1 / 2現川焼(うつつがわやき)は、長崎市現川町で江戸時代に焼かれた陶器です。1691年(元禄4年)、諫早家(いさはやけ)の家臣だった田中刑部左衛門(ぎょうぶざえもん)が職を退き、次男の甚内(じんない)とともに窯を開いたとされます。鉄分の多い土は焼くとチョコレート色になり、その上に白い化粧土を刷毛で施す「刷毛目(はけめ)」が最大の特徴です。舟形や隅切りなどの大胆な形と四季の図柄も評価され、「西の仁清(にんせい)」と称されました。しかし窯はわずか60年ほどで途絶え、残る作品も少ないことから「幻の焼き物」と呼ばれています。明治以降、再興の試みが続き、佐世保市の臥牛窯(がぎゅうがま)などが技法を再現してきました。開窯の地に残る窯跡は、長崎県の史跡に指定されています。
発祥
諫早家の記録『日新記』によると、1691年に諫早家の被官(家臣)だった田中刑部左衛門が職を退き、次男の甚内を伴って開窯したとされます。創始者たちは有田から来たとも紹介されています。窯の上には1704年(宝永元年)建立の窯観音があり、田中宗悦(刑部左衛門)、甚内、重富茂兵衛らに関する銘が刻まれています。
歴史
現川焼は1748年(寛延元年)ごろまで、約60年間焼かれました。途絶えた理由は藩の財政事情とされています。明治期には馬場藤太夫や檀野勝次が再興を試みましたが、長くは続きませんでした。その後、佐世保市の臥牛窯の12代横石臥牛が技法の再現に成功し、13代がその完成度を高めたと紹介されています。
特徴
鉄分の多い現川の土は、焼き上がるとチョコレートのような色になります。その上に白化粧土を刷毛や筆で施し、濃淡のある模様を描き出すのが特徴です。器の形は舟形や隅切りなど大胆で、藤の花や蝶など四季の図柄が添えられます。「京の仁清、西の現川」と並び称されたと伝えられ、刷毛目文様の極致とも評されています。
技法
打ち刷毛目
刷毛で白化粧土を打ちつけるように施し、刷毛の跡を模様として残す技法です。長崎市の記事では、フグの薄造りを思わせる模様と表現されています。現川焼を代表する技法の一つです。
吹き刷毛目
白化粧土に息を吹きかけて広げ、霞がかかったような神秘的な模様を生む技法です。打ち刷毛目とともに、現川焼の最大の特徴とされています。臥牛窯では「霙刷毛(みぞれはけ)」も伝統技法として紹介されています。
生乾きでの仕上げ
臥牛窯では、ろくろで挽いた器を半乾きの柔らかい状態のまま、削りや取っ手付け、化粧、絵付けまで進めることが秘法の核心だと説明しています。
使用される素材
制作工程
- 1
ろくろ成形
鉄分の多い土をろくろで挽き、器の形を作ります。臥牛窯では、ここから半乾きの状態で次の作業へ進みます。
- 2
削り・取っ手付け
生乾きの柔らかい素地を削って形を整え、必要に応じて取っ手などを付けます。
- 3
化粧・刷毛目・絵付け
下地の化粧を施し、色を付けた後、器の内側に刷毛目を入れます。続いて絵付けをします。
- 4
素焼き・施釉・本焼成
よく乾燥させてから素焼きし、釉薬をかけて本焼きします。焼き上がると土がチョコレート色になり、白い刷毛目が浮かび上がります。
| 主な産地 |
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職人・工房
臥牛窯
1602年に木原皿山(現在の佐世保市木原町)で開窯したと伝わる窯元です。12代が現川焼の技法を再現し、13代横石臥牛兄弟が完成させたとされます。12代と13代は長崎県の無形文化財に指定されたとされ、2020年に15代が当主を襲名しています。
公式サイト →購入方法
- 臥牛窯のオンラインショップ
- 臥牛窯は自社のオンラインショップで器を販売しています。クラウドファンディングの案内では、現川焼の技法によるビール用のコップが税込23,760円〜27,000円と紹介されていました。価格は変わることがあります。購入先を見る →PR
体験施設
よくある質問
Q. 現川焼はなぜ「幻の焼き物」と呼ばれるのですか?
A. 江戸時代に焼かれたのは約60年と短く、現存する作品がとても少ないためです。途絶えた後、約200年にわたって技法を再現できる人がいなかったことも、その呼び名につながったとされています。