小幡人形は滋賀県東近江市五個荘小幡町に伝わる伝統的な土人形で、1994年に滋賀県伝統的工芸品に指定されました。享保年間(1716~1736年)、京都との飛脚業を営んでいた安兵衛が、当時人気を集めていた京都・伏見人形の製法を学び持ち帰ったことが始まりと伝えられています。旧中山道沿いの工房では、今も木型・土型を用いた昔ながらの製法が受け継がれ、素朴な土の風合いに桃色や群青色を中心とした鮮やかな彩色を施すのが特徴です。長年にわたり数百種ともいわれる型が蓄積され、節句人形や干支にちなんだ土鈴など、季節や縁起にまつわる多彩な品が作られてきました。近江商人ゆかりの町並みに溶け込む郷土玩具として親しまれる一方、後継者は初代安兵衛から数えて九代目にあたる細居源悟氏ただ一人となっており、地域では保存継承に向けた取り組みも続けられています。
発祥
小幡人形の起源は江戸時代中期の享保年間(1716~1736年)にさかのぼるとされます。東近江市五個荘小幡町で京都への飛脚業を営んでいた安兵衛が、道中の盗難などを機に転業を考え、当時京都で人気を博していた伏見人形の製法を学んで持ち帰ったのが始まりと、細居家に伝わる口伝で語られています。旧中山道沿いのこの地に窯と工房が構えられ、以来、地域に根差した郷土玩具として作り続けられてきました。
歴史
安兵衛を初代として、小幡人形づくりは細居家によって代々受け継がれてきました。昭和後期には後継者不足が深刻化し、1983年には保存後援会が設立されるなど、地域を挙げて技術の継承が図られています。1994年には滋賀県伝統的工芸品に指定され、1984年・1992年・1995年には年賀切手の図柄にも採用されるなど、県内外にその存在が知られるようになりました。現在は初代安兵衛から数えて九代目にあたる細居源悟氏が、ただ一人の作り手として旧中山道沿いの工房で製作を続けています。
特徴
小幡人形の最大の特徴は、素焼きの土人形に施される鮮やかな色使いにあります。とりわけ桃色と群青色を基調とした彩色が印象的で、素朴な土の質感と相まって独特の愛らしさを生み出しています。江戸期から蓄積されてきた木型・土型を用いて成形する昔ながらの製法を守り、天神や恵比寿・大黒といった縁起物から、干支にちなんだ土鈴、節句人形まで、数百種ともいわれる幅広い品目が手作りされています。
技法
型を用いた成形
江戸期から蓄積されてきた木型・土型に粘土を押し込んで人形の形を抜き出す、京都・伏見人形以来の伝統的な製法を今に伝えている。
使用される素材
制作工程
- 1
型抜き
粘土を木型・土型に押し込んで人形の形を抜き出す。
- 2
乾燥
抜き出した生地を天日でじっくり乾かす。
- 3
素焼き
乾燥させた生地を窯で焼き、丈夫な土台に仕上げる。
- 4
彩色
胡粉で下地を整えたのち、桃色や群青色を中心に手作業で彩色する。
| 主な産地 |
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職人・工房
小幡人形 細居源悟
享保年間創業以来、初代安兵衛から数えて九代目にあたる小幡人形唯一の作り手。京都伏見人形の系譜を引く型を用いた製法を守り、旧中山道沿いの工房で節句人形や干支の土鈴などを手がけている。
購入方法
- 細居人形工房(小幡人形)
- 旧中山道沿いに工房を構える唯一の作り手、細居源悟氏のもとで人形を直接購入できる。節句人形や干支の土鈴など、手作業による多彩な品がそろう。
よくある質問
Q. 小幡人形と京都の伏見人形はどう違うのですか。
A. 小幡人形はもともと京都・伏見人形の製法を学んで始まったとされ、技法的なルーツを共有しています。ただし小幡人形は桃色や群青色を強調した独自の彩色が発達し、地域色豊かな郷土玩具として発展してきた点が異なります。