横浜芝山漆器は、貝殻や象牙、鼈甲などを彫り込んで漆器の表面にはめ込み、花鳥風月の文様を立体的に浮かび上がらせる象嵌技法の工芸品です。技法自体は江戸時代後期、上総国芝山村(現・千葉県芝山町)出身の大野木専蔵が江戸で考案した「芝山象嵌」に由来し、幕末の横浜開港を機に貿易港・横浜で海外向けの輸出工芸品として独自の発展を遂げました。明治期には欧米での評価が高く、最盛期には100人近い職人が横浜に集まりましたが、関東大震災や第二次世界大戦による被害、輸出需要の減少により職人は激減しました。現在、大型作品まで手がけられる現役の職人は宮﨑輝生氏ただ一人とされ、国内に残る作品自体も数少ない、極めて希少な伝統技術です。
発祥
芝山象嵌の技法は、江戸時代後期の安永年間、上総国芝山村(現・千葉県芝山町)出身の大野木専蔵(1775年生まれ)が江戸に出て考案したとされます。貝殻や象牙、鼈甲などを花鳥人物の形に彫り、器物の表面を彫り込んではめ込むことで文様を立体的に浮かび上がらせる技法で、名は考案者の出身地である芝山村に由来します。
歴史
幕末の横浜開港を機に、幕府直参の武士であった村田鋼平がこの技法を横浜からの輸出品として発展させました。1893年のシカゴ万博での入賞をきっかけに横浜独自の芝山漆器が確立し、明治期には欧米での評価を得て最盛期には100人近い職人が横浜に集まりました。しかし関東大震災や第二次世界大戦の被害、海外輸出需要の縮小により職人は激減し、現存する作品も国内には数少なくなっています。
特徴
白蝶貝や夜光貝などの貝類、象牙、鼈甲を花鳥風月の形に彫り込み、漆器の表面を彫ってはめ込むことで、蒔絵とは異なる立体的な装飾効果を生み出す点が特徴です。本来は塗師・蒔絵師・象嵌師による分業でしたが、職人の減少により現在は一人の職人がすべての工程を手がけるようになっています。現存する職人は極めて少なく、技術の継承自体が大きな課題となっています。
技法
芝山象嵌
貝殻や象牙、鼈甲などを花鳥人物の形に彫り、漆器の表面を同じ形にくり抜いてはめ込むことで、蒔絵にはない立体的な文様を浮かび上がらせる技法。本来は塗師・蒔絵師・象嵌師の分業で仕上げられていた。
使用される素材
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職人・工房
宮﨑輝生
三代続く横浜芝山漆器職人の家に生まれ、70年以上にわたり技術を継承してきた現役唯一の職人。2019年に神奈川文化賞を受賞し、後進の育成にも取り組んでいる。
体験施設
横浜市技能文化会館(匠プラザ)
神奈川県横浜市中区万代町2-4-7
1986〜87年に伝統技能記録保存事業として製作された芝山漆器の印籠型作品2点を常設展示。開館時間9:00〜22:00(受付は19:00まで)、第2水曜・年末年始休館。
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