画像: Wikimedia Commons徳島県
徳島県は四国の東部にあり、かつての阿波国(あわのくに)にあたる県です。県の中央を吉野川が東へ流れ、県土の8割ほどを山地が占めます。江戸時代には蜂須賀家の徳島藩が置かれ、吉野川流域で育てた藍から作る染料「すくも」が全国に出荷されて、藩の財政を支えました。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、阿波和紙・大谷焼・阿波正藍しじら織の3品目です。大谷焼は藍染めに使う藍甕(あいがめ)づくりで発展し、しじら織も阿波藍で糸を染めます。那賀町木頭(きとう)には楮(こうぞ)の布・太布(たふ)が、徳島市周辺には阿波人形浄瑠璃の人形・阿波木偶(あわでこ)が伝わります。船大工の技術の流れをくむ唐木仏壇・鏡台・遊山箱(ゆさんばこ)も徳島の手仕事です。食では、甘辛い豚バラ肉と生卵をのせる徳島ラーメン、祖谷(いや)地方の祖谷そばとそば米雑炊、つるぎ町の半田そうめん、阿波市のたらいうどんが知られます。ぼうぜの姿寿司や小松島のフィッシュカツ、乳酸発酵させる阿波晩茶、竹糖から作る和三盆、眉山(びざん)のふもとの滝の焼餅も、徳島ならではの味です。
徳島の伝統工芸
阿波和紙
Awa Washi (Awa Handmade Paper)
阿波和紙(あわわし)は、徳島県で漉き継がれてきた手漉き和紙です。徳島県によると、約1300年前に阿波忌部氏(あわいんべし)によって始まったといわれます。楮(こうぞ)、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)を主な原料とし、水に強く破れにくいことが特徴です。江戸時代には徳島藩が製紙を保護し、明治の最盛期には吉野川流域に500軒ほどの紙漉き農家がありました。1976年(昭和51年)には国の伝統的工芸品に指定されています。藍で一枚ずつ染めた藍染和紙は、阿波和紙を象徴する品の一つです。現在は吉野川市山川町が主な産地で、障子紙や画仙紙のほか、版画用紙やインクジェット対応の和紙も作られています。山川町のアワガミファクトリー(阿波和紙伝統産業会館)では、紙漉きを体験できます。
大谷焼
Otani-yaki (Otani Ware)
大谷焼(おおたにやき)は、徳島県鳴門市大麻町(おおあさちょう)大谷で焼かれている陶器で、230年以上の歴史を持ちます。江戸時代後期の1780年(安永9年)、四国遍路で訪れた豊後国(現在の大分県)の焼物細工師・文右衛門が、大谷村でろくろ細工を披露したのが始まりと伝えられます。藍染めに使う大きな藍甕(あいがめ)の需要に支えられて発展しました。大物は、一人が寝転がって足でろくろを回し、もう一人が成形する「寝ろくろ」で作られます。鉄分の多い土を使った、ざらりとした手ざわりと金属のようなかすかな光沢が特徴です。2003年(平成15年)に国の伝統的工芸品に指定されました。現在は水甕や睡蓮鉢のほか、湯のみや皿などの日用品も作られています。大谷地区には窯元が点在し、毎年11月には「大谷焼窯まつり」が開かれます。
阿波正藍しじら織
Awa Shoai Shijira-ori (Awa Indigo Crepe Cotton)
阿波正藍しじら織(あわしょうあいしじらおり)は、徳島県徳島市で織られている木綿の織物です。表面に「シボ」と呼ばれる細かな凹凸があり、肌に張りつきにくく、さらりとした肌ざわりが特徴です。明治時代の初め、阿波国名東郡安宅村(現在の徳島市安宅)の海部ハナ(かいふはな)が、木綿縞の「たたえ織」を改良して考え出したといわれます。干していた着物がにわか雨に濡れ、日に当てて乾かしたところ縮んでいたことが、きっかけと伝えられます。天然の阿波藍で染めた糸を使うものが「阿波正藍しじら織」で、1978年(昭和53年)に国の伝統的工芸品に指定されました。軽くて涼しいため、夏の着物や甚平、作務衣などに使われます。現在は徳島市国府町(こくふちょう)の織元が、糸染めから織り、仕上げまでを手がけています。
阿波藍
Awa Ai (Awa Indigo)
阿波藍(あわあい)は、徳島県の吉野川流域で育てられた藍と、その葉を発酵させてつくる染料「すくも(蒅)」、そしてすくもを使った藍染めを指します。吉野川はたびたび氾濫しましたが、藍は台風の前に刈り取れるうえ、洪水が運ぶ肥えた土で毎年同じ畑で育てられたため、藍作が盛んになりました。江戸時代には徳島藩主の蜂須賀家が藍の栽培と製造を保護し、阿波藍は全国の市場を占めました。明治時代に最盛期を迎えましたが、輸入されたインド藍や合成染料に押されて衰えました。現在も、藍師(あいし)と呼ばれる職人が伝統の技法ですくもをつくり、吉野川流域のすくも生産量は日本一です。2019年(令和元年)には、流域9市町の「藍のふるさと 阿波」が日本遺産に認定されました。藍住町の「藍の館」などで、藍染めを体験できます。
阿波太布
Awa Tafu (Awa Bark-Fiber Cloth)
阿波太布(あわたふ)は、徳島県那賀町の木頭(きとう)地区に伝わる、楮(こうぞ)の樹皮の繊維で織る布です。太布は古くから日本各地で織られた丈夫な布で、仕事着や穀物・弁当を入れる袋、畳の縁などに使われてきました。木綿が広まると各地で作られなくなり、昭和に入ると衰退の一途をたどりました。現在、その技術が伝わるのは全国でも木頭地区だけとされます。製造は、楮の刈り取りから樹皮の加工、糸づくり、地機(じばた)での織りまで、手間のかかる工程からなります。2017年(平成29年)3月には「阿波の太布製造技術」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。地元の阿波太布製造技法保存伝承会が技術を受け継ぎ、伝承施設「太布庵(たふあん)」で製造の見学や体験を受け入れています。

阿波木偶
Awa Deko (Awa Puppets)
阿波木偶(あわでこ)は、徳島県に伝わる人形芝居「阿波人形浄瑠璃」で使われる操り人形です。「木偶(でこ)」は木で作った人形を意味します。阿波人形浄瑠璃は、義太夫節に合わせて三人で一体の人形を遣う芝居です。1999年(平成11年)に国の重要無形民俗文化財に指定されました。かつては神社の境内などにある農村舞台で、祭礼に合わせて上演されてきました。阿波の人形の頭(かしら)は、文楽の四寸型に対して六寸型が基本で、ひと回り大きく作られています。明治の初めから中ごろにかけて、野外の舞台でも見栄えがするよう人形師が工夫したものと考えられています。頭の中にはからくりが仕込まれ、ひもを引くと表情が変わります。徳島市国府町の人形師「天狗久(てんぐひさ)」三代の製作用具と製品は、国の重要有形民俗文化財です。徳島市川内町の阿波木偶人形会館では人形師の作品を見学できます。
遊山箱
Yusanbako (Tokushima Picnic Boxes)
遊山箱(ゆさんばこ)は、徳島に伝わる三段重ねの小さな木製の弁当箱で、「阿波の玉手箱」とも呼ばれます。「遊山」とは、野山へ遊びに出かけることです。桃の節句や菖蒲(しょうぶ)の節句になると、子どもたちはこの箱に料理やおやつを詰めて、山や海、野原へ出かけました。中身は、巻き寿司などのご飯もの、煮しめ、ようかんやういろうなどの甘いものが定番でした。箱の枠に三段の重を収め、上下にスライドする蓋で固定し、上の取っ手を持って運びます。江戸時代から使われたとされ、昭和40年代ごろまで徳島の春の風物詩でした。暮らしの変化で一度は姿を消しましたが、研究者や木工職人の取り組みによって再び作られるようになりました。徳島市の江淵鏡台店は、鏡台作りで培った指物(さしもの)の技で遊山箱を作り、絵付け体験も行っています。
徳島唐木仏壇
Tokushima Karaki Butsudan (Tokushima Hardwood Buddhist Altars)
徳島唐木仏壇(とくしまからきぶつだん)は、徳島県で作られる唐木仏壇です。唐木(からき)とは、黒檀(こくたん)、紫檀(したん)、鉄刀木(たがやさん)など、主に海外から運ばれてくる堅く美しい木材のことです。金箔や漆で飾る金仏壇とは違い、金箔などの飾りを控えめにして、木目の美しさを生かして仕上げます。徳島は、藩政時代から続く木工の産地です。大阪などの仏壇の製造を請け負うなかで唐木の技術を身につけ、唐木仏壇の一大産地になりました。今では唐木仏壇の出荷額で全国一とされます。2003年に徳島県の伝統的特産品に認定され、2007年には「徳島唐木仏壇」が地域団体商標に登録されました。製作は、木地、彫刻、塗装、組み立てなどを専門の職人が分担して進めます。一基の仏壇の部品は2,000〜3,000点に及ぶといいます。
徳島鏡台
Tokushima Kyodai (Tokushima Dressing Tables)
徳島鏡台(とくしまきょうだい)は、徳島市を中心に作られてきた鏡台で、「阿波鏡台」とも呼ばれます。徳島では藍染やしじら織と並んで木工業が盛んで、明治時代には「安宅物(あたけもの)」と呼ばれる仏壇や鏡台が地場産業として栄えました。江戸時代に手鏡を置く箱として始まった鏡台は、大正時代に大型化し、昭和初期には西洋風の鏡台も作られるようになりました。昭和30年代から50年代ごろには業者が大きく増え、徳島は静岡と並ぶ鏡台の二大産地と言われました。引き出しなどの内部に桐を白木のまま使い、切り込みを入れて組み合わせた箱を基本とするのが特徴です。鏡台は嫁入り道具として求められ、塗装の工夫を重ねて時代に合った製品が作られてきました。しかし暮らしの変化で、生産は大きく減っています。現在は徳島市の江淵鏡台店などが、指物の技術で鏡台や家具を作り続けています。
徳島の郷土料理

徳島ラーメン
Tokushima Ramen (Pork Bone Soy Ramen with Sweet Simmered Pork Belly and Raw Egg)
徳島ラーメンは、徳島県で食べられているご当地ラーメンです。スープの色によって、茶系・黄系・白系の3つの系統に大きく分けられます。一般に「徳島ラーメン」として知られるのは、豚骨に濃口しょうゆのたれを合わせた、濃い茶色のスープの茶系です。チャーシューの代わりに、甘辛く煮た豚バラ肉をのせるのが特徴です。生卵を割り入れて食べる店が多く、「すき焼きのようなラーメン」と表現されることもあります。地元では、ラーメンをおかずにして白いご飯と一緒に食べる人も多いと紹介されています。徳島市の「いのたに」が新横浜ラーメン博物館に出店したことをきっかけに、全国に知られるようになりました。

祖谷そば
Iya Soba (Thick, Short Buckwheat Noodles of the Iya Valley)
祖谷そば(いやそば)は、徳島県三好市の祖谷(いや)地方に伝わるそばです。祖谷は四国山地の深い渓谷にあり、急な斜面が多く米が育ちにくい土地でした。そのため、栽培期間が短く、やせた土地でも育つそばが主食として食べられてきました。祖谷そばは、つなぎの小麦粉をほとんど使わずに打つのが特徴です。麺が切れやすいため、太く短く仕上がり、素朴な味わいとそばの香りを楽しめます。祖谷には平家の落人(おちうど)が逃れ住んだという伝説が数多く残っています。祖谷そばも、平家の落人の常食として伝わってきた料理だと語られています。現在は三好市の特産品として、かずら橋や大歩危(おおぼけ)周辺のそば店や道の駅で食べられます。
半田そうめん
Handa Somen (Thick Hand-Stretched Wheat Noodles of Tsurugi)
半田そうめん(はんだそうめん)は、徳島県美馬郡(みまぐん)つるぎ町の半田地区で作られている手延べそうめんです。ふつうのそうめんより太く、ひやむぎに近い太さがあるのが最大の特徴です。強いコシとつるりとした食感があり、「舌の上で麺がはねる」と言われることもあります。江戸時代に、吉野川の水運を担った船頭たちが、奈良の三輪から製法を持ち帰ったのが始まりとされます。四国山地から吹く冷たい風と、剣山から吉野川へ流れる水が、そうめん作りに向いていました。材料は小麦粉、塩、水だけで、煮くずれしにくいため、冷たくしても温かくしても食べられます。徳島の家庭では、四季を通じてさまざまな料理に使われています。「半田そうめん」は地域団体商標にも登録されています。

たらいうどん
Tarai Udon (Kama-age Udon Served in a Wooden Tub)
たらいうどんは、徳島県阿波市土成町(どなりちょう)の御所(ごしょ)地区に伝わる郷土料理です。ゆでたうどんを、ゆで汁ごと大きな木のたらいに入れて出します。それを何人かで囲み、各自がすくってつけ汁につけて食べます。ゆでたての麺を湯に入れたまま食べる、釜揚げうどんの一種です。江戸時代末期、宮川内谷川(みやごうちだにがわ)の上流で働いていた木こりたちが、川原でうどんをゆでて食べたのが始まりとされています。昔のつけ汁には、川でとれたじんぞく(ハゼ科の川魚)のだしを使いました。昭和初期に、当時の徳島県知事が「たらいのような器に入ったうどん」と評したことが、名前の由来と伝えられます。現在は宮川内谷川沿いに専門店が並び、「御所のたらいうどん」は文化庁の「100年フード」にも認定されています。
そば米雑炊
Sobagome Zosui (Buckwheat Groat Porridge Soup of Iya)
そば米雑炊(そばごめぞうすい)は、徳島県三好市の祖谷(いや)地方を中心に食べられてきた郷土料理です。「そば米」とは、そばの実を粉にせず、塩ゆでしてから殻をむき、乾燥させたものです。米粒に見立てて「米」と呼ばれますが、稲の米ではありません。だしで鶏肉や野菜を煮て、しょうゆで味を整え、ゆでたそば米を加えて仕上げます。汁気が多いことから「そば米汁」とも呼ばれます。山に囲まれ米が育ちにくい祖谷では、栽培期間の短いそばが主食として育てられてきました。源平合戦に敗れて祖谷に逃れた平家の人々が、正月にこの料理を食べたという言い伝えもあります。現在は県内のスーパーでもそば米が売られ、家庭でも作られています。

ぼうぜの姿寿司
Bouze no Sugatazushi (Whole Japanese Butterfish Pressed Sushi)
ぼうぜの姿寿司(ぼうぜのすがたずし)は、徳島県で秋祭りのごちそうとして作られてきた押し寿司です。「ぼうぜ」は徳島での呼び名で、標準和名をイボダイという白身の魚を指します。ぼうぜを背開きにして骨や内臓を除き、塩と酢でしめてから、魚の大きさに合わせて握った酢飯を包みます。頭から尾まで、魚の姿をそのまま生かして仕上げるのが特徴です。合わせ酢にゆず酢を加えたり、輪切りのすだちを添えたりと、徳島らしい柑橘の香りも生かされます。ぼうぜは夏から秋にかけて徳島県の沿岸にやって来る魚で、秋祭りのころに多くとれます。祭りの日には、赤飯やかきまぜ寿司、お吸い物などとともに食卓に並びました。家ごとに作り方があるといわれますが、近年は家庭で作る機会が減っています。秋になると、スーパーや寿司店、産直市などで姿寿司やにぎりが売られます。

フィッシュカツ
Fish Katsu (Curry-Spiced Breaded Fish Cake)
フィッシュカツは、魚のすり身にカレー粉や唐辛子などで味をつけ、パン粉の衣をつけて揚げた徳島県の練り製品です。名前から魚の切り身のフライを思い浮かべがちですが、かまぼこやちくわと同じ練り物の仲間です。小松島市の蒲鉾店「津久司蒲鉾(つくしかまぼこ)」が考案したとされます。その後、ほかの店も独自のレシピで作るようになり、県内に広まりました。原料には、タチウオやエソなど近海でとれる魚のすり身が使われます。カレーで味をつけているため冷めてもおいしく、おかずやおつまみ、弁当のおかずとして日常的に食べられています。徳島県東部では「カツ」といえばフィッシュカツを指すほど身近で、徳島のソウルフードとも呼ばれます。そのまま食べるほか、すだちを搾ったり、ソースやマヨネーズをかけたりします。うどんやお好み焼きの具にするなど、食べ方もさまざまです。

阿波晩茶
Awa Bancha (Lactic-Fermented Tea of Tokushima)
阿波晩茶(あわばんちゃ)は、徳島県の山あいで作られてきた、乳酸菌の働きを利用する後発酵茶です。主な産地は、勝浦郡上勝町(かみかつちょう)と、那賀郡那賀町(なかちょう)の旧相生町(あいおいちょう)域です。海部郡美波町(みなみちょう)などでも作られています。夏に大きく育った茶葉を摘んで大釜でゆで、すって傷をつけたあと、桶に漬け込んで発酵させます。最後に天日で干して仕上げます。乳酸発酵によるほのかな酸味と、やわらかな口当たりが特徴です。もとは各家庭で自分たちが飲むために作られてきたお茶で、家ごとに製法や味が少しずつ異なります。2018年(平成30年)には「四国山地の発酵茶の製造技術」として、国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択されました。2021年(令和3年)には「阿波晩茶の製造技術」が国の重要無形民俗文化財に指定されています。
阿波和三盆
Awa Wasanbon (Hand-Refined Sugar and Dry Confections of Tokushima)
阿波和三盆(あわわさんぼん)は、徳島県で作られる和三盆糖と、それを使った干菓子のことです。和三盆糖は、竹糖(ちくとう)と呼ばれる細いサトウキビの在来品種を原料に、昔ながらの手作業で精製する砂糖です。サトウキビの搾り汁を煮詰めて冷やし固めた「白下糖(しろしたとう)」を作ります。これに少しずつ水を加えて手で練る「研ぎ」と、重しをかけて糖蜜を抜く工程を、何度も繰り返して仕上げます。粒子がきめ細かく、口に入れるとすっと溶け、やわらかな甘さがあります。和三盆は香川県でも「讃岐和三盆」として作られ、両県の特産品となっています。徳島県では板野郡上板町(かみいたちょう)などに製糖所があります。江戸時代から高級な和菓子の材料として重宝され、今も和三盆糖だけで作る落雁などの干菓子が、徳島の土産として親しまれています。

滝の焼餅
Taki no Yakimochi (Grilled Rice Cake with Sweet Bean Filling)
滝の焼餅(たきのやきもち)は、徳島市の眉山(びざん)のふもとで作られてきた和菓子です。石臼でひいた米粉の生地でこしあんを包み、菊の紋の型で平たく押して、鉄板で焼き上げます。名前は、眉山にある白糸の滝にちなむとされます。徳島藩の藩祖である蜂須賀家政(はちすかいえまさ)が好んで食べ、徳島城の築城を祝って献上されたと伝えられています。400年以上の歴史をもつ徳島の銘菓として知られ、のちに藩の御用菓子になったといわれます。あんの小豆は、眉山から湧く名水「錦竜水(きんりゅうすい)」で炊かれてきたと伝えられます。今も眉山周辺の店が昔ながらの方法で作り続けています。眉山のふもとにある老舗の甘味処では、注文を受けてから焼いた焼餅を、お茶とともに味わえます。徳島の地域ブランド「とくしま特選ブランド」にも選ばれています。
モデルコース
徳島市内で阿波木偶と遊山箱にふれ、滝の焼餅と徳島ラーメンを味わうコース
徳島市川内町の阿波木偶人形会館では、人形師・人形健の作品約100体を展示し、頭(かしら)の作り方や表情が変わる仕掛けを紹介しています(大人800円程度、日曜と第1・第3月曜休み)。近くの阿波十郎兵衛屋敷は、2027年4月初旬まで改修で休館の予定です。午後は末広の江淵鏡台店で、素木の遊山箱に絵を描く体験(4,000〜5,500円程度、前日までに予約)を。眉山のふもとの和田の屋本店では、滝を眺めながら焼きたての滝の焼餅と抹茶を味わえます(木曜定休)。夕食は西大工町の中華そば いのたに本店か、大道のラーメン東大 大道本店で徳島ラーメンを。
藍のふるさとで藍染めと大谷焼を体験し、たらいうどんを食べるコース
藍住町の藍の館は、江戸時代の藍商・奥村家の屋敷と資料館で、藍の栽培から流通までを学べます。藍染め体験はハンカチ1,000円程度からです(入館料大人300円、火曜休館)。次は鳴門市大麻町の大谷地区へ。大西陶器では手びねり体験(2,640円)や絵付け体験(1,540円)ができ、森陶器では日本最大級の登り窯を見られます。藍甕づくりで栄えた大谷焼と阿波藍のつながりを感じられます。昼は阿波市土成町の宮川内谷川沿いへ向かい、じんぞくたらいうどん 樽平で、たらいに盛った釜揚げうどんを川魚のだしで味わいましょう。
吉野川をさかのぼり、半田そうめんと祖谷そば・そば米雑炊を味わう祖谷の旅
つるぎ町貞光の道の駅 貞光ゆうゆう館では、太めの手延べそうめん・半田そうめんの釜揚げを食べられ、物産館で乾麺も買えます。そこから大歩危(おおぼけ)方面へ。もみじ亭では、古民家を移築した建物で東祖谷のそば打ち名人による祖谷そばを味わえます。祖谷のかずら橋を渡ったら、渓谷を望む祖谷美人 渓谷店へ。祖谷そば(800円程度)のほか、そばの実を使ったそば米雑炊(1,000円程度)もそろいます。急な斜面でそばや雑穀を育ててきたこの地域は、世界農業遺産「にし阿波の傾斜地農耕システム」に認定されています。
小松島のフィッシュカツから上勝の阿波晩茶、木頭の太布へ向かう県南コース
小松島市の津久司蒲鉾は、フィッシュカツを考案したとされる蒲鉾店です(8時〜15時、日曜定休)。秋に訪れるなら、勝浦町の田舎寿し なか山で、ぼうぜ(イボダイ)を酢でしめたぼうぜの姿寿司を持ち帰れます。山あいの上勝町では、乳酸発酵させる阿波晩茶が作られています。Kamikatsu-TeaMateでは茶葉100gが1,620円で、季節の農業体験も受け付けています。さらに那賀川をさかのぼった那賀町木頭の太布庵では、楮の繊維から布を織る太布づくりを、毎週火曜日に見学・体験できます(入館無料)。
イベント
徳島市阿波おどり
毎年8月12日〜15日(前夜祭は8月11日) / 徳島市 藍場浜・南内町などの演舞場ほか市内中心部