伝統工芸ジャンル

染物

全国各地の染物を横断的に紹介します。

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22 件

桐生絞り
染物群馬

桐生絞り

Kiryu-shibori

桐生絞りは、絹織物の産地として知られる群馬県桐生市で発展した絞り染めです。桐生は古くから染め・織り・絞りの技術に長けた産地として知られ、その中でも桐生絞りは、伝統的工芸品である桐生織の反物に絞りの技法を自由な発想で組み合わせて作られる点に特色があります。絣や縞、格子に織り上げた桐生織の生地に絞り染めを施すため、織物としても染物としても味わえる独特の仕上がりとなり、染め・織り・絞りの三つの技術が一体となった斬新で繊細な作品が生まれます。絞りは一点ごとに手作業で行われるため、同じ柄でも仕上がりに個性が出るのも魅力です。2003年(平成15年)1月23日、群馬県知事により「桐生絞」として群馬県ふるさと伝統工芸品の指定を受けました。

甲州印伝
染物 / 漆器山梨

甲州印伝

Koshu Inden

甲州印伝は、山梨県甲府市で作られる鹿革の工芸品です。なめして染めた鹿革に型紙を置き、漆を刷り込んで模様を付けるのが最大の特徴です。「印伝」の名は、南蛮貿易の頃にインドから伝わった装飾革に由来するといわれます。江戸時代後期、甲府の上原勇七が鹿革に漆付けする技法を考え出したことが、甲州印伝の始まりとされています。江戸時代には各地で印伝が作られましたが、その製法が今に残るのは甲州だけです。技法には漆付けのほか、藁を焚いた煙で革を色付ける「燻べ(ふすべ)」と、色ごとに型紙を替えて多色の柄を表す「更紗(さらさ)」があります。鹿革は柔らかく丈夫で軽く、使うほど手になじみます。漆の模様は時がたつほど色が冴え、深みのある光沢を帯びていきます。1987年に国の伝統的工芸品に指定されました。甲府市の印傳屋本店2階には、印伝の歴史と模様を紹介する印傳博物館があります。

琉球びんがた
染物沖縄

琉球びんがた

Ryukyu Bingata

琉球びんがたは沖縄県那覇市首里を中心に受け継がれてきた染色技法で、赤・黄・青・緑・紫など南国の陽光を思わせる大胆で鮮やかな色使いと、デイゴやアダン、魚など沖縄の自然をモチーフにした伸びやかな文様が特徴です。起源は14〜15世紀頃とされ、中国やインド、ジャワの更紗染めなど交易を通じて伝わった技法を琉球独自に消化して生み出されたと考えられています。琉球王府の保護のもとで発展し、王族や士族の礼装、神事の装束として用いられ、当代随一の絵師や型彫師が下絵や型紙の製作にあたりました。多色使いで華やかな「紅型」と、藍の濃淡のみで染め上げる落ち着いた色調の「藍型(えーがた)」に大別されます。型紙彫り・糊置き・色差し・隈取りといった工程をほぼ一つの工房内で分業しながら手作業で仕上げるため、一枚の生地が完成するまでに多くの手間と時間を要します。1984年に経済産業大臣指定の伝統的工芸品に指定され、現在も着物や帯だけでなく、のれんやポーチなど日常づかいの品にも展開されています。

京友禅
染物京都

京友禅

Kyo-yuzen

京友禅は、江戸時代前期の元禄期に京都で生まれた模様染めの技法で、絵画のように華やかで優美な意匠を布地に描き出すのが特徴です。扇絵師として人気を博していた宮崎友禅斎が、自らの画風を染めのデザインに取り入れたことが始まりとされ、幕府による奢侈禁止令で絞りや刺繍などの派手な装飾が制限された時代に、糊で防染しながら絵画的な文様を染め出す友禅染めとして広まりました。下絵、糸目糊置き、色挿し、引き染め、蒸し、水洗い(水元)といった多くの工程を経て一枚の着物が完成し、各工程を専門の職人が分業で担う体制が特徴です。明治期には化学染料と型紙を用いる型友禅(写し友禅)が考案され、量産も可能になりました。1976年に国の伝統的工芸品に指定され、日本三大友禅の中でも最も歴史が古い染色技法として今日に受け継がれています。

上州高崎注染手ぬぐい
染物群馬

上州高崎注染手ぬぐい

Joshu Takasaki Chusen Tenugui

上州高崎注染手ぬぐいは、群馬県高崎市に伝わる染色技法「注染」によって染め上げられる木綿の手ぬぐいです。注染は明治時代に手ぬぐいの量産のために考案された日本独自の染色技法で、型紙で防染糊を生地に置いたあと、生地を数十枚重ねてその上から染料を注ぎ込み、一度に布の表と裏を同時に染め抜きます。この方法により、片面染めのプリント手ぬぐいとは異なる、にじみやぼかしのある独特の風合いと、両面に柄が通った裏表のない仕上がりが生まれます。高崎では明治30年(1897年)創業の中村染工場をはじめとする染物業者がこの技術を受け継ぎ、現在も群馬県内で唯一注染の技法を守り続ける産地として、群馬県ふるさと伝統工芸品に指定されています。

加賀友禅
染物石川

加賀友禅

Kaga-yuzen

加賀友禅は石川県金沢市を中心に受け継がれる手描き染めの絹織物で、藍・黄土・草・古代紫・臙脂の五色「加賀五彩」を基調とした落ち着いた色調と、写実的な草花模様を特徴とします。起源は約500年前、加賀国独自の無地染めであった「梅染」にさかのぼるとされ、17世紀中頃には模様を施す「加賀御国染」の技法が確立しました。江戸元禄期、扇絵師として名を馳せた宮崎友禅斎が金沢の紺屋「太郎田屋」に身を寄せ、糊で防染しながら多彩な色を挿す友禅糊の技術を広めたことで、加賀友禅は飛躍的な発展を遂げます。金銀箔や刺繍をほとんど用いず、花や葉をありのままに写し取る自然主義的な表現、模様の外側を濃く内側をぼかす「外ぼかし」、葉に虫食い跡を描き込む「虫食い」など、独自の意匠が発達しました。制作者ごとに落款を記す制度が設けられており、作家性の強い工芸品としても知られています。

有松・鳴海絞り
染物愛知

有松・鳴海絞り

Arimatsu-Narumi Shibori

有松・鳴海絞りは、名古屋市緑区の有松・鳴海地区に約400年伝わる絞り染めの総称です。江戸時代初頭の慶長年間、尾張藩が東海道沿いの新田として有松の町割りを行った1608年頃、最初の入植者の一人であった竹田庄九郎が三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを旅人に売り出したのが始まりとされます。寛文年間には錣絞りが考案されるなど技法が発展し、1781年には尾張藩から有松の商人に絞り製造の独占権が与えられ一大産業に成長しました。豆絞り・三浦絞り・嵐絞り・雪花絞りなど、最盛期には100種類を超える技法が生み出され、現在も70種類以上が受け継がれています。1975年には愛知県で初めて国の伝統的工芸品に指定されました。近年は着物にとどまらず、海外ブランドとのコラボレーションなど新しい表現にも挑戦が続いています。

名古屋友禅
染物愛知

名古屋友禅

Nagoya Yuzen

名古屋友禅は愛知県名古屋市を中心に作られる染めの着物で、京友禅の華やかな色使いとは対照的に、渋みを帯びた落ち着いた配色を特徴とします。起源は江戸時代前期、尾張藩主・徳川宗春が積極的な繁栄政策をとった1730年代に、京都や江戸から尾張へ多くの友禅師が往来し、その技法が伝わったことに始まるとされます。宗春の失脚後は倹約令が敷かれ、単彩濃淡でまとめる控えめな配色へと洗練されていきました。江戸時代末期には型紙を用いる「型友禅」の産地基盤が確立し、大正期には家紋を染め抜く「黒紋付染」も加わりました。現在は手描友禅・型友禅・黒紋付染の3技法を総称して名古屋友禅と呼び、1983年に国の伝統的工芸品に指定されています。

伊勢形紙
染物三重

伊勢形紙

Ise Katagami (Ise Paper Stencils)

伊勢形紙(いせかたがみ)は、着物の生地に柄や文様を染めるための型紙で、三重県鈴鹿市の白子・寺家・江島地区を中心に作られています。「伊勢型紙」とも書きます。美濃和紙を柿渋で貼り合わせた「型地紙(かたじがみ)」に、細かな刃先の彫刻刀で文様を彫り抜いて作ります。友禅や小紋、浴衣などの染めに使われ、小紋ではそのほとんどが伊勢の型紙で染められるといわれます。起源には諸説ありますが、室町時代末期には型紙が使われていたと考えられています。江戸時代には紀州藩の保護を受け、型売り商人が全国を行商して名を広めました。彫刻には錐彫・突彫・道具彫・縞彫の4つの技法があります。1955年に技術が国の重要無形文化財に指定され、1983年には「伊勢形紙」の名で国の伝統的工芸品に指定されました。近年は照明や額装品、建具など、インテリアへの活用も広がっています。

鴨川萬祝染
染物千葉

鴨川萬祝染

Kamogawa Maiwaizome

鴨川萬祝染は、房総半島の漁村で生まれた大漁祝いの晴れ着「萬祝(まいわい)」を染め上げる伝統的な染色技法です。江戸時代後期、大漁を得た網元が乗子や関係者に晴れ着を配る風習が房総の漁村で生まれ、鶴・亀・松竹梅・宝船・鯛などの縁起の良い図柄を、藍地に白く染め抜いたり多彩な色彩で大胆に描いたりする独特の意匠が発展しました。歌川貞秀の浮世絵にも萬祝姿の漁師が描かれており、江戸後期には特別な晴れ着として定着していたと考えられています。この染色文化は太平洋沿岸を北は青森から南は静岡まで広く伝わりましたが、戦後は漁業の変化や後継者不足により多くの産地で途絶えました。現在、鴨川市では「鈴染」が伝統の型染め技法を今に伝える数少ない継承者として、萬祝染の着物や小物づくりを続けています。1997年(平成9年)には千葉県の伝統的工芸品に指定されました。

甲州武者のぼり・鯉のぼり
染物山梨

甲州武者のぼり・鯉のぼり

Koshu Musha Nobori and Koinobori

甲州武者のぼり・鯉のぼりは、山梨県南アルプス市で手染めされている端午の節句ののぼりです。戦国時代の戦陣にひるがえった旗指物(はたさしもの)や吹流しが、江戸時代後半に節句を祝うのぼりとして立てられるようになったのが起こりとされます。山梨では、子どもが武田信玄公のように強く育つよう願って武者のぼりが立てられてきました。その製作を受け継ぐのが、江戸時代末期に藍染めから始まった南アルプス市古市場の井上染物店です。木綿の布に糊で輪郭を描き、顔料や染料を重ねる「本染め」で、勇ましい武者や鯉を色鮮やかに染め上げます。すべて手作業で、完成までに2週間以上かかるといいます。平成6年(1994年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。近年は、室内に飾れる小さな鯉のぼりなども作られています。

浜松注染そめ
染物静岡

浜松注染そめ

Hamamatsu Chusen Zome (Hamamatsu Pour-Dyed Textiles)

浜松注染そめ(はままつちゅうせんそめ)は、静岡県浜松市で受け継がれている型染めの一種です。注染は明治時代に考案された日本独自の染色技法です。型紙で防染糊を置いた木綿の生地を台に乗せ、上から染料を注いで下へ抜くことで染め上げます。生地の表と裏が同じ濃さに染まり、にじみやぼかしを生かした柔らかな風合いに仕上がります。浜松では明治20年代に手ぬぐいの染めから始まり、大正時代には浴衣染めが仕事の中心になりました。豊かな地下水や川の水、乾いた遠州の風に恵まれ、東京・大阪と並ぶ浴衣の産地として発展しています。現在は浴衣や手ぬぐいのほか、のれんや浜松まつりの手ぬぐいなども染められています。静岡県の郷土工芸品に指定され、市内の染工場が技を守り続けています。

武州正藍染
染物埼玉

武州正藍染

Bushu Shoai-zome

埼玉県北部の羽生市・加須市・行田市周辺で受け継がれてきた藍染めの技法で、藍の葉を自然発酵させてつくる「正藍」染料を用いる点が最大の特徴です。江戸時代後半の天明期(1781〜1789年)頃から、利根川流域の肥沃な土壌を生かして藍の栽培が広まり、農家の主婦が農閑期に家族の衣服を染めたことが始まりとされます。明治期には一大産業へと発展し、明治40年代には羽生町を中心に200軒以上の紺屋(染物屋)が軒を連ねました。糸の状態で染める「糸染め」と、布にしてから染める「型染め」(青縞)の2つの技法があり、武州ではおよそ7割が糸染めによるものです。天然発酵建ての藍は化学染料にはない深みのある色合いを持ち、色があせるほどに美しさが増すとされることから「ジャパンブルー」の名でも親しまれています。埼玉県伝統的手工芸品に指定され、2008年には地域団体商標にも登録されました。

郡上本染め
染物岐阜

郡上本染め

Gujo Honzome

郡上本染めは岐阜県郡上市八幡町に伝わる藍染めで、鯉のぼりなどの幟旗を染める筒描きの技法を特徴とする染物です。起源は安土桃山時代の天正年間(1573〜1592年)に遡るとされ、清流・長良川の支流である吉田川の豊かな水に恵まれた八幡町で400年以上にわたり受け継がれてきました。もち米から作る防染糊「真糊」を絞り袋で生地に絞り出す筒描きや、型紙を用いる型染めで文様の輪郭を糊置きし、天然藍で十数回も染め重ねることで、深く冴えた藍色に染め上げます。1977年(昭和52年)には岐阜県の重要無形文化財に指定され、現在も郡上市八幡町の渡辺染物店が15代にわたり技術を継承しています。毎年大寒の前後に吉田川で行われる「鯉のぼりの寒ざらし」は、郡上八幡の冬の風物詩として親しまれています。

浪華本染め
染物大阪

浪華本染め

Naniwa Honzome (Chusen Dyeing)

浪華本染め(なにわほんぞめ)は、明治20年(1887年)ごろに大阪で生まれた「注染(ちゅうせん)」の技法で染める手拭いやゆかたです。注染は、防染糊を置いた生地を何枚も折り重ね、上から染料を注いで染める日本独自の染色法です。染料が糸の芯まで通るため、表裏の区別なく同じ柄・同じ色に染まり、色あせしにくいのが特徴です。手染めならではの、ぼかしの柔らかな風合いも魅力です。生地には、堺で400年続くとされる木綿の晒し「和晒(わざらし)」を使います。第二次世界大戦の戦災で大阪市内の注染業者が堺へ移り、石津川沿いの津久野・毛穴地域が主な産地となりました。2019年(令和元年)11月20日に国の伝統的工芸品に指定されています。「浪華本染めゆかた」と「浪華本染め手拭い」は、それ以前から府の伝統工芸品に指定されていました。

京黒紋付染
染物京都

京黒紋付染

Kyo-kuromontsuki-zome

京黒紋付染は、絹織物を深みのある黒色に染め上げ、家紋を正確に染め抜く京都の染色技術で、婚礼で着る黒留袖や葬儀用の喪服などに用いられる。染めの技法には、模様のある黒留袖などに使う「引染」と、無地の喪服などに使う「浸染」の2種類があり、染料には紅や藍などを重ねて用いることで、単に黒く染めるだけでなく、深みと艶のある独特の黒色を生み出す点が特徴である。染め上がった生地には家紋を白く染め抜く紋章上絵の技術も欠かせない。全国で生産される黒紋付のうち9割以上を京都が占めるとされ、1976年に国の伝統的工芸品に指定された。

庄内刺し子
染物山形

庄内刺し子

Shonai Sashiko

庄内刺し子は酒田市を中心とする庄内地方に伝わる伝統の刺し子で、青森県の「こぎん刺し」「南部菱刺し」と並ぶ日本三大刺し子の一つに数えられます。稲作中心で綿花栽培に向かない庄内地方では衣類の自給が難しいという事情がありました。そこで江戸時代中期、北前船の交易によって京都・大阪から入ってきた古着や古布を、布目にかまわず重ね刺しして丈夫な野良着を仕立てたことが始まりとされています。藍染めの木綿布に白い木綿糸で細かい針目を刺し、保温性や耐久性を高めるとともに、魔除けの意味も込められました。「米刺し」「うろこ刺し」「菱刺し」など約40種の基礎刺しがあり、豊年満作や大漁祈願、家族の健康といった願いを込めた幾何学模様が特徴です。昭和58年(1983年)には愛好者らが「平田さしこの会」を結成し、技術の継承に取り組んでいます。

京鹿の子絞
染物京都

京鹿の子絞

Kyo-kanoko Shibori

京鹿の子絞は、生地を糸で一粒ずつ括って防染し、染め分けることで模様を表す京都の絞り染めで、仕上がった模様が子鹿の背の斑点に似ていることからその名がついたとされる。疋田絞りや一目絞りなど多数の括り技法を組み合わせ、精緻な括り粒とあざやかな色の染め分けが生み出す立体感が特徴で、すべての工程が手仕事によって行われるため、機械染めにはない独特の潤いと温かみを持つ。室町から江戸時代初期にかけて辻が花染として盛んになり、江戸中期の元禄期に全盛を迎えた。起源はインドとされ、7世紀ごろに日本へ伝わったとする説があり、日本書紀にも絞り染めに関する記述が見られるなど古い歴史を持つ。1976年に国の伝統的工芸品に指定された。

横浜スカーフ
染物神奈川

横浜スカーフ

Yokohama Scarf

横浜スカーフは、1859年の横浜開港を機に発展した生糸・絹織物の輸出産業を背景に生まれた神奈川県横浜市の伝統的工芸品です。開港とともに横浜に集まった浮世絵の絵師・摺師の技術と、輸出の中心であった生糸・絹製品が結びつき、絹ハンカチーフやスカーフの捺染産業として発展しました。昭和初期にはスクリーン捺染の技術が確立され、型紙に染料を乗せてへらで刷り込む「手捺染」による繊細な染めが世界的な評価を得ました。高度経済成長期には輸出で世界シェアの8割、1976年頃には国内生産量の9割を占めるまでに成長しましたが、その後は円高や海外生産移転により生産規模は縮小しています。それでも横浜の職人による手捺染の技術は今も受け継がれ、神奈川県指定伝統工芸品として認定されています。

黒羽藍染
染物栃木

黒羽藍染

Kurobane Aizome

黒羽藍染は栃木県大田原市黒羽地区に伝わる藍染で、文化・文政年間(1804〜1829年頃)に初代・紺屋新兵衛が黒羽の地に藍甕を埋め込み紺染めを始めたのが起源と伝わる。徳島産のすくもにふすまや石灰、日本酒などを加えて藍甕の中でさらに発酵させた液で布を染める伝統的な技法を用い、松の根を燃やして作る松煙墨と大豆汁による下染め「紺染め」を組み合わせることで、色あせしにくい深く濃い藍色に染め上がるのが特徴である。約200年にわたり藍甕を守り続けてきた「黒羽藍染紺屋」が現在もこの技術を継承する唯一の店として知られ、栃木県指定伝統工芸品にも指定されている。黒羽は俳人・松尾芭蕉が「おくのほそ道」の旅で13泊14日間という最長の逗留をした地としても知られ、江戸時代から続く商家町の面影とともに藍染の文化が息づいている。

東京染小紋
染物東京

東京染小紋

Tokyo Some Komon

東京染小紋は、伊勢型紙と呼ばれる精緻な型紙を用い、一色の色糊で極小の柄を染め上げる江戸生まれの型染め技法である。小紋そのものの発達は室町時代にさかのぼるとされるが、江戸時代初期になると、諸大名家が江戸屋敷で着用する裃(かみしも)に、家ごとに定めた細かな柄を染めるようになったことから発展した。江戸には全国の大名家が集まったため小紋の需要が大きく高まり、やがて武士の裃柄が庶民の間にも広まって、江戸時代中頃からは町人文化の中で親しまれる染物として花開いた。代表的な柄である「鮫」「行儀」「角通し」は特に格式が高いとされ「江戸小紋三役」と呼ばれる。柄は0.5〜1ミリほどの極めて小さな点や線で構成され、極鮫柄では3センチ四方に千個もの点が寸分の狂いなく染め抜かれる緻密さが最大の特徴である。遠目には無地に見えながら近づくと繊細な文様が浮かび上がる「粋」の美意識を体現した染物として、女性の着物の「華」として今日まで親しまれ、1976年(昭和51年)に国の伝統的工芸品に指定された。

南部古代型染
染物岩手

南部古代型染

Nanbu Kodai Katazome

南部古代型染は、盛岡市に伝わる型染めの技法です。寛永年間(1624〜1643年)、南部藩主が京都から蛭子屋三右衛門(小野家)を御用染師として招き、裃や小袖、鎧下などに型紙を使って南部家の家紋「向鶴」や小菊、牡丹、千鳥といった文様を染めたことに始まると伝えられています。以来、小野家によって代々技術が受け継がれ、藩政期から伝わる型紙は300種類以上にのぼります。藍を基調とした落ち着いた色合いと、一枚の型紙から丁寧に染め出される文様の美しさが特徴で、着尺や帯などの和装小物から、現代の生活に取り入れやすいテーブルセンターまで幅広く手がけられています。現在も盛岡市内の工房でその伝統が守り継がれています。