画像: Wikimedia Commons鳥取県
鳥取県は、中国地方の北東部で日本海に面した県です。東部の因幡(いなば)と、中部・西部の伯耆(ほうき)の2つの旧国からなり、それぞれに手仕事と食文化が受け継がれています。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、因州和紙、弓浜絣、出雲石灯ろうの3品目です。因州和紙は鳥取市の青谷・佐治で漉かれ、書道用の画仙紙で知られます。弓浜絣は、米子市から境港市へのびる弓ヶ浜半島の綿づくりから生まれた絵絣です。県も1985年に知事が指定する郷土工芸品等の制度を設け、牛ノ戸焼や中井窯などの民藝の器、倉吉絣、淀江傘、はこた人形、用瀬の流しびななどが一覧に並びます。鳥取市では民藝運動家の吉田璋也が新作民藝を指導し、1932年に日本初とされる民藝店も開きました。食では、冬の松葉がにと、砂丘地で育つ砂丘らっきょうが全国に知られます。豆腐を使うとうふちくわやいただき、県中西部の牛骨ラーメン、智頭の柿の葉寿司、ぜんざい風の小豆雑煮など、土地ごとの味もそろいます。
鳥取の伝統工芸
因州和紙
Inshu Washi (Inshu Japanese Paper)
因州和紙(いんしゅうわし)は、鳥取県鳥取市の青谷町(あおやちょう)と佐治町(さじちょう)を二大産地とする和紙です。因州は、現在の鳥取県東部にあたる因幡国(いなばのくに)の別名です。奈良時代の正倉院文書には因幡で漉かれたと推測される紙が残り、平安時代の『延喜式(えんぎしき)』には因幡国から朝廷へ紙を納めた記録があります。江戸時代には藩の御用紙として、また庶民の紙として盛んに作られました。戦後は障子紙や事務用紙の需要が激減し、書道用の画仙紙(がせんし)や工芸紙、染色紙の開発に活路を求めます。なかでも手漉きの高級画仙紙は、日本有数の生産量を誇ります。墨の減りが少なく筆運びが滑らかなことから「因州筆切れず」と呼ばれ、全国の書道家に愛用されてきました。1975年(昭和50年)、和紙として全国で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されています。

弓浜絣
Yumihama Gasuri (Yumihama Ikat Cotton)
弓浜絣(ゆみはまがすり)は、鳥取県西部の弓ヶ浜半島(米子市・境港市)で織られてきた木綿の絣です。絣とは、あらかじめ部分的に染め分けた糸を使い、織りながら模様を表す織物のことです。17世紀後半、弓ヶ浜の砂地で自家用の綿栽培が始まり、18世紀中頃に藍玉(あいだま)の問屋が置かれて木綿の生産が増えました。19世紀初めには、農家の女性たちが家族のために、絵柄を織り込んだ絵絣を織るようになります。深い藍色の地に、鶴亀や松竹梅などの縁起の良い柄が白く浮かぶ、素朴でざっくりした風合いが持ち味です。明治時代には鳥取県の絣の生産高が全国3位になりましたが、紡績業の発達や化学繊維の普及で衰えました。1975年(昭和50年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されています。1978年には鳥取県の無形文化財にもなりました。
出雲石灯ろう
Izumo Ishidoro (Izumo Stone Lanterns)
出雲石灯ろう(いずもいしどうろう)は、島根県松江市宍道町(しんじちょう)の来待(きまち)地区周辺で採れる来待石を使って作る石灯籠です。主な産地は島根県の松江市・出雲市で、鳥取県では境港市の石材店が製作を担っています。起源は奈良・平安時代とされ、仏教の伝来とともに献灯の道具として使われ始めました。桃山時代には茶道の広まりとともに、庭園に置かれるようになります。江戸時代には松江藩が来待石を「御止石(おとめいし)」とし、藩外への持ち出しを禁じて保護しました。来待石はきめが細かく軟らかい砂岩で、彫りやすく、苔がつきやすいため早く古びた趣を帯びます。1976年(昭和51年)、石工品として初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されました。伝統工芸青山スクエアでは「出雲石燈ろう」、鳥取県・島根県の資料では「出雲石灯ろう」と表記されています。

倉吉絣
Kurayoshi Gasuri (Kurayoshi Ikat Textiles)
倉吉絣(くらよしがすり)は、鳥取県中部の倉吉市で江戸時代末期から織られてきた絣です。花鳥山水や松竹梅、鶴亀などを絵のように織り出す、精巧な絵絣で知られます。鳥取県の資料では、約200年前に稲嶋大助が花鳥山水の絵絣を織り、広めたとされています。明治時代には盛んに織られ、船木・桑田工場が出品した絣は海外の万国博覧会で受賞しました。明治初期には技術が美作地方に伝わり、岡山県の作州絣が生まれたといわれます。その後は機械生産の織物に押されて衰えました。戦後、染織家の吉田たすくが古い伝書を解読し、複雑な風通織(ふうつうおり)をよみがえらせます。現在は倉吉絣保存会が技を受け継ぎ、倉吉ふるさと工芸館で実演や展示販売を行っています。鳥取県知事が指定する鳥取県郷土工芸品の一つです。
牛ノ戸焼
Ushinoto Yaki (Ushinoto Ware)
牛ノ戸焼(うしのとやき)は、鳥取市河原町牛戸(うしと)の窯で焼かれている陶器です。江戸時代末期に始まった窯で、天保年間(1830〜1844年)の開窯とする資料もあります。もとは地元の土で梅模様の徳利(とっくり)などの日用雑器を焼いていましたが、昭和初期には衰えていました。1931年(昭和6年)、4代目・小林秀晴が民藝運動家の吉田璋也(よしだしょうや)の指導を受けます。そして緑と黒の釉薬(ゆうやく)を半分ずつ掛けた「染分皿(そめわけざら)」を作りました。窯出しに立ち会った柳宗悦がこれを高く評価し、牛ノ戸焼は吉田が進めた「新作民藝」の出発点となりました。素朴で太く堅牢な日用の器が特徴で、今も代々の登り窯で焼かれています。鳥取県郷土工芸品に指定され、現在は6代目・小林孝男と7代目・小林遼司が作陶を続けています。

因久山焼
Inkyuzan Yaki (Inkyuzan Ware)
因久山焼(いんきゅうざんやき)は、鳥取県八頭町(やずちょう)久能寺(くのうじ)の窯で焼かれている陶器です。江戸時代中期の明和年間(1764〜1772年)、鳥取藩主の池田侯に招かれた京都の陶工が窯を築き、藩の御用窯として茶器などを焼かせたのが始まりといわれます。「因久山」の名は、窯がある因幡国(いなばのくに)久能寺にちなみます。窯元では江戸時代から続く7室の登り窯を今も薪で焚いています。鉄分を多く含む地元の土に、藁灰釉(わらばいゆう)や海鼠釉(なまこゆう)などの釉薬を掛けて仕上げます。素朴でありながら格調の高さを感じさせる作風で、茶道具を中心に、湯呑やコーヒーカップなど普段使いの器も作られています。鳥取県郷土工芸品に指定され、窯元の芦澤(あしざわ)家が伝統を受け継いでいます。
中井窯
Nakai Gama (Nakai Kiln Pottery)
中井窯(なかいがま)は、鳥取市河原町中井にある民藝の窯です。鳥取県の資料では「因州・中井窯(いんしゅう・なかいがま)」の名で載っています。1945年(昭和20年)、初代・坂本俊郎が登り窯を築いたのが始まりです。2代目・坂本實男(ちかお)は鳥取の民藝運動家・吉田璋也の指導で新作民藝に取り組み、1952年に吉田から「牛ノ戸焼脇窯(わきがま)」の名を受けました。緑・黒・白の釉薬を一枚の器に掛け分けた「染分(そめわけ)」の皿が代表作です。3代目・坂本章は2000年、工業デザイナー柳宗理のディレクションによる器を発表しました。モダンな掛け分け皿は広く知られるようになっています。地元の山土と、自ら作る藁灰の釉薬を使い、暮らしに役立つ器づくりを続けています。鳥取県郷土工芸品に指定されています。
淀江傘
Yodoe Gasa (Yodoe Japanese Umbrellas)
淀江傘(よどえがさ)は、鳥取県米子市淀江町で作られている和傘です。文政4年(1821年)、倉吉から来た倉吉屋周蔵が淀江で傘屋を開いたのが始まりとされます。明治14年(1881年)に津山の西金蔵を招いて製造の指導を受けたことが、発展のきっかけになりました。傘を一度に干せる広い砂浜があり、良い竹が手に入りやすかったことも追い風となります。大正時代には製造業者が71軒に増え、年間約17万本を西日本一円などへ出荷しました。洋傘の普及で衰え、1984年(昭和59年)には最後の製造業者が廃業します。翌1985年に淀江傘伝承の会が発足し、技術を受け継いでいます。丈夫な番傘や蛇の目傘が中心で、梅の花や亀甲をかたどった蛇の目の意匠と、色鮮やかな糸飾りが特徴です。鳥取県知事が指定する鳥取県郷土工芸品の一つです。
用瀬の流しびな
Mochigase no Nagashibina (Mochigase Floating Hina Dolls)
用瀬の流しびな(もちがせのながしびな)は、鳥取市用瀬町に伝わる紙の雛人形と、それを川に流す行事です。旧暦3月3日、晴れ着の子どもたちが、男女一対の紙雛を藁で編んだ丸い桟俵(さんだわら)に乗せ、桃の小枝や菜の花などを添えて千代川(せんだいがわ)に流します。雛に一年の災いを移し、無病息災を願う習わしです。行事は1985年に鳥取県の無形民俗文化財に指定され、2021年には国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選ばれました。流す雛は、地元の「ときわ流しびなの会」が稲刈り後の秋から約半年かけて手作業で作っています。鳥取県知事が指定する郷土工芸品等の一覧にも、郷土玩具として「流しびな、きりん獅子」が載っています。町内の「流しびなの館」では、紙雛づくりや桟俵づくりを体験できます。
はこた人形
Hakota Ningyo (Hakota Papier-mache Dolls)
はこた人形は、鳥取県倉吉市で作られている張り子(はりこ)の人形です。桐の木型に和紙を張り重ね、型から抜いた張り子に胡粉(ごふん)で下地を塗り、染料や日本絵具で彩色して仕上げます。始まりは江戸時代の天明年間(1781〜1789年)といわれます。備後国(びんごのくに、現在の広島県東部)から行商に来た備後屋治兵衛が、倉吉の慎ましやかな娘に惹かれて人形にしたと伝えられます。こけしのような姿の素朴な人形で、かつては「はーこさん」と呼ばれ、子どもの遊び相手として親しまれました。けがや病気をせず無事に育つよう願うお守りでもあります。鳥取県知事が指定する郷土工芸品等の一覧に、郷土玩具として載っています。現在は白壁土蔵群の一角にある「はこた人形工房」で、倉吉はこた人形保存会が製作と販売を続けており、顔描き体験もできます。
鳥取の郷土料理

鳥取の松葉がに
Tottori Matsuba Gani (Snow Crab of Tottori)
松葉がに(まつばがに)は、山陰地方でズワイガニの雄を呼ぶ名前で、鳥取県の冬を代表する味覚です。県内では境漁港(境港市)、鳥取港(鳥取市)、網代(あじろ)漁港(岩美町)などに水揚げされます。漁は毎年11月6日に解禁され、松葉がにの漁期は翌年3月20日までです。県内の沖合底びき網漁船が水揚げした甲羅幅11センチ以上の松葉がにには、鳥取県産を示すタグが付けられて出荷されます。2015年の漁期からは、最上級ブランド「特選とっとり松葉がに五輝星(いつきぼし)」の販売が始まりました。初競りでは五輝星1匹に500万円の値がついたこともあると報じられています。一方、雌のズワイガニは地元で「親ガニ(おやがに)」と呼ばれます。卵を抱えた親ガニは、大根と煮込む「親ガニのみそ汁」として家庭で親しまれてきました。

鳥取牛骨ラーメン
Tottori Gyukotsu Ramen (Beef Bone Broth Ramen)
鳥取牛骨(ぎゅうこつ)ラーメンは、牛の骨でだしを取ったスープが特徴の、鳥取県のご当地ラーメンです。豚骨や鶏ガラが主流の日本のラーメンのなかでは珍しく、牛脂の甘みと香ばしさ、あっさりした後味が持ち味とされます。店は米子市、境港市、倉吉市、琴浦町など県の中西部に集まり、県東部で出す店はごくわずかです。地元では長く当たり前の味で、もとは専門店よりも定食屋や食堂のメニューの一つとして親しまれてきました。発祥には諸説ありますが、米子市の「満洲味(ますみ)」が発祥の店とされています。2009年に愛好家らが「鳥取牛骨ラーメン応麺団(おうめんだん)」を結成し、「鳥取牛骨ラーメン」の名前でPRを始めました。2010年にはテレビのご当地グルメランキングで2位に選ばれ、全国に知られるようになりました。

砂丘らっきょう
Sakyu Rakkyo (Sand Dune Rakkyo Shallots)
砂丘らっきょうは、鳥取砂丘に隣接する鳥取市福部町(ふくべちょう)の砂丘畑で育つらっきょうと、その漬物です。らっきょうは小さな球根状の部分を食べる野菜で、甘酢漬けにするのが一般的です。砂丘畑は地力が低く、厚い砂の層で余分な水分や栄養がたまりにくいため、身が締まって色白に育ちます。シャキシャキとした歯切れの良さが市場で高く評価され、2016年3月に「鳥取砂丘らっきょう」「ふくべ砂丘らっきょう」として地理的表示(GI)に登録されました。収穫は5月下旬から6月中旬で、根付きや洗いらっきょうとして出荷されるほか、甘酢漬けなどの加工品として一年中販売されています。10月下旬から11月上旬には、約120ヘクタールの畑に薄紫色の花が一斉に咲き、砂丘の秋の風物詩になっています。
智頭の柿の葉寿司
Chizu Kakinoha Zushi (Persimmon Leaf Sushi of Chizu)
智頭の柿の葉寿司は、鳥取県南東部の山あいにある智頭町(ちづちょう)に伝わる郷土料理です。酢飯の上に薄切りの塩マスとサンショウの実をのせ、柿の葉で包んでなじませます。海から遠い智頭町で、魚を傷ませずに食べるための工夫から生まれたとされます。柿の葉に含まれるタンニンには防腐効果があり、塩マスの傷みを防ぐといわれます。昔は農家の庭に柿の木があることが多く、身近な葉が活用されてきました。盆や祭り、正月、来客のもてなしなど、ハレの日のごちそうとして作られてきた料理です。紅葉した葉で包むと彩りが増し、秋らしい趣になります。家庭で作る機会が減ったため、地元の住民グループが製造や普及に取り組んでいます。サバを使うことが多い奈良県の柿の葉寿司に対し、マスを使うのが智頭の特徴です。

とうふちくわ
Tofu Chikuwa (Tottori Tofu and Fish Paste Tube)
とうふちくわは、木綿豆腐と白身魚のすり身を混ぜ合わせ、ちくわの形にして蒸し上げた鳥取県の練り製品です。豆腐と魚のすり身をおよそ7対3で合わせるのが基本とされます。ふんわりとやわらかな食感で、かむと豆腐の香りが広がります。鳥取市を中心とする県東部(因幡地方)で日常的に食べられ、県中部でも親しまれてきました。由来としては、鳥取藩主・池田光仲が質素倹約のため「魚の代わりに豆腐を食べよ」と勧めたことに始まるという説が広く知られています。一方で鳥取県立公文書館の資料はこの話を俗説とし、もとは客をもてなす贅沢な食品だったと紹介しています。普段のおかずだけでなく、祭りや結婚式などのハレの日にも食べられてきました。しょうが醤油やわさび醤油で食べるのが定番で、ねぎ入りやカレー味などの商品もあり、鳥取土産としても人気があります。
あごのやき
Ago no Yaki (Grilled Flying Fish Chikuwa)
あごのやきは、トビウオのすり身で作る鳥取県の大ぶりなちくわです。鳥取県ではトビウオを「あご」と呼び、「あごちくわ」の名でも親しまれています。一般的なちくわはスケトウダラやサメ、ホッケなどが原料ですが、あごのやきはトビウオを原料にします。表面を焼いた皮は硬めで香ばしく、包丁を入れるとパリッと音がします。普通のちくわより色が濃く、初めて見た人が黒いちくわと思うこともあるそうです。かみごたえがあり、トビウオの味を丸ごと楽しめます。手でちぎったり丸かじりしたりするほか、わさび醤油やしょうが醤油を付けて酒の肴にします。吸い物の具やだしにも使われます。トビウオの旬は初夏で、あごのやきも初夏の味覚として親しまれています。県外の人への土産としても人気があります。
どんどろけ飯
Dondoroke Meshi (Tottori Rice Cooked with Stir-Fried Tofu)
どんどろけ飯は、油で炒めた豆腐と、ごぼうや人参などの野菜を米と一緒に炊き込む鳥取県の郷土料理です。鳥取県東部から中部にかけて伝わり、「豆腐飯」とも呼ばれます。「どんどろけ」は方言で雷のことです。熱した油に豆腐を入れたときのバリバリという音が、雷鳴のように聞こえることから名付けられたとされます。かつて豆腐はごちそうで、貴重なたんぱく源でした。どんどろけ飯は、田植えの後など農作業の区切りや、村の人々が集まるときに作られてきました。干ししいたけや油揚げでうま味を加え、薄味であっさりと仕上げます。昭和に入ると鶏肉を入れるようになり、炊飯器の普及後は混ぜご飯風の作り方も広まりました。現在は学校給食の郷土料理献立にも登場しています。
いただき
Itadaki (Tottori Rice-Stuffed Fried Tofu Pouch)
いただきは、大きな三角形の油揚げに生の米と野菜を詰め、だし汁でじっくり炊き上げる鳥取県西部の郷土料理です。弓ヶ浜(ゆみがはま)半島を中心に、米子市や境港市などで親しまれ、「ののこめし」とも呼ばれます。見た目は大きないなりずしに似ていますが、生米を油揚げごと炊く点が異なります。言い伝えでは明治中期ごろ、境港市の寺の住職が福井県の寺で精進料理の油揚げを気に入り、米や野菜を詰めて炊いたのが始まりとされます。米が貴重だった時代に、少ない米でも満腹になるよう具材を多く入れて工夫された料理です。特別な行事の日に各家庭で作られ、近所にも振る舞われました。味付けは家庭ごとに異なり、境港市は塩辛め、米子市は甘辛い傾向があるといわれます。令和3年度には、文化庁の「100年フード」の近代の100年フード部門に認定されました。
小豆雑煮
Azuki Zoni (Sweet Red Bean New Year Soup with Mochi)
小豆雑煮は、甘く煮た小豆の汁に、やわらかく煮た丸餅を入れる鳥取県の正月の雑煮です。見た目も作り方も、他の地域で「ぜんざい」や「しるこ」と呼ばれるものによく似ています。鳥取県では東部から中部を中心に、元日の朝におせちと一緒に食べられています。おせちの塩気と、小豆雑煮の甘みがよく合うとされます。昔は少量の塩を入れた小豆汁だったといわれますが、今は砂糖で甘く煮るのが一般的です。小豆の赤色には邪気を払う力があるとされ、古くからハレの日の食材として使われてきました。県内全域で食べられているわけではなく、山間部では醤油味や味噌味の雑煮が多いようです。中部の三朝町(みささちょう)では、山で採れる栃(とち)の実を使った栃餅を入れます。島根県の松江市や出雲地方などにも、小豆雑煮が伝わっています。

打吹公園だんご
Utsubuki Koen Dango (Kurayoshi Three-Color Dumplings)
打吹公園だんごは、鳥取県倉吉市の石谷精華堂(いしたにせいかどう)が作る三色の串だんごです。小さなもちを、手亡(てぼう)という白いんげん豆の白あん、小豆あん、抹茶あんの3種のあんで包み、串に刺しています。地元では「公園だんご」の名で親しまれ、鳥取を代表する土産菓子の一つです。明治13年(1880年)、初代の石谷すまが、名和長年が後醍醐天皇に甘茶だんごを差し上げたという故事にちなんで作り始めたとされます。名前にある打吹(うつぶき)公園は、倉吉市の打吹山のふもとにある公園で、「さくら名所100選」にも選ばれています。地元の糯米(もちごめ)粉に蜜を入れ、練っては蒸す工程を繰り返して作ります。創業以来、添加物を使っていないとしており、消費期限は3日ほどと短めです。
モデルコース
鳥取砂丘で砂丘らっきょうを選び、元魚町のとうふちくわと民藝店をめぐるコース
鳥取砂丘の入り口近くにある砂丘会館では、砂丘らっきょうの漬物などの加工品を選べます。福部町の味の散歩道まえたは、大正10年創業の練り物メーカーの直売所で、トビウオのすり身で作るあごちくわが人気です。市街地に戻ったら、元魚町のとうふちくわの里 ちむらや、かろや商店でとうふちくわを買いましょう。最後はJR鳥取駅から歩いて5分ほどの鳥取たくみ工芸店へ。吉田璋也が1932年に開いた民藝店で、牛ノ戸焼や中井窯の器が並びます(水曜休み)。
賀露のかにっこ館と市場で松葉がにを知り、青谷で因州和紙を漉くコース
鳥取港のそばにある、とっとり賀露かにっこ館は入館無料のカニの水族館で、松葉がにについて学べます。近くの鳥取港海鮮市場かろいちには鮮魚店が並び、冬は松葉がにや親ガニを見比べて買えます。午後はJR山陰本線で西へ向かい、青谷町のあおや和紙工房で紙すきを体験しましょう(要予約、受付は15時30分まで、月曜定休)。冬に鳥取市内で泊まるなら、鳥取駅近くのかに吉で松葉がにのコースを味わえます(予約制)。
千代川をさかのぼり、河原町の民藝の窯と用瀬の流しびな、智頭の柿の葉寿司を訪ねるコース
鳥取市河原町には、吉田璋也の指導で染分皿を生んだ牛ノ戸焼窯元と、緑・黒・白の染め分けで知られる因州・中井窯があります。どちらも休みが不定なので、事前に電話で連絡しておきましょう。お昼の前に、とうふちくわの里 ちむらの布袋店に寄るのもおすすめです。用瀬町の流しびなの館では、ときわ流しびなの会の指導で紙雛づくりを体験できます(60分コース1,430円程度、要予約)。さらに南の智頭町では、板井原集落の古民家カフェ 和佳で、5月下旬から10月中旬ごろに柿の葉寿司がランチに登場すると紹介されています。
倉吉の白壁土蔵群で倉吉絣とはこた人形にふれ、琴浦で牛骨ラーメンを味わうコース
倉吉の白壁土蔵群の一角にあるはこた人形工房では、張り子のはこた人形に顔を描き入れる体験ができます(約30分、1,600円程度〜)。近くの倉吉ふるさと工芸館では、倉吉絣保存会の機織りの実演を見学でき、着尺や小物も買えます。どちらも水曜定休なので注意しましょう。明治13年創業の石谷精華堂では、白・小豆・抹茶の三色の打吹公園だんごを喫茶で味わえます。夕方は琴浦町へ足を延ばし、1949年創業の香味徳 赤碕店で牛骨ラーメンをいただきます。