小城羊羹

Ogi Yokan

小城羊羹 1

小城羊羹は、佐賀県小城市で明治期以降に発展した羊羹の名産品です。江戸時代、長崎と小倉を結ぶ長崎街道は南蛮貿易で運ばれた砂糖が行き交ったことから「シュガーロード」とも呼ばれ、砂糖の集積地であった小城でも菓子づくりが盛んになりました。1899年に創業した村岡総本舗の初代が、長崎の羊羹職人から製法を学んで羊羹を作り始め、二代目の村岡安吉が「小城羊羹」の名称を初めて用いたと伝えられています。人口5万人ほどの小さな町に二十数軒もの羊羹店が集まる全国的にも珍しい産地で、2020年には「砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~」として日本遺産の構成資産にも認定されました。小城が城下町として栄えた鍋島藩の土地であったことも、菓子文化が花開く土壌になったと伝えられています。

発祥

長崎街道は、南蛮貿易の窓口であった長崎から小倉へと砂糖を運ぶ道であったことから「シュガーロード」とも呼ばれ、沿線の各地に砂糖を使った菓子文化が根付きました。砂糖の集積地の一つであった小城でも菓子づくりが盛んになり、1899年に村岡総本舗の初代が長崎の羊羹職人から製法を学んで羊羹づくりを始めたことが、小城羊羹の起こりとされています。

歴史

創業から間もない時期、二代目の村岡安吉が羊羹を運ぶ木箱に「小城羊羹」の名を記したことが名称の始まりと伝えられています。昭和初期には保存性の高さから軍でも重宝されたといい、以後小城には羊羹店が次々と誕生しました。現在では人口5万人ほどの小城市に二十数軒もの羊羹店が軒を連ね、2020年には長崎街道シュガーロードの構成資産として日本遺産にも認定されています。

特徴

練り上げた小豆・砂糖・寒天の生地を木箱に流し入れ、一昼夜かけて自然乾燥させながら固める「切り羊羹」の製法が特徴です。表面の水分が蒸発することで砂糖の結晶ができ、外側はシャリシャリとした歯ざわり、内側はしっとりとした食感という、ひとつの羊羹で二つの食感を楽しめる仕上がりになります。

主な食材

小豆砂糖寒天

食文化

長崎街道沿いに根付いた南蛮由来の砂糖文化を背景に、小城では羊羹づくりが地場産業として発展しました。人口規模に対して羊羹店の数が突出して多く、贈答品や土産物として県内外で親しまれる小城の代表的な特産品となっています。

家庭料理との違い

家庭で作る練り羊羹は型に流してすぐ食べられる状態に仕上げるのが一般的ですが、小城羊羹は木箱に入れたまま一昼夜以上自然乾燥させ、表面に砂糖の結晶を作る工程を経る点で異なります。

有名店

村岡総本舗 本店

佐賀県小城市小城町861

1899年(明治32年)創業、「小城羊羹」の名付け親とされる元祖の店

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村岡屋 本店

佐賀県佐賀市駅南本町3-18

表面を乾燥させ砂糖の結晶を作る昔ながらの製法を守る老舗

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よくある質問

Q. 小城羊羹の表面がシャリシャリしているのはなぜ?

A. 練り上げた生地を木箱に入れて一昼夜かけて自然乾燥させる「切り羊羹」という製法により、表面の水分が蒸発して砂糖の結晶ができるためです。内側はしっとりとした食感のまま残ります。

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