
カステラは、卵・砂糖・小麦粉・水飴などを主な材料に焼き上げる、長崎を代表する菓子です。16世紀にポルトガル人が伝えた南蛮菓子をもとに、日本で独自に発展しました。鎖国の時代も貿易港として開かれ、砂糖が集まった長崎で作り続けられ、名物になったとされます。しっとりとした生地と、卵の風味豊かな甘さが特徴です。長崎のカステラの多くは、底に残ったザラメ糖のシャリッとした食感も楽しめます。名前は、スペインにあったカスティーリャ王国に由来するという説が有力ですが、ほかにも説があります。長崎市内には、1624年創業とされる福砂屋をはじめ、松翁軒、文明堂総本店などの老舗が並びます。手土産や贈答品として、全国で親しまれています。
発祥
カステラのもとは、16世紀にポルトガル人が長崎に伝えた南蛮菓子とされます。長崎市の紹介では、当時の日本人が菓子の名を尋ね、ポルトガル人が「カスティーリャ王国の菓子だ」と答えたことが名前のきっかけといわれます。「カスティーリャの菓子」を意味するポルトガル語「ボロ・デ・カステラ」が略されたという説明もあります。最初に焼いた人物については、はっきりした記録がありません。
歴史
長崎は鎖国の時代も海外との貿易港として開かれ、出島には砂糖が荷揚げされました。砂糖が手に入りやすかったことが、長崎でカステラ作りが根づいた背景とされます。江戸時代のカステラは、卵・小麦粉・砂糖をほぼ同じ量で使い、今ほどしっとりしていなかったといわれます。水飴を使う製法は近代以降に広まりました。2006年には「長崎カステラ」が地域団体商標に登録されたとされます。
特徴
長崎のカステラは、大きな型に流した生地を焼き上げ、棹(さお)状に切り分けるものが一般的です。油脂を使わず、卵を泡立てた気泡を、少なめの小麦粉でつなぐように作られます。底にザラメ糖が残るのが長崎カステラの特徴とされ、福砂屋では、生地を混ぜる工程で溶けきらずに残ったザラメだと説明しています。ザラメは時間がたつと溶けるため、夏は涼しい場所での保存が勧められています。
主な食材
食文化
農林水産省の紹介によると、出島に荷揚げされた砂糖や菓子は、長崎街道を通って各地へ運ばれ、日本の菓子文化を変えたとされます。この道は「シュガーロード」とも呼ばれます。長崎ではカステラが手土産や祝いの品の定番です。福砂屋や松翁軒などの老舗では、職人の手作業による製法が受け継がれています。
有名店
カステラ本家 福砂屋 長崎本店
長崎県長崎市船大工町3-1
1624年(寛永元年)創業の老舗です。中国の福州から運ばれた砂糖を扱ったことから、屋号に「福」と「砂」を用いたと考えられています。蝙蝠(こうもり)の商標は、中国で幸運のしるしとされることにちなみます。百貨店の通販では、カステラ小切れ1号が2,268円です。価格は変わることがあります。
詳細を見る →松翁軒 本店
長崎県長崎市魚の町3-19
1681年(天和元年)、初代の山口屋貞助が本大工町で砂糖漬けやカステラを作り始めたのが始まりとされます。職人が一人で一つの窯を受け持ち、一枚ずつ焼き上げると紹介されています。チョコレートを合わせた「チョコラーテ」は、八代目が考案したものです。本店には喫茶室も併設されています。
詳細を見る →文明堂総本店
長崎県長崎市江戸町1-1
1900年(明治33年)、中川安五郎が長崎市丸山町で開いた「文明堂」が始まりです。戦前に開いた東京や神戸などの店は、戦後に別の会社として分かれています。長崎の文明堂総本店とは別の会社なので、購入時には注意が必要です。
詳細を見る →よくある質問
Q. 「カステラ」という名前の由来は何ですか?
A. スペインのカスティーリャ王国に由来する説が有力です。ほかに、1704年の『長崎名物尋考』に見える「カストルボル」がなまったという説や、卵白を泡立てるときの掛け声が由来とする説もあります。掛け声説は、時代が合わないとして疑問視されています。
Q. カステラは和菓子ですか、洋菓子ですか?
A. ポルトガル由来の南蛮菓子をもとに日本で発展した菓子で、和菓子に分類されることが多いです。文明堂は、和洋の良いところを合わせた菓子として、「和菓子でも洋菓子でもある」と説明しています。
Q. 「五三焼(ごさんやき)カステラ」とは何ですか?
A. 通常のカステラより卵黄を多く使い、小麦粉を減らして焼いた、濃厚な味わいのカステラです。名前は卵黄と卵白の割合を5対3にしたことに由来するという説が知られますが、ほかにも説があります。焼き加減の見極めが難しく、熟練の職人が焼くとされます。