御城之口餅は、大和郡山市の老舗菓子店「本家菊屋」が400年以上作り続ける、粒あんを求肥で包んできな粉をまぶした一口サイズの餅菓子です。天正13年(1585年)、初代・菊屋治兵衛が豊臣秀吉の弟・秀長に伴われて郡山城下に入り、店を構えたのが本家菊屋の始まりと伝わります。秀長が兄・秀吉を茶会でもてなす際、治兵衛に珍しい菓子を作るよう命じてこの餅菓子が生まれ、秀吉はこれをたいそう気に入り「鶯餅」と名付けたとされています。後に、店が郡山城の入り口にあたる城下町の一等地に構えられていたことから、「御城之口餅」の名で親しまれるようになりました。うぐいすの姿を思わせるような淡い緑がかったきな粉と、しっとりとした求肥、上品な甘さの粒あんの組み合わせが特徴で、うぐいす餅の元祖の一つともいわれる菓子です。大和郡山を訪れた際の土産物として、また地元の慶事などにも用いられています。
発祥
天正13年(1585年)、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長が郡山城主として入城する際、初代・菊屋治兵衛が伴われて城下に店を構えたのが本家菊屋の始まりです。秀長が兄・秀吉を茶会でもてなそうとした際、治兵衛に珍しい菓子を作るよう命じたことから、この餅菓子が誕生したと伝わっています。
歴史
秀吉はこの餅菓子をたいそう気に入り、「鶯餅」と名付けたと伝えられています。後年、菊屋の店構えが郡山城の入り口に近い城下町にあったことから、地元では「御城之口餅」という名で呼ばれるようになり、400年以上を経た現在も本家菊屋の看板銘菓として受け継がれています。
特徴
求肥で包んだ粒あんに、うぐいすの羽色を思わせる淡い緑がかったきな粉をまぶした一口サイズの餅菓子です。しっとりとした求肥の食感と、上品な甘さの粒あん、香ばしいきな粉の風味が調和しており、日持ちがしないその日ならではの生菓子として親しまれています。
有名店
よくある質問
Q. 御城之口餅と鶯餅は同じ菓子ですか?
A. はい、同じ菓子を指します。豊臣秀吉が命名した際の呼び名が「鶯餅」で、後に城の入り口で売られていたことから「御城之口餅」とも呼ばれるようになり、現在は両方の名前が併記されています。