和歌山県画像: Wikimedia Commons

和歌山県

和歌山県は、紀伊半島の西部から南部を占める県です。高野山や熊野三山などの霊場と、黒潮が流れる長い海岸線に恵まれ、山と海の手仕事・食文化が育まれてきました。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、紀州漆器、紀州箪笥、紀州へら竿の3品目です。海南市黒江の紀州漆器は、根来寺の根来塗の流れをくむとも伝わり、日用の漆器の産地として知られます。県知事指定の郷土伝統的工芸品には、那智黒硯や保田紙、棕櫚箒、根来寺根来塗、紀州高野組子細工などがあります。食では、みなべ町・田辺市の南高梅を使った梅干しが全国に知られます。湯浅町は醤油づくりの発祥の地とされ、金山寺味噌の産地でもあります。和歌山市の中華そば(和歌山ラーメン)、熊野のめはりずし、紀州のなれずしも名物です。生まぐろの水揚げが多い勝浦漁港、クエ料理の日高町、ごま豆腐の高野山など、土地ごとの味もそろいます。

紀州漆器根来塗紀州へら竿那智黒硯紀州梅干し湯浅醤油和歌山ラーメンめはりずし

和歌山の伝統工芸

紀州漆器
漆器和歌山

紀州漆器

Kishu Shikki (Kishu Lacquerware)

紀州漆器(きしゅうしっき)は、和歌山県海南市の黒江(くろえ)地区を中心に、和歌山市や紀美野町でも作られている漆器です。黒江が製造の中心だったことから「黒江塗(くろえぬり)」とも呼ばれます。起源は室町時代とされ、近江系の木地師が紀州の木で椀を作ったのが始まりといわれます。また、岩出市の根来寺で根来塗を作っていた職人が、1585年の豊臣秀吉による根来攻めの後に黒江へ移ったという説もあります。江戸時代には紀州藩の保護を受け、木地・塗り・加飾を職人が分担する分業制で、日用の椀や盆を作る産地として発展しました。明治以降は沈金や蒔絵の技術を取り入れ、戦後はプラスチックの素地や合成塗料もいち早く採用しています。会津や山中などと並ぶ日本有数の漆器産地で、1978年(昭和53年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

根来塗
漆器和歌山

根来塗

Negoro Nuri (Negoro Lacquerware)

根来塗(ねごろぬり)は、和歌山県岩出市の根来寺(ねごろじ)にゆかりのある朱塗りの漆器です。黒漆で下塗りをした上に朱漆を塗って仕上げます。長く使ううちに表面の朱がすり減り、下の黒がところどころに現れて、独特の模様になるのが魅力です。中世の根来寺で、僧たちが寺で使う食器や什器、仏具を作ったのが始まりと伝わります。1585年(天正13年)、豊臣秀吉の根来攻めで寺の大半が焼け、根来での漆器づくりは途絶えました。職人は各地に移って技法を伝えたとされ、「根来」は上質で丈夫な朱漆器を指す呼び名にもなりました。地元では1993年、当時の岩出町が復興事業として職人の養成講座を開き、技が再び受け継がれています。2007年(平成19年)には「根来寺根来塗」として、和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品になりました。

紀州箪笥
木工和歌山

紀州箪笥

Kishu Tansu (Kishu Paulownia Chests)

紀州箪笥(きしゅうたんす)は、和歌山市を中心に作られている桐箪笥です。白く軽く柔らかな桐材を使います。桐は湿気の多い時期には水分を吸い、乾くと水分を出すため、箪笥の中の湿度を一定に保ちやすく、着物や大切な品の保管に重宝されてきました。本体と引き出しの間にすき間がないほど精密に組まれ、一つの引き出しを押し込むと、中の空気に押されて別の引き出しが出てくるほど気密性が高いのが特徴です。最も古い記録は江戸時代末期のもので、和歌山城の再建の際に徳川家の道具類を作ったことが文書に残ります。明治時代には大阪圏の需要を支える産地として発展し、南海鉄道の開通で輸送が便利になると生産がさらに伸びました。造材から仕上げまで約15の工程を、職人が手仕事で進めます。1987年(昭和62年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

紀州へら竿
木工和歌山

紀州へら竿

Kishu Herazao (Kishu Bamboo Fishing Rods)

紀州へら竿(きしゅうへらざお)は、和歌山県橋本市と九度山町で作られている、ヘラブナ釣り用の竹竿です。ヘラブナは釣りの対象として人気の高い淡水魚で、紀州へら竿はこの釣りのための道具として発展しました。真竹(まだけ)、高野竹(こうやだけ)、矢竹(やだけ)の3種類の天然竹を部位ごとに使い分け、継ぎ合わせて1本の竿に仕上げます。細かく分けると約130もの工程があり、竿師(さおし)と呼ばれる職人が1人でほぼすべてを手作業で進めます。1本の完成までには半年から1年ほどかかります。明治時代に大阪で始まった竿づくりの流れをくみ、昭和初期に竿師が橋本へ拠点を移したことで産地が生まれました。130年以上の歴史を持ち、竹製のへら竿では全国の約9割を占める産地とされます。2013年(平成25年)に国の伝統的工芸品に指定されました。

保田紙
和紙和歌山

保田紙

Yasudagami (Kishu Handmade Washi)

保田紙(やすだがみ)は、和歌山県有田川町の清水(しみず)地区で漉かれている手漉き和紙です。楮(こうぞ)の皮を原料とし、白くて破れにくい丈夫な紙質が特徴です。旧紀州藩にちなんで「紀州手漉き和紙」とも呼ばれます。江戸時代の初め、紀州藩主の徳川頼宣が領内での紙づくりを命じ、庄屋の笠松左太夫(かさまつさたゆう)が紙漉きを興したのが始まりと伝わります。技術は奈良の吉野から学んだとされ、最盛期には傘や扇子、書類用の紙を漉く家が約400軒あったといいます。1900年代に入ると、大量生産の紙や洋傘の普及で需要が減り、1953年の大水害で多くの紙漉き場が被害を受けました。1979年に残った職人たちが技術の伝承に乗り出し、現在は「体験交流工房わらし」で紙漉きが受け継がれています。1988年(昭和63年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。

那智黒硯
文具和歌山

那智黒硯

Nachiguro Suzuri (Nachiguro Inkstone)

那智黒硯(なちぐろすずり)は、和歌山県那智勝浦町で作られている硯です。材料の那智黒石は黒く緻密な石で、磨くとぬれたような光沢を帯びます。熊野詣(くまのもうで)の旅人は、参拝の証としてこの石を持ち帰ったと伝わります。その石に人の技が加わり、硯として生まれ変わりました。適度な硬さときめ細かな石質で墨がよくなじむとされ、江戸時代から書家に高く評価されてきました。明治の初めには、熊野那智大社と那智山青岸渡寺へ続く参道沿いに、硯を売る店が並んでいたといいます。現在は参道の中ほどにある山口光峯堂が、手彫りの那智黒硯の技を唯一受け継いでいます。製作は石の選別に始まり、ノミでの荒削り、砥石での磨き上げ、艶出しへと進みます。1990年(平成2年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。

棕櫚箒
木工和歌山

棕櫚箒

Shuro Hoki (Hemp Palm Broom)

棕櫚箒(しゅろほうき)は、和歌山県紀美野町で作られている、棕櫚の木の皮の繊維を穂先に使った和箒です。紀美野町周辺はかつて野上谷(のかみだに)と呼ばれ、棕櫚皮と棕櫚製品の全国一の産地として知られました。棕櫚の繊維は細くしなやかで弾力があり、水にも強く腐りにくいのが特長です。その箒は掃き心地が柔らかく、細かな埃もよく集めます。使い続けると畳やフローリングに艶が出るともいわれます。野上谷では、少なくとも江戸時代後期から箒が作られてきたと伝わります。2004年(平成16年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。指定当時、この地の伝統の技を受け継いでいたのは、のちに県の名匠に選ばれる桑添勇雄ただ一人でした。現在は弟子の西尾香織が営む棕櫚箒製作舎が、その技を受け継いでいます。

紀州高野組子細工
木工和歌山

紀州高野組子細工

Kishu Koya Kumiko Zaiku (Kishu Koya Wooden Latticework)

紀州高野組子細工(きしゅうこうやくみこざいく)は、世界遺産・高野山のふもとで受け継がれてきた木工の装飾技法です。細かく割った木材を、釘などを一切使わずに手作業で組み合わせ、さまざまな紋様を編み込むように作り上げます。材料には、強く光沢があって加工しやすい地元の「高野六木(こうやりくぼく)」を中心に用います。高野六木とは、松・モミ・ツガ・杉・桧・高野槙の6種の木のことです。江戸時代、高野山の寺院を復興するため京都から招かれた腕利きの組子職人が伝えた技術が、この地で発展したといわれます。三本の薄い木材を正三角形に組む「三ツ組手(みつくで)」で幾何学紋様を組み上げ、衝立や欄間、額、置物などを飾ります。橋本市・かつらぎ町・九度山町・高野町が産地で、2010年(平成22年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。

紀州雛
木工和歌山

紀州雛

Kishu Bina (Kishu Lacquered Hina Dolls)

紀州雛(きしゅうびな)は、和歌山県海南市黒江で作られている漆塗りの雛人形です。黒江は紀州漆器の産地として知られ、紀州雛はその木地づくりと漆芸の技を生かして作られます。手のひらに乗るミカンのような丸い木地に本漆を塗り、蒔絵(まきえ)の技法で顔や着物を一体ずつ手描きします。漆器の雛人形として作られるようになったのは昭和初期です。1960年ごろ、和歌山が新婚旅行の定番だった時代には、旅の土産として人気を集めました。2004年(平成16年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となっています。しかし2016年に人形を作っていた漆器店が廃業し、生産はいったん途絶えました。その後、紀州漆器協同組合の若手が復活に取り組んで7年ぶりに製造を再開し、2024年2月に販売が始まりました。

野鍛冶刃物
金工和歌山

野鍛冶刃物

Nokaji Hamono (Shingu Hand-Forged Blades)

野鍛冶刃物(のかじはもの)は、和歌山県新宮市で作られている鍛造(たんぞう)の刃物です。野鍛冶とは、農具や山仕事の道具など、暮らしに使う刃物を打ち、修理もする鍛冶屋のことです。新宮市は熊野川の河口にあり、かつては川の舟運で運ばれる木材や炭の集積地として栄えました。林業に携わる山師が集まり、その道具を作る鍛冶屋が町に軒を連ねました。1910年ごろには30軒ほどの鍛冶屋があったといわれます。作られるのは、斧や鉈(なた)、下刈鎌(したかりがま)など林業向けの刃物が中心です。「山で使う道具は木の節に負けないよう硬くないといけない」という考えのもと、鉄と鋼を炉で熱して鎚で打ち鍛えます。2002年(平成14年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。

和歌山の郷土料理

和歌山ラーメン
麺類和歌山

和歌山ラーメン

Wakayama Ramen (Wakayama Chuka Soba)

和歌山ラーメンは、和歌山市を中心に食べられているご当地ラーメンです。地元では「ラーメン」よりも「中華そば」と呼ぶのが一般的です。豚骨と醤油を合わせたスープに細いストレート麺を入れ、チャーシュー、メンマ、ねぎ、渦巻き模様のかまぼこをのせるのが定番です。スープは大きく二つの系統に分けられます。醤油の風味が前に出た澄んだスープの「車庫前系」と、豚骨を長時間炊いた濃厚なスープの「井出系」です。始まりは戦後まもなく、路面電車の車庫前停留所の近くに出ていた屋台「〇髙(まるたか)」とされます。卓上の早すし(鯖の押し寿司)やゆで卵を自由に取り、食べた数を会計で自己申告する習慣も知られています。1998年に井出商店がテレビ番組で日本一に選ばれ、その名が全国に広まりました。

めはりずし
発酵食品和歌山

めはりずし

Mehari Zushi (Rice Balls Wrapped in Pickled Takana Leaves)

めはりずしは、塩漬けにした高菜の葉で大きなおにぎりを包んだ、和歌山県南部の郷土料理です。新宮市など熊野地方を中心に、隣の三重県熊野地域でも親しまれています。林業や漁業が盛んな地域で、山仕事や忙しい漁の合間に手早く食べられる弁当として広まりました。名前は「目を見張るように大きな口を開けて食べる」「目を見張るほどおいしい」ことに由来するといわれます。農林水産省によると、江戸時代中期の歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」にも登場します。かつては大きく握られていましたが、今は食べやすい小ぶりのものが主流です。ご飯に刻んだ高菜の茎や梅干し、かつお節などを入れることもあり、家庭や店ごとに工夫されています。新宮市には専門店もあり、熊野観光の名物としても親しまれています。

金山寺味噌
発酵食品和歌山

金山寺味噌

Kinzanji Miso (Chunky Miso with Summer Vegetables)

金山寺味噌は、大豆や麦、米の麹に、刻んだ瓜や茄子、生姜、紫蘇などの野菜を混ぜて熟成させた、和歌山県の伝統的な味噌です。料理に溶かす調味料ではなく、ご飯に添えたり酒の肴にしたりしてそのまま食べる「なめ味噌」(おかず味噌)の一種です。鎌倉時代、宋(中国)に渡った禅僧の覚心(法燈国師)が径山寺(きんざんじ)で製法を学び、帰国後に紀州へ伝えたという説が有力とされます。湯浅町は金山寺味噌の産地として知られ、味噌の桶にたまった汁が湯浅醤油の始まりになったともいわれます。2017年には「紀州金山寺味噌」が、和歌山県の産品として初めて地理的表示(GI)に登録されました。湯浅町には今も金山寺味噌を仕込む蔵が残っています。

湯浅醤油
発酵食品和歌山

湯浅醤油

Yuasa Shoyu (Yuasa Soy Sauce)

湯浅醤油は、和歌山県有田郡湯浅町で造られる醤油です。湯浅は日本の醤油醸造の発祥の地といわれています。鎌倉時代に伝わった金山寺味噌を造る中で、桶にたまった汁がおいしいことに気づき、工夫を重ねて生まれたのが醤油の始まりとされます。江戸時代には紀州藩の保護を受け、最盛期には町内に92軒の醤油屋が並んだと伝わります。醸造業で栄えた町並みは、2006年に醤油の醸造町として全国で初めて国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれました。2017年には「『最初の一滴』醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅」として日本遺産に認定されています。今も杉の大樽や冬の寒仕込みなど、昔ながらの造り方を守る蔵が残っています。町並みを歩きながら蔵を見学したり、醤油を買い求めたりできます。

紀州梅干し
発酵食品和歌山

紀州梅干し

Kishu Umeboshi (Kishu Pickled Ume Plums)

紀州梅干しは、和歌山県で作られる梅干しです。和歌山県は梅の収穫量が全国の約6割を占める日本一の産地で、中心はみなべ町と田辺市です。代表品種の南高梅は大粒で果肉がたっぷりとしており、梅干しにすると、とけるようなやわらかい食感になります。この地域の梅栽培は江戸時代、やせ地や傾斜地の多い土地で、紀州藩の家老・安藤直次が奨励・保護したことで広がったとされます。収穫した梅を塩に漬け、夏の日差しで干して仕上げます。山の斜面に梅林と薪炭林を組み合わせ、ニホンミツバチの受粉を生かす農業は「みなべ・田辺の梅システム」と呼ばれます。このシステムは2015年に世界農業遺産に認定されました。近年は塩分を控えた甘めの梅干しも多く作られています。

なれずし
発酵食品 / 海鮮和歌山

なれずし

Narezushi (Fermented Mackerel and Saury Sushi)

なれずしは、塩漬けにした魚とごはんを葉で包み、桶に漬けて乳酸発酵させる和歌山県の郷土料理です。酢に頼らず発酵の力で酸味を生む、寿司の原形とされる食べ方を今に伝えています。県中部の有田地方や日高地方ではサバを、新宮市など県南部の熊野地方ではサンマを使うのが代表的です。包む葉は地域ごとに異なり、有田市や日高郡ではアセ(暖竹〈だんちく〉というイネ科の植物)の葉が使われてきました。農林水産省によると、和歌山のなれずしは日本三大なれずしの一つともいわれ、約800年以上の歴史があるとされます。秋祭りのごちそうとして家々で漬け込まれ、重箱に詰めて親類に配る習わしもありました。漬け込みが短く食べやすい「早なれ」と、長く発酵させて強い香りと酸味を持つ「本なれ」があります。新宮市の東宝茶屋では、30年熟成させたサンマのなれずしも味わえます。

クエ鍋
鍋料理和歌山

クエ鍋

Kue Nabe (Longtooth Grouper Hot Pot)

クエ鍋は、ハタ科の高級魚クエを野菜などと一緒に煮て味わう、和歌山県の冬の名物です。クエは体長1メートルを超えることもある大型の魚で、数が少なく「幻の高級魚」とも呼ばれます。「クエ食ったら他の魚食えん」という言葉があるほど味の評価が高い魚です。紀伊水道に面した和歌山県はクエの好漁場として知られ、なかでも日高町は「クエの町」として有名です。町内の民宿や旅館では、刺身や唐揚げとともにクエ鍋を出すフルコースが名物になっています。2018年には日高町のクエ鍋が「ニッポン全国鍋グランプリ」で日本一に輝きました。鍋にすると皮のまわりのゼラチン質が溶け出し、旨みの濃いだしになります。最後はそのだしで雑炊にするのも楽しみです。旬は10月下旬から2月ごろで、産卵後の夏も「裏旬」として味が良いとされます。

勝浦の生まぐろ
海鮮和歌山

勝浦の生まぐろ

Katsuura no Nama Maguro (Never-Frozen Tuna of Katsuura)

勝浦の生まぐろは、和歌山県那智勝浦町の勝浦漁港に水揚げされる、一度も冷凍していないマグロのことです。ここでいう「生」は、刺身で食べるという意味ではなく、冷凍を経ていないという意味です。勝浦漁港はJR紀伊勝浦駅から歩いて3分ほどの、勝浦温泉の中心にある港です。那智勝浦町によると、はえ縄(延縄)漁による生鮮マグロの水揚げは日本一とされます。比較的近い漁場で獲ったマグロを、冷凍せずに氷水で冷やして持ち帰るのが特徴です。水揚げの約6割はビンチョウマグロで、ほかにメバチマグロやキハダマグロも揚がります。土曜日などを除く毎朝、港の市場には生マグロがずらりと並び、競りが行われます。町内の食堂では、もちもちとした食感の生まぐろを刺身や定食、丼で味わえます。

高野山のごま豆腐
発酵食品和歌山

高野山のごま豆腐

Koyasan Goma Dofu (Sesame Tofu of Mount Koya)

高野山のごま豆腐は、すりつぶした白ごまを吉野葛(よしのくず)と水で練り上げ、冷やし固めた精進料理です。豆腐と名が付きますが大豆は使わず、ごまの香りとなめらかでもっちりとした口当たりが特徴です。農林水産省によると、弘法大師(空海)が約1200年前に開いた高野山で、厳しい修行の中で食べる精進料理の一つとして生まれたといわれています。肉や魚を使わない精進料理では、たんぱく質が不足しがちです。良質なたんぱく質を含むごまを効率よくとる工夫として、ごま豆腐が作られたとされます。高野山では皮をむいた白ごまを使う白いごま豆腐が主流で、わさび醤油で食べるのが一般的です。現在も宿坊の精進料理に欠かせない一品で、山上には明治や昭和初期から続くごま豆腐の老舗が店を構えています。参拝の土産としても広く親しまれています。

本ノ字饅頭
郷土菓子和歌山

本ノ字饅頭

Honnoji Manju (Sake Bun Branded with the Character Hon)

本ノ字饅頭(ほんのじまんじゅう)は、和歌山市の老舗和菓子店・総本家駿河屋が作る酒饅頭です。米麹で発酵させた生地でこしあんを包んで蒸し、表面に篆書体(てんしょたい)の「本」の字の焼印を押します。ほんのりとした酒の香りと、やさしい甘さのこしあんが特徴です。駿河屋は室町時代の寛正2年(1461年)、京都・伏見で「鶴屋」として創業したと伝わります。のちに紀州徳川家の祖・徳川頼宣(よりのぶ)に従って和歌山へ移り、紀州徳川家御用達の菓子司となりました。「本」の字は、紀州藩が領民に説いた「正直を本(もと)とする」という教えに由来する説が有力とされます。江戸時代には、歴代の紀州藩主が参勤交代の際に江戸へ持参したと伝わります。発酵から蒸し上げまで4日ほどかけて作る、和歌山を代表する銘菓です。

モデルコース

海南・黒江で紀州漆器と紀州雛にふれ、紀美野で棕櫚のたわしを巻くコース

JR黒江駅から歩いて10分ほどで、漆器の町・黒江の古い町並みに着きます。明治9年創業の池庄漆器店では、今も紀州漆器を扱っています。紀州漆器伝統産業会館(うるわし館)は入館無料で、土日には蒔絵体験ができます(要予約、所要約1時間)。2024年に復活した紀州雛も、この館で買えます(1対6万円程度)。午後は紀美野町へ向かい、しゅろの手しごと体験教室でシュロたわし作りを体験しましょう(大人1,500円程度〜、3日前までに要予約)。

岩出で根来塗の工房を見学し、和歌山市で中華そばと本ノ字饅頭を味わうコース

岩出市民俗資料館には根来塗の工房があり、水・土曜には製作工程を見学できます(入館無料、火曜休館)。近くの道の駅ねごろ歴史の丘「花笑み館」では、根来塗などの土産物を選べます。和歌山市へ移ったら、井出系の元祖とされる井出商店や、車庫前系の元車庫前丸宮で中華そばをいただきましょう。帰りは駿河町の総本家駿河屋で、紀州徳川家ゆかりの本ノ字饅頭を買い求めます。

醤油発祥の地・湯浅で醸造蔵をめぐり、有田川町で保田紙を漉くコース

湯浅の町並みには、天保12年(1841年)創業の角長があり、醤油資料館も併設しています。湯浅醤油の九曜蔵では、杉の大樽が並ぶ蔵を無料で見学でき、醤油ソフトクリームも味わえます。金山寺味噌は、太田久助吟製の木箱入り(270g、1,080円程度)が手土産に向きます。5月〜11月ごろなら、御寿司 つるやでアセの葉で包んだサバのなれずしも買えます(1本1,300円程度)。午後は車で山あいの有田川町清水地区へ向かいましょう。体験交流工房わらしで、保田紙の紙すきを体験できます(600円程度、受付は15時まで)。

紀伊清水駅のへら竿工房に立ち寄り、高野山でごま豆腐をいただくコース

南海高野線の紀伊清水駅には、駅舎を改装した紀州へら竿の匠工房があります。竿を見学・購入できるほか、「火入れ」や「穂先削り」の体験もできます(1時間2,000円程度〜、税別)。営業日は事前に確かめておきましょう。高野線で高野山へ上ったら、明治時代創業と伝わる濱田屋で、作りたてのごま豆腐を味わえます(1個400円程度、予約がおすすめ)。大門近くの角濱ごまとうふ総本舗では、ごま豆腐の懐石もいただけます。

みなべで南高梅の梅干しを選び、日高町でクエ料理を味わうコース

みなべ町は梅の生産量日本一の町です。道の駅みなべうめ振興館では、梅の歴史を学べる展示を無料で見られ、町産の南高梅の梅干しもそろいます。紀州梅干館では梅干しの製造工程を見学でき、予約制の「マイ梅干し作り体験」もあります(2,500円程度)。夕方は日高町へ北上し、漁師でもある主人が営む割烹 岬で、クエ料理を味わいましょう(クエ定食2,900円程度、フルコース13,200円程度)。

那智山で那智黒硯を選び、勝浦の生まぐろと新宮のめはりずしを味わう熊野コース

熊野那智大社へ続く参道の中ほどにある山口光峯堂では、手彫りの那智黒硯を試し摺りしてから選べます(標準的な硯で6,600円程度〜)。昼は勝浦漁港へ下り、勝浦漁港にぎわい市場や、まぐろ料理 竹原で生まぐろを味わいましょう(竹原のまぐろ定食は1,650円程度)。翌日は新宮へ足を延ばし、総本家めはりや新宮本店でめはり寿司を買えます(4個入り560円程度)。夜に営業する東宝茶屋では、30年物の本馴れ鮓も味わえます。

イベント

紀州漆器まつり

例年11月の第1土・日曜(2026年は11月7日・8日) / 海南市(海南ハレアメ芝生広場前・紀州漆器伝統産業会館 うるわし館ほか)

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地図