愛知県画像: Wikimedia Commons

愛知県

日本六古窯に数えられる常滑・瀬戸の二大陶都を擁し、有松・鳴海絞りや尾張七宝、名古屋仏壇・尾張仏具といった城下町ならではの分業型工芸が今も息づく地域。徳川御三家・尾張徳川家の城下町として栄えた名古屋を中心に、豆味噌(八丁味噌)を使った味噌カツ・味噌煮込みうどんや、ひつまぶし・手羽先・きしめんなど「名古屋めし」と呼ばれる濃厚な食文化が全国的な知名度を誇る。喫茶店でモーニングを楽しむ独自の文化や、ういろう・小倉トーストといった甘味も名物。三河地方では豊橋筆や三河木綿など、江戸期から続く手仕事の産地としての層の厚さも見どころ。

常滑焼瀬戸焼有松・鳴海絞りひつまぶし味噌カツ八丁味噌

愛知の伝統工芸

常滑焼
陶器愛知

常滑焼

Tokoname-yaki

常滑焼は愛知県常滑市を中心とする知多半島一帯で焼かれる炻器(せっき)で、越前焼・信楽焼・丹波立杭焼・備前焼・瀬戸焼とともに「日本六古窯」の一つに数えられます。起源は平安時代末期の12世紀頃、丘陵地に穴窯が築かれ、山茶碗や三筋壺などの「古常滑」が焼かれたことに遡り、六古窯のなかでも最大規模の生産地として発展しました。江戸時代後期の1835年には陶工・鯉江方救が登り窯を完成させ、1850年代には代表格である朱泥焼が誕生しました。明治以降は土管や衛生陶器、タイルなど産業用陶器の一大産地として発展し、現在は酸化鉄を多く含む陶土を用いた朱泥急須をはじめ、茶碗・花器・招き猫まで幅広い製品が作られています。1976年に国の伝統的工芸品に指定されました。

瀬戸焼
陶器愛知

瀬戸焼

Seto-yaki

瀬戸焼は愛知県瀬戸市を中心に作られる陶磁器の総称で、常滑焼と並ぶ日本六古窯の一つに数えられます。起源は5世紀後半、現在の名古屋市東山丘陵にあった猿投窯での須恵器生産に遡り、12世紀末には日本で唯一、中世を通じて施釉陶器を焼き続けた「古瀬戸」の生産が始まりました。江戸時代後期の文化年間(1804〜1818年)には加藤民吉が肥前有田から磁器の製法を導入し、コバルト顔料で文様を描く染付磁器が発展、以降は陶器の「本業焼」と磁器の「染付焼」が並行して作られるようになりました。良質な木節粘土・蛙目粘土に恵まれ、鉄分の少ない白い素地が特徴で、日常食器から美術品まで幅広く生産されています。全国で焼き物を指す「せともの」の語源としても知られ、2017年には日本遺産に認定されました。国指定の伝統的工芸品には1977年の「赤津焼」、1997年の「瀬戸染付焼」があります。

有松・鳴海絞り
染物愛知

有松・鳴海絞り

Arimatsu-Narumi Shibori

有松・鳴海絞りは、名古屋市緑区の有松・鳴海地区に約400年伝わる絞り染めの総称です。江戸時代初頭の慶長年間、尾張藩が東海道沿いの新田として有松の町割りを行った1608年頃、最初の入植者の一人であった竹田庄九郎が三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを旅人に売り出したのが始まりとされます。寛文年間には錣絞りが考案されるなど技法が発展し、1781年には尾張藩から有松の商人に絞り製造の独占権が与えられ一大産業に成長しました。豆絞り・三浦絞り・嵐絞り・雪花絞りなど、最盛期には100種類を超える技法が生み出され、現在も70種類以上が受け継がれています。1975年には愛知県で初めて国の伝統的工芸品に指定されました。近年は着物にとどまらず、海外ブランドとのコラボレーションなど新しい表現にも挑戦が続いています。

名古屋友禅
染物愛知

名古屋友禅

Nagoya Yuzen

名古屋友禅は愛知県名古屋市を中心に作られる染めの着物で、京友禅の華やかな色使いとは対照的に、渋みを帯びた落ち着いた配色を特徴とします。起源は江戸時代前期、尾張藩主・徳川宗春が積極的な繁栄政策をとった1730年代に、京都や江戸から尾張へ多くの友禅師が往来し、その技法が伝わったことに始まるとされます。宗春の失脚後は倹約令が敷かれ、単彩濃淡でまとめる控えめな配色へと洗練されていきました。江戸時代末期には型紙を用いる「型友禅」の産地基盤が確立し、大正期には家紋を染め抜く「黒紋付染」も加わりました。現在は手描友禅・型友禅・黒紋付染の3技法を総称して名古屋友禅と呼び、1983年に国の伝統的工芸品に指定されています。

尾張七宝
金工愛知

尾張七宝

Owari Shippo

尾張七宝は愛知県あま市(旧七宝町)を中心に作られる、金属素地にガラス質の釉薬を焼き付ける工芸品です。江戸時代後期の天保年間(1830〜1844年)、尾張国の梶常吉がオランダ船によって伝来した七宝の皿を手本に製造法を研究・改良したことが始まりとされます。銅や銀の素地表面に、図柄の輪郭となる銀線を立てて釉薬を焼き付ける「有線七宝」を代表技法とし、花鳥風月や風景を精緻に表現します。1867年のパリ万国博覧会への出品を機に世界的に名を知られるようになり、明治期には輸出工芸品としても発展しました。現在もあま市七宝町を中心に花瓶・額・装身具などが作られ、1995年に国の伝統的工芸品に指定されています。

尾張仏具
金工愛知

尾張仏具

Owari Butsugu

尾張仏具は、名古屋市南部の門前町・大須周辺を中心に作られてきた仏具の総称で、木地に幾重にも漆を塗り重ねた深い光沢と、金箔・金粉による華やかな加飾、精緻な錺金具(かざりかなぐ)を特徴とします。始まりは1609年の名古屋城築城にさかのぼり、城下町「南寺町」の造営に携わった宮大工たちが、のちに仏具づくりへと転じたことによります。江戸後期には下級武士の内職であった錺金具づくりの技術も取り込まれ、木曽檜など良質な木材を用いて木地・彫刻・漆塗り・金箔押し・錺金具の高度な分業体制のもとで発展しました。明治以降は問屋を中核とした流通網が整い、尾張地域が交通の要衝であったことも後押しして、尾張仏具は全国の寺院・在家へと広く供給されるようになりました。現在も宗旨宗派や用途に応じて1000種類以上の仏具が作られており、須弥壇や香炉、燭台、輪灯など機能性と装飾性を兼ね備えた造形が特徴で、2017年には国の伝統的工芸品に指定されています。

名古屋桐箪笥
木工愛知

名古屋桐箪笥

Nagoya Kiri-tansu

名古屋桐箪笥は、名古屋城下町で発展した総桐(すべて桐材でつくる)の箪笥・家具の総称です。始まりは約400年前の名古屋城築城にさかのぼり、全国から集まった大工職人が袋町・大須周辺の城下町に定着し、箪笥や長持の製造に携わるようになったのが起源とされます。近隣の飛騨地方(岐阜県)で良質な桐材が産出されたことも、産地形成を大きく後押ししました。造材・木取り・狂い直し・加工・加飾・金具付けなど130余りの工程があり、これらを一人の職人が一貫して手がける点が大きな特徴です。他産地の桐箪笥に比べて幅が広く仕立てられ、釘にはヒバ材あるいは同等の材質が用いられます。桐材そのものが持つ調湿性により、湿気を防ぎ、火や熱にも強く、狂いが少ない高級家具として古くから重宝されてきました。1981年(昭和56年)6月22日、国の伝統的工芸品に指定されています。

名古屋仏壇
木工愛知

名古屋仏壇

Nagoya Butsudan

名古屋仏壇は、名古屋市とその周辺で発展した仏壇づくりの総称で、台座部分が高く「まくり」と呼ばれる構造を持つことや、豪華な宮殿部を備えた「空殿御坊造」と呼ばれる様式に代表されるのが特徴です。台を高くしたのは、木曽三川の水害から仏壇を守るための生活の知恵ともいわれています。その始まりは元禄8年(1695年)、高木仁右エ門が仏壇専門店「ひろや」を創業したことにさかのぼるとされます。以来、木地師・荘厳師・彫刻師・錺金具師・塗師・蒔絵師・箔置き師・仕組師など「八職」と呼ばれる専門職人たちの分業によって、一棹の仏壇がつくり上げられてきました。ケヤキやヒノキ、白檀といった高級な木材を用い、木地から漆塗り、金箔押し、蒔絵まで各工程で熟練の技が発揮されます。1976年、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されています。

豊橋筆
文具愛知

豊橋筆

Toyohashi Fude

豊橋筆は、愛知県豊橋市を中心に田原市・豊川市などでもつくられている書道用を主とした毛筆で、書道用のほか日本画用、化粧用など数百種類以上が生産されています。始まりは文化元年(1804年)、京都から吉田藩(現・豊橋)に招かれた鈴木甚左衛門が筆づくりを伝えたことにさかのぼるとされます。最大の特徴は「練りまぜ」と呼ばれる独自の技法で、タヌキやイタチなどの獣毛を水で柔らかくしながら混ぜ合わせ、毛の種類・太さ・長さを巧みに組み合わせることで、なめらかな書き心地と優れた墨含み・墨はけを実現しています。選別から毛もみ、寸切り、練りまぜ、上毛かけ、仕上げ、刻銘まで約36の工程をすべて手作業で行います。生産量では熊野筆(広島県)に次ぐ全国第2位ですが、書道家向けの高級筆の産地としては全国有数の地位を占め、年間およそ180万本が全国に流通しています。1976年、経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定されています。

三河木綿
織物愛知

三河木綿

Mikawa Momen

三河木綿は、愛知県東部の三河地方(西尾市・蒲郡市・豊川市周辺)で古くから栽培・生産されてきた綿織物の総称です。伝承によれば、延暦18年(799年)に崑崙人(インド人と伝わる)が漂着した際に伝えた綿種が、日本における綿栽培の始まりとされ、その地が三河国幡豆郡(現・西尾市)であったといいます。文献上の初見は永正7年(1510年)で、興福寺大乗院の記録「永正年中記」に年貢として「三川木綿」が納められたことが記されています。江戸時代には三河地方一帯で綿花栽培と綿織物業が盛んになり、「三白木綿」として江戸方面へも送られました。明治以降は西洋の紡織技術を取り入れながら発展し、「三河木綿」「三河縞」のブランド名で全国に知られるようになりました。独特の縦縞模様と淡い藍色を特徴とする「三河縞」や、保温性・吸水性に優れた多重織ガーゼなどの製品があり、2007年には地域団体商標として登録されています。

愛知の郷土料理

ひつまぶし
海鮮愛知

ひつまぶし

Hitsumabushi

ひつまぶしは、細かく刻んだ鰻の蒲焼きを白飯に混ぜ込み、おひつ(木製の飯櫃)に盛って提供する愛知県名古屋市発祥の郷土料理です。取り分けた一膳目はそのまま鰻の風味を楽しみ、二膳目は薬味を加え、三膳目はだしやお茶をかけて茶漬け風に、四膳目は自分の好みの食べ方でと、一度で複数の味わいが楽しめる点が最大の特徴です。名古屋市熱田区の「あつた蓬莱軒」が明治期に考案したとされ、出前先で陶器の器が割れるのを防ぐため木製のおひつを使ったことが由来といわれます。錦三丁目の「いば昇」も発祥を名乗っており、両店で成立時期の見解が分かれています。「ひつまぶし」の名称自体はあつた蓬莱軒の登録商標で、現在は名古屋を代表するご当地グルメとして観光客にも広く親しまれています。

味噌カツ
肉料理愛知

味噌カツ

Misokatsu

味噌カツは、豚肉のとんかつに八丁味噌をベースにした甘辛い味噌だれをかけて食べる、名古屋を代表する郷土料理です。愛知県は江戸時代から豆味噌(八丁味噌)を使う食文化が根付いており、戦後の名古屋でとんかつに味噌だれを合わせる食べ方が広まりました。発祥については諸説あり、屋台でとんかつを味噌田楽のたれにつけて食べたのが始まりとする説や、天丼のたれをヒントに味噌だれのカツ丼を考案したとする説などが伝わります。矢場とんや味処叶といった老舗が名古屋名物として全国に知られるまでに育て上げ、現在では単品の味噌カツのほか、味噌カツ丼、味噌カツサンドなど多彩な形で提供されています。濃厚でコクのある赤味噌の風味とサクサクの衣の対比が魅力です。

名古屋手羽先
肉料理愛知

名古屋手羽先

Nagoya Tebasaki

名古屋手羽先(手羽先唐揚げ)は、鶏の手羽先をカラッと二度揚げし、甘辛いたれと胡椒やごまなどの薬味で仕上げた名古屋の居酒屋料理です。昭和38年(1963年)に名古屋市熱田区で創業した「風来坊」が、若鶏の丸焼き「ターザン焼き」のたれを手羽先の唐揚げにつけて提供したところ評判を呼び、看板メニューへと成長しました。その後「世界の山ちゃん」が独自のスパイスを効かせた手羽先で人気を博し、両店を筆頭に名古屋を代表する居酒屋グルメとして全国に知られるようになりました。骨付きのまま手で持って食べるスタイルと、甘辛だれ・スパイシー系など店ごとの個性が魅力で、ビールのつまみとしても定番の一品です。

味噌煮込みうどん
麺類愛知

味噌煮込みうどん

Miso Nikomi Udon

味噌煮込みうどんは、かつおだしと八丁味噌をあわせた濃厚な味噌だしで、コシの強い太めのうどんを一人用の土鍋でぐつぐつと煮込む名古屋の郷土料理です。塩を使わず小麦粉と水だけで打つ生麺をそのまま土鍋に入れて煮込むためコシが強く残るのが特徴で、鶏肉・油揚げ・かまぼこ・卵・ねぎなどが具材として加わります。江戸時代から各地にあった味噌仕立てのうどんを原型に、大正14年(1925年)創業の名古屋・大須の「山本屋」が、土鍋で一人前ずつ煮込むスタイルを確立したとされます。現在は「山本屋総本家」と「山本屋本店」という二つの系譜に分かれて営業しており、ともに名古屋を代表する味噌煮込みうどんの名店として親しまれています。

きしめん
麺類愛知

きしめん

Kishimen

きしめんは、幅7〜8mm・厚さ約1mmほどに打った平打ちのうどんで、鰹節と醤油ベースのだしに、油揚げ・かまぼこ・青菜・かつお節などをのせて食べる名古屋の郷土料理です。江戸時代の1728年刊行の句集『二重袋』にすでに「きしめん」を詠んだ句が見られ、遅くとも18世紀初頭には庶民の間で親しまれていたことがわかります。名前の由来には、碁石形の麺にきな粉をつけて食べた「棊子麺(きじめん)」が転じたとする説や、尾張藩主が好んだ雉肉入りのうどん「雉麺」がなまったとする説など諸説あります。麺を平たくすることでゆで時間を短縮でき燃料の節約になったとも言われ、名古屋駅や熱田神宮周辺の専門店で今も広く提供されています。

ういろう
甘味愛知

ういろう

Uiro

ういろうは、米粉に砂糖と湯水を加えて練り上げた生地を蒸し上げる、もちっとした食感が特徴の和菓子です。名古屋を代表する銘菓として知られていますが、発祥地は名古屋ではなく、菓子としてのういろうは博多や小田原、山口など各地に伝わっています。名古屋では江戸時代初期の万治2年(1659年)創業と伝わる老舗「餅文総本店」がういろう文化の始まりとされ、その後明治期創業の「青柳総本家」が事業を大きく発展させました。特に昭和39年(1964年)の東海道新幹線開通に合わせて車内販売が始まったことで全国に知られるようになり、名古屋みやげの定番として不動の地位を築いています。小豆・抹茶・栗など味のバリエーションも豊富で、切り分けやすい棒状の姿も親しまれています。

小倉トースト
甘味愛知

小倉トースト

Ogura Toast

小倉トーストは、厚切りのトーストにバターまたはマーガリンを塗り、小倉あん(つぶあん)をのせて食べる、名古屋の喫茶店文化を象徴する軽食です。発祥には諸説あるものの、有力なのは大正10年(1921年)頃、名古屋・栄にあった喫茶店「満つ葉」で、学生客がぜんざいにトーストを浸して食べているのを見た店主がヒントを得て考案したという説です。以来、名古屋の喫茶店では定番メニューとして根付き、老舗喫茶「コンパル」や「喫茶マウンテン」、全国チェーンに成長した「コメダ珈琲店」など、店ごとに個性豊かなスタイルで提供されています。モーニング文化と結びつき、コーヒーのお供として朝から食べられているのも名古屋らしい特徴です。

天むす
海鮮愛知

天むす

Tenmusu

天むすは、小エビの天ぷらを芯にして握ったひと口サイズのおにぎりで、天つゆや塩でほんのり味付けした天ぷらと、ふっくら炊いたご飯の組み合わせが人気の名物です。発祥は三重県津市とされ、天ぷら店を営んでいた初代女将・水谷ヨネさんが、忙しい夫の昼食用に車海老の天ぷらをおにぎりに入れたのが始まりと伝わります。昭和55年(1980年)頃、津の「千寿」から名古屋・大須に暖簾分けする形で店が開かれると、芸能人や観光客の間で評判となり、いつしか「名古屋名物」として全国に知られるようになりました。手のひらサイズで食べやすく、お土産や軽食としても親しまれています。

八丁味噌
発酵食品愛知

八丁味噌

Hatcho Miso

八丁味噌は、大豆と塩のみを原料に木桶で仕込み、大きな石を円錐状に積み上げて重石をかけ、2年以上長期熟成させる愛知県岡崎市の豆味噌です。名前は、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)離れた八丁村(現・岡崎市八帖町)で作られていたことに由来します。矢作川の伏流水に恵まれ、東海道の水陸交通の要地でもあった八丁村では、江戸時代初期から「カクキュー」と「まるや八丁味噌」という2軒の蔵元が向かい合って味噌を醸造し続けており、長期保存が利くことから兵糧としても重宝されたと伝わります。濃厚な旨味と特有の渋み・苦味を併せ持つ独特の風味が特徴で、味噌煮込みうどんや味噌カツなど、愛知を代表する郷土料理を支える味の基盤となっています。

守口漬け
発酵食品愛知

守口漬け

Moriguchi-zuke

守口漬けは、世界一長い大根といわれる愛知県特産の「守口大根」を、酒粕とみりん粕に漬け込んで熟成させた奈良漬け風の漬物です。守口大根は直径約2cm、長さ1m以上にもなる細長い大根で、木曽川沿いの扶桑町を中心に全国生産量の多くを占める愛知の伝統野菜です。栽培から漬け込みまで手間がかかり、種まきから完成までおよそ3年を要するともいわれます。酒粕とみりん粕を使った複数回の漬け替えにより、琥珀色の見た目と上品な甘み、芳醇な香り、心地よい歯ざわりが生まれ、名古屋を代表する土産物・贈答品として親しまれています。

モデルコース

常滑・瀬戸でやきものの里をめぐる半日コース

日本六古窯に数えられる常滑と瀬戸、二つの陶都を巡るコース。常滑では朱泥の急須づくりの歴史に触れ、瀬戸に移動して「せともの」の語源となった千年の産地の窯元を見学する。焼き物好きにはたまらない、対照的な二つの陶都を一日で味わえる。

有松・鳴海の絞り染めと名古屋めしを味わうコース

有松・鳴海絞会館で100種以上ともいわれる絞り染めの技法を見学し、名古屋友禅の工房で手描友禅の世界に触れたのち、名古屋市街でひつまぶしや味噌カツといった名古屋めしを味わう。染め物と食文化を一日で楽しめるコース。

名古屋城下で金工・木工の技と喫茶文化を巡るコース

あま市七宝焼アートヴィレッジで尾張七宝の輝きに触れ、名古屋桐たんす工房で指物技術を見学したのち、名古屋発祥の喫茶店文化を代表する小倉トーストと天むすで一服する。ものづくりと独自の喫茶文化を巡るコース。

岡崎で味噌蔵と仏壇・仏具のまちを訪ねるコース

名古屋を中心とする仏壇・仏具づくりの分業体制を見学したのち、岡崎市八丁町に移動してカクキュー・まるや八丁味噌の蔵を訪ね、豆味噌を使った味噌煮込みうどんで締めくくる。伝統産業と食文化を巡るコース。

豊橋・三河で筆と木綿の産地、きしめんを楽しむコース

国内生産の大半を占める豊橋筆の工房で筆づくりの技を見学し、三河木綿の織元を訪ねたのち、名古屋に戻って平打ち麺のきしめんや守口漬けといった尾張の味覚で締めくくる、三河から尾張へと巡るコース。

イベント

有松絞りまつり

毎年6月第1土曜日・日曜日 / 名古屋市緑区有松地区

詳細を見る →

瀬戸市せともの祭

毎年9月第2土曜日・日曜日 / 瀬戸市瀬戸川周辺

地図