くじらの竜田揚げは、鯨の赤身肉に醤油やしょうがで下味をつけ、片栗粉をまぶして揚げる料理です。山口県では、下関や長門など鯨とのかかわりが深い地域を中心に、家庭や飲食店、学校給食で親しまれてきました。県北部の山陰側では、古くから節分に鯨を食べて無病息災を願う習わしがあります。長門の沿岸では江戸時代に捕鯨が盛んに行われ、下関はその鯨肉や鯨油を各地へ送る中継地として栄えました。明治以降、下関は近代捕鯨の拠点にもなり、戦後の食糧難の時代には鯨肉が貴重なたんぱく源として人々を支えました。竜田揚げはこの時代に学校給食の定番献立として広まり、今も下関市の学校では鯨を使った給食が年6回ほど出されています。下関は鯨料理を出す店の数や鯨肉の陸揚げ量・流通量が日本一とされ、市内の料理店でも竜田揚げを味わえます。
発祥
山口県北部の山陰側では、古くから節分に鯨を食べて、無病息災や厄除けを願う習わしがありました。長門の沿岸では、元亀年間(1570〜1573年)に始まったとされる長州捕鯨が江戸時代に盛んになり、1910年(明治43年)に終わるまで地域を潤しました。今も鯨の供養が続けられています。北前船の寄港地だった下関は、鯨肉や鯨油を九州や北陸、関西へ送る中継地となり、鯨を食べる文化が根付きました。
歴史
1899年(明治32年)、長門の仙崎に本社を置く日本遠洋漁業株式会社が設立され、下関に出張所が開かれました。捕鯨砲を使うノルウェー式の近代捕鯨の始まりで、下関は「近代捕鯨発祥の地」とも呼ばれます。1936年(昭和11年)には林兼商店の捕鯨部が大洋捕鯨を設立し、南氷洋へ乗り出しました。戦後は鯨肉が食糧難を支え、竜田揚げは学校給食の代表的な献立として広く知られるようになりました。
特徴
農林水産省の「うちの郷土料理」では、鯨の赤身肉を5mmほどの厚さに切って下味をつけると紹介されています。調味液は醤油、みりん、砂糖、しょうがの搾り汁を合わせたもので、30分ほど漬けます。汁気をふき取って片栗粉を薄くまぶし、170℃の油で3分ほど揚げます。鯨肉は刺身にも使われる赤身の部位を使い、調味料の配合は地域や家庭によって異なります。
主な食材
食文化
山口県ではスーパーでも鯨肉が売られており、竜田揚げは家庭の普段のおかずとして作られています。下関市の学校給食では、竜田揚げのほか鯨カレーやくじら飯なども出されます。節分の時期には「学校給食・くじら交流の日」が設けられ、下関市でも竜田揚げが献立に入っています。