秀衡塗は岩手県平泉町を中心に作られる漆器で、平安時代末期に奥州藤原氏第3代当主・藤原秀衡が京都から職人を招き、平泉特産の漆と金を使って器を作らせたのが起源と伝えられています。中尊寺金色堂には漆・金箔・蒔絵・螺鈿といった多彩な漆芸技術が用いられており、平安期の平泉が高度な漆工技術を有していたことがうかがえます。最大の特徴は、菱形に切った金箔を貼り、その上から漆絵で草花文様を描く「秀衡文様」で、雲を表す「源氏雲」と菱形を組み合わせた「有職菱文様」が椀や重箱などに施されます。素朴でありながら金の輝きをまとった華やかな意匠は、他産地の漆器にはない独自の様式として今日まで受け継がれています。
発祥
平安時代末期、平泉を中心に東北を治めた奥州藤原氏の第3代当主・藤原秀衡が、京都から職人を招き、平泉特産の漆と金をふんだんに使って器を作らせたのが秀衡塗の起源と伝えられています。中尊寺金色堂の内陣には漆・金箔・金銀蒔絵・螺鈿などの技法が使われ、伽羅之御所や柳之御所からも12世紀の漆芸品が出土しており、当時の平泉が高度な漆工技術を有していたことを裏づけています。
歴史
奥州藤原氏滅亡後、数百年間の詳しい記録は途絶えていますが、江戸時代後期には平泉に隣接する衣川村周辺で漆器づくりが盛んに行われるようになりました。以後、地域の職人によって「秀衡塗」の名で技術が継承され、現在は平泉町および周辺の一関市などの工房で椀や重箱、盆といった器物が作られています。中尊寺金色堂を擁する平泉の歴史的背景と結びついた漆器として、地域の観光とも深く結びついています。
特徴
秀衡塗最大の特徴は、菱形に切った金箔を器面に貼り、その上から色漆で草花や雲文様を描き加える「秀衡文様」です。雲の形を表す「源氏雲」と、菱形を組み合わせた有職文様「有職菱文様」が椀や重箱の意匠として多く用いられます。金箔の輝きと素朴な漆黒・朱色の対比が、京文化の雅と東北の力強さを併せ持つ独自の華やかさを生み出しています。
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