
岩槻人形は、さいたま市岩槻区で作られる雛人形・五月人形・木目込人形・衣裳人形などの総称で、平成19年(2007年)に経済産業大臣指定の伝統的工芸品となりました。起源は寛永年間(1634〜1647年)、日光東照宮の造営に集められた工匠たちが日光御成街道の宿場町であった岩槻に住み着き、周辺に自生する桐を使った指物や人形作りを始めたことにあるとされます。さらに元禄10年(1697年)には京都堀川の仏師・恵信が岩槻に滞在中、桐粉と正麩糊を練り固めて人形の頭を作り始めたとも伝わります。以来約380年にわたり、頭師・手足師・着せつけ師・小道具師による分業体制が受け継がれ、日本一の人形生産地として発展してきました。現在も「人形のまち岩槻」として多くの人形店・工房が軒を連ね、雛人形・五月人形の生産量は全国でも屈指を誇ります。
発祥
岩槻人形の起源には二つの説があります。一つは寛永年間(1634〜1647年)、三代将軍徳川家光による日光東照宮造営のため全国から集められた工匠が、日光御成街道の最初の宿場町であった岩槻に住み着き、周辺に多く植えられていた桐を用いて箪笥や人形を作り始めたというもの。もう一つは元禄10年(1697年)、京都堀川の仏師・恵信が岩槻で病に倒れた際、岩槻藩医の治療を受けて回復した後もこの地にとどまり、産出される桐粉に着目して人形の頭を作り始めたという説です。
歴史
江戸時代を通じて岩槻には人形づくりの技術が蓄積され、頭師・手足師・着せつけ師・小道具師がそれぞれの工程を分業で手がけ、人形問屋が組み立てて完成させる独自の生産体制が確立されました。1915年(大正4年)には45軒の業者が結集して岩槻人形協同組合が設立され、産地としての結束が強まりました。以後も技術と職人が集積を続け、平成19年(2007年)に経済産業大臣より国の伝統的工芸品の指定を受け、現在では雛人形・五月人形の生産量日本一を誇る産地として知られています。
特徴
岩槻人形最大の特徴は、頭・手足・胴(衣裳)・小道具づくりを専門の職人が分担する徹底した分業制にあります。衣裳人形は藁の束に和紙を巻いた「藁胴」を基礎に衣裳を着せつけるのに対し、木目込人形は桐塑(桐の粉と正麩糊を練った素材)で作った胴体に細い溝を彫り、そこへ布地を糊で入れ込んで衣裳を表現する技法を用います。頭には胡粉を幾重にも塗り重ね、繊細で気品ある表情に仕上げるのも特色です。
使用される素材
制作工程
- 1
頭づくり
木型に桐塑を詰めて成形し、乾燥後に胡粉を幾重にも塗り重ねて彩色し、繊細な表情に仕上げる。
- 2
手足づくり
桐塑や木を用いて手足を成形し、胡粉仕上げを施す。指先の動きなど細部の表現も職人の手仕事による。
- 3
胴・衣裳づくり
衣裳人形は藁胴に和紙を巻いて基礎を作り衣裳を着せつける。木目込人形は胴体に彫った溝へ布地を目込んで衣裳を表現する。
- 4
組み立て
頭・手足・胴・小道具など分業で仕上げられた各パーツを人形問屋が組み合わせ、一体の人形として完成させる。
職人・工房
購入方法
- 人形の東玉 岩槻総本店
- 江戸時代から続く岩槻を代表する人形店の総本店。4階には江戸期から昭和初期の人形約3,000点を展示する博物館を併設する。購入先を見る →PR
- さいたま市岩槻人形博物館
- 公立では全国初の人形専門博物館。岩槻の人形文化や制作工程を紹介する展示のほか、企画展やイベントも行われる。購入先を見る →PR