讃岐和三盆

Sanuki Wasanbon (Hand-Refined Sugar and Dry Confections of Kagawa)

讃岐和三盆 1

讃岐和三盆(さぬきわさんぼん)は、香川県東部の東かがわ市などで作られている和三盆糖と、それを使った干菓子です。和三盆糖は、竹糖(ちくとう)と呼ばれる細いサトウキビを原料に、手作業で糖蜜を抜いて仕上げる砂糖で、粒が細かく、口に入れるとすっと溶けます。讃岐の砂糖づくりは、江戸時代中期に高松藩主の松平頼恭(まつだいらよりたか)が研究を命じたことに始まるとされます。その志を継いだ医師の向山周慶(さきやましゅうけい)が、白い砂糖の製造に成功したと伝えられます。砂糖は塩・木綿とともに「讃岐三白(さぬきさんぱく)」と呼ばれる特産品になりました。今も東かがわ市の製糖所や菓子店が伝統の製法を守り、季節の花などをかたどった干菓子が、茶席の菓子や土産として親しまれています。

発祥

高松藩5代藩主の松平頼恭は、藩の財政を立て直すため、干ばつに強いサトウキビに目を付け、藩医の池田玄丈(いけだげんじょう)に砂糖づくりの研究を命じたとされます。玄丈に学んだ向山周慶は、大内郡湊村(現在の東かがわ市)の医師でした。師の志を継ぎ、薩摩(現在の鹿児島県)の関良助らの協力を得て、サトウキビの栽培と白い砂糖の製造に成功したと伝えられます。

歴史

香川県の資料では、周慶は1790年(寛政2年)に約1ヘクタールの畑にサトウキビを植え、50斤(約30kg)の砂糖を作ったと伝わります。その後、東讃地方ではサトウキビ畑が広がり、砂糖づくりが主要な産業になりました。周慶と関良助は、東かがわ市白鳥の向良神社にまつられています。1804年(文化元年)創業の三谷製糖は、藩から最初に製糖を許された5軒の一つとされます。

特徴

竹糖を搾り、その汁を煮詰めて冷やし固めた「白下糖(しろしたとう)」を作ります。これに少しずつ水を加えて台の上で手でもむ「研ぎ」を行い、布に包んで「押し舟(おしふね)」という木箱で重しをかけ、糖蜜を絞り出します。この研ぎと押しを何度も繰り返したあと、乾燥させてふるいにかけると完成です。讃岐和三盆は、白さを出すために5回以上繰り返すことが多いとされます。

主な食材

竹糖(サトウキビの在来品種)

食文化

和三盆糖を木型に詰めて形を作る干菓子は、茶席の菓子や贈り物として親しまれています。干菓子の形を決める菓子木型は、香川県の伝統的工芸品にも指定されています。四国で唯一の菓子木型職人とされる伝統工芸士、市原吉博さんの木型は、精巧さで知られます。

有名店

三谷製糖羽根さぬき本舗

香川県東かがわ市馬宿156-8

1804年(文化元年)創業の製糖所で、地元産のサトウキビを原料に、代々受け継ぐ道具と手作業で和三盆糖を作っています。紹介記事では、和三盆糖155gが648円、煮物などに使える白下糖600gが1,080円とされています。

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ばいこう堂 本店

香川県東かがわ市引田大川140-4

引田にある和三盆の菓子店で、香川県産のサトウキビを使い、職人が手作業で和三盆糖と干菓子を作っています。季節の花や動物をかたどった一口サイズの干菓子が人気です。JR引田駅から歩いて7分ほどの場所にあります。

讃州井筒屋敷

香川県東かがわ市引田2163

古い町並みが残る引田にある施設で、和三盆を木型に詰めて干菓子を作る型抜き体験ができます。国の観光資料では、ここで使う木型は、四国で唯一の菓子木型職人とされる市原吉博さんの作品と紹介されています。

四季の華(三谷製糖羽根さぬき本舗)讃岐和三盆糖だけで作った干菓子の詰め合わせで、季節によって形が変わる。木型は地元の職人に依頼したものと紹介されている。紹介記事では30個入りで1,188円とされ、賞味期限は300日ほどである。

よくある質問

Q. 和三盆の「三盆」とは何のことですか?

A. 砂糖を盆の上で研ぐ工程に由来し、盆の上で3回研いだことから「三盆」と呼ばれるようになったとされます。ただし、讃岐和三盆では白さを出すため、研ぎと糖蜜抜きを5回以上繰り返すことが多く、回数は3回に限りません。名前の似た「三温糖」とは別のものです。

Q. 「讃岐三白」とは何ですか?

A. 江戸時代の讃岐の特産品だった砂糖、塩、木綿の3つの白い産物をまとめた呼び名です。白砂糖の精製を始めた人物として向山周慶の名が挙げられ、東かがわ市白鳥には、周慶の旧宅や周慶をまつる向良神社が残っています。

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