粟野春慶塗

Awano Shunkei-nuri

粟野春慶塗 1

粟野春慶塗は茨城県東茨城郡城里町粟に伝わる漆器で、室町時代の延徳元年(1489年)に稲川山城守源義明が地元に自生する漆・檜・梅を用いて塗物を考案したのが始まりと伝えられる。江戸時代には稲川家8代・興兵衛が水戸藩2代藩主・徳川光圀の前で紀州の漆工と技を競い、その仕上がりが優れていたことから水戸藩の塗物御用達となった。木地に黄や赤の下地色をつけたうえに透明な透漆を塗り重ねて木目を透かして見せる技法を用い、岐阜の飛騨春慶塗、秋田の能代春慶塗と並ぶ「日本三春慶」の一つに数えられる。1989年(平成元年)1月25日に茨城県指定無形文化財となったが、現在は稲川家1軒のみが伝統の技を継承している。

発祥

粟野春慶塗の起源は室町時代の延徳元年(1489年)に遡るとされる。稲川山城守源義明が、城里町粟周辺の桂川沿いに自生する漆やヒノキ、ウメを用いて塗物を考案し、子の太郎左衛門昌忠に伝えたのが始まりと伝えられる。3代目の義忠の代に、現在の城里町粟の地で本格的に技法が確立されたという。

歴史

江戸時代、稲川家8代・興兵衛は水戸藩2代藩主・徳川光圀に召し出され、水戸神崎寺において紀州の漆工と技を競わされた。粟野春慶の仕上がりが優れていたことから水戸家の塗物御用達となり、藩の庇護のもとで技術が磨かれた。1989年(平成元年)1月25日に茨城県指定無形文化財に指定されたが、昭和30年代には5軒あった工房も現在は稲川家1軒のみとなっており、伝統の継承が課題となっている。

特徴

石桧と呼ばれる特に堅いヒノキを木地に用い、黄色や赤色で下地を着色したうえに透明な透漆を塗り重ね、木目が透けて見えるように仕上げるのが特徴。梅酢を加えた薄紅色の漆を用いる独特の技法もあり、完成直後は茶褐色でも使い込むほどに黄金色へと色合いが変化していく。木取りから鉋がけ、木釘打ち、下塗り・中塗り・上げ塗りまで工程を経て仕上げられる。

使用される素材

石桧(ヒノキ)漆(大子町産等)

制作工程

  1. 1

    木取り・鉋がけ

    石桧を長さ2メートルほどの板状に製材し、鉋で木地の形を整える。

  2. 2

    トクサみがき・木釘打ち

    トクサで木地の表面を研磨し、木釘を用いて部材を組み立てる。

  3. 3

    下塗り・中塗り

    黄色や赤色の下地を着色したのち漆を下塗り・中塗りし、湿度80%前後の土室で乾燥させる。

  4. 4

    上げ塗り

    透明な透漆を上塗りし、木目が透けて見える琥珀色から茶褐色の艶やかな仕上がりに整える。

職人・工房

稲川家(粟野春慶塗)

延徳元年(1489年)創始の粟野春慶塗を代々継承する城里町粟の工房。かつて5軒あった工房の中で唯一現存し、昔ながらの工程を守りながら漆器づくりを続けている。

購入方法

稲川家(粟野春慶塗)
茨城県教育委員会にも登録された稲川家の工房が唯一の製造元。購入や見学の相談は電話(029-289-3346)で直接問い合わせる。
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