
小樽ガラスは、北海道小樽市で発展したガラス工芸の総称です。始まりは1901年、九州から北海道に渡った浅原久吉が小樽で創業した浅原硝子による石油ランプの製造でした。1910年からは漁業用の浮き玉の製造も始まり、小樽・室蘭・旭川・釧路・樺太にまで工場を広げるほどの規模に発展しました。しかし電気や石油ストーブの普及でランプが衰退し、浮き玉もガラス製からプラスチック製へと移行したことで、小樽のガラス製造業者は1960年には浅原硝子一社のみとなりました。1971年、浅原硝子は社名を北一硝子に改め、かつて生活必需品だった石油ランプをあえて店頭に並べたところ、旅行者の間でインテリアとして評判となり、産業用ガラスから工芸品・生活雑貨としてのガラスへと転換を遂げました。現在は北一硝子や大正硝子など複数の工房・ショップが小樽運河周辺に集積し、吹きガラス体験ができる観光地としても知られています。
発祥
小樽ガラスの起源は1901年(明治34年)、薩摩切子の発祥地である九州から北海道に渡った浅原久吉が小樽で創業した浅原硝子にさかのぼります。当初は石油ランプの製造が中心でしたが、1910年(明治43年)からはニシン漁など北海道の漁業に欠かせない浮き玉の製造も開始しました。事業は小樽だけでなく室蘭・旭川・釧路・樺太にも工場を広げるほどに拡大し、従業員数は約400名に達して当時の北海道有数の企業に数えられました。
歴史
電気や石油ストーブの普及でランプの需要が減り、漁業用の浮き玉もガラス製からプラスチック製へ置き換わったことで、小樽のガラス製造業者は1960年には浅原硝子一社のみとなりました。転機は1971年、浅原硝子が社名を北一硝子に改めたことです。役目を終えつつあった石油ランプをあえて店頭に並べたところ旅行者に評判が広がり、小樽ガラスは産業ガラスから工芸品・観光土産へと道を歩み始めました。以後、大正硝子など工房も加わり、小樽運河周辺は多くのガラスショップが集まる観光地となりました。
特徴
小樽ガラスの特徴は、石油ランプや漁業用浮き玉の製造という実用的な産業から出発し、観光地としての発展の中で吹きガラスの工芸品・生活雑貨へと変化を遂げてきた点にあります。かつての浮き玉製法を生かした丸い気泡やゆらぎのあるガラス質感を生かした作品が多く、和ガラスからステンドグラス、アクセサリーまで幅広い製品が作られています。現在も市内に複数の工房があり、実際に職人が制作する様子を見学したり、吹きガラス体験に参加したりできる点も魅力です。
技法
宙吹き(吹きガラス)
型を使わず、吹き竿の先で息を吹き込みながら手作業で成形する技法。同じ形は二つとなく、職人の技量と感覚が仕上がりを左右する。
浮き玉の再利用ガラス工芸
かつて漁業用に作られていた浮き玉の製法や質感を生かし、丸みのある気泡やゆらぎを持つガラス製品として発展させたのが小樽ガラスの特色のひとつ。
使用される素材
制作工程
- 1
調合・溶解
ケイ砂などの原料やリサイクルガラスを高温の窯でじっくりと溶かし、成形に適した粘りのあるガラス種の状態にする。
- 2
吹き成形
吹き竿の先に溶けたガラスを巻き取り、息を吹き込みながら回転させ、道具や型を使って器や花瓶の形を整えていく。
- 3
徐冷
成形した製品を徐冷炉に入れ、時間をかけてゆっくりと冷やすことでガラス内部に生じるひずみや割れを防ぐ。
- 4
仕上げ
口元など余分な部分を切り落とし、研磨や色付け、装飾を施したのち検品を経て製品として完成させる。
| 主な産地 |
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職人・工房
購入方法
- 北一硝子三号館
- 明治24年建造の漁業用倉庫を改装した小樽ガラスの代表的な店舗。和ガラス・洋ガラス・カントリー調ガラスなど幅広い商品を扱う。購入先を見る →PR
- 大正硝子館
- 小樽運河周辺で複数店舗を展開するガラス専門店。グラスや花瓶など生活雑貨からアクセサリー、体験工房まで幅広く取り扱う。購入先を見る →PR
体験施設
よくある質問
Q. 小樽ガラスはなぜ観光土産として有名になったのですか。
A. 1971年に浅原硝子が北一硝子と改称し、役目を終えつつあった石油ランプをあえて店頭に並べたところ旅行者に評判となり、インテリア・工芸品としての人気が広がったためです。