長崎県画像: Wikimedia Commons

長崎県

長崎県は九州の北西部にあり、五島列島や壱岐、対馬など多くの島を抱える県です。江戸時代の鎖国のもとでも、長崎はオランダや中国の船が出入りする貿易港でした。その交易を通じて、日本・中国・オランダの要素が混ざった独自の文化が育ちました。経済産業大臣指定の伝統的工芸品は、波佐見町の波佐見焼、佐世保市の三川内焼、長崎市の長崎べっ甲の3品目です。波佐見焼は日用の磁器を大量に作ってきた産地で、三川内焼は平戸藩の御用窯として唐子絵(からこえ)や細工物を伝えます。長崎市では凧を「ハタ」と呼び、糸を切り合うハタ揚げが春の風物詩です。佐世保独楽、五島ばらもん凧、対馬の若田石硯、大村・蚊焼・島原の手打刃物など、県知事指定の工芸も各地に残ります。食では、長崎ちゃんぽんや皿うどん、円卓で大皿料理を囲む卓袱(しっぽく)料理、南蛮菓子に始まるカステラが知られます。島原の具雑煮とかんざらし、五島うどん、日本三大珍味のからすみも長崎の味です。

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長崎の伝統工芸

波佐見焼
陶器長崎

波佐見焼

Hasami-yaki (Hasami Porcelain)

波佐見焼(はさみやき)は、長崎県東彼杵郡(ひがしそのぎぐん)波佐見町で作られている磁器です。1598年(慶長3年)、大村藩主の大村喜前(おおむらよしあき)が朝鮮の陶工を連れ帰り、翌年に登り窯を築いたのが始まりとされます。はじめは陶器を焼いていましたが、磁器の原料が見つかると、白磁に藍色の染付や青磁を中心とする磁器づくりに移りました。江戸時代には庶民向けの「くらわんか碗」や、輸出用の「コンプラ瓶」を大量に作りました。江戸後期には染付磁器の生産量が日本一になったと紹介されています。長く有田焼の名で流通していましたが、2000年代に産地表示が厳しくなったことを機に、波佐見焼として独自のブランドづくりを進めました。現在は普段使いの器や生活雑貨として人気があります。1978年に国の伝統的工芸品に指定されました。

三川内焼
陶器長崎

三川内焼

Mikawachi-yaki (Mikawachi Porcelain)

三川内焼(みかわちやき)は、長崎県佐世保市の三川内地区で作られている磁器です。1598年(慶長3年)、平戸藩主の松浦鎮信(まつらしげのぶ)が朝鮮から連れ帰った陶工が、平戸島で窯を開いたのが始まりとされます。その後、良い原料を求めて三川内へ移り、1637年(寛永14年)には平戸藩の御用窯が開かれました。藩の手厚い保護のもとで採算を度外視した献上品づくりが行われ、高い技術が磨かれたと紹介されています。透き通るような白磁に、呉須(ごす)で描く繊細な染付が特徴です。唐子(からこ)が遊ぶ「唐子絵」は代表的な図柄です。光が透けるほど薄い「卵殻手(らんかくで)」や透かし彫り、菊花飾細工(きっかかざりざいく)などの細工物も知られます。1978年に国の伝統的工芸品に指定され、現在も十数軒の窯元が伝統を受け継いでいます。

現川焼
陶器長崎

現川焼

Utsutsugawa-yaki (Utsutsugawa Pottery)

現川焼(うつつがわやき)は、長崎市現川町で江戸時代に焼かれた陶器です。1691年(元禄4年)、諫早家(いさはやけ)の家臣だった田中刑部左衛門(ぎょうぶざえもん)が職を退き、次男の甚内(じんない)とともに窯を開いたとされます。鉄分の多い土は焼くとチョコレート色になり、その上に白い化粧土を刷毛で施す「刷毛目(はけめ)」が最大の特徴です。舟形や隅切りなどの大胆な形と四季の図柄も評価され、「西の仁清(にんせい)」と称されました。しかし窯はわずか60年ほどで途絶え、残る作品も少ないことから「幻の焼き物」と呼ばれています。明治以降、再興の試みが続き、佐世保市の臥牛窯(がぎゅうがま)などが技法を再現してきました。開窯の地に残る窯跡は、長崎県の史跡に指定されています。

長崎べっ甲
細工長崎

長崎べっ甲

Nagasaki Bekko (Nagasaki Tortoiseshell Craft)

長崎べっ甲は、海亀の一種であるタイマイの甲羅を加工して作る長崎の伝統工芸品です。江戸時代、鎖国のもとで長崎港だけがオランダや中国との貿易港となり、原料のタイマイを手に入れやすかったことから、長崎でべっ甲細工が発達したとされます。長崎の技法は、のちに江戸などへ伝わったと紹介されています。開国後は外国人にも人気を集め、技術とデザインが磨かれました。最大の特徴は、接着剤を使わず、水と熱と圧力だけで甲羅を貼り合わせる技法です。このため「水と熱の芸術」とも呼ばれます。かんざしやブローチなどの装身具のほか、宝船などの置物も作られています。2017年に国の伝統的工芸品に指定されました。一方、タイマイはワシントン条約で国際取引が禁じられ、日本は1992年をもって輸入を止めました。職人は過去に輸入した原料を大切に使いながら、技を受け継いでいます。

古賀人形
陶器長崎

古賀人形

Koga Ningyo (Koga Clay Dolls)

古賀人形(こがにんぎょう)は、長崎市中里町(なかざとまち、旧古賀村)で作られている素焼きの土人形です。京都の伏見人形、仙台の堤人形と並び、日本三大土人形の一つに数えられています。始まりは1592年(文禄元年)とされます。京都から来た土器師の常陸之介(ひたちのすけ)が、小川家の3代目・小川小三郎に土器づくりの秘法を伝えたと伝えられています。以来、小川家が代々技を受け継ぎ、現在も製作を続けているのは同家の1軒だけとされます。素朴な形に、赤や黄などの原色を大胆に使う色づかいが特徴です。シャモを抱く中国人の「阿茶(あちゃ)さん」、出島のオランダ商館長の夫人を写した「西洋婦人」、鉄砲を持つ「オランダさん」など、異国との交流を映した題材が多く見られます。1993年に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。

佐世保独楽
木工長崎

佐世保独楽

Sasebo Goma (Spinning Tops of Sasebo)

佐世保独楽(させぼごま)は、長崎県佐世保市に伝わる木製の独楽です。らっきょうのように丸みを帯びた胴と、先端に打ち込んだ「ケン(剣)」と呼ばれる鉄の芯が特徴です。胴の上部は青(緑)・赤・黄・白・黒の五色で塗り分けられ、この配色は中国の陰陽五行説の影響を受けたものとされます。ひもを巻いて投げて回す独楽で、相手の独楽に当てて競う遊び方から「喧嘩独楽(けんかごま)」とも呼ばれます。形は台湾やインドの系統とされ、南方から中国を経て長崎に伝わったといわれています。1993年(平成5年)に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。現在は佐世保独楽本舗が製作を続けています。子どもの遊びが変わった今は、正月の縁起物や節句の贈り物、インテリアとしても親しまれています。

長崎ハタ
和紙長崎

長崎ハタ

Nagasaki Hata (Fighting Kites of Nagasaki)

長崎ハタは、長崎市に伝わる凧です。長崎では凧を「ハタ」と呼び、凧揚げのことも「ハタ揚げ」といいます。縦横2本の竹骨に和紙を貼ったひし形で、尾がないため空中で自在に動かせます。白地に赤と青の和紙を切り貼りした、シンプルで異国情緒のある紋様が特徴です。高さを競うのではなく、ガラスの粉を塗った糸「ビードロよま」で相手のハタの糸を切り合う「ハタ合戦」を楽しみます。そのため「喧嘩バタ」とも呼ばれます。出島のオランダ商館に来たインドネシア人から伝わったという説が定説とされます。ハタ揚げは「長崎くんち」「精霊流し」と並ぶ長崎の三大行事の一つとして親しまれてきました。長崎凧(ながさきはた)とビードロよまは、1993年(平成5年)に県の伝統的工芸品に指定されたと紹介されています。毎年4月には唐八景公園で長崎ハタ揚げ大会が開かれます。

五島ばらもん凧
和紙 / 染物長崎

五島ばらもん凧

Goto Baramon-dako (Demon Kites of the Goto Islands)

五島ばらもん凧(ごとうばらもんだこ)は、長崎県五島市の福江島で古くから作り伝えられてきた凧です。「ばらもん」は五島の方言「ばらか」に由来し、元気者や荒くれ者を表すとされます。上部に鬼、中段に武者の兜の後ろ姿、下段に嵐の中の渦を描くのが特徴です。鬼に兜をかみつかれても前に進む、武者の勇ましさを表すと紹介されています。凧の上部には「うなり」が付き、揚げると独特のうなり音を出します。男の子の初節句に、父親や祖父が子どもの厄払いや健やかな成長、立身出世を願って揚げる習わしがあります。1993年(平成5年)に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。現在は子どもや店の名前を入れ、魔除けとして飾る縁起物としても親しまれています。

若田石硯
文具長崎

若田石硯

Wakata-ishi Suzuri (Wakata Stone Inkstones of Tsushima)

若田石硯(わかたいしすずり)は、長崎県対馬市で作られている硯です。厳原町(いづはらまち)若田地区の佐須川上流で採れる頁岩(けつがん:板状に割れる泥岩)を使います。青みがかった漆黒の石で、表面の斑紋や筋模様を生かし、彫刻を控えた自然な作りのものが多いとされます。墨をする面の滑らかさと硬さのバランスがよく、墨のおりや墨の色に優れると評価されています。平安時代の紫式部が『源氏物語』を書く際に愛用したという伝承があります。江戸時代初期の儒学者・林羅山が、中国の端渓硯に匹敵すると評したとも伝わります。1991年(平成3年)に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。現在は芳秀堂や若田石硯匠会の職人が、一点ずつ手彫りで作っています。

長崎手打刃物
金工長崎

長崎手打刃物

Nagasaki Uchihamono (Hand-forged Blades of Nagasaki)

長崎手打刃物(ながさきうちはもの)は、長崎県の大村市松原、長崎市蚊焼町(かやきまち)、島原市の3つの産地で作られている手打ちの刃物です。1991年(平成3年)に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。良質な材料と水、焼刃土(やきばつち:焼入れの際に刃に塗る土)を使い、伝統の技法で丹念に焼き入れをします。切れ味と粘り強さに優れると評価されています。産地ごとに特色があり、約500年の伝統を持つとされる大村市の松原鎌・包丁、長崎市の蚊焼包丁、島原市の農機具類・包丁が知られています。いずれの産地も鍛冶屋の数は減っていますが、親子で技を受け継ぐ工房が残り、鍛冶体験を受け付ける工房もあります。

長崎の郷土料理

長崎ちゃんぽん
麺類長崎

長崎ちゃんぽん

Nagasaki Champon (Pork-and-Seafood Noodle Soup)

長崎ちゃんぽんは、豚肉や魚介、キャベツ、モヤシなどをラードで炒め、スープを注いで麺ごと煮込む長崎県の麺料理です。1899年(明治32年)、長崎の中華料理店「四海樓(しかいろう)」の創業者・陳平順(ちんへいじゅん)が、中国人留学生らのために考案したのが始まりとされます。安くて栄養があり、量も多い料理を目指したと伝えられています。スープは豚骨と鶏ガラを合わせたものが主流です。麺には「唐灰汁(とうあく)」というかん水の一種を練り込んだ、長崎独特のちゃんぽん麺を使います。ゆでた麺にスープをかけるラーメンと違い、麺を具材と同じ鍋で煮込むため、中華鍋ひとつで作れます。長崎で「はんぺん」と呼ばれる紅白のかまぼこが入るのも特徴です。家庭や給食、食堂でも日常的に食べられ、長崎を代表する郷土の味として全国に知られています。

皿うどん
麺類長崎

皿うどん

Sara Udon (Nagasaki Crispy or Pan-Fried Noodles with Gravy)

皿うどんは、長崎ちゃんぽんから生まれた汁のない麺料理です。ちゃんぽんを考案した四海樓(しかいろう)の創業者・陳平順(ちんへいじゅん)が、そのバリエーションとして作ったとされます。平たい皿に盛って出したことが、名前の由来といわれています。皿うどんには2つの種類があります。ちゃんぽんと同じ太い麺を具材と炒め、スープを吸わせる「太麺皿うどん」と、細い麺を揚げてパリパリにし、具だくさんのあんをかける「細麺皿うどん」です。長崎の人はこの2つをはっきり呼び分けています。具材は豚肉や魚介、キャベツ、かまぼこなど、ちゃんぽんとほぼ同じです。長崎では、地元生まれのウスターソースをかけて食べる習慣があります。家庭の食卓や給食、来客時の出前でもおなじみの料理です。

五島うどん
麺類長崎

五島うどん

Goto Udon (Hand-Stretched Camellia Oil Noodles of the Goto Islands)

五島うどんは、長崎県の西の海に浮かぶ五島列島で作られる手延べの干しうどんです。主な産地は上五島の新上五島町です。生地を延ばすときに、島の特産品である椿油を塗るのが最大の特徴です。ゆで上がった麺は細く丸い形で、コシが強く、つるりとしたのど越しが持ち味とされます。地元の定番の食べ方は「地獄炊き」です。大鍋でぐつぐつ煮たうどんを鍋から直接すくい、トビウオでとった「あごだし」や、卵に絡めて食べます。起源は、五島に寄港した遣唐使が伝えたという伝承がよく知られています。2024年度(令和6年度)には、文化庁の「100年フード」に認定されました。讃岐うどんや稲庭うどんと並べて、日本三大うどんの一つに数えられることもあります。

島原具雑煮
鍋料理長崎

島原具雑煮

Shimabara Guzoni (Ingredient-Rich Mochi Soup of Shimabara)

島原具雑煮(しまばらぐぞうに)は、長崎県の島原半島に伝わる具だくさんの雑煮です。だし汁に丸餅と、鶏肉、白菜、ごぼう、干し椎茸、高野豆腐など多くの具材を入れ、土鍋で炊いてそのまま食べます。焼きアナゴや卵焼きを入れる家庭もあります。由来としてよく知られるのが、1637年に始まった島原の乱の伝承です。天草四郎たちが城に立てこもった際、蓄えた餅と山や海の幸を一緒に煮て食べ、体力をつけたのが始まりといわれています。料理店として初めて具雑煮を出したのは、島原の「姫松屋(ひめまつや)」とされ、1813年(文化10年)のことと伝えられています。地元では正月や祭礼の日に食べられてきました。2007年には農林水産省の「農山漁村の郷土料理百選」に選ばれ、今では一年中食べられる島原名物になっています。

かんざらし
甘味長崎

かんざらし

Kanzarashi (Chilled Rice Dumplings in Syrup of Shimabara)

かんざらしは、長崎県島原市に古くから伝わる甘味です。白玉粉で作った小さな団子を島原の湧き水で冷やし、砂糖や蜂蜜で作った蜜をかけて食べます。みずみずしく、もちもちとした団子と、甘さを控えた蜜ののど越しが持ち味です。名前は、原料のもち米を大寒のころに水にさらして白玉粉を作ったことに由来するとされます。島原は「水の都」と呼ばれ、町のあちこちで澄んだ地下水が湧いています。一年中温度が変わらない湧き水は、団子を冷やすのに向いていました。かつては夏に客をもてなす特別なおやつでしたが、今では市内の多くの飲食店で味わえます。大正時代創業の名店「銀水(ぎんすい)」は一度閉店しましたが、島原市の手で2016年に復活しました。2021年度(令和3年度)には文化庁の「100年フード」に認定されています。

卓袱料理
肉料理 / 海鮮長崎

卓袱料理

Shippoku Ryori (Nagasaki Banquet Cuisine)

卓袱料理(しっぽくりょうり)は、長崎で生まれた宴席料理です。日本・中国・オランダなど西洋の食文化が混ざり合っていることから、「和華蘭(わからん)料理」とも呼ばれます。朱塗りの円卓を囲み、大皿や大鉢に盛った料理を、それぞれが直箸(じかばし)で取り分けて食べます。主客や上下の隔てなく同じ皿を囲むことが、長崎ならではのもてなしとされます。宴は女将の「お鰭(おひれ)をどうぞ」というあいさつで始まり、鯛のひれが入った吸い物を味わってから乾杯します。その後、刺身などの小菜、中鉢、大鉢と料理が続き、最後は梅椀(うめわん)と呼ばれるおしるこで締めくくります。中国から伝わった東坡煮(とうばに)や、えびのすり身をパンで挟んで揚げたハトシなど、交易の歴史を映す料理が並びます。現在は料亭で味わうのが主流ですが、正月や祝いの席では家庭でも作られています。

トルコライス
肉料理長崎

トルコライス

Toruko Rice (Nagasaki Western-style Combination Plate)

トルコライスは、長崎市を中心に親しまれている洋食です。ピラフ、スパゲッティ・ナポリタン、トンカツの3品を一皿に盛り合わせるのが基本の形です。トンカツには、デミグラスソースやカレーソースがかけられます。ただし決まった定義はなく、ご飯もの・パスタ・洋風のおかずを組み合わせれば、トルコライスとして通用するとされます。ピラフをドライカレーやチャーハンに替えたり、カツの代わりにハンバーグをのせたりと、組み合わせは店ごとにさまざまです。名前に「トルコ」と付きますが、トルコ料理との関係ははっきりしません。名前の由来には複数の説があり、どれも確定していません。大正時代から続く喫茶店や、繁華街の洋食店などで味わえます。

からすみ
海鮮長崎

からすみ

Karasumi (Salted and Dried Mullet Roe)

からすみは、ボラの卵巣を塩漬けにし、天日で干し上げた長崎の珍味です。艶のある琥珀色をしており、べっ甲色やあめ色とも表現されます。ねっとりとした食感と、魚卵ならではの濃厚なうまみが特徴です。江戸時代には、越前のうに、三河のこのわたと並ぶ三大珍味の一つに数えられたとされます。名前は、形が中国から伝わった墨「唐墨(からすみ)」に似ていることに由来するといわれます。もとは中国から伝わったもので、長崎でボラの卵巣を使う製法が考案されたとされます。長崎県産のものは「長崎からすみ」として、2023年に国の地理的表示(GI)に登録されました。薄く切って酒の肴にするほか、卓袱料理の一品としても出されます。希少で値の張る品のため、贈答品や高級な土産として重宝されています。

カステラ
郷土菓子長崎

カステラ

Castella (Nagasaki Sponge Cake)

カステラは、卵・砂糖・小麦粉・水飴などを主な材料に焼き上げる、長崎を代表する菓子です。16世紀にポルトガル人が伝えた南蛮菓子をもとに、日本で独自に発展しました。鎖国の時代も貿易港として開かれ、砂糖が集まった長崎で作り続けられ、名物になったとされます。しっとりとした生地と、卵の風味豊かな甘さが特徴です。長崎のカステラの多くは、底に残ったザラメ糖のシャリッとした食感も楽しめます。名前は、スペインにあったカスティーリャ王国に由来するという説が有力ですが、ほかにも説があります。長崎市内には、1624年創業とされる福砂屋をはじめ、松翁軒、文明堂総本店などの老舗が並びます。手土産や贈答品として、全国で親しまれています。

角煮まんじゅう
肉料理長崎

角煮まんじゅう

Kakuni Manju (Braised Pork Belly Bun)

角煮まんじゅうは、甘辛く煮込んだ豚の角煮を、ふんわりとした白い生地で挟んだ長崎の名物です。二つ折りにした生地の間に角煮を挟む形で、台湾の刈包(クワパオ)によく似ています。ルーツは、卓袱料理の一品である東坡煮(とうばに)と呼ばれる豚の角煮です。長崎の中華料理店では、角煮とまんじゅうの生地を別々に出し、客が自分で挟んで食べる食べ方がありました。初めから角煮を挟んだ形の商品は比較的新しく、長崎の岩崎本舗が「長崎角煮まんじゅう」の名で売り出したものとして知られます。今では長崎新地中華街の周辺や、駅・空港の土産店で手軽に買えます。温かいうちに頬張る食べ歩きグルメとしても、冷凍の土産としても人気です。

モデルコース

大浦で四海樓のちゃんぽんとべっ甲工芸館を訪ね、新地中華街で角煮まんじゅうを食べ、夜は料亭で卓袱料理を囲むコース

昼は大浦の中華料理 四海樓へ。ちゃんぽんと皿うどんの発祥の店とされ、旅行ガイドではどちらも1,430円と紹介されています。2階のちゃんぽんミュージアムは無料で見学できます。同じ松が枝町にある長崎市べっ甲工芸館(大人100円)では、旧長崎税関下り松派出所の建物で、べっ甲の名品と製作工程の映像を見られます。午後は新地中華街へ移り、目の前の岩崎本舗 西浜町店で角煮まんじゅう(1個470円)を。夜は丸山の史跡料亭 花月(夜は1人23,760円から)や、寺町通りの料亭 一力で卓袱料理を囲みます。卓袱料理は予約制の店が多いため、事前に予約してください。

風頭の小川凧店で長崎ハタにふれ、油屋町でトルコライスを食べ、築町のからすみと福砂屋のカステラを買うコース

風頭町の小川凧店(長崎凧資料館)では、職人のハタ作りを見学できます。予約すればハタ作り体験(1,800円程度から)もでき、小さな一銭凧は300円程度からと紹介されています。昼は油屋町の喫茶店ツル茶んへ。1925年創業の店で、「昔なつかしトルコライス」(1,780円)と、凍らせて食べる長崎風ミルクセーキが名物です。浜町アーケードのビストロ ボルドーも、トルコライス発祥の店の一つとされます。午後は築町の高野屋や小野原本店でからすみを選びます。小野原本店のからすみスライスは540円と紹介されています。最後に、船大工町のカステラ本家 福砂屋 長崎本店でカステラを買いましょう。

波佐見町で窯元と西の原を巡り、三川内焼伝統産業会館で絵付けをして、佐世保独楽本舗に立ち寄るコース

波佐見町陶芸の館(観光交流センター)の1階、くらわん館で町内の窯元や商社の器を見比べ、2階の資料館で波佐見焼の歴史を学びます。絵付け体験は湯呑1,100円からで、1週間前までの予約が必要です。山あいの陶郷 中尾山には16の窯元が集まっています(中尾山伝習館は火曜休み)。旧製陶所を生かした西の原では、カフェで一休みしながら器を探せます。車で佐世保市の三川内へ移り、三川内焼伝統産業会館(入館無料)で白磁の名品を見て、絵付けや透かし彫りを体験しましょう。最後は、JR佐世保駅から徒歩約10分の佐世保独楽本舗で、五色の独楽(2,000円程度から)を選びます。

島原城下で姫松屋の具雑煮を食べ、湧き水で冷やしたかんざらしを味わうコース

島原城近くの元祖 具雑煮 姫松屋本店で、13種類の具が入る具雑煮(1,300円)を昼食に。定休日は第2火曜です。食後は湧き水の町を歩き、浜の川湧水観光交流館「銀水」へ。1915年創業の元祖かんざらしの店を、島原市が2016年に復活させた施設で、かんざらしは600円です。明治期の商家を生かした喫茶店、しまばら水屋敷でも、湧き水を使ったかんざらし(440円)を味わえます。料金は変わることがあります。

イベント

長崎ハタ揚げ大会

例年4月上旬の日曜日 / 長崎市 唐八景公園

波佐見陶器まつり

毎年4月29日〜5月5日 / 東彼杵郡波佐見町 やきもの公園

長崎くんち

毎年10月7日〜9日 / 長崎市 諏訪神社ほか市内各所

三川内陶器市

毎年11月下旬(2026年は11月20日〜23日) / 佐世保市 三川内地区

地図