画像: Wikimedia Commons島根県
島根県は、中国地方の北部で日本海に面した県です。東部の出雲、西部の石見、日本海に浮かぶ隠岐の3つの旧国からなり、地域ごとに手仕事と食文化が受け継がれています。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、雲州そろばん、石州和紙、石見焼、出雲石灯ろうの4品目です。石州和紙のうち石州半紙の技術は、2014年に本美濃紙・細川紙とともにユネスコ無形文化遺産に登録されました。県も独自にふるさと伝統工芸品を指定しており、松江の八雲塗、布志名焼や出西窯の器、安来の広瀬絣、玉造の出雲めのう細工、浜田の石見神楽面などが並びます。奥出雲町では、日本刀の材料となる玉鋼を、今も伝統のたたら製鉄でつくっています。食では、日本三大そばの一つ出雲そばと、宍道湖のしじみが全国に知られます。松江には、茶人として知られた藩主・松平不昧が好んだとされる銘菓「山川」や、泡立てた番茶に具を入れて食べるぼてぼて茶が伝わります。石見の浜田ではのどぐろや赤てん、津和野では源氏巻やうずめ飯と、土地ごとの味もそろいます。
島根の伝統工芸
石州和紙
Sekishu Washi (Iwami Handmade Paper)
石州和紙(せきしゅうわし)は、島根県西部の石見(いわみ)地方、主に浜田市三隅町で漉かれている手漉き和紙です。石州とは石見国の別名です。楮(こうぞ)・三椏(みつまた)・雁皮(がんぴ)を原料に、竹簀(たけす)を使う「流し漉き」で作られます。なかでも地元産の楮で漉く「石州半紙」は、強靭な紙質で知られ、江戸時代には大坂商人の帳簿用紙として重用されました。1969年(昭和44年)に石州半紙の技術が国の重要無形文化財に指定されました。2014年には本美濃紙・細川紙とともに「和紙:日本の手漉和紙技術」としてユネスコ無形文化遺産に登録されています。石州和紙は1989年(平成元年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)となりました。明治時代に6,000戸を超えた製造業者は減り、現在は4軒の工房が地元の楮にこだわって伝統を守っています。
雲州そろばん
Unshu Soroban (Okuizumo Abacus)
雲州そろばん(うんしゅうそろばん)は、島根県仁多郡奥出雲町で作られているそろばんです。江戸時代後期の天保年間、亀嵩の大工・村上吉五郎が、広島のそろばんを手本に地元の材料で作ったのが始まりとされます。その後、横田の職人たちが技法を公開して伝習に努め、明治時代には多くの職人が育って産地が形づくられました。珠の動きがよく、はじくと冴えた高い音がする、堅牢で使いやすいそろばんとして知られ、「質の雲州」とも称されます。現在は珠にツゲやカバ、枠に黒檀などの堅い木を使い、180を超える工程を経て仕上げます。兵庫県小野市の播州そろばんと並んで全国に知られる産地で、1985年(昭和60年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されました。
出雲石灯ろう
Izumo Ishidoro (Izumo Stone Lanterns)
出雲石灯ろう(いずもいしどうろう)は、島根県松江市宍道町(しんじちょう)の来待(きまち)地区周辺で採れる来待石を使って作る石灯籠です。主な産地は島根県の松江市・出雲市で、鳥取県では境港市の石材店が製作を担っています。起源は奈良・平安時代とされ、仏教の伝来とともに献灯の道具として使われ始めました。桃山時代には茶道の広まりとともに、庭園に置かれるようになります。江戸時代には松江藩が来待石を「御止石(おとめいし)」とし、藩外への持ち出しを禁じて保護しました。来待石はきめが細かく軟らかい砂岩で、彫りやすく、苔がつきやすいため早く古びた趣を帯びます。1976年(昭和51年)、石工品として初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されました。伝統工芸青山スクエアでは「出雲石燈ろう」、鳥取県・島根県の資料では「出雲石灯ろう」と表記されています。
石見焼
Iwami-yaki (Iwami Stoneware)
石見焼(いわみやき)は、島根県江津市を中心とする石見地方で焼かれてきた陶器の総称です。18世紀中頃に本格的な製陶が始まり、周防(山口県)や備前(岡山県)の陶工から技術を取り入れて発展しました。地元の都野津層の粘土を使い、1250〜1300度ほどの高温で焼くため、素地は硬く水を吸いにくくなります。塩分や酸に強いことから、水がめや、漬物・梅干しを貯える甕として全国で重宝されました。代表的な製品は「はんど(はんどう)」と呼ばれる大型の水がめで、江戸時代末期には北前船で各地へ運ばれています。明治時代に最盛期を迎え、窯元は100軒を超えたといわれます。上水道の整備やプラスチック容器の普及で衰えましたが、現在はすり鉢や傘立て、食器なども作られています。1994年(平成6年)に経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されました。
八雲塗
Yakumo-nuri (Matsue Lacquerware with Polished-out Designs)
八雲塗(やくもぬり)は、島根県松江市で明治時代に生まれた漆器です。塗り込めた素地に色漆や青貝、金銀粉で文様を描き、その上に透漆を塗り重ねて研ぎ出し、磨き上げて仕上げます。透漆は飴色で透明な漆のことです。年月を経るほど透明度が増し、下に描いた文様が色鮮やかに浮かび上がってくるのが、ほかの産地にない特徴とされます。考案したのは、松江藩の駕籠塗り職人だった坂田平一とされます。島根県知事の籠手田安定が県の特産品にしようと、出雲の古歌「八雲立つ」にちなんで八雲塗と名付けました。明治から昭和にかけて盛んに作られました。主な製品は花器、棗、文箱、盆、椀、鏡などです。島根県ふるさと伝統工芸品に指定され、現在は松江市と出雲市で作られています。

布志名焼
Fujina-yaki (Fujina Pottery of Matsue)
布志名焼(ふじなやき)は、島根県松江市玉湯町で焼かれてきた陶器です。宍道湖の南岸にある布志名の地で、江戸時代中期に舩木与次兵衛村政が窯を開いたのが始まりとされます。その後、松江藩の命で楽山窯から移ってきた土屋善四郎が指導にあたり、品質が高まりました。大名茶人として知られる松江藩7代藩主・松平治郷(不昧)好みの茶道具も焼かれました。黄色い釉薬(黄釉)の上に色絵を施した器が名高く、明治時代には国内だけでなく海外にも販路を広げました。昭和に入ると柳宗悦やバーナード・リーチらの民藝運動に共鳴し、化粧泥で模様を描くスリップウェアなどの技法を取り入れています。現在は舩木窯、雲善窯、湯町窯などがそれぞれの作風で器を作り、島根県ふるさと伝統工芸品にも指定されています。

出西窯
Shussai-gama (Shussai Folk Pottery Kiln)
出西窯(しゅっさいがま)は、島根県出雲市斐川町出西にある民藝の窯元です。1947年(昭和22年)、農村工業の共同体を志した5人の青年が、2人の賛助者の協力を得て創業しました。河井寛次郎や濱田庄司、柳宗悦、バーナード・リーチら民藝運動の担い手から指導を受け、日々の暮らしで使う実用の器を作り続けてきました。郷土の原料を大切にし、陶土と釉薬は島根県産の原料を中心にすべて自家調合しています。創業以来、登り窯を焚き続けているのも特徴です。黒釉や飴釉、白掛地釉、海鼠釉、呉須釉などの器があり、深い青色の器は「出西ブルー」とも呼ばれて人気を集めています。工房の隣には、明治初期の米蔵を移築した展示販売場「くらしの陶・無自性館」があります。島根県ふるさと伝統工芸品には「出西焼」の名で指定されています。
広瀬絣
Hirose Gasuri (Hirose Ikat Cotton)
広瀬絣(ひろせがすり)は、島根県安来市広瀬町で織られてきた藍染めの木綿絣です。絣とは、あらかじめ部分的に染め分けた糸で模様を織り出す織物のことです。文政7年(1824年)、長岡貞子が米子で学んだ絣の技法を広瀬に伝えたのが始まりとされ、広瀬藩の保護のもとで広まりました。藍一色に濃淡を交え、絵模様と幾何学模様を組み合わせた大柄な図案が持ち味です。明治30年代から40年代に全盛期を迎え、年間の生産高は13万反に及んだといわれます。大正時代の大火で衰えましたが、昭和に入って振興会や伝習所がつくられ、技術の保存と後継者の育成が続いています。弓浜絣・倉吉絣とともに山陰を代表する絣で、島根県の無形文化財と、島根県ふるさと伝統工芸品に指定されています。

石見神楽面
Iwami Kagura Men (Iwami Kagura Washi Masks)
石見神楽面(いわみかぐらめん)は、島根県西部の石見地方に伝わる郷土芸能「石見神楽」で使われる面です。主な産地は浜田市と江津市です。粘土の型に、強靭な石州和紙を柿渋入りの糊で何層も張り重ね、乾いた後に中の粘土を壊して取り出し、彩色して仕上げます。江戸時代には木彫りの面が使われていましたが、浜田市長浜地区で長浜人形を作っていた人形師が始祖となり、和紙の面が生まれたとされます。和紙の面は江戸時代末期から作られてきました。軽くて丈夫な和紙の面は、速く勇壮な石見神楽の舞を支えています。神楽の面のほか、般若面・天狗面・鍾馗面や大蛇の頭(蛇頭)も作られ、新築や開店祝いの魔よけ、縁起物、室内の飾りとしても親しまれています。島根県のふるさと伝統工芸品に指定されており、日本遺産「神々や鬼たちが躍動する神話の世界」の構成文化財にも挙げられています。

出雲めのう細工
Izumo Menou Zaiku (Izumo Agate Craft)
出雲めのう細工は、島根県松江市玉湯町(玉造温泉の周辺)で作られる貴石の工芸です。町内の花仙山で採れる青めのうなどを、一人の職人が原石の切断から研磨・仕上げまで一貫して手作業で加工します。花仙山のめのうは、原石の部位によって青や赤、透明と色が異なり、古墳時代前期後半(4世紀頃)から色とりどりの玉として全国に流通しました。花仙山のふもとでは古墳時代前期から平安時代にかけて大規模な玉作りが行われ、その工房跡は国の史跡「出雲玉作跡」として保存されています。平安時代でいったん途絶えた玉作りは、江戸時代末期に「出雲めのう細工」として再び始まりました。玉湯町は三種の神器の一つ、八坂瓊勾玉の発祥地ともいわれ、勾玉は町のシンボルマークにもなっています。現在はペンダントやネックレス、カフスボタン、置物などが作られ、島根県ふるさと伝統工芸品に指定されています。

奥出雲のたたら製鉄
Okuizumo Tatara (Traditional Japanese Iron Smelting)
たたら製鉄は、粘土で築いた炉に砂鉄と木炭を入れ、鞴(ふいご)で風を送りながら鉄をつくる、日本で独自に発達した製鉄法です。島根県の奥出雲地方は砂鉄と森林資源に恵まれ、古くから製鉄が盛んでした。島根県の資料によると、明治中期までは日本の鉄需要の約7割をこの地域で賄っていたとされます。近代になると洋式製鉄に押されて途絶えましたが、1977年(昭和52年)に日本美術刀剣保存協会(日刀保)が奥出雲町大呂で「日刀保たたら」として復活させました。現在、日本で唯一伝統のたたら製鉄を続ける操業所で、冬に三昼夜をかけて炉を燃やし、日本刀の材料となる玉鋼(たまはがね)をつくって刀匠に供給しています。2016年には、安来市・雲南市・奥出雲町の鉄づくりの歴史が日本遺産「出雲國たたら風土記」に認定されました。たたら製鉄は工芸品そのものではなく、工芸の素材を生み出す技術です。
島根の郷土料理

出雲そば
Izumo Soba (Izumo-Style Buckwheat Noodles)
出雲そばは、島根県東部の出雲地方で食べられてきたそばです。岩手のわんこそば、長野の戸隠そばと並ぶ「日本三大そば」の一つに数えられます。そばの実を甘皮ごと石臼で挽く「挽きぐるみ」の製法で打つため、麺は黒っぽい色をしており、香りと風味が強いのが特徴です。代表的な食べ方は二つあります。一つは、丸い漆器の「割子(わりご)」を重ねて冷たいそばを盛り、つゆを直接かけて食べる割子そばです。もう一つは、ゆでたそばをゆで湯ごと器に入れ、つゆや薬味を加えて食べる温かい釜揚げそばです。江戸時代初期、松平直政が信濃国松本藩から松江藩へ移った際に、そば職人を伴ったことが始まりとする説が広く知られています。出雲大社の門前や松江の城下町には、江戸時代から続く老舗を含む多くのそば店が並んでいます。

宍道湖のしじみ
Shinjiko Shijimi (Yamato Freshwater Clams of Lake Shinji)
宍道湖のしじみは、島根県の松江市と出雲市にまたがる宍道湖でとれるヤマトシジミです。宍道湖は塩分が海水の10分の1ほどの汽水湖で、周りの川から栄養が流れ込み、えさとなる植物プランクトンが豊富に育ちます。ここでとれるしじみは粒が大きく肉厚で、しじみ汁やすまし汁に欠かせない食材です。家庭の食卓から学校給食、飲食店の定番まで、島根の日常の食を支えてきました。宍道湖でとれる魚介の9割以上をシジミが占め、湖を代表する「宍道湖七珍」の一つにも数えられます。昭和56年(1981年)には漁獲量が日本一となりました。その後は資源の減少に見舞われながらも、漁協による漁獲制限などの資源管理が続けられています。2025年11月には「宍道湖産ヤマトシジミ」「宍道湖しじみ」として、国の地理的表示(GI)に登録されました。

浜田ののどぐろ
Hamada Nodoguro (Blackthroat Seaperch of Hamada)
浜田ののどぐろは、島根県浜田市の浜田漁港に水揚げされるアカムツ(標準和名)のことです。体は赤いものの口の中が黒いことから、島根などではのどぐろと呼ばれています。山陰沖の水深200m前後にすむ深海魚で、浜田港には主に沖合底びき網漁船が水揚げします。白身ながら脂が豊富な高級魚で、山陰沖西部で獲れるアカムツは脂質が最高で30%以上に達し、マグロのトロに匹敵するとされます。浜田市は2009年にのどぐろを市の魚に定めました。アジ・カレイとともに「どんちっち三魚」としてブランド化を進めており、条件を満たしたものは「どんちっちノドグロ」の名で出荷されます。煮付けや塩焼きで味わわれるほか、一尾ずつ手作業で仕込む干物も浜田の名産です。地元の公設市場や干物店で購入できます。

しまね和牛
Shimane Wagyu (Shimane Japanese Black Beef)
しまね和牛は、島根県内で育った去勢・未経産の黒毛和種の総称です。出雲地方の山間部では古くからたたら製鉄が盛んで、鉄を運ぶために多くの牛馬が飼われたことが、和牛産地として知られる下地になりました。和牛の改良成果を競い「和牛のオリンピック」とも呼ばれる全国和牛能力共進会(全共)では、内閣総理大臣賞を2度受けています。2022年の第12回大会では、総合評価群の6区で肉質評価1位となりました。県内にはいずも和牛、奥出雲和牛、隠岐牛、松永牛などの地域・生産者ブランドがあります。上位の肉質のものは「しまね和牛肉」として、協議会の指定店で販売されています。穀物飼料で2年近くかけて仕上げられ、鮮やかな色合いときめ細かな霜降りが特徴とされます。

出雲ぜんざい
Izumo Zenzai (Izumo Sweet Red Bean Soup with Mochi)
出雲ぜんざいは、小豆を甘く煮た汁に餅や白玉団子を入れた、出雲地方の甘味です。旧暦10月の神在祭で振る舞われた「神在(じんざい)餅」がなまって「ぜんざい」になったという説から、出雲地方は「ぜんざい発祥の地」といわれています。江戸時代の松江藩の地誌にも、祭りの日に白餅を小豆で煮て食べる風習が記されています。出雲大社の門前には、紅白の白玉や餅を入れたぜんざいを出す店が並び、焼き餅を入れた縁結びぜんざいなど、縁結びの地にちなんだ品もあります。パウチ入りのぜんざいや、ぜんざいを使った和菓子も作られ、出雲大社参拝の土産としても親しまれています。
ぼてぼて茶
Botebote-cha (Whisked Bancha Tea with Rice and Toppings)
ぼてぼて茶は、松江市を中心とする出雲地方に伝わる、泡立てた番茶に具を入れて食べる郷土の軽食です。乾燥させた茶の花とともに煮出した番茶を、穂先の長い茶筅で泡立てると「ぼてぼて」と音がすることが、名前の由来とされます。泡の中におこわや煮豆、刻んだ高野豆腐、漬物などを少しずつ入れ、箸を使わずにいただきます。茶碗の底をとんとんとたたいて具を片寄せ、お茶とともに口へ流し込むように食べるのが独特です。飲むお茶というより、食べるお茶といえます。由来には諸説あり、たたら製鉄の作業場や漁に出る人々の朝食だったという説や、松江藩主・松平治郷(不昧)が飢饉の際に非常食として勧めたという説が伝わります。茶処として知られる松江では、城下町の茶屋で味わえるほか、茶の花入りの番茶も茶舗で売られています。

うずめ飯
Uzume Meshi (Rice Hiding Simmered Toppings)
うずめ飯は、島根県西部の石見地方、とくに津和野町に伝わる郷土料理です。だしで煮た豆腐やしいたけ、にんじん、かまぼこなどの具を茶碗に入れ、わさびやせりを添えてから、上にご飯をかぶせて具を「うずめる」のが名の由来とされます。一見するとわさびを添えたお茶漬けのようですが、かき混ぜると下から具が顔を出します。1939年(昭和14年)の全国の郷土料理調査で、深川めしなどとともに「日本五大名飯」の一つに選ばれたと紹介されています。江戸時代に生まれたといわれ、なぜ具を隠すのかには諸説あります。寒い冬の晩ごはんや、正月の神楽で客をもてなす料理として食べられてきました。現在は津和野町の飲食店や、町のイベントでも味わえます。

赤てん
Akaten (Hamada Spicy Breaded Fish Cake)
赤てんは、島根県浜田市で親しまれている練り製品です。スケトウダラなどの魚のすり身に赤唐辛子を練り込み、パン粉をつけて揚げたもので、切ると赤い断面が現れます。ピリッとした辛さと、パン粉のさくさくとした食感が特徴です。戦後の食糧難の時代に浜田のかまぼこ店が考案したといわれ、ハムカツの代わりとして作られたという説と、人気の魚肉ソーセージに対抗して開発されたという説が伝わっています。1980年代にテレビで紹介されたのをきっかけに全国に知られるようになりました。浜田では食卓や弁当のおかず、酒の肴として子どもから大人まで親しまれ、2015年には日本ギフト大賞で島根県賞を受けています。現在は江木蒲鉾店や山本蒲鉾店などが製造しています。

源氏巻
Genjimaki (Tsuwano Bean Paste Roll)
源氏巻は、島根県津和野町を代表する銘菓です。小麦粉の生地をきつね色に薄く焼き、小豆餡を包んで長方形に仕上げた焼き菓子で、カステラのような生地と餡の取り合わせが特徴です。茶菓子として親しまれ、町内では10軒あまりの菓子店がそれぞれの源氏巻を作り、味を競っています。名前は『源氏物語』若紫の巻の和歌にちなむとされ、幕末に津和野藩の御用菓子司が藩主に献上したのが始まりという説が知られています。一方で、元禄時代に吉良上野介への進物として考案されたという逸話も伝わります。近年はこし餡のほか、白餡や抹茶餡の源氏巻も作られています。山田竹風軒本店や三松堂などの菓子店が知られ、町を訪れる人の土産として人気です。

山川
Yamakawa (Matsue Red-and-White Pressed Sugar Confection)
山川(やまかわ)は、島根県松江市の老舗菓子店・風流堂が作る、紅白一対の打ち菓子です。打ち菓子とは、粉と砂糖を木型で打ち固めて作る干菓子のことです。石川県金沢市の「長生殿」、新潟県長岡市の「越乃雪」と並び、「日本三大銘菓」の一つに数えられます。茶人として知られた松江藩7代藩主・松平治郷(不昧)が好んだ菓子とされます。名前は不昧の歌「散るは浮き 散らぬは沈む もみじ葉の 影は高尾の 山川の水」に由来し、赤は紅葉の山、白は川の水を表すといわれます。国産の砂糖と寒梅粉、塩で作られ、しっとりとした口当たりと、ほのかな塩味が特徴です。江戸時代の菓子は一度途絶えましたが、風流堂の2代目が大正時代に復活させたとされます。茶の湯の文化が息づく松江を代表する銘菓で、土産としても親しまれています。
モデルコース
松江城の堀端で割子そばとぼてぼて茶を味わい、八雲塗と銘菓・山川をめぐるコース
松江城の北側、武家屋敷が並ぶ北堀町には、割子そばの八雲庵と、堀川めぐりの遊覧船を眺められる塩見茶屋があります。塩見茶屋では、泡立てた番茶に具を入れて食べる松江名物のぼてぼて茶を味わえます。末次本町の八雲塗やま本では、職人の実演を見ながら八雲塗の器や小物を選べます。寺町の風流堂 寺町本店では、不昧ゆかりの紅白の打ち菓子・山川を買えます(1枚756円程度)。夜は末次本町の川京で、しじみ汁など宍道湖七珍の料理をどうぞ(予約がおすすめ)。
玉造温泉で出雲めのう細工の歴史をたどり、宍道湖畔の布志名焼の窯元と来待石の博物館を訪ねるコース
松江市の玉造温泉では、出雲玉作資料館(大人300円、月曜休館)と出雲玉作史跡公園で、古代からの玉作りをたどれます。温泉街のめのうやしんぐうには、勾玉などのめのう製品が並びます(日曜定休)。宍道湖畔の布志名には、松江藩の御用窯に始まる雲善窯(月曜定休)や、来待石の黄釉を守る舩木窯があります。舩木窯は事前に電話で連絡してから訪ねましょう。足を延ばせば、湯町窯のエッグベーカーも手に入ります。さらに西の宍道町には、出雲石灯ろうの原料・来待石を紹介するモニュメント・ミュージアム来待ストーンがあります(火曜休館)。
出雲大社の門前で割子そばと出雲ぜんざいを味わい、出西窯としまね和牛を楽しむコース
出雲大社の近くにある荒木屋は、天明年間創業と紹介される出雲そばの老舗で、朱塗りの割子そばを味わえます。食後は正門前の坂根屋 大社店や日本ぜんざい学会壱号店で、紅白の餅や白玉が入った出雲ぜんざいを。昼食をしまね和牛にするなら、大社町菱根の島根ワイナリーのバーベキューハウスもおすすめです(11時から)。午後は斐川町の出西窯へ。展示販売場の無自性館で呉須釉の器を選び、隣の出西くらしのvillageでひと息つきましょう(火曜定休)。
三隅で石州和紙を漉き、浜田港ののどぐろと赤てん、江津の石見焼にふれる石見の海沿いコース
浜田市三隅町の石州和紙会館では、併設の工房で紙漉きを体験できます(はがき判2枚770円程度〜、要予約、月曜休館)。浜田港のはまだお魚市場では、どんちっちノドグロなどの鮮魚や水産加工品が並びます(8時〜15時)。下府町の江木蒲鉾店では、唐辛子入りの赤てんを買えます(日曜・祝日休み)。熱田町の柿田勝郎面工房は、和紙で作る石見神楽面の工房です(水曜定休)。東の江津市では、石州宮内窯で伝統工芸士の指導による陶芸体験ができます(1人2,200円、要予約)。
奥出雲でそろばんとたたら製鉄の歴史を知り、安来で広瀬絣を染めるコース
JR出雲横田駅の隣にある雲州そろばん伝統産業会館では、名人の作品や製作道具を見学できます。近くの奥出雲たたらと刀剣館は、日刀保たたらの操業と玉鋼を紹介する施設です(大人530円、火曜休館)。毎月第2日曜と第4土曜には、刀匠による日本刀の鍛錬の実演も見られます。北へ向かい、安来市広瀬町の広瀬絣センターでは、絣括りや機織りを見学できます。予約すれば藍染め体験もできます(ハンカチ1枚1,000円程度、水曜定休)。時間があれば、安来駅近くの和鋼博物館にも寄りましょう。
イベント
神在祭
毎年旧暦10月10日〜17日ごろ(新暦の日付は年により異なる) / 出雲市大社町 出雲大社・稲佐の浜
石見神楽 定期公演
毎週土曜日の夜(20時ごろから。浜田市の資料による2025年度の開催例) / 浜田市相生町 三宮神社
石州嶋田窯 登り窯祭り
毎年5月 / 江津市後地町 石州嶋田窯