越中瀬戸焼は富山県中新川郡立山町の瀬戸・上末地区で焼かれる陶器で、愛知県の「瀬戸焼」とは産地も系譜も異なる、富山県独自の古窯である。この地区は平安時代初めから須恵器を焼いてきた古窯地で、桃山時代から文禄・慶長年間にかけて尾張瀬戸から陶工が移住して瀬戸村が誕生し、越中瀬戸焼と呼ばれるようになったと伝わる。加賀藩二代目当主が尾張から陶工を招いて茶道具を作らせたことから加賀藩の御用窯として栄え、九谷焼よりも古い歴史を持つ北陸有数の古窯地として知られる。明治・大正期には鉄道網の整備で他産地の安価な製品に押されて多くの窯が瓦生産へ転じたが、昭和に入り地元有志による保存会の活動で陶器製造が復興した。地元でとれる赤・黄・青・白などの多彩な陶土と、草木灰を原料とする釉薬による大胆で多彩な施釉が持ち味で、現在は「かなくれ会」に属する窯元たちが430年以上続く伝統を受け継いでいる。
発祥
立山町上末・瀬戸地区は平安時代初めから須恵器を焼いてきた古窯地とされる。桃山時代から文禄・慶長年間にかけて、前田利長の保護のもと尾張瀬戸から小二郎・孫市・市右衛門・彦右衛門・長八ら陶工が移住して瀬戸村が生まれ、越中瀬戸焼の礎が築かれた。
歴史
加賀藩二代目当主が尾張から陶工を招いて茶道具を焼かせたことから加賀藩の御用窯として発展し、九谷焼より古い歴史を持つ北陸有数の古窯地となった。明治・大正期には鉄道網の整備で他産地の安価な製品に市場を奪われ、多くの窯は瓦生産に転じたが、昭和期に地元有志による瀬戸焼保存会が結成され、陶器製造が復興した。
特徴
赤・黄・青・白など多彩な陶土が採れる土地柄を生かし、地元の草木灰を原料とする釉薬による多彩で大胆な施釉が特徴である。愛知県の瀬戸焼とは異なり、越中の風土に根ざした独自の陶土と釉薬によって発展してきた点が越中瀬戸焼ならではの持ち味となっている。
使用される素材
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職人・工房
購入方法
- 越中陶の里 陶農館
- 立山町瀬戸新にある物産・体験施設で、越中瀬戸焼の窯元の作品を展示販売している。購入先を見る →PR
体験施設
よくある質問
Q. 越中瀬戸焼は愛知県の瀬戸焼と同じものですか。
A. 別の窯である。名称は尾張瀬戸から移住した陶工に由来するが、越中瀬戸焼は富山県立山町で独自の陶土と釉薬をもとに発展した陶器で、愛知県の瀬戸焼とは産地も系譜も異なる。