
桑名のはまぐりは、三重県桑名市の沖でとれるハマグリと、それを使った料理です。桑名は木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川が伊勢湾に注ぐ河口に位置します。川の淡水と海水が交わる栄養豊かな漁場で育つため、身が大きくふっくらとし、濃厚な味わいがあります。日本在来種のヤマトハマグリで、地元では「地はまぐり」とも呼ばれます。江戸時代、桑名は東海道の宿場町として栄え、焼き蛤は旅人に人気の名物でした。「その手は桑名の焼き蛤」という言葉遊びが生まれるほど、広く知られていました。たまり醤油などで煮しめた時雨蛤(しぐれはまぐり)も、桑名を代表する名産です。一時は漁獲量が激減しましたが、漁業者による資源回復の取り組みが続けられています。2024年度(令和6年度)には「桑名焼き蛤」が文化庁の「100年フード」に認定されました。
発祥
桑名のハマグリは、木曽三川の淡水と伊勢湾の海水が混じり合う汽水域で育ちます。桑名の蛤は古くから評判が高く、江戸時代には将軍家への献上品として珍重されました。豊臣秀吉の時代には、桑名の貝屋の間で、煮しめた蛤がすでに保存食として食べられていたとされます。これが、のちに名産となる時雨蛤のもとになったと考えられています。
歴史
1601年(慶長6年)に東海道が定められると、桑名宿と宮宿(現在の名古屋市熱田区)は「七里の渡し」と呼ばれる海路で結ばれました。伊勢国の玄関口となった桑名宿では、焼き蛤が名物として旅人に親しまれ、浮世絵や『東海道中膝栗毛』にも登場します。一方、昭和40年代に年間2,000〜3,000トンあった漁獲量は、埋め立てや地盤沈下の影響で減り、1995年(平成7年)には0.8トンまで落ち込みました。
特徴
焼き蛤は、殻付きのハマグリを火にかけて焼き上げる料理です。松ぼっくりでいぶしながら焼く方法は東海道の浮世絵にも描かれ、地元の飲食店が研究を重ねて復活させました。時雨蛤は、ハマグリのむき身を、刻んだしょうがとともにたまり醤油などで煮しめたものです。秋から冬に降る「時雨」の頃に作るものがおいしいことが名前の由来とされ、松尾芭蕉の弟子・各務支考(かがみしこう)が名付けたという説もあります。
主な食材
食文化
桑名では、焼き蛤のほか、刺身や酒蒸し、しゃぶしゃぶ、雑炊など、さまざまな料理でハマグリが味わわれます。時雨蛤はご飯によく合い、ご飯にのせたり、おにぎりの具やお茶漬けにしたりして食べられています。
有名店
桑名 丁子屋
三重県桑名市寿町3-56-1
江戸時代から続くとされる蛤料理の店で、近鉄・JR桑名駅から徒歩5分ほどです。松ぼっくりの香りでいぶしながら焼き上げる焼き蛤が名物です。刺身や治部煮、雑炊などが並ぶ「蛤づくし」は要予約で、11,000円程度からです。
食堂はまかぜ(はまぐりプラザ)
三重県桑名市赤須賀86-21
赤須賀漁港にある「はまぐりプラザ」内の食堂で、桑名の天然ハマグリを自分で焼いて食べられます。焼き蛤の定食は2,700円程度で、予約が必要とされます。はまぐり丼やはまぐりうどんもあり、1階では桑名のハマグリについての展示も見られます。
詳細を見る →| 総本家新之助貝新 時雨蛤 | 桑名市の総本家新之助貝新は、慶長年間(1596〜1615年)創業とされる時雨煮の老舗です。赤須賀漁港でとれる大ぶりの蛤を、創業以来の秘伝のたれで甘辛く煮た時雨蛤を販売しています。桑名市末広町の本店には、志ぐれ茶漬を食べられるイートインもあります。 |
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よくある質問
Q. 「その手は桑名の焼き蛤」とはどういう意味ですか?
A. 「その手は食わない」、つまり「そんなうまい話にはだまされない」という意味の言葉遊びです。地名の「桑名」と「食わな(い)」をかけ、桑名名物の焼き蛤を続けたものです。江戸の町人の間で好んで使われたといわれ、焼き蛤がそれだけ有名だったことがうかがえます。
Q. 桑名のはまぐりはなぜ希少なのですか?
A. 戦後の埋め立てや堤防建設、地盤沈下などでハマグリが育つ干潟が減り、漁獲量が大きく落ち込んだためです。現在は漁協が漁獲サイズや漁獲量、出漁日を制限し、稚貝の放流も行って資源を守っています。そのため、市場に出回る量は限られています。