1 / 2岐阜和傘は岐阜市加納地区で作られてきた和傘で、畳むと細くまとまる「細物」の技術と豊富な装飾技法を特徴とします。起源は江戸時代初期の寛永16年(1639年)、兵庫県明石から来た傘職人が加納で傘づくりを始めたことに遡るとされ、1756年(宝暦6年)には加納藩主・永井直陳が困窮する下級武士の内職として和傘づくりを奨励したことで、藩の後押しを受けて産業として発展しました。良質な竹と美濃和紙の産地に近いという地理的条件にも恵まれ、最盛期の昭和20年代半ば(1950年頃)には600軒以上の問屋が集まり、月間120万〜130万本もの和傘が生産されました。洋傘の普及により需要は大きく減少しましたが、現在も数軒の問屋・工房が伝統を守り、雨傘・日傘のほか、七五三や結婚式など晴れの場を彩る和傘としても用いられています。
発祥
岐阜和傘の起源は江戸時代初期の寛永16年(1639年)、兵庫県明石から来た傘職人が現在の岐阜市加納地区で傘づくりを始めたことに遡るとされる。1756年(宝暦6年)には加納藩主・永井直陳が困窮する下級武士の内職として和傘づくりを奨励し、藩の後押しを受けて産業として本格的に発展していった。
歴史
良質な竹と美濃和紙の産地に近いという地理的な条件にも恵まれ、加納地区は分業体制のもとで和傘の一大産地となった。最盛期の昭和20年代半ば(1950年頃)には600軒以上の問屋が集まり、月間120万〜130万本もの和傘が生産されるほどの繁栄をみせたが、洋傘の普及により需要は大きく減少し、現在は数軒の問屋・工房が伝統を守っている。
特徴
畳むと細くまとまる「細物」の技術に優れ、豊富な装飾技法が受け継がれている点が岐阜和傘の特徴。骨づくり、紙貼り、仕上げなど工程ごとに専門の職人が分業してきたが、現在では一人でほぼ全工程をこなす職人も現れている。雨傘・日傘のほか、野点傘や差し掛け傘、七五三や結婚式などの晴れの場を彩る和傘としても用いられている。
使用される素材
制作工程
- 1
骨づくり
竹を割り、傘の骨組みとなる細い骨を数十本削り出す。
- 2
紙貼り
骨に美濃和紙を貼り、天日で乾燥させる。
- 3
油引き
防水のため和紙に荏油を塗り、天日干しで硬化させる。
- 4
糸かがり・仕上げ
骨と骨の間に糸をかがって強度を高め、模様を施して仕上げる。
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職人・工房
購入方法
- 平野明博商店
- 蛇の目傘・番傘を専門に扱う岐阜和傘の専門店。実店舗と通信販売の双方で購入できる。購入先を見る →PR