソースベースの特製ダレをかけて味わうスタイルも根強い人気を保っています。家庭のおかずから居酒屋のつまみまで、北海道全域で通年親しまれるソウルフードです。

ジンギスカン
Jingisukan
ジンギスカンは、羊肉を専用の鍋で焼く北海道を代表する肉料理です。中央が盛り上がった鋳物製の鍋は、羊肉を鍋の中心で焼き、滴り落ちる肉汁で外周の野菜を蒸し焼きにする構造になっており、鍋の形がモンゴル兵の兜に似ていることに由来するとの説があります。名称の名付け親には諸説ありますが、満鉄調査部長を務めた駒井徳三が有力とされます。大正期、羊毛の国内自給を目指す「綿羊百万頭計画」により滝川市や札幌市月寒に種羊場が置かれたことが普及の土台となり、戦後の1956年には滝川市で松尾政治が羊肉をタレに漬け込む「味付けジンギスカン」を考案し、全道に広まりました。焼く前にタレへ漬け込む滝川・松尾式と、焼いてからタレをつける札幌・月寒式の2系統があり、店ごとの味わいの違いも楽しめます。

べこ餅
Bekomochi
べこ餅は、白と黒(または茶)の生地を組み合わせてつくる北海道の郷土菓子で、木の葉のような模様が特徴です。上新粉や白玉粉に砂糖を加えた生地を、黒糖を混ぜた生地と組み合わせて成形し、蒸し上げてつくります。もちもちとした柔らかい食感と、黒糖のやさしい甘みが持ち味です。北海道では主に5月の端午の節句に食べられる風習があり、特に道南地方で盛んにつくられてきました。名前の由来には、白黒の配色が乳牛(ホルスタイン)を連想させ「べこ(牛)」と呼ばれるようになった説、黒糖部分の色合いが鼈甲(べっこう)に似ていることに由来する説、米粉(べいこ)が主原料であったことに由来する説など諸説あり、はっきりとした定説はありません。道南地域を中心に、木の葉形以外にもよもぎを混ぜた緑色の生地や、あんこを包んだものなど、店ごとに個性豊かなべこ餅がつくられています。
鮭のちゃんちゃん焼き
Salmon Chanchan-yaki
鮭のちゃんちゃん焼きは、キャベツや玉ねぎなどの野菜とぶつ切りの鮭を鉄板やホットプレートにのせ、味噌だれをからめて蒸し焼きにする北海道の郷土料理です。石狩地方の漁師町が発祥とされ、昭和10年代には漁師がドラム缶を切って作った即席の鉄板の上で、船の上でさばいた鮭をその場で豪快に焼いて食べていたと伝えられます。名前の由来には「ちゃちゃっと手早く作れるから」「お父ちゃんが作る料理だから」「鉄板とヘラが触れ合う音から」など複数の説があり、いずれも決定的な文献は確認されていません。2007年に農林水産省「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれ、石狩鍋・ジンギスカンと並ぶ北海道三大郷土料理の一つに数えられます。味噌の香ばしさと鮭の脂の旨みが野菜に染み込み、秋から冬の食卓を彩る一皿です。

札幌みそラーメン
Sapporo Miso Ramen
札幌みそラーメンは、味噌をベースにしたスープと縮れた中太麺を組み合わせた、札幌発祥のご当地ラーメンです。1950年に札幌市中央区すすきので創業した「味の三平」の店主・大宮守人が、味噌の効能を紹介する海外の記事に触発され、味噌を活かしたラーメンの開発に取り組んだ末、1954〜1955年頃に完成させたのが始まりとされます。豚骨や鶏がらの動物系スープに味噌だれを合わせ、炒め野菜やラードでコクと保温性を高める作りが特徴で、寒冷な気候の中でも冷めにくい一杯として広まりました。1960年代以降、全国的な札幌ラーメンブームの火付け役となり、即席麺メーカーが味噌ラーメンを商品化するきっかけにもなっています。現在も市内には「すみれ」「純連(じゅんれん)」など人気店が数多くあり、それぞれ独自の味噌だれとスープでファンを競い合っています。

三平汁
Sanpei-jiru
三平汁は、塩鮭や糠にしんなど塩蔵した魚と大根、人参、じゃがいもなどの根菜を昆布だしでことこと煮込んだ、北海道を代表する塩味の汁物です。味噌や醤油をほとんど使わず、魚に含まれる塩分だけで味を調えるのが最大の特徴で、素朴ながら滋味深い味わいが魅力です。江戸時代後期の紀行文にすでにその名が記録されているとされ、200年以上前から北海道の家庭で食べられてきた歴史ある料理です。名前の由来には、松前藩主に振る舞われた漁師・斉藤三平の名にちなむ説や、有田焼の深皿「三平皿」に由来する説など諸説あり、いまも定説はありません。味噌仕立てで生鮭を使う石狩鍋とは異なり、あくまで塩蔵魚と根菜の組み合わせが基本で、地域によって使う魚や仕立て方が異なるのも特徴です。

松前漬け
Matsumae-zuke
松前漬けは、するめいかと昆布を細く切り、醤油だれに漬け込んだ北海道松前地方生まれの保存食です。仕上げに数の子を加えるのが定番で、糸を引くほどの粘りとコリコリとした食感、昆布の旨みが層になった味わいが特徴です。名称は松前藩の城下町であった現在の松前郡松前町にちなみ、地元でとれる昆布が「松前昆布」と呼ばれていたことに由来するとされます。江戸時代、ニシン漁で栄えた松前・福島地域では、大量に手に入る数の子とスルメ、昆布を組み合わせた漬物がつくられ、やがて正月料理や北海道土産の定番として全国に知られるようになりました。今日でも松前町にはこの漬物を手がける製造元が複数あり、家庭ごとに配合が異なる素朴な味わいが受け継がれています。

石狩鍋
Ishikari Nabe
石狩鍋は、鮭のぶつ切りとあら(中骨・かま等)に、キャベツや玉ねぎ、豆腐、じゃがいもなどを合わせ、味噌仕立てで煮込む北海道を代表する鍋料理です。発祥は石狩川河口に開けた石狩市とされ、江戸時代から続く鮭漁の恩恵を色濃く受けた郷土料理として知られています。大漁を祝う漁師たちが、獲れたての鮭のあらを味噌汁に放り込んで暖を取りながら食べたのが始まりと伝えられ、昭和20年代には石狩の地びき網漁を見物に訪れた観光客に振る舞われたことで全国に知られるようになりました。仕上げに振る山椒が魚の臭みを抑え、うま味を引き立てます。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選定され、ジンギスカン、鮭のちゃんちゃん焼きと並ぶ北海道三大郷土料理の一つに数えられています。今も石狩市内の老舗料理店では、鮭を余すことなく使い切る漁師の知恵を受け継いだ一杯が味わえます。
モデルコース
平取町二風谷でアイヌ文化に触れる半日コース
北海道で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品となった二風谷イタ・二風谷アットゥシの工房が集まる平取町二風谷地区を訪ね、二風谷工芸館や二風谷アイヌ文化博物館で彫刻・機織りの技を見学する。木彫り・刺繍の体験コーナーもあり、アイヌ文化を肌で感じられるコース。
石狩・小樽で鮭料理とガラス工芸を楽しむ一日コース
鮭漁で栄えた石狩で石狩鍋・ちゃんちゃん焼きを味わったのち、隣接する小樽へ移動し、北一硝子や大正硝子館などのガラス工房が集まる運河周辺を散策する。吹きガラス体験でオリジナルの器づくりに挑戦するのもおすすめ。
旭川で家具と染織工芸をめぐるコース
日本五大家具産地の一つ・旭川家具の工場見学やショールーム巡りを楽しんだ後、木内綾が創始した染織工芸「優佳良織」の工房を訪ね、北海道の自然を色糸で表現した作品を鑑賞する。旭川市内でのご当地グルメ探しもあわせて楽しみたい。