浜納豆

Hama Natto (Fermented Salted Soybeans)

浜納豆 1

浜納豆は、大豆に麹菌をつけて発酵させ、塩水に漬けて熟成させた後に乾燥させた、静岡県浜松市の伝統的な発酵食品です。黒褐色の粒で糸は引かず、濃い味噌に似た塩気とうまみがあります。このような納豆は塩辛納豆や寺納豆と呼ばれ、古く中国から伝わり、寺院で作られてきました。浜松市浜名区三ヶ日町(みっかびちょう)の大福寺(だいふくじ)には室町時代に製法が伝わったとされ、「大福寺納豆」として今も寺で手作りされています。徳川家康の好物だったといわれ、献上を待ちわびて「浜名の納豆はまだか」と言ったことが名前の由来と伝わります。江戸時代には歴代の将軍への献上品にもなりました。現在は市内の醸造元なども製造しています。そのままおつまみにするほか、調味料としてカレーや麻婆豆腐の隠し味にも使われます。浜松の小・中学校の給食でも、浜納豆を隠し味にしたカレーが出されています。

発祥

塩辛納豆は、中国で鹹豉(かんし)と呼ばれる食品がもとになっており、日本には奈良時代ごろに伝わったとされます。その後、中国に渡った僧によって改めて紹介され、寺院で作られたことから寺納豆とも呼ばれるようになりました。浜松市の大福寺には、室町時代に明(中国)の僧から製法が伝わったといわれ、この寺で作られてきた塩辛納豆が浜納豆の元祖とされています。

歴史

大福寺の納豆は、足利将軍家や今川義元、豊臣秀吉、徳川家康らに献上されたと伝わります。浜松城を拠点とした時期のある家康はこの納豆を好み、ある年の献上が遅れた際に「浜名の納豆はまだ来ぬか」と言ったという逸話が残ります。これが浜名納豆、浜納豆という呼び名の由来とされます。江戸時代には歴代の将軍への献上品となり、遠州(静岡県西部)や東三河(愛知県東部)の一部で受け継がれてきました。

特徴

蒸したりゆでたりした大豆に麹菌をつけて発酵させ、塩水とともに樽に漬け込んで熟成させます。その後、天日などで乾かして仕上げます。熟成期間は作り手によって異なり、大福寺納豆では約3か月、1年以上かける醸造元もあります。大福寺納豆は、仕上げに山椒の皮を混ぜるのも特徴です。粒は黒褐色で、味噌のようなうまみと強い塩気があり、少量で料理の味を引き締めます。

主な食材

大豆麹菌(こうじきん)塩山椒の皮(大福寺納豆)

食文化

浜松では、浜納豆は塩気の強い調味料のように使われてきました。浜松市内の小・中学校では「ふるさと給食週間」に、浜納豆を隠し味にした「家康くんカレー」が出されます。子どもたちが地元の伝統食に親しむ機会になっています。

家庭料理との違い

浜納豆は、寺や醸造元が長い時間をかけて作る保存食です。大福寺では今も寺の一族が手作業で作り、醸造元では樽で1年以上熟成させるところもあります。家庭ではこれを買い求め、おつまみにしたり、みそ煮込みやカレーなどの隠し味に使ったりします。

有名店

大福寺

静岡県浜松市浜名区三ヶ日町福長220-3

高野山真言宗の古刹で、浜納豆の元祖とされる「大福寺納豆」を今も寺の一族が手作業で作っています。ゆでた大豆に麹菌を加えて塩水で熟成させ、客殿の縁側で自然乾燥させた後、山椒の皮を混ぜて仕上げます。販売は例年10月下旬から5月下旬ごろとされます。

ヤマヤ醤油

静岡県浜松市中央区助信町15-1

1850年創業の醸造元で、江戸時代から受け継がれてきた製法で浜納豆を全工程手作りしています。北海道産の大豆を蒸し、麹菌で発酵させた後、塩水を加えて樽で1年以上熟成させます。JR浜松駅構内の土産店などでも購入できます。

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大福寺納豆みそまん(入河屋)三ヶ日町にある1885年(明治18年)創業の菓子店・入河屋が、大福寺納豆を使って作るまんじゅうです。かりんとう風に仕上げた「大福寺納豆かりんとうみそまん」もあります。本店は静岡県浜松市浜名区三ヶ日町下尾奈83-1にあります。

よくある質問

Q. 浜納豆は、糸を引く納豆とは何が違うのですか?

A. 一般的な糸引き納豆は、煮た大豆を納豆菌で発酵させるため、ねばりと糸が出ます。浜納豆は納豆菌ではなく麹菌で発酵させ、塩水で熟成させてから乾かすため、糸を引きません。味わいも納豆より味噌や醤油に近く、塩気の強い調味料のように使われます。

Q. 「浜納豆」という名前はどこから来たのですか?

A. 大福寺の納豆を好んだ徳川家康が、献上の遅れた年に「浜名の納豆はまだか」と催促したことに由来すると伝わります。この「浜名の納豆」が、浜名納豆や浜納豆という呼び名になったとされます。それ以前は唐納豆(からなっとう)と呼ばれていたともいわれます。

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