
埼玉県越谷市を中心に作られる張子(はりこ)だるまで、白みを帯びた肌色と、やや高い鼻筋、上品で穏やかな表情が特徴とされています。江戸時代中期の享保年間(1716〜1736年)頃、越谷市間久里(まくり)の人形師「だる吉」が、当時流行していた起き上がり小法師に座禅を組む達磨大師の姿を描いたのが始まりと伝えられます。型に和紙を重ねて貼り込み、乾燥させてから型抜きし、下地塗りから彩色、最後にひげや眉を描き入れるまで、すべての工程が手作業で行われます。とりわけひげ描きは穂先の長い面相筆を使い、だるまの大きさに関わらず同じ筆で仕上げる熟練の技が求められます。「七転八起」の縁起物として正月の縁起物市などで親しまれ、現在も越谷市の複数の工房が製造を続けており、1984年には埼玉県指定の伝統的手工芸品となりました。
発祥
江戸時代中期の享保年間(1716〜1736年)頃、越谷市間久里(まくり)の人形師「だる吉」が、従来からあった起き上がり小法師(おきあがりこぼし)に座禅を組む達磨大師の姿を描き加えたのが越谷だるまの始まりと伝えられています。「七転八起」の縁起にちなみ、正月を中心に厄除け・招福の縁起物として親しまれるようになりました。
歴史
越谷だるまは江戸時代から地域の家内工業として受け継がれ、現在は越谷市だるま組合に加盟する数軒の工房のほか、さいたま市岩槻区や春日部市の工房も含めて年間およそ40万個が生産されています。その多くが今も手作業で作られており、1984年(昭和59年)には「越谷張子だるま」として埼玉県指定の伝統的手工芸品に指定されました。
特徴
白みを帯びた肌色の顔と、やや高い鼻筋、上品で穏やかな表情が越谷だるまの特徴です。型に和紙を重ねて貼り込み乾燥させたのち型抜きし、下地塗り・彩色を経て、最後に穂先の長い面相筆でひげや眉を描き入れます。だるまの大小にかかわらず同じ筆で仕上げる点に職人の熟練の技が表れており、正月の縁起物として今も広く親しまれています。
職人・工房
松崎達磨産業
東武スカイツリー線大袋駅近くに工房を構える越谷だるまの製造元。江戸時代から続く張子だるまづくりの技術を今に伝えている。