画像: Wikimedia Commons群馬県
赤城山・榛名山・妙義山の上毛三山と、伊香保・草津をはじめとする豊富な温泉に恵まれた内陸県。奈良時代から続く桐生織・伊勢崎絣の絹織物産地としての歴史を持ち、「西の西陣、東の桐生」と称されるほどの織物文化が今も息づく。全国生産量の約8割を占める高崎だるまや、伊香保温泉の湯の花を生かした伊香保焼など、暮らしと結びついた工芸も多彩。食文化では、幅広麺を野菜と煮込むおきりこみや、甘辛い味噌だれの焼きまんじゅうといった小麦粉料理が根づき、牛肉・ねぎ・こんにゃく・しいたけのすべてを県内産でまかなえる「すき焼き自給率100%」の土地としても知られる。日本三大うどんの一つ・水沢うどんの街道めぐりや、こんにゃく生産量日本一を生かした郷土料理など、山と温泉と粉食文化が織りなす群馬ならではの旅が楽しめる。
群馬の伝統工芸
安中打刃物
Annaka Uchihamono
安中打刃物は、群馬県安中市で受け継がれてきた鍛造の農具・刃物です。安中市はかつて養蚕が盛んな土地で、明治時代から農作業に欠かせない鍛造農具を作る鍛冶職人が数多く活動し、旧安中市内には鍛冶にちなんだ地名が今も残っています。熱した鉄や鋼を何度もハンマーで打ち鍛えて成形する「打ち刃物」の技法は、日本刀づくりの技術に連なるもので、型を使って大量生産される刃物とは異なり、一本一本を職人の手で仕上げるのが特徴です。草カキや手鍬といった農具は耐久性としなやかな使い心地を備え、包丁や刈込鍬などの刃物は鋭い切れ味を誇ります。現在も本家松永製作所や山崎製作所といった鍛冶屋が、昔ながらの手仕事を守りながら、修理を重ねて長く使い続けられる道具を作り続けています。
伊香保焼
Ikaho-yaki
伊香保焼は、群馬県渋川市の伊香保温泉で明治11年(1878年)に陶芸家・篠田仙果が窯を開いたことに始まる陶器です。粘土や釉薬に伊香保温泉の「湯の花」を用いる独自の製法が特徴で、鉄分を多く含む湯の花を使うことで、器は黄色や茶褐色、黒など温泉地ならではの豊かな色合いに発色します。しかし仙果の他界とともに窯の火は途絶え、伊香保焼は長らく「幻の焼き物」となっていました。その後、地元の陶芸家・木暮陶句郎が古い文献をもとに独自に研究を重ね、伊香保焼の復活に取り組んでいます。現在は伊香保温泉街近くの陶句郎窯で作品が制作・展示販売されているほか、電動ろくろや絵付けの体験も行われており、伊香保温泉の湯の花を生かした一点物のうつわづくりを、旅の思い出として楽しむことができます。
桐生絞り
Kiryu-shibori
桐生絞りは、絹織物の産地として知られる群馬県桐生市で発展した絞り染めです。桐生は古くから染め・織り・絞りの技術に長けた産地として知られ、その中でも桐生絞りは、伝統的工芸品である桐生織の反物に絞りの技法を自由な発想で組み合わせて作られる点に特色があります。絣や縞、格子に織り上げた桐生織の生地に絞り染めを施すため、織物としても染物としても味わえる独特の仕上がりとなり、染め・織り・絞りの三つの技術が一体となった斬新で繊細な作品が生まれます。絞りは一点ごとに手作業で行われるため、同じ柄でも仕上がりに個性が出るのも魅力です。2003年(平成15年)1月23日、群馬県知事により「桐生絞」として群馬県ふるさと伝統工芸品の指定を受けました。
桐生織
Kiryu-ori
桐生織は群馬県桐生市を中心に織られる絹織物で、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。その歴史は奈良時代にまでさかのぼり、和銅7年(714年)に朝廷へ絹織物「あしぎぬ」を納めたことが『続日本紀』に記されています。江戸時代には西陣や西洋の技術を取り入れながら発展し、幕府からも厚遇を受けて「西の西陣、東の桐生」と称されるほどの一大産地となりました。糸をあらかじめ染めてから織り上げる先染め紋織り(ジャカード織り)を基本とし、お召織・緯錦織・経錦織・風通織・浮経織・経絣紋織・綟り織という7つの技法を用いる点が最大の特徴です。1977年に伝統的工芸品の指定を受け、現在も桐生織物協同組合を中心に、きもの地や帯地、金襴地、服地から和洋小物まで幅広い製品が作られています。

伊勢崎絣
Isezaki-gasuri
伊勢崎絣は群馬県伊勢崎市とその周辺で生産される絹織物で、経済産業大臣指定の伝統的工芸品です。産地の歴史は古墳時代の麻織物出土品にまでさかのぼるともいわれ、江戸時代後期に商品としての生産が本格化しました。明治13年(1880年)には伊勢崎太織会社が設立されて品質と生産量が向上し、大正から昭和初期にかけては模様銘仙「伊勢崎銘仙」の生産量が全国の約半分を占めるほどの黄金期を迎えました。手くくりや板締めなどで染め分けた糸を用いる絣技法を得意とし、なかでも経糸と緯糸の両方に絣糸を使って精緻な柄を織り出す「併用絣」は伊勢崎だけで発展した技法とされています。1975年に伝統的工芸品の指定を受け、現在も伊勢崎織物協同組合・伊勢崎織物工業組合を中心に技術が受け継がれています。
上州高崎注染手ぬぐい
Joshu Takasaki Chusen Tenugui
上州高崎注染手ぬぐいは、群馬県高崎市に伝わる染色技法「注染」によって染め上げられる木綿の手ぬぐいです。注染は明治時代に手ぬぐいの量産のために考案された日本独自の染色技法で、型紙で防染糊を生地に置いたあと、生地を数十枚重ねてその上から染料を注ぎ込み、一度に布の表と裏を同時に染め抜きます。この方法により、片面染めのプリント手ぬぐいとは異なる、にじみやぼかしのある独特の風合いと、両面に柄が通った裏表のない仕上がりが生まれます。高崎では明治30年(1897年)創業の中村染工場をはじめとする染物業者がこの技術を受け継ぎ、現在も群馬県内で唯一注染の技法を守り続ける産地として、群馬県ふるさと伝統工芸品に指定されています。
月夜野桐箪笥
Tsukiyono Kiri Tansu
月夜野桐箪笥は、群馬県利根郡みなかみ町月夜野地区で大正6年(1917年)の創業以来作り続けられてきた桐製の箪笥です。桐は軽くて木肌が上品なうえ、湿度に応じて膨張・収縮する性質により箱の内部を一定の湿度に保つ調湿性を備え、樹液由来の成分が虫を寄せ付けにくいため、大切な着物や道具を湿気や害虫から守る収納家具として古くから重宝されてきました。月夜野地区は良質な桐材が手に入りやすい土地であったことから、木取りから板の乾燥、指物、金具付けまでの工程を一貫して手がける職人技によって、狂いの少ない丈夫な箪笥が作られています。現在は伝統的な様式に加え、現代の住まいに合わせたデザインの桐箪笥や桐箱も製作されており、群馬県ふるさと伝統工芸品に指定される地域を代表する木工技術として受け継がれています。

高崎だるま
Takasaki Daruma
高崎だるまは群馬県高崎市で作られる縁起だるまで、年間約90万個が生産され、全国の張り子だるまの生産量の約8割を占める日本一の産地として知られています。江戸時代後期の寛政年間、少林山達磨寺の近くに住んでいた山縣友五郎が、同寺九代目住職・東嶽和尚に彫ってもらった木型に和紙を張り重ねて作ったのが始まりと伝えられています。当初は座禅姿に近い形でしたが、養蚕農家が「蚕の起き」と「だるまの起き上がり」を重ね合わせて縁起物として神棚に祀るようになったことから、次第に丸みを帯びた現在の形へと変化しました。眉を鶴、ひげを亀に見立てて描き、肩には「商売繁盛」「家内安全」などの縁起文字を入れる点が、他産地のだるまには見られない高崎だるまならではの特徴です。毎年1月6日・7日に少林山達磨寺で開かれる「七草大祭だるま市」は、高崎の冬の風物詩として多くの人でにぎわいます。
入山メンパ
Iriyama Menpa
入山メンパは、群馬県吾妻郡中之条町の入山地区に伝わる曲物(まげもの)の弁当箱です。江戸時代後期の文化・文政期(19世紀初頭)ごろから作られてきたとされ、農林業以外に目立った産業のなかった山あいの入山地区で、木工細工が人々の暮らしを支える生業として発展しました。赤松の薄板を熱湯で柔らかくして丸く曲げ、山桜の樹皮で縫いとめて作られ、釘は一切使いません。小判形をした縁起の良い形が特徴で、木が持つ吸湿性と芳香性により、ご飯から出る蒸気を程よく吸い取ってベタつきを抑え、夏場でも傷みにくいことから、かつては山仕事に携行する弁当箱として広く使われてきました。使い込むほどに木肌の色合いが深まっていく点も魅力で、群馬県ふるさと伝統工芸品に指定されています。
太田太鼓
Ota Daiko
太田太鼓は、群馬県太田市の大光院門前通りに店を構える山口太鼓店が、江戸時代から160年余りにわたり作り続けてきた和太鼓です。木工による胴の製作と、皮革をなめして張り込む技術を組み合わせて作られ、現在は店主で八代目にあたる山口宗一氏がその技を受け継いでいます。太鼓の胴には木目の美しいケヤキなどが用いられ、切り出した生木を数年かけてじっくりと乾燥させたのち、内部をくり抜いて仕上げます。皮は原皮を糠に漬けて発酵させる「糠なめし」によって毛を落とし、木槌で伸ばしながら音を確かめて胴に張り込んでいきます。一つの太鼓が完成するまでに5年以上を要することもあり、すべての工程を手作業と職人の勘に頼りながら仕上げられる音色と響きに、太田太鼓ならではの伝統が息づいています。群馬県は佐波郡の遺跡から6〜7世紀ごろの太鼓を持つ埴輪が出土するなど、和太鼓の歴史においても重要な土地とされています。
群馬の郷土料理

おきりこみ
Okkirikomi
おきりこみ(おっきりこみ)は、小麦粉で作った幅広の生麺を里芋・大根・きのこなどの季節野菜とともに味噌や醤油仕立ての汁でじっくり煮込む、群馬県を代表する郷土料理です。生地を麺棒に巻いて包丁で「切り込み」を入れて鍋に投じることが名前の由来とされ、麺は下ゆでせずに打ち粉ごと汁に入れて煮込むため、とろみのあるまろやかな汁に仕上がるのが特徴です。小麦の名産地である群馬県では、かつて養蚕農家の女性たちが農作業の合間に手早く大量に作れる料理として広めたと伝わり、江戸時代中期以降、石臼の普及とともに日常の主食として定着しました。2014年には「群馬の粉食文化・オキリコミ」として群馬県の無形民俗文化財に採択されるなど、地域の食文化を象徴する一品として今も家庭や食堂で親しまれています。
こんにゃく味噌おでん
Konnyaku Miso Oden
こんにゃく味噌おでんは、下茹でした板こんにゃくやしみこんにゃくを串に刺し、甘辛く濃厚な味噌だれをたっぷり塗って味わう群馬県ならではの郷土料理です。群馬県はこんにゃく芋の生産量が日本一で、全国シェアの約9割を占めるこんにゃくの一大産地であり、地元で親しまれてきたこんにゃくを存分に味わう料理として発展しました。群馬の冬は「からっ風」と呼ばれる乾燥した冷たい季節風が吹くことから、体を芯から温めてくれるおでんが各家庭でよく作られてきたと伝わります。味噌だれの配合は家庭や店によってさまざまで、みりんを加えた甘辛い味付けのほか、ゆずやごまを加えて香り豊かに仕上げたものもあり、地域によっては「ひっぱたきおでん」とも呼ばれています。

すき焼き
Joshu Sukiyaki
群馬県のすき焼きは、主要食材である牛肉・ねぎ・こんにゃく・しいたけのすべてを県内産でまかなえる、全国でも珍しい「すき焼き自給率100%」の土地で育まれてきた郷土料理です。ブランド牛「上州牛」、甘くとろける下仁田ねぎ、生産量日本一を誇るこんにゃく、白菜や春菊、生しいたけまで、群馬の畑と牧場の恵みがひとつの鍋に集まります。2014年に群馬県は「すき焼き応援県」を宣言し、「ぐんま・すき焼きアクション」を通じて県産農畜産物の魅力を発信してきました。11月29日の「ぐんま・すき焼きの日」には県内の学校給食にもすき焼きが登場し、地域ぐるみで食文化を受け継いでいます。関東風の割り下仕立てはもちろん、関西風に肉を先に焼くスタイルや、上州軍鶏を使ったアレンジなど、店ごとに個性豊かな味わいが楽しめる懐の深さも魅力です。
なまずの天ぷら
Namazu Tempura
群馬県館林市や板倉町など、利根川と渡良瀬川が流れる県東部の水郷地帯で受け継がれてきたのが、なまずの天ぷらです。かつてはさらに多くの河川や池、沼が広がり、うなぎやコイと並んでなまずが暮らしに身近な川魚として親しまれてきました。骨まで細かくたたいた身をサクサクの衣で揚げることで、白身のふっくらとした食感とクセのない味わいを楽しめるのが特徴です。板倉町にはかつて川魚問屋が多く立ち並び、雷電神社や高鳥天満宮の参拝客に振る舞う名物料理としても親しまれてきました。現在も地元の川魚料理店が天然のなまずを使った天ぷらやたたき揚げを提供しており、館林市は「なまずの里」として観光PRにも力を入れるなど、館林市周辺を象徴する川魚食文化として今なお受け継がれています。
花いんげんの煮豆
Hana Ingen no Nimame
花いんげんの煮豆は、群馬県北部の吾妻地域で栽培される「花豆(紅花いんげん)」をやわらかく煮た郷土の常備菜です。花豆は標高900〜1,300メートルという冷涼な高原地帯でのみ育つ大粒の豆で、嬬恋村をはじめ中之条町や草津町、長野原町など吾妻地域一帯の特産品として知られています。乾燥保存した豆をおいしく食べやすくするため、時間をかけてやわらかく煮て仕上げる調理法が根づき、栗にも似た風味豊かな味わいを引き出します。祭りや冠婚葬祭、正月のおせちなど、地域のハレの日に供される料理としても親しまれ、収穫した豆を神棚に供える家庭もあるほど、暮らしに根ざした食材です。甘納豆や赤飯、ようかんなど、煮豆以外の加工品としても親しまれています。

焼きまんじゅう
Yaki Manju
焼きまんじゅうは、小麦粉と米麹で発酵させた生地を蒸してこぶし大の丸いまんじゅうにし、串に刺して甘辛い味噌だれをたっぷり塗りながら炭火で香ばしく焼き上げる、群馬県を代表するソウルフードです。あんこの入らない蒸しまんじゅうを串焼きにするという独特のスタイルは全国的にも珍しく、前橋・高崎・伊勢崎・沼田など県内各地に専門店や老舗が点在しています。江戸時代末期、前橋の原嶋類蔵が考案した「味噌づけまんじゅう」が始まりとされる説が有力で、当時は珍しかったどぶろくを発酵剤に使う製法や、まんじゅうを串に刺すという発想が評判を呼びました。祭りの屋台や縁日で提供されてきた歴史があり、現在も花見や夏祭りなど地域の行事に欠かせない存在として親しまれています。
こしね汁
Koshine-jiru
こしね汁は、群馬県富岡市・甘楽町周辺の特産品であるこんにゃく・しいたけ・ねぎをたっぷり使った味噌仕立ての汁物で、3つの食材の頭文字を組み合わせて名付けられた郷土料理です。富岡市婦人会連合会が、地元でよく育つこんにゃく・原木しいたけ・下仁田ねぎという農畜産物を生かした汁物として考案したのが始まりとされ、誕生から20年以上が経った今では家庭料理として定着し、学校給食の献立や地域の祭り・イベントでも振る舞われています。こんにゃく・しいたけ・ねぎの3つを必ず入れることが決まりで、それ以外の野菜や味噌の種類は家庭ごとに異なり、大根やにんじん、ごぼう、里芋、豚肉などを加えて具だくさんに仕上げるのが特徴です。

ソースカツ丼
Sauce Katsudon
群馬県桐生市を中心に親しまれるソースカツ丼は、揚げたてのとんかつをウスターソースベースの特製だれにくぐらせ、卵でとじずにご飯へのせる、いわゆる「ソースカツ丼」文化圏を代表する郷土の味です。1926年創業の桐生市の食堂「志多美屋」が、うなぎのたれにウスターソースを合わせた独自のたれを考案したのが始まりとされ、織物業で栄えた桐生では冷めてもおいしいソースカツ丼が出前の定番として広まりました。現在も桐生市内で「カツ丼」といえば卵とじではなくソースカツ丼を指すほど生活に根づいており、「桐生ソースかつ丼会」が結成されるなど、地域を挙げてご当地グルメとして発信されています。使用するソースの配合や肉の部位に明確な決まりはなく、店や家庭ごとの違いを食べ比べる楽しみもあります。

水沢うどん
Mizusawa Udon
水沢うどんは、群馬県渋川市伊香保町水沢の水澤寺(水澤観音)門前に軒を連ねる「うどん街道」を中心に作られる、コシの強い手打ちうどんです。讃岐うどん・稲庭うどんと並ぶ日本三大うどんの一つに数えられ、400年以上の歴史を誇ります。飛鳥時代、水澤寺の創建に携わったと伝わる渡来僧・恵灌僧正がうどんの製法を伝えたという伝承があり、天正4年(1576年)頃には参拝客や湯治客に地元産の小麦と榛名山系の伏流水で打ったうどんが振る舞われるようになったのが、地名を冠したうどんとして定着する始まりとされています。生地を踏んでは寝かせる工程を何度も繰り返す独特の製法によって強いコシと透明感のある白い麺に仕上がり、冷たいざるうどんとして、しょうゆだれやごまだれで味わうのが定番のスタイルです。

すいとん
Suiton
すいとんは、小麦粉を水で溶いて練った生地をちぎって団子状にし、野菜とともに味噌や醤油ベースのだし汁で煮込む群馬県全域の郷土料理です。群馬県は全国有数の日照時間の長さを誇り、米の裏作として小麦を育てる二毛作が盛んだったことから、小麦粉を使った料理文化が古くから発達しました。生地を伸ばして切る手間を省き、そのまま丸めて煮込む手軽さから、農作業の合間にも作りやすい家庭料理として親しまれてきました。地域によって呼び名もさまざまで、藤岡市の「とっちゃなげ汁」をはじめ「つめりっこ」「ねじっこ」などの呼称も残ります。同じ小麦粉料理の「おっきりこみ」より古くから食べられていたとされ、現在も県内の学校給食に取り入れられるなど「ぐんまの郷土料理」として親しまれています。
モデルコース
伊香保・水沢温泉郷を巡る半日コース
伊香保温泉で「湯の花」を釉薬に生かす伊香保焼の窯元を訪ね、水澤寺門前の「うどん街道」で日本三大うどんの一つ・水沢うどんを味わう、渋川市伊香保エリアを巡るコース。
高崎だるまと焼きまんじゅうで巡る上州グルメコース
少林山達磨寺ゆかりの高崎だるま工房で絵付け体験を楽しんだのち、注染技法を今に伝える上州高崎注染手ぬぐいの染め元をのぞき、群馬名物の焼きまんじゅうで小腹を満たすコース。
桐生・伊勢崎・太田の織物とソースカツ丼を味わうコース
「西の西陣、東の桐生」と称される桐生織の記念館めぐりから伊勢崎絣の展示、織りに絞りを重ねる桐生絞りの工房まで両毛の織物産地をたどり、太田太鼓の音色にふれたあと、桐生・太田名物のソースカツ丼で締めくくるコース。
富岡・下仁田でこんにゃくとねぎの郷土汁を味わうコース
生産量日本一を誇る群馬県のこんにゃくを使った甘辛い味噌おでんと、こんにゃく・しいたけ・ねぎが主役のこしね汁を食べ比べる、富岡・下仁田エリアの郷土の味巡りコース。
利根・吾妻の山里工芸と味覚を訪ねるコース
中之条町入山地区で曲物の弁当箱・入山メンパの技にふれ、みなかみ町月夜野で桐箪笥の工房を訪ねたのち、吾妻高原の名産・花豆の煮豆でひと息つく、山あいの匠と味を巡るコース。