尾戸焼

Odo-yaki (Odo Ware of Kochi)

尾戸焼 11 / 2

画像: Wikimedia Commons

尾戸焼(おどやき)は、高知市で作られている陶器です。1653年(承応2年)に土佐藩の藩窯(はんよう)として始まり、高知城の北にあった尾戸(現在の小津町)に窯が開かれたことからこの名があります。端正で薄作りの器が多く、淡い地肌に呉須(ごす)と呼ばれる藍色の顔料で、松竹梅や雲鶴、季節の草花などを描くのが特徴です。江戸時代には茶道具を中心に作られ、将軍家や諸大名への贈答品にも用いられて、土佐の国焼として知られました。1820年(文政3年)に窯は能茶山(のうさやま)へ移り、明治時代に藩窯が廃止されると、技は民間の窯に受け継がれました。現在は高知市鴨部(かもべ)にある「谷製陶所」と「土居窯」の2軒が伝統を守っています。底がとがって飲み干すまで置けない「べく杯(はい)」や、底が平らで倒れにくい「舟徳利(ふなどっくり)」など、酒どころ高知らしい酒器も人気です。

発祥

1653年、土佐藩2代藩主・山内忠義の時代に、大坂から陶工の久野正伯(くのしょうはく)を招き、高知城北側の尾戸に窯を開いたのが始まりです。開窯を主導したのは家老の野中兼山だったとされます。藩主が趣味で焼かせる「御庭焼(おにわやき)」の性格もあわせ持っていました。名称は地名の「小津(おづ)」が転じたものといわれます。

歴史

正伯の技は山崎平内や森田久右衛門に受け継がれました。17世紀後半から18世紀初めには、茶道具などの高級品が中心でした。1727年(享保12年)の大火で窯場が焼けた後に再建され、日用品も多く作られるようになります。1820年に窯は能茶山へ移り、明治に至るまで磁器も焼かれました。1871年(明治4年)に藩窯が廃止されると、能茶山周辺に民間の窯が開かれました。

特徴

器は端正で薄作りのものが多く、淡い地肌に呉須の藍色で絵付けします。絵柄は松竹梅や雲鶴、山水、季節の草木など伝統的なものです。陶土には能茶山の土が使われてきました。谷製陶所では、工房の裏手にある能茶山の草花を手本に絵付けしています。焼成によって桃色の窯変(ようへん)が現れ、一つひとつ表情が異なります。

技法

呉須の絵付け

淡い色の地肌に、呉須と呼ばれる藍色の顔料で筆を使って絵を描きます。松竹梅や雲鶴、季節の草花などの絵柄が多く、薄作りの端正な器と相まって、上品な印象に仕上がります。

灰釉(かいゆう)

木などを燃やした灰から作る釉薬をかけて焼く技法です。炎の当たり方や釉薬の濃淡によって、意図しない景色や土肌の表情が生まれます。谷製陶所では、藁灰(わらばい)の釉薬も自ら精製していると紹介されています。

使用される素材

陶土(能茶山の土)呉須(藍色の顔料)灰釉・藁灰釉
主な産地
  • 高知市鴨部(能茶山周辺)

職人・工房

谷製陶所

明治時代に尾戸焼が一般に広まったころに開窯したとされる窯元です。5代目の谷信一郎さんが作陶し、父の安雄さんが絵付けなどを担い、親子とも「土佐の匠」に選ばれています。工房裏の能茶山で土を掘り、1か月半かけて精製する土づくりを続けています。

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尾戸焼 土居窯

高知市鴨部にある窯元で、5代目の土居博幸さんが窯を担っています。高知市の案内では、優美でやわらかな作風と紹介されています。茶道具や民芸品のほか、舟徳利を小さくした一輪挿しやマグカップも作っています。

公式サイト →

購入方法

窯元のギャラリー
谷製陶所(高知市鴨部1366)にはギャラリーがあり、県外からも観光客が訪れると紹介されています。土居窯(高知市鴨部1311-1)でも、作業場に併設したギャラリーで4代目と5代目の作品を見て購入できます。購入先を見る →PR
はりま家本店
高知市の案内では、谷製陶所の器の販売場所として、はりまや橋近くの「はりま家本店」(高知市はりまや町1-1-28)が紹介されています。市の中心部で尾戸焼を手に取ることができます。購入先を見る →PR
通信販売
雑誌『サライ』の通信販売では、谷製陶所の舟徳利とべく杯、または灰釉の徳利とぐい呑みを組み合わせた酒器セットが、税込6,600円から紹介されています。価格は変わることがあります。購入先を見る →PR

体験施設

谷製陶所

高知県高知市鴨部1366

一般向けの陶芸教室や1日体験(要予約)を開いていると紹介されています。近隣の学校や幼稚園への出張体験教室も行っています。駐車場があります。問い合わせは088-844-4743です。

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よくある質問

Q. 「べく杯」とはどのような器ですか?

A. 底が独楽(こま)のようにとがっていて、酒を飲み干すまで卓に置けない杯です。谷製陶所では、赤茶の陶肌に白と青が淡く色づいたべく杯を作っています。酒席を楽しむ高知らしい器として、舟徳利と組み合わせて紹介されています。

Q. 「舟徳利」はなぜ底が広いのですか?

A. 底を平らで広くして安定させ、揺れる船の上でも倒れにくく、酒をこぼしにくくするためです。谷製陶所の舟徳利は1合サイズと紹介されています。土居窯では、舟徳利を小さくした一輪挿しも作っています。

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