ローカルフードジャンル
発酵食品
全国各地の発酵食品を横断的に紹介します。
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52 件

かぶら寿司
Kaburazushi
かぶら寿司は、輪切りにして塩漬けした加賀野菜「かぶら(かぶ)」で、塩漬けにしたブリを挟み、米糀と一緒に漬け込んで発酵させる石川県を代表する発酵食品です。酢飯を用いる江戸前寿司とは異なり、乳酸発酵によって酸味とうまみを引き出す「なれずし」の一種で、金沢・加賀地方では冬から正月にかけての行事食・贈答品として親しまれてきました。ブリの脂と麹の甘み、かぶらのしゃきしゃきとした食感が層になって重なり合い、噛むほどに深い味わいが広がります。発祥については、金石町の漁師が豊漁と航海安全を祈願して正月に食べ始めたとする説や、前田藩主に振る舞われたことが始まりとする説など諸説あり、定かではありません。現在も冬季限定の商品として金沢の漬物店や料亭で扱われ、石川の冬を代表する味覚のひとつに数えられています。

鮒寿司
Funazushi
鮒寿司は、琵琶湖の固有種であるニゴロブナを塩漬けにしたのち、飯(いい)と一緒に漬け込んで乳酸発酵させる、滋賀県を代表する熟れ鮓(なれずし)です。現在のにぎり寿司のように酢で酸味をつけるのではなく、米と魚を長期間発酵させることで自然に酸味が生まれるのが特徴で、寿司の原型を今に伝える食べ物ともいわれています。奈良時代の木簡や平安時代の『延喜式』にも近江国から「鮨鮒」が貢納された記録が残るほど古い歴史を持ちます。強い酸味と、チーズにも例えられる独特の発酵香が特徴で、好みが分かれる一方、上質なものは生臭さがなく芳醇な旨みを持つとされます。輪切りにしてそのまま食べるほか、お茶漬けや酒の肴としても親しまれ、正月や来客時などハレの日に供される滋賀を代表する伝統食です。

朴葉味噌
Hoba Miso
朴葉味噌は、朴(ほお)の木の葉の上にこうじ味噌をのせて炭火や七輪で焼き上げる飛騨高山地方の郷土料理です。焼くうちに朴葉特有の芳香が味噌に移り、香ばしく甘みのある風味が引き立ちます。もとは林業に従事する杣人(そまびと)たちが山中で食事をとる際、朴の葉を器代わりに使い、残った味噌を焼いて食べたのが始まりとされます。やがて一般家庭に伝わり、囲炉裏を囲んで味噌を焼く食べ方が飛騨地方の冬の食卓に定着しました。現在では、刻んだねぎやきのこ、飛騨牛などを味噌と一緒に焼き込む形も広まり、旅館の朝食や高山の飲食店の名物料理として親しまれています。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選定され、飛騨を代表する味として全国に知られるようになりました。

いぶりがっこ
Iburigakko
いぶりがっこは、大根を囲炉裏の煙で燻して乾燥させたのち、米糠と塩で漬け込む秋田県内陸南部発祥の漬物です。「いぶり」は燻すこと、「がっこ」は秋田弁で漬物を指す言葉に由来します。積雪が多く天日干しが難しい秋田の気候の中で、農家が大根を家の梁につるし、囲炉裏の熱と煙を利用して乾燥させる知恵から生まれたとされ、起源は室町時代にまでさかのぼるといわれています。燻された香ばしい香りとポリポリとした食感が特徴で、横手市を中心とする地域で発達しました。2019年には国の地理的表示(GI)保護制度にも登録され、秋田を代表する発酵食品として全国に知られています。

千枚漬け
Senmaizuke
千枚漬けは、薄くスライスした聖護院かぶらを昆布とともに塩漬けし、酢やみりんで甘酸っぱく仕上げる京都を代表する漬物です。すぐき漬け・しば漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つに数えられ、特に冬の京都の味覚として親しまれています。慶応元年(1865年)に宮中の料理方であった初代・大黒屋藤三郎が考案したのが始まりと伝えられ、玉砂利に見立てたかぶらと松の緑に見立てた壬生菜で御所の風景を表現した意匠にも歴史的な背景が感じられます。上品な甘みと昆布の旨み、パリッとした歯ざわりが特徴で、京都土産としても定番の一品です。
納豆汁
Nattojiru
納豆汁は、山形県内陸部を中心に受け継がれてきた冬の郷土料理で、すり鉢で粒が見えなくなるまですりつぶした納豆を、具だくさんの味噌汁に溶き込んでとろみをつけた汁物です。雪深い山形では冬場に自家製の納豆を保存食として作る習慣があり、糸引きの弱い納豆を汁物に活用したのが始まりとされます。動物性たんぱく質を摂る機会が少なかった内陸部の人々にとって、大豆由来の納豆や豆腐でたんぱく質を補う料理でした。里芋の茎を干した保存食「いもがら」やきのこ、山菜、こんにゃくなどを加えてビタミンや食物繊維も一緒に摂れることから、栄養面でも優れた料理として親しまれてきました。食べる時期には地域差があり、村山地域では1月7日の七草の頃、最上地域では正月、庄内地域では大黒様のお歳夜(12月)に食べる風習があるとされます。手間がかかるため家庭で作る機会は減っていますが、旅館や飲食店、学校給食などで受け継がれています。
おみ漬
Omizuke
おみ漬は、山形県米沢市を中心に作られてきた漬物で、山形県を代表する青菜「山形青菜」を主役に、大根や人参などの野菜を細かく刻んで塩漬けにした常備菜です。山形青菜は1904年に中国の重慶からもたらされた品種で、1908年に山形県での本格的な栽培が始まり、大正から昭和にかけて県内全域に栽培が広がりました。名前の由来には諸説ありますが、有力なのは近江出身の商人にまつわる説です。山形青菜漬では肉厚な茎の部分が珍重される一方で葉先が余りがちだったところ、その商人が葉先を刻んで漬物にした「近江漬」が転じて「おみ漬」になったとされています。ほかにも、刻んだ野菜を揉んで漬けることから「もみ漬」が転じたという説もあります。青菜漬が出回る前の時期にも食べられ、冬場の貴重な野菜を無駄なく使い切る生活の知恵から生まれた郷土の味として、現在も家庭や漬物店で作られ続けています。
しょっつる鍋
Shottsuru Nabe
しょっつる鍋は、ハタハタなどの魚を塩とともに長期間発酵させてつくる魚醤「しょっつる」を出汁に使う、男鹿半島を中心とした秋田県沿岸部の鍋料理です。しょっつるは能登の「いしる」、香川の「いかなご醤油」と並ぶ日本三大魚醤の一つに数えられます。江戸時代初期頃から、男鹿をはじめとする秋田の漁村で大量に水揚げされるハタハタを樽に塩漬けし、じっくり発酵させて魚醤をつくる技術が受け継がれてきました。ハタハタや豆腐、白菜、きのこなどを土鍋でしょっつる仕立ての出汁で煮込む鍋は、魚醤ならではの濃厚な旨味と独特の風味が持ち味で、冬の男鹿を代表する味覚として親しまれています。

すぐき漬け
Sugukizuke
すぐき漬けは、京都・上賀茂特産の京野菜「すぐき菜」を塩だけで漬け込み、乳酸発酵させた独特の酸味を持つ漬物です。千枚漬け・しば漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つで、上賀茂神社の社家が江戸時代初期から作り始めたと伝えられます。かつては社家だけに製法が伝わる貴重な品で、江戸期には「すぐきは一本たりとも村の外へ持ち出すことまかりならぬ」という触れが出されるほど厳重に守られていました。「天秤漬け」と呼ばれる独自の重石の方法や、室(むろ)に入れて発酵を促す工程など、手間のかかる伝統製法が今も受け継がれています。
ふぐの子糠漬け
Fugunoko nukazuke
ふぐの子糠漬けは、猛毒テトロドトキシンを含むふぐの卵巣を、塩漬けと糠漬けを合わせて2〜3年ほどかけてじっくり発酵させ、無毒化して食べる石川県白山市美川地区などに伝わる珍味です。江戸時代から加賀藩への献上品として珍重されてきた歴史ある発酵食品で、猛毒の内臓は本来食品衛生法により廃棄が義務づけられていますが、石川県では江戸期から続く伝統産業であること、長年にわたり事故の報告がないことから、県の許可を受けた業者に限って製造が認められています。毒がどのように抜けていくのか、そのメカニズムは今なお科学的に完全には解明されておらず、代々受け継がれてきた製法と経験によって安全な珍味に生まれ変わる、極めて特異な発酵食品です。薄くそぎ切りにして酒の肴やお茶漬けの具として親しまれています。

へしこ
Heshiko
へしこは、鯖などの魚を塩漬けにした後、米ぬかに漬け込んで熟成させた福井県の伝統的な保存食です。若狭地域と越前海岸で古くから作られてきました。内臓を除いた魚を1か月ほど塩漬けにし、その後半年以上ぬかに漬けて発酵と熟成を重ねます。塩辛い一方で、魚のうま味と香りがぎゅっと凝縮されているのが特徴です。江戸時代中頃には若狭で作られていたと考えられ、厳しい冬を越すための貴重なたんぱく源でした。ぬかを落として軽くあぶり、酒の肴やお茶漬けにするのが定番の食べ方です。近年はパスタやピザなど、アンチョビのような使い方も広がっています。小浜市では、へしこを塩抜きして米麹とご飯で漬け直した「鯖のなれずし」も作られています。

豆腐よう
Tofuyo
豆腐ようは、沖縄独特の島豆腐を紅麹・米麹・泡盛で数か月かけて発酵・熟成させた発酵食品で、濃厚な風味とねっとりとした食感からチーズにたとえられることもある琉球王朝伝来の珍味です。18世紀頃、中国から伝わった発酵豆腐「腐乳(フールー)」を琉球王府の料理座が改良して生み出したとされ、当時は上流階級だけが口にできる高貴な味覚として大切に扱われていました。中国や台湾の腐乳が塩漬けで保存性を高めるのに対し、豆腐ようは沖縄で身近だった泡盛に漬け込む点に製法上の大きな違いがあります。発酵にはモナスカス属のカビや麹菌が関わっているとされ、独特の風味を生み出します。現在はごく少量を箸先でつまみ、泡盛のつまみとして味わうのが一般的で、土産物としても人気の高い沖縄を代表する発酵食品です。

しば漬け
Shibazuke
しば漬けは、なすやきゅうりなどの夏野菜を赤しその葉とともに塩漬けにし、乳酸発酵させた鮮やかな紫色の京都の漬物です。すぐき漬け・千枚漬けと並ぶ「京都三大漬物」の一つで、京都市左京区大原地区で作られる高品質な赤しそが欠かせない材料となっています。名前の由来は、高倉天皇の中宮であった建礼門院徳子が大原の寂光院で余生を過ごした際、地元の人々が献上したしそ漬けの美しい紫色を喜び「紫葉漬け」と名付けたという逸話に伝わります。市販品には調味酢で漬けた製品も多い一方、大原では塩と赤しそだけで乳酸発酵させる伝統的な「生しば漬け」の製法も守られています。

日野菜漬け
Hinona-zuke
日野菜漬けは、滋賀県蒲生郡日野町原産の伝統野菜「日野菜」を漬物にしたもので、根が白から紫にグラデーションする細長いカブの一種を用います。独特の辛みとほのかな苦みが持ち味で、葉を刻んで根と合わせ酢に漬け込む「桜漬け」、甘酢で仕上げる「えび漬け」、ぬか漬けの「ひね漬け」など複数の漬け方があります。約500年前、日野の領主であった蒲生氏が観音堂参詣の折に発見したと伝えられ、その後、蒲生氏の転封や近江商人の全国的な商いのネットワークを通じて、伊勢・会津をはじめ各地に日野菜の栽培と漬物文化が伝わりました。平成10年(1998年)には滋賀県選択無形民俗文化財「滋賀の食文化財」にも選ばれた、湖国を代表する漬物です。

野沢菜漬け
Nozawana-zuke (Pickled Nozawana Greens)
野沢菜漬けは、アブラナ科の葉野菜「野沢菜」を塩などで漬けた、長野県を代表する漬物です。野沢菜の名は、北信地方の野沢温泉村で作られてきたことに由来します。1756年(宝暦6年)、村の健命寺の住職が京都から天王寺蕪(てんのうじかぶ)の種を持ち帰ってまいたのが始まりと伝わります。雪深い高冷地の気候の中で、かぶは実が育たず、葉と茎だけが大きく育つ独自の野菜になったとされます。長野県では菜の漬物をまとめて「お葉漬け」と呼び、野沢菜漬けはその代表です。冬の間の保存食として各家庭で漬けられ、ご飯のお供やお茶うけとして親しまれてきました。シャキシャキとした歯ざわりと、ほどよい塩気が魅力です。
すんき漬け
Sunki-zuke (Salt-Free Fermented Turnip Greens)
すんき漬けは、長野県の木曽地域に伝わる、赤かぶの茎や葉を塩を一切使わずに乳酸発酵させた漬物です。地元では単に「すんき」とも呼ばれます。発祥は御嶽山のふもとの王滝村や木曽町開田高原とされ、少なくとも300年以上前から作られてきました。海から遠い山あいで塩が貴重だったため、発酵で生まれる酸の力で冬の野菜を保存する知恵として育まれたと考えられています。前年のすんきを「種」にして漬けるのが特徴で、複数の植物性乳酸菌が働きます。仕上がりはべっこう色で、さわやかな酸味があります。無塩の乳酸発酵食品は国内外でも珍しく、2017年(平成29年)には国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。温かいそばにのせる「すんきそば」は、冬の木曽の味として親しまれています。

ハタハタ寿司
Hatahata-zushi
ハタハタ寿司は、秋田県の県魚として知られるハタハタを、米・米麹・野菜とともに樽に漬け込み、乳酸発酵させて作る秋田を代表する馴れずしです。塩漬けにしたハタハタの塩を抜き、麹を混ぜ込んだ飯と人参などの野菜、昆布を交互に樽へ重ねて重石をのせ、3〜4週間ほどかけてじっくり発酵させて仕上げます。ハタハタは産卵期に雷鳴の轟く時期の海に大群で現れることから「霹靂神(はたはたがみ)」の名を得たとされる魚で、秋田では古くから「ハタハタなしでは正月を迎えられない」と言われるほど暮らしに根付いてきました。麹の甘みと発酵による酸味、ハタハタの旨みが渾然一体となった味わいは、大晦日や正月の祝い膳に欠かせないものとして今も受け継がれています。
ふなんこぐい
Funankogui
ふなんこぐいは、生きたままのフナ(鮒)を昆布で巻き、大根やレンコンなどの野菜と一緒に、赤味噌や水飴などで長時間じっくり煮込んだ佐賀県鹿島市の郷土料理です。骨まで柔らかく煮込まれ、姿のまま丸ごと食べられるのが特徴で、生臭さがなく独特の風味があります。かつて有明海では鯛が稀少で高価だったため、祝いの席で振る舞う鯛料理の代わりに、身近な鮒を用いたのが始まりと伝えられます。鹿島市浜町では、材料の鮒や野菜を商う「ふな市」が毎年1月19日に300年以上続けられており、翌1月20日の「二十日正月」には、この料理を恵比寿様に供えて豊漁や商売繁盛、家内安全を祈願する行事食として今も受け継がれています。
落花生味噌
Rakkasei Miso
落花生味噌は、日本一の落花生(ピーナッツ)産地として知られる千葉県八街市周辺で親しまれている郷土料理です。渋皮付きの生落花生をじっくりと弱火で煎り、味噌・砂糖・酒などと練り合わせて作る甘辛い味噌で、ご飯のお供やお茶請け、酒の肴として日常的に食べられています。八街市では明治期に落花生の栽培が始まり、大正から昭和にかけて主産地として発展しましたが、その過程で規格に合わず市場に出回らない落花生も多く出ました。これを無駄にせず活用する知恵として農家が考え出したのが落花生味噌だといわれています。現在は家庭で作られるだけでなく、学校給食で提供されたり、地元の落花生専門店や道の駅などで商品化されて販売されたりと、千葉県を代表する保存食・特産品として定着しています。

いか人参
Ika Ninjin
いか人参は、細切りにしたするめいかと人参を、醤油・酒・みりん(またはざらめ)を合わせた甘辛いたれに漬け込んだ福島県の郷土料理です。雪が多く冬場に野菜が収穫しにくい福島で、日持ちする保存食として古くから作られてきました。するめは「寿留女」の字が当てられる縁起物であることから、正月料理としても欠かせない一品となり、福島市周辺の県北地方はもちろん、会津地方を含む県内の家庭でも年末に大量に仕込んで正月の食卓に並べる習慣が今も残っています。低糖質で低脂質な保存食としても見直されており、現在は通年、惣菜や酒の肴として親しまれ、土産物としても人気があります。北海道の松前漬けと比較されることも多いですが、昆布を使わずいかと人参だけで仕上げるシンプルさが福島らしさとされています。
せぐろいわしのごま漬け
Seguro Iwashi no Gomazuke
せぐろいわしのごま漬けは、九十九里浜など千葉県の太平洋岸で水揚げされるカタクチイワシ(地元では「セグロ」と呼ばれる)を使った保存食です。頭とわたを取ったイワシを塩漬けにしたのち、酢・ごま・しょうが・ゆず・赤唐辛子とともに2〜3日漬け込んで作ります。日本最大級の水揚げ量を誇る九十九里浜では江戸時代から地引網漁でイワシ漁が盛んに行われてきましたが、大量に獲れる一方で傷みやすい魚でもあったため、保存性を高める知恵として酢とごまで漬け込む方法が受け継がれてきました。骨まで柔らかくなるまで漬けるため丸ごと食べられ、冬場を中心に日常のおかずや酒の肴として親しまれています。農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」にも選ばれた、千葉の漁業文化を象徴する一品です。

わさび漬け
Wasabi-zuke (Wasabi Pickled in Sake Lees)
わさび漬けは、細かく刻んだわさびの根茎や茎、葉を塩漬けにし、酒粕と合わせて漬けた静岡県の名産品です。酒粕のまろやかな味わいの中に、わさびのツンとした辛みと香りが感じられます。江戸時代中期に、駿府(すんぷ、現在の静岡市)のわさび商人・田尻屋利助が考案したといわれます。有東木村で作られていたものに工夫を加え、酒粕に漬けたところ評判となり、駿府の特産品になりました。わさびの栽培は、静岡市葵区の山あいにある有東木(うとうぎ)が発祥の地と伝えられます。静岡県は今も、わさびの産出額や栽培面積が全国一の産地です。1889年(明治22年)に東海道線の静岡駅が開業すると、わさび漬けは駅の土産として全国に知られるようになりました。温かいご飯にのせたり、酒のつまみにしたりと、一年を通して日常的に食べられています。今も静岡を代表する土産物の一つです。
しゃくし菜漬け
Shakushina-zuke
しゃくし菜漬けは、秩父地方で古くから栽培されてきたアブラナ科の野菜「しゃくし菜(雪白体菜)」を漬け込んだ、秩父の冬を代表する保存食です。葉の形がご飯をよそう「杓子(しゃくし)」に似ていることが名前の由来とされ、山あいで平地の少ない秩父では稲作に頼れない分、こうした畑作物を使った漬物文化が発達しました。塩漬けだけでなく乳酸発酵の力を借りて漬け込むのが特徴で、白菜のようなクセがなく、シャキシャキとした歯切れの良さとほどよい酸味が持ち味です。かつては家庭ごとに漬け方や味に違いがあり、冬を迎える前に一家総出でしゃくし菜を漬け込む光景が秩父の冬の風物詩となっていました。現在は農産物直売所や漬物専門店で通年購入でき、そのまま食べるほか、油炒めや饅頭の具としても親しまれています。
にしんの山椒漬け
Nishin no Sansho-zuke (Herring pickled with sansho leaves)
にしんの山椒漬けは、会津地方に伝わる保存食で、乾燥させた身欠きニシンを山椒の葉とともに醤油や酢、酒の漬け汁に漬け込んだ一品です。海のない会津では生魚の流通が難しく、北海道から北前船などで運ばれる乾物の身欠きニシンが貴重なたんぱく源として重宝されてきました。ニシン特有の臭みを山椒の香りで和らげる工夫が凝らされており、春から初夏にかけて山椒の若葉が芽吹く時期になると、各家庭で漬け込みが行われる会津の季節の風物詩でもあります。会津本郷焼で作られた専用の「にしん鉢」に漬け込む習慣も今なお残り、器と料理が一体となった地域の食文化を今に伝えています。数日から数週間漬け込んだニシンは、そのまま酒の肴として食べるほか、温かい蕎麦にのせて食べる方法も親しまれており、会津の家庭や料亭で世代を超えて受け継がれてきた味です。
ぬかだき
Nukadaki
ぬかだきは、いわしやさばなどの青魚を、唐辛子や山椒を加えて発酵させたぬか床とともに長時間じっくり煮込む、北九州市小倉地域に伝わる郷土料理です。「ぬかみそ炊き」「じんだ煮」とも呼ばれます。約400年前、小倉藩の初代藩主・小笠原忠真が信州から国替えで小倉に入った際に持ち込んだ糠味噌と、玄界灘や周防灘で豊富に獲れる青魚が出会って生まれたと伝えられます。骨まで柔らかくなるまで煮込まれ、ぬか床の香ばしさと甘辛い煮汁が青魚特有の臭みを和らげ、ご飯のおかずにも酒の肴にも合う濃厚な味わいに仕上がります。各家庭や店で継ぎ足されるぬか床は、味の要として代々受け継がれてきました。

泉州水なす漬
Senshu Mizunasu-zuke (Pickled Water Eggplant)
泉州水なす漬は、大阪府南部の泉州地域で育つ「水なす」を、ぬか床や調味液に漬けた漬物です。水なすは、ぎゅっと絞ると水がしたたるほど水分が多く、皮と果肉が柔らかで、ほのかな甘みがあります。皮が薄くあくが少ないため生でも食べられ、その持ち味を生かす浅漬けが地域の食文化として根づいてきました。栽培は江戸時代初期から続くとされ、貝塚市の澤や泉佐野市の上之郷周辺が発祥地といわれます。2007年には、地元のJAが「泉州水なす」を地域団体商標に登録しました。2025年(令和7年)1月には、国の地理的表示(GI)にも登録されています。「泉州水なすの浅漬」は農林水産省「うちの郷土料理」に掲載されています。家庭で日常的に食べられるほか、大阪を代表する土産物や贈答品としても人気です。
浜納豆
Hama Natto (Fermented Salted Soybeans)
浜納豆は、大豆に麹菌をつけて発酵させ、塩水に漬けて熟成させた後に乾燥させた、静岡県浜松市の伝統的な発酵食品です。黒褐色の粒で糸は引かず、濃い味噌に似た塩気とうまみがあります。このような納豆は塩辛納豆や寺納豆と呼ばれ、古く中国から伝わり、寺院で作られてきました。浜松市浜名区三ヶ日町(みっかびちょう)の大福寺(だいふくじ)には室町時代に製法が伝わったとされ、「大福寺納豆」として今も寺で手作りされています。徳川家康の好物だったといわれ、献上を待ちわびて「浜名の納豆はまだか」と言ったことが名前の由来と伝わります。江戸時代には歴代の将軍への献上品にもなりました。現在は市内の醸造元なども製造しています。そのままおつまみにするほか、調味料としてカレーや麻婆豆腐の隠し味にも使われます。浜松の小・中学校の給食でも、浜納豆を隠し味にしたカレーが出されています。
養肝漬
Yokanzuke (Iga Stuffed White Melon Pickles)
養肝漬(ようかんづけ)は、三重県伊賀地方に伝わる白瓜の漬物です。白瓜は瓜の一種で、伊賀盆地では夏の特産品です。白瓜の芯をくり抜き、細かく刻んだしそや生姜、大根などを詰め、たまり醤油に漬けて熟成させます。たまり醤油とは、大豆を主な原料にした、色が濃くとろみのある醤油のことです。名前は「肝を養う」という意味です。伊賀上野城を治めた藤堂高虎が陣中食として常備し、武士の士気(肝っ玉)を養った漬物だったことに由来すると伝えられています。伊賀の忍者が携帯食にしていたという言い伝えもあります。伊賀地方では、もともと夏に採れた白瓜を自家製の味噌に漬けて保存し、客人のもてなしにも出していたといいます。現在は伊賀市上野の老舗漬物店が、昔ながらの製法を受け継いでいます。

かんずり
Kanzuri
かんずりは、新潟県妙高市(旧新井市)に伝わる発酵香辛調味料です。塩漬けにした唐辛子を大寒の頃に雪の上にさらし、米糀・柚子・塩と合わせて3年ほど熟成・発酵させて作ります。雪にさらすことで唐辛子の強いアクが抜け、角の取れた辛さになるとされ、柚子の香りと糀のうま味が重なる奥行きのある味わいが特徴です。特別豪雪地帯に指定されるほど雪深い妙高で、冷えた体を温めるために食べられてきた郷土の味で、「寒造里」とも書かれます。地域の伝統食を昭和41年(1966年)に有限会社かんずりが商品化し、「かんずり」の名は同社の登録商標となっています。大寒に白い雪原へ真っ赤な唐辛子をまく「雪さらし」は、妙高の冬の風物詩として知られています。鍋やラーメンの薬味、刺身の付け合わせなど用途は幅広く、新潟土産としても定着しています。
なた漬け
Nata-zuke
なた漬けは、生の大根を厚刃の鉈(なた)でざっくりと乱切りにし、米麹や甘酒、砂糖などで短期間漬け込む秋田の即席漬物です。切り口がわざとささくれ立つように大根を割ることで麹の味が内部までしみ込みやすくなり、シャキシャキとした歯ざわりと自然な甘みが特徴の浅漬けに仕上がります。秋田県は良質な秋田杉をはじめ山林資源が豊富で林業が盛んだったことから、多くの家庭に鉈があり、それを使って大根を漬け込んだことが名前の由来と伝わります。燻して乾燥させた大根を漬け込む「いぶりがっこ」とは異なり、なた漬けは生の大根を用いて数日で漬け上がる点が大きな違いで、秋田の食卓に欠かせない冬の「がっこ(漬物)」の一つとして親しまれています。
越前うに
Echizen Uni (Salted Sea Urchin)
越前うには、福井県の越前海岸でとれるバフンウニの生殖巣を塩漬けにし、熟成させた「塩うに」です。「汐うに」「塩雲丹」とも書かれます。江戸時代の書物『日本山海名産図会』では「塩辛中の第一」とたたえられました。三河のこのわた、肥前のからすみとともに、日本三大珍味の一つに数えられています。原料のバフンウニは殻の直径が数センチほどの小さなウニで、100gの製品を作るのに100個前後が必要とされます。ウニの粒を塩で締めて水分を抜き、ペースト状に練ってから熟成させます。濃厚なうま味と磯の香り、なめらかな舌触りが持ち味で、ほんの少量でも深い味わいが広がります。現在の製法は、江戸時代後期に福井藩の御用商だった天王屋(現・天たつ)が考案したと伝わります。県内のバフンウニの漁獲量はごくわずかで、今も手作業に頼る貴重な珍味です。
身延ゆば
Minobu Yuba
身延ゆばは、日蓮宗の総本山・身延山久遠寺(くおんじ)の門前町として栄えた山梨県身延町に伝わる湯葉です。豆乳を温めたときに表面にできる薄い膜を引き上げたもので、引き上げたままの生ゆばと、乾かした乾燥ゆばがあります。身延町は、京都や日光と並ぶゆばの産地として知られています。始まりは鎌倉時代、日蓮聖人が身延山に入ったころとされ、弟子たちが師の体を気づかって栄養源としてつくったと伝えられます。良質な植物性たんぱく質や脂質を含むゆばは、肉や魚を使わない精進料理の大切な食材として、久遠寺とともに受け継がれてきました。生ゆばをひと口大に切り、わさび醤油でいただく刺身が人気です。町内には、ゆば料理を出す食事処や宿坊、製造直売所が点在しています。

漬物ステーキ
Tsukemono Steak
漬物ステーキは、白菜の漬物を卵でとじて鉄板や鍋で焼き上げる岐阜県飛騨地方の郷土料理で、地元では「漬けステ」とも呼ばれます。厳冬期の飛騨地方では貴重な野菜源だった漬物が凍りついてしまうため、囲炉裏で朴葉にのせて炙り、解かして食べたことが始まりとされます。また、漬かりすぎて酸味が強くなった漬物を美味しく食べる知恵としての側面もあります。名前に反して肉は一切使いませんが、鉄板でジュージューと焼く見た目や食べ方がステーキを連想させることからこの名がついたといわれています。現在では飛騨高山の居酒屋のほとんどで提供される定番メニューとなっており、お酒のあてやご飯のお供として観光客にも親しまれています。

八丁味噌
Hatcho Miso
八丁味噌は、大豆と塩のみを原料に木桶で仕込み、大きな石を円錐状に積み上げて重石をかけ、2年以上長期熟成させる愛知県岡崎市の豆味噌です。名前は、岡崎城から西へ八丁(約870メートル)離れた八丁村(現・岡崎市八帖町)で作られていたことに由来します。矢作川の伏流水に恵まれ、東海道の水陸交通の要地でもあった八丁村では、江戸時代初期から「カクキュー」と「まるや八丁味噌」という2軒の蔵元が向かい合って味噌を醸造し続けており、長期保存が利くことから兵糧としても重宝されたと伝わります。濃厚な旨味と特有の渋み・苦味を併せ持つ独特の風味が特徴で、味噌煮込みうどんや味噌カツなど、愛知を代表する郷土料理を支える味の基盤となっています。
がん漬け
Ganzuke
がん漬けは、有明海の干潟に生息するシオマネキなどの小型のカニを甲羅ごとすりつぶし、塩や醤油、唐辛子と合わせて漬け込み、発酵・熟成させた佐賀県の郷土料理です。地域によっては「がに漬け」「がね漬け」とも呼ばれます。江戸時代から有明海沿岸で作られてきたと伝えられる歴史の古い保存食で、干満差の大きい干潟という土地の条件を生かし、豊富に獲れる小さなカニを余さず活用する知恵から生まれました。濃厚な塩味とカニの風味、砕いた甲羅のガリガリとした食感が特徴で、佐賀では酒の肴としてよりも、温かいご飯にのせて食べるのが一般的です。チャーハンや味噌汁、パスタの調味料として使われることもあります。
しょうゆの実
Shoyu no Mi
しょうゆの実は、大豆と麦麹を発酵させてつくる山梨県の伝統的な保存食です。かつて山梨の家庭では大豆から醤油を手づくりしており、その際に残った大豆を発酵させたものを「しょうゆの実」と呼んだと伝わります。古くは甲府盆地の峡中(きょうちゅう)地域の伝統食でしたが、現在は南アルプス市の芦安(あしやす)地域でのみ受け継がれています。芦安は南アルプスのふもとにある、傾斜地の多い高冷地です。野菜や米づくりに向かない土地で、寒さに強い大豆が多く栽培されてきました。煮た大豆に麦麹を混ぜて木箱でカビを付け、乾燥させたものを水と酒で戻し、塩で味を調えて仕上げます。ねぎやしらす干しを加え、麦ごはんにのせて食べるのが昔ながらの味わい方です。貴重なたんぱく源として、山あいの冬の食卓を支えてきました。

守口漬け
Moriguchi-zuke
守口漬けは、世界一長い大根といわれる愛知県特産の「守口大根」を、酒粕とみりん粕に漬け込んで熟成させた奈良漬け風の漬物です。守口大根は直径約2cm、長さ1m以上にもなる細長い大根で、木曽川沿いの扶桑町を中心に全国生産量の多くを占める愛知の伝統野菜です。栽培から漬け込みまで手間がかかり、種まきから完成までおよそ3年を要するともいわれます。酒粕とみりん粕を使った複数回の漬け替えにより、琥珀色の見た目と上品な甘み、芳醇な香り、心地よい歯ざわりが生まれ、名古屋を代表する土産物・贈答品として親しまれています。

赤かぶ漬け
Aka Kabu Zuke
赤かぶ漬けは、飛騨地方特産の赤かぶを塩漬けにし、乳酸発酵させて作る岐阜県飛騨地方の郷土料理です。標高が高く冬は雪に閉ざされる飛騨地域では、野菜の収穫できない季節の貴重な保存食として、江戸時代以来各家庭で漬け込まれてきました。かつて山間地では塩が貴重であったため、少ない塩で保存性を高める工夫として発展したともいわれます。現在の赤かぶ漬けに使われる「飛騨紅かぶ」は、1918年(大正7年)に在来種の八賀かぶの中から発見された紅色の突然変異株がもとになっています。かぶの皮に含まれる天然色素と乳酸発酵によって、鮮やかな紅色とほのかな酸味・甘みが生まれるのが特徴で、飛騨高山を代表する土産物としても人気があります。

赤こんにゃく
Aka-konnyaku
赤こんにゃくは、滋賀県近江八幡市の特産品として知られる、鮮やかな赤色に着色されたこんにゃくです。食品添加物として認められている三二酸化鉄という鉄分で染められており、煮ても色落ちしにくく、シコシコとした独特の食感が特徴です。誕生の由来には諸説あり、派手好きだったとされる織田信長がこんにゃくまで赤く染めさせた、あるいは信長の赤い陣羽織にあやかったなど複数の言い伝えが残りますが、確実な出典は定かではありません。1940年発行の『滋賀県八幡町史』には、古老の話としてトウキビの皮を煎じて着色したとの記述があり、明治以降は食紅が使われ、1971年に三二酸化鉄の使用が認められて以降、現在の製法が定着しました。煮物や田楽、刺身など幅広い料理に使われ、近江八幡を訪れた際の定番土産としても親しまれています。

栃尾の油揚げ
Tochio Aburaage
栃尾の油揚げは、新潟県長岡市栃尾地域で作られている大判の油揚げで、地元では方言で「あぶらげ」と呼ばれます。長さ20〜22cm、幅6〜8cm、厚さ3cmほどと一般的な油揚げの3倍以上の大きさがあり、外はカリッと、中はふっくらとした食感が特徴です。低温と高温の二つの鍋で二度揚げし、揚げ上がりに金串を刺して油を切るため、中央に串の穴が残ります。起源は江戸時代中期にさかのぼるとされます。火伏せの神として信仰を集めた秋葉三尺坊大権現の参詣者向けの土産として考案されたという説と、栃尾の馬市で馬喰(ばくろう、家畜の仲買人)が酒の肴にしたという説があります。現在、栃尾地域には15を超えるあぶらげ店があり、焼いてしょうが醤油で食べるほか、煮物や、中に具を詰めて焼く料理にも使われます。
賀茂なす田楽
Kamonasu Dengaku
賀茂なす田楽は、京の伝統野菜「賀茂なす」を使った、京都の夏を代表する郷土料理です。丸々とした賀茂なすを輪切りや半分に切って油でじっくりと揚げ焼きにし、白味噌や赤味噌にみりん・砂糖・酒などを合わせて練った田楽味噌をたっぷりとのせていただきます。賀茂なすは実がしまって煮崩れしにくく、油との相性がよいことから田楽に適した野菜とされています。祇園祭が行われる7月頃、家庭の食卓はもちろん、京都の料亭や飲食店でも旬の味覚として提供され、夏の京都を彩る一皿として親しまれています。賀茂なすは貞享元年(1684年)の文献「雍州府志」にも記述が残るほど栽培の歴史が古く、かつては左京区の吉田・田中地区で作られていたと伝わります。
いかの黒作り
Ika no Kurozukuri
いかの黒作りは、スルメイカの身を細く切り、肝とイカスミを加えて塩漬けにし、じっくりと熟成させた富山県を代表する発酵食品です。イカスミ特有の芳醇な香りとコクのある旨味に塩辛らしい熟成感が加わった独特の味わいが特徴で、日本酒との相性の良さから酒の肴として古くから親しまれてきました。江戸時代には加賀藩主が参勤交代の際に将軍家へ献上したとの記録が残るなど、当時すでに富山を代表する名産品として知られていたと伝わります。イカスミには古くから防腐効果があるとされ、冷蔵技術のなかった時代に塩辛を長く保存するための知恵としても活用されてきました。見た目の黒さから初めて口にする人には驚かれることもありますが、口に入れると濃厚な旨味とほのかな塩味が広がり、ご飯のお供やお茶漬け、パスタの具材としても応用されるなど、今も富山を代表する珍味として全国に販売されています。

しもつかれ
Shimotsukare
しもつかれは、正月の残り物である塩引き鮭の頭と節分の残り福豆(大豆)、大根・にんじんのおろし、酒粕などを一緒に煮込んだ、栃木県を中心とする北関東の郷土料理です。旧暦2月最初の午の日「初午」に、赤飯とともにお稲荷さんに供える行事食として、江戸時代以前から各家庭で作られてきたと伝わります。鎌倉時代の説話集にも類する料理の記述があるとされるほど歴史が古く、7軒分のしもつかれを食べると無病息災になるという言い伝えも残っています。独特の見た目と発酵由来の酸味のある味わいから好みが分かれる料理としても知られますが、節分や正月の残り物を無駄なく使い切る先人の知恵が詰まった料理として、2023年には文化庁の「100年フード」伝統部門に認定されました。現在も家庭や直売所で受け継がれ、栃木県の食文化を象徴する存在です。
そぼろ納豆(しょぼろ納豆)
Shoboro Natto
そぼろ納豆(しょぼろ納豆)は、糸引き納豆と割り干し大根(寒干し大根)を調味液に漬け込んだ、水戸市の郷土料理です。「しょぼろ」は「そぼろ」の水戸方言とされます。江戸時代、台風が来る前に収穫できる早生の小粒大豆で納豆づくりが盛んに行われた水戸では、秋に仕込んだ納豆を近所やお寺に配ることが習わしとなっており、余った納豆や糸引きの良くない納豆を長く食べられるよう、寒干し大根と合わせて漬け込む工夫が生まれたと伝わります。納豆そのものではなく、納豆を漬物のように加工した保存食である点が、ブランドとしての水戸納豆との大きな違いです。ポリポリとした割り干し大根の歯ざわりと納豆のほくっとした食感の対比が持ち味で、現在は水戸の老舗漬物店や納豆店が製造・販売し、ご飯のお供や酒の肴、水戸土産として親しまれています。

べったら漬け
Bettarazuke
べったら漬けは、生の大根を塩で下漬けしたのち、米麹と砂糖でさらに漬け込んで発酵させた、甘みとほのかな酸味が特徴の東京の伝統的な漬物です。江戸時代中期から、日本橋大伝馬町の宝田恵比寿神社で毎年10月19日・20日に開かれる「べったら市」で売られてきたことから、この名で全国に知られるようになりました。名前の由来には、大根の表面に漬け床の米麹がべたべたと付いていたからとする説や、売り子が「べったら、べったら」と囃しながら客の着物の袖に麹を付けようとしたからとする説があります。塩辛い漬物が主流だった時代に、麹の自然な甘みを活かした浅漬け風の味わいは江戸っ子の間で人気を博し、べったら市は江戸から続く秋の風物詩として現在も日本橋の街を賑わせています。今では通年、日本橋周辺の専門店や漬物店で購入できる東京土産の定番となっています。
一升漬け
Isshozuke
一升漬けは、津軽地方で古くから作られてきた発酵万能調味料です。津軽藩の初代藩主・津軽為信が京都から持ち帰らせたと伝わる在来種の唐辛子「清水森なんば」を用いるのが特徴で、青唐辛子・米麹・醤油を一升(約1.8リットル)ずつ同じ分量で漬け込むことからこの名がついたとされます。清水森なんばはカプサイシンの含有量が少なく、辛みが穏やかで甘みが強いのが特徴で、冬の一番寒い時期に仕込み、2〜3年ほど熟成させると角が取れて味わいが深まります。肉・魚・野菜・豆腐・ご飯など何にでも合わせられる万能調味料として、焼き物や炒め物の薬味、鍋物のたれなど幅広い料理に使われてきました。2020年には清水森なんばが地理的表示(GI)保護制度に登録され、2022年には清水森なんばの一升漬けが文化庁の「100年フード」に青森県内で初めて認定されるなど、地域の食文化として改めて注目を集めています。

松前漬け
Matsumae-zuke
松前漬けは、するめいかと昆布を細く切り、醤油だれに漬け込んだ北海道松前地方生まれの保存食です。仕上げに数の子を加えるのが定番で、糸を引くほどの粘りとコリコリとした食感、昆布の旨みが層になった味わいが特徴です。名称は松前藩の城下町であった現在の松前郡松前町にちなみ、地元でとれる昆布が「松前昆布」と呼ばれていたことに由来するとされます。江戸時代、ニシン漁で栄えた松前・福島地域では、大量に手に入る数の子とスルメ、昆布を組み合わせた漬物がつくられ、やがて正月料理や北海道土産の定番として全国に知られるようになりました。今日でも松前町にはこの漬物を手がける製造元が複数あり、家庭ごとに配合が異なる素朴な味わいが受け継がれています。

水戸納豆
Mito Natto
水戸納豆は、茨城県水戸市周辺で作られる納豆のブランド名で、粒がそろって糸引きの良い小粒大豆を使うのが特徴です。水戸市周辺は那珂川流域を中心に水害に強い小粒大豆の栽培が盛んで、この地の大豆が納豆づくりに適していたことから発展しました。1889年(明治22年)に初代笹沼清左衛門が「天狗納豆」を創業し、同年の鉄道開通にあわせて水戸駅前で売り出したことをきっかけに、水戸の納豆は全国にその名を知られるようになりました。稲わらに包んだ「わらづと納豆」など伝統的な製法も受け継がれ、現在も水戸市は「納豆のまち」を掲げて7月10日を「納豆の日」とする条例を制定するなど、納豆の街としてのブランドを発信し続けています。
大山とうふ
Oyama Tofu
大山とうふは、丹沢山系の霊峰・大山(伊勢原市)のふもとで作られる豆腐料理で、江戸時代から続く「大山詣り」の参拝文化とともに発展してきました。大山を訪れる講中(大山講)の人々が祈祷のお礼として大豆を納めたことに加え、丹沢山系から流れる清らかな湧水に恵まれていたことから、大山では古くから豆腐づくりが盛んになったといわれます。修験者や僧侶による精進料理の伝統とも結びつき、肉や魚を用いない参拝者向けの料理として豆腐が重宝されました。現在もこま参道沿いには豆腐料理を専門とする宿坊や料理店が軒を連ね、湯豆腐や田楽、豆腐懐石など、地元の水と大豆で仕込んだ豆腐を主役にした献立を味わうことができます。「かながわの名産100選」にも選ばれている神奈川県を代表する郷土の味です。

佃煮
Tsukudani
佃煮は、小魚や貝、海藻などを醤油と砂糖でじっくり煮詰めた保存食で、東京・佃島(現在の中央区佃)を発祥の地とする江戸の食文化を代表する惣菜です。江戸幕府を開いた徳川家康が、摂津国佃村(現在の大阪市)から漁師たちを呼び寄せ、隅田川河口の干潟に住まわせたのが佃島の始まりとされ、漁師たちは出漁できない日の食料や、売り物にならない小魚・貝類を無駄にしないために、塩や醤油で濃く煮詰めて日持ちする料理へと工夫しました。これが「佃煮」の名の由来です。江戸時代を通じて濃口醤油の普及とともに味が洗練され、参勤交代の武士や旅人が土産として持ち帰ったことから全国へと広まりました。現在も佃島周辺には江戸時代から続く老舗が軒を連ね、小魚・貝・昆布・生姜など多彩な素材を使った佃煮を製造・販売しています。ご飯のお供や酒の肴として親しまれ、家庭の常備菜としても定着した、日本を代表する保存食文化のひとつです。

奈良漬
Narazuke
奈良漬は、白瓜などの野菜を酒粕に繰り返し漬け込んで作る、奈良発祥の粕漬けです。平城京跡から発掘された長屋王邸跡の木簡に「進物加須津毛瓜(たてまつりものかすづけうり)」の記載があるとされ、1300年以上前から食べられていた可能性を示す古い歴史を持ちます。当初はどぶろくの上澄みを酒として飲んだ残りかすで野菜を漬けたのが起源とされ、室町時代に清酒づくりが始まって以降、酒粕を使う現在の製法が確立しました。商品として広まったのは安土桃山〜江戸時代にかけて、奈良の医師・糸屋宗仙がシロウリを酒粕に漬けて製造・販売したのが始まりと伝わります。酒粕に何度も漬け替えることで日本酒の芳醇な香りと米の旨みが野菜に染み込み、琥珀色に色づいていくのが特徴で、現在も奈良を代表する土産物として親しまれています。

日光湯波
Nikko Yuba
日光湯波は、栃木県日光市で古くから作られてきた豆乳の加工食品で、豆乳を煮た際にできる膜を幾重にも重ねて仕上げる、厚みとボリュームのある食感が特徴です。唐に渡った僧が持ち帰ったとされる湯葉が、766年に勝道上人が開山した日光山輪王寺に精進料理として伝わったのが始まりとされます。江戸時代初期に徳川家康公が日光東照宮に祀られると、参拝者向けの宿や精進料亭で独自に工夫が重ねられ、「日光湯波」として評判を得るようになりました。京都の「湯葉」は膜の端から串を入れて引き上げるため平たく仕上がるのに対し、日光の「湯波」は中央に串を入れて二つ折りにしながら巻き上げるため、幾重にも層が重なった丸みのあるシルエットになる点が最大の違いです。刺身のように生で味わうほか、揚げ物や煮物に調理して食べる文化が古くから根付いています。