松代焼

Matsushiro-yaki (Matsushiro Ware)

松代焼 1

松代焼は、長野県長野市の松代地域を中心に焼かれてきた陶器です。真田家が治めた松代藩の奨励によって江戸時代後期に盛んになり、水がめやこね鉢、徳利など、暮らしに欠かせない実用の器が作られました。鉄分の多い地元の土で作った黒茶色の地肌に、青緑色の釉薬が流れるように掛かり、一つひとつ異なる模様が生まれるのが特徴です。この青緑色は顔料ではなく、地元で採れる白土や銅を調合した釉薬によるものです。明治時代以降は、鉄道で運ばれてくる安価な陶器に押されて衰え、昭和の初めまでに途絶えました。その後、昭和中期に陶工たちが古い陶片や資料をもとに研究を重ね、技術を復活させています。2014年に長野県知事指定の伝統的工芸品となりました。現在は松代町の松代陶苑などで、陶芸体験を通して松代焼づくりに触れることができます。

発祥

松代焼の始まりは、寛政年間(18世紀末)の初め頃、唐津で修業した陶工の嘉平次が窯を開き、藍染め用の甕(かめ)を焼いたことだとされます。それまで陶器は藩の外から運び込むしかなく、重い器の輸送は容易ではありませんでした。そこで松代藩は、地元の原料で日用の陶器を作ることを目指します。文化13年(1816年)には藩窯として松代焼の生産を奨励しました。

歴史

藩は京都や信楽、常滑から陶工を招き、寺尾焼や天王山焼、荒神町焼、代官町焼などの窯が生まれました。技術は北信一円に広がり、松代焼系の窯は20近くを数えたといいます。しかし明治以降、伊万里焼や瀬戸焼など安価な陶器に押され、昭和初期までにすべての窯が姿を消しました。昭和中期に地元の陶工たちが研究を重ねて技術を復活させ、2014年に県の伝統的工芸品に指定されています。

特徴

陶土には鉄分を多く含む地元の粘土を使い、素焼きすると黒茶色の地肌になります。釉薬は長野市小市地区の白土を主体に、木灰やわら灰を調合したもので、白土が青みのある発色を生みます。その上から銅を加えた釉薬を柄杓(ひしゃく)で流し掛ける「二重掛け」により、深みのある青緑色の光沢と、流れるような模様が現れます。素朴で丈夫な器が多いのも持ち味です。

技法

釉薬の二重掛け

素焼きした器を白土主体の釉薬に浸して掛けた後、銅を加えた釉薬を柄杓で流し掛けて模様を付ける技法です。重なった部分に、松代焼ならではの鮮やかな青緑色が現れます。焼く温度が低いと発色しないため、高温で焼き上げます。

地元の原料

藩政期から、釉薬は安茂里の小市、化粧土は松代の立石、陶土は篠ノ井の耐火土というように、松代領内の各地から原料を集めて作られてきました。土も釉薬も郷土のものを使うことが、松代焼の色合いと風合いを決めています。

使用される素材

鉄分の多い地元の粘土白土木灰・わら灰銅

制作工程

  1. 1

    土づくり

    郷土産の土を採取し、精製して練り合わせる。

  2. 2

    成形

    ろくろなどで器の形を作る。

  3. 3

    乾燥

    割れないよう、室(むろ)などで数日かけてゆっくり乾かす。

  4. 4

    素焼き

    800〜850℃ほどで一度焼き上げる。

  5. 5

    釉掛け

    釉薬に浸し掛けした後、銅を入れた釉薬を柄杓で流し掛ける。

  6. 6

    本焼き

    1200℃ほどの高温で焼き上げ、冷ましてから窯出しする。

主な産地
  • 長野市(松代町・篠ノ井など)

職人・工房

松代陶苑(松井窯)

長野市松代町清野にある松代焼の窯元。約10年間の研究を経て1965年に創業した。器の製造・販売のほか、陶芸教室や陶芸体験を行っている。長野駅から車で20分ほどで、大型バスの駐車場も備える。

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唐木田窯

長野市篠ノ井山布施にある松代焼の窯元。1964年に松代町に小さな窯を築いて研究を重ね、1972年に登り窯を築いて本格的な作陶を始めた。現在は2代目の唐木田伊三男さんが、伝統の松代焼に加え「青釉」と名付けた新作にも取り組んでいる。

公式サイト →

購入方法

松代陶苑の売店
窯元に併設された売店で、窯元ならではの商品や作家の作品を販売している。松代焼の器は電子レンジや食洗機にも対応している。営業は9時30分から17時30分までで、日曜・月曜は休み(不定休)。購入先を見る →PR
TABITOTE STORE
旅と手仕事をテーマにしたオンラインストア。唐木田窯の松代焼の湯呑やマグカップなどを扱っており、湯呑は2,200円程度から購入できる。購入先を見る →PR

体験施設

松代陶苑

長野県長野市松代町清野2120

松代焼の窯元で陶芸体験ができる予約制の施設。受付は9時30分から15時まで。作った器は乾燥・素焼き・釉掛け・本焼きを経て、完成までに約40日かかる。当日予約は割増料金になるため、事前予約がおすすめ。

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よくある質問

Q. 「松代焼」という名前は昔からあったのですか?

A. 江戸時代には「松代焼」という呼び名はなく、寺尾焼や天王山焼など、それぞれの窯の名前で呼ばれていました。すべての窯が途絶えた後、京都の陶工・内島北郎が研究の過程で、これらを総称して「松代焼」と名付けたとされています。

Q. 途絶えた松代焼はどのように復活したのですか?

A. 中学校の美術教師だった唐木田又三は、松代の旧家の古文書や国立国会図書館の文献、かつての陶工の話をもとに試験窯で再現を重ね、10年余りをかけて成功しました。同じ頃、松代陶苑も約10年の研究を経て創業しています。

Q. 松代焼の器は普段使いできますか?

A. もともと庶民の実用品として始まった焼き物で、丈夫な器が多いのが特徴です。窯元の松代陶苑によると、松代焼は電子レンジや食洗機で使うことができます。ただし、直火やオーブンでの使用は推奨されていません。

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