
五家宝は、蒸したもち米を炒って作った麦芽(おこし種)を水飴で棒状に固め、外側にきな粉をまぶした埼玉県熊谷市発祥の郷土菓子です。中山道の宿場町として栄えた熊谷では、良質な「石原米」や大豆、水飴の原料となる大麦が豊富に取れたことから、文政年間(1818〜1829年)頃に「五嘉棒」の名で売り出されたのが始まりと伝えられます。その後「五穀は家の宝である」という願いを込めて「五家宝」の字が当てられるようになりました。発祥については群馬の菓子商に由来する説や下総国五霞村を起源とする説など複数の説があり、諸説入り混じりながら北関東一帯に広まった歴史を持ちます。きな粉の香ばしさと水飴のやさしい甘さ、もちもちとした食感が特徴で、現在も熊谷市内の老舗菓子店を中心に製造が続けられています。
発祥
熊谷は中山道の宿場町として栄え、良質な「石原米」や大豆、水飴の原料となる大麦が豊富に収穫できたことから、菓子づくりに適した土地でした。文政年間(1818〜1829年)頃に「五嘉棒」の名で売り出されたのが起源とされます。起源には諸説あり、群馬の菓子商が水戸の銘菓「吉原殿中」を参考に「五ケ宝」として売り出したとされます。その評判を聞いた武蔵国大里郡玉井村(現熊谷市)の者が模倣して持ち帰ったとする説も伝わります。
歴史
天保14年(1843年)に玉井村出身の者が熊谷宿で店を構えて改良したという説や、1850年頃に下総国五霞村で開発されたという説があります。ほかにも天明の大飢饉(1782〜1788年)の際、武蔵国奈良村の名主が被災者へ焼き米を配り、後に江戸の菓子職人へ製菓を依頼したとする説も伝わります。名称は「五嘉棒」から「五嘉宝」「五箇宝」を経て、「五穀は家の宝である」との願いを込めた「五家宝」に定着しました。2021年度には文化庁「100年フード」伝統部門に認定され、有識者特別賞も受賞しています。
特徴
蒸したもち米で作ったおこし種を水飴で棒状に固め、外側にきな粉をまぶした干菓子で、もちもちとした食感ときな粉の香ばしさ、水飴の優しい甘さが特徴です。原料は大豆・もち米・水飴・砂糖のみとされ、保存料や化学調味料は使わないため賞味期限は10日〜2週間程度と短めです。紅白に染め分けたものや、うぐいすきな粉を使ったものなど店ごとに個性があり、草加せんべい・川越の芋菓子と並ぶ埼玉三大銘菓の一つに数えられます。