
南部鉄器は岩手県盛岡市と奥州市水沢を二大産地とする鉄鋳物で、約400年の歴史を持ちます。盛岡では17世紀中頃、南部藩主が京都から茶釜師を招いて茶の湯釜を作らせたのが始まりとされ、水沢では平安時代末期に奥州藤原氏が近江国から鋳物師を招いたのが起源と伝えられています。両地域は砂鉄や川砂、粘土、木炭など鋳造に適した資源に恵まれ、古くから鋳物づくりが盛んでした。1975年には経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定されています。質実剛健で丈夫、熱が均一に伝わり保温性に優れることから鉄瓶や急須、鍋、風鈴などが作られ、近年は海外でも茶器として高い人気を集めています。現在も焼型による手仕事の技法が受け継がれています。
発祥
盛岡の南部鉄器は17世紀中頃、南部藩主が京都から釜師を招き、茶の湯釜を作らせたことに始まるとされます。一方、水沢(現・奥州市)の鋳物は、平安時代末期に平泉を中心に東北を治めた奥州藤原氏が近江国から鋳物師を招いたことが起源と伝えられ、およそ950年の歴史があります。両地域とも砂鉄・川砂・粘土・木炭といった鋳造に適した資源が豊富だったことが、産地として発展した理由とされています。
歴史
盛岡では茶の湯釜づくりから発展し、江戸後期には湯を沸かすための小ぶりな「鉄瓶」が考案され庶民にも広まりました。水沢では日用鋳物の生産が古くから盛んで、鍋や農具なども手がけられてきました。両産地はそれぞれ独自に発展しながら「南部鉄器」として一括りに呼ばれるようになり、1975年(昭和50年)2月17日に通商産業大臣(現・経済産業大臣)指定伝統的工芸品に指定されました。現在は約74の事業所、約730名の職人が携わる産地となっています。
特徴
南部鉄器は「質実剛健・丈夫で長持ち」と評される重厚な鋳肌が特徴です。表面に施される「アラレ」文様や、漆と「お歯黒」(酢酸鉄溶液)を用いた着色による深い黒錆色の仕上げにより、優れた耐久性とさびにくさを実現しています。鉄瓶で沸かした湯は鉄分が溶け出しまろやかな口当たりになるとされ、直火にかけられる実用性の高さも魅力です。伝統的な「焼型」技法による一点ごとの手仕事と、量産向けの「生型」技法が併存しています。
使用される素材
制作工程
- 1
木型(規型)づくり
デザインの縦半面を鉄板に写し取り、鋳型作り用の木型を作る。
- 2
鋳型づくり
木型を回転させながら鋳物土を荒土・中土・肌土の順に塗り重ね、外側の鋳型を作る。
- 3
焼型
完成した鋳型の表面を約900度の高温で焼き固める。
- 4
中子づくり
鋳型よりひと回り小さい中子を川砂と粘土で作り、乾燥させる。鋳型との隙間が製品の厚みになる。
- 5
鋳込み・仕上げ
溶かした鉄を型に流し込み、冷えたら型を割って取り出す。漆やお歯黒で着色し仕上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
購入方法
- 岩鋳鉄器館
- 盛岡市の南部鉄器メーカー岩鋳が運営する資料館兼直売店。工房見学や鉄瓶・急須など幅広い商品の購入ができる。購入先を見る →PR