
三春駒は、現在の郡山市西田町高柴を発祥地とする木彫りの馬の郷土玩具で、青森県の八幡馬、宮城県の木下駒と並ぶ「日本三大駒」のひとつに数えられています。伝承によれば、平安時代の武将・坂上田村麻呂が791年頃の蝦夷征討で苦戦していた折、どこからともなく現れた木馬に助けられたことにちなみ、子どもの玩具「子育木馬(高柴木馬)」として作られ始めたのが起源とされます。江戸時代、馬の産地として知られた三春藩が野生馬を改良した名馬に「三春駒」と名付けたことから、玩具の呼び名としても広まりました。赤・黒・金色で彩色された白駒と黒駒があり、黒駒は子宝・安産・子育て、白駒は老後安泰・ぼけ封じの縁起物とされています。昭和29年(1954年)には日本で最初の年賀切手の図案にも採用された、全国的に知られる郷土玩具です。
発祥
伝承によれば、平安時代の武将・坂上田村麻呂が蝦夷征討で苦戦していた際、どこからともなく現れた木馬に助けられたことにちなみ、子どもの玩具「子育木馬」として作られ始めたのが起源とされます。この木馬は発祥地の地名にちなみ「高柴木馬」とも呼ばれ、当初は「三春駒」という名では呼ばれていませんでした。
歴史
「三春駒」という名称が定着したのは江戸時代のことです。馬産地として知られた三春藩では野生馬を改良して良馬を育てる政策がとられ、その名馬に「三春駒」の名が付けられました。この呼び名が、高柴の職人が作る木馬の玩具にも転用され、現在の名称として広まったと伝えられています。明治期に一度作り手が途絶えましたが、昭和に入り高柴の民芸品工房が復興させ、今日まで技術を受け継いでいます。
特徴
三春駒には赤・黒・金色で彩色された白駒と黒駒があり、たくましい馬体と素朴な木肌の質感が持ち味です。黒駒は子宝・安産・子育ての、白駒は老後安泰・ぼけ封じの縁起物とされ、家庭の縁起物として飾られてきました。昭和29年(1954年)の年賀切手(郷土民芸シリーズ)の図案に採用されるなど、日本を代表する郷土玩具として全国に知られています。
使用される素材
制作工程
- 1
木取り
木の丸太を、馬の胴体や脚となる部材の寸法に合わせて切り分ける。
- 2
彫り出し
小刀やのみを使い、馬の姿を大まかに彫り出していく。
- 3
組み立て
胴体に脚や頭部を組み付け、馬としての形を整える。
- 4
彩色
赤・黒・金色などの顔料で体色や鞍を描き、仕上げる。
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職人・工房
購入方法
- 彦治民芸
- 高柴デコ屋敷内の直売店で、木彫りの三春駒や三春張子人形を購入できる。郡山市西田町高柴舘野80-1。購入先を見る →PR